Bloody Arriver   作:Ziz555

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Ep.9 一つのイレギュラー

 

「助けてやっただけだろ?そんな怖い顔で睨むなって」

 

 

 

 瓦礫の山の上に立ち、タカツキは二人の少女を見下ろしていた。彼女達は全身傷だらけでありながら、纏う覇気に衰えはなく、むしろ一層研ぎ澄まされているようにも見える。

 

「急に現れて、正体も、目的も不明の貴方を信じろと言うのですか?」

 

 ライフルの銃口をタカツキに向けながら、大きい体と翼を持つ少女が、警戒を露わにして言葉を告げる。

 

「正体も何も、俺は――」

 

 タカツキは、身分を示す為に服に付けた自警団バッジを見せようと手を伸ばし、そこでようやく、戦いの中でそれを落とした事に気づく。行く宛を失った右手が、ふらりと迷いを生じてから、諦めたようにゆっくりと下ろされる。

 

「――通りすがりだ」

「論外です」

 

 苦し紛れの弁明を一蹴され、タカツキは眉間にシワを寄せてから、「そりゃそーだ」と首を大きく横に振った。

 

「俺が何でも良いけどよ。見たところ、アンタらが“正義実現委員会”のトップだろ。さっさと下がって、一回体制立て直してこいよ。指揮系統の混乱は致命傷になるぜ?」

「突如として現れて、脅威であった怪物を羽虫の如く片付ける様を見れば、ソレがどれ程に危険な存在か見極めねば足元を掬われます」

「味方だって言ってんだろ。物わかり悪ィな」

 

 呆れるような、苛立つようなタカツキの言葉に、少女は警戒を強めた。

 

 タカツキへ銃口を向ける少女――正義実現委員会のNo2。羽川ハスミは、突如として眼の前に現れた、この異様な気配を纏う男に、言いしれぬ“悪寒”を感じていた。

 

 古聖堂が攻撃を受け、彼女達は混乱の中“先生”を救出し、その護衛を憎き“ゲヘナの風紀委員長”へとそれが最善と信じ任せた。

 その後、少しでも“先生”の安全を確保する為に戦線を維持していたが、無尽蔵に現れる“怪物”に苦戦を強いられ、首領の一角と思わしき少女も取り逃がしてしまった。

 

 どうにか、同行していたシスターフッドの生徒、若葉ヒナタを情報伝達の為に下がらせることが出来たとは言え、考えうる限り最悪と言っても過言ではない状況。

 

 そんな中、突如として現れた“不確定要素(イレギュラー)”。それが目の前の男だった。

 

 確かに、彼の言う通り、その活躍により怪物は瞬く間に一掃され、危機を脱することが出来た。捉えようによっては、この状況の救世主であるようにも見える。

 

 だが。本能とでも言うべき部分で、ハスミはこの男に、“恐怖”を感じていた。

 

 笑いながら、いや。嗤いながら、引き裂き、貫き、食い破るかのようにして無数の怪物をコロして回るその姿は、“バケモノ”と言う他にない。

 血液を持たぬ怪物の、しかし確かに感じる青白い影の残滓を身体に漂わせるその男は。つい数分前に戦っていた“怪物”よりもよほど脅威に感じられたのだ。

 

 ハスミの隣に控える少女、正義実現委員会委員長である、剣先ツルギがハスミの行動に何も口を出していないのは、彼女もそれに近しい感想を抱いているからであった。

 

 それは、眼前の存在の強弱に起因する物ではない。

 

 

 

 “バケモノ”は、誰だって恐ろしく感じる物なのだ。

 

 

 

 自分に向けられる視線の意味を理解したタカツキは、その目を細めた。

 

「……面倒くせぇ。寝かせてから運ぶか。そのほうが手っ取り早いだろ」

「……ッ!」

「来るか」

 

 大きなため息とともにタカツキが悪態を漏らして、瓦礫の山より飛び降りた。

 一歩、一歩と距離を詰める“バケモノ”に、ツルギとハスミが臨戦態勢を取る。

 

 

 

「何をやっているんですか!タカツキ!!」

 

 

 

 緊迫した戦場に、怒声が響いた。

 

 突如として聞こえた声に、その場にいた誰もが声の主の方を見る。

 

 白銀の髪と、真紅の眼を持つ少女が、息を切らせてその場へと走り込んできた。

 

「スズミさん……!?」

「スズミ!?」

 

 相対する少年と少女が、共にここに居るはずのない彼女の名を呼び、その驚愕を露わにした。

 

 そして、彼女は一目散に少年へと駆け寄っていく。

 

「スズミさん!危険です!その男から離れ――」

「待ってください!彼は敵ではありません!!」

 

 ハスミの言葉と射線を遮るようにして、スズミはその体をタカツキの前へと割り込ませた。

 

 タカツキは、自らを盾にしようという素振りを見せたスズミの肩に手を置こうとし――一瞬の逡巡を見せてから、その手を引いた。

 

「……おい、危ないだろ」

「危険なことをしているのはどちらですか」

 

 タカツキの抗議に対し、スズミは珍しく感情を隠そうともしない視線で彼を睨む。

 自覚のあるタカツキは、その言葉と視線に反論の余地を失い、静かに視線をそらしながら両手をポケットへと仕舞い込んだ。

 

「彼は……彼は、自警団の仲間です。無闇矢鱈に私達に危害を加えるようなことはしません。私が保証します」

 

 武器を収めたまま両手を広げ、スズミはタカツキを庇うようにして立つ。そんな彼女の背後で、タカツキは不服そうな表情のまま、先程まで見せていた戦闘の素振りを収めている。

 

「…………しかし」

「ハスミ」

 

 スズミの態度に戸惑いを見せるハスミに、ツルギが静かに口を開いた。

 

「時間が惜しい。不確定要素より、あの生徒を信じていいかどうかで考えろ」

 

 ツルギの言葉は端的に事の本質を捉えていた。

 この状況において、他者を疑う事は確かに重要だ。事の真実を見極めなければ、さらなる混乱を招いてしまう。

 だが、すべてを疑うには――あまりに時間が足りない。

 であれば、この場で最も信用できる者の言葉を信じる他に、手段はないのだ。

 

「……スズミさんは、信用できます」

 

 その言葉の意味を汲み取り、ハスミはそう答えると、手に構えていた武器を収める。

 

 向けられていた闘志が収まっていくことを理解したスズミは、両手を下ろし、胸を撫で下ろす。

 

「良かった……。ありがとうございます、ハスミさん、ツルギさん」

「私が信じたのはその男ではありません。スズミさんです。その点は間違いなく」

「構わねぇよ。元より仲良し小好しができるとは思ってねぇ」

「タカツキ……!」

 

 この期に及んで悪態をつくタカツキの様子に、スズミは怒りを滲ませる。

 

「……仕方ないだろ。結局のところ、俺は――」

 

 

 

 銃声が響く。

 

 

 

 タカツキの脳天へ、一発の弾丸が突き刺さった。

 

「――!?」

「タカツキ!!」

 

 その場にいた全員の顔が、驚愕へ染まる。

 

 額へ直撃を受けたタカツキは、血を流しながら後方へと倒れた。

 

「い、いきなり何を……!?」

 

 困惑の声が上がる。その声の主は、救援を呼ぶために一度戦場を離れていた若葉ヒナタの物だった。

 彼女の視線は、共にこの場へとやってきた正義実現委員会の生徒のうちの一人へと注がれている。

 

 ライフルを構え、怯えた表情を浮かべる少女が、その場の視線の全てを集めていた。

 

「な……」

 

 少女は、震える声で言葉を漏らす。

 

「なんで……、なんで!“バケモノ”がここに……!?」

 

 “バケモノ”。その言葉に緊張が走った。

 その状況を知ってか知らずか、顔を青くした少女は続けて叫ぶようにして告げる。

 

 

 

「――気をつけてください!ソイツが……“トリニティの吸血鬼”です!!」

 

 

 

 “トリニティの吸血鬼”。突如として告げられたその名に、空気が変わった。

 

「チッ……アイツは……!」

 

 不意打ちの弾丸を受け倒れ込んでいたタカツキは、その上体を起こしつつ声の主を見て、唯一状況を理解する。

 

 それは、まだタカツキがトリニティに慣れていない頃。初めて襲撃をかけた少女。

 スズミを除いて、唯一。タカツキの顔を見たことのある、被害者の少女だ。

 

「ま、待ってください!タカツキは――!!」

「無関係な素振りでいい。ついてくるな」

 

 タカツキは、弁明を試みようと口を開いたスズミの耳元に口を寄せ、他に聞こえぬ声量でそう伝える。

 

「待っ――」

 

 言葉を聞き、スズミは背後へ振り返る。

 

 瞬間、タカツキは高く跳び上がった。

 

 人の背丈を軽く越えるほどの跳躍。それは、とてもただの人間には出来ない芸当だった。

 

 そのまま、瓦礫の山のうち、高い物を選んで駆け上がっていく。

 

「待ってください、タカツキ!!」

 

 スズミの声に振り返ることも無く、その影は瓦礫の山の向こうへと消えていった。

 

「タカツキ――――!!」

 

 

 

 少女の声が、虚しく響いた。

 

 

 

 

 

「チッ。まさか、こんな所でツケが回ってくるとはな」

 

 タカツキは、荒れ果てた街を駆け抜けながら悪態をつく。

 

 可能性は、常に考えていた。どれだけ取り繕おうと、自分が過去に成した事が消えることは無い。そして、自分の本質が変わることも……無い。

 危機的な状況において、そのリスクを考慮している余裕が消えていたのも事実だ。人に見られるのを憚る事無く、“己の体質(神秘吸収能力)”を使っていたのだ、言い訳をするつもりはタカツキには無い。

 だが、できる事なら、この混乱が収まるまでは露呈する事を避けたいと考えていた。最も、その思惑は既に崩れ去った訳だが。

 

「……此処から先は、完全に単独か」

 

 この混乱の渦中で、自分にかけられた疑惑を解いている猶予はない。それどころか、正体が割れてしまえば、最悪無駄に労力を割かせるハメになる。それは、タカツキにとっても望むところではない。

 それに何より。自分を庇うためにスズミが罪に問われてしまえば。それは――。

 

「案外早かったな。“終わり”がくるのは」

 

 タカツキは自嘲気味な笑みを浮かべ、ほんの一瞬、共に過ごした少女へと想いを馳せる。

 

「――――さて」

 

 時間にして、30秒にも満たない時間だったが、覚悟を決めるには十分な時間でもあった。

 

 中心部より十二分に距離を取った位置で、タカツキはようやくその足を止める。

 ただ街を走り抜けるのではなく、倒壊した建物を何度か乗り越えるようにして駆け抜けてきた以上、そう簡単に追いつかれることはない。

 

 理由は不明だが、タカツキの体の調子が普段以上にすこぶる良いのは、彼にとって好都合だった。今までも、何度かこうして自身の本来以上の運動能力を発揮していることはあったが、今回のソレは今までのどの経験と比べても飛び抜けていた。

 普段であれば、瓦礫の山を跳び上がる様にして駆け上る事など出来はしない。だが、今の彼にはそれを出来るだけの余力があった。

 

 しかし、全速力で距離を離すためにその力の殆どを使い切ってしまった自覚がある。もう、同じ様に戦場を駆けることは出来ないだろう。

 

 だとしても、おそらく敵の主戦力と思われる“怪物”に負ける要素はない。そして、その“怪物”の駆逐に徹していれば、トリニティの主戦力がいずれ押し勝つことが出来るだろうとタカツキは踏んでいた。

 

 これほどの戦力を投入出来たとして、無限の兵力が叶うのであれば奇襲に出る必要はない。だが、それでもなお奇襲をかけたというのであれば、敵本来の戦力で真っ向からの戦闘を仕掛ければ押し負けるという自覚があるのだろう。

 その証左として、タカツキが片付けていた“怪物”と共に行動をしている生徒の姿が、数えるほどだったが存在していた。彼女達はいずれもガスマスクを装着しており、露出が少ない為にタカツキの神秘吸収を行うのにはいくらか手間な装いをしていたのでよく覚えている。

 生身の実働部隊も確かにこの戦場に存在しており、然らば彼女達を指揮する存在も居るはずだ。そして、それが基幹部であるとすれば、その戦力は多いとは言えない。

 つまり、“怪物”さえ減らしていればこの争いはいずれ決着を見せる。

 

「遊撃に徹しつつ、首領を見つけ次第無力化。ってところか」

 

 戦闘目標を明確に定めたタカツキは、両手をぐいと伸ばして、一度呼吸を整える。

 幸い、単独による奇襲と一撃離脱には経験があったし、複数対象を迅速に鎮圧するのは、最近の日課だった。

 

「……皮肉だな」

 

 結局。自分のやってきたことの全てが、今のこの状況に馴染んでいる。

 

 誰かと“一緒に”なんて。“バケモノ”には――相応しくない。

 

「行くか」

 

 独白を止め、視線を前へと向ける。先ずは、この状況を――。

 

 

 

 ふと、殺気を感じた。

 

 

 

「ッ!!」

 

 地面を蹴り、その場を飛び退く。

 

 弾丸がタカツキのいた場所を貫いた。

 

「――なるほど。お前が計算外の戦力(イレギュラー)か」

 

 冷たい声が響いた。

 

「おいおい、まさか自分からお出ましか?いくら何でも、計画性を疑うぜ」

「その“計画”を狂わせておきながらよく言う」

 

 白く、長いコートを羽織り、対照的な黒い長髪を風になびかせた少女が一人。タカツキへと銃口を向ける。

 彼女の口元は、機械的なマスクで覆われており、帽子のつばで遮られた視線に、表情は伺いしれない。

 

 しかし、その隙間から覗く眼差しは鋭く、冷酷な印象を与えた。

 

「“バケモノ”一人程度に崩される計画たァ。程度が知れるぜ、指揮官殿?」

「調子に乗るのもここまでだ。これ以上……私達の邪魔はさせない」

「そうかい。なら精々頑張んな――」

 

 タカツキは、口角を吊り上げるようにして嗤う。

 

「――“アリウス”の生徒サンよ」

 

 少女の眉が、ピクリと動いた。

 

「……貴様は、ここで排除する」

「“バケモノ”退治は初めてかァ?教えてやるから、肩の力抜けよ」

 

 冷たさを増した眼光に射抜かれながらも、タカツキはいつもの調子で嗤いながら武器を取る。

 

 

 

「来な、相手になってやる」

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