異世界で、凡夫と決別して最強を目指す!   作:六畳仙人(ハーメルン)

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凡夫と決別するための契約

 

 

 

『お前と契約すれば、僕は強くなれるのか?』

 

 凡夫な少年は青年に問いかけた。

 目の前に立つ未来の自分に。

 

『なれるさ。お前もまた俺を超えて極天へと至る。最強の存在になれる』

 

 未来から来た青年は、少年(過去の自分)に向かって断言した。

 

 お前は強くなれる——凡夫な存在と完全に決別し、最強へと至れる、と。

 

『わかった。じゃあ結ぶよその契約』

 

 少年は決意を込めて答えた。

 

 そうして手を伸ばす。己の意思を示すように、力強く。

 

『……これで契約は成立だ』

 

 青年もまた、その手を取る。大きな手が少年の小さな手を覆うように握りしめた。

 

『すべては凡夫な存在(前世の自分)と決別するために。僕は強くなる。そして、必ずこの世界で最も特別な存在に——最強へと至ってみせる』

 

 契約を結んだ少年は、未来から来た青年に、そして自分自身にそう誓った。

 

 

 

   

 

 翌朝。

 少年——アメジアはゆっくりと重い瞼を持ち上げた。

 

「……知っている天井だ」

 

 目を覚まして最初に視界に映ったのは見慣れた天井。

 

 間違いなく、それは自分の部屋のものだ。慣れ親しんだ寝台の感触、そして微かに漂う木の香りがその確信を後押しする。

 

(……もしかして、村が魔人族に襲われたのもジアのことも全部夢だったのか?)

 

 ほんの一瞬、アメジアは自身の記憶を疑った。

 

 魔人族に村を襲撃されたことも、ジアという未来から逆行して来た存在と約束を交わしたことも……それらは単なる夢だったのかもしれない、と。

 

———目が覚めたようだな。

 

 だが、その考えはすぐに否定された。

 唐突に響いた声に、全身が硬直する。脳裏に直接響くような低く、鋭く、冷たい声。それは、夢の中で何度も聞いたあの声だった。

 

「ジア……」

 

 呟いた名前に確かな重みが宿る。それは否応なく、昨夜の出来事が夢でも幻でもなかったことを示していた。

 

 そして脳裏に蘇る、自称この世界の頂に至った未来の自分と交わした「契約」の内容。

 

 凡夫と決別するための契約———

 

 一、どうすることもできない緊急時、あるいは運命を左右する重要な分岐点では俺 《ジア》がお(アメジア)の肉体の主導権を握る。

 

 二、(ジア)がお(アメジア)に力を与える。凡夫と決別する鍵を握る特別な力を。

 

 三、運命を変える為に必要な指示には全面的に従ってもらう。勿論指示の理由はしっかり説明する。

 

 四、必ず凡夫と決別しろ。そして俺の代わりに真の最強へと至れ。

 

 五、お前のことはアメと呼ぶ。俺のことはジアと呼べ。

 

 以上がジアから告げられた契約だった。

 

 思い返してみると、正直契約の拒否権は殆どないものだった。

 

 未来の自分だと名乗るジアの力はあまりにも圧倒的だった。その力は底知れず、まるで別次元の生物のようですらあった。

 

 ただでさえ凡夫なアメジアが逆らえるはずがない。

 

 とはいえ、ジアが語る目的——「自分に力を与える」「運命を捻じ曲げる」という言葉には、計り知れない代償が伴うことも暗示していた。

 

 悪魔に力を求めて身を破滅させたなんて話や、歴史を変えた結果タイムパラドックスが発生して悲惨なことになるなんて話も知らないわけでもない。危険が伴うことはわかりきっていた。

 

 それでも、アメジアは契約を選んだ。

 

 そういったリスクよりも、凡夫と決別できるという圧倒的なメリットを優先したからだ。

 

 乗っ取られる恐れを受け入れてでも、アメジアはジアの力が欲しかった。

 

 前世の、そして今現在の凡夫な自分と決別するために。

 

 ジアの力に依ることにも葛藤はなかった。

 他者の力は借りない。自分自身で手に入れた力だけで強くなるなんてプライドの高い綺麗ごとを、力無き凡夫が語る資格はないと思っていたからだ。

 

(もう凡夫ではいられない。絶対に)

 

 その思いだけが、アメジアの決断を支えていた。

 

(凡夫でいることは、誰かを守れないことだ)

 

 前世の夢を見てようやく思い出した。

 

 目の前の人を守る力がなく、守ろうとした人を奪われる。そして、それをただ見ているしかできない無力な存在。それが、アメジアが何よりも嫌う「凡夫」な存在だった。

 

 そう、最期まで無力で何もできなかった前世の自分のような存在だ。

 

 刃物を持っている不審な男に襲われた人を守る力がなければ、それは凡夫の証だ。

 

 この世界で最強の存在に襲われた人を守る力がなければ、それもまた凡夫の証だ。

 

(力が必要なんだ。どんな理由があれ、無力であることは、必要な力がないことは罪なのだから……)

 

 そんな前世の最期に刻まれた極端なまでに拗らせた思想が、アメジアの中には根深く存在していた。

 

 それは単なる価値観ではなく、奇跡的に得られた二度目の人生における生きる理由そのものでもあった。

 

 そしてあの日、魔人族が村を襲ったとき——二度目の人生でも凡夫であることを突き付けられたことでその思想は強まった。

 

 アメジアは母を助けることができず、母に守られながら空を見上げて降り注ぐ星に絶望することしかできなかった。

 

 そして、理解した。理解させられた。

 ただ転生しただけで、ただ最低限の努力をしただけでは、凡夫な存在とは決別できないのだと。

 

 実際に目にした魔人族の力は絶望的で、圧倒的だった。凡才と天才の差……あるいはそれ以上の根本的な種族の差ともいうべき壁があった。

 

 そして、その怪物のようなナニカは、一度すべてを蹂躙し、奪い去った。

 

 凡夫であることの残酷さを、あの瞬間ほど再び痛感したことはなかった。

 

(でも、ジアは違った)

 

 ジアがアメジアの身体を借りて魔人族に立ち向かったとき、すべてが一変した。

 

 絶望を一瞬で消し飛ばして見せた。

 

 繰り出す魔法は規格外で、まるで神話の一節を見ているかのような光景だった。

 

(凡夫ではない存在とは——特別な存在とは——最強とはジアのような存在なんだろう)

 

 この時ジアという存在は鮮烈にアメジアの心に刻まれていた。

 

 ジアは自虐するように完全に凡夫と決別することができなかった——力だけ最強の凡夫だと言っていた。

 

 けれどアメジアには、ジアという存在が凡夫と対局に位置している輝ける存在に見えた。

 

 もしかしたら、ジアは悪魔のような存在かもしれない。

 

 本当は未来から来た自分ではないのかもしれない。

 

 語っていた目的とは違う目的があるのかもしれない。

 

 身体を乗っ取り、破滅へ導く存在なのかもしれない……最初はそういった疑念も微かにだがあった。

 

 それでも、よく考えてみるとジアの輝き——圧倒的な力の前では考慮に値しないものだった。

 

(もしも、ジアが疑念通りの存在であったとして、身体を奪われるようなことがあったとしても……それは身体の主導権を簡単に奪われる凡夫な僕が悪い)

 

 そう割り切ることにした。

 

 凡夫との決別こそ、すべてにおいて優先される。

 

 決別には力が必要だ。

 

 ジアが持つ圧倒的で、桁外れで、そして、まぎれもなく「最強」と呼べる特別な力。

 

 どんな代償を払ってでも、その特別な力を手に入れなければならない。

 

 力がないと誰も助けられない凡夫に(前世の自分のように)なるから。

 

 だからこそ、ジアのようになりたいと思った。そして———

 

(ジアを超えたその瞬間こそ、僕はようやく凡夫と完全に決別することができる)

 

 その明確なビジョンが浮かんだ瞬間、ジアという存在を超えるという目標が、アメジアの中で大きく輝き始めた。

 

(ジアから強さを学び、ジアの強さに近づき、ジアを超える。そして最強となり僕がこの世界の頂に立つ!)

 

 ジアは言っていた。もう間もなく戦争が始まると。

 

 戦争で大切な家族も、これから出会う大切な人たちもみんな殺させる。この国も亡びる、と。

 

 そして、魔人族には、騎士も、神聖騎士も、国を守護している女神様でさえ勝てなかった、と。

 

 この世界でも無力なままだと何もできず、すべてを失うことになる、と。

 

 今度こそ、凡夫でありたくないなら——この世界で誰かを助けたいと願うなら、もう二度と、助けられずに見ているだけの辛い思いをしたくないなら——半端な実力ではダメだ。

 

 強くなる必要がある。この国の騎士よりも、神聖騎士よりも、女神様よりも、魔人族よりも、その親玉の魔神よりも。

 

(強くなったその力で、僕がみんなを守るんだ……!)

 

 新たな目標ができた。

 

(この目標を果たすまでは……僕は凡夫だ)

 

 そう深く心に刻んだ。

 

 

 

 

———さて、早速だが、約束通り今日からお前を強くする為に修行を始めるぞ。

 

 脳裏に響く修行の開始を告げたジアの声に、アメジアは回想から引き戻される。

 

———覚悟しろよ。力に憧れるだけの時間は終わりだ。これからは俺と共に凡夫であることと向き合い、力をつけ、一歩ずつ確実に凡夫な自身と決別していく時間になる。当然、生半可な修行ではないと思え。

 

 その声は相変わらず鋭いものだった。

 ただ、気のせいか、同時に少し声が弾んでいるような気もした。

 

 

 

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