Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.2 “魔女”と呼ばれた少女

 

「“ミカは……最近どう?”」

 

 若い大人の男が、隣に座る少年に問いかけた。

 ガタゴトと揺れる電車の中には、数えるほどしか人影はなく、彼らの話し声を気にするような人は見当たらない。

 

「楽しくやってるよ。何考えてんのかは、未だにちっとも分からねェが」

「“そっか。よく見てくれてるんだね”」

「俺ァ我儘(わがまま)娘の子守を仕事にした覚えは無いぞ、先生」

 

 お前の仕事を押し付けるな。暗にそう告げる少年の視線に、彼の教師にあたる男は苦笑をこぼして肩をすくめた。

 

 彼らは現在、拠点であるシャーレからミレニアムサイエンススクールへと向かう電車の中に居た。

 シャーレの“猟犬部隊(ハウンズ)”に所属しているタカツキと元アリウススクワッドの面々は現在、シャーレのビルの居住区画に住まいを借りている。

 かたや、元テロリストの犯罪者集団。かたや、生徒の生命を脅かす体質を持った人外の少年。そのどちらも、社会的秩序を脅かす危険因子であり、彼らもその自覚があるからこそ、その身の安全性を示すためにシャーレにその身を寄せていた。

 彼等はシャーレの指導の元、贖罪のための社会奉仕と、生徒の本分である勉学に勤しんでおり、シャーレに来る様々な問題の解決の為に日夜励んでいる。

 

 そんなある日の朝、「面白いものを見つけたから来てほしい」とミレニアムの生徒達――ハッカー集団であるヴェリタスの面々――から誘いを受けた“先生”は、同じくミレニアムへ向かう用事のあったタカツキを連れてシャーレを出発したのだった。

 

「大体。なんでアンタまでミカの事を俺に聞くんだよ。アンタから話せばアイツだって喜んで話すだろうが」

「“大人には話しづらい事もあるんじゃないかなって”」

「だからと言ってメンヘラの相手を子供に押し付けんなよ……。振り回される身にもなってくれ」

「“がんばれ!”」

「応援しろとはひと言も言ってねェ」

 

 満面の笑みで自分を見つめるだけの大人に、タカツキは額に手を当てて大きくため息をついた。

 わかってくれないことを呆れた……という訳ではない。

 明らかにわざとだ。眼の前の大人は、何らかの意図を持って自分に聖園ミカの面倒を見させている。それも、善意で。

 タカツキがシャーレの元で暮らし始めてしばらくの時間が経ったが、この大人は自らの生徒に“害”があるような事を容認しない。……逆に言えば、今のこの状況が、ミカや自分にとってなんらかの“都合のいい状態である”と確信しているということの証であり。そういう時の“先生(この人)”は何を言っても聞きはしないのだ。

 

「“それに”」

 

 頭を抱えるタカツキへ、微笑ましげな視線を向けながら“先生”は続けた。

 

「“ミカの事を頼まれたのは。私じゃないからね”」

 

 その言葉を聞き、タカツキはもう一度。さっきよりも大きくため息をつく。

 

「なんでこんな事に…………」

 

 己の身に振りかかる苦難に頭を悩ませながら、タカツキは事の発端へと思いを馳せる。

 

 ――それは、数日前の話だ。

 

 エデン条約にまつわる様々な“猟犬部隊”の所属となり、その身の潔白を証明するための任に就くようになってからしばらくして、タカツキはとある生徒から呼び出しを受けた。

 

 差出人は、トリニティ、ティーパーティー現ホスト――桐藤ナギサ。

 

 シャーレの“先生”宛ではなく、“タカツキ”個人に宛てたその呼び出しは、トリニティの最高権力者からの正式な要請であり、当然これを阻む選択肢を持ち合わせていなかったタカツキは、その呼び出しに応じる運びとなった。

 

 呼び出されたタカツキがトリニティ総合学園本校舎へとたどり着くと、彼はティーパーティーの生徒の案内を受けて、とある場所へと直接案内される。

 

 そこは、トリニティ総合学園の本校舎が一望できる、学園の心臓部――

 

「──ようこそお越しくださいました。ご足労頂きありがとう御座います」

 

 ――無許可での立ち入りが固く禁じられた、“ティーパーティー(首脳会議)”用のテラス。

 そこへ足を踏み入れたタカツキを迎えたのは、ティーパーティーの現ホストを務める少女。桐藤ナギサ本人だった。

 

 自分へ頭を下げる彼女の姿に、タカツキの表情が歪む。

 

「要請を受けた、連邦捜査S.C.H.A.L.E.所属。“(タスク)5”、タカツキだ」

「そう固くならずとも良いとも。呼び付けは形式張っていても、私達は互いに“生徒”だ。……それらしい素振りでかまわないさ」

 

 個人的な立場を持ち込む気はない。と、暗に示したタカツキの言葉に、鋭い横槍が刺さる。

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、タカツキが視線を声を方向へ向けると……、そこにはもう一人の“ティーパーティー”が座っていた。

 

「君と会うのは……。これが初めてだね。トリニティの吸血鬼くん」

「セイアさん、今は――」

「話を遮って済まないが、どうやら彼はこの場に求められている振る舞いを勘違いしているようだからね。手本を示そうと言うだけだよ。何、心配はいらないさ。こういう事は、結構好きなんだ」

 

 その少女はおっとりとした表情に、しかし明確な笑みを浮かべる。

 金糸の髪をなめらかに揺らし、その頭についた狐の耳をわずかに動かしながら、少女は彼へと手を振った。

 

「私の名前は、百合園セイア。よろしくね、()()()()()()

「………………あァ。よろしく」

 

 どうやらボスからは逃げられないらしい。

 

「ええと……」

「悪かったね。ナギサ。“アイスブレイク(自己紹介)”も済んだことだし、話のリードはお返しするよ。彼もすこし、緊張が解れたようだ。……こういうのは本来、“彼女”のだったのだけれどね。だろう?」

「………………」

「“沈黙は肯定”。よく聞く言葉だとは思わないかい?」

「生憎、俺には学がないんでね」

 

 申し訳程度の悪態をつくタカツキの様子に、セイアはやれやれと首を横に振り、ナギサは苦笑を浮かべた。

 

「では、改めまして。タカツキさん、この度は私の呼び出しに応じてくれたこと。心から感謝致します。今回は、かのエデン条約の際に起きた事件について――」

「御託は良い。大体何の話の為に呼ばれたかは見当がついてる」

 

 背筋を伸ばし、礼儀を重んじたまま話していたナギサの言葉を遮ったタカツキは、姿勢を崩して(おもむろ)にテラスの柱へと背中を預けた。

 

「ミカの事だろ」

「…………察しが良くて、助かります」

「どこぞの女狐に化かされたもんでな」

「おや。それは災難だ」

 

 白々しい態度を取りながら、素知らぬ顔でカップを傾けるセイアを軽く睨みつける。もっとも、彼女に取り合う気がないのは、タカツキにもわかりきっていた。

 

「お前達がミカに取って特別な存在だってのはなんとなく分かってるよ。少なくとも、ただの“同僚”って関係性にゃ見えない」

「それは……、ミカさんから?」

「口から出るのは大抵わざとじゃない。ただ、口に出しては、毎度のごとく一瞬黙る素振りを見せてりゃ。なんかあるとはすぐに分かる」

「私達の話は……。あまり、していないのですね」

「“したくない”と言うよりは――。いいや、これは俺の勝手な憶測だ、大して知りもしない相手の心を語るより、本人に直接聞いたほうが早いだろ」

 

 ミカがナギサやセイアの話をするのは、決まって“友達との思い出話”の時のことだ。

 やれどんな手間がかかるだとか。やれこんな問題を起こしただとか。やれあんな失敗をしただとか。

 そういう、他愛のない他人の失敗談を語らう時に、ふとその名を口にして――、“何でもない”と首を振る。

 結局その後、彼女の得意の口車で話題は転がり、それが原因で場の空気が沈む事などありはしない。

 

 が。

 

「めんどくせぇから早く仲直りでもなんでもしてくれねェか。できる事ならついでにソッチで引き取ってくれ。休みの日ならと毎日のようにシャーレに来られちゃ、たまったもんじゃない」

 

 タカツキに取って、ミカのその素振りは非常に“居心地が悪い”。

 タカツキはその性格上、目の前で困っている人を見ると放ってはおけない。こんな言動で悪人の様な見た目をしているが。

 それはつまるところ、“困っている人”に一定の過敏さを持ち合わせており、視界のそばでチラチラとその素振りを見せられることに不快感を覚えるのだ。

 なら、お前が解決してやればいいじゃないか。そう考える人もいるだろう。だが、それができればタカツキとて苦労はしない。

 タカツキとミカは、吸血鬼と魔女。それはいわば“悪人(どうるい)”の関係性であり、それはどこまでも対等だ。

 自分のあずかり知らぬ人間関係で悩んでいる、そして、助けを求められた訳でもない以上、ここでタカツキがミカへ歩み寄るのは“憐憫”であり、“同情”であり。そしてそれは、“侮蔑”でもある。

 故に彼は、「ウジウジしてねェで早く何とかしろよ……」と思うに留まっているのだ。

 

「……それが」

「ァん?」

 

 タカツキの要求に対し、ナギサが視線を落とす。憂いを帯びた表情からは、不安と、申し訳無さが滲んでいる。

 

「“同じ生徒”なんだろ?まさか、この期に及んで“公的な立場(ティーパーティー)”を理由に仲直り出来ませんだなんて言わねェよな」

「秋空の行方は知り難く、手に負えないと言うことさ」

「あァ?」

「ありていに言えば……。君は、もう少し“女心”と言うものを勉強したほうが良い」

「ヘラらねェなら考えてやる。……が。おい、まさか――」

 

 “女心”と言うものが七面倒だという経験は、タカツキにも覚えがある。それこそ、それは初めて“聖園ミカ”と対峙した時の話だ。

 追い詰められ、孤独と絶望に苛まれながら、その鬱憤を暴力という形でしか表出させる術を知らない、哀れな少女。

 その瞬間は一刻を争う危機が差し迫っていた為に、彼女の“叫び”を、敢えて踏み潰す選択をしたタカツキだったが。それが褒められた態度ではない事ぐらい、理解している。

 結果として“聖園ミカ”は、勝手に納得して、勝手に立ち上がり、勝手に“魔女”であることを選び。いつの間にか、横にいた。

 

 だから、タカツキはそれが“すでに終わった問題”だと思っていた。

 

 “聖園ミカ”は、自らの力で絶望に抗えると。一人で困難に立ち向かうことができると。問題に、他者との関係に、決着をつけることができると。

 

 彼女は――、そういう“強い少女”であると。

 

「ミカさんは。あまり、私達と話をしてくれなくなってしまいました」

「と言っても。一言も言葉を交わさないと言うことはない。審問会にも出席はしているし、他愛のない世間話ぐらいならモモトークでやり取りをすることもある」

「ですが。自分の事について話してくれなくなってしまったのです。……もう、なにも」

「あの、“我儘なお姫様”が。だ」

 

 聖園ミカがおしゃべり好きと言うのは、タカツキもよく知っている。やれ何が面白かっただとか、あそこのケーキがおいしかっただとか、タカツキはデリカシーが無いだとか。ほっとけ。

 そんな彼女が、浅からぬ縁を持つ彼女達に対して、“自分の事を何一つ語らない”等ということが。果たして本当にあり得るのだろうか。

 

「タカツキくんは、聖園ミカがトリニティで何と呼ばれているか。知っているかな?」

「……“裏切り者の魔女”だろ」

「だがね、私に言わせればミカは精々“性悪な悪役令嬢”だ」

「ミカがなんでお前にキレてたか今よーくわかった」

「最も、彼女の自認はそのどちらとも違っていた様子だったけれどね」

 

 タカツキの指摘もどこ吹く風という様子で、セイアは言葉を続ける。

 

「彼女はね、“御伽噺のお姫様”に。憧れていたんだよ」

「…………」

「おや?笑わないんだね。それは少し、予想外だ」

「誰が何を夢見ようと勝手だろ。それを笑う権利は誰にもねェよ」

「ふむ。……まあ、いい。話を続けようか」

 

 ――“正義の味方”を夢見た“吸血鬼”。

 

「ミカがアリウスの悪意に騙された事の発端は、彼女が“皆が笑える幸せな国”の、そのお姫様に憧れていたからだ。……だが、そのことの顛末は君の知っての通り。彼女はその思惑とは裏腹に――“魔女”と呼ばれるようになってしまった」

 

 ――“優しいお姫様”を夢見た“魔女”。

 

「そして――今のミカは、自ら“魔女”を名乗っている」

 

 それは。つまり。

 

「彼女の思考は、案外単純だ。だからきっと、こう思っているのだろう。――“魔女”がそばにいては、きっと、又私達を不幸にしてしまう……、とね」

「…………チッ」

 

 何故、ミカが自ら(タカツキ)のことを頑なに“吸血鬼(バンプ)”と呼ぶか?という話だ。

 

「ミカさんは、トリニティを出ていくつもりのようなんです。ここに居ては、私達に迷惑がかかるから、と」

「審問会でも、こちらが情状酌量の為の陳述をしても“私が悪い”の一点張りでね。罪と悪意の全て自らに集め、トリニティから切り離そうとしている様にも見える」

「ただの逃げじゃねェか」

「君は辛辣だね。……だが、彼女は君のように“不条理”に晒され慣れているという訳ではないんだよ」

 

 タカツキは、生まれながらにして“吸血鬼(バケモノ)”であり、それゆえに“不条理”のなかでの生き方を知っている。

 

 だが、ミカは違う。

 

 彼女は。彼女が体験する“不条理”は、初めてのものだ。

 

 確かに、賢い彼女なら。“不条理”の海の泳ぎ方を知っていれば、その中を進むことはできるだろう。

 けれど、不慣れな泳ぎを続けていては、いずれ疲れて溺れてしまう。

 

「ミカさんは、トリニティから別の学校への転入を考えているようです。……転校の書類に関しても、ティーパーティーが確認をしますから、その準備をしている素振りがあることは分かります」

「だが、彼女が今何を考えているのか。どこへの転校を考えているのか。……言った通り、見当がつかない」

 

 セイアの視線が、タカツキへと向けられた。

 

「何も話してくれない我々、ではね」

 

 ――まるで、すべてを見透かしているような。そんな視線に、タカツキの表情が歪む。まるで、自分の内側を許可もなく覗き見られているような、そんな不快感。

 

「……シャーレでよくミレニアムのパンフレットを広げてるのは見る。隠してるつもりだろうが、何度も何度な」

「ミレニアム……。なるほど、確かにあそこなら我々とは無縁と言っても過言ではありません。個人の転校であれば、そこに我々“ティーパーティー”が介入するのも難しくなります」

「だが、それを知ってどうするんだ。手続きを止める訳にも行かないんだろ?」

「ああ、そうだね。……だから、君を呼んだんだ」

「ァん?」

 

 まるで、“タカツキ”であれば何かができる。と言いたげな論調に、彼は首をひねる。

 仲の良さという点において、タカツキは自分とミカの関係性を“そういう類”の物とは認識していない。

 

「ミカが自らを“魔女”と認めたきっかけは。キミだろう?」

 

 その言葉を、聞くまでは。

 

「……………」

「今のミカは、我々の知らない変化をしている。そしてそれは、私達の知らない所で起きた出来事に起因している。……そう言えば、“聖園ミカ”を連れ戻したのは。“トリニティの吸血鬼”だったね?」

「ミカさんは、あなたの事を吸血鬼と呼びました。そうしてそういうときは決まって、“吸血鬼(バンプくん)”の話をするんです」

 

 タカツキも薄々、感づいていた。

 なぜ、ミカが頑なに自分の事を名前で呼ばないのか。

 

 実を言うところ、タカツキは自分の“呼ばれ方(なまえ)”に大したこだわりは無い。区別がつけばそれで十分だという考えは、今でも変わってはいない。だから、“吸血鬼(バンプ)”と呼ばれる事も、本来であれば意固地になって否定する程の事ではない。

 たが、ミカが自分をそう呼ぶ時。そこには何か別の意図を感じていた。演技じみているというか、謳っているというか。とにかく、そこにあるのは、単なる“呼称”ではない。

 だから、それに応えるようにして、タカツキはミカを“役回り(ウィッチ)”と呼び捨てる。そう求められていると感じていたからだ。

 

 そして。それが、それこそが。“聖園ミカ”を“魔女”たらしめている、最大の要石。

 

 つまり――。

 

「――お前たちは俺に、“聖園ミカを魔女にした責任を取れ”と言いたいんだな」

 

 ふざけるな。と、彼は思った。

 

 確かに、自分は。タカツキは“吸血鬼(ヴィラン)”としての生き様を、生き方を歩いている。その背中を、在り方を“聖園ミカ”に見せる機会があったのは確かだ。

 だが、それを見て、勝手に“魔女(ヴィラン)”の道を進み始めたのは聖園ミカ自身の選択だ。

 

 堕ちた聖女を連れ戻すのは、吸血鬼の役割ではない。

 

「俺にそんな力はない。俺はただ、俺のできることを、俺のやりたいようにやるだけだ。俺が何を言った所で、聖園ミカは変わらない。アイツの頑固は、お前たちのほうがよく知ってるだろう」

「そうですね。……ミカさんは、一度決めてしまったことを、そう簡単に変えようとはしません」

「だったら」

「ですが……。こんな関係になってしまっても。私達は……大切な、“お友達”なのです」

 

 ――そう話すナギサの瞳は、不安げに揺れていた。

 毅然と話す、組織の長としてはあまりに頼りなく、不安定で、脆くて、弱い。

 一人の少女が、そこにいた。

 

「――“友達”の幸せを、それでも、諦めたくないのです」

 

 これは、“責任”だとか。“償い”だとか。そんな、話ではない。

 

「お願い、します」

 

 目の前の少女が、深く自分へ頭を下げる。

 

「私達には、もう。……手が届かない、話なんです」

 

 自分に出来ないことを、ただ、素直に。真っすぐに。

 

「ミカを……、ミカが、笑っていられるよう。見守っていてくれませんか……!」

 

 助けを、求められている。

 

 

 

 不器用だ。

 

 

 

 結局、ミカも、目の前の少女達も。互いの幸せをただ純粋に祈っているだけ。

 ただ、少し。ボタンを掛け違えて。その直し方を知らないまま、ここまで来てしまった。

 

 それだけの、話。

 

「…………ふーっ」

 

 こういう事は、“先生”のするべき話だと。そう思っている。だが、“大人”の言うことを素直に聞き入れられる精神状況にあるなら、もとよりこんな事にはなっていない。

 

 今。この少女に手を差し伸べられるのは――。

 

「――解ったよ。しゃあねェ」

 

 タカツキの言葉に、ナギサが顔を上げた。

 

「様子を見るだけだ。俺は何もしないし、出来ない。……それでいいな」

 

 悪い癖だと。彼は自分の事を反省する。

 

 けれど、それは確かに。彼の――“自警団のタカツキ”の、本質でもあった。

 

「ありがとうございます……!」

「良かったじゃないか、ナギサ。まあ、私もこれで一つ肩の荷が下りたというところだが。……ミカの事。任せたよ、タカツキくん」

「だから、見てるだけだっての」

 

 

 

 ――こうして、タカツキはミレニアムへの編入を検討しているミカの様子を窺うため、ミレニアムへと足繁く通うことを余儀なくされたのだ。

 

 

 

「めんっっっっどくせェ………………」

「“あっはっはっはっ”」

 

 事情を知った上で、それでも大人は彼の苦労を笑う。“大した事ではない”とでも、言いたいように。

 

「“まあ。やれるだけの事をやってみるといいんじゃないかな”」

「大して何もできゃしねェよ」

「“それでも。……何もしないよりは、よほど良いからね”

「それで事態が悪化してもか?」

「“そんな事、生徒の君は気にしなくていいんだよ。その時は――”」

 

 ――電車が、目的地へと到達する旨のアナウンスが流れる。

 

「“――私が、責任を取ればいいからね”」

 

 完全に停車した電車の中で、大人はゆっくりと席を立った。

 

「“それじゃ、行こうか”」

「……そォだな」

 

 大人に連れられて、少年は席を立つ。

 

 ――今は、目指すべき場所へ向かう。それだけだ。

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