シルベスト目線での成主です。
剣聖にも出来ぬこと
───────最初は、歳の割に落ち着いてて静かな奴、って印象だった。
幼い頃から剣術では負けない自信があったし、それで褒められて嬉しくない訳でも無いけど、どこか満たされていない自分がいるのも事実だった。
弟が出来た時も、正直実感がわかなくて。興味もあまり持てなかった、というのが正直な所だった。
アイツ……弟は赤ん坊の頃から泣かないし、大人しくて乳母が助かったとよく言っていた覚えがある。記憶の中でもわがままひとつ言わず、いつもどこか遠くを見るようで心ここに在らずと言った感じだった。
ただ、文字を覚えてからの上達の速さは凄まじかった。俺でも10、11になってから読み始めたような書物を読み、次々と情報を吸収して言った。興味本位で覗いたことがあるが、当時の自分自身でも一読しただけで正直すぐに理解することが難しいものだったが、驚くべきことにきちんと理解した上で読み込んでいたのだ。そして、その時の弟の表情は生き生きとしていて、まるでお気に入りの玩具に夢中になる子供の───それこそ年相応の──ようだった。
剣術は実力差がはっきりしていたが、何度も諦めずに自分に向かってきた。その頃になると俺がただやっているだけでも相手が勝手に嫉妬してきたりして上手く練習ができないことがあって自分自身でも葛藤があったのだが、真っ直ぐに向かって来て敗れても何度でも食らいついてくる弟を見て、素直に嬉しかったことを覚えている。
「兄上はお強いですね」
ある練習の後、不意に弟が呟いた。
「ぼくも兄上のように強くなりたいです」
その表情は普段のどこか憂いを含んだような、大人びたものではなく、ただ純粋な思いを真っ直ぐに表すものだった。
その表情を見て年相応な純粋さと、相反して剣術に打ち込む年上の騎士のような力強さのようなものを感じて、ふと浮かんた言葉を口にしていた。
「お前は強くなってどうしたいんだ?」
今思えば、何を分かりきったことを聞くのだ、と言われるであろう言葉を投げかけた。
でもその時は、普段とあまりにも違う練習での姿から生じた疑問の答えを知りたかったのだ。
その質問に、弟は俺の目を真っ直ぐ見据えて力強く答えた。
「騎士として、主君に一生と命をかけて仕えたいです」
その答えに一切の迷いは無かった。
それにどう返答したのかはよく覚えていないが、今でもその言葉と表情は鮮明に覚えている。
シル、とわが主からの声で飛ばしていた意識を戻す。
弟が勘当されてから物思いにふける時間がどうにも増えてしまっていて、気持ちを切り替えねばと思いつつ頭から離れない。
このサロンには今の所目立った事は無いが、先日の勘当事件以前から学園内や宮廷に広まるウワサに関して妙なきな臭さを感じていたので、調査を考えていた矢先の出来事だった。
「やはりあのことで頭がいっぱいなのかな?」
その一つ一つの所作に優雅さと品格をまといながら、労うような、心配するような表情と声色で尋ねてくる。
「そうですね……家でも学園でも、王宮でも……全く、上手くいかないものです」
肯定する答えとともに、つい弱気な言葉が出てしまう。
勘当を知った翌日、居てもたってもいられず急遽学園に向かい弟に会いに行くと、愕然とした。
久しぶりに会った弟はいつの間にか背も伸びて、体つきもしっかりとしていた。しかし顔は窶れ、目の隈も酷く、目にも生気が無い。
驚きで言葉も出ずにいると、弟は軽く微笑みこう口にした。「申し訳ありません」と。
なぜ謝る必要があるのか、とか、そんなことが聞きたいわけじゃない、と頭の中に言葉は浮かぶのに口に出せずにいれば、弟は淡々と告げた。「父上から言われた」「星の乙女をレミリア様がいじめている」「証拠もある」「国にとって重要な星の乙女に危害を加えた者など国家への反逆者に等しい」「だからお前はレミリアに仕えるのをやめろ」……
「……当然主君を裏切ることは出来ない。たとえ父上の命令だとしても従えないと伝えたら、お前なぞこの家の恥さらしだと。勘当を言い渡されてしまった、というわけです」
聞いていて頭が痛くなってきた。自分の父親は聖人とまでは言わなくとも話せばわかる人間だったはずだが、こんな形で実の子供を見捨てるような存在だっただろうか? と。
驚きと衝撃で言葉をかけられずにいると、弟がまた謝罪の言葉を口にする。
「兄上には本当に申し訳なく思っています。剣聖と呼ばれるほどの腕前でエルハーシャ様にお仕えしていること、私には想像も出来ぬ苦労があるでしょう? それなのに家のことを押し付けてしまう……本当に不出来な弟で申し訳ございません」
そう言って頭を下げた弟に、咄嗟に肩を掴んで縋るように言った。
「お前は何も悪くない! 顔を上げてくれ、何も間違った事をしちゃいないよお前は……! 父上が言うことこそありえない事だ!」
そう言うと、少し表情が和らいだように見えた、が、直ぐにいつもの毅然とした表情に戻り、ポケットからハンカチ越しに何かを差し出してきた。
「この
淡々と、しかし切実に告げられた言葉に選択肢の余地はなかった。
「わかった……独自のルートが有るから調べてみる。お前の名前は出さないから安心しろ」
そう言って弟の手からハンカチで
「兄上、私はどうなろうと覚悟は出来ています。でも……レミリア様に疑いがかかるような事だけは避けて頂きたいです。我儘で不躾なことと存じていますが……もうレミリア様がこれ以上傷付く姿を見て居るのは耐え難い……」
そう言った弟は今にも決壊しそうな感情を、何とか抑えているように感じた。
自分に置き換えればその気持ちは痛いほどわかった。
「ああ……万全を期すと誓おう」
その言葉に少し安堵したのか表情が緩んだように感じた。そして顔を近づけ、こう耳打ちしてきた。
「気をつけてください。おそらく我々の探知できない魔法や…薬か何かが入っています」
もう一度弟を見ると表情は変わらないが、目の奥に確かな怒りを堪えていることが見えた。
「わかった……お前も気をつけるんだぞ? 何かあれば遠慮せず俺に連絡するんだ。勘当されようが何だろうが、お前は俺の弟だ」
その言葉を聞いた瞬間から弟の表情が一気に和らいで、目に涙が浮かんだ所を見えた。そして、感謝の言葉を小さく述べた。
それを見て急に弟が可愛く見え、昔していたように頭をわしゃわしゃと撫でてやった。あんな笑顔の弟は随分と久しぶりだったと思う。
一通りの用事が済み、出口へ向かう寸前後ろから弟に呼ばれた。
「何だ……?」
そう言って振り返ると、弟はそれまでの表情とは打って変わって、まるで何かを打ち明けようとする表情をしていた。見たことの無い表情に一瞬目を見開いたが、弟は何も言わない。数秒の沈黙の後、
「……いえ、なんでもありません。くれぐれもお気をつけ下さい」
そう言うと、元の毅然とした表情に戻った。
少し引っ掛かりを覚えたが、元々時間を無理に開けて来ていた事情もあり、学園を後にした。
「それにしても……検知できない魔法か薬か……厄介だね?」
エルハーシャ様に直ぐ様報告し、簡易的にチェックしたが結果はどれもシロ。
但し、問題の代物が最近王都で流行っているデザインのものであること、また知れたところ星の乙女が街でで人気の雑貨屋に行き着けで、同じデザインのものを大量購入したとの噂があるという事が入ってきており、確定では無いもののこの物体に細工が施されていることとそれに星の乙女が関係している事が、少なくともシルベストの中では確信に近くなっていた。
「どうやら人の心を誘導したり、感情を変化させる効果があるようですね……本当に、恐ろしい効果です」
実際、惚れ薬というものは実在するが、感情を操った所で何れ無理が生じて破綻するものである。そんな行為をしてまで得る心というものがシルベストには理解できなかったえ
「そうだね……ただの生徒同士の恋愛ならまだしも、将来の国王……その周りで使用されている可能性が高いのは由々しき自体だ」
そう言ってエルハーシャ様は机から封筒を取り出すと、シルベストに差し出した。
「これを魔導師長に。この件は本腰を入れて調査しないといけない……今のところ魔導師達にはまだ影響は無いはずだけど、万全を期すために匿名の告発という形で送ろう」
頼んだよ、という主のお願いを承諾してを受け取り、サロンを出て廊下を歩く。いつの間にか夜も深けて、月明かりが照らしていた。
派手に動くと主君に迷惑がかかる為、こうやって回りくどいやり方になるのがもどかしい。
いつからか、日陰にいる剣聖、宝の持ち腐れなどと言われていることは当然自分の耳に入っている。その言葉に内心思うことはあるが、その度にあの言葉を思い出すのだ。
幼き日、純粋に騎士道精神を真っ直ぐ言い放った弟。あの言葉がきっかけで、今の道を選ぶ決心がついたのだから。
『ぼくもあにうえのようにつよくなりたいです』
「お前はもう充分強いさ……お前のような騎士がいて、レミリア嬢も幸せだろうよ」
魔導師塔へと往く最中、漏れ出た
───────レミリア・ローゼ・グラウプナー公爵令嬢、護衛騎士デイビッド・オル・ドミニッチ殺人未遂事件の一週間前の出来事であった