Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.12 帰るべき場所

 

「おえぇ……っ……う……ぐ……ふぅ……あ゙ぁ゙……」

「“た、タカツキくん、本当に大丈夫……?”」

「クソが……!コレが大丈夫な訳あるか……!チイッ……!最悪だ……!気分が悪い……!おェ……ッ……」

 

 胃の中にあった物の全てを吐き出してなお吐き気の収まらないタカツキは、ベチャベチャと胃液を吐き出しながら右手で頭を押さえていた。

 ただでさえ普段からの物を食わない体質と生活をしている彼だ。当然、“胃の中の物を出す”等という行為は輪をかけて不慣れな行為であり、口のなかに広がる最悪の味に顔を強く顰める。

 

「二度と……二度とやるか……!こんなモン……!吐き気を堪えながら戦う経験なんざしたくなかった……!」

 

 ドン。と左腕を強く地面にたたきつけると、吐き出した胃液がビチャリと跳ねる。だが、それを気にできる余裕は今のタカツキには存在しない。

 

 ――不敵に笑い、無口に見えた戦闘中のタカツキは、単に今にも口から溢れ出しそうな“ナニか”を必死に堪えて痩せ我慢をしていただけだったらしい。

 

「うげぇぇぇ…………あ、甘ったるい上に重すぎる……!こんな神秘の味は初めてだ……!クソが!!まだ胸焼けが収まらん……頭も痛い……!」

 

 タカツキの神秘の吸収は胃によって行われるものではない。しかし、ミカの神秘を吸収したタカツキは腹の上辺りをジクジクと支配する重く、熱く、甘い感覚に苦言を呈し続ける。

 もう殆どその力は使い切った筈だと言うのに未だに身体に残る感覚は“聖園ミカ”という少女の持つ神秘の異質さを物語っていた。

 

「ひっどーい。さすがにそれは傷ついちゃうなー」

 

 うずくまるタカツキと、苦笑いを浮かべながら彼の背中をさする先生へ向けてそんな声がかかる。

 先生がその声に視線を向けると――。

 

「“ミカ!無事だったんだね”」

「よゆーだよ。センセ。……ま、バンプ君はへなへなみたいだけどね?」

「誰の……!せいだ……!」

「まーったく。ホントにね。……()()()()()で勝てたんだっけ?」

 

 ニヤニヤと笑うミカの顔を見て、タカツキは強く歯を食いしばり、怒りに任せて地面を強く拳で叩く。当然、そんな姿を見たミカはその顔に浮かべた笑みをさらに大きく深いものへと変える。

 

「ほらほらほらほら、私に〜言うべきことが〜あるんじゃ無いかな〜♪」

「このッ……!」

「“ま、まあまあ……二人も落ち着いて……”」

 

 煽るミカと屈辱に顔を歪めるタカツキの二人を先生が諌め、仕方なしに矛を収めるのだった。

 

 

 


 

 

 

 タカツキの“Ωメテオーラ”の直撃を受けたアリスの肉体は、その光景とは裏腹に物理的な損耗はさほど大きく無かった。

 高濃度に圧縮された神秘の奔流である“Ωメテオーラ”は膨大なエネルギーを持つ一方で、“神秘を持つ対象”に対してはその神秘を極端に削り飛ばす攻撃として機能する。

 それはタカツキが攻撃の際に無意識に行ったコントロールに依るものであるが――この際、その点は重要ではない。

 とにかく。気絶したアリスを保護した“先生”はヒマリの指示の元、エリドゥのコントロールタワーへと向かった。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 全員が揃った所で、迷わずそう切り出したのはモモイだった、

 

「K……けー…………ケイを倒したのはいいけど、でも、それでアリスが帰ってきた訳じゃ無いんだよね……?」

「お姉ちゃん、ケイじゃなくて“Key”だよ……」

「こ、細かいことはいいでしょ!今はアリスの事だよ!」

「まあ……それはそうだけど……」

 

 モモイの発言が話題転換であることはその場の誰にとっても明らかであったが、しかし彼女の上げた命題はこの場において全てを差し置いた最重要事項であることも確かだった。

 

「モモイの言う通りです。今のKeyは意識を失っていますが、それはあくまでも一時的なものでしょう。……彼女のなかで深い眠りについてしまった封印されし勇者(アリスの人格)を起こさなければなりません」

「それじゃ“勇者”って言うより“眠り姫”だな」

 

 ヒマリの発言にため息をついたのはネルだった。彼女の言う通り、今のアリスは勇者と呼べる状態では無い。……そして、だからこそ。彼女を再び“勇者”へと戻すための儀式が必要なのだ。

 

「“何か方法はないの?”」

 

 先生の問いかけにヒマリは静かに頷くと、リオへと視線を向けた。

 

「このコントロールタワー。ダイブ設備ぐらいありますよね?」

「当然用意はあるけれど……まさか」

「ええ。その“まさか”です」

 

 ――アンドロイドであるアリスの電脳の中へダイブし、その奥底に眠る“天童アリス”の人格を呼び覚ます。

 

 それが明星ヒマリの策であり、唯一彼らに残された“天童アリス”を取り戻す手段だった。

 

「ダメよ、危険すぎるわ」

 

 しかし、リオはその提案を否定する。それは当然の事でもあった。

 “AL-1S”の電脳へダイブするということは、それは文字通り“Divi:Sion”の本陣へと生身で飛び込む事に相違ない。それが一体どれほどの危険を秘めている行為なのか、想像に難くない。

 だが、それでも。“天童アリス”を助け出す方法は現状この一つしかない。

 

 ならば――彼女の答えは、決まっていた。

 

「それでも私……行くよ!」

 

 リオの警告を聞いてなお、少女――才羽モモイが声を上げた。迷いのない、はっきりとした声を。

 

「貴女、それがどれだけ危険な事か――」

「でも、そうじゃないとアリスちゃんは帰ってこれないなら……私たちが迎えに行かないと!」

 

 モモイの言葉にリオは言いかけた先の言葉を飲み込んだ。確率だとか、リスクだとか。そんな話ではなく、とてつもなくシンプルで単純な理由。

 

「わ、私も行きます!」

「私も……!」

 

 モモイの決意に引かれるようにして、ミドリとユズが決意を固めて声を上げる。……“ミレニアムのビッグシスター”であるリオにとって、その光景は背筋が凍りつくものでもあった。

 “ミレニアムの生徒を守らなければならない”。

 それがリオにとっての最大の責任であり、成すべきことである。である以上、彼女達の意思を無視してでも止めるべきであると、リオは声を上げようとし……「“大丈夫”」という、先生の声に止められた。

 

「“私も一緒に行くよ”」

「それがどうして安心につながるというの……!?」

「“みんなに何かあっても、私がちゃんとついているから”」

「けれど、もしそれで先生までもが危険に晒されれば――」

「“でも、リオとヒマリが見ていてくれるんでしょ?”」

 

 彼の視線を向けられて、ヒマリは自慢げにその胸を張り、リオは思わず後ずさる。

 

「“外で何かあったときは……よろしくね”」

「お任せください、先生。私が必ずや先生方を安全にアリスの元へお届け致します」

「“うん、お願い”」

「ヒマリ……!」

「……申し訳ありません、先生。リオはどうにも自信が無いようなので、私一人でのエスコートになってしまう様です」

「なっ……」

「“そっか……それは、少し不安かな”」

 

 ――それがわざとらしい演技であることは、その場の誰にとっても見て取れた。

 不安そうに、残念そうにリオへと向けられた二対の視線は、彼女に暗に“この場での最善”を悟らせる。

 

 どのみち止めることが出来ないのなら――全力でその手段を支えるのが最善である、と。

 

「……システムの復旧はもうすぐ完了するわ、ダイブはそれまで待ってちょうだい」

「“……!ありがとう、リオ!”」

「止めても聞かないのでしょう?」

 

 観念した様子で先生に苦言を呈すリオに対して、ヒマリと“先生”は笑顔を返すばかりだった。

 

 

 

 ――こうして、“勇者”を迎えに行くための電脳世界での冒険が始まろうとしていた。

 

 

 

「……いいなぁ」

 

 そんな光景を部屋の片隅でしゃがみ込み、ぼんやり眺めていた魔女がポツリと呟いた。

 

「何が」

 

 魔女の隣。ボロボロの姿で座り込み、壁にもたれかかる吸血鬼が問いかけた。

 

「別に……。ちょっと羨ましくなっちゃっただけ」

「だったら混ざって来りゃいいだろ。俺は子守が必要なガキじゃねェよ」

「別にバンプくんはどうでもいいけど。私はあそこに混ざれないよ」

 

 魔女はその場に腰を下ろして、膝を両手で抱え込む。

 

「あそこのみんなは、勇者とその仲間たち。だけど私は……、わるーい魔女。混ざれるわけが無いじゃんね」

 

 諦めたように、悟ったような口ぶりで。しかし、その声音は何処か沈んだ様子で呟いた。

 

「私にも、あんな仲間が欲しかったなぁ」

 

 ――光のなかで、お伽噺はクライマックスを迎える。

 

 魔王に落ちた勇者を迎える、闇へ挑む仲間たちの手によって、勇者は再び光の中へと帰り着く。

 

 

 

 それは、その光景は。

 

 

 

「私は――」

 

 

 

 ――“魔女”に堕ち()るしか無かったのに。

 

 

 

「バカかテメェ」

「は?」

 

 直球の罵倒に、少女は怒りの視線を少年へと向ける。

 

「ド遠視が過ぎんだよ。老眼かテメェは」

「一回痛い目見たいみたいだね」

「ボケてるテメェを見てるこっちが痛々しいって言ってんだよ」

 

 拳を握り、怒りの形相でそれを振り上げる少女に、しかし少年は呆れた様子で首を横に振っていた。

 

「なんで羨ましいんだよ」

「……話、聞いてた?」

「聞いてんのはコッチだアホタレ」

「…………」

 

 少年の物言いに頭にくる物はあるが、ここで殴った所で何も解決しないと言うことぐらいは少女にも分かる。仕方なく、ここは自分がオトナになろうと言葉を飲み込んで、彼の問いの答えを探す。……とはいえ、もうすでに口にしていたのだが。

 

「……それは、私が“魔女”だから――」

「“友達”がいないってか?“魔女”だから」

「そうだよ。だって、私は――」

「お前の名前は“魔女”じゃねぇだろ」

 

 少年の言葉に、少女は言葉を失った。

 

「……え?」

「言ってみろよ。お前の名前を、……お前は一体。誰なんだよ」

「……私の、“名前”……?」

 

 知らないはずが無い。分からないはずがない。けれど、目の前の少年は、少女へその名を問いかけた。

 

「私は……、ミカ。聖園ミカ、だよ」

「おー。そうだな、お前は確かに“聖園ミカ”だ。“クソウィッチ”なんて名前じゃねェな」

「でも、それが――」

「奇遇なもんだな。俺もとある奴から頼まれてんだ」

 

 少年はミカから視線を逸らして、言葉を被せて嘯くように話を続ける。

 

「心配だから、“聖園ミカ”の様子を見守ってくれってな」

「――それって」

「高貴な方からのたってのお願いだ。ソイツが誰かってのは、言えねぇな」

 

 少年はニヤリと笑う。

 

「なんせ、“個人的な友達の件”だ。恥ずかしいから聞かれたくないんだと、さ?」

「………………」

「顔ぐらい見せてやれよ。……心配してるぜ、“聖園ミカのお友達”が」

 

 ガタつく身体に鞭を打ち、少年は――吸血鬼は立ち上がる。

 

「俺は先に帰る。後、上手いこと伝えといてくれ」

「ちょ、ちょっと……!」

「じゃあな、“ミカ”」

 

 今にも倒れそうになりながら、ふらつきを隠せないゆっくりとした足取りで彼は影の中へと消えてゆく。

 そんな吸血鬼の背中へミカは手を伸ばして立ち上り――、背後の歓声に振り返る。

 

 

 

 そこでは、勇者が光のなかで目を覚ます光景が、彼女を温かく迎える仲間たちの姿が――広がっていた。

 

 

 

 

 

『……はい、もしもし?珍しいですね、アナタから私に電話なんて。……え?疲れたから少し元気を……?……ふふっ。……あなたから甘えてくれる事は殆どありませんから、少し嬉しくて』

 

『はい、大丈夫です。水を用意して待っていますね』

 

『――タカツキ』

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