Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.8 怪物とバケモノと

「なんなんだ……コイツら……!?」

 

 

 

 人の流れを逆らうようにして町並みを駆けたタカツキが、辿り着いた先で見たものは、見たこともない状況だった。 

 傷だらけの正義実現委員会の生徒達を襲っている人影が居る。それは、タカツキの予想通りだ。

 

 だが、問題はその彼女達を襲う人影そのものにある。

 

 ガスマスクを付け、シスターのヴェールを被ってはいるが、その服装はまるで水着のような際どいものだった。

 だが、何よりもその人影が異様に思えたのは、その存在そのものだ。

 青白く、体の末端を揺らめかせる様相の存在達は、まるで幽霊のようにタカツキには見える。

 

 

 

 “怪物”

 

 

 

 そう表現するのが、適していた。

 

「生体兵器……?いや、そんな技術、聞いたこともない。一体、トリニティに何が起きてるんだ……?」

 

 戦闘の様子を眺めれば、その一体一体がそれなりの戦闘力を有しているのが見て取れた。いくら負傷と状況の混乱で消耗しているとはいえ、訓練されている正義実現委員会の生徒達がジリジリと押されている。

 撤退の判断も出来ず、ただ傷ついた仲間を庇おうとし、無理な戦闘を続ける彼女達がいずれ押し切られてしまうのは明白だった。

 

「傍観決め込んでる場合じゃねェ、か……!」

 

 タカツキは、全速力で駆け出した。

 

 スズミから譲り受けた拳銃を懐から取り出し、走りながら怪物の群れへめがけて引き金を引く。

 

 乾いた破裂音が連続して響き、数発の弾丸が怪物の体を掠めて行った。

 

「銃声、誰!?」

「下がれ!ここは自警団が出る!」

 

 現場の中で最も意識を鮮明にしていた生徒が、タカツキの放った銃弾に気づき、振り返って彼を見る。

 そんな彼女に、タカツキは上着に取り付けている自警団のバッジを示し、己が敵でない事を伝える。

 

「自警団……!?ここは危険です!一般人は下がって!」

「言ってる場合か!下るのはそっちだろ!」

 

 遮蔽に身を隠しながら振り返った正義実現委員会の少女は慌ててタカツキを制止する。だが、ここで止まったのでは目的を果たす事はできない。

 

「引き付ける!負傷者をここから離すのを優先しろ!」

「ちょっ……!」

 

 その言葉を最後に、タカツキは少女の隠れる遮蔽を飛び越える様にして、怪物の前へと躍り出た。

 

 マスクの下に隠れた眼は、新たな標的を静かに見据える。

 

「混乱も、悩む素振りも無し!話も出来なきゃ、見ているからに人で無し!」

 

 標的にされている事を判断したタカツキは、拳銃に収めていた牽制用のマガジンを即座に外し、より威力の高い物へと付け替える。

 タカツキの得意とする“神秘を吸収”する事で行う無力化は、あくまでも神秘をもつ生徒にのみ通用する技だ。当然、そうでない相手にはただの格闘による攻撃にしかならない。

 しかし――逆に言えば、相手が人間でないのであれば、加減の必要はない。

 

 遮蔽を飛び越え、その両足が地面につくと同時に、タカツキは強く地面を蹴った。

 

 怪物の群れから放たれる銃弾を躱すため、その身を低く保ちながら、戦闘の痕の残る街を駆ける。

 瓦礫を、壁を、車両を足場と遮蔽に目まぐるしく飛び移りながら、両手で拳銃を構えた。

 

 今度は直撃させるつもりで、怪物へと弾を放つ。

 

 両手に支えられた射撃は、寸分の狂いを伴いながらも、彼の狙う標的へと突き刺さった。

 

 だが、怪物は身動ぎ一つしない。

 

「おいおい、これでも結構練習したんだぜ……!!」

 

 実践での初めての射撃が見事に命中したという事実に、喜びを感じる余裕もなく、タカツキは頬を引きつらせた。

 

 

 

 勝負は、初めから決まっていた。

 

 

 

 弾丸が通用しない。という訳ではない。走りながらも狙いをすまし、一人の標的にマガジンの半分程度の弾丸を叩き込んだ当たりで、怪物の一人がその実態を(ほど)けるようにして消えてゆくのを確認した。

 つまり、痛みの素振りがないだけで、無敵の相手という訳ではない。

 狙いも、甘くは無いが鋭くはなく。タカツキの足ならば、止めずに動き回れば直撃を貰うことはない。

 攻めも守りも、タカツキに分があった。

 

 だが、致命的に――“数”が、悪い。

 

「ああ……またっ!」

 

 後方で様子をうかがう少女が声を上げる。

 

 どこからとも無く現れた“新たな怪物”が、戦線へと加わったのだ。

 

「うじゃうじゃと……!消える姿は霧のくせ、現れるのにキリは無しとは、笑えないジョークだ!」

 

 悪態をつきながら、タカツキは何度目かの空になったマガジンを投げ捨てる。

 

 こちらの“数”には限りがあった。

 

――どうする。このままやっても埒が明かない。それどころかジリ貧で負けるのは目に見えてる。だが、格闘戦を挑むには相手の数が――

 

 タカツキは、状況の打開策を講じる為に思考を回す。これでは、最初の目的はおろか、眼の前の生徒1人。そして、スズミと交わした約束を遂げる事さえ危うかった。

 

 

 

 その時。

 

 

 

「けほっ……!けほっ……!一体……何が……」

 

 火を上げる建物の1つから、白い制服を煤で汚した少女が、ふらりと顔を出す。

 

「――――ッ!出てくるな!」

「え?」

 

 正義実現委員会ではない。普通の生徒が1人、取り残されていた。

 

 当然、怪物は新たに現れた標的に対しても、同じ様に銃口を向ける。

 

「なに……これ……?」

「危ないです!早く、逃げてーーっ!」

 

 正義実現委員会の少女が叫ぶ。だが、本物の戦場に慣れない様子の少女は、眼の前の怪物を呆然と見る事しかできない。

 

「う、オオオオオオッッッッ!!」

 

 タカツキが吠える。

 

 全身の力を込めて、大地を踏み砕く程の力で己の体を蹴り出した。

 

 弾丸のような速度で加速した彼の身体は、怪物と、生徒の間に割り込むようにして壁を作った。

 

 銃弾が、放たれる。

 

 

 

 

 

 そして、タカツキは――――

 

 

 

 

 

「……あン?」

 

 己の肉体に、なんの異常もない事に気がついた。

 

 あり得ない。何が起きたのか、その場の全ての存在がその結果を理解する事が出来なかった。

 

 だが、“怪物”はそんなことはお構い無しに、再び引き金を引き、タカツキへと銃弾をあびせかけた。

 

 

 

 だが。その攻撃がタカツキを傷つけることはない。

 

 

 

 彼の纏う衣服を食い破ったその衝撃は、しかし、タカツキの“肉体”に触れた傍からその存在を消失させていた。

 

 痛みも、触られた感触すら無い。ただ、風が服を揺らすが如き感覚が、タカツキにはあった。

 

「……なんだ、こりゃ」

 

 弾丸を浴びせかけられながら、タカツキはまじまじと己の“身体”を見て――思い出す。

 

 確かに、今、眼の前にいる敵は、“怪物”なのだろう。

 

 だが、それは――

 

「――――あァ。そうだったな。すっかり忘れてたぜ」

 

 ――なにも、相手に限る話ではない。

 

 タカツキは、握っていた拳銃をホルダーに戻すと、ゆっくりと歩き始める。

 無防備に、堂々と、集中砲火を受けてなお、風を受けているかのような涼やかな顔で。

 

「落ち着いて考えてみりゃ、お前たちにゃ“実体”がねぇ」

 

 撃破された“怪物”は、霧のように消滅した。それは肉体に限らず、それらの持つ武器も同じ様に消え失せる。

 物理的な破壊を伴うはずの弾丸も、タカツキの身体に触れた瞬間、それと“同じ様に”消失してゆく。

 

 だとしたら。

 

「なる程な。目には目を、歯には歯を。そいで」

 

 相手が、“人”でないのであれば。

 

「“怪物”には――――」

 

 

 

 加減をする必要は、無い。

 

 

 

「――――“バケモノ”を、だよなァ!!」

 

 タカツキが、大きく踏み込む。

 

 距離を詰め、怪物の群れの先頭に立つ一体の、その頭を手のひらで掴む。

 

 瞬間。

 

「――――!?」

 

 声も無く、音もなく、瞬く間に、その“怪物”の姿が失せた。

 

「ビンゴ」

 

 タカツキは、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ――この場の誰もが、この瞬間には知る由もない事だが。彼らが相対しているこの“怪物”の名前は“複製(ミメシス)”と呼ばれる存在だ。

 それは、とある少女の“血”によって目覚めた、契約に従って動く存在。過去に居た、トリニティの戒律の守護者たる“ユスティナ聖徒会”の執行者たち。それを模して生み出された、実体を持たぬ幽霊の様なものだ。

 そして、それ故に当然、彼女達を構成しているのは、生徒の身体を流れる“神秘”に類するものである。その身に備えた銃や弾丸もその例外ではない。

 なればこそ、彼女達がタカツキに傷をつけることは叶わない。“神秘を喰らうバケモノ”にとって……、この怪物は、“物の数”にはなり得ない。

 

 

 

 勝負など、初めから決まりきっていた。

 

 

 

「相手が悪かったな」

 

 理屈は解らずとも、因果を心得たタカツキは、一人目の怪物を消失させると、すぐにその手を次の標的へと突き出した。

 

 その手が触れた傍から、次々に怪物はその身体を維持できずに崩壊し、消えてゆく。

 

「――ハハッ」

 

 走り、近寄り、手で触れる。

 

 怪物は、まるで機械のようにただこちらへ向けて反撃の弾丸を撃ち続ける。

 

「ハハハ……」

 

 当然、その攻撃に意味など無い。精一杯の抵抗をしている様にも見えるその行為は、一つの成果も残せず、タカツキの手によって全てが無に帰る。

 

 ソレこそ……“面白い”様に。

 

「フハァーッ!ハハハハハーーッ!!」

 

 自然と、タカツキの口からは笑い声が溢れていた。

 

「ほらほら!どうした!逃げないと消えちまうぜ……!?“怪物”に、意思も恐怖もねェみたいだけどなァ!!」

 

 男は、銃撃でズタズタになった服を風に靡かせて、戦場を縦横無尽に駆け回る。

 圧倒的な力を手にした様な高揚感が、彼を支配していた。

 

 

 

 それはまるで殺戮の光景だった。

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

 少女は、眼の前で繰り広げられる光景に、恐れ慄く。

 

「ば……」

 

 自分が苦戦していたはずの、無慈悲な兵の軍勢が、たった一人の男の手によって、なす術もなく食い散らかされてゆく。

 その光景を作る彼の姿は――――。

 

 

 

「バケ……モノ…………」

 

 

 

 少女の“恐怖”の対象は。いつの間にか移り変わっていた。

 

 

 

 

 

 

「手荒な真似をしてしまい、すみません。……状況が状況でしたので」

「いえ、そんな……。おかげで助かりました」

 

 場所は変わり、トリニティ総合学園正門前。

 混乱の最中、ゲヘナの救急車両がトリニティ内救護施設への進入を求めるのに対し、この混乱がゲヘナの物であると憤りを見せた生徒達による妨害があった。

 そんな彼女達を諌めるために救護騎士団が現れたが、暴走した生徒を諌めるには至らず、駆けつけたスズミの閃光弾で彼女達を鎮圧。事なきを得るに至っていた。

 

「この状況です。トリニティもゲヘナも、要救助者にとっては些事に過ぎません。それに……救護騎士団の方々には、いつもお世話になっていますから」

「スズミさん……」

 

 スズミは、救護車両に大きな損壊が無いことを確認すると、救護騎士団の少女、セリナへ微笑を浮かべて普段の礼を伝える。

 救護騎士団、それはトリニティにおける救急医療組織である。……もっとも、その長たる“蒼森ミネ”は、少々過激な性質をしている為、純粋な救急医療組織としては些か難があるのだが。それでも、暴徒を鎮圧する都合、スズミは彼女達に連絡を取る機会が多かった。

 

 スズミが、既知の仲であるセリナに小さく頭を下げると、ちょうどその時、スマホが着信を知らせる。

 

「失礼します」

 

 一言断りを入れて、スズミは通話に出た。

 

『スズミさん!大変です!』

「レイサさん?」

 

 通話の相手は同じ自警団の後輩、宇沢レイサであった。その声は興奮している……と言うよりは、焦りをにじませた声をしていた。普段の彼女であれば、この活躍の機会に巡り会えたことに高鳴りをおぼえているだろう。だが、どうにも様子がおかしい。

 

「……何かありましたか」

『古聖堂近辺でバケモノが出た、という情報が流れているんです!なんでも、幽霊のような怪物を殲滅して回る人影というか……とにかく!なんだか一層ヤバい感じみたいなんです!』

 

 慌てふためいたまま、要領を得ないレイサの言葉の中で、スズミは一つの単語が耳に残っていた。

 

「……“バケモノ”?」

『私達を無差別に襲う青白い怪物と、それとは別にもう一体、暴れまわってるバケモノがいるって――』

 

 その言葉を聞いて、スズミは背筋に悪寒が走った。

 

「レイサさん」

『今はとにかく、一人でも多く危険な場所から離れるように誘導を――』

「トリニティ学園周辺は、不安と混乱でいつ誰が暴徒化してもおかしくありません。要救助者がいれば、それを優先に、救護騎士団の方々とも必要であれば連携を取ってください」

『えっ、あっ。はい!解りました!それなら――』

「私は現場へ向かいます」

 

 レイサの言葉を聞くよりも早く、スズミは言葉を続ける。

 

「あとは任せました」

『えぇっ!?ちょっ、危険ですって!それに任せ――』

 

 要件を伝えると、確認もそこそこにスズミはレイサとの通話を切って、己の武装の残弾を確認した。

 

「……スズミさん?」

「すみません、急用が出来ましたので、私はこれで。……救護騎士団であれば、自警団も協力すると思いますので、必要があれば迷わず近場のメンバーに声をかけてください。では、失礼します」

 

 捲し立てるように、淡々と言葉を告げてから、スズミは頭も下げる事もせず、その場から走り出した。

 

 

 

 ――“バケモノ”。

 

 

 

 スズミは、トリニティに住まう“バケモノ”に1人、心当たりがあった。

 

 

 

 

「何を……しているんですか。タカツキ……!!」

 

 

 

 ただ、“間に合え”と。そう強く念じながら、少女は混沌の街を駆けた。

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