――初めてのキスは、血の味がした。
――タカツキとミカの共同戦線による、ベアトリーチェとの決戦が始まった時。最初に動いたのは、他でもないタカツキだった。
バルバラに満ちる力が、並の“
全ての元凶である
そう考えたタカツキは、即座にその考えを行動へと移した。
当然、バルバラもそれを黙って見ているような真似はしない。両の手に備えた大型のガトリングガンに火を入れて、そのバレルを空転させ始めた。
直後、激しい銃撃音とともに、弾丸の嵐が吹き荒れる。
所詮“
衝撃を緩和しきれない。
タカツキの体に触れた“
一発一発の弾丸のエネルギー量もさることながら、その総数がべらぼうに多く、一瞬のうちにタカツキの分解機構が飽和を迎えてしまった。
「チィ……ッ!!」
限界を悟ったタカツキは直進を諦め、弾丸の嵐から逃れるように進路を逸らす。当然、それで全てを躱し切る事はできないが、少なくとも飽和するダメージを浴び続けるよりは現実的だった。
「――あっちはヤバそうだし、私もさっさと貴方を倒して、加勢しに行こうかな」
「その余裕、果たしていつまで持つでしょうね?」
そんなタカツキの苦戦を横目に、ベアトリーチェとの戦闘を開始した。
「まずはその細ーい枝みたいな身体を――へし折ってあげるねっ!!」
銃を持たない今のミカに出来ることは、タカツキとそう大きくは変わらない。強いて言うのであれば、タカツキが吸収するのに対して、ミカはその全身に神秘を漲らせた純粋な惰力でもって敵を殴打するという違いがある程度だった。
「愚かですね。そうやすやすと寄せるわけが無いでしょう」
しかし、そんなミカに対して、ベアトリーチェは“
一体一体は、ミカにとってさしたる障害とはなり得ない程度の戦力だが――武器のないミカにとって、それは“防壁”としてコレ以上無いほどに機能する。
「おばけの肉壁なんて、随分みみっちい真似するじゃんね!」
「戦略と言うものです。視野の狭い貴女にはわからないでしょうが」
ミカの悪態に対して、ベアトリーチェは冷ややかな嘲りを告げるとともに、ゆっくりとその右腕をもたげる。
ミカが、“
「――ヤバッ!?」
不気味に震えるその球体が、何らかの攻撃性を持っていることを本能的に察知したミカは、咄嗟に腕を交差させて胸と頭をカバーする。
「弾けろ」
ベアトリーチェのその声とともに、赤黒い球体が弾け飛んだ。
大きな爆発音が響くと共に、抑え込まれたエネルギーは爆発を伴い、周囲に破壊を撒き散らす。
「ッ!?」
炸裂を至近距離で受けたミカは、その衝撃に体を吹き飛ばされ、大きく後方へと放り出された。
悲鳴や苦痛の声を漏らすより先に、その背中がバシリカの石柱へと叩きつけられた。
「……ミカ!!」
爆発音と、衝突音にミカの状況を危ぶんだタカツキは、反射的にその音の方へと視線を逸らす。
だが、それが悪手だった。
「余所見とは、余裕ですね?」
ベアトリーチェの右腕が、再び動く。
「しまっ――」
今度は、タカツキの眼前へと赤黒い球体が出現し。
「――弾けろ」
ベアトリーチェの号令とともに、再び炸裂した。
「ぐぁぁぁぁっ!?!?」
強烈な衝撃と、己の身体を焼く未知の感覚に、タカツキは苦悶の声を上げながら吹き飛ばされた。
――神秘ではない。歪んだ、歪な、何かもっと悍ましい、恐怖すら感じるようなその“力”を浴びたタカツキの全身が悲鳴を上げる。
吹き飛ばされ、床を転げたタカツキは、咄嗟に両の手で姿勢を整える。
しかし、激しい痛みに膝から崩れ落ちた。
「ぐ……がはっ……ごぼっ……!?」
体の底から、熱いものが込み上げて、口の奥からこぼれ落ちる。
びちゃびちゃと音を立てて、赤い液体が滴り落ちた。
「おやおや、やはり。失敗作に“色彩”の力は耐えられませんか」
「しき……さい……?」
全身を蝕む、悍ましい激痛に苛まれながら、タカツキは己を見下すベアトリーチェへ視線を向けた。
「今の私に満ちる力の源ですよ。“秤アツコ”の高貴なる血を用いた儀式により私に与えられた、素晴らしい力です」
恍惚とした表情を浮かべて語るベアトリーチェに対して、タカツキは口に残った血反吐を吐き捨ててから口を開く。
「へっ……。けっ、きょく……ただ。たにん、の
息も絶え絶えと言った様子の彼は、力の入らぬ膝を震わせながら、それでも立ち上がらんとベアトリーチェを睨みつけるが――。
「悪態だけは一人前ですが……。そんな姿で言われても、何も感じませんね」
――今にも崩れ落ちそうなその姿に、もう、戦う力が残っていない事は明白だった。
「貴方を処分した後で……その死体は有効に活用させていただきますよ、“
「ケッ……!そんな、セリフ……!おれ、を……!ころしてから――」
「では、そうしましょう」
その言葉と同時に、ベアトリーチェの頭部へと光が集まってゆく。
「オレ……は……ァッ!!」
タカツキは、最後に残った力の全てを振り絞り。震える膝に手をついて、前へと踏み出す足を伸ばして――。
「間に合――「死になさい」」
――その左胸を、貫かれた。
その光景を、ようやくたどり着いた一人の少女は、目の当たりにする。
大切な人の“
「――タカツキィィィィィィィ!!!!」
スズミの絶叫が、バシリカへと響き渡った。
「そんな……タカツキさんが……!?」
「……なに、あの“バケモノ”は」
「クッ……!“
異形と化したベアトリーチェ。無数の“
「タカツキ!!」
「“ッ!?スズミ!待って!!”」
呆然と光景を眺めているしか出来なかった中で、スズミだけがすぐさまその渦中へと――血溜まりに沈むタカツキの下へと駆け出していった。
そんなスズミの無防備な行動を止めようと、『先生』は手を伸ばすが、彼女はその制止の声を聞くこと無く彼の元へと走ってゆく。
「り、リーダー!!私達はどうすれば!?」
「姫が捕まってるのは奥みたい。どうする、サオリ」
「クッ……!今は――」
混乱の最中であっても、“
「悩んでないで!さっさと手を貸して!!」
そんな少女の叫び声とともに、“
そこに立っていたのは、サオリのよく知る少女の姿だ。
「聖園、ミカ……!?」
「挨拶は後!死にたくも、殺したくもないならすぐに加勢して!……もう、“コレ以上”!!」
その言葉に、サオリは言葉を飲み込んだ。
そうだ、今の自分たちには、無すべきことがある。
果たさねばならない……事があるのだ。
「……先生!私達はアツコを救いに行く!戦場は危険だ、支援の支度が整い次第手伝って欲しい!」
「“サオリ!?”」
「行くぞ、ミサキ、ヒヨリ!」
先生の返事を待たず、サオリ達はミカの方へと加勢の為に駆け出してゆく。
それを呼び止めることが、逆に彼女たちをより危険に晒すことを理解している彼は、手を伸ばすことすら躊躇った。
「随分と……遅い到着ですね?『先生』」
なじる様な声で、ベアトリーチェが『先生』へと声をかけた。
「後少し速ければ、一人の命を助けられたかもしれません。……いえ、しかし。彼は貴方の護るべき範囲ではないとも考えられます。そう気を落とさないで?“アレ”は生徒では無いのですから」
「“……ベアトリーチェ。貴方は”」
「おお……。そんなに怖い目で睨み付けないでください。そんな感情を表に出すのは、教育者として相応しくありませんよ?」
ベアトリーチェは、クスクスと笑いを零しながら『先生』を見下す。
そんな彼に対し、『先生』は静かに懐へと手を伸ばし――。
「良いのですか?“大人のカード”を、ここで使ってしまって」
「“コレは私の責任だ。だから、私が始末をつける”」
「逸る気持ちも理解はしますが……もう少し冷静に周囲を見回すべきでは?」
「“……どういう意味だ”」
懐の
その様子に、ベアトリーチェは静かに手を指し示す。
「“バルバラ”率いる“
「“――!!”」
「ええ、そうです。“大人のカード”を使うという事は……彼女達への指揮を行わないという“選択”……」
ニタァ。
歪んだ笑みを、彼女は浮かべた。
「“責任”の為に……子供達を見捨てますか?『先生』?」
「“ベアト、リーチェ……!!”」
「くく……くははは……あーッはっはっはっはっはっ!!」
勝ち誇ったような笑いが、戦場に響く。
彼女は確かに、この空間のすべてを――支配していた。
「タカツキ!目を覚ましてください……タカツキ!」
倒れ込む少年に駆け寄ったスズミは、自らの服が血で汚れることも厭わずに、その血の池の中心に座り込み、彼のその手を両手で握りしめた。
「助けに来ました、貴方とともに、戦いに来ましたよ……!はやく、はやく、目を覚まして……!」
彼女の見つめる先の彼は、薄っすらと開いた瞼の下に、虚ろな眼を覗かせたまま――ピクリとも動かない。
「いつもみたいに……私の神秘を、吸って、元気になればいいじゃないですか……!どれだけ吸っても、喰らわれても、私は構いませんから!だから……!」
スズミの握りしめる手は、柔らかい肉の感触を伝えているが――その熱が、急速に失われていくことを、その掌が示していた。
「タカツキ!!タカツキ……!!タカ……ツキ……ィ……」
ボロボロと、熱い雫が、スズミの赤い瞳からこぼれ落ちて、物言わぬ少年の身体を濡らす。
スズミの頭の中では、彼と過ごした毎日が、走馬灯のように駆け巡っていた。
月夜に出逢い。彼の歪んだ有り様を見過ごせず、それが正しい事だと信じて手を差し伸べて。
ぶっきらぼうな口ぶりと、荒んだ皮肉屋な性格の裏に隠れた彼の優しさに、自分に近いモノを感じて、いつしか彼と話すことで、自分が認められているような気がしていた。
平穏な日常を求めながらも、争う事でしか争いを収められない、愚かな自分の選択を、それでも共に目指してくれるその姿に安らぎを覚えていた。
共に語り、笑い、過ごした日々は。かけがえのない日常は。スズミにとって――何よりも眩しい、大切な思い出となっていた。
「タカツキ……」
ただ、彼の名前を呼ぶことしか出来ない。
護りたいものを、護ることも出来ない、自分の無力に打ちひしがれることしか出来ない。
その手を握り、頭をもたげ、彼の胸へと額を当てる。
微かな鼓動も、感じられない。
――トリニティの“吸血鬼”。
ふと、その言葉がスズミの脳裏をよぎった。
それは、タカツキの最初の異名。彼の行為に起因した、トリニティに流れたただの噂話だ。
「……“血”?」
“神秘”を吸うことは、生命力を喰らう事であると。彼は確かに言っていた。
そして、“血”とは、命の象徴。その源の雫であると言われることもある。
もし、高純度の神秘を、タカツキへ流し込む事が出来たのなら――
スズミは咄嗟に、周囲に散らばる破片の中から、一際鋭利なモノを手に取った。
「今……助けます……ッ!」
尖った石の先端を、全力で自らの掌へと突き刺す。
「――――――――ッ!!!!」
肉を引き裂き、骨をえぐるような激痛がスズミを襲い、思わずうめき声を漏らす。
その左手を深く貫いた破片を引き抜けば、その手の穴から、赤い雫が溢れ出す。
「タカツキ……これを、これを、飲んでください……!」
あふれる雫を、彼の口元へと注ぎ込む。
しかし、微動だにしないその口は、杯から水がこぼれ落ちるかのようにその液体を受け付けない。
「なら――!!」
スズミは、己の傷口に口をつける。
だくだくと溢れ出る自らの血を、その口へと吸い上げる。
己の身体から何かが吸い上げられる感覚と、ドロドロとしたぬるい液体が流れ込んでくる感覚に吐き気を覚えながらも、それを抑え込む。
血液を、十分に口へ含んだスズミは、その両手を静かに少年の頬へと添えた。
――スズミさん。知ってますか?
――……何を、でしょうか?
――“初めてのキス”の味です!レモンのような味がするってよく言いますけど、実際はどうなんですかね?
――さ、さぁ……?私には……そんな機会もなさそうなので、無縁な気はしますが。
――それは……私も、わかりませんけど。……もしわかったら、私にもこっそり教えて下さいね!
そんな、自警団の後輩とのある日のやり取りを、ぼんやりと思い出し。
スズミは、あやふやになっていく感覚の中で、自分の心の姿に気づく。
――タカツキ。
静かに、瞳を閉じた。
――私はきっと。前よりもっと、欲張りになってしまいました。
届かぬ声を、心のなかで言葉にしながら。
――私の求める“平穏”の、その隣には……貴方がいてほしいから。
そっと、静かに。
――愛しています。タカツキ。
その唇へ、口づけをした。
――初めてのキスは、血の味がした。