Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.15 “勿忘草(ワスレナグサ)”の花束を:その1

 

「詰めが甘い」

 

 タカツキを格闘戦で組み伏せたサオリは、ハンドガンを彼の後頭部に突きつけながらそう告げた。

 

「……参った。降参だ」

 

 タカツキは潔く負けを認め、そう宣言する。

 そんな彼らを見て、「おぉー」とパチパチと小さく拍手が起こる。

 

「さすがサッちゃん」

「タカツキさんも、徒手空拳でリーダーとここまでやり合えるなんて……」

「負けてりゃ世話ねぇよ」

「……姫、一応、その。その呼び方は」

 

 タカツキの上から退いたサオリは、むず痒そうにアツコにそう抗議をする。だが、アツコはニコニコとした笑みを崩さなかった。

 

「いいでしょ。どうせここには私達とヒロくんしか居ないんだし」

 

 そう言われたサオリの視線は、自然とタカツキへと向けられていた。

 視線に気づいたタカツキは、呆れたように目を閉じてから、肩を竦めて首を振る。

 

「諦めろ。お姫様の無茶振りは今に始まった事じゃないだろ?」

「それは……そうだが」

「いいでしょ、サッちゃん?」

「……くっ」

 

 アツコの言葉に押されたサオリは、追い詰められた表情で彼女を見て――。

 

 

 

「いや、馴染みすぎ」

 

 

 

 そんな光景に、呆れたようにミサキが苦言を呈すのだった。

 

 現在彼らがいるのは、ここ数日拠点にしている廃校舎の体育館だ。

 事の経緯としては、タカツキは己の近接戦闘、徒手空拳による肉弾戦に不足を感じ、自分より上の使い手であるサオリに指南を頼んだのが発端であった。

 最初は困惑と拒絶を滲ませていたサオリであったが、アツコの“お願い”もあり、タカツキの願いを無下にすることか出来ず、格闘戦の指南を引き受ける事となった。

 

 偶然にもタカツキが用いる格闘戦の基礎は、アリウスの生徒達が修めている物に非常に似通っており、数度の手合わせを経てそれを見抜いたサオリが指導を行い。そんな二人のやり取りをいつの間にか現れたヒヨリが見学し――今へと至る。

 

「そうツンケンするなよ。今は助け合いお互い様の関係だろ?仲が悪いよりは良いほうが余程良い」

「それがつい少し前まで戦ってた相手じゃなければね。……リーダーも、これでいいの?」

「私は……」

 

 ミサキの問いに、サオリは眉をハの字に曲げて、言葉を濁す。その視線は、誰にも向けられることはなく、宙を泳いでいた。

 

「まあまあ、ミサキもそこまで警戒しなくても。ヒロくんはヒロくんなんだし」

「本人は一向にその“ヒロ”である事を認めてないみたいだけど?」

「認めるも何も、何も覚えてねぇんだから当たり前だろ」

 

 結局のところ。未だにタカツキは“ヒロ”の事をアツコに問いただせずにいた。

 

 タイミングがなかった……と言うわけではない。単純に、タカツキがアツコへその事を問いただす勇気が起きなかったのだ。

 

 アツコと話していると、どうにもそんな気分にはならなかった。ただ、他愛のない話を延々としていたいような、そんな気分になる。だから、聞かなくてもいいのではないかと、心の何処かで考えてしまっていた。

 今は、アリウスの追撃からアツコを守ることが先決であるのだから仕方ないと、そう自分に言い訳をして。

 

「それにしても……タカツキさん、よくそんなに動けますね……、苦しくないんですか?」

「あン?」

 

 ふと、ヒヨリがそんな事を口にした。

 

「いえ……あの。この前の戦いでお腹に穴が空いていると思うんですけど……。普通、そんなに動いたら苦しい物なんじゃ無いですか?」

「……撃ち抜いたのヒヨリでしょ」

「それは……そうなんですが」

 

 ミサキの指摘に、ヒヨリは視線を泳がせて言葉を濁す。不味いこととは思いつつ、本人の好奇心が勝ってしまったらしい。

 そんなヒヨリに対し、タカツキは――。

 

「あぁ。そういやそうだったな」

 

 すっかり忘れていた様子で、目を丸くしてそう言った。

 

「……えっ?」

「いや、確かにそんなダメージ受けてたなと思ってな。すっかり忘れてた」

「忘っ……!?忘れるような傷なんですか!?お腹に穴空いてるんですよ!?少なくとも数日で忘れる様な事ありますか!?」

 

 タカツキの発言に、ヒヨリを含めたその場の全員が目を丸くし、タカツキを見る。

 いくら身体が頑丈なキヴォトスの者であるとしても、肉体を貫通するようなダメージを、まともな治療の一つも受けずに“忘れる”等ということは、異常という他にない。

 だが、タカツキはそんか彼女達の感覚を知ってか知らずか、さも当然というように口を開いた。

 

「そんな傷、“もう無い”からな」

 

 ――ありえない。

 

 少なくとも、まともな体の作りをしているのであれば、起こり得ない事象を、しかし当然のように口にしたタカツキを見る目が変わっていた。

 

「ほらよ」

 

 ぺろん。と、タカツキが己の服をめくり、貫かれた腹の辺りを露出する。

 そこには、綺麗に割れたシックスパックの、完成された肉体があるのみだった。

 

 彼の言う通り、そこには弾創は愚か、擦り傷や切り傷の一つすら存在しない。

 

「……えっ?」

「そう言えば話してなかったな」

 

 ヒヨリの呆けた声を聞きながら、タカツキは服を戻しつつ、苦笑いを浮かべる。

 

「俺は神秘さえ吸収してれば、食事は必要ない。それは伝えた通りだ」

「……うん。それは、聞いたけど」

「お陰様でご飯の調達が少し楽できていますし……」

「逆に言うと、俺の身体の回復に必要なのは神秘だけなんだよ。んで――」

 

 少年は、呆れたような声音で、肩を竦めた。

 

「“神秘”さえ吸収すれば、俺は傷がすぐさま治る。指が千切れた時は生えたぐらいだ」

 

 それは、まともな人の身体とは、言い難かった。

 

「初めて自分で見たときは不思議な感覚だったけどな。ちぎれ飛んた人差し指を、無くなったはずの自分の指でつまみ上げた感覚は忘れられねェ」

「…………それは」

「“バケモノ”らしいだろ。ま、意外と便利だぜ?この身体は」

 

 その発言に、彼の表情に。その場にいた誰もが、この男が自分とは決定的に異なる生命体であるという事実を、否応なしに感じてしまった。

 

 どれだけ見てくれが同じでも。

 どれだけ使う言葉が同じでも。

 どれだけ過ごす時が同じでも。

 

 眼の前の“ソレ”は。――“人”では、無い。

 

「……だから多分、俺は“ヒロ”じゃない。そうだろ」

 

 少年は、自嘲気味に笑いながら。少女へ告げる。

 自分は、君の求める“誰か”では無いんだ。と、そう、別れを告げるようにして。

 

 けれど。

 

 少女はゆっくりと、少年へと歩み寄る。

 

「ううん。そんなの関係ないよ」

 

 彼の言葉を、少女は静かに否定する。

 

「君の身体が、“バケモノ”だとしても」

 

 それでもと。彼の否定に、拒絶に、優しくその手を両手で包み。儚い笑顔を差し向ける。

 

「私はずっと、覚えているよ。君があの日、私にくれた花の名を」

 

 それは、あの日の約束。決して変わらない。たった一つの大事な思い出。

 

 どれだけ世界が変わろうと。

 どれだけ時間が変わろうと。

 どれだけキミが変わろうと。

 

 それでも枯れない、褪せない、変わらない。

 

 

 

「――“勿忘草(ワスレナグサ)”の花束を」

 

 

 

 少女は笑って、彼を見た。

 

「……ワスレナ、グサ?」

「そう。貴方が私に贈ってくれた。小さな花の名前だよ」

「俺が?」

「うん。ヒロくんが」

 

 呆然とする少年に、少女はくすくすと笑いかけてから。パッと手を離し、くるりとその場で回ってみせた。

 

「――No.(ナンバー)16。だから『ヒロ』」

 

 少女の言葉に、少年は確かに覚えがあった。

 

「それが、花のお返しに。私が君に贈った名前」

 

 

 

 ――ねえ。覚えてる?

 

 

 

 それは、忘れてしまった。きっと、大切な――二人の思い出。

 

 

 

 

 

 その日の空は。いつものように曇っていた。

 

 アリウスの自治区は、あまり天気のいい地域ではない。それには相応の理由があると聞いたこともあるが、そんな事は、幼いアツコに取っては至極どうでもいい事だった。

 一つの部屋と、それとつながる、高い壁に囲まれた閉じた小さな庭だけが、秤アツコという小さな少女の世界のほぼ全てだった。

 庭を囲う塀は、高く頑丈なレンガが積み上げられており、塀の向こうを伺うことは叶わない。たまに聞こえてくる爆発音と、わずかに聞こえる悲鳴の声が、外の世界の荒んだ様を想像させた。

 

 彼女の生活は、とても厳しく管理されていた。

 

 食事や、訓練、勉学までもが厳しく仔細に定められ。予定のない時間は、こうして部屋に閉じ込められて、外に出ることは叶わない。

 安全では、あるのだろう。ここを襲う敵はいないし、訓練以外で怪我をしたこともない。たらふくとまでは行かずとも、食事に困る事もなければ、病を恐れる必要もなかった。

 

 ただ、代わりに。何もなかった。

 

 ぼんやりと、曇り空を見上げて、硬い地面の上に座り込む。高い壁に遮られたその庭は、外に繋がっている筈なのに、なんだか濁った空気が溜まっているようで。どんより気分も沈んでしまう。

 けれど、無機質な部屋の中にいるよりは、それでもいくらかマシなのだ。

 いくら塀が高くとも。偶に上から風が吹き込んで、澱んだ空気を回してくれる。その瞬間だけは、なんだか外の香りがした気がして。少しはマシだと、アツコは感じていたからだ。

 

 ほら、丁度今みたいに――。

 

 ふと、アツコが吹き込んだ風につられて、空を見上げた。

 するとどうだろう。見慣れぬものが塀に引っ付いている。

 

 

 

 おしりだ。

 

 

 

「んっ……よっ……ほっ……」

 

 見知らぬおしりが、そんな声を漏らしながら、ずいずいとレンガの塀の、僅かな隙間で体を支えて降りてくる。

 

「よっ……と!」

 

 すとん。

 

 あっという間に一人の少年が、アツコの前に現れた。

 背丈は、アツコとそう変わらない様だった。背中越しではあるものの、年もそうは離れていないようにも見て取れた。

 

「へっへーん、ようやく侵入出来たぜ。ここはどーにも怪しかったからな。あのババアが一体何を隠しているのか、じっくりと――」

 

 楽しげに、弾んだ声でシメシメと小声で笑うその背中に、アツコは自然と手を伸ばしていた。

 

「――あの」

「んぁ?……んっ!?」

 

 声をかけられるまで気づかなかったのか、少年はアツコの声に驚いて振り向くと、己が大きな声を出すより前に、自分の手でその口を塞いだ。

 

「……驚かすなよ。ビックリして声でたらどうするのさ」

「えっと……ごめんなさい」

 

 ムスッとした表情を向けられたアツコは、咄嗟に謝罪の言葉を返す。

 怒られた時の癖だった。

 

「ま、いいや。バレなきゃ問題ナシだもんね」

「そ、そうなの……?」

「そうなの」

 

 ニシシ。と白い歯を見せて笑う少年は、アツコの問いに笑顔のままで答えると、そのまま真っすぐ右手を差し出した。

 

「……?」

「はじめましてだろ?見た感じ、オマエもババアの連れてる子供の一人みたいだし、それなら俺達、同じだからさ」

 

 ぶんぶんと、少年は差し出した手を振りながら、少女に語りかける。

 

「仲良くしようぜ、お互いさ」

 

 握手を求められているのだと。そこでようやく気づいたアツコは、おずおずと彼の右手に、己の右手を伸ばしてゆく。

 ヒョイと、その手を先に掴まれた。

 

「ひゃっ……!?」

「大丈夫だって、なんもしねぇよ」

 

 突然の感覚に、アツコは小さく悲鳴を上げて、そんなアツコに少年は笑ってその手をしっかりと握った。

 

 初めて触る、男の子の手は。ザラザラしていて、暖かかった。

 

「名前、なんていうんだ?」

「名前……?」

「そ。オマエの名前。ずっとオマエじゃ、呼びにくいだろ?」

「それは、そう、かも」

 

 そうして、促されるままにアツコは名前を名乗る。

 

「……秤、アツコ」

「アツコか。うん、覚えた。これからよろしくな、アツコ」

 

 無邪気に笑うその顔は。閉じ込められていたアツコに取っては――初めて見る、楽しげな、誰かの表情だった。

 

 

 

 それが。囚われのお姫様と、悪戯好きの少年の。世界を変える、小さい小さい、運命の出会いだった。

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