「あ!先生に吸血鬼さん!!」
「…………よォ。奇遇だな、アリス」
「“こんにちは、アリス”」
ミレニアムに到着した“先生”とタカツキは、彼らを呼び出した張本人、小塗マキのいるヴェリタスの部室へと向かっていた。
そんな最中、彼等はゲーム開発部の面々と遭遇する。
「
当然というか、自然というか、その一団にはミカの姿も有った。
「仕事だよタコ。俺はお前ほどヒマじゃない」
「へー。大変なんだねっ☆」
「そういうお前は暇そうで羨ましい限りだよ」
「まあねー。ティーパーティーの仕事も、……もう、縁がないし」
「…………そォかい」
一瞬の陰りを見せたミカに、タカツキは内心で仕事の原因について言及する欲求が出る。
が、そんな事をしてもミカを混乱させ、傷付けるだけだ。それは仕事の内容に反するし、なにより、タカツキ自身が望まない。
「何しに来たの?」
「ヴェリタスに呼ばれた」
「ふーん……。私たちとおんなじかな?」
「お前達もか?」
「うん。マキちゃんがなんだか面白そうなモノ見つけたから、見せてくれるんだって!ゲーム開発部としては、いいインスピレーションになるかもって事で、見せてもらいに行くんだー」
「ほーん。……で、お前は?」
「私?」
「お前は別にゲーム開発部ではねェだろ」
「そんな……!私だってゲーム開発部の一員なのに……!モモイちゃーん!バンプ君がいじめる〜」
自然と合流し、共にヴェリタスの部室へ向かうなかで、わざとらしくミカがモモイへと抱きついた。
「こらー!ウチの大事な大事なお嬢様になんてこというの!」
自分より背丈の大きなミカに抱きつかれながらも、両手を挙げて怒りをあらわにする少女――ゲーム開発部の一員である才羽モモイは、タカツキへと抗議する。
「そんなんだから吸血鬼さんはモテないんだよ!」
「そーだそーだ!もっと言ってやって!モモイお姉さん!」
「私達ゲーム開発部の仲間を傷つけるのは、この私が許さない!!」
「きゃー!モモイちゃんカッコいいー!」
自分を庇うようにして立つモモイに、後ろから抱きついているミカは彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、その髪がぐしゃぐしゃになっている。当然、そこには威厳も迫力も存在しない。
「すみません……うちの姉が……」
「いや……コッチこそスマン……」
きゃーきゃーと盛り上がるモモイとミカを見て、モモイの妹である才羽ミドリが、申し訳なさそうに頭を下げる。そして、それはタカツキも同じだった。
「いえ……!そんな、お姉ちゃんが調子者なのが全部悪いんです!……えっと、たか、つき……さん。ですよね?」
困ったように眉をハの字にしていたミドリに対し、タカツキは笑みを浮かべた。
「バンプでいい」
「えっ……?」
「一人だけ呼び方が違うってのも、慣れないだろ。……どうせ俺らは“同い年”なんだ」
戸惑いを見せるミドリに、タカツキは笑みを深めて、その上体を大きく下ろして、彼女と視線の高さを合わせた。
タカツキとミドリには、30cmを超える身長差がある。故に、ミドリはなんとなく彼に対して年上に接するような感覚を覚えてしまうが――。そもそも、タカツキの年齢はミドリやモモイと同じ、“15歳”なのだ。
不意な接近に、思わずミドリは息を呑んだ。普段なら、見上げる場所にあるはずの彼の顔が、目の前にある。
ところで。タカツキは良く“悪人面”と評されるが。しかしそれは彼の浮かべる表情とパーツの組み合わせによる所が大きい。
彼の鋭い眼光を秘めた切れ目が、今は優しげな笑みとともにミドリへ向けられる。悪辣で、攻撃的な物言いをよくするはずの少年が。ミドリには何故か優しい笑みを向けていた。
……まあ。タカツキからすれば、“我儘娘に振り回される側である”というミドリにはつよい親近感を覚えているので、そういう表情になるのだが。そんな事情はミドリにはカケラも分かるはずがない。
「仲良くやろーぜ。ミドリ」
「えっ……あっ……、はぃぃ……」
普段のタカツキが浮かべる、口元を釣り上げるようなニヒルな笑みではなく。柔らかく穏やかな、普段の大人びた彼の表情には似ても似つかぬ、同い年の少年らしい笑みに、思わずミドリの鼓動は高鳴った。
「うわ。後でスズミちゃんに言っちゃお」
「アリス、このスキルを知ってます!ニコポです!!」
「騙されちゃダメだよミドリ!こういう手合いの男の人は、……えっと。BRじゃなくて、AVでも無くて……」
「“DVの事かな?”」
「ヒデェ間違い方聞こえたぞ今」
「まあでもスカウトとか似合いそうだよ
「しばくぞ」
「も、もーーーーっ!!私とバンプさんは、別にそういうのじゃないから!!」
赤面しながら、ブンブンと手を振るミドリにその場の全員が笑い声を上げる。
今日も、ミレニアム・サイエンススクールは平和だった。
「いらっしゃい!先生!それに、アリスちゃん達も!一緒だったんだね!」
「“うん。そこで合流してね”」
タカツキ達がゲーム開発部と合流してから、そのままヴェリタスの部室へと向かい、その扉をくぐった彼らを歓迎したのは、彼らを呼び出した張本人の小塗マキだった。
壁一面に機材とモニターが敷き詰められた、薄暗い一室。それがヴェリタスの部室だ。
ヴェリタスは、ミレニアム・サイエンススクールが誇る天才ハッカー集団であり、その部室であるこの場所は、彼女達の“仕事”に最適化されている。
ところ狭しと配置された最新鋭の高性能PCと、彼女たちの生命線とも言えるエナジードリンクがこれでもかと言わんばかりに詰め込まれた冷蔵庫。(と、空き缶が山積みのゴミ箱。)
それが彼らの眼前に広がっていた。
「相変わらず不健康そうだな、ハレ」
「何もしなくても健康な吸血鬼に言われても、嫌味にしか聞こえないね……」
「俺は
「これは私のエネルギーそのものだからいいの」
そんな中、今まさに空き缶の山に新たな一石を投じようとしていた少女、小鈎ハレは、タカツキに恨めしそうな視線を向けてから、飲みきった缶をしっかりとゴミ箱に乗せた。
「ハレ先輩、例のブツは?」
好奇心を抑えきれないと言う様子のモモイに声をかけられたハレは、「ああ」と軽く相槌をすると――、奥から一つの鉄の塊を取り出した。
それは、丸い球体から、細いケーブルが数本ぶら下がったような物体であり。電源が入っていないのか、何も言わずそこに転がっていた。
無機物でありながら、どこか有機的な表現のなされた、面妖なデザインは、まるで深海に住む生物を思わせる。
およそ類似する類の機械を見たことがないソレは、この場にそぐわぬ妖しい存在感を放っていた。
そして、それを見て改めて部室をよく見れば――、同じ機械が合計5つ程、ヴェリタスの部室に転がっていた。
「――これらはすべて、ミレニアム学区の郊外で見つかった物です」
マキ、ハレに加え、この場にいるもう一人のヴェリタスの少女。音瀬コタマが、それらの機械を眺めながら言った。
「“ミレニアムの郊外?”」
「はい。コレは――」
それらの奇っ怪な機械へと、その場の殆どのメンバーの視線が集まっていた。
発見者であるヴェリタスの三人は、それらの機械の説明をする。数はこれだけではないこと、電源にあたるものが見当たらない事、そもそも、故障による機能停止なのか。
あーでもないこーでもないと話を進めているヴェリタスとゲーム開発部に先生を加えた面々から、一歩下がった場所でミカとタカツキは話に耳を傾ける。
「ねぇ。
「なんだ」
「なんだかちょっと、この前のオバケみたいなやつに似てない?」
「
「そういうんじゃなくてさ、なんか。こう……敵キャラです!みたいな」
話題の中心である場所から、少し離れた二人は、視線を彼女達へ向けたまま会話を続けていた。
「そうか?」
「えー。絶対似てると思うんだけどなぁ……。ねぇ、アリスちゃ――」
だから。
「――アリスちゃん?」
誰よりも早く。その少女の異変に気づいた。
アリスは、ふらふらと、茫然自失としているような足取りで。まるで、吸い寄せられるかのように、そのマシーンのうちの一機へと歩み寄る。
「アリス?」
その名を呼ぶ、ミカとタカツキの声が聞こえないのか。少女の足は、止まらない。
そして。
「――起動開始」
無機質なその声が。聞こえた。
鉄の骸が、眠りから目を覚ます。
「わわっ!なんで急に動くの!?コタマ先輩、何かした!?」
彼女の声に導かれ、物言わぬ兵は主を知る。
「マキ、違います。私は何も……」
「……気をつけて!何か様子がおかしい!」
五機の従者を従えながら、少女は虚ろな瞳で此方を眺める。
「コードネーム『AL-1S』起動完了」
「……何?」
「――プロトコル
その手に武器を構えた。
「“……!”」
「
誰よりも早く、ミカが吼えた。
「下がってろ!センセ!」
その声に応えるより早く、タカツキは守るべき“先生”の首元をつかみ、大きく後ろへ飛び退く。
そんな彼を追い越すように、ミカが前へと飛び込んだ。
「――Fire」
無機質な声とともに、“
「(避ければ先生が……!だったらッ!!)」
放たれた強力な閃光を前に、ミカは0.1秒にも満たぬ逡巡の後、その両手を交差し、射線の前に身体を突きだした。
炸裂、爆音、衝撃。
激しい光と音を撒き散らし、ヴェリタスの部室が爆ぜた。
迷いなくレールガンを放った“アリス”は、その銃口を降ろし、周囲を見渡す。
巻き上がった爆煙は、その攻撃の苛烈さを物語っていた。これほどの攻撃の直撃を受ければ、一介の生徒程度ひとたまりもないのは明白だった。
「……対象の沈黙を確認。引き続き脅威の排除を――」
「いったいなぁ。もう」
爆炎の中から聞こえた声に、“アリス”は警戒を強める。
次第に晴れていくなかで――ミカは確かにそこに立っていた。
「流石にちょっと手がしびれちゃったじゃん。本気で撃つなんて、酷いなぁ」
「……目標の脅威度判定を上方修正」
「目標だなんて。ロボゲーごっこのつもりかな?」
「言ってる場合か」
強烈な衝撃の影響で、ビリビリと痺れた感覚の残る両手をプラプラと振るミカの隣に、タカツキが並び立つ。
「先生は?」
「後だ。ほかのメンツの無事を確認しに行った」
「オッケ」
武器である拳銃を構えながら、タカツキは臨戦態勢を整える。少なくとも、今の“アリス”は、完全に此方へ敵意を向けていた。
「とりあえず、無力化最優先だね。どーする?」
「生憎。
「頼りにならないなぁ……。じゃ、アリスちゃんの方よろしく。怪我させたら、怒るからね」
従者を従え、再びレールガンへとエネルギーを充填し始めた“アリス”を前に、二人は息を整える。
この場において、“荒事”に慣れているのは二人だけ。ならば、これは互いの役割だと分かっていたから。
「――Fire」
再び、レールガンから閃光が迸る。
殆ど同時に、一歩、タカツキが前へと踏み込んだ。
「ふーー……ッッッッ!!」
深く、深く、息を吐くと同時に、銃を持たない左腕を前方へと突き出した。
瞬間、彼の体温が僅かに下がる。
衝突。
だが――、今回は、爆煙も轟音も伴わない。
「!?」
「力任せの神秘攻撃……。悪いが俺には通じねェ」
弾頭がエネルギーで融解し、ただの光弾と化すほどの超高密度の神秘射撃。本来であれば破壊を撒き散らすそのレールガンによる一撃は、しかし、タカツキにとってはほんの少し衝撃があるだけの一撃に過ぎない。
瞬間的に“神秘の零地点”を突破したタカツキは、弾丸の直撃とともにその神秘を即座に吸収し、己の身体の中へと飲み込んだ。
「攻撃の無力化を確認」
「悪いな“アリス”。
「脅威の優先度を変更……」
ニヤリと笑う吸血鬼に、“アリス”はプランを変更する。
神秘が効かないのであれば、物理的な火力で持って制圧に移るのみ。
彼女は、従えている五機の従者を吸血鬼へ差し向ける。しかし、彼女の敵は一人ではない。
「あなた達の敵は、コッチだよ☆」
嘲るようなその声とともに、ミカのSMGが火を吹いた。
軽い発砲音と共に放たれた弾丸は、鋭い貫通力を伴い、従者の鋼の装甲を真正面から貫き、穿つ。
並大抵の攻撃を弾くはずの装甲を、いとも容易く貫く火力は、まるで魔法の様だった。
「あっははッ!
「……戦術を変更」
放たれた弾丸のうち、ミカの狙いからそれた一機が彼女へ突撃を開始する。
わずかに残る腕の痺れが隙を生じ、
獲った。“アリス”がそう感じた次の瞬間。
「しょーがない、なあっ!」
最後の一機が、宙を舞った。
鋼の装甲はひしゃげ、砕けて、内部の部品が噴き出て飛び散る。
振り抜かれた
「全滅……!?」
「でかした!クソウィッチ!」
全ての障害が沈黙すると同時に、吸血鬼が宙を駆ける。
「――――!」
息を呑む間も与えず、吸血鬼は壁や天井を蹴って距離を詰め、“アリス”の背後へ回り込んだ。
振り向く隙すら与えずに、吸血鬼が“アリス”の首元を掴むと、彼女のヘイローが明滅する。
「コレは……」
「寝てろ」
急激に力が抜けていく感覚を最後に、“アリス”はその意識を失い、タカツキの身体に倒れ込んだ。
「アリスちゃん!無事!?」
「無事だよ。とりあえず寝かせただけだ」
「良かったぁ……」
「俺の心配はナシかよ」
「
「俺が言ってんのはテメェの無神経さだ」
レールガンの破壊力により、瓦礫まみれとなったヴェリタスの部室(と破壊により壁がなくなった、その前の廊下)の中で、ミカはタカツキに抱えられたアリスへと駆け寄った。
彼女は神秘を吸収された事で気を失い、今は静かに寝息を立てている。
「しかし。何だったんだコイツは」
何故、急にアリスが豹変し、自分達へ牙を剥いたのか。そして、それに応じるように起動した謎のドローン達。
それらが一体何を意味するのか。皆目見当のつかないタカツキは、まるで廃墟のようになった周囲を見渡していた。
何一つ、解決の鍵になるような要素は無く。悩んでいても仕方ないと判断したタカツキは、ひとまず“先生”との合流を優先しようと、その姿を探すために視線を彷徨わせ――。
「――お姉ちゃんが!!」
――ミドリの悲痛な叫びが。ミカとタカツキの耳に届いた。