Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep19. “勿忘草(ワスレナグサ)”の花束を:その3

 

「よっ……と」

 

 そんな声とともに、瓦礫の山がボコリと盛り上がり、積み重なっていたコンクリートの破片が崩れ落ちた。

 

「運が良いと言うべきか。ここは警戒されてないみたいだな」

 

 そんな瓦礫の下から現れたタカツキは、穴から顔だけを覗かせて、周囲を警戒してからその身を乗り出した。

 暗く、長い下水道を抜け。そのうちの脇へとそれた通気孔の中へと身体を潜り込ませて数十分。ようやく目的地へとたどり着いたタカツキは、全身についた汚れに顔をしかめてから、それらを軽くはたき落とした。

 

「……まさか、またここに来ることになるとはな」

 

 アツコを追ったタカツキが向かった先。それは――彼の記憶の始まりの地。

 

「ここが……アリウス、自治区」

 

 空を覆う雲の切れ間から、欠けた月が顔を覗かせていた。この地域には現在、雨が降っていないらしい。

 

 今にも崩れそうな瓦礫の山の内、幾らかまともな足場を踏みして、彼はゆっくりその先へ進む。

 

 思い出すのは。あの、満月の夜。

 

 目覚めた自分がどこにいるのかなんて、当時は解りもしなかったし、知ろうとも思わなかった。ただ、ここじゃない何処かへ向かおうと、自分を惹きつける“気配”を求めて、先程の穴へと潜り込んだ。

 二度と戻ることはないと思っていた出発点。だが、彼は今、そこに居た。

 

 今度は、明確な目的を持って、ここにいる。

 

「被験体、“No.(ナンバー)16”。……それがもし、過去の俺の名前なのだとしたら」

 

 タカツキは、瓦礫の山を踏み越えながら、少しずつ前へと進む。

 

「あの大人は、俺の事を確かに“失敗作”と言った。……もし、そのすべてが繋がるとしたら。此処しかない」

 

 怒りに狂っていた筈のタカツキは、いつの間にかその冷静さを取り戻していた。

 行先もわからない相手を闇雲に追跡した所で、一度見失ってしまえば取り返しがつかない。それでは、目的を果たす事は叶わない。

 

 タカツキは、アリウス自治区への侵入経路が複雑である事は、サオリから聞いていた。そして、アツコが攫われたであろう場所がアリウス自治区の内部にある事も想像に難くない。しかし、タカツキはアリウス自治区への侵入経路を把握しては居なかった。

 

 一つを除いて。

 

 全ては仮説に過ぎなかった。だが、自分以外の状況の全てが、その事実を証明していた。……それに、曖昧で、不確かながらも、タカツキには妙な確信があった。

 

 それが、この廃墟。彼が目覚めた、すべての始まりの場所。

 

「破壊され、廃棄された研究所か。……跡形も無く粉砕されたここが、研究所だとは気付かなかったな」

 

 研究所の跡地だと言われて、ようやくその痕跡が認識できるという程度には破壊されつくされたその廃墟は、理由を知らぬ者が見れば、ただの瓦礫の残骸にしか見えないだろう。タカツキがそうだった様に。

 それほどまでに念入りに破壊されているという事は、あの“大人”にとって、見つかることが不都合な場所であるということでもある。

 ――そして、それはつまり。そこで目を覚ました自分が、あの大人にとって少なからず“不都合”であるという事でもある。

 

「……これは」

 

 ふと、瓦礫の山の中に、目を引くものがあった。なんてこと無い、残骸の一つに、なぜだか気が惹かれていた。

 拾い上げると、そのプレートにはこう刻まれていた。

 

「――“No.(ナンバー)16”」

 

 周囲を見れば、透明なガラス片のような物がちらほらと散っているのが見えた。それはまるで、何かを培養する為の容器の破片のように、緩やかな曲線を描いている。

 

 それらの全てを、タカツキは知らない。

 

「お前なら。お前なら、俺の知らないすべてを知っているのか……?」

 

 拾い上げたプレートを見つめて、タカツキは胸のうちに溜まるわだかまりを言葉に変えて、吐き出した。

 

「なあ、“ヒロ”」

 

 頭の内に響く声は、その問いに答えを返しては……くれなかった。

 

 

 

 

 

「数日ぶりですね、お転婆も程々にして頂きましょう。ねぇ、皇女様?」

 

アリウス自治区、その最奥に近い至聖所の中央で、椅子に括り付けられているアツコに、一人の大人が語りかけた。

 その表情は嗜虐を覗かせる、歪な笑みを浮かべている。

 

「そういう貴女は、随分楽しそうね、マダム。……いいえ、ベアトリーチェ」

 

 そんな大人の嫌味な視線を意にも介さず、アツコは笑みを浮かべながら彼女の名前を呼んだ。

 

「ええ。遂に長きに渡る私の“賢明”な努力の成果が実を結ぼうとしているのです。これを笑わずにいられるでしょうか?」

 

 喜悦の滲む声でアツコを見下すベアトリーチェ。だが、そんな彼女に対して、アツコは真っ直ぐな瞳を向けたまま口を開いた。

 

「それが糠喜びで無ければ、ね」

「――。」

 

 挑戦的なアツコの言葉に、ベアトリーチェの表情から感情が消える。

 

「……糠喜び?まるで、私の計画が無意味であるかのような口ぶりですね、ロイヤルブラッド」

「貴女の望みは叶わない。絶対に」

 

 自らの言葉の全てを否定するアツコの言葉に、ベアトリーチェは手に持っていた扇子を強く振るい、その頬を引っ叩いた。

 

「自らの立場が分かっていないようですね。“姫君”等と呼んではいますが、貴女は所詮生贄。私が力を手に入れる為の捧げ物にすぎないのですよ」 

 

 叩かれたまま、首を横に向けているアツコに、彼女は更に言葉を続ける。

 

「希望などありはしません。価値などありはしません。意味などありはしません。“全ては虚しい物”なのです。そう教えたでしょう?それが貴女の人生、貴女の時間、貴女の全てなのですよ。ロイヤルブラッド」

 

 全てが無意味で。無価値で。無慈悲に、虚無へと消えてゆくのだと。

 絶望するしか無いのだと。そう、彼女はアツコへ教えを説いた。

 

 

 

「――それでも」

 

 

 

 アツコは、ゆっくりとその目をベアトリーチェへと向ける。

 

「あの人は、来るから」

 

 その瞳は、力強い輝きを放ち。希望を見据えて、見失わない。絶望と、虚無のみが支配する筈のこのアリウスにおいて尚。彼女の瞳はその先を見つめていた。

 そんな瞳で、ベアトリーチェを、見上げていた。

 

「――その“目”が!!」

 

 ベアトリーチェは声を荒げて、アツコの顔を覗き込む。

 

「その“目”が気に入らないのですよ……!!どれだけ虐げようと!どれだけ虚無を見せようと!どれだけ苦難を浴びせようと!決して揺るがず、変わらず、輝き続ける、その“目”が!!」

「……」

「まるで夢を見る子供のように、熱に浮かされた曖昧なモノに魅せられた、世間知らずの馬鹿な眼が!私を何処までも苛立たせる……!!」

 

 ギリギリと歯を食いしばり、その顎を扇子で押し上げ、己の視線から逃れられぬ事を示しながら、ベアトリーチェは怒声を浴びせる。

 

「世界はそんなものでは無い!希望等、全てまやかしに過ぎません!力無きモノが全てを搾取され、力あるものが全てを得る!そして!!貴女は!!力のない貴女は!!何も持ち得る権利も無いのですよ!!」

「大人なのに、何も知らないんだね」

「きっ……コイツ……ッ!」

 

 アツコの言葉に、ベアトリーチェは歯を食いしばる。

 

「助けなど、きませんよ。もし、“先生”の事を期待しているのであれば、あの程度の脆弱な大人。エデン条約での働きには目を見張るモノがありますが、所詮私の本懐を邪魔するほどでは――」

 

 そこまで言いかけて、ベアトリーチェは一つの違和に気づく。

 

「――まさか、あの“失敗作”を?」

 

 そして、アツコの真意を――彼女の“希望”の正体を知り。

 

「……ククク」

 

 ゆっくりと、アツコから離れて行く。

 

「アハハハ……ハーッハハハッ!!」

 

 高らかな笑い声を上げ、その口元を扇子で覆い隠したベアトリーチェは、ひとしきり笑い終えてからアツコの方へ視線を戻す。

 

「……貴女は本当に何も知らぬ“馬鹿”なのですね。世間知らずのお姫様も、ここまでくれば滑稽な物です」

 

 余裕を取り戻した様子のベアトリーチェは、アツコの周囲を周るようにして歩き始める。

 

「アレはなんの力もない、ただの“ゴミ”です。ゴミ同然……等ではなく」

 

 

 

「た、だ、の」

 

 

 

「“ゴミ”なのですよ」

 

 一周を終えたベアトリーチェは、アツコの前でピシャリ。と扇子を閉じた。

 

「しかし、アレが貴女の希望の種だと言うのであれば。その全てを蹂躙して、貴女に世界の真実を教えてあげるのも――“大人”としての役割でしょうか」

 

 歪んだ喜悦の笑みを浮かべて、ベアトリーチェは懐から仮面を取り出す。

 それは、彼女が作り出した、アツコの為の“祭具”。

 

「微睡む夢を見るように、現実を見る意識だけは残してあげましょう。そうして貴女は、すべての輝きを失う」

「……」

 

 ゆっくりと、その仮面をアツコへと被せてゆく。

 

「――お眠りなさい。何も知らない、哀れなお姫様」

 

 闇の中に、視界が閉ざされていく中。それでも尚、アツコは瞳を――閉じはしない。

 

 

 

「――信じてるよ。ヒロくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから抜け出そうぜ」

 

 ある日突然。ヒロがそう言い出した。

 

「え?」

「だから、抜け出すんだよ、ここからさ」

 

 余りの突飛な提案に、理解が追いつかなかったアツコに対し、ヒロは提案を繰り返した。

 

「外の世界に行きたいんだろ?なら、やっぱここから逃げる所から始めないとな」

「ちょ、ちょっと待って、ヒロくん」

「んぁ?」

 

 自らを呼び止めるアツコに対し、ヒロは屈伸などを繰り返したまま首を傾げた。

 

「逃げるって……どうやって?だって、私たちには見張りの大人も付いてるし……。常に監視されてるんだよ?」

「そりゃとりあえず、上から」

 

 ピッ。と彼が指を指し示すのは、高い、高い塀の向こう。二人の体躯の何倍もあるその塀の向こう側。

 

「の、登れないよ。こんなに高いの、私には」

「大丈夫だよ、登るのは俺一人だから」

「……え?」

 

 くるりと、ヒロは背中を向けて、屈み込む。

 

「ほら、掴まれよ」

「もしかして……私を背負って行くつもりなの……?」

「それ以外どーすんだよ。入口から馬鹿正直に出る訳にもいかねぇし。ザルな警備のおかげでこっちの上は楽ちんなんだぜ?」

「でも……でも、もし途中で落ちちゃったら、ヒロくんは……」

 

 アツコは、ヒロの服の下に覗かせる、痛々しい傷跡の数々を見やった。身体を切り開かれ、何かを針で注入され、変色したり、歪になったその肌がそこにはあった。

 

 キヴォトスの外の世界の人間であるヒロは、アツコとは比べ物にならないほどに脆い。きっと、この壁から落ちてしまえば、ひとたまりもないだろう。

 そんな事は、彼も重々承知していた。

 

「どうして……?」

 

 だからこそ、アツコは問わずには、いられなかった。

 

「どうして、そんなに。そんなに私の為に……」

 

 抜け出した事がバレたのか。ある時からヒロはアツコの元を訪れるたびに、その身体に傷を増やしていた。

 理由を問えば、彼は何かと誤魔化そうとするが……それが、大人からの“躾”に因るものである事はアツコにもすぐわかった。

 少なくとも、逃げ出さなければ“躾”を受けることはないも言うのに。それでも彼は、必ず、どれだけ時間をかけたとしても、週に一度はアツコの下へと訪れた。

 

 少なくとも、そんな事をしても彼にとっては苦しい時間が増えるだけなはずなのに。

 

 いつの間にか、ヒロはアツコの方を向き直り、呆れたように彼女を見ていた。

 

「おんなじだよ」

「え……?」

「あれ」

 

 アツコは、静かに彼が指し示した方を見る。そこには、萎びて枯れ果て、もはや原型のない腐った花束が転がっていた。

 

「あれ。俺が持ってきたやつだろ?」

「……えっと、ごめん、なさい。そのままにしておきたかったんだけど、どうすれば元気になるかも、わからなくて」

「違う違う。そうじゃない」

 

 ヒロは、静かに首を横に振り、優しくアツコへ微笑んだ。

 

「嬉しかったんだよ、プレゼント。俺もさ」

「プレゼント……?」

「“ヒロ”って名前」

 

 それは、確かに花束のお返しに、アツコが彼へと贈ったプレゼント。

 

「困ってる子がいたら、ほっておけない。そういうもんだろ、“ヒーロー”は。……だからさ、俺は」

 

 彼の焦がれた、彼の夢が。彼の名前となっていた。

 

 

 

「憧れたんだ。“ヒーロー”に」

 

 

 

 少女にもらった輝きを、決して曇らせぬように。彼はその身を懸命に、希望を持って、前へと進めていた。

 

「……ヒロ、くん」

「だからさ、行こうぜ。アツコ」

 

 二人の夢の為に。

 

 少女は。

 

 彼の――

 

 

 

 ――手を取った。

 

 

 

 

 ――走った。

 

「クソッ!なんでこんなに人が居るんだ!いつもは渋る癖にさァ!」

 

 ――走った。

 

「ヒロくん……!!」

 

 ――手を、握ったまま。

 

「大丈夫だ!道は知ってる!」

 

 ――繋げたまま。

 

「ここを抜ければ――」

 

 

 

 ――最後、まで。

 

 

 

「観念しなさい」

「ヒロくん!!」

 

「離せ!このっ!クソッ!アツコを離せよ!!」

「暴れるなクソガキ!」

 

 ――小さな掌は。大人の手で引き剥がされて。

 

「ヒロくん!!」

「アツコぉ!!」

 

 ――懸命に、互いの手を伸ばし。

 

 けれど。掴めなくて。

 

「――待ってろ!!」

 

 少年が、叫ぶ。

 

「必ず!必ず迎えに行く!どんな事があっても、俺が!!必ず!!お前のことを――助け出す!!」

 

 もがいて、あがいて。上から抑える力に抗って。

 

「約束だ!だから――!!」

 

 

 

 そうして二人は。契りを交わす。

 

 

 

「待ってる……!私!待ってるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――声が、聞こえた。

 

「……こっちか」

 

 目を閉じていたタカツキが、静かに瞼を開ける。

 

 己の中に響く声に、静かに耳を傾けて。その感覚を、探っていた。

 

 アツコの神秘を、一度だけ吸収したことがあった。

 

 その時に感じた、他の者とは異なる感覚。それがまるで、世界の中にぼんやりと浮かぶような気配を感じ取っていた。

 

 まさか自分に、そんな力が有るだなんて思いもしなかった。神秘の気配を探り当てるような、そんな曖昧な感覚を。しかし確かに今のタカツキは確かに己の物としていた。

 

「優しい力、か」

 

 本来ならおそらく、獲物を探る嗅覚のようなものなのだろう。初めて目を覚ました時に、己を掻き立てる飢えと感覚に、アリウスよりも栄えた外の自治区を目指した事を考えると、その、理屈にも納得がいった。

 

 けれど確かに。今は助けを求める誰かの声を聞き取るための力でもあった。

 

「……行くぞ」

 

 少年は、覚悟を決めて闇の中へと駆け出した。

 

 誰かを守る、その約束を――果たす為。

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