「“トリニティの走る閃光弾”とは、コレまた随分な通り名があるじゃねぇの。結構有名なんだな、お前」
「名乗った覚えはありませんよ……。勝手に言われているんです」
「“トリニティの吸血鬼”とおんなじだな?」
「…………あなたの気持ちが少しわかりました」
タカツキとスズミは、気を失った不良達を縛り上げながらそんな会話を交わす。
「た、助かりました……なんとお礼をすればいいか」
「あー。いいっていいって。どうせ大したことはしてないし、な?」
「何であなたが……。ですが、彼の言うとおりです。私達はただ、すべきと思ったことをしただけですから」
頭を下げる、毛深い見た目の男にタカツキとスズミは礼は不要と首を振る。その言葉に偽りはないし、どうせ礼を貰った所で持て余すのが関の山だった。
何より。こうしているだけでスズミの目的、ひいてはタカツキのすべき事は達成できているのだから。
「コレに着替えてください」
数時間前。タカツキの待つ廃教会へと訪れたスズミが、そんな言葉とともに一つの紙袋を彼へと差し出した。
「服?」
「ええ。その格好のまま外に出るわけにも行きませんから」
「出る?俺が、外に?」
何を言っているんだと言わんばかりの表情でスズミを見るタカツキだったが、スズミは凛とした表情のまま紙袋を突き出したまま、タカツキの目を静かに見つめていた。
冗談。と言うわけではないらしい。
渋々とスズミから紙袋を受け取り、その中を覗き込む。そこには、新品のジャージが入っていた。
「……俺を外に連れ出して、一体何をさせるつもりなんだ。襲撃を続ける理由もなくなった以上、俺の顔が割れようが問題は無いし、服もまあ、コレなら悪目立ち……はするだろうけど。少なくとも補導はされずに済みそうだが」
「何をさせるか。と聞かれれば、仕事と答えるのが最も相応しいかもしれませんね」
仕事。その表現を聞いたタカツキは目を丸くして、不満そうな視線を手元のジャージへ向けてから、もう一度抗議の意を込めてスズミの表情を伺った。
「俺はニートじゃねぇぞ。働けねぇだけだ」
「ニートの言い草じゃないですか」
ぐぅの音も出なかった。
服をジャージへと着替えたタカツキを連れたスズミは、そのままトリニティ自治区の外苑区を歩き始めた。
うら若き男女が、放課後に連れ添って歩くという光景は、やはり色恋を想起させ、所謂“デート”というものが最初に思いつくはずなのだが。この二人の様相はそんなものからはかけ離れていた。
「
「以前にも話した通り、近頃のトリニティ自治区は治安悪化の一途を辿っています。違法な銃器の流通も増えている様子で……、多い日は1日で10人以上の暴徒を鎮圧する必要がある日もありますから」
「……襲撃してた俺が言うのもアレだが、そりゃ俺への対応が後回しになる訳だな」
「妙な言い方にはなりますが、比較的善良な暴徒でしたからね」
首からヘッドフォンをかけたまま、両手に愛銃の“セーフティ”を備えたスズミは、共に歩くタカツキへとそんなふうに自警団事情を話していた。
“自警団”は、ただ街の治安を憂いる同志たちが集まり、互いに協力し合うだけのコミュニティである。それ故に個々のメンバー同士のつながりはさして強くはない。顔や名前を覚えていて、便利だからと連絡先の交換と、互いのパトロールのスケジュールの相談程度はしていても、私生活で何をしているか話す機会はそう多くは無かった。
となれば当然、タカツキが勝手にこの活動を支援、もしくは参加した所で、さしたる問題は起こり得ない。
そこでスズミは、自身が“神秘”を差し出す対価として、タカツキに自分の自警団活動の支援を依頼することにしたのだ。
いくら生きるためとは言え無償で他者から何かを与えられる様な環境が健全とは言い難い。それに、タカツキは日中やることもなく暇を持て余しているようだったし、何より。彼の“正義感”は、キヴォトスに生きる若者にしては強く、自分、ひいては自警団に通ずるところがあると、スズミ自身が感じていたからである。
「パトロールは良いけどよ。実際に暴徒が出たらどうするつもりなんだ?」
「当然無力化します」
「俺は?連携なんて取ったことねぇぞ」
「安心してください。私も普段のパトロールは単独ですから、連携の経験はありません」
「安心できる要素の欠片もねぇよ」
そもそも、自警団は戦闘に長けた組織でもなければ、真っ当な訓練を行っているわけでもない。スズミ自身も、その戦闘スタイルは特段奇抜なものでは無いものの、洗練された訓練の結果と言うよりは、普段の戦闘の中で磨き上げられた結果に過ぎない。
故に。どのみちどう転ぶかなどわからない、戦闘のセオリーは存在しなかった。
規則も、制約も、定石もない。ただ、自由に、己のやり方で結果を求める。それが、“自警団”だ。
「なるべく被害を出さずに、迅速かつ的確に、危険因子の無力化ができれば方法は問いません」
「無茶苦茶言ってんなぁ」
「当然、“被害を抑える”のには鎮圧対象も含まれます。私達の行為は闘争ではありません、制圧です。不要な傷害は避けてください」
「治安維持って言うなら、不穏因子を徹底的に排除する、同じ過ちを繰り返さん様キツくしたりしなくて良いのか?」
「彼女達も“守るべき市民”です」
己の問いに即座に答えを返したスズミに、タカツキは目を丸くし、浮かべていた軽薄な笑みを止め、思わず足を止める。
「……やはり。不自然、でしょうか」
突然足を止めたタカツキに、スズミは足を止めて振り返る。
「そうだな。マトモじゃない。綺麗事だ」
そんなスズミに、タカツキは目を閉じてから静かに首を横に振り、ゆっくりと歩き出す。
「だが。その答えには賛同できる、べつに、暴徒だからって倒すべき“敵”って訳じゃねぇからな」
“戦わなければならない”と、“傷つけたくない”を。相反する二つの想いを、それでも掲げるその在り方に。タカツキは――。
「マトモじゃないのは、お互い様だ」
嫌味な言葉を言いながら、彼は確かに。彼女へ笑っていた。
「……貴方も、不器用ですね」
スズミは、そんなタカツキの言葉に、どことなくシンパシーを感じながら。頬を緩めて呟いた。
「だ!誰か助けてくれー!!」
男の声が、街に響いた。
「タカツキさん」
「わかったよ、行くぞ」
2人は、即座に緩んでいた表情を引き締め、声のした方へと駆け出す。
閑散とした石畳の道を、少年と少女は駆けて行く。迷いなく、助けを求める声の聞こえた方へと。
「おらおら!とっとと出すもん全部出せよぉ!」
「抵抗しないほうが見の為だぜぇ?どうせどのみち身包み全部貰ってくのはおんなじだからなぁ!」
「ひ、ヒィィ!?お願いです!こ、コレは仕事の大切な商品なんです……!」
視界の先で、一人の男が二人の不良生徒に囲まれていた。大型のガトリングを持つ生徒が一人と、一般的なSMGを持つ生徒が一人。塀を背にした男に逃げ場はない様子だった。
「タカツキさん、武器は」
「俺は襤褸切れを服と言い張る生活をしてた男だ」
「……そうでしたね。では、相手の視線を集めてください。私が足を止めます」
対象はまだ二人に気づいていない。スズミは状況を素早く判断すると、タカツキへと指示を出しながら、懐から閃光弾を取り出した。
「止めた後はどうする」
「閃光弾で出来るのは時間稼ぎです。被害者を連れて逃げるのは、追撃を防げません。……そのままタカツキさんは、被害者を連れてこの場を離れてください。彼女達は私が無力化します」
「“無力化”、ね」
タカツキは自分が食らった戦法を思い出す。不意をついた閃光弾で動きを止めてからの、拘束を目的とした接近。だが、それはタイマンだからこそできた技だ。
スズミが銃の引き金を引くことに迷いが無いということはその身で受けて重々承知だった。だが、彼女の言う“守るべき市民”という言葉がタカツキの頭をよぎる。
――――それは、優しい力じゃないですか。
少年は、自分の掌を一度、まじまじと見つめてから握り拳を作った。
忌まわしいこの身体を、彼女は確かにそう言った。
「足を止めたら俺に任せろ。銃は必要ない」
「それは、どういう――」
「行くぞ」
距離はもう、目と鼻の先だった。タカツキは一歩、強く地面を蹴った。
宙へと持ち上げられた彼の身体は、さらに近場の消火栓を踏み台にして、レンガの壁へと飛び上がる。
「なんだ?」
不良の一人が、タカツキの足音に気づいて振り返る。
瞬間。彼女は、壁を駆ける人の形をした影を見た。
少女は、その光景を受け入れるより先に、己の眼を疑った。
タカツキが壁を蹴るのは、二か三程度。その軽快な動きにジャージが靡く。それは、まるで羽のように見えた。
「悪いね」
だんッ!ひときわ大きく、タカツキが壁を蹴って、不良たちに囲まれた男の首元を掴んで飛び上がった。
「はぁっ!?」
まるで獣のように街を飛び跳ねる“カイブツ”に、思わず二人の視線が少年へと集まる。
「今だ!!」
少年が声を上げる。確かに、スズミの指示は果たされていた。
「めちゃくちゃします……ねっ!!」
意図を汲み取ったスズミは、即座に己の閃光弾を前方へと投げ飛ばす。眼の前の不良生徒を飛び越えて、タカツキの背に届かぬ程度の、普段よりは少し長いその距離はスズミには慣れない距離だった。
だが、それができない理由にはならない。
閃光が走り。破裂音が響く。
「ぐっ……目がぁ……っ!?」
「せ、閃光弾……!?一体、どこから!!」
背を向けるようにして不良を飛び越していたタカツキは、閃光に目を潰されること無く、うめき声を上げる不良二人へ踵を返す。
掴んでいた男の首元から手を離し、両手を大きく広げ、タカツキは再び地面を強く蹴った。
「ガッ!?」「むぐっ!?」
「そのまま眠りな」
不良生徒の中央を通り抜けるようにしながら、すれ違いざまにタカツキは彼女達の顔面を両手で掴む。
タカツキの大きな身体に見合うだけのその手のひらは、少女の顔の半分程度を覆うのには十分な大きさがあり。突然掴まれた、後ろへと力を込めて押し込まれた事でバランスを崩した2人は、そのまま背中の方へと倒れ込む。
ダンッ!と大きく二人の体がタカツキの手によって叩きつけられた。
直後、一瞬痛みで硬直した二人の体は、しかしすぐさま力を失い、ダラリとその場に倒れ込んだ。
「す、すごい……!一瞬で二人の意識を奪うなんて……!」
そんなタカツキの体術を見て、救われた男は感嘆の声を上げる。一瞬のうちに、武器も使わず二人の人間の意識を奪う体術は、まさに達人のそれに見えたのだろう。
だが。真実は違う。
「(――神秘を吸収しましたね)」
タカツキの神秘吸収を受けた事があるスズミは、その真実に気づいていた。
ただ打撃を加えるのではなく、タカツキが彼女らの顔を素手で鷲掴みにした理由。それはスズミの憶測通り、彼女達から神秘を吸収するためだった。
タカツキの神秘吸収を成立させる為には、肉体の直接接触が必要であり、それは服を一枚隔てるだけでも成立しない。そして、一般的には頭部、特に顔面は特殊な装備をしていない限り素肌を晒している事が多い。
故に、タカツキは神秘吸収を試みる際に最も頻繁にターゲットとするのが“顔面への直接接触”だった。
よくもまあそれを“体術”に見せかけようと思いつくものだ。等と、呆れ半分、感心半分の表情でスズミはタカツキを見る。
そんな視線に気づいたタカツキは、顔を上げて静かに立ち上がった。
「打撲ぐらいは許せよ。銃弾よりはマシだろ」
その言葉を聞いて、スズミは大きく目を見開いてから――ため息混じりの笑顔を浮かべる。
「本当に、変に律儀な人ですね。あなたは」
スズミは、自分の言葉にニヤリと口元を歪めて笑う男の、不器用な思いやりに心底呆れていた。
こんな優しい“バケモノ”が、居るわけがない。
“他人の神秘を喰らわねば生きられない”。そんな業を背負うには、あまりに優しすぎる少年。
自分が結んだ奇妙な縁に、言葉にならない曖昧なもやもやを感じながら、スズミは静かに構えていた銃口を下ろす。
「今の閃光弾……その自警団のバッジ!もしかしてあなたは……“トリニティの走る閃光弾”……!?」
ピクリ。とスズミの肩が震えた。
タカツキは、スズミの顔が一瞬引きつるのを目視してから、声がした方を確認する。そこには、今しがた自分たちが救出した男が、輝くような瞳でこちらを見ている姿があった。
そんな視線の先を、改めて追うようにして視線を前へと戻してゆく。
そこには、少し恥ずかしそうに、決まりが悪そうに額に手を当てて溜め息をつくスズミの姿が、確かにあった。
そうして、時は冒頭へと至る。
不良をひとまず縛り上げ、道の端に座らせたスズミとタカツキは、助けた男の感謝の声を背中に受けながら、再びパトロールへと戻った。
その後も、スズミの通り名に関してや、彼女の騒がしい後輩自警団員の話。タカツキの廃教会に咲く花の話など、他愛のない話しをしながらパトロールを続けていたが。幸い、今日の荒事は先の一件だけであった。
日が傾き、夜の帳が空を覆い始めた頃。二人は出発点であるタカツキの拠点へと戻っていた。
「今日は助かりました。まさか、初日から荒事になるとは思いませんでしたが……」
「ボーっと呆けたままぶらぶら歩くだけになるよかマシだったと思うがな。いや、もっと言うならそもそも“パトロール”なんてもんが必要ないのが一番なんだが」
「それはご尤もです」
タカツキのどこか遠いところを見るようなボヤキに、スズミは小さく笑みをこぼしながら同意を返した。
「どうでしたか、パトロールは」
「ん?ああ」
タカツキは腕を組み、わずかに目尻を下げながらスズミの問いに答える。
「悪くない。……誰かに後ろ指さされるような事するよりも。誰かに感謝されるほうが余程気分もいいもんだ」
少なくとも、何もできずに薄暗い教会の地下室で体を磨くより。食事に備え、ただひたすらに体力を温存する目的の睡眠を貪るよりも。建設的で、健康的で、健全だった。
「“トリニティの吸血鬼”と“トリニティの走る閃光弾”のコンビがパトロールなんて。その絵面は笑いもんだがな?」
「やめてください。貴方も私も、その呼ばれ方は望んでいないでしょう」
「悪い悪い。冗談だよ」
タカツキの冗談に、スズミは眉間にシワを寄せ、そんな彼女にタカツキは笑って謝罪をする。
そんなやり取りは、なんてことの無い、普通の友達同士のやり取りのようで。スズミは少し、安堵していた。
誰かを更生させるなど、誰かの生き方を変えるなど、そんな大層なことを出来る自信も、確信も、スズミには無かった。
けれど、この少年の、眼の前の彼が腐っていくのを見ていられなくて。彼の優しさの片鱗から得た直感を、ただ、自分にできることを一歩踏み出して。そして、それが少なからず意味のある行為であったことに、何よりも安堵した。
「では、私は今日はここで失礼しますね」
「おう。気をつけて帰れよ」
二人は別れの挨拶をして。
スズミは、一歩踏み出してから振り返り。少しだけ逡巡するような、戸惑うような仕草をしながら、おずおずと、小さく右手を上げた。
「…………また、明日」
小さい声で、照れくさそうに。その手は静かに、タカツキへと振られていて。
タカツキはそんな彼女を見て、組んでいた腕をほどいて、同じ様に右手を上げる。
「ああ。また明日」
再会の約束をして。一人の少女を見送った。