Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.13

 

「よぉ、昨日ぶりだな」

 

 “怪物”の残滓をその体にまとわせながら、タカツキはそんな言葉を眼の前の少女へと投げかけた。

 3人の仲間を引き連れた彼女、サオリはそんなタカツキと、その後に控える少女に視線を向けて、その目を細める。

 

「お前は。……それに」

「サオリ……今度こそ、止めに来た」

 

 銃口を向けて、アズサはサオリへと宣言する。

 

 降り注ぐ雨の中、冷たさだけがその空間を支配していた。

 

「無駄だと言ったはずだ。それに、所詮お前達がつるんだ所で結果は変わらない」

 

 銃器を操作する、無機質な金属音が響く。

 

「御生憎様、俺には……“学”がないんでね」

「結果がどうであれ、“諦める”理由にはならない」

「……下らない。全ては虚しいものだというのに」

 

 己の誇りを、それぞれの武器に託し。互いの意思が――交差する。

 

 

 

「「「行くぞ」」」

 

 

 

 譲れない物のため。戦いが始まった。

 

 

 

 

Bloody Arriver

Ep.13

「俺はお前を裏切らない」

 

 

 

「スズミさんの言っていた“助けたい人”って……、どんな人なんですか?」

 

 静かに雨の降り注ぐ、夜明けの街の中、シャーレの『先生』と共に戦場へと走る少女達。そのうちの一人、阿慈谷ヒフミは、あまり接点のない少女、スズミへとそう問いかけた。

 

「タカツキの事、ですか?」

「はい。……なんだか少し、気になっちゃって」

 

 こんな話をしている場合ではないのかもしれませんが。と、ヒフミは苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 これから戦いへその身を投じると言うのにも関わらず、随分と落ち着いているものだと、スズミは内心驚いていたが、その考えはすぐに改まる。

 彼女にとってこれは、“普通”なことなのだ。

 

 だって、ただ。困っている友達を助けに行く。それだけの、“普通”の事なのだから。

 

 スズミは、少しだけ頬を緩めながら、そんなヒフミの方を見る。

 

「タカツキは……そうですね。不器用な人です」

「不器用。ですか?」

「はい。言葉遣いや、行動や、自分自身との向き合い方まで。本当に色んなところが、不器用なんです」

「へぇ……。なんだか、少しアズサちゃんに似ているかもしれません」

「それは……そうかもしれませんね。結局こうして、私達が助けに行っている訳ですし」

 

 スズミの言葉に、二人して「あはは……」と苦笑を漏らす。自分ひとりで背負い込んで苦難に飛び込んでいる所など、確かにそっくりだった。

 

「なら。ちゃんと伝えてあげないといけませんね」

「伝える?」

「はい。……貴方は、ここにいて良いんですよ。って」

 

 明るい笑みを浮かべながら、ヒフミはスズミへと語る。

 

「たとえ貴方がどんな人であったとしても、どんな物を抱えていても……、私達は、貴方の事を迎え入れるんだ……って」

 

 ――俺は、“バケモノ”だぞ。

 

 そんな少年の強がりが、スズミの頭をよぎった。

 

「――そうですね。ちゃんと、言葉にして伝えないと」

 

 きっと、一度では信じてはもらえないかもしれない。

 けれど、それなら。ちゃんと伝わるまで、何度でも言葉にして……伝えるだけの話だ。

 

 ――待っていてください。タカツキ。

 

 スズミは視線を前へと向けて。心の中でそう宣言する。

 

 彼にとって、彼女がそうであるように。彼女の守りたい“みんな”の中に、確かに彼の姿もあった。

 

 

 

 

 

「いい加減、諦めたら?」

 

 ランチャーを担ぐ少女、ミサキは眼の前に蹲る男を見下げてそう言った。

 

 アズサ、タカツキのチームによる戦闘は、サオリの指揮によって叶うことが無かった。

 アズサを単独で抑え込むだけの力を有しているサオリが単身迎撃に向かい、残ったタカツキには二人のスクワッドが立ちはだかったのだ。

 

「“複製(ミメシス)”を一撃で消し去るその力。どういう理屈かはわからないけど。触らないと使えないなら……対策なんて幾らでもとれる」

「随分とまあ……冷たい事で……!」

 

 冷めきった視線を向けられるタカツキは、弾丸に貫かれた脇腹を抑えながら眼前の敵を睨みつけた。

 ランチャーを構えるミサキの攻撃は、その影響範囲が広い。かと言って、生身で直撃を受けるわけにも行かない。……自然と、回避方向は絞られる。

 

「い、痛そうですね……苦しそうですね……、どうしてそこまでして、抗おうとするのでしょうか……」

 

 そんな彼の脇腹を大口径の狙撃銃で穿(つらぬ)いた張本人である少女、ヒヨリが顔を青くして様子を窺う。

 傷跡を抑える、その彼の指の隙間から零れ落ちる赤い雫は、生々しい痛さを思わせた。それを指して、ヒヨリは怯えたように彼を見る。

 

「どうして、抗うか?だって……?」

 

 ゆっくりと、タカツキが上体を持ち上げた。足に力を入れれば、ぼたぼたと脇腹から血がこぼれ落ちて、瓦礫を赤く塗り上げる。

 

「守りたいモノが……有るんだよ」

 

 呼吸は荒く、血の気が引きつつある顔で、脂汗をかいて尚――彼は、牙を見せて笑っていた。

 

「守りたいモノ、ね」

 

 そんな、息も絶え絶えと言った様子のタカツキを見たミサキは、呆れたように溜息を一つ。

 

「そんなモノに価値はない。所詮、なんてこと無い生命活動の中にあとから意味を見出しただけ。その為に血反吐を吐いてまで……アンタ、マゾヒスト?」

「悦楽なんか覚えちゃいねェよタコ助」

 

 飾り気のない罵倒に、ミサキの眉がピクリと動いた。

 

「知ったかするような、そんなお前にゃ一生掛けたって解らねェよ」

「……そう。まあ、知る気もないし。どうでも良いけど」

 

 ミサキは、ランチャーに弾頭を装填し、タカツキへと狙いを定める。

 

「その傷で逃げ切れる筈がない。どれだけ減らず口を叩いた所で、現実は何も変わらない、変えられない」

「……」

 

 タカツキが、歯を食いしばる。

 

Vanitas Vanitatum(全ては、ただ虚しい)――」

 

 

 

 

 

「閃光弾、投擲!!」

 

 

 

 

 

 その声に反応できたのは、タカツキだけだった。

 

 即座に目を閉じ、耳を塞いで口を大きく開け、屈み込む。巻き込まれない為には、ソレが最も効率的だと、教えてくれていた。

 

 閃光と、爆音が周囲を包んだ。

 

「うびゃっ!?」

「ちっ……!」

 

 警戒をしていなかったミサキとヒヨリは、その衝撃を受け、その動きが止まる。

 

「タカツキ!!」

 

 そこから先は、いつも通りだ。

 

「あぁ!!」

 

 傷が痛むのも構わずに、みなぎる力に物を言わせて、タカツキは地面を蹴ってその身を走らせる。

 

 一瞬あれば。十分だった。

 

「獲った!!」

 

 ミサキへと飛びかかったタカツキは、そのままの勢いで彼女の握るランチャーを蹴飛ばすと、彼女を組み伏せるようにしてのしかかる。

 

「がっ……!」

「コイツ、で……!!」

 

 タカツキの大柄な男の肉体に組み伏せられたミサキのか細い少女の肉体は、その重さと力の違いに、一瞬の硬直をする。

 だが、まだ直接的な接触はない。神秘を吸収するために、タカツキはミサキの首へと手を伸ばし――。

 

「ちか……寄るなッ!!」

「チぃッ!」

 

 ――ミサキの首に巻かれていた、包帯に阻害される。

 その一瞬の隙に、ミサキは空いていた片手でナイフを取り出し、己にのしかかるタカツキの身体へと振り抜いた。

 

 即座に危機を察知したタカツキは、後方へと飛び退いて、その一撃を回避する。

 

 後方へと着地したタカツキは、脇腹からあふれる血を片手で抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「…………なんで来た。とは、言わねェ」

 

 そうして、振り返ること無く言葉を続ける。……その口元は、本人も気づかぬ内に、綻んでいた。

 

「助かった。スズミ」

「本当に……、世話が焼けますね」

 

 傷だらけ、血だらけのタカツキの姿を見ながら。しかし、調子の変わらぬ彼の様子に――スズミは、小さくため息をこぼした。

 

「増援……?でも、たった一人で」

「うわぁぁぁ!!目がァァァ!耳がァァァ!」

「……しっかりして」

 

 閃光に焼かれた眼を覆いながらゴロゴロとのたうち回るヒヨリに対し、ミサキは呆れたように苦言を呈す。

 とはいえ、かく言う彼女もその視界も耳も万全とは言い難かった。

 

「タカツキ」

 

 そんな彼女達の様子をよそに、スズミはタカツキに声をかけ――その手を差し出した。

 

「あぁ?」

 

 名前を呼ばれた事で振り返ったタカツキは、差し出されたスズミの手を見て、事情を察する。

 

「……悪い。助か――」

 

 神秘を分けてくれるのだと気づいたタカツキは、そんな彼女の手のひらに手を伸ばして、その動きが止まる。

 己の血がベッタリとついた、汚れた手で、少女の白い綺麗な手のひらを穢すことは、憚られた。

 

「もう。本当に貴方という人は」

 

 しかし、そんな彼の躊躇いを知ってか知らずか、スズミは迷わず彼の手を取った。

 ぬるりとした彼の血は、自分と同じ赤い色をしていた。

 

「おい……」

「いいんですよ。気にしません。貴方の怪我のほうが問題です」

「っ〜〜……」

 

 温かいその手のひらに包まれて、なんだかこそばゆくなったタカツキは、空いている方の手で頬を掻く。

 嬉しい。という気持ちのほうが大きかった。

 

「……人前でイチャイチャと、随分余裕みたいだけど」

「あ?」

「タカツキ」

「……チッ」

 

 敵意を隠そうともしないタカツキの様子を、スズミはすぐさま咎め、タカツキはそれに大人しく従う。

 そんな光景を見つめながら、ミサキは目を細める。それは、閃光弾の眩まし故か、それとも。

 

「まあ。いいか、一人増えた所で数は同じ。戦況がそのぐらいで覆る筈もない。……ヒヨリ」

「うぅ……まだ目がチカチカする気がします……」

 

 ミサキの声に、ヒヨリは目をゴシゴシと擦りながら己の武器を手に取り、ミサキも蹴飛ばされたランチャーを拾い上げた。

 

「スズミ。行けるな?」

「そちらも……大丈夫みたいですね」

 

 タカツキの声に、彼の顔色を見たスズミが握っていたその手を離す。先程までの青白かった顔色に、血色が戻っていた。

 

 

 

 ――ふと。雨が止んだ。

 

 

「……?」

 

 それは、突然だった。青天の霹靂……いや、その真逆の事が。彼等の前に、“訪れる”。

 

 

 

「――私達の、『青春の物語(BlueArchive)』を!!」

 

 

 

 一人の少女が。高らかにそう宣言した。

 

 この物語は、『青春の物語』なのだと。

 この物語は、『幸せな結末』を迎えるのだと。

 この物語は――決して、虚しいものでは無いのだと。

 

 

 

 その輝きが雲を裂き、雨を拭い去り、空には輝く陽が昇る。

 

「……奇跡?」

 

 

 全てが非日常的で、神秘的で、不自然で。けれど、温かい。その光景を見たミサキの口からは、自然とそんな言葉が溢れていた。

 

「……俺にはちょいと眩しすぎるな、ありゃ」

「暗がりに慣れ過ぎなんですよ。タカツキは」

 

 その光景に、スズミとタカツキは笑みをこぼす。大げさで、格好つけで、ご都合主義に見えたとしても。

 それでも。

幸せな結末(ハッピーエンド)』は彼と彼女の望むところでもあるのだから。

 

「……ヒヨリ!すぐに終わらせてリーダーの元に!」

「えっ?!あっ!はい!!」

 

 その光景に、“嫌な予感”を感じたミサキがヒヨリに声をかけ、眼の前の障害へ意識を向ける。

 

「させねェよ!……スズミ!」

「合わせます、行って下さい!タカツキ!」

 

 タカツキが地面を蹴って、ミサキへと距離を詰める。

 

「速い……ッ!?」

 

 その加速は、それまでミサキが見ていたものとは比べ物にならないほどに早く。判断を迷う暇すら無かった。

 咄嗟に、ミサキはランチャーを至近で炸裂させる様に放つ。距離を少しでも詰めさせまいと、直線最短距離を爆発で塞ぐ為に。

 

 爆炎が広がる。

 

 だが、タカツキは止まらない。

 

 その炎を突っ切るようにして、彼はただ、距離を詰める。

 

「ミサキさん……!」

 

 危機を察したヒヨリが、その狙撃銃をタカツキへと向ける。

 

「させません!!」

 

 狙撃のために足を止めたヒヨリへと、スズミが引き金を引く。

 遮蔽の向こうにその身を隠していても、弾丸が撒き散らす埃と音で、ヒヨリの狙いは定まらない。

 

「まず――っ」

「お、らァッ!!」

 

 瞬間、タカツキとミサキの距離がゼロになる。

 

 ミサキは咄嗟にランチャーを盾に構え、その身を固める。

 タカツキは、その身を捻り、大きく右脚を振り抜いた。

 

 激しい衝突音が戦場に響く。

 

 ランチャーが蹴り飛ばされ、同時にそれを掴んでいたミサキの腕が投げ出され、姿勢が大きく崩れた。

 

「悪く……思うなよッ!」

 

 勢いのまま、タカツキは地面に一度足をつけてから。その右拳を……ミサキの顔面めがけて突き出した。

 

 鈍い音が響いた。

 

 うめき声を漏らし、ミサキは殴り飛ばされると、二度三度地面を転がってから、近くにあった壁の残骸に身体を叩きつけられ、その動きを止めた。

 

「こ……のっ……!」

「チェックだ」

 

 脳が揺らされ、腕に力が入り切らぬままのミサキに、タカツキが拳銃を突きつける。

 

「この距離、武装の差。どう考えてもお前に勝ち目はない。諦めろ」

「…………」

 

 タカツキの勧告に答えを返すことはなく、ミサキは静かに視線をもう一人の仲間へと向ける。

 

「す、すみません……」

 

 ヒヨリもいつの間にか、スズミに制圧されており、完全に無力化されてしまっていた。

 

「……はぁ」

 

 己の敗北を悟ったミサキは、諦めたように大きく一つため息を付いて、地面へと突っ伏すのだった。

 

 

 

 

 

「お前達に聞きたいことがある」

 

 

 

 拘束を済ませたタカツキは、ミサキへと声をかけた。

 

「……」

 

 しかし、当然ミサキはその言葉に答えを返す様子はない。敵対していたのだから、当然だろう。タカツキもそう思っていた。

 だから、彼はミサキの反応を待たずに問いを投げかける。

 

「アイツ……。“アツコ”は、なぜ俺の事を“ヒロ”と呼ぶんだ。お前達は……。アツコは、俺の何を知っている」

「……姫が?」

 

 タカツキの予想通り、“アツコ”の名前に対し、ミサキは反応を示した。

 それがタカツキの狙い通りであったことを、ほくそ笑む彼の顔を見て感づいたミサキは、眉間にシワを寄せて舌打ちをする。

 

「俺は。……俺は、過去の記憶がない。だが、たしかにアツコは、俺のことを“ヒロ”と呼んだ。俺の事を“知っている”と言ったんだ」

「……ヒロ。“ヒロ”?あんたが?」

 

 怪訝そうにタカツキを見上げたミサキは、しばらくマジマジと彼を見つめてから、静かに目を閉じた。

 

「どうしても知りたければ、姫本人に聞けば?」

「そうか。……なら、案内してくれ。そうすれば拘束は解く」

「ふぅん……?」

「タカツキ……?」

 

 勝手に話を進めるタカツキに、スズミは不安そうな視線を向けていた。

 普段と変わらぬ抑揚の、しかしどこか力なく自分の名前を呼ぶスズミに、タカツキは静かに振り返る。

 

「なん、なんですか。“ヒロ”だとか、“アツコ”だとか。一体、一人の間に何があったんですか」

「さあな。俺もよくわからない。……だが、きっと。これは俺が知らなきゃならない事だ、知らなきゃならない過去だ」

 

 タカツキは、とんとん。と人差し指で自分の頭を叩く。

 

「ここに響くんだ。覚えのない、誰かの声が。答えを知れと、お前は誰だと」

 

 ――アツコの、名前を。とは、スズミには言えなかった。

 

「…………それは、必要な事なんですね」

「ああ。多分」

 

 スズミの言葉にタカツキは力強く言葉を返す。

 

 一瞬、スズミはそんな彼に、手を伸ばそうとして――その手を握りしめた。

 

 そんな少女の姿に。タカツキはその肩へと手を伸ばす。

 その小さな肩は、僅かに震えていた。

 

「大丈夫だ。例え俺がどんなバケモノだとしても。これだけは約束する――」

 

 少年は、静かに揺れる真紅の瞳を覗き込み。ただ、まっすぐに言葉を告げる。

 

 

 

「――俺はお前を裏切らない」

 

 

 

 少年のその言葉を卑怯だと。少女は思った。

 

「――わかりました。私も、貴方を信じます」

 

 だって。そう返すしか、思い浮かばなかったから。

 

 

 

「話はついた?」

 

 ミサキが、そんな二人へ声を掛ける。

 

「ああ。……案内、頼めるか?」

「しても良いけど。姫に手を出したら――」

「俺は話を聞きに行くだけだ。安全は保証する」

「……まあ、あんたが“ヒロ”なら問題無いか」

 

 どこか納得したように、ミサキは静かに少年を見上げた。

 

「いいよ。案内する。……但し、後は無し。それが条件」

「……スズミ」

「いえ、気にしないで下さい。タカツキにとって必要なら。私は、待ちます」

 

 静かに首を振るスズミに、タカツキは頭を下げる。

 

「……すまん。行ってくる」

 

 少年の言葉に、少女は懸命に笑顔を浮かべて。

 

「……いってらっしゃい」

 

 見送りの言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 ――その日を最後に。トリニティの吸血鬼は。二度と彼女の元へは……帰らなかった。





第一部、完
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