葦名の白兎、ミレニアムに忍ぶ。   作:ラストおはぎ症候群

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別の記憶
記憶の欠片:邂逅、黎明


 

 

 

 

 

 

 夢を見る。

 

 

 

 

『共に来るか、飢えた狼よ』

 

 葦名の国盗り戦、その最中で、家族も、寄る辺も、己の名前も、心すらも喪い。

 ただの飢えた狼として、ある大忍びと出逢った幼き日。

 

 

 

 

 義父となった大忍びと、師匠としてあてがわれたくノ一と共に、授業と修練に明け暮れた過酷な日々。

 

 

 

 

 辛くもそれを潜り抜け、少なからず一端の忍びとして育ち始めた青年期。

 

 

 

 

 己の半生を振り返るようなそれは、さながら走馬灯のよう。

 

 

 

 

 夢を見る。古い記憶を遡る。

 そしてそれは、大きな転換となった、あの日へと至る。

 

 

 

 

 

「……………たす……け、て………………おねが、ぃ…………」

「…………………お前は……」

 

 

 

 ある日、鮮やかな桃色の髪をした、奇妙な少女を拾った時のこと。

 

 

 

 後に無二の相棒となる、妹弟子との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 川に流れ着いて倒れていたその少女は、『くろさきこゆき』と名乗った。

 曰く、気付けばどこかもわからぬ場所にいて、巨大な蛇の化け物に出会い、命からがら逃げてきた、と。余程の恐怖だったのだろう、思い出すだけで震えながら、元いた場所に帰りたいと、助けて欲しいと乞い願った。

 

 

『ふうん。ぬしの白蛇の輿入れかね。それにしては、いささか奇妙が過ぎるが』

 

 

 師が言う通り、その少女は見れば見るほど不可解であった。

 

 ありえないほど滑らかな触れ心地の衣服。

 見たことがないような色鮮やかな桃色をした髪。

 そして何より、頭にいただく光り輝く不可思議な輪。

 

 謎多きその少女に、義父はいたく興味を示し。狼と同じように、自身の養子として迎えた。

 

 

『選ばせてやろう。ここを去り、何処ぞで野垂れ死ぬか。或いは我らの元で、忍びとなるか』

 

 

 ここがどこかもわからず、他に行く当てもない少女。この場所に留まることを望むなら、忍びになる他ない。

 

 あまりに長く、大きな躊躇いの末に、少女は頷き。

 

 狼の、義妹(いもうと)となった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 忍びなれば己の名を隠す、或いは己の名を捨てる。

 少女もまたそのしきたりに倣い、元いた場所で呼ばれていた二つ名だったと言う『白兎(しろうさぎ)』から取って、白兎(しらさぎ)と呼ばれることとなる。

 

「いぃぃーーやぁぁぁーーーー!!」

 

 そんな白兎の様子はどうだったかというと。

 とにかく、やかましかった。

 

「もう無理です嫌ですやってられないですこんな修行!こんな生活!」

 

 口を開けば、やれ修行がきついだの、布団が寝苦しいだの、家は狭しい汚いだの、温かい風呂に入りたいだの、美味しいものお腹いっぱい食べたいだのと、不平不満とわがままばかり。

 

「やかましいよ、白兎」

「ぎゃあああぁぁー!!なんでえぇーー!!」

 

 流石に煩わしかったのか、共に師事するくの一、『まぼろしお蝶』から折檻されることも茶飯事。

 

「狼さん助けてぇーっ!!」

「おい、白兎……」

「まったく、相変わらず兄弟子にべったりだね」

 

 そして、斯様に狼の背中に隠れるのがお約束。あわや死にかけた己を最初に見つけ拾ったこともあってか、白兎は狼にいたく懐いてしまい。

 

「狼さーん!」

 

 出会ったばかりの頃は、怯え、困り果て、惑い、不安げに揺れていた顔も。もうすっかり馴染んでしまったのか、こうして笑顔で狼に絡んで来るようになった。

 

「…………………」

「……っ、フッ、くっ……!……おいちょっと、やめておくれよ。そんな子犬みたいな困り顔は笑いのツボに来る」

 

 もとより寡黙な狼と、とりわけ口数が多いわけでもない義父とお蝶。そんな三人で生きていれば、取り巻く空気も自ずと物静かなものになっていた。

 

 それが、今は。

 こうしていつでも騒がしい妹弟子が、義父の、師の、兄弟子の側を駆け回るうちに。言葉を交わすことも増えていっていた。

 

 

 自覚したのは、随分後になってからだが。

 

 

 狼は。そんな時間が、嫌いではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 白兎の修行は、ある程度までは驚くほど順調に進んだ。

 

 大して鍛えられてないはずの小柄な女子(おなご)の身でありながら、膂力脚力は熟達の忍びに迫るほどであり。忍びの技を修めるに足る身体を得るのに、そう時間はかからなかった。

 特に脚力は目を見張るものがあり、駆ける疾さ、地を蹴る強さ、跳ねる高さは狼のそれを超えていた。

 

 加えて、白兎は妙に勘が鋭かった。

 死角から狙われればその気配を悟り、真っ向から打ち合えば相手の攻め手の危険性を見分け、狙うべき隙を感覚で察する。当人は、()()()()()()()()()()()()と不可解なことを言っていたが。

 

『いやぁー?このくらい私にかかれば?お茶のささいのさいですからね!にははは!』

 

 そして何よりも目を見張るべきは、その頑強さ。

 幾ら斬られようとも、幾ら打たれようとも、痛がりこそすれ余程でなければ傷にもならず、例え傷になろうともすぐに治る。然るに、生半には死なぬ。

 義父が課す、ともすれば死ぬる厳しい修行を耐え抜いたのは、ひとえにこの身体力があってのことだろう。

 

 髭をさすりながら義父は言う。

 

『からくりがあるとすれば、あの頭の輪であろう。まっこと、面白い……!』

 

 白兎が頭にいただく光の輪。日の本どころか南蛮でも見ぬような鮮やかな色合いをしている髪と、同じ色をした円。

 手を伸ばしても触れることはできず。意識を失うと消え、目覚めると再び灯る。わかることといえば、それだけ。

 

『ぶっちゃけ考えたことなかったですね、これがなんなのかとか。私の故郷だとみんな持ってましたし』

 

 本人に問うても、返ってきたのはこの答え。嘘をついているようでもなく、本当に考えたこともなく、そして元いた場所では当たり前にあったものらしい。

 

 何とも言えぬ顔で、お蝶や狼と顔を見合わせる義父であった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 そんな、飛ぶ鳥をも落とさんとするような白兎の成長は、ある時を境に鈍ることとなる。

 

『むり、です……それだけは……わたし……!』

 

 ある時。

 それは、人の命を奪う経験を積む実戦が始まった日。

 

 

 白兎は。人の命を奪うことが、できなかった。

 

 

 義父が一計を案じ、はぐれ忍びとして任を受けさせ、その過程で人と殺し合いをさせるものの。

 その脚で逃げ帰るか、動けなくなるまで叩きのめして帰るか、見かねた狼が助けに入るか。いつも、そのどれかであった。

 

(白兎…………)

 

 今日もまた、止めを躊躇い危うく囚われかけたところを狼が助けた。

 何の躊躇いもなく敵に刀を突き刺す狼を、白兎は青ざめた顔で見つめていた。

 

「む……?」

 

 その日の夜。

 寝ぐらとして使っている古い家屋から人の気配が消えたのを察した狼は、静かに寝床を抜け出た。

 義父とお蝶は別用で離れており、ここ数日の白兎の面倒と鍛錬を狼に任せている。故にこの家には狼と白兎がいるだけだったが、その白兎がどこぞへ行っているらしい。

 

「白兎……?」

 

 何処へ行ったのか、となんとは無しに思いながら、月明かりが照らす薄井の森を歩き、妹弟子の姿を探す。

 

「………………」

 

 白兎の姿は、存外すぐに見つかった。

 川のほとりで、月の影が映る水面を眺めながら、座り込んでいた。

 

「────、────ぃ」

 

 何かを呟いているらしい。ともすれば川の流れる音にかき消されてしまうほど微かな声。されど、熟達の忍びとなった狼の耳ならば、容易く聞き取れる。

 

 

 聞き取れて、しまう。

 

 

 

「あいたい、です」

 

 

 

「ゆうか、せんぱい」

 

 

 

 無意識のうちに聞き耳を立てた狼は、それを聞いた。震える声音で、狼の知らぬ誰かの名を呼ぶ、その白兎の声を。

 

「……………白、兎」

「あ…………」

 

 思わず声をかけてしまった狼に、白兎は振り向いた。

 先程の名前に、狼の記憶に引っかかる者はいない。とするならば、故郷にいる誰かなのであろう。

 

「…………………帰りたいか。故郷に」

 

 思わず、狼はそう呟いた。

 

「──────帰りたい?」

 

 それが、白兎の琴線に触れるとは、思いもしなかった。

 

「帰りたいか、ですって?」

「……白兎……?」

 

 白兎は、ゆらりと立ち上がり。狼の方に向き直った。

 

 

 

 

 瞬間。

 寒気のような感覚が狼の背筋に走り、脳裏が本能的な危機を感じたことを伝えた。

 

「──────ぐ、ぅっ!?」

 

 それを察知した時には。地を蹴り、飛びかかるようにこちらとの距離を詰めた白兎に掴み掛かられ。

 何の抵抗もできないままに、地面に押し倒された。

 

 

 

「────────帰りたいにっっ!!!!決まってるじゃないですかっっ!!!!」

 

 

 

 そんな狼に馬乗りになった白兎が、己が声で喉を裂かんとばかりに、叫んだ。

 

「何なんですかこの場所!?何なんですかこの世界!?なんで、こんなところに私がいるんですか!?なんで、こんなことしなきゃいけないんですか!?」

 

「なんで、こんな、ひ、ひと、ひとをっ……殺すやりかたなんて、学ばなきゃいけないんですかっ!?!?」

 

 狼の胸ぐらを掴みながら────否、狼の胸に縋りつきながら。

 木々の葉すら震えそうな程の大声で。

 

「白兎…………」

 

 義妹は。おそらくはずっと胸に溜め込んでいた悲哀を、無遠慮に踏み込んできた兄弟子にぶつけた。

 

 

 

 

「帰してよっ……!わたしを……!」

 

 

 

「ミレニアムに……キヴォトスに……せんぱいたちのところにっ……かえしてよぉ!!」

 

 

 

 

 

 狼の胸に顔を埋めながら。

 

 

 泣きじゃくる、小さな少女の姿。

 

 

 それが────狼の頭から、ずっとずっと、離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見る。

 

 

 

 

 妹弟子となった少女と共に、修行に明け暮れた日々。

 

 

 

 

 共に忍びとして熟した果てに、小さな少年と主従の約定を結んだ日。

 

 

 

 

 少年に仕えながら、喧しくも穏やかに過ごした日々。

 

 

 

 

 燃え盛る屋敷と共に、全てを失った日。

 

 

 

 

 失ったと思った主が生きていると知り、主を窮地から逃すべく戦い、敗れ、左腕を失い。

 

 

 

 

 そして────夢が、終わる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目覚めたようじゃな」

「…………ここは」

「どうやら、まだ死ぬ定めではないと見える」

 

 狼の主を狙う、葦名の者に敗れた後。

 死んだと思われた狼は、何ゆえか生き延び────失った左手に代わる『忍び義手』を携え、目覚めた。

 

「その眼、任に敗れた狼といったところか」

「………………言えぬ」

「フンッ、それが忍びじゃな」

 

 荒れ果てた寺にいたのは、死に体の狼を運び込んだという、片腕のない仏師だった。

 

「どれほど、俺は眠っていた」

「お前さんを拾ってから、随分経つぞ」

「…………そうか」

 

 彫刻刀を片手で器用に扱いながら、木に仏を彫り続ける仏師は続ける。

 

「じゃが、ぬしの主は、まだ生きておるぞ」

「…………!」

「それと……そこにいる、お前さんに縋り付いて泣きじゃくってた、兎もな」

「何……?」

 

 言われて、日の光の差し込む寺の出入り口の方を向く。

 そこには目に涙をいっぱいに溜めた、妹弟子の姿が────

 

 

「──────狼さぁぁぁあぁぁん!!!」

 

 

 

 

 ────タンッ、と床を蹴って左へ避けた。

 

 

「なんでぇええぇえぇええーーー!!?」

 

 

 一瞬前まで狼がいた場所を、猛烈な速さで飛び付いできた白兎が通り過ぎていき。

 山のように積まれていた、仏師が彫ったと思しき夥しい数の仏像たちに、頭から突っ込んでいった。

 

「………………おい。仏師擬きとはいえ、一応儂が彫ったものなんじゃが」

「うわぁぁぁごめんなさい仏師のおじさん!!……っていうか狼さん!!何で避けるんですか!!」

 

仏像を跳ね上げながら起き上がり、怒ったように狼に食ってかかる白兎。それに対して、狼はひとこと。

 

「…………………………………………つい」

「つい、じゃないですよぉ!!今の感動の再会みたいな場面ですよ!?」

「……………クッ」

「あー!!笑わないで下さいよおじさん!!あーもう狼さんのばかばかばかー!!」

 

 笑いを堪えきれなかったように喉を鳴らす仏師。

 それを見てさらに怒ったように、狼の胸をぽこぽこと叩きながら、やや間の抜けた罵声を飛ばしてくる白兎。

 

 狼と白兎の二人の忍びが、葦名にて繰り広げる戦いの記憶。

 

 その始まりは、何とも気の抜けるやり取りから始まったのであった。

 

 

 

 

 






特殊タグはこちらからお借りしたものを改変して使用させていただいています。
この場を借りてお礼申し上げます。

https://syosetu.org/novel/283632/
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