お久しぶりです。ちょいとほかの作品をかいておりましてしばらく更新が途絶えておりました。
4/1にかこつけて思いついた短話となりますが、よければぜひお付き合いください。
「バンプ君、バンプ君」
俺の体を揺すりながら、誰かが俺のことを呼んでいた。
心地よい微睡みの中、差し込む朝日の暖かさと体を包む布団の温もりの中へ、朝の冷たい空気が入り込んでくる。
次第にはっきりと目覚めていく意識のなかで――ふわりと、甘い香りがした。
「おはよ」
目を覚ますと、頬杖をつきながらこちらへ微笑みかける……一糸纏わぬ姿の少女が一人。
「……ああ、おはよう」
「ふふっ。うん、おはよ」
なめらかで、柔らく、
俺は今、ミカと共にキヴォトス中を巡っている。
それは観光を目的とする旅ではなく、単に俺たちに居場所が無いことによる逃避行だ。
たった二人の子供による、居場所を求めた逃避行。
――魔女と呼ばれた少女を。俺は放ってはおけなかった。
同じ痛みを持つ彼女を前に、俺はその傷を捨て置けなかった。この苦しみを、理解されぬ哀しみを。俺は、俺だけは、確かに分かち合えるから。
だから俺はあの人。大切な人を捨てて、胸に抱えたヒーローへの憧れも捨てて、護らなくちゃいけない約束を捨てて。震える少女の手を取った。
俺は少女の手を握り、少女は俺の手を握り。人混みの街を行く。
キヴォトスで生徒が二人、真っ昼間から手をつないで歩いている。それ自体は大して目立つことでもない。
学校の授業がある時間だとしても、なんだかんだと用事で外出している生徒も少なくないし、どうせ勉強はBDを用いた自主学習が主な方法だ。当然、それを無視して外をぶらつく不良なんてザラに居る。
「大丈夫か?ミカ」
「うん。平気だよ」
俺が振り返り、ミカの顔色を伺う。
“平気”だとのたまうミカの表情は――わずかに疲労が浮かんでいた。
「少し休もう」
――俺の身体は、神秘を貪る。
生身で身体に触れている限り、俺は相手の神秘を吸い取ってしまう。そして、神秘を吸い取られるというのは、彼女たちにとって血液を抜かれるような行為に近く、俺の手を握り続けているミカは常に俺に神秘を吸われ続けている。
大丈夫なのか?と言えば、その答えは否だ。
ミカの保有する神秘量は確かに埒外に多い。ほかの誰と比較しても比肩する者はいないのではないかと思うほどに。
しかし、だからといって一日中俺に神秘を吸われ続けて居れば、当然その肉体は消耗する。平気な筈がない。
だったら手を離せばいい。それだけの話だ。……それだけの話が、ミカには出来ない。
俺の手を強く、強く握るミカの掌は氷のように冷たい。まるで、血が通っていないかのように。
全てを捨てて逃げ出したあの日から、ミカはずっと俺の身体に触れ続けている。身体の温もりを求めている、抱きしめて欲しいと、せがんでくる。
不安で、淋しくて、一人ではないと実感していなければ壊れてしまう不安定さが今のミカにはあった。
だから俺は彼女の手を離さない。彼女の手を拒まない。それが、“魔女”の手を取った俺のせめてもの責任だった。
疲労の色を浮かべるミカと共に、俺は近くの公園のベンチに腰を掛けた。
椅子に座る直前に買った飲料水のペットボトルをミカに手渡し、そっとその背中をさする。
「ありがと」
ただ歩いていただけなのに息の上がっていたミカは、少し深く呼吸をしながらゆっくりと水を飲む。
――消耗が激しくなっている。
理由は、明白だった。
――俺の力が、増している。
他者を貪るこの身体が、神秘を喰らうこの肉が。以前にもまして、飢えと乾きを感じていた。
ミカの神秘を喰らい続けて、その上質で膨大な神秘をその身に受けて、だんだんと俺の神秘を注ぐ“器”が肥大化しているのが、なんとなくだが実感できた。
「ミカ」
「……どうしたの?」
「今日はもう、宿を取ろう。少し寝たほうがいい」
「でも」
「大丈夫だ、金ならなんとかする」
ミカの瞳が不安に揺れる。……わかっている。彼女の不安は別に金銭のことじゃない。
寝ている間、俺が一人静かに彼女の側を抜け出していることを、ミカは知っているのだ。……俺が側にいない事が、寝ている間、意識のない間だけとは言え不安なのだ。
「バンプくん」
「少し寝ておけ」
不安げに俺を見るミカの肩に手を回し、強引にその体を引き倒す。頭が丁度、俺の膝のうえに乗るように。
「……硬い、全然気持ちよくない」
「だろうな」
「こんな枕で寝かせようなんて、悪い人」
そう言いながら、ミカは俺の脚を撫でる。スリスリと、頬を擦り付ける。俺は静かに、その頭に手を置いた。
「今はお休み」
ゆっくりと、彼女の滑らかな髪を撫でる。
美しい桜色をしていたはずの彼女の髪は、節々が痛み、その柔らかさが失われつつあった。
指がその髪に絡まぬ様に細心の注意をはらいながらミカの頭をゆっくりと撫でた。
いつの間にか、すぅ、すぅ、と小さな寝息が聞こえ始める。やはり、限界が近かったらしい。
「…………いつまで、持つんだ」
――今までは。神秘は肉体で触れていなければ吸えなかった。
だが、今は薄い布……衣服越し程度なら無視して吸えるようになっていた。
「……」
俺はいつまで。彼女のそばに――居てあげられるだろうか。
その日の夜、ホテルを取ってミカを寝かしつけた後。俺はそっと寝床を抜け出して、夜の街を歩いていた。
ガラの悪い連中が行き来する無法の者の街、ブラックマーケットは、夜でも眠らない。
深くフードをかぶって、俯きがちに歩いていると、どん。と肩がぶつかった。
ドサリ、とぶつかった相手が派手に転んだ。
「いってぇなァ!!何処見て歩いてるんだよクソガキィ!」
「姉さんの自慢の一張羅が汚れちまったなぁ……?」
安い当たり屋だ。数は三人。
「こうなったらクリーニング代を――」
「……足りないな」
「あ?手持ちがねぇって言って逃げられる訳――」
俺は大きく息を吐き、意識を少し広げる。
三人合わせても――ミカのそれには届かない。
「気づいてないようだが」
「……なんだ?」
「獲物はお前たちだ」
そうして、俺は少しだけ強く――“吸い込んだ”。
「うっ……!なん、だ……?」
「急に……眠く……」
「一体、何が……」
途端に意識を失った三人の不良生徒がその場に倒れ伏す。
意識を失った三人の体を手早くまさぐり、彼女らの財布から全ての現金を抜いてその場に放る。身分証やらは見逃してやるが……ここはブラックマーケット。こんな所で居眠りしている奴らが悪い。
「もう少し、狩りを続けるか」
今夜は少し――腹が減っていた。
「ミカ」
「……なぁ、に?バンプ、くん」
いつにもまして眠そうなミカは、寝起きだというのに疲れ切った声を出していた。
「眠いのか?」
「うん……なんかね……、ものすごく……眠いの……」
「そうか」
そっと、静かに彼女の頭をなでる。
「なら、もう少し寝てていいぞ」
「うん……ありがとうね……バンプ、くん……」
うとうとした様子で、ミカの瞼が落ちてゆく。
「え、へへ……バンプくんの手……温かいねぇ」
甘い、呆けきった声で俺の手を掴み、頬をする。
冷たい感触がした。
「……ああ、そうだな」
「うん……温かぁい……」
眠気に負けたくないのか、もぞもぞと体を動かして、ミカは俺にすり寄った。
「バンプくん」
そうして、優しく微笑んで。
「一緒にいてくれて……ありがとね」
彼女のヘイローが、消えた。
夜。いつものように俺は一人で街をゆく。
なるべく人通りの少ない場所を選んで、そういう場所を好む相手を狙う。
誰にも気づかれるわけには行かない。
そうして深くフードをかぶり、顔を見られぬように歩いていると、一人の少女が俺の前に立ちはだかった。
「――あなたが、吸血鬼ですね」
凛とした、鈴の音の様な美しい声だった。
私がミカ書くと毎度毎度負けヒロインだなーと思っていたので私なりにミカルートを書いてみました。どうでしょう?胸がキュンキュンしたのではないのでしょうか?
こちらが、二部でずっと活躍してるのミカが拙作のタグにない理由になります。
本編の方もぼちぼち更新しますので、そのときはぜひお楽しみ下さい!