Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.22 偽善者

 

『通信越しで失礼。お初にお目にかかります、先生』

 

 アリウス自治区、ベアトリーチェが待つであろう最奥地である“バシリカ”へとその足を進めている最中、数人の生徒が『先生』達の前へと立ちはだかった。

 そして、その生徒のうちの一人が投影したホログラムに、一人の大人の姿が映し出される。

 

「“貴女が……ベアトリーチェ”」

『お会いできて光栄です。挨拶が遅れたこと、謝罪いたしましょう。……お恥ずかしながら、迷い込んだネズミの駆除に手間取っていまして』

「ネズミ……?」

 

 アリウス自治区に迷い込むネズミ。その表現に思い当たる要素は――一つしかない。サオリの疑問混じりの声に、その答えにたどり着いたスズミが口を開く。

 

「タカツキの事ですね」

『……おや?見慣れない顔の生徒ですね。見た所、正義実現委員会でも無い様子。……先生直属の私兵と言った所でしょうか』

「“私兵なんて私は持ってないよ。彼女は他の誰でもない、彼女自身の意志でここに居るんだ”」

『自らの意思で?なんの為――ああ。なるほど』

 

 確かに、アリウスはトリニティへと甚大な被害を及ぼした。報復を願う生徒の存在が合ってもおかしくはない。だが、それでは同じアリウスであるスクワッドと行動をともにしている説明がつかない。

 そして、スズミがこぼした“タカツキ”という名前に、ベアトリーチェは聞き覚えがあった。

 

『“No.16(あの失敗作)”の連れですか』

 

 つい先程、兵力を差し向けた障害。生意気な“ネズミ”が自らをそう名乗っていた事をベアトリーチェは思い出す。

 

「“失敗作……?”」

『ええ、失敗作です。私が力を得る為の実験の過程で産まれた、未完成で不完全な、未熟な失敗作。それがあの“No.16”……今は、“タカツキ”などと名乗っているようですが』

「……本当に、タカツキさんが“ヒロ”だったんですね」

 

 ベアトリーチェの言葉に、スクワッドの面々はタカツキの真実を知る。アツコの言葉を疑っていた訳では無い。だが、彼女達にとって全てを牛耳るベアトリーチェの口からその言葉が出る事は、衝撃的だった。

 

「“タカツキは貴女の道具じゃない。ましてや、失敗作なんていう言い方は、許されるものじゃない”」

『道具ですよ。私にとっては武器である銃器も、使役される複製(ミメシス)も、アリウスでさえそれは変わらない。己の目的を果たす為に、適した方法で運用され、結果をもたらすモノです。成功への道を拓く為に(そな)えるそれを、“道具”と呼ばずしてなんとするのですか』

 

 淡々と告げられる言葉に、『先生』の表情が強張ってゆく。

 

「“大人が子供を、自分の為に良いように使う事が許されるとは。私は思わない”」

『おかしな事を言うのですね。貴方も同じ様に、“私の元へと辿り着く”という目的のために、連れ立つ生徒の力を利用しているではありませんか。……そこになんの違いが?』

「“私は彼女達の望むことの為に力を貸しているんだ。利用とは違うものだよ”」

『では、貴方が生徒達の“道具”と言うわけですか。……成る程、随分と愚かな“大人”だ』

「“それは”」

『違う。とは言わせませんよ。少なくとも、得られる“結果”は変わりません。……そこに差があるとするなら、ただの矮小な個人の感情に過ぎない』

 

 ベアトリーチェは、その口を歪に釣り上げて嗤っていた。

 

『可哀想に。結局のところ、貴方達は大人の勝手な都合に――“偽善”のためのお飾りに使われているのですね』

「貴様――ッ!!」

 

 どこまでも此方を馬鹿にした態度をとるベアトリーチェに、サオリが怒りを抑えきれず一歩を踏み出そうとした、その時だった。

 

『……おや?』

「……!?」

「“スズミ……?”」

 

 静かに話を聞いていたスズミが、サオリに静止の手を伸ばし、逆に一歩前へ。……先生の前へと、進み出た。

 

「お話はわかりました。貴方は随分と聡明な方なのですね」

『ほう……。生徒の中にも随分と物わかりの良い子が居たようですね。先生、どうやら貴方の――』

 

 

 

「そして、愚かです」

 

 

 

『……は?』

 

 スズミは、真っ直ぐな瞳でベアトリーチェを見上げたまま、落ち着いた声でそう言い放った。

 

『愚か?私が?』

「はい。子供の私でもわかるようなことをわかっていない様でしたので。申し訳ありません、時間もないのでそろそろ話を切り上げてもよろしいでしょうか」

『……そのバッジ。貴女はトリニティの自警団ですね。成る程。規律に従わず、己の自分勝手な正義を振りかざし、武力でもって他を従わせる』

「自警団をご存知でしたか」

『ええ。取るに足らない雑魚だと。……しかしなるほど。その有り様、確かに貴方が先生を庇うのも頷ける』

 

 

 

『所詮同じ“偽善者”だ』

 

「それでも“善”です」

 

 

 

 スズミの放った一言は、ベアトリーチェの次の言葉を失わせた。

 悪意も、敵意もない。ただ、純粋な“意志”の宿る、どこまでも真っ直ぐな瞳に。

 ベアトリーチェは、たしかに――

 

「貴方のそれは“悪”だ。自警団の……私の、“偽善”や、先生の掲げる“偽善”とはまるで違う。そんな分別もつかない愚かな大人に――私達は負けません」

 

 ――気圧された。

 

「“スズミ”」

「……すみません、先生。お話の途中に」

「“いや、良いんだ。きっと私も、同じような事を言っただろうから”」

 

『先生』は、自分の方へと振り返り、申し訳なさそうに眉尻を下げる彼女の姿を見て、頬を緩めた。

 

「“君は強いね。大人でも、子供でも関係のない。確かな強さを持っている”」

「強さ……ですか?私は特別強い訳ではないと思いますが」

「“いずれわかる日が来るよ。君が前を向いて進み続けていれば、きっと”」

 

 『先生』の言葉に、スズミは首を傾げることしかできなかった。彼が何を言っているのか、イマイチ理解ができなかったからだ。

 それだけ、今のスズミの言葉は彼女にとって自然に口から出たものだったから。

 

「……“強さ”、か」

 

 そんなスズミの姿と、言葉に。サオリは一人の少女の姿を重ねた。

 

――『Vanitas Vanitatum《全ては、ただ虚しい》』

 

 その教えの中でなお、「なぜ?」と答えを問い続け、抗い続け――その先に、自分を超えた、一人の少女を。

 その少女が示した――“アリウス”と“トリニティ”が共に手を取り合う光景を。“歩み寄り、解り合える”と示した、その光景を。

 

 

 

『忌々しい……。思い上がりもいっそここまで来れば憐れを通り越して反吐がでます』

 

 その光景に、ベアトリーチェは怒りで顔を歪め、吐き捨てるように言った。

 

『もう貴方達と話す気も起きません。バカと話す時間ほど無価値なものも無い、全員まとめて――』

 

 瞬間。

 

 銃声が響き、ホログラムの投影機を持っていた生徒が悲鳴を上げるまもなく撃ち倒された。

 

「敵襲!?ぐわっ!!」

「後ろか――ギャンッ!?」

 

 ベアトリーチェの使者であったアリウスの生徒達は、己の身に何が置きているかを理解する暇もなく、一瞬のうちにその意識を刈り取られる。

 ()()()()()()()()()を秘めた弾丸による襲撃に、サオリたちが即座に臨戦態勢を整える。

 

 そんな芸当を出来る存在は。そう多くはない。 

 

 

 

「“ミカ……!?”」

 

 

 

 自治区へ入る前に遭遇したミカが再び、彼らの前に姿を現した。

 

「まさか……追いかけてきたのか」

「久し振り……ってほどでもないか。またあえて嬉しいよ。みんな」

 

 ミカは銃を片手に、スクワッドと共にいる先生とスズミへと視線を向けて、静かに首を横に振った。

 

「先生が指揮するスクワッドと、スズミちゃんにどうやって勝てるかを考えてみたんだけどさ。あんまりいいアイデアが浮かばなくって。……いっそのこと、一回ぶつかってみようかなって思ってさ」

 

 両手を広げるようにして、彼女はサオリ達の前へと立ちはだかっている。その顔は笑みを浮かべていながらも、視線は獲物を捉えて離さない。

 

「……どうする、リーダー。今度はやり過ごすって訳にもいかなさそうだけど」

「悩んでいる間にもアツコの身に危機が迫っている……、戦うしか無い。臨戦態勢を」

「やっぱり。大事な友達を助けに行くとか、そんな感じなんだ。すっごーい。身を挺してまで助けに行こうとするなんて、やっさしー」

 

 

 

「私からは全部奪った癖にさ」

 

 

 

 それは、およそ少女の口から溢れるとは思い難い、熱を失ったような声だった。

 

「不公平だと思わない?私はさ、先生の助けもあって、なんとかみんなと前みたいな毎日を取り戻せるかもー。って思ってたのに。……セイアちゃんってさ、結構普段何言ってるかわかんないし、嫌いだなって思う事もあったんだけど。それでもやっぱり、なんだかんだ私の大切な友達でさ。ナギちゃんだって、そんな私達のなんだかんだを見ながらため息を付くし、私にグチグチ文句を言うけど。一緒にお茶してる時なんかは楽しいんだよね」

 

「けど。そんな楽しい毎日は、私にはもう来ない」

 

「ねぇ。不公平だと思わない?そりゃさ、私だって“裏切り者”で、ちょっとは悪い事したけどさ、何も全部を失う必要なんて無いと思わない?私から全部を奪った貴方達だけが欲しい物を、大切な“友達”を取り戻してハッピーエンドになんて――」

 

「なるわけ無いじゃんね」

 

 酷く濁った瞳で、少女は嗤う。ケタケタと、まるで、お伽噺の“悪役(ヴィラン)”の様に。

 

「“ミカ……トリニティで、一体何が”」

「今更すぎるよ。今更過ぎるんだよ、先生。もう遅いの。……貴方のかけてくれた魔法は、もう、解けちゃった」

 

 少女は、嗤いながら。けれど、その瞳に涙を湛えながら銃口を向ける。

 

「だから、止めないでね?」

「“ミカ……”」

「来るぞ!全員――」

 

 

 

「いいえ、止めます。どんな理由でも、貴方が他者を害するのであれば、私は必ず」

 

 

 

 スズミの言葉に、ミカの表情から感情が消える。

 

「また?本当に邪魔ばっかりするんだね。これだけ話を聞いても、私の気持ち、わかんないんだ?」

「そうですね。同情がない、というわけではありませんが……、私はそれでも他者に牙を剥く事を認められません」

「ウッザ。正義の味方ヅラもそこまで出来ると腹が立つね」

 

 忌々しい物を見るような瞳でスズミを睨みつけたミカは、構えていた銃口を下ろした。

 

「なんでも持ってて、安全圏から言いたいことだけ言ってさ。今、貴方が一番ズルいから言えるんだよ。そんな事」

「ズルい……?」

「そう。ズルい。……だってそうでしょ?今の貴方には、先生みたいな責任もなければ、私やサオリみたいに帰る場所がなくなった訳でも、大切な友達を失うわけでもない。……“バケモノ”君のこと、信じてるんだもんね?」

「……何が、言いたいのですか?」

「簡単だよ」

 

「失ってみないと、人の痛みはわかんない。そうでしょ?」

 

 くるりと、ミカが踵を返してスズミへ背を向けた。

 

「考えて見ればそうじゃんね。私もサオリも大切なものを失うのに。貴方一人が部外者で、一人温々御高説を垂れるのが許されるワケがない。関係者ヅラして首を突っ込んでるのに、リスクが無いなんておかしな話だもん」

「――まさか」

「うん。そのまさか、だよ」

 

 スズミの予想を言い当てる様にして、ミカは宣言する。

 

「私が貴方の大切な人を、あの“吸血鬼(バケモノ)くん”を殺してあげる。そしたら少しは……話がわかるでしょ?」

 

 その言葉を言い切ると共に、ミカは渾身の力で大地を蹴った。

 

「“……ッ!?待って!ミカ!!”」

 

 走り去ってゆく一人の少女の小さな背中に、先生は手を伸ばす。……だが、その手が彼女に届くことはない。

 

「こ、殺すって……!タカツキさんを、ですかぁ!?」

「あの目。……とても冗談を言っているようには見えなかったけど」

 

 “殺す”。アリウスの指導によりその言葉の意味を、重みを理解しているヒヨリとミサキが、視線の先で立ち尽くすスズミの背へと視線を向ける。

 ミカが本気であることは、その場の誰もが理解するところだった。……少なくとも、今の彼女が正常な理性を持って行動をしているとは、とてもでは無いが言い難い。だからこそ、その凶行が偽りであるとは言い切れなかった。

 

「……スズミ」

 

 サオリがスズミの肩へと手を伸ばす。……それは、短い共闘からくる仲間意識の表れか、それとも、巻き込んでしまったことへの罪悪感か。いずれにしても、サオリは眼の前の少女に思うところが少なからずあるのだけは確かだった。

 

 だから。

 

「急ぎましょう。皆さん、バシリカへ」

 

 その彼女の、至って冷静なその発言に目を見開いた。

 

「お前……良いのか?いくらタカツキが神秘を持つ私達に対して有利が取れるとは言え、相手はあの“聖園ミカ”なんだぞ」

「そうですね。確かに、タカツキであっても危険かもしれません。……けれど、ここで焦った所で、何も事態は好転しません」

「だが!」

 

 サオリはスズミの肩を掴み、その体を引き寄せる。

 不意に、彼女と視線が交差した。

 

「信じるしか無いんです。私は、タカツキを」

 

 はっきりとしたその言葉とは裏腹に、少女の赤い瞳が、僅かに不安に揺れていた。

 まるでそれは、自分へ言い聞かせているようで。不安に押しつぶされそうになりながら、恐怖に怯え、震えながら。それでもと抗う、強い意志をにじませて。

 

「……わかった」

 

 ――『大丈夫だよ。必ず助けてくれる人がくる』。

 

 幼い日、苦難にあえぐ逆境の日々の中で。それでもと瞳の輝きを失わなかった――大切な仲間の姿を。その瞳に重ねていた。

 

「タカツキもアツコの救出を目的としているなら、目的地はバシリカであることに変わりはない。……ならば、聖園ミカもそこへ向かう。目的地は、同じだ」

「“そうだね。……急ごう、二人を助ける為に”」

 

 サオリの言葉に、『先生』が深く頷いた。

 

 今はただ、前へ。

 

 

 

 

 

「――――どいつもこいつも!!私の事を馬鹿にして……ッ!!」

 

 ノイズだけが走る画面に拳を叩きつけながら、ベアトリーチェがくぐもった怒声をこぼす。

 

「私は……私は、この世界の神秘を解き明かし、世界を我が物に、理想の全てを手にする器だと言うのに……、その尊大さの欠片も理解できぬ蛆虫共が……!!己の分も弁えずのうのうと喋り散らかして……!!」

 

 ギリギリと拳を握り、その手に赤く血が滲む。怒りのあまり、大きく歪んだその顔は、酷く醜い形をしていた。

 

「良いでしょう……、全員纏めて、私の力で捻じ伏せるまでです。貴方達が相手にしている存在が、一体どれほどの物か、その身に嫌と言うほど刻み込んで上げましょう……!!」

 

 

 

 

「私の操る――“バルバラ”と“色彩”の力で!!」

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