「お前、友達少ないよな」
それは、ある日のタカツキがスズミを評して出た言葉だった。
それは当然、タカツキに彼女を傷つける悪意があったわけでも、別にスズミに友達が皆無という話でもないし、彼女がそれでボッチをこじらせているという話もない。
単に、守月スズミという少女の至上命題は“手の届く範囲の人々の平和な生活”という話だ。言ってしまえばそれは“自警団としての役割を果たす活動”と言うことにもなる。
とは言え、彼女もプライベートの全てをパトロールに費やしている。という訳ではない。
彼女にだって休日はあるし、お気に入りのカフェや、行きつけのCDショップなど。人並み……と言うにはいくらか少ないかもしれないが、相応に趣味の時間というものはある。
しかし。彼女と、彼女の通う学校で過ごすのは、華のティーンエイジャーの少女たちなのだ。正義実現委員会だとか、救護騎士団だとか、ティーパーティーやシスターフッドのような組織に所属している生徒達とてそれは例外ではない。
放課後は友達とショッピングやティータイム、ゲームセンターやカラオケなど、遊びに行くのが普通な話で、多少の予定都合があろうと、誰かを誘って遊びに行くのはよくある話だ。部活が忙しいのだとしても、部活で共に行動する仲間がいれば自然と親睦は深まり、休日に遊びに繰り出すのも当然と言える。
だが。スズミはそうではない。
スズミの行うパトロール、自警団活動の頻度はかなり高い。本人は「毎日ではない」とは言うが、その頻度は“毎日”と言っても差し支えはなく、必然、彼女は遊びに誘われても応じることはほとんど無い。
加えて、彼女の所属する組織は正式に認可のされていない“自警団”だ。当然、メンバーが自然と集まる部室があるわけでもなく、集会もどきがあろうと、それの参加は任意の自由参加だ。
更に、スズミの戦闘スタイルは自警団の中でも特異であり、多くの自警団の掲げる“悪の征伐”を良しとせず、暴徒である不良生徒もなるべく被害を抑えた制圧を目的としている。自分の目指す所が他者とは異なることを自覚しており、他者の掲げる“正義”も認めるべきところと考えているスズミにとって、無理な共闘はお互いの望むべくところではないとして、結果。彼女は進んで単独でのパトロールを行う。
となれば自然と、守月スズミはその学校生活において、誰かとともに過ごす時間が圧倒的に少なくなり、必然的に周囲のコミュニティの輪に取り残される。
そう。
ボッチなのだ。本人は欠片も気にしていないが。
だが、そんなスズミにも“縁”は存在している。それは、例えば――。
「今日も元気にパトロール、頑張りますよぉ〜!」
己を鼓舞する言葉を口にしながら、力一杯に両手を天へと突き出す少女がいた。彼女の突然の大声に、周囲を偶然通りかかった一人の生徒が驚いて肩をすくめてから、奇特な物を見るような視線を彼女に向けてから早足で去ってゆく。
少女の名前は、宇沢レイサ。スズミと同じく自警団としての活動を行う、自称“正義の代行者”(気分によって名前は変わる)である。
彼女は、守月スズミの数少ない関係者だ。“友達”ではなく、“関係者”であるのには、二人が自警団に所属していることが大きく関わっている。
“トリニティの走る閃光弾”。それは、守月スズミの異名である。
自警団において、スズミの戦闘力は上から数えたほうが早い。特に、“暴徒を素早く鎮圧する”手際においては、自警団の中でも一二を争うほどであり、その活躍は他の自警団員にとってのあこがれの的となることもある。
宇沢レイサも、スズミを尊敬する自警団員の一人であり、度々彼女へ情報を提供する事もある関係だった。
凛とした表情と立ち居振る舞いで、素早く、正確に敵戦力を無力化していくスズミの姿は、研ぎ澄まされた刃のような美しさすら感じさせる。最も、それがスズミに対する近づきにくさを感じさせる一因ではあるのだが。
ともかく、そんな彼女のクールな姿は、レイサの目には憧れと尊敬の先輩として映っていた。
そして、引っ込み思案な側面を持つレイサがそんな尊敬する先輩のプライベートに踏み込むようなことができるわけもなく。結果として、スズミとレイサの関係性は、尊敬できる先輩と、後輩のうちの一人。ぐらいのものに収まっていた。
だからこそ。レイサがとある噂を聞いたとき、彼女は己の耳を疑った。
『守月スズミに彼氏ができたらしい』
え。クールでカッコイイ、あのスズミさんに、“彼氏”?
その噂を初めて耳にした時、レイサは純粋にそう思った。
別に年頃の少女に彼氏がいる事が変だとか、スズミに彼氏ができることが不満とかそういう訳では無い。ただ、純粋に、スズミが人並みに彼氏と仲良くデートをしながらとなりの男に馴れ馴れしくするような光景が思い浮かばなかったのだ。
そんなまさか。何かの見間違いだろう。
レイサがその結論にたどり着くのにそう時間はかからなかった。
しかし、かく言うレイサも年頃の少女。恋愛事にはやはり興味がでてくるのにも無理はない。それも、知り合いの話ともなれば尚更だ。
そんなこんなで“噂”を否定しながらも、何処か興味を持っていたレイサは、ある時偶然、パトロール中のスズミの姿を見るのだった。
当然。その横に一人の少年がついている光景を。それはもうバッチリと見てしまった。
その日のレイサは、なにかマズイものでも見てしまったような気分になって、音も立てずに尻尾を巻いて現場から逃げ出してしまったが。その光景を見て以降、ずっと気になり続けている。
そんなある日のレイサのパトロールの最中に。間が良いのか悪いのか、休日のスズミとばったり出くわすのだった。
「う……っ、あっ。す……ズミ、さん」
「お疲れ様です、レイサさん。パトロール中ですか?」
予想外の遭遇に、レイサの舌は、まるで粘土になったかのように重くなり、言葉を紡ぐ吐息も途端に勢いを失う。上機嫌であたりを警戒していたはずのレイサは、全身を途端に固く強張らせて、眼の前に現れた憧れの先輩の様子を見た。
スズミは、そんなレイサを不思議そうに見つめ、小首を傾げる。そんなスズミは、誰も連れている様子はない。
今は。
「あ……えっと、その」
しどろもどろになりながら何かを言いかけるレイサに、スズミはクスッと小さく笑みをこぼしてから声をかけた。
「私、これからこの先のCDショップに行く予定なのですが。そこまでの道のりで良ければ一緒にパトロールしませんか?」
「え、うぇえ!?」
「勿論、不要であれば無理にとは言いませんが……」
「あ、いえ!いいえ!別にそんなことは無いです!!」
スズミの言葉に、ついブンブンと首を横に振るレイサ。パトロールの誘いを断る理由など、どこにもなかった。そんなレイサの様子を見て、スズミは「では、行きましょうか」と、先に歩き出し、レイサもそれに続くように動き出す。
しばらく、二人は無言でトリニティの道を進んでいた。
スズミは振り返る様子もなく、しかし、距離を離すでもなくレイサの前を静かに歩いている。そんな彼女の凛とした立ち振舞に、レイサはこの状況の違和を感じていた。
「……あ、あのぉぅ」
沈黙に耐えられなくなったレイサがたまらず口を開く。
「どうかしましたか?」
「スズミさんって……普段、パトロールはお一人でしたよね……?どうして私に声を?」
「一人?……ああ、そうでしたね。自警団にも単独と伝えていますから、そう思っても無理はありません」
レイサの言葉に少し考え込む仕草をしてから、スズミは苦笑を浮かべてレイサの方を見た。
そのまま、少し速度を落として、レイサの横に並ぶ。
「実は最近、私のパトロールを手伝ってくれる人が居まして」
「へ、へぇ〜」
微笑を浮かべながら語るスズミに、レイサは思わず視線を泳がせる。“彼氏”の件を隠そうともしないスズミの言動に困惑し、どう返せば良いのかわからず、曖昧な返事を返すしか無かった。
「単独のパトロールも悪くはありませんが……こうして誰かと話しながらパトロールをすると言うのも悪くありません。視界も倍になりますからね」
にこやかに語りながら、スズミは「最も、話に夢中にならなければ。ですが」と釘を刺す。
だが、レイサにとっては現状はパトロールどころの騒ぎではない。“スズミの彼氏”の存在が気が気ではなく、スズミの警告も意味の無いものとなっていた。
「そ、そうなんですねぇー……」
結果。心此処にあらずといった返事を繰り返しているばかりのレイサを、当然の様にスズミは不審に思う。
「……レイサさん、何か気になることでも?」
「うへぁっ!?」
指摘され、レイサは素っ頓狂な声を上げて頭の中が真っ白になる。
故に。
「ぜ、ぜぜぜぜんぜん気にしてなんか居ませんよ!?スズミさんが“彼氏”さんとどんな会話してるのかなーなんてこれっぽっちも考えて――あっ」
レイサは、“彼氏”と。ポロリと口からその言葉をこぼしてしまう。
“彼氏”、“彼氏”と、そのことばかり考えていたのだから、考えが吹き飛んでしまった時にその言葉が漏れるのは必然であった。
そんな言葉を零したことで、しまった!とレイサは肝が冷える感覚を覚えながら、恐る恐るスズミの様子を窺う。
すると、そこには――――。
「……?彼氏、ですか?」
不思議そうにレイサの事を見つめる、スズミのいつもの表情がそこにあった。
「……あ、え?」
「レイサさんがなんの事を言っているのかわかりませんが……。私に彼氏は居ませんよ?」
「え?じゃ、じゃあ、パトロールの時に一緒にいる男の子って……」
「一緒に……?ああ」
レイサの問いに首を傾げたスズミは、少し考え込む仕草をしてから、腑に落ちたような顔を浮かべ、そのまますぐに苦笑をこぼした。
「タカツキさんの事なら、そういうのではありませんよ」
「タカ……ツキ……?」
「はい。私が良く共にパトロールをしている人の名前です」
「…………彼氏さんの名前が?」
「いえ。ですから……彼氏ではなく……」
と、そこでスズミの言葉が止まる。
はて。タカツキの事をなんと説明したものか。スズミはその言葉に見当がつかなかった。
正直に事情を伝える事は出来ない。というか、それには色々と手間がかかりすぎるし、誤解を招いてしまえばタカツキにとっても妙な不利益となる。彼は今正に社会復帰への第一歩を踏み出した(とスズミは考えている)のだ。その出鼻をくじくような事はするべきではない。
強いて言うのであれば、“自警団活動の協力者”だろうか?彼自身が自警団ではなくとも、そもそも自警団とは有志の集まりであり、身分や所属に左右されるものではない。トリニティの生徒で構成される自警団に、トリニティの生徒では無い部外者が関わるのも、違和感はあれど不自然さは無い。“自警団”は志と行動によってその是非を問われるものであるのだから、タカツキが自警団の協力者であるとしても問題は無いだろう。
「……自警団の新しい協力者の方です」
「自警団の、ですか?」
「ええ。……少し前のパトロールの際に知り合いまして、自警団の活動に感銘を受けて、協力がしたいと申し出を受けましたので」
「へぇー。そうだったんですね」
事の仔細をはぐらかす為、多少の嘘を織り交ぜながら話すスズミに、レイサは腑に落ちたような返事をする。人を騙すような事をしている自分に多少なりとも気は引けるが、悪意がある訳でも、誰かが不利益を被るわけでもない。そう考えながらスズミは言葉を続ける。
「タカツキさんは体術に長けていますので、弾薬の節約や、暴徒の怪我を最小限に抑えつつの制圧ができて、助かっているんですよ」
「体術……?え、ソレってパンチとかキックですか?」
「どちらかと言うと投げたり絞めたり、ですね」
「おぉ……、なんだか達人っぽくてカッコイイですね!」
スズミの言葉に、レイサは目を輝かせながら耳を傾ける。実際のところは、タネも仕掛もあるハッタリの達人なのだが、タカツキの体質を知らない限りはその本質に気づく術はどのみちないのだから問題無いだろう。と、スズミはいくらか無責任な考えをする。
当然、後日その事でスズミはタカツキに小言を言われることになるのだが――それは別の話だ。
「でも、本当に驚きましたよ。スズミさんが誰かとパトロールするなんて、これまで見たことも聞いたことも無かったですから」
「そんなにですか?」
「はい、それはもう、大変びっくりしました」
こくこくと何度も頷くレイサに対し、スズミは苦笑を浮かべる。
「別に一人が好き……と言うつもりは無いのですが」
「でも、スズミさんってあまり他の自警団の方と協力しませんし、よくお一人でなんでもこなしていますから。それもあって意外だなぁって」
「それは……」
そこまで言いかけて、スズミは口を閉ざした。
「――――そろそろ、目的のお店の近くなので、私はここで失礼しますね」
「え、あ、はい。わかりました」
「突然ご一緒してすみません。また機会があれば、よろしくお願いしますね」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします!」
軽く頭を下げたスズミに対し、レイサは大きく、腰を直角に曲げて別れの言葉を告げる。
そしてそのまま、レイサと別れたスズミは、静かに一人で道を歩き始める。
「……一人で、ですか」
別に。誰かと話すのが嫌いな訳でもない。孤独が好きなわけでもないというのも、本心だった。
けれど、自分のこの行き過ぎた“願い”を誰かに話して、受け入れられなかった時の事が、どうにも怖くて仕方がなかった。
「…………」
そっと、首にかけていたヘッドホンを耳に当てる。
一人でいるのは、別にそんなに苦にはならない。こうして静かに、一人で音楽を嗜む時間は好きだった。だから自然と、一人でいることに慣れていた。
でも。
「――――よぉ。誰かと思えばスズミサンじゃあねぇの」
音楽の再生ボタンを押すより先に、そんな声がスズミの背後から聞こえた。
聞き慣れたその声に、スズミはプレイヤーの装置から手を離し、ヘッドホンを外しながら足を止めて振り返る。
「――タカツキさん?」
「奇遇だな。今日は非番じゃないのか?」
ヒラヒラと右手を振りながらこちらへ歩き寄るその少年の姿に、スズミは目を丸くした。
「いえ……私はこれからCDを買いに……ですが、タカツキさんは、一人でなにを……?」
「何って。そんなのやること一つだろ。パトロールだよ」
さも当然といった様子で言い放つタカツキに対し、スズミは面を食らった表情のまま、まじまじとタカツキを見た。
「別にいいだろ。ヒマなんだし、お前と何度もパトロールしたから大分慣れてきたしな」
「…………」
「あ?なんだぁ、その表情は。別にいいだろ、嫌いじゃねぇんだよ、パトロール」
何も言わずにじっと自分の様子を伺うスズミに対し、タカツキはどこか拗ねたように視線をそらし、言葉を伝え。そして。
「……ぷっ」
「あ?」
「ふふ……そう、ですか。そうなんですね」
「……なんだよ、急に笑いだして」
「いえ、何でもありません。ただ――」
笑顔のままに、少女は告げる。
「――私も、パトロールの時間は、嫌いじゃありませんから」
少年は、少女の見慣れぬ笑顔に虚を突かれ。思わず息を呑む。
「タカツキさん。パトロールもいいですが、良ければこの後、お茶はいかがですか?お気に入りのお店があるんです」
「お茶……?つっても、俺は金はないぞ」
「いいんですよ。熱心なタカツキさんへの、正当な報酬です。私が出しますよ」
「……まあ、それならいいか」
「では、決まりです。せっかくなので、CDショップにも――」
そうして、少年少女の何気ない平穏な日々が過ぎてゆく。
他愛なく、かけがえのない、少しだけ騒がしい。けれど、確かに心地の良い、そんな日々が――確かに、そこにあった。