Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.3 二人の契約

 

「なんだ、遅かったじゃねぇか」

「時間通りです、約束は守っていますよ」

 

 時は夕暮れ、場所は町外れの廃教会。その礼拝堂で、一人の少女と、一人の男が相対していた。

 

「痺れを切らしてこっちから街に繰り出すところだったぜ」

「…………他の人には手を出さない約束のはずです」

「わかってるよ。冗談だ」

 

 祭壇に腰を掛けたまま語る、不遜な男の言葉に少女は非難の視線を向け、男は戯けたように肩を竦める。

 

「ほら、こっちに来いよ」

「……はい」

 

 男の手招きに従い、少女はゆっくりと教会の中央を歩き、男の元へと近寄っていく。そんな少女を見て、男は満足げに頷きながら、ゆっくりと少女へ手を伸ばし――――。

 

 

 

「はい、ご馳走さん」

「随分とあっさりしてますけど、これで足りてるんですか?」

 

 差し出された手を三十秒ほど握ってから、その手を離すのだった。

 

「毎日来てくれるならこれだけ吸えてりゃ十分だよ。お前は結構神秘量も多いしな」

 

 タカツキは、不思議そうに自分の様子を伺う少女、スズミの問いに答えを返す。前例が有るわけでもないし、そんな事で嘘を吐かれた所で知りようもないスズミは、彼のそんな言葉を信じる事にした。

 

「それなら良いんですが……。足りなくなって、また襲撃に出たりしないでくださいね」

「しねぇよ。なんでわざわざ要らないリスク踏まにゃならんのさ」

 

 スズミの指摘に、タカツキはジト目で答えを返す。本人だって夜道の少女を襲うのは気が引けていたし、しなくて済むのであればそれに越したことはないと言うのが本音だった。

 繋いでいた手を離したタカツキは、スズミから離れて、再び教会の祭壇へとドカッと腰を下ろした。

 そんな彼をみて、スズミも祭壇に最も近い場所の椅子へと腰を下ろす。

 

 律儀な事に、古びたそのベンチは、廃教会の割に埃は積もっていなかった。

 

「しかし、本当に来るとはな。物好きだよな、お前」

「私が来なければまた誰かを襲うだけだった立場なのに、よく言いますね」

「失礼だな。観念して飢えて死ぬつもりだったぞ」

「……どちらが人質を取っているのか、訳が分からない状況ですね」

 

 ケラケラと笑うタカツキに対し、スズミは瞼を閉じて溜め息を付く。

 ただ、市政の人々の平和の為に自警団の活動をしていただけのハズなのに。経緯は理解しているし、提案したのも自分ではあったが。それでも、どうしてこんな事になってしまったのかと、疑問に思わずには居られなかった。

 

 

 

 話は、昨日の昼頃まで遡る。

 

 タカツキの拠点で目を覚ましたスズミだったが、一通り話を済ませた頃には、もう正午の時間を過ぎていた。

 今更登校した所で、授業に間に合うわけもなく。幸か不幸か、その日は自警団活動も非番の日だった為、そのままタカツキの今後について話し合うこととなった。

 

 スズミとしても、タカツキとしても、闇夜に紛れてうら若き乙女の神秘を掠め取るような行為は不本意であるという意見は合致していた。しかし、神秘を吸わねばタカツキは死ぬ他無いという事実も変わりが無かった。

 かと言って、タカツキの事情を誰か大人や、ティーパーティーに説明して協力が得られるかと言われると、それもまた現実的とは言い難い。いくらスズミがタカツキの“神秘を吸収する力”を優しい力と言おうとも、その力はあまりに特異で、異端だ。そんな力がおいそれと受け入れられるとは考えにくく、何らかの衝突は避けられないだろう。最悪、タカツキ自身が言っていた様に“バケモノ”として何らかの処分を受けることになる事もありえる。

 

 そんな中、スズミの出した結論というのが、“自身の神秘をタカツキへ提供する”事だった。

 

 タカツキの体質へ理解があり、神秘を保有しているスズミが彼へ神秘を提供するのであれば、先述の問題は全て障害にはなり得ない。

 加えて、どうせ一度神秘を与えてしまったのだから、二度三度与える事になんの違いもないとスズミが考えてしまったというのは大きな要因だろう。良くも悪くも、スズミはあまり一つのことに頓着するような性格はしていなかった。

 

 タカツキの住まう廃教会は、幸いにもスズミが普段パトロールをしている区域からそう離れてはいなかったし、学校が終わり、パトロールを済ませてからでも十分足を運べる位置関係にあった。

 タカツキとしては、彼女の言葉が真実であろうと嘘であろうと、最早どうでも良い事になりつつあったため、スズミの提案を受けてそのままその日は解散となり――今へ至る。

 

「しかし、この時間まで何してたんだ?学生らしくだれかと遊んでた……にしちゃあ、ちょいと早すぎる。とは言え、学校終わりに直行って早さでもないだろ」

「私ですか?私はパトロールをしていました」

「パトロールぅ?」

 

 タカツキはスズミの言葉に怪訝そうに首を傾げた。

 

「俺はもうやらねぇって言ったろ。それでも必要なのか?」

「はい。……嘆かわしい事に、キヴォトスの治安は悪化し続けていますからね」

 

 スズミの言うように、キヴォトスの治安はあまりいいとは言い難い。多くの生徒が“神秘”を持つことと、ソレによる銃火器の携行、及び殺傷性の相対的な低下が暴力行為の精神的敷居を下げており、結果として犯罪……もしくは不良行為が横行する社会を形成していた。

 故にスズミのような自警団が組織される訳で。スズミも当然、タカツキ――トリニティの吸血鬼の問題が解決したとて、彼女の日常に平穏は訪れない。

 

「損なヤツだな」

「貴方も、眼の前で苦しんでる人が居たら見過ごせないのでは無いですか?」

「……ノーコメントで」

 

 その言葉にふい。とそっぽを向くタカツキの様子に、スズミは思わずクスクスと笑ってしまった。

 そんな言葉と態度では、答えを言っているのと何も変わらない。

 “バケモノ”。彼は自分のことをそう言うが、本当に自分達を食糧としてしか見ていないのであれば、自分の事をそんな風に言うのは不自然な話だ。

 

「……そう言えば、そういう貴方は今日は何を?」

「俺か?」

「はい。……話を聞いている限り、“神秘”の供給さえ足りているのであれば食事も不要……となると、なにか仕事をしているとも思えませんし。それに、見つからない事を最優先にしているのであればあまり出来ることも多くないと思いますが……」

 

 スズミが聞いたタカツキの体質、“神秘”を吸収する事を食事としている彼は、それゆえ通常の人間が必要とするような、食べ物の経口摂取を必要としない。例外として水分補給だけは必要なようだが、それでも食事を必要としない生活と言うものがスズミには想像ができなかった。

 

「寝てた」

「寝て……、睡眠、ですか?」

「ああ。お前が昨日帰ってから、さっきまでずっと寝てた」

 

 あっけらかんと言い放った言葉に、スズミは目を丸くする。

 

「え、じゃ、じゃあ普段は……?」

「普段?……水がない時は水汲みに行くが、その必要もなければ、トレーニングで体動かして、疲れてきたら汗流して夜まで寝てるな」

「……徹底的に陽の光を浴びない生活ですね」

 

 まるで本当に“吸血鬼”だと、そこまでいいかけたスズミだったが、どうにかその言葉を飲み込むことができた。

 

「仕方ねぇだろ。お前の言うように見つかった時が一番厄介で、そこをリスクケアするなら大っぴらに動くにしても夜なんだよ」

「でも、襲撃をしていた時も感覚は二、三日に一度でしたよね?襲撃もない夜は何を……って、まさか」

「ああ。寝てる」

 

 とんでもないぐーたら野郎が目の前にいる。と、そんな様なことを思わずスズミは考える。

 

「なんだ。不健全な生活をして居る怠惰な輩だなとか思ってるのか?」

 

 図星だった。

 

「だから俺も“こんな生活”には限界感じてるんだよ。正直、自分が生きてるのか死んでるのかよくわからねぇ。ただただ飯を食って、寝るだけで、何一つも生産的な行為はありゃしない。誰かと話すわけでもなく、何かを残すわけにも行かず、ただ死ぬのがなんとなく嫌なだけ。面白くもなんともねぇ」

 

 ぶすっと不貞腐れた様子で頬杖をつき、タカツキは今の自分の不満を吐き捨てる。

 

「しょーじき。“死んだほうがマシ”だね」

「…………」

 

 “死んだほうがマシ”という言葉に、スズミの視線が冷たくタカツキへ刺さった。タカツキは、そんな視線を感じて、首を横に振る。

 

「そんな目しなくても死なねぇよ。約束は守る。もう、少なくとも俺はお前の記憶の中に残ってるんだ。そんな傍迷惑残して消えるのは主義じゃねぇ」

「……生きづらそうですね」

「本当にな?」

 

 スズミは、眼の前の男の嘆きに同情を禁じ得なかった。

 だって、そうだろう。

 タカツキというこの少年は。己の体質に振り回されながらも、律儀で、真っ当で、高潔な精神を持っている。それは、自警団活動をするスズミが共感することも多い。そして同時に、彼の体質さえ無ければ、きっと、志を同じくする良き友になれたのであろうと。そう、感じずにはいられないのだ。

 

「(彼は、こんなにも普通なのに。どうして、彼の体は)」

 

 歪だった。

 

 彼という精神の有り様と、彼という肉体の器は、あまりにも乖離している。

 “他者の神秘を喰らう力”。それは、このキヴォトスに置いて強烈な武器であり、そして、忌避されても仕方の無い物だ。それは、その気になれば容易く他者の“ヘイローを破壊”することも出来る凶器で、狂気だ。

 そんな歪んだ器に、呪われた杯に満たされている、この少年の願いは、あまりにも平凡で。優しくて、ありきたりで、ありふれているのに。

 

「……なんだ、なんでそんな目をお前がするのさ。確かに俺は所謂“哀しきバケモノ”かも知んないけどさ。それでお前が悲しむ必要はないだろ」

「それは……」

 

 タカツキの言葉に、スズミは胸が締め付けられるような思いがした。

 彼が死にたがっている理由を、理解してしまった。

 だというのに、今ここにいる自分は無責任にも彼の平穏と安寧の人生を願っている。それは、自分が日頃行っている自警団活動の意識の延長からくるもので。誰かに強制されるものでも無ければ、多くの人が共感する民意というわけでもなく。

 

 つまるところ、ただの、一人の少女の。わがままでしか無くて。

 

 そんな一人のわがままで、眼の前の少年はこれからもこの閉塞的な生き方を強いられているのではないか。

 

「あのなぁ」

 

 タカツキは、思い詰めたような表情のスズミを見て、ボリボリと頭を掻きながら口を開く。

 

「最初から言ってるだろ。“ほっとけ”って。いい区切りをくれた事には感謝してるが、何もそこから先の俺の人生を背負ってもらおうだなんて俺は欠片も思っちゃいない。誰か一人の人生の責任を背負うことなんて、俺達子供にゃ出来る訳ねぇんだ」

 

 タカツキは、柔らかい笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「お前は“バケモノ”を倒した“ヒーロー”。俺は“ヒーロー”に倒された“バケモノ”。それが一番綺麗な話の終わり方なんだよ」

 

 それは、自分の命の事なのに。まるで、他人事のように無関心で、諦めていて、他人事(ひとごと)のようで。

 

「…………」

「だから良いんだよ。もう忘れろ、約束もなかったことにしていい。今日これっきりで、俺とお前の関係はおしまいだ。どうせ日頃から寝てしかいない男が一人消えた所で治安が良くなる――」

「――いいえ」

 

 スズミは、俯いたままタカツキの言葉を遮る。

 

 どうして。どうして、彼自身の命のことを、彼以上に私が悩まなくてはならないのか。どうして、自分の事なのにこんなに無責任に笑っていられるのか。すこし、腹が立っていた。

 

 

 

 それに。私は、“守月スズミ”は――“ヒーロー”に憧れて自警団活動を始めた訳などでは、断じて無い。

 

 

 

 私が自警団活動をするのは、人々の平穏と安寧のためだ。富も、名声も、栄光だって欲しくはない。

 

 私の生き方を、“ヒーロー”だなんて。そんな言葉で片付けさせる事は、許せなかった。

 

「決めました」

「うん?」

「私が貴方を、更生させます」

「……はぁ?」

 

 タカツキは、顔を上げて自分へ向けられた少女の瞳の力強さに思わず身を引いた。

 

「死んだほうがマシ何ていうのは、今の貴方の生活に問題がありますから」

「いや、まあそうだけど……」

「であれば、健全な生活を送ることができればそんな考えは自ずとしなくなる筈です」

「だから、それをするには俺には色んなもんが……」

「いいえ。身分も身元も、学籍の有無だって問題ありません」

 

 有無を言わさぬスズミの物言いに、思わずタカツキは口を噤んで言葉を飲み込む。

 

「明日」

 

 すっと、座っていたベンチから立ち上がりながらスズミは宣言する。

 

「明日、今日よりも早くここに来ます。寝坊はしないでください。それと、水を汲むなどの用事があれば先に済ませておくようにお願いします」

「え。ちょっ、それってどういう」

「い い で す ね ?」

 

 笑っていた。スズミは、確かに笑っている。だが、それは口元の話だった。

 

 目が笑っていない。真剣だ。短い期間とは言え、敵対していた、襲撃者であったタカツキを見据えるよりも末恐ろしい気迫で、今のタカツキを見ていた。

 

 

 

「………………はぃ」

 

 

 

 そんなスズミの気迫に、タカツキは蚊の鳴くような小さな返事を返すだけだった。

 

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