Bloody Arriver   作:Ziz555

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EP.23 魔女(バケモノ)吸血鬼(バケモノ):前編

 

「やっほ。待ってたよ」

 

 アツコの気配を感じる場所へと向かっていたタカツキを、一人の少女が待ち受けていた。

 古びた教会の、崩れた壁から月明かりの差し込む薄暗い通路の先で彼女は静かに立っている。

 

「見た所アリウスじゃねぇな。誰だ、テメェ」

「あー。そっか、別に君はトリニティの生徒じゃないから、私の事知らなくても不思議じゃないもんね。ごめんごめん」

 

 ふわふわとした印象の、ピンク色の長い髪を持つ少女は、自らを睨みつけるタカツキに対して、スカートの裾をつまんで持ち上げながら頭を下げた。

 

「はじめまして。私はトリニティのティーパーティー……ううん。“元”ティーパーティー所属の、聖園ミカだよ」

「……あぁ。テメェが」

「うん、そうだよ。私が――“裏切り者の魔女”」

 

 “裏切り者の魔女”。その言葉にタカツキは鋭い目つきはそのままに、僅かに眉間へと皺を寄せる。

 

「“魔女”?テメェがか?」

「うん。そうだよ、……お友達さえ騙して、裏切って、傷つけて。トリニティに混沌と混乱を(もたら)した、わるーい“悪役(魔女)”」

 

 ぐにゃり。少女が口元を歪めて、笑みを作った。

 

「それで。そんな魔女サマが一体なんの用だ」

 

 少年は、より一層目を細めてそう言った。

 

「君に伝えたい話があるんだよね」

「話?」

「そ。たぶん、大事な話だよ?」

 

 ミカはクスクスと笑みをこぼし、その声が伽藍洞(がらんどう)の室内に反響する。

 

「スズミちゃん……だっけ?君の大切な人が、これから君を退治しに来るんだってさ」

「…………」

 

 突拍子もない言葉だった。これまでのスズミを知るタカツキからすれば、理解にも及ばない情報。

 

「可愛そうだね。結局、君が“バケモノ”だから、自分の監理から離れて暴れていることを知って、責任を持って自分で止たいんだってさ。君はこんなにも必死なのにね?」

 

 ミカの見つめるタカツキの姿はみすぼらしかった。

 

 全身の至る所を煤と埃と泥に汚して、身に纏う服は焼けて千切れて擦り切れていた。

 にも関わらず、その肉体に傷はなく、不釣り合いなまでに万全さを見せるその姿は、まるで現実を切り貼りした様な違和を感じさせる。

 

 少なくとも、そこに“人らしさ”は、感じなかった。

 

「ねぇ。どうする?君がどんなに頑張っても。もう、君の帰る場所は無いんだよ?……君の力があれば、みーんな食べ尽くしちゃって、我が物顔で自分の為の世界を作ることだって、出来るんじゃない?」

 

 その手で振れれば、途端に神秘を食い尽くし、我が物にして従えられる。そんな力を持つ“彼”は。

 

 

 

「“王様”にだって、なれるでしょ?」

 

 

 

 その手に全てを収められるはずだろう。そう、ミカは言っていた。

 

 だが。

 

「話が終わったならそこを退け。俺はお前に用がない」

「……いいの?君がたとえこの先に進んでも、得られる物なんてなんにも無いのに。それどころか、君自身の命を失うことになるかもしれないのに?」

「二度も言わせるな。――そこを退け」

 

 自分の話をまるで聞いた様子のないタカツキに、ミカは浮かべていた笑みを消す。

 

「なんで?もしかして、“俺の信じるスズミはそんな事言わない!”とか、そんな事考えてる?」

「人の心なんていくらでも変わるもんだろ。別にそんなの信じちゃ居ねぇよ」

「……じゃあ、なんで?」

「簡単だ」

 

 タカツキは、ミカの問いに右手を前に突き出してから、ゆっくりと虚空を掴む。

 

「“優しい力”と言ってくれた。その瞬間を俺は裏切りたくない」

「…………口から出た出任せかもしれないのに?」

「真実なんてどうだっていいんだよ。それでも俺は確かに、その言葉に救われた。なら、それで十分だ」

 

 ただ、淡々と。彼は力や熱を入れるでもなく。なんてこと無い当然な事の様に彼はそういった。

 

「……あーっそ。キミ、結構バカなんだね?」

「あいにく、“学”がないんでね」

「そうだね。キミは何処の学校の生徒でもないし、学ぶこともできない“バケモノ”なんだもん」

 

 話を聞くつもりのないタカツキに、呆れたように大きくため息を付いてから、ミカはゆっくり首を振る。

 

「あー、もう。じゃあいいや、せっかく考えてたプランも意味が無いなら、最初の案で行くことにするよ」

「ハナっからそれで来い。こっちは時間が惜しいんだ」

「そう?じゃあサクッと終わらせてあげるね」

 

 瞬間。空気が震える。

 

 ミカの放つ重圧が、神秘が、絶対的な存在感を放ち、タカツキの前へと壁を作る。

 その光景に、タカツキはニヒルな笑みを浮かべて、足を開いて腰を落とした。

 

「バケモノ退治は初めてか?もうちょい肩の力を抜けよ」

「そっちこそ。魔女狩りなんて初めてでしょう?楽にしてれば、痛みも感じず終われるかもね」

 

 一瞬の静寂。朽ちかけた石の柱から、一欠の石が――落下した。

 

 先に動いたのはタカツキだ。地面を蹴って、ミカへと距離を詰めにかかる。だがその進路は直線的なものではない。少しでも射撃の狙いをつけさせぬ為、大きく右側へと迂回していた。

 ミカは、右手の銃を己の左へと向けるためにそのまま身体を捻る。自然と、体幹に揺らぎが生じ、その分狙いは甘くなっていた。

 小賢しい。ミカはそう思った。些細な妨害であっても、速度に優れたタカツキの疾走を捉えるための照準を阻むものとしては十分といえる。……最も、それは相手が聖園ミカでなければ。の話だった

 

 神秘を込める。弾丸の威力が上がれば――一発掠れば十分なのだから。

 

「ちゃんと逃げないとね」

 

 そんな声とともに、ミカのSMGの引き金が引かれた。軽い破裂音とともに無数の弾丸が放たれる。しかし、その弾丸の破壊力は、音に見合わず驚異的だった。

 

 紙一重の体捌きてそれらの弾丸をくぐり抜けるタカツキは、その弾丸に込められた“神秘”の気配に、僅かにその身を震わせた。

 今まで対峙してきたどの生徒とも比較にならない。まるで、一撃一撃全てが会心と言わんばかりのその猛攻に、タカツキは静かにつばを飲んだ。

 

 当たればタダでは済まない。

 

「ほらほら、どうしたの?近づかないと、手は届かないよ?」

 

 ミカはタカツキの戦い方を知っている。その手に振れれば、たちまち神秘を吸いつくされて意識を奪われる。確かにそれは驚異的な“一撃必殺”と言えるだろう。

 だが、それは所詮“触れられれば”の話だ。

 ミカの持つサブマシンガン(Quis ut Deus)は、拳とは比較するまでもなくリーチが有る。そして、ミカにはその攻撃に相応の自信があった。

 ただの一度でも弾が直撃すれば、痛みでその身体は硬直を免れない。そうなれば、止まった的へ弾を流し込むのは容易なことだからだ。それはつまり――“一撃必殺”であると、言い換えられる。

 

 同じ“一撃必殺”なら、リーチで勝っている以上、この勝負にはミカに圧倒的な分が有った。

 

 しかし、タカツキは勝ち目がないとは考えていなかった。

 

「……すばしっこいな!」

 

 ミカの猛攻が止まる。止めた、のでは無い。攻撃を続けることが出来なくなったのだ。

 銃には弾丸の限界がある。一度に撃ち続けられる攻撃には限りがあるし、撃ち尽くしたのであればそれを補填する必要があるのは当然だった。

 ミカがマガジンを撃ちきって尚。タカツキは全ての射撃を躱しきったのだ。

 

「次を――」

「魔女の距離はここまでだ」

 

 切れた弾薬をそのままにするはずも無い。攻撃手段が付きたのであれば弾薬を装填するのは、当然の運びだ。

 ミカは懐から追加のマガジンを取り出し、銃へと装填を試みる。となれば、その間に弾丸が打ち出されることもなければ、どうしても一瞬、意識がタカツキから逸れる。

 

 ダンッ!と一際大きな音が響き、タカツキが大きく一歩を踏み込んだ。まるで飛ぶかのようなその跳躍は、瞬く間もなくミカの下へと辿り着く。

 

「ここは――」

 

 ここは、タカツキの最も得意な距離。拳を交わす至近距離。同じ“一撃必殺”なら、銃口を向けて引き金を引くより、拳を振り抜くだけのタカツキが一手先を取れている。

 跳びながら引き絞った拳に力を込めて――。

 

 

 

「――魔女(わたし)の距離だよ?」

 

 

 

 タカツキの言葉の続きを奪い取るような、そんな声とともに、タカツキの視界が大きく揺らいだ。

 激しい衝撃が背中を襲い、全身に激痛が走る。

 

「が……はっ……!?」

 

 肺の中の空気が全て叩き出され、そのまま空になった肺に空気が流れ込んだ。意図しない呼吸に、喉が引き攣るような痛みを覚える。

 

 ミカが、タカツキを蹴り飛ばしていた。

 

 数度、地面を弾みながら転がった後、タカツキは壁面へと叩きつけられる。

 

「クソ……ッ!?」

「ほらほら、足が止まってるよ?」

 

 激痛の中で、しかし闘志は衰えず、タカツキが顔を上げた所で見えたものは、こちらへと向けられる銃口だった。

 

 タカツキは咄嗟に“力”を弾けさせた。

 

 銃口が明滅し、火を吹くより僅かに先んじてタカツキが動く。瞬間的な力の放出は、目を見張るほどの瞬発力を彼に与え、ミカの狙いを振り切った。

 

 淡い発光の残滓が宙を舞い、その軌跡をミカが視線で辿れば、そこに回避を果たしたタカツキがいた。

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」

「はっやーい。でも、大分疲労困憊って感じだね。……“バケモノ退治”も、大した事ないかも☆」

「……そう、かい……!」

 

 急激な“神秘(チカラ)”の放出に、タカツキは片膝をつき、大きく肩で息をしながらミカを()め上げた。

 

 ――勝てない。

 

 基本的なリーチの差は勿論。それを乗り越えて尚、近接戦は油断がないとしてほぼ速度は互角、惰力もタカツキが劣っていた。

 

 “神秘”の保有量に差がありすぎた。確かに、“神秘”を吸収する力を持つタカツキであれば、“神秘”を力とする者への特攻を有している。だが、純粋な“神秘”による“根本的な出力の強化”は、その差を埋めることはできない。

 十全な補給さえあれば、タカツキがミカと同等の“神秘”でもって対抗できたであろう。特に、今のタカツキであれば“神秘”の放出を会得した以上、それをより効率的に惰力などに変換することもできるはずだ。

 しかし。今は、この瞬間はそうも行かない。アツコの元へ辿り着くために行った連戦において、可能な限りの吸収行為は行っていた。だがそれは継戦を行う為の物であって、戦いに備えるための物では無い。

 “複製(ミメシス)”を消滅させる行為では“神秘”の蓄積を行うことは出来ず、むしろその力の行使に体力を消耗してしまう側面がある。それを理解しているのか、ベアトリーチェは殆ど“生徒”を戦場へ寄越していなかった為に、タカツキの保有神秘量に余裕はないのだ。

 

「はぁ……っ。はぁ……。はぁ……」

 

 タカツキの乱れていた呼吸が、ゆっくりと整ってゆく。

 

「みっともないなぁ。散々格好つけて、私に指一本触れられないなんてさ。そんな生き恥晒すぐらいなら、もう諦めちゃいなよ」

「諦める?」

「そ。どうせ上手くなんていかないんだから、もうどうだって良くない?希望や期待なんて抱いたって、裏切られた時に傷付くだけだよ?」

「ハッ。そいつはどうも……おありがてぇご忠告だな……」

 

 静かに、ゆっくりと、深く。深く、深く――――。

 

「……キミがここで諦めるなら。命だけは許してあげる。キミが命以外の全部を諦めるのなら、私はもうキミから何も奪わないよ?それならだって……同じ“悪役(わるもの)”同士、お友達にだってなれるかも」

「俺とお前が、同じ?」

「うん。……全部に裏切られて、全部を裏切った。独りぼっちの……ハグレモノ。お伽噺の“悪役(わるもの)”でしょ」

 

 ミカは、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべて、タカツキへと手を差し出した。

 

「私は――君の味方になれるよ?」

 

 魔女と、吸血鬼。どちらも同じ――“悪役(バケモノ)”なのだから。

 

「――悪いな」

 

 だが、タカツキはゆっくりと立ち上がる。

 

「今はお前の味方になってる場合じゃないんでね」

「……あっそ」

 

 今にも倒れ伏しそうなほどに、貧弱で、頼りない。最初に対峙した時と比べてみれば、タカツキの放つ気配は、限りない程に希薄になっていた。

 

「ヘイローだって、もう掠れて薄れて、今にも消えそうじゃん?そんな状態で何ができるっていうのかな?」

 

 タカツキの頭上に浮かぶヘイローにはノイズのようなブレが伴い、境界線が曖昧になっていた。薄れゆく自我と意識の中で、蒙昧な精神を繋ぎ止めているようにも見える。どう見ても、“限界”だった。

 

「やってみるか?――ここからが、本当の“バケモノ退治”だ」

 

 だが。タカツキは不敵に嗤う。血の気が失せて、青白くなりつつあるその顔で、口の端を吊り上げて、白い牙を覗かせて。

 

「強がりもここまで来ると笑えないね。……じゃあ、死んじゃえ」

 

 吹けば飛んでしまいそうな、小さな蝋燭の火を吹き消すように。ミカは銃口を向けて――引き金を引いた。

 

 同時に、タカツキが走り出す。

 

 回避も、防御もせず、ただ――最短距離で、ミカの元へと。

 

「――――!?」

 

 ミカが驚いたのはその判断に、では無い。

 

 

 

 ――その身に銃弾を浴びたタカツキが、一瞬の怯みもなく、その身がブレることも無く、最高速で最短距離を走り抜けていた。

 

「嘘……っ!?」

「お……らぁッ!!」

 

 驚愕による硬直、高速の接近に反射的にその身を退いたミカに対し、タカツキは右足を振り抜く。

 その鋭い一撃はミカの右手に掴んでいた銃を的確に貫き、その手から弾き飛ばす。

 攻撃手段を奪ったタカツキは、そのまま立て続けに右拳を握りしめ――ミカの腹部へ打ち出した。

 

「がっ……ふ!?」

「そらよォッ!!」

 

 全身の惰力を込めた一撃は、ミカの“神秘の防壁”をいとも容易く貫通し――彼女の身体へ突き刺さる。その慣れない衝撃に、ミカの口から唾が溢れた。

 タカツキは畳み掛けるように左拳をミカの顔面めがけて振り抜いて、彼女を銃の反対側へと殴り飛ばす。

 

 殴り飛ばされたミカは、即座に受け身を取って体勢を整え、タカツキを睨みつけた。

 

「……今の一体、なんの手品?フツーあり得ないんじゃない?“神秘の護り”を無効化する一撃なんて、聞いたこと無いんだけど?」

 

 ミカは己の身に起きたことを理解していた。

 

 キヴォトスにおける“神秘”を持つ者同士の戦闘は、互いの“神秘”の削り合いに帰結する。弾丸に神秘が乗ることで火力が上がるのも、直撃した時にその分より相手の“神秘”を消耗させることができるからだ。……そしてそれは、“防御”に置いても同じ事が言える。

 故に、規格外の神秘を持つミカの肉体は、無類無敵とはでは行かずとも、鉄壁の防御力を誇る――はずだった。

 

 だが、実際問題。タカツキの拳はその“神秘の防壁”を容易く突き破り、ミカの肉体へと直接ダメージを与えて来たのだ。

 今にも消えてしまいそうな、虫の息と言わんばかりの“意識(ヘイロー)”を見せる、その状況だと言うのに。

 

「俺の“体質(マイナス)”で、お前の“神秘(プラス)”を打ち消した」

 

 ゆっくりとタカツキが口を開く。

 

 

 

「――“神秘の零地点突破”」

 

 

 

 静かに握った拳を持ち上げながら、タカツキは語る。

 

「お前達神秘持ちに、俺が一人で戦い続けられたのは。単に俺の“神秘吸収(攻撃能力)”が優れているからじゃない。神秘の乗った弾丸の攻撃力を無力化できるからだ。……ただの気の無い鉛玉で、オマエも怪我はしないだろ?」

「……へぇ」

 

 その言葉に、ミカはカラクリを理解する。

 

「常に保有する“神秘”を浪費し続けて、接触した瞬間にそれを即座に吸収。再消費して更に吸収、無効化……って所かな?」

「御明察」

「でも、それじゃあキミは今も“神秘”を垂れ流してる事になる」

 

 タカツキのヘイローが、薄れて掠れて今にも消えそうになっているのが――その証拠。

 

「そんな状態、かなり無理しないと出来ないよね」

「そうだな。……それに、この姿じゃあ吸収だって加減が難しい。……下手すりゃ、今度はオマエが“吸い殺される”ぜ」

「……あはっ」

 

 お互いの手元に残る武器は、己の身体一つのみ。そして、賭ける元手は己の命。

 

 どこまでも限りなく――“対等”に近い。

 

「“吸血鬼(オレ)”と」

 

 右手の親指で自らを示し。

 

「“魔女(オマエ)”」

 

 右手の人差し指でミカを示し。

 

 タカツキは、ボロボロの右手で握り拳を作りながら、大きく口を開いて嗤う。

 

「どっちも同じ“バケモノ”なら……“バケモノ”らしく、テメェの牙と爪で……正々堂々やり合おうじゃねェかァ!!」

 

 血で血を洗う戦いが。ここに始まる。

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