Bloody Arriver   作:Ziz555

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ストックが無くなったのでここから先は完成し次第更新します。


Ep.12 たとえ誰であろうとも

 

「クソッ……タレ……ッ!!」

 

 太陽がその姿を隠し、トリニティの街は夜の闇に包まれていた。

 破壊された街並みに、街灯の明かりが灯るはずもなく。文明の輝きに満ちていたはずの街は、営みの明かりを失った鉄と石の林となっていた。

 そんな闇夜に紛れるように、タカツキは地面を這いつくばるようにして移動を続ける。

 未だに身体に力は戻らず、己の中の灯火が、風に揺らめき、明滅する様を幻視していた。風前の灯火とは、よく言ったものだった。

 

 覚悟や決意を口にしたとて、現実は変わらない。気を強く持つことで、最後の意識を繋ぎ止めることはできても、その先はない。

 

 当然だ。

 

 すべての生き物は、“食べなければ死ぬ”。その活動に例外はない。

 何を喰らうか、何を糧とするかに違いはあれど、何も食わずに己を保つ事ができるモノなど、この世にありはしなかった。勿論、それが“バケモノ”でも。

 

「神秘が……足りねぇ」

 

 力を使い、ダメージを受けすぎていた。

 

 “怪物”を消滅させる事で、何らかの“力”を得ていた事は、今のタカツキにもなんとなく理解ができていた。しかしそれは、“神秘”とは似て非なるものでもあったのだ。

 それらの“力”は、出力として転化する事ができていても、肉体の維持や体力として備えることはできない。故に、いくらそれらの“怪物”と戦闘をしたところで、タカツキの体力が回復することは無い。

 それどころか、この状況で“怪物”以外の対象から攻撃を受けてしまえば、それこそ本当に命に関わる。

 

「……!」

 

 物影に隠れるようにして、息を潜める。街灯がないその暗闇が、今はタカツキの命をつないでいた。

 タカツキの視線の先に映るのは、青白い姿の“怪物”だ。

 命が危ういとは言え、あれらの攻撃がタカツキにとって被害にならない事は変わらない。だが、それでもタカツキがその身を隠したのは、戦闘音による不確定要素の増加だった。

 一度や二度無理をすれば、“怪物”の力を転化して、一時的に戦闘を行う事はできるだろう。だが、それではもし、少ないとは言え確かに戦場にいる“生身の兵士”との接敵をした時に、己の“神秘”を使い果たしてしまいかねなかった。

 それでは、あの少女――“アリウス”の首魁と思われる、“サオリ”と呼ばれた彼女に勝つことは愚か、立ち向かうことすらできなくなってしまう。

 

「……チッ」

 

 どうにか“怪物”をやり過ごしたタカツキは、再び移動を開始する。

 

 “飢える”感覚は――久しぶりだった。

 

 己の身体の都合もわからず、ブラックマーケットの不良生徒たちに混じって食い物を漁って、満たされた腹と、満たされぬ“飢え”に苛まれていた頃。腐れ縁と笑いながら、共に過ごした“仲間”の事を。

 

 “美味しそうだ”と感じた。あの日の夜を。

 

「…………」

 

 本能のままに神秘を貪り、己の身体の飢えが満たされていく中で。怯えた眼でこちらを見ていた、赤い髪の少女の姿を。

 

 

 

 ――「バケモノ」。

 

 

 

「……あぁ。そうだよ」

 

 結局。その言葉が――己の全てで、真実だった。

 

 あの頃と同じだ。

 

 手頃な生徒を一人か二人。不意を襲って神秘を喰らえば、この“飢え”は――。

 

「でも、な」

 

 思い浮かべるのは、一人の少女。脳裏に焼き付いて、離れることの無い。あの言葉。

 

「俺はもう、そう言うのは……やめたんだ」

 

 崩れた瓦礫をどうにか避けて通り抜け、一つのコンビニへと潜り込んだ。

 店内は戦闘の影響で、棚に積まれた商品が散乱しており、割れたガラスが、床の上に転がっていた。

 

「どうせ、捨てるんだろ」

 

 タカツキは、床に転がるサンドイッチの一つを手にとって、その外装を口と手で剥がす。

 

「悪いな、緊急時だ」

 

 びりっと音を立てて、薄いビニールが、ガイドに沿って剥かれた。棚から落ちて潰れ、不格好になったソレに齧り付く。

 

「んくっ……ごほっ、ぼふぉっ……!?」

 

 久方ぶりの食事の味に、違和を覚えて咳き込んでしまう。口にモノを入れるのは、スズミと何度か出かけた喫茶店で食べたぐらいで、それより以前ともなれば……。もう、思い出すのも難しい。

 むせ返りながらも、一つ、二つと近場に転がるそれらを掴んで包みを破り、口の中へと押し込んで、腹の中へと収めてゆく。

 

 最後に一本、ラベルの破れたペットボトルを手にとって。中身の水を飲み干した。

 

 味がどうかなんて、気にならなかった。

 

「これで……少しは変わるだろ」

 

 棚の一つに背を預け、彼は静かに目を閉じる。

 

 モノを食べ。眠りにつけば……いくらか楽になる。問題の解決にはならなくても、先延ばしになることは、知っていた。

 

 そうして静かに。少年は一人孤独に眠りに落ちた。普段の睡眠と、さしたる違いもない状況だからか、眠るのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

「おい」

 

 

 

 次にタカツキが意識を取り戻したのは、そんな粗暴な呼び掛けを聞いた時だった。

 

「大丈夫か?どうしてこんなところに居るんだ。行き倒れたのか?」

「んァ……?」

 

 暗闇の中から意識が目覚める。コンビニの入口から入り込む光は、朝日というには薄暗く、しかし、夜明けというには赤くない。とはいえ、その光量は眼の前の少女の姿を認識するには十分だった。

 

「……トリニティの生徒?」

「……いや、私は」

 

 長く伸びた白銀の髪と、物静かな表情は、タカツキのよく知る少女のソレに似ていた。けれど、その瞳は鮮やかな緋色ではなく、アメジストの様な紫色だった。

 “トリニティの生徒”。その問いに対し、伏し目がちに答えを躊躇った少女は、静かに首を振ってからタカツキを見た。

 

「そういうお前はなんなんだ。ここは今危険なんだぞ」

「お前……知らないのか?」

「何の話だ?」

 

 少女はキョトンとした表情に変わる。コロコロと表情の変わる様子は、最初に受けたクールな印象からは想像ができない幼さを感じた。――見れば見るほど、その違いが鮮明になっていた。

 

 タカツキは、眼の前の少女が“トリニティの吸血鬼”に関して知らない様子であることに、内心安堵したまま答えを返す。

 

「いや、いい。何でもない」

「そうか?」

「ああ。……俺は今、この騒動を止める為に動いてるんだ。単独でな」

 

 タカツキの言葉に、少女は静かにその言葉の先を待つ。その手に握られている銃のセーフティは解除されていた。

 

「首謀者と思われる生徒に会った。名前は……サオリ。長身で、黒いキャップとマスクを付けたヤツだ」

「……サオリと会ったのか?」

「一戦交えた。……息巻いた割にこのザマだけどな」

 

 両手を広げて、ボロボロの体を示す。寝る前に比べれば幾らかマシにはなっていたが、それでも体を動かすのが限界と言った程度だ。

 

「その反応。お前もサオリについて知ってるみたいだな」

「……うん、知ってる」

「そうか。……んで、じゃあ今の話を聞いて。お前はどうするんだ」

 

 少女の素振りは、敵対者へ向けるソレのようには、タカツキには見えなかった。

 “サオリ”という名前に対し、眼の前の少女はどこか親しみと、諦観を混ぜたような複雑な視線をしながらタカツキを見下ろす。

 

「私は……。私は、サオリを“殺す”」

「……」

 

 “殺す”。

 

 眼の前の幼気な少女が、しかしその言葉の意味がわからぬ風には、タカツキ見えなかった。

 

「なんで」

「サオリはもう、止まらない。止まれないんだ。だから、これ以上もう、私の大切なものを傷つけさせないためには。サオリを、止めるためには……私が、“人殺し”になるしか、ない」

 

 震える声で、少女は決意を言葉に変える。悲しみと、やりきれなさに歪んだその表情は、今にも泣き出しそうにも見えていた。

 

「お前は」

 

 そんな顔のまま、少女はタカツキへ問いかける。

 

「……お前が誰かなんて、今はどうでもいいんだ。お前は、“人殺し(わたし)”の敵か。それとも、味方か」

 

 冷たい瞳をしていた。そして、その瞳の意味するところを、タカツキは知っていた。

 

「目指すところは同じだ」

 

 体を起こし、足に力を込めて立ち上がる。多少のふらつきは有れど、昨晩のように地を這わねば動けぬというほどでは、もう無かった。

 

「俺も、お前も。この状況を自分の手でなんとかしたい。……なら、少なくとも敵じゃない」

「そうか」

 

 アメジストの瞳の少女は、どこか安堵したように言葉を告げて、銃を下ろす。

 

「アズサだ」

「……あん?」

「アズサ。私の名前。……目的が同じなら、呼び方はわかりやすい方が良い」

「合理だな」

 

 ゴミの散らばる床を踏み分けながら、タカツキは歩き出す。

 

「タカツキだ」

「……わかった」

 

 それ以上の説明はない。ただ、目的が合致しているだけ。敵でも、味方でもない。その線引は互いの中で合致していた。

 

「ターゲットの居場所に見当はあるのか?」

「ある。たぶん、古聖堂の跡地に居るはず」

「戦禍の中心に陣を敷く、か。……下手なところにいるより本拠を悟られない為か?」

「多分、あの“怪物”の供給の中心地が古聖堂の地下にでもあるんだ」

「戦力確保が目的、と。なら、都合がいいな」

 

 先に建物を出たタカツキに続くようにして、アズサが外へと出る。建物の外に広がる空は、薄暗い雲に覆われて、ぽつぽつと雨が降りそそいでいた。

 二人は傘もささずに、小走りに雨の街を行く。

 

「都合がいい?」

「俺は“怪物”の攻撃が効かない。そのうえで、指先でも触れられれば一撃で消滅させられる」

「…………?」

 

 タカツキの言葉を聞き、アズサはその姿を改めて確認する。タカツキの発言には自信が有り、それを裏付けるなにか特別な装備があるのかとアズサは考えた。

 

「“トリニティの吸血鬼”を知ってるか?」

「噂話の?」

「俺の事だ」

「……」

 

 タカツキの発言に、アズサの瞳が一瞬大きく開かれるが、すぐにその視線は胡散臭い物を見るモノに変わる。

 

「証明してる時間はない。だが、俺は彼奴等とそう変わらない“バケモノ”だ。だから対抗できる。それだけ理解してくれ」

 

 眼の前の男の言葉を確かめる術は、アズサには無い。だが、その発言が罠であるという証拠もここにはなかった。

 

「どうする。今からでも別行動にするか?信頼できないなら――」

「いや」

 

 それでも。タカツキの言葉を遮るようにしてアズサは言葉を返す。

 

「信じる。少なくとも、今は」

 

 隣へと向けていた視線は、いつの間にか走る先へと向けられていた。

 

「何かに“抗おう”とするのは、私も同じだから。今はそれでいい」

 

 そこにあるのは。とてもシンプルな理由だった。他の誰でもない、彼女の中にある、彼女自身の価値観で。その答えがくだされているのが、はっきりと伝わった。

 

「……そうかい」

 

 似ている。タカツキは、そう感じていた。

 

 走る事数分。目的地である古聖堂跡地が見えてきた頃。当然――そこを守るようにして“怪物”が現れる。

 

「アレは俺がやる。本命まで力を温存しておけよ」

「わかった。援護する」

 

 降り注ぐ雨の中、タカツキは全身の力を振り絞り大きく一歩を踏み込んだ。

 

 

 

「――さあ、ラストバトルだ」

 

 

 

 もう、後はない。

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