――才羽モモイが倒れてから、二日間が経過した。
ヴェリタスの部室に、謎の機械が運び込まれ、それを見物しに来た“先生”とゲーム開発部。そして、タカツキとミカの前で、突然暴走を始めたアリスとその機械。
タカツキとミカの活躍により、その騒動は即座に鎮圧されたものの――その騒動の最中。瓦礫の下敷きとなったモモイは、全身に大きなダメージを受け、今もシャーレの医務室で眠り続けている。
そして、その事実を受け。騒動の中心である少女、天童アリスは、ただ一人、ゲーム開発部の部室に閉じ籠もっていた。
あの場にいた誰もがわかっている。あの時、あの行動は、アリスの本意ではなかったという事。だれも、アリスを責めるつもりはないという事を。
――ただ、“天童アリス”、一人を除いて。
そんな、彼女が閉じ籠もる部室の前に、一人の少女が静かに佇んでいた。
「…………アリスちゃん、大丈夫?」
少女――聖園ミカは、扉の向こうに居るであろうアリスへと声をかける。だが、いくら待ってもその声に返事はない。
戸惑いと、不安がミカの胸中を覆う。扉に手をかけようとして、その手が酷く重く感じた。
けれど、それでも。ミカは、部室の扉へ手をかける。
「入っても、いいかな」
返事はない。
「……入るね」
ミカは部室の扉を開く。
鍵は、かかっていなかった。
部室の中は薄暗く、閉め切られたカーテンのすき間から光が差し込む以外には、明かりの一つも灯っていない。
床に散らかるゲームソフトや雑誌の場所は。ヴェリタスに呼び出されたあの日から、一つも変わってはいなかった。
ただ一つ、違うところがあるとするなら。……そんな暗い部屋の中央で、アリスは一人。膝を抱えて座り込んでいた。
「……皆、心配してるよ?ご飯も食べてないって聞いてるし」
そんなアリスに、一歩ずつ、ゆっくりと近寄ってから、ミカは上半身を屈める。
「大丈夫だから。ね?……一緒にみんなの所、行こう?」
そう声をかけて、アリスのそばへと手を差し出す。一人で怖いなら、一緒に行こうと。そう示すように。
けれど、そんなミカの言葉を聞いてもなお、アリスはじっと膝を抱えたまま、動こうとはしなかった。
そうしてそのまま、しばらくの時間が過ぎる。
薄暗がりの部屋の中で、静寂だけが、そこにはあった。
「――アリスは」
ようやく、アリスが口を開いた。
「アリスは、行けません」
「…………」
彼女の口から出たのは、明確な“拒絶”の言葉。
ミカは、少しだけ悲しそうな顔をしてから、差し伸べていた手を引いた。
「どうして?」
「……アリスは。……アリスが…………、アリスが、モモイを……傷つけたからです」
「でも、それはアリスちゃんが望んでた事じゃ……無いんだよね」
「…………でも」
アリスは、その小さな体を自分で締め付けるようにして膝を強く抱きしめた。
「全部、全部。……アリスがやったことです」
「アリスちゃん……」
「どうして、こうなっているのか……アリスにも……わかりません」
アリスは、ポツポツと、自分の内側に残る後悔を零す。
「あの時……何かが……。まるで……アリスの知らない“セーブデータ”が、アリスの中にあるかのような……。アリスの身体が、反応しました。動きました」
――“身体が勝手に動いていた”。
それは、どれだけの恐怖だろうか。
「あの時、アリスが何をしたのか……何も、思い出せませんが……」
記憶もなく、意思もなく。きっと、暴走した“力”に。自分のあずかり知らぬ所で動いた“何か”が。この事態を引き起こした。
「それでも一つ。確かなのは……アリスが……アリスが――」
――たいせつなともだちを。きずつけた。
「アリスちゃん」
強く瞳を瞑り、怯えるようにして身体を締め付けるアリスの横に、ミカが同じようにして腰を下ろした。
「わかるよ。気持ち」
「そんな――」
同調の言葉に、アリスはハッと顔を上げて、ミカを見る。
そして。
「――私もおんなじだったから」
――悲しそうに嗤うミカの顔を見て、アリスは言葉を失った。
まるで、鏡を見ているようにも思えた。きっと、自分も同じ顔をしているのだと。アリスはそう、感じた。
「私もね。……大切な、大切な友達を。大怪我させちゃったこと、あるよ」
「……」
「アリスちゃんと違って。私が直接手を出した訳じゃ無いんだけどね。……まあでも、うん。アレは、間違い無く、私がやった事」
自らが導いた“アリウス”は、悪意でもってミカの善意を踏みにじり、彼女の友を傷つけた。
自分の“意思”ではなく、自分の“行動”で。
「ですが……」
「うん。……アリスちゃんはね、私のことをお姫様だーって。モモイちゃんも、本物のお嬢様だって。そう言ってくれるけど。……本当の私は、そんなにいい子じゃないんだよ」
「ミカ……」
「だからね。おんなじ、なんだ」
ミカとアリスは、同じように膝を抱えて、体を縮こませて、暗がりの部屋に座り込む。
「その人は……?」
「今はもう、元気だよ。前みたいに学校で、よく分からないこと言ってる。……確かに、よくケンカもしたし、ちょっと痛い目をみるぐらい。なんて思ってた事もあるから、私は、アリスちゃんよりも悪い子かも」
「そんな事ありません、ミカは!」
「ありがとう。でもね?……だってね、私は――」
「今、確かに“
ここには、
「…………」
「大切なんだよ?大事なんだよ?……でもね。だからね、怖くなっちゃった。……もしも二人が、心配してくれているとしても。私が居ることで二人が不幸になっちゃったらー。って」
「ミカ……」
「おんなじ。でしょ?」
己の胸の奥にしまい込んでいた、重い後悔と、暗い恐怖を語るミカは、貼り付けたような笑みを浮かべていた。
「どうすれば、よかったんだろうね。どうすれば、皆が笑っていられたのかな。……皆で仲良く、出来てたのかな」
「…………アリスは――」
「少なくとも、貴女が怪我をさせた。――それは逃れられない真実」
「誰……!?」
突如ときて聞こえた声に、ミカはすぐさま立ち上がり、振り返って部室の入り口へと視線を向けた。
「ミカさん……!」
「か、会長が……!」
いつ、部室へ来ていたのだろうか。入り口にはミドリとユズが立っており、一つの人影が、その背後より現れる。
「ああ、やはり――危惧していた通りになってしまったようね」
セミナーの所属を示す、黒いスーツを身にまとい、同じく黒い髪を長く伸ばした赤い瞳の女性。
ミカの知らない“誰か”がそこにいた。
「……あなた、誰なの?」
「はじめまして。貴女とこの様な形で挨拶をすることは本意ではなかったのだけれど……」
黒いスーツの女性は、ミカに軽く頭を下げてから、再び彼女の顔を見た。
「ミレニアム・サイエンススクールのセミナーで会長をしている、調月リオよ」
「セミナーの会長……?あぁ、あなたが」
先程までは、己の悩みと後悔に押しつぶされそうな、そんな弱々しい少女でしか無かったはずのミカは、その影も見せず、鋭い視線でリオを見つめていた。
「それで。そのカイチョー様が一体何の用事?」
「用事があるのは貴女にではないわ、
「へぇ……、知ってるんだ」
「各校の主要な人物の情報は調べさせて貰っているの。不快に思ったのなら謝罪するわ」
「過ぎたことでしょ?それに、“謝るつもりで調べてた”なら、どっちにしても同じじゃん。ね?」
「……そうね、話が通じる様で助かるわ」
ミカの鋭い視線をものともせず、リオは至って平生を保ちながら、その長い髪を軽く払った。
「単刀直入に言うわ。天童アリス……いいえ、“AL‐1S”を此方へ渡しなさい」
「……!」
「AL-1S……?」
「ええ。貴方達が“天童アリス”と呼ぶ、その個体の正式名称よ」
「はぁ?」
――天童アリスは、人間ではない。
彼女は元々、ミレニアム郊外の“廃墟”と呼ばれる、前時代の遺産と思われる物が無数に存在する区画で発見された“アンドロイド”だ。
限りなく人に近い肉体を持つ、だが、機械仕掛けの存在。“AL-1S”とは、そのボディを指す名前であり、今の“天童アリス”という名前は、モモイがその名を呼び間違えた事に起因する。
彼女がアンドロイドであるという事実は、彼女を発見したゲーム開発部と、その付き添いをしていた“先生”もよく知るところであり、同時に“それで終わった話”だった。
今、この瞬間までは。
「……聞かされていないのね」
「聞くも何も、アリスちゃんはアリスちゃんでしょ」
「いいえ。彼女の“天童アリス”という名前は、偽りのモノ。決して、あなた達のような“純粋な生徒”とは異なる存在よ」
「……どういう意味?」
事情を知らないミカが、部室の入り口からわずかに顔をのぞかせるユズへと視線を向けると、ユズは視線を落としたまま黙り込む。
そのまま、その隣に立つミドリへ視線を向けても――返事は、ない。
「簡単に言ってしまえば。貴方達が“友達”だと考えているソレは、……友達はおろか、人間ですらない。……もっと恐ろしいものよ」
「……!」
リオの言葉に、アリスが肩を震わせる。
「彼女の正体は、未知から侵略してくる、“
「名もなき神々の王女AL-1S」
「……あ、アリスは。……アリスには、理解、できません……」
「そうですよ!何を言っているんですか!?一方的に脳内の自己設定を話さないでください!」
それまで、入り口で様子をうかがっていただけのミドリは、リオへと一歩踏み出し、明確な怒りを彼女へ向けた。
「よく、お姉ちゃんがそうやって話してきたから分かるんです。勝手にアリスに設定を付与しないで」
「み、ミドリ……」
「……ごめんなさい。私の配慮が足りなかったわね」
――だが、リオはそんなミドリの言葉を聞いて、眉尻を下げてから言葉を続ける。
「もっと理解しやすいように、貴方達の好きな“ゲーム”に例えましょう。……つまり、“アリス”。あなたは――」
「――この世界を滅ぼす為に産まれた“魔王”なのよ」
「もういいよ。帰って」
心底呆れた様子のミカが、リオの言葉を一蹴する。
「……そうは行かないわ。私には、ソレを止める義務が――」
「だからさぁ。分かんないかな。そんな話ししてないんだよ」
「……どういう意味かしら?」
憎悪ではない、けれど、激しい苛立ちを湛えたミカの瞳が、リオへと向けられていた。
「そんな話には、“きょーみない”って言ってるの」
「これは興味の問題では無いわ。現に、貴方達は見たはずでしょう?“
「“私達は”ね」
「…………私も監視カメラでその映像は」
「だからさ。何でも自分が知ってる前提で都合押し付けてくるの、ウザいよ」
「……結論を話してちょうだい」
「“吸血鬼”がいるのに今更でしょ」
ミカにとって、“アリス”の身体に秘められた危険性や、勿論、彼女が本当に生徒かどうかなどは、関係がない。あるはずが無い。
そんなものは、とうの昔に“
「彼とアリスは違うわ」
「私とあなたが違うようにね」
「……水掛け論ね」
呆れたように溜息をつくリオに対し、ミカは銃に手をかける。
両者の意思も思惑も、完全な対立構造を描いていた。そして、互いが立場を譲れないのなら。……行き着く先は、一つだけだ。
「強硬手段に出るのは好ましくは無いけれど……、私には、皆を守る義務があるの」
「誰かを傷つけないと守れない、そんな義務なら、捨てちゃいなよ」
「私は愚かにはなれないわ。――ネル」
リオにその名を呼ばれ。部室の外から一人の少女が現れる。
C&C――セミナー、いや、“調月リオ”の直属たる役割を持つその組織を率いる長。コールサイン
「確かにそーだな」
「ネルちゃん……」
“ミレニアムの武闘派”であるC&Cが、ミレニアムの長たるリオに呼び出された。それが意味する所を理解できないミカではない。
ミカはネルと直接的に戦闘をしたことはない。だが、タカツキとのケンカを見ていた関係で、その実力の一端は理解している。
加減はできない。いざとなれば、“
そして、ネルはその手に持った銃を――リオへと向けた。
「テメェはもう十分愚かだぜ、リオ」
突きつけられた銃口に、リオは僅かに目を細めた。
「……どういうつもりかしら」
C&Cが、その直属の上司であるリオに銃を向ける。……それが一体、どんな意味を持つのか。この場にいる全員が理解していた。
それは当然、ネル本人も。
「ハッ!どうもこうもねぇ。昔っから気に食わねぇ指示はあったが……、何も知らねぇ相手を“誘拐しろ”だ?舐めてんじゃねぇぞ」
“自分の信念”。それが今のネルを突き動かしていた。
曲がったことはしない。筋は、通す。
たとえ過去、セミナーの為にゲーム開発部と対立した過去があろうとも。今の彼女にとって、ゲーム開発部は。“天童アリス”は――仲間と呼ぶに値する。
「つまり。……あなたも私を阻む。という事ね」
「残念だったな?」
「残念?……いいえ、
「……何?」
――ミレニアムの最高戦力であるネルが敵に回るという言葉の意味を、理解できないリオでは無い。
だが、リオにとって“ネルの裏切り”など、数ある想定パターンの一つに過ぎない。
「貴方は確かに優秀なエージェントではあったけど。衝動的な判断に身を任せて、私の指示を拒むという点は最後まで変わらないと思っていたわ」
「……何が言いてぇ」
「“対策済み”……ということよ」
瞬間。ネルの背後に人影が現れた。
「ッ!?」
「何――っ!?」
その場にいた誰もがその存在に気づかなかった。
「失礼します」
その場の緊張感にそぐわない丁寧な物言いとは裏腹に、ネルの背後を取った少女がネルの腕と首を縛り上げた。
「ガッ……テメェ!何モンだ!」
「……C&Cは元来、私直属の特殊精鋭部隊。であるなら。当然私が従えている彼女が何者なのか――予想はつくのではないかしら」
「なん……だと……!?」
――特徴的なメイド服に、近代的な装備をあしらったコスチュームの、金髪の少女は。ネルを縛り上げながら口を開いた。
「お初にお目にかかります。……私はC&Cの末席に名を連ねさせていただいております、コードサイン――04」
「
「はい。……飛鳥馬トキ、と申します。以後お見知りおきを」
会話をしながらも、拘束を解かんとネルは藻掻く。しかし、トキの拘束が緩む気配はない。
それどころか、首をギリギリと締め付ける力が増してゆく。
「……さて。話を続けましょうか」
リオが左手を上げると、部室の外を――窓の向こう側にも、だ――を、無人の機動兵器が取り囲んだ。
完全に包囲されたミカ逹は、その場を動く事ができない。
「人質なんて。……どっちが悪役かわかんない事するね」
「アタシは人質なんかじゃ――!」
「させません」
「チッ……!放しやがれ!C&Cだってんなら、アタシに従えよ!」
「私はリオ様直属ですので、その指示は受けられません」
――自分が“本気”を出せば、この状況とて一撃で打開をできるという事を、ミカは確信していた。
もし、リオがミカの“隠し玉”の事まで知っているのだとしたら、この程度の戦力で“話し合い”に臨むとは到底思えない。
だからこそ、ミカは一瞬の隙を伺いながら――。
「……どう、すればいいんですか?」
「――アリスちゃん!?」
「どうすれば……。アリスは、モモイを、ネル先輩を、ミカを……傷つけずに済みますか?」
沈黙を破ったのは、アリスのそんな震え声だった。
「アリスちゃん!ダメだよ、あんな酷いことを言う人の話を聞いたら!」
「でも……、でも。アリスが、また、もし。この前の時みたいになったら……」
「その時は何度だって私が止めてあげるから!きっと、ちゃんと解決する方法が見つかるまで、私達が――」
「でも!ずっとミカと一緒には……いられません!!」
「それは――」
「……あなたより、よほど現実が見えているようね」
アリスの言葉に、ミカは言葉を失い――、その隙を、リオは見逃さない。
「簡単な話よ、アリス。私には、あなたの問題を解決する用意があるわ。……貴方のヘイローを、破壊する用意がね」
「「「!?」」」
――ヘイローの破壊。それが意味する事を、……ミカは、誰よりも深く知っていた。
「そんなの――ッ!!」
「わかり……ました」
「アリスちゃん……!」
アリスとて、“ヘイローの破壊”が意味する事を知らぬ訳ではない。……だが、彼女にも、今の自分の抱える問題を解決する術は……他に浮かばなかった。
「ダメ、ダメだよ、そんなの――」
「――随分残酷なのね」
「何が……!」
リオの言葉を受け入れようとするアリスを止めるべく、その肩を掴んで説得しようとしたミカ。
そんな彼女へ、リオが少し瞳を細くしながら言葉をかける。
「“友を自ら傷つける痛み”は、貴方もよく知っている所だと思ったのだけれど」
「――――」
「……貴方は、その痛みを彼女にも強いるのね」
「……そん、な。つもり…じゃ……」
ミカの脳裏を、あの絶望が――地獄が駆け巡る。
苦しみと、重圧と、恐怖と、悲しみと。
狂ってしまうほどの――罪悪感。
いっそ、“魔女”として果ててしまいたいと。そう思う程の……絶望――。
「…………」
「理解してもらえたようで、何よりだわ。……さあ、アリス」
声が出ない。
足が、動かない。
静かに、アリスがリオの元へと行ってしまう。
――“ダメだ”と。彼女の心が叫んでいた。
だが、鎖のような重みが、泥のように絡みつき。ミカの体を縛り付ける。
――誰か。誰か……!
助けて――――
「そこを退きな……鉄くず共!!!」
荒々しい声と共に、数発の銃声が響いた。
原作のセリフ調べながら書くシーン……時間かかりますね!
大変お待たせしました、面目次第もございません……。
執筆のモチベーションが尽きたと言うよりは、書き方に詰まってしまった所で少しリフレッシュ期間を置いてたらあれよあれよと時間が過ぎておりまして、大変びっくりしております。
ミカ編のも大凡13話で完結する予定となりますので、今後も是非お付き合いいただければと思います。
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