Bloody Arriver   作:Ziz555

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エピローグ

 

 

 

 月を見ていた。

 

 

 

 冷たい欄干に肘を掛け、俺は一人で夜空を見上げる。

 暗闇の空にポッカリと大きく浮かび、静かに世界を照らす、丸い月。数多の星より近くにあって、いずれのそれより輝いて。けれど、その光は太陽からの借り物で。熱はよこさず、静かに冷たい夜の世界を照らす、そんな星。

 

「……ああ。今日も、何も変わらねぇ」

 

 片手に持った、古びた杯に満ちた水を、俺は静かに口へと運ぶ。

 常温よりもいくらか冷めた水が、喉を通して俺の体に満ちていく。体が潤うような、そんな曖昧な感覚が心地いい。

 

 杯のそこにわずかに残る水面には、ちょうど月が映り込む。それは、水面(みなも)に合わせて輪郭を揺らし、不確かな形をしていた。空に浮かぶ本物には、似ても似つかぬ影の像。

 

 それを静かに見届けて、俺は再び杯をあおる。残った水も、全て杯から俺の中へと飲み込まれた。

 

「…………」

 

 何も言わずに、俺は再び夜空を見上げる。

 

 びゅう。と静かに、冷たい夜風が吹き抜けた。

 

「ここにいたんですね、タカツキ」

 

 背後の扉が開くとともに、俺の名を呼ぶそんな声がした。

 その優しい声に、俺は振り返った。……きっと、その頬は綻んでいるのだろう。自然と口角が上がってしまうのが、自分でも良くわかった。

 

「来たのか、スズミ」

「はい、今し方」

 

 彼女は、俺が手招きするでもなく視線を向けていると、ゆっくり歩み寄り、そのままと俺の隣へと並んだ。

 

「シャーレでの調子はどうですか?」

「ぼちぼちだ。……トリニティに帰れるのは、まだしばらく先の話になりそうだけどな」

「大丈夫ですよ。ちゃんと、信頼を勝ち取ってから帰ってきてください」

 

 ――アリウス自治区での戦いが終わり、俺は現在、シャーレの『先生』の元で彼の手伝いに励んでいた。

 

 俺達の活躍により、アリウス自治区に巣食う悪意は打倒され、アリウスはトリニティ総合学園の指導の下、再建への歩みをする運びとなったのだが……。ここには一つ大きな問題が存在していた。

 

 それが、『トリニティの吸血鬼』……つまるところ、“タカツキ()”の存在だ。

 

 エデン条約の時のテロ事件の際、俺は視線を憚ることなくその力を振るい、結果として俺が“トリニティの吸血鬼”である事が広く知れ渡ることとなってしまった。

 俺の体質である、“他者の神秘を生命活動の糧”とするこの性質は、もう、俺が俺である限り逃れることは出来ない。

 そんな俺がなんの制約も庇護もなくトリニティに残る事は現実的ではなく、しかも、その特殊な出で立ちのせいで学籍なんてものも当然無いのだから生活をしようにもどうにもならない。

 スズミには悪いが、ほとぼりが冷めるまではアビドスにでも潜伏する予定だったのだが……、ここで俺の保護を名乗り出たのが、“先生”だった。

 

 

 

「“君の力が優しい力であることを、君自身の手で証明すれば良いんだよ”」

 

 

 

 彼のその言葉に、その場にいた全員が呆気にとられた事を、俺はいまだに覚えている。

 

 一体その“証明”の為にどれだけの時間と、苦労と、責任がつきまとうのか。分からないわけがないと、その俺の“始末”を買って出た『先生』がわからぬ理由はないと思っていたのだが。……さも当然のようにそう言い放った彼の、半ば強引とも言える対応により、俺は現在、シャーレ預かりの身として、その仕事に励んでいる……という次第だ。

 

「にしても、タカツキが年下だった事には驚きましたけどね」

「今更年齢気にするような関係でもねェだろ」

「ふふ。そうですね、タカツキくん?」

「“くん”を付けるな“くん”を」

 

 それに合わせて、俺は俺自身のことを良く知るきっかけを得た。

 俺がシャーレ預かりとなるにあたって、俺は俺自身の事を知る必要ができたのだ。

 

 ベアトリーチェの残していた資料から、俺についての俺の知らない情報を整理した結果、いくつかの新情報が判明した。

 

 一つ。俺は元々、キヴォトスの外の人間だったという事。

 これは、アツコに昔の俺が話していた事らしいので、完全に新しい情報かと言われると怪しいところではあるが……。ともかく、俺は元々キヴォトスの人間ではない。

 人体実験の為に、外の世界でベアトリーチェが引き取っていた孤児の一人が俺……。いや、もっと正しく言うのであれば、“過去の俺”であり、そんな俺幾度もの人体実験を経た結果、今の俺が居る。とのことだ。

 正直、そんな事言われたところで俺は記憶もなければ実感もないし、俺はこうしてキヴォトスで生きている以上、過去がなんだろうと俺は“キヴォトス人”であると自負している。

 アイデンティティがどうのと言われるかもしれないが、正直俺にとってはどうでもいい話だ。

 

 二つ。俺は15歳、らしい。

 ……正直こっちのほうが驚いた。というか、俺15歳だったのか。

 一つ目の過去の情報が判明したことで、俺の年齢が正しく認識される事となり、実は俺がスズミの年下である事が明らかになった。……年齢を気にするような事になるとは思いもしなかったが、正直こちらのほうが俺にとってはショックが大きかった。

 身体も背も圧倒的に俺の方が大きいし、俺が護るべきなんだろうという漠然とした感覚を持っていたが、やれフタを開けてみれば俺の方が年下であると言われても、すでに積み重ねた感覚はそう簡単に拭うことは出来ないし、けれどかと言って蔑ろにするというのもなにか違う。……結果、こうして誤魔化しつつもスズミにとやかくイジられる事になるのだが。

 まあ、その。……正直そんな悪くな――ゲフンゲフン。

 

 三つ。最後に起きた体の変化――。あれは、俺の身体に秘められた力が進化した物、らしい。

 

 ――“Blood(ブラッド) Resonance(レゾナンス)”。血の共振と名付けられたあの現象は、アレ以降一度も発現していない。

 

 血液とともに多量の神秘を吸収した事で、俺の身体に何らかの変化が起き、吸収した以上の神秘と力を発揮できるようになる。それが“Blood Resonance”だ。

 まさか、本当に“血を啜る”事が力の発揮に関係するとは思いもしなかったが、アレ以降血を経口摂取したとて、同じ現象が起きたことは無い。

 俺のヘイローへ起きていた変化も一時的なものだったらしく、今はいつもどおりの曖昧であやふやな物に戻っているし、スズミの気配を身体から感じることはない。

 

 不思議なことがあるとすれば、あの瞬間の記憶が、スズミの中にもぼんやりと残っている。とのことだった。

 俺の身体の中で共に戦っているような感覚が合った、と話してくれた彼女の姿に、俺は得も言われぬ高揚を覚えていたが……。まあ、それは良いだろう。

 

 判明した大きな事実は、この三つ。……まだまだ他にも、俺の身体には俺自身にも良くわからない秘密があるみたいだけど……まあ、それはそのうちわかるだろ。

 

「スクワッドの方々とは?」

「それなりに上手くやってる。……相変わらずアツコがベタベタとしつこいが……」

「まあ、アツコさんにとってタカツキはピンチを救ってくれたヒーローですから」

「ヒーローなんてガラじゃねぇんだけどな」

「そうですね。そんなにガラと人相の悪いヒーローでは、市民受けが悪そうです」

「オイ」

 

 俺の抗議に対して、スズミは左手で小さく口元を押さえて、くすくすと笑みをこぼす。事実だとしても、言い方というものがあると思うのだ。

 

 因みに、スクワッドの面々も俺と同じくシャーレ預かりだ。

 本来であれば、エデン条約の時に起こしたテロ事件の首謀者として指名手配されている彼女達をシャーレが匿う事は余り良い判断ではないのだが……、アツコが俺と共にいることを強く望んだため、俺共々先生が抱え込む事を判断した。という経緯だ。

 スクワッドの四人に俺を加えた五人の特殊部隊、“猟犬(ハウンズ)”と呼ばれるチームを結成した俺達は、シャーレで勉学に励みながら荒事の時に先生に力を貸す事を条件に、厚生局入りを免除してもらっているのだが……。

 

「……貴方とパトロールする機会がなくなって。少し、寂しい日が増えました」

 

 付きを見上げたまま、スズミが静かに呟いた。

 

「以前なら、パトロールをしている時に“寂しい”だなんて感じたことはなかったのに。今では確かに、貴方が隣りにいない事に、寂しさを覚えるんです」

 

 困ったように眉尻を下げて、スズミは俺に笑いかける。

 

「タカツキは、どうですか?」

 

 その問いに、俺は静かに月を見上げた。

 

「変わらねぇよ。どのみちお前が学校に行ってる間は、俺は一人でパトロールしてたんだ。それはシャーレに来た今も殆ど変わらねぇ」

「……そうですか」

「ああ」

 

 ぐい。と手に持っていた杯を大きくあおり、残っていた水を喉へと流し込む。

 

「変わらないさ。……俺が、どこにいようと。誰と過ごそうと、俺は……俺の気持ちは、変わらない」

 

 それは、多分。あの日から。

 

 

 

「俺は――“自警団の吸血鬼(タカツキ)”だ」

 

 

 

 それが、今の俺だから。

 

「なあ、スズミ」

 

 俺は、見上げていた月から視線を外し、横にいるスズミの顔を見た。

 俺の言葉を聞いて、目を丸くしていた彼女の瞳の輝きに、思わず頬が緩んでしまう。

 

「――月が、綺麗だな」

 

 俺の素直な気持ちだった。

 

「……それは」

 

 俺の言葉に、スズミの瞳が僅かに揺れる。

 だけど、俺は視線を外さない。目を逸らすことを、許さない。

 

 少し逡巡するように、スズミの視線が周囲を泳いでから――、一つ大きくため息を付いて、再び俺の方を向く。

 

「死んでもいい……とは、言いませんよ」

 

 小さく苦笑を浮かべながら、頬を真っ赤に染めた彼女が、微笑みながらそう返す。

 

「当たり前だ」

 

 そんな言葉に、俺は満足して、大きく頷いてから――もう一度だけ。月を見上げる。

 

 

 

「俺達は――これからも一緒だ」

 

 

 

 自警団として、ではなく。

 

 俺が――そうしたいから。

 

 

 

 

 丸い月が――静かに、俺達を照らしていた。






……はい。という訳で、『Bloody Arriver』。これにて一旦完となります。

合計27話、約15万文字……単行本1冊分ぐらいですね。お付き合い頂きありがとうございました。

スズミと少年の出会いと成長を描く、というか、俺がスズミをヒロインに物語を書きたくて書き始めた作品ですが、我ながら納得の行く出来になったと考えています。

一旦完。と言うのは、コレで単行本1冊分が終わったので、まあ小説一巻が終わったというニュアンスになります。
まだまだタカツキの身体に秘められた秘密や、スズミとタカツキの人生は続いていきますから、コレでBlArが完全に完結した。というわけではございません。
しかし、区切りが良いのも事実ですので、続きはまた追々、機会を見て書こうと思っています。

自分の物好きにお付き合い頂いた方々に至上の感謝を。
今後も自分の書きたい話をつらつらと垂れ流していければと考えていますので、またいつか、次の話か、次の作品でお会いしましょう。

それでは、また。
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