Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep17. 姫とバケモノ

 

「クソッ……!何処にこんな兵力を残してやがった……!」

 

 雨の降り注ぐ暗闇の街をタカツキは駆ける。

 踏み込むたびに、足元に流れる水が弾ける音が何度も響いた。

 

「タカツキ!あまり先行するな!コレ以上の分断は不味い!」

「わかってる!だが最悪俺が進路をぶち抜く!その時は越していけ!」

「ヒロくん……!」

 

 アツコが不安げに彼のことを呼ぶ。だが、振り返る余裕は今のタカツキにはない。

 

 

 

 襲撃は、突然だった。

 

 

 

 数日前から、ヴァルキューレ――キヴォトス全体の治安へ関与できる警察組織のような学校の事――の生徒達がその活動を一度止め、引き上げた事でトリニティの全体の警備が一時的に薄くなっていた。

 何やら、本部の方で大きくなにかがあったらしく、その体制を整える為の措置だという噂が流ていたが、その詳細はタカツキ達には関係のない話でもある。ただ、一つ言えることとして、大規模クーデターであるエデン条約襲撃事件の首謀者として指名手配されているアリウススクワッドの面々にとってそれは好都合だった。

 

 ヴァルキューレの警察生徒が退いた。とは言っても、トリニティの自治活動はそれを補わんとしていくらか強化されている。しかし、トリニティの自治活動のうち、自警団活動に関して、スズミとの仲を通して知識を持っていたタカツキにとって、これは好機だった。

 

 トリニティ自治区を抜け出してさえしまえば、アリウスからの追手は、他自治区への干渉となるため、一気に困難となる。加えて、タカツキはキヴォトス各地を転々としていた経験を持つため、人目が少なく、潜伏に適した土地をいくらか知っていた。

 

 砂漠化の進んだ、少々“厄介な守護者”がいる自治区ではあるが……、害意がない事がわかれば“アレ”も手を出しては来ないだろう。

 そんな事を考えながらトリニティ自治区の脱出を計画し、実行に移すことにしたのが、数時間前。

 雨の降る、人の目の少ない夜の時間に、影に忍ぶようにして拠点を()った彼等の前に現れたのが――中隊規模のアリウスの部隊だった。

 

 いつものように数人の小隊規模であれば、直接蹴散らして、増援が来るよりも先に離脱をしてしまえば済む話であったが、中隊規模となるとそうはいかない。

 

 真っ向からの戦闘行為は、補給に乏しいスクワッドの面々が圧倒的に不利なものであり、物量作戦とも言えるほどの兵力を一度に投じられてしまえば、その撃退は難しい。故に、撤退を判断したサオリの指示に従い、交戦より逃亡を選択した。

 だが、状況は彼女の考えるものよりも遥かに悪いモノとなっていた。

 

 眼の前に現れた中隊規模の追手の他にも、取り囲むようにして小隊規模の兵が配置されており、すでに彼等は包囲網の内へ閉じ込められていたのだ。

 

 進路を変え、何処へ退避を選ぼうとも、その行く手を塞ぐようにして配置されたアリウスの生徒達の手により、段々と追い詰められてゆく中――。ついに、戦闘の中でヒヨリとミサキが分断されてしまった。

 

 合流を図ろうにも、今の彼女たちに連絡手段はない。

 物量だけではなく、情報戦においても遅れを取っているタカツキ及びスクワッドの面々がじわじわと限界へと追い込まれるのは当然の流れだった。

 

 エデン条約襲撃事件から幾らかの時間が経っているとは言え、これほどまでに体制を整え、そして追手を放ってくるという事態に、タカツキとサオリは違和すら覚えていた。

 これほどの兵力があるのであれば、エデン条約襲撃の際にももういくらか戦力を用意できたのではないか、と。

 

 だが、考えた所で事態は好転しない。

 

 事実――角を曲がったその向こうには、グレネードランチャーの銃口をこちらへ向ける部隊がいた。

 

「……止まれッ!でてくるな!」

 

 視界に入ると同時に、先行していたタカツキが叫ぶ。

 

 ランチャーから、炸薬が放たれた。

 

 着弾したそれは、雨の湿気に負けることなく炸裂し、爆炎を伴いタカツキへと襲いかかった。

 

「ぐ……がぁっ!?」

 

 全身に突き刺さる破片と、身体を焼くような炎熱の衝撃が、雨に濡れた身体に降り注ぐ。

 身体に走る痛みに、思わずうめき声が漏れた。

 

「ヒロくん!!」

「タカツキ!……ぐぅっ!?」

 

 足を止めたアツコの肩に、銃弾が突き刺さった。

 

 挟み撃ちだ。

 

「く……そっ!」

「ま、だ……!」

 

 痛む身体に鞭を入れ、体に力を入れて二人は立ち上がる。

 まだ、諦めるわけには――。

 

 

 

『無様ですね』

 

 

 

 女の声が、響いた。

 

『もう、鬼ごっこは終わりです』

 

 ホログラム投影された、一人の“大人”が、冷たい視線で彼等を見下す。

 それは、サオリ達が“マダム”と呼ぶ大人。元アリウス分校の生徒会長の役職を果たす、異形の様相を持つ女。

 

「おま……えが……!」

 

 エデン条約襲撃事件、そして、アリウススクワッドを追い詰める――アツコを苦しめている元凶が、タカツキの眼の前にその姿を見せた。

 そして、そんなタカツキの姿を見た女は、一瞬目元を動かしてから、手に持っていた扇子でその口元を覆い隠した。

 

『――驚きましたね。まさか、本当に“失敗作”が動いているとは』

「……ぁン?」

 

 自分へと向けられた“失敗作”という言葉に、タカツキは目を細める。

 まるで自分の事を知った様な素振りで話す、この眼の前の女を、タカツキは知らない。

 

『確かに廃棄処分とした筈ですが……まあ、良いでしょう。所詮出来損ないの失敗作です』

「随分とナメた口叩きやがる。何様だァ、テメェは」

『口の聞き方がなっていないのはどちらの方でしょう?拾って上げた恩すら忘れて、のうのうと生きる野良犬に噛み付かれる気分は随分と不快な物ですね』

 

 タカツキは妙に癇に障るこの大人の不快な声に対し、明確な嫌悪と敵意を向けていた。しかし、それを知ってか知らずか、大人は興味を失ったように視線を外す。

 

『逃亡とは。愚かですね、錠前サオリ』

「くっ……!」

『アレほど“すべては虚しい”と教えた筈だと言うのに。与えた仕事もこなせず、あまつさえ“姫”を連れて逃亡などと……。覚悟は、出来ているのでしょうね』

 

 ジロリ。冷たい視線が向けられて、サオリは思わずその身をすくませる。過去の思いが、心の恐怖を掻き立てる。

 逆らえない、抗えない、……戦え、ない。

 もう、何もできなかった。すべてがおしまいだと、そう、思わずにはいられなかった。

 

『全員、構え。出来損ないどもをここで処分してしまいなさい』

「はっ」

 

 大人の指示に、その場の全員が武器を構えた。従順な戦士は、思考を介すこともなく、無機質に彼等へ銃口を向ける。そして、その引き金に指をかけ――。

 

 

 

「待って」

 

 

 

 アツコが、二人の前へと進み出た。

 

「二人には手を出さないで」

「アツコ……!?」

「お前、何を!」

『……ほう?』

 

 つけていた仮面を外しながら、アツコはその身体を二人の盾とする。

 

「この状況。撃てば私もただじゃ済まない。もしかしたら、死んじゃうかも」

『自らを人質とする訳ですか。……それで?そうだとして、どうするというのですか』

「二人と、ミサキ、ヒヨリに手を出さないなら。……私は貴女の元へと帰る」

「「!?」」

 

 アツコの言葉に、タカツキとサオリが息を呑んだ。

 

「やめろ!それじゃあ俺達はなんの為に!」

「そうだ!私達は、皆で揃って逃げ出すんじゃ――」

「大丈夫だよ」

 

 アツコは、雨に濡れることにも構わずに、フードを外して二人の方へと振り返る。

 

「私は、大丈夫」

 

 そうして、優しい笑顔を二人へ向けてから、静かに大人の方へと歩き出した。

 

「アツコ!」

『賢い選択です。いいでしょう、その態度に免じ、この場は見逃すとしましょうか』

 

 呼び止める声に振り返ることもなく、アツコはアリウスの生徒たちに拘束される。

 その光景を、二人はただ、見ていることしかできない。

 

「さっちゃん、皆の事……よろしくね?」

「待て、待ってくれ!アツコ!お前が行ってしまったら、私は!私は一体、どうすれば!」

「さっちゃんなら大丈夫だよ。きっと、皆のことをまとめられる。それと――」

 

 両手を拘束されて、首だけを少年の方へと向けて。少女は静かに微笑んだ。

 

「――信じてるからね、ヒロくん」

 

 その言葉の意味は。少年には、解らなかった。

 

『連れてゆきなさい』

 

 大人の無慈悲な指示に従い、アリウスの生徒達はアツコを連れて引き上げてゆく。

 人質を取られたような立場であるタカツキとサオリはその光景を、ただ見ていることしかできない。

 

 ホログラムが消える直前。嘲るような視線が二人へと向けられていた。

 

 雨が降り注ぐ中。無数の足音がどんどん遠ざかってゆく。

 

 静かに、ただ、確実に。

 

 いつの間にかそれは、雨音にかき消され、聞こえなくなっていた。

 

「……アツコ……どうして……」

 

 サオリが、静かに膝から崩れ落ちた。ばしゃり。と、水が当たりへ飛散る。そして、そのまま呆然と、アツコ達が消えていった方を眺める事しかできない。

 

「――がって」

 

 ぽつり、と。タカツキが呟いた。

 

「……タカツキ?」

 

 その声は、力無いものではなく。むしろ――。

 

「――ふざけやがって……アイツ……!!」

 

 怒りに満ち溢れたその声は、力一杯に握りしめられた彼の拳と同じ様に、震えていた。

 

「何が、“信じてる”だ……?勝手にテメェの希望と期待を押し付けて、わかったような顔して何も言わずに一人で消えてんじゃねぇよ……!」

 

 その瞳には、怒りの炎が宿っていた。

 

 ギリギリと歯を食いしばり、怒りのままに腹の底に湧き出る感情(コトバ)を吐き捨てる。

 

「大体オマエはいつも自分勝手で、コッチの気持ちや都合も知らねぇで、俺を“ヒロ”と呼びやがる。そんな名前に覚えも、理由も納得できちゃいないんだ、俺は。何一つだってお前のことを理解できちゃいねぇのに……!それでもお前だけが、どうして俺を知っていやがる……!それがどうにも、許せねぇ……!!」

「……タカツキ?」

 

 タカツキは、拳を掴んで、胸の前へと手繰り寄せ、怒りままに叫びを上げる。

 

「どんな手を使ってでも連れ戻して、必ずぜってぇ謝らせてやる……!!」

 

 怒りの熱が、彼の心を燃やしていた。身体を濡らす、雨の冷たさすら忘れてしまう程に。

 

 ばしゃり。彼は一歩、踏み出した。

 

「待て!何処に行くんだ!」

「アツコを連れ戻す」

 

 呼び止めるサオリの問いに、タカツキは振り向くことなく宣言した。

 

「どうやって……!私達には頼れる味方なんていないんだぞ……!」

「オマエは“皆”を護ってろ。それがアツコの頼みだろ」

「だが!」

「知らねェよ」

 

 タカツキの目は、もう前だけを見つめていた。

 

「相手が、誰だろうと何だろうと。全部ブチのめしてブチ壊してブチ殺してでも助ける。曲げるつもりも逃げるつもりも諦めるつもりもナシだ。ムカついてンだよ。コッチはよ……!!」

「タカツキ!!」

 

 その言葉とともに、タカツキは強く地面を蹴って夜の闇へと駆け出した。

 

 明かりの一つも見えないその先に、しかし目指すものを確かに見据えて、彼はゆく。

 

 

 

 怒りに狂い、血に飢えるバケモノが、姫を奪いに動き出した。

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