Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.10 揺れる秤が示すモノ

 

 “アリウス”。その言葉が何を示すのかなんて。俺は知らない。

 

 ただ、それでも、俺はその言葉を知っていた。その所属を示す(しるし)を知っていた。

 

 考えてみれば、おかしな話だ。

 

 自分の名前も知らないくせに、戦略知識と、いくらかの戦術。古い文字の読み方に、キヴォトスの簡単な常識。

 記憶と知識がチグハグで、どこでそれらを身に着けたのか、覚えもなければ見当もつかない。

 

 俺はそれを、自分がバケモノだからと理由をつけて、その先を知ろうとはしなかった。己の過去など、存在しないと否定して。

 

 知った所でどうにもならないと、そう思っていた。

 

「チッ……!ちょこまかと!」

「焦るなよ“アリウス”!!まだ勝負は始まったばかりだろ!?」

「貴様……!」

 

 俺は右手に銃を握りしめ、距離を詰めるために全力で駆ける。

 キヴォトスの戦闘において、拳が交わるほどの近距離戦を挑む利点はそう多くはない。肉弾戦によるアドバンテージはゼロではないが、その利点の多くは相手にとっても等しく存在する。

 それどころか、肉弾戦を仕掛ける為に距離を詰める間、遮蔽による防御もできず、相手からすれば的が勝手に大きくなる事となる。つまり、詰め切るまでは一方的に不利を背負い続けることとなるのだ。

 故に、奇襲による短期攻勢か、リソース差を覆す為の奇策程度の場合の事がなければ、己から肉弾戦を仕掛ける恩恵は無い。

 

 だからこそ、肉弾戦に異様なまでの執着を見せる俺の動きに、相手は違和を感じているのだろう。

 

 拳銃とアサルトライフルのレンジを理由に見せかける為、武器をこれでもかと見せびらかしては見たものの、相手はそれ以上の警戒を払っている。

 

 やりにくい。素直にそう感じていた。

 

 “アリウス”という単語で相手の動揺を誘える事は理解した。だが、その程度でヤツの戦略を崩すには至らない。

 完成された、徹底した戦術は、俺の付け焼き刃のソレとは比べ物にならない。当然、射撃の腕も相手のほうが断然上だ。

 

「逃げの一手か?俺を排除(たお)すんじゃ無かったかよ!」

 

 戦闘を進めていくほどに、俺の言葉への相手の反応が薄くなってゆく。

 言葉とは裏腹に、俺の心には焦りが募ってゆく。

 

 気づかれる前に倒さなければ、この実力差は覆らない。ただ、ただ一度、掴むことさえできれば。本気で神秘を吸収してしまえばそれで勝てる。

 喰らいつけ、隙を逃すな、少しでも相手をゆさぶれ。

 

 コイツに勝つには、それしか――

 

 

 

「――なる程な」

 

 

 

 底冷えた声が、聞こえた。

 

「狙いは格闘戦か、どういうつもりか知らないが……それがお前の切り札なのだろう?」

「……っ」

「青いな。隠そうとして動揺を悟られるぐらいなら、威勢を貼り続けるべきだ」

 

 ――間に合わなかったか!

 

 俺は、苦し紛れに拳銃を乱射する。

 

 だが、走りながらの照準でまともに相手を狙えるはずもなく、そのすべてが虚しく空を切る。

 

Vanitas Vanitatum(全ては、ただ虚しい)……」

 

 虚ろな声音で、そう呟く言葉が聞こえた。

 

 瞬間、俺の腹部に一発の弾丸が突き刺さった。

 

「――ガハッ……!?」

 

 鋭い一撃が俺の体を貫く。体の内を食い破る様な、会心の一撃。

 

 肺と、腹から空気が叩き出された。

 

 強い衝撃を受け、痛みに膝から崩れ落ちる。

 体に残る慣性と、大地が放つ重力に、俺はコンクリートへと叩き付けられた。

 

「終わりだ。バケモノ」

「……チッ」

 

 銃口を突きつけられる。

 もう一度今の一撃を受ければ、今度こそただでは済まない。

 

 ――なら、やるしか無いか。

 

 覚悟を決める。“これ”を使うのは本意ではないが……、ここで負けるわけには行かない。

 

 

 

 ――スズミの信じる、平和な街の為に。俺は、こんな所で終われない。

 

「……すぅぅ……。ふぅぅぅぅ…………」

 

 瞳を閉じ、大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 

 体の芯に意識を向けて。体の内に巡らせて。

 

 長く、大きく、深く。深く、深く――――

 

 

 

「まって、サオリ」

 

 

 

 戦場に似つかわしくない、可憐な声が響いた。

 

「――姫!?」

「……誰だ?」

 

 声の方を見やれば、一人の少女がそこに立っていた。

 その顔は、完全にマスクで覆われており、額から顎の先まで、一部たりとも確認することができない。

 

 俺に銃を向けていた女は、取り乱したような声を上げて、少女へと駆け寄ってゆく。

 

「どうしてここに!いや、それに、勝手に声を出すのは――」

「ううん。いいの、これは……彼には、きっと意味がない」

「それは……どういう……?」

 

 “姫”……と言うことは、あの少女は、敵の組織にとって何らかの特殊な役割を秘めているのだろうか。指揮官と思わしき女でさえ、恭しい態度を取っていることからみても、そう考えるのが自然だ。

 

 だが、なら、なんだ?この……違和感は。

 

 妙に感じる、この、“親しさ”は。

 

「……久し振りだね。まさか、こんな所で会うなんて、思わなかったな」

 

 少女は、ゆっくりと俺へと歩み寄る。

 

「姫!」

「大丈夫。彼は……敵じゃないから」

 

 敵じゃ……ない?

 

 俺が?

 

 痛みの残る体に力を入れて、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「ずいぶん大きくなったんだね。昔は背もそんなに変わらなかったのに」

「待て。“昔”?俺は、お前になんて会ったこともないぞ」

「あっ……そっか。マスク(これ)をつけたままだと、流石にわからないよね」

 

 そうして、少女は俺の眼の前で、隠されていたその顔を顕にする。

 

 

 

「――久し振りだね。ヒロくん」

 

 

 

「ひ……ろ……?」

 

 

 

 少女は、慈愛に満ちた表情で、満面の笑みを浮かべたまま。俺のことを――ヒロと(そう)呼んだ。

 

 

 

 

 

「タカツキ!待ってください!タカツキ!!」

 

 瓦礫の山向こうへと消えていった少年へ、少女は必死にその名を呼ぶが……その声に、返る応えは存在しない。

 

「……っ!」

「スズミさん!」

 

 瓦礫の山の向こうへと駆け出そうとしたスズミの腕を、ハスミが掴んだ。

 

「離してください!ハスミさん!私は、タカツキを――」

「落ち着いてください、今、単独で行動するのはあまりにも危険です」

「でも……!」

「お願いです」

 

 ハスミは、はっきりと、静かに、けれど力強くスズミへ語りかける。

 

「私が信じたのは、いつもの、私のよく知る、冷静沈着な“守月スズミ”です。……何事にも縛られず、クールに、冷静に、皆のためを思って誰よりも早く動ける、“自警団の守月スズミ”です」

 

 ハスミは、じっとスズミの眼を覗き込む。

 

「私に……、私に。貴方の事を、信じさせてください」

 

 ハスミが見つめる少女の顔は、酷く狼狽えており、その瞳は動揺で揺れている。息は乱れ、額には汗をかき。……普段の彼女らしい、落ち着いた表情は、影も形もない。

 

 そんなスズミの顔を見るのは、初めてだった。

 

「――スズミさんは、騙されているんですよ」

 

 そんな言葉に、スズミとハスミが視線を向ける。

 

 タカツキの額を撃った少女が、恐れに染まった表情で、スズミを見ていた。

 

「そうに決まっています。だって、今の慌て用、普通じゃない。きっと、あのバケモノにナニかされて、おかしくなっちゃったんです」

「ちょっ……ちょっと……」

「あんな“バケモノ”が、私達の味方をしてくれるわけがありません!!」

 

 少女は、ヒナタの制止を聞くこと無く、ヒステリックな言葉を叫ぶ。

 

「――スズミさんは!あの“バケモノ”に、騙されているんですよ!!」

 

 その言葉を聞いて、スズミは激情のままにハスミの手を振り払った。

 

「――一人でも!多くの人を助けようとすることが……!悪な筈がありません!!」

 

 その場の誰もが聴いたことのない、スズミの怒声が響く。握りしめた拳は、わずかに震え、その瞳には涙をたたえていた。

 

「……スズミ、さん」

 

 そんな彼女の背中に、ハスミはそれ以降の言葉を失う。

 

「誰になんと言われようと、彼は……タカツキは、自警団の!私の仲間です!共に平和を愛し、信じ、求めて戦って来ました、今だって!」

「それが騙されてるって言ってるんです!!アレにとっての私達はただの家畜同然ですよ!家畜の社が襲われたら、誰だって過敏になります!!」

「タカツキはそんな事――」

 

 

 

 バァン!!

 

 

 

 突如として、苛烈な銃声が響き、言い合いを始めた二人の注意がそれる。その視線が向けられた先は――正義実現委員会の長の元だった。

 

「埒が明かないな……。ハスミ」

 

 右手に持っていたショットガンを、空へ向けて放ったツルギは、険しい表情のままハスミへと視線を送る。

 

「……えっ。あっ、はい」

 

 長の声を受け、茫然としていたハスミは、再びスズミの腕を掴んだ。

 そんなハスミの様子を見たツルギは、先程まで口論をしていた部下へと歩み寄る。

 

「……オイ」

「はっ……はぃ、何でしょう……?」

「イチカに繋げ」

 

 攻撃の際、壊れてしまったらしい自らのスマホを示しながら、ツルギは指示を出す。

 苛烈で無慈悲として知られる自らの組織の長から出された指示に、少女はいくらかびくびくと怯えるような素振りをしながらスマートフォンを操作し、自らの上司へと通信を繋げた。

 

『はいはい、イチカっすよ〜。どうかしましたか?』

「私だ」

『え?……って、その声、ツルギ先輩!?良かった、無事合流出来たんすね』

「時間がない。私とハスミは一度下る。前線に出て後を引き継げ」

『……随分と急に無茶なこと言いますねぇ』

「無理か?」

『だれも“出来ない”なんて言ってないっすよ』

「それでいい」

 

 その言葉を最後に通話を切ったツルギは、部下へとスマホを返す。

 トリニティにおける最強の戦術兵器とも呼ばれるツルギだが、それだけで“委員長”が務まるほど……組織の“長”は甘くない。

 混乱と渾沌の満ちる災禍の中で、しかし“正義”を“実現”しつづける――それが、正義実現委員会の委員長たる由縁だ。

 

「スズミ、だったな」

「…………」

 

 スズミは、ツルギの深紅の瞳を向けられ、思わず唾を飲む。

 正義実現委員会とは、事の成り行きの果てに一戦交えた事もある。だからこそ、その長たる彼女のその気迫に、記憶にある委員会員達とは一線を画すその覇気に、気圧された。

 

「優先順位を間違えるなよ」

「優先、順位……」

 

 その言葉に、スズミは自分の頭に上っていた血が、急速に引いていくのを感じた。

 彼女の言う通りだ。今、ここで事を荒げた所で、誰も救うことは出来ない。それどころか、無駄に力を消費してしまえば、防げる被害も防げなくなる。

 

 それでは、タカツキが“バケモノ”である事を明かしてまで護ろうとした物を……守れなくなってしまうかもしれない。

 

 タカツキは確かに最後、スズミへ「無関係な素振りをしろ」と言った。ただ、一目散に逃げるのではなく、スズミの身を案じての言葉だった。

 冷えた頭で思考を回し、その意図に気づく。

 タカツキは、自分なんかよりもずっと冷静に判断をしていた。

 

「……ハスミさん、すみませんでした」

「スズミさん?」

 

 勝手に危険に身を投じていると、その身を案じている人がいる事を知らないのだと、そう、憤りを感じていた。

 けれどそれはきっと、タカツキも同じだったのだろう。

 スズミは、自分がもし彼と同じ立場だったとして、彼と違う行動をしたのかと考えて、その先に答えを見た。

 

「今は、皆さんの撤退を支援します。一度体制を立て直しましょう」

 

 そう提案するスズミの表情は、いつの間にか落ち着いていた。

 焦りも、動揺も、怒りもなく。ただ、冷静に事の真意を見極め、そして、己の正義をなす。

 

 ハスミのよく知る、“自警団の走る閃光弾”が、そこにはいた。

 

「……解りました。その申し出、ありがたく受けさせていただきます。良いですね、ツルギ?」

「あぁ。感謝する」

 

 ハスミの問いに、ツルギは浅く頷くと、彼女達はトリニティの本校舎の方へと移動を開始した。

 先陣をツルギが、殿をスズミが務めつつ、彼女達は前線を抜けて、後方へと退避していく。……それは、タカツキが向かっていった方向とは、全くの逆方向だった。

 

 遠ざかっていく崩壊した古聖堂跡地を振り返ったスズミは、小さく、誰にも聞こえぬ声で呟く。

 

「…………私は、貴方を信じます。……信じさせてください、タカツキ」

 

 きっと今も、彼なりの“正義”の為に戦っている、そんな彼の身を案じながら……スズミは、今出来ることの為に走るのだった。

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