『──────ひゃんっ!?』
『眉間に皺寄ってますよ、ユウカ先輩』
なんてことを言いながらいきなり眉の間をぐにっと押して来たコユキと、思わず素っ頓狂な声を出した私。
そんな間の抜けたやり取りをきっかけに、あの子に色々と任務を頼むようになってから、早いものでもう1ヶ月が経とうとしていた。
曰く、銃やら爆薬やらを使うよりかはずっと安上がりですよ、と。諸経費を前に頭を抱えた私を見かねて金のかからないエージェントを買って出てくれた。
『後はまあ、なんて言うんですかね、こっちが性に合ってるみたいなんですよ。今の私には』
『…………どうしても。どうしようもなく、ね』
相変わらず暗い顔をしていたことが、どうしても気になりはしたけれど。
ただ、刀を携えてひと暴れするのが、ある程度以上に気晴らしになるのは確かだったようで。実力は十分過ぎるほどだったし、おまけに本人が言った通り、戦闘時の周囲への二次被害も諸経費も最小限。
負担になっていないかだけは慎重に様子を見つつ、少しずつ仕事を振っていたのも最初の内だけ。今では重めな任務でも難なく熟し目覚ましい実績を積み上げていって。
『
いつからか、コユキはそんな風に言われるようになった。私やノアが言い出したわけでもなく、ミレニアム中で活躍していく内に、生徒達の間で自然と付いた評判だった。
トラブルが起きた時にはいつの間にやら颯爽と現れ、手際良く片付け、人を助け。最後は言葉少なに立ち去っていく。
そんな姿に、ちょっとしたヒーロー性みたいなのを感じた人もいるみたいだった。
…………正直に言えば、私はそれが、無性に嬉しかった。
合間に挟まっているあの失踪事件を思えば、手放しに喜んで良いことではないかも知れないけど、それでも。
かつてはどうしようもない問題児で、いつもみんなを困らせていて、おまけに反省部屋に入れてしまってばかりだったから、友達も居なかった、そんなあの子が。
今は真っ当に活躍してて。それをみんなが認めてくれて。私にとってそれは、自分のこと以上に嬉しかった。
なんて、変に舞い上がっていたのが良くなかったみたいで。
「おいチビ、ちょっとツラ貸せ」
不機嫌そうな顔でセミナーに押しかけて来たのは、スカジャンとメイド服とかいうある意味ちょっと
「…………ユウカ先輩?」
そんな彼女に睨まれつつ、じと、とした目を私に向けて来るコユキに、私は果てしなく申し訳なくなりながら目を逸らすしかなかった。
考えてみれば当たり前の話で、C&Cからすれば、今まで自分たちの仕事だったものがいきなり掻っ攫われた訳で。
しかもその相手はかつて散々追いかけ回して捕まえていたあのコユキで、おまけに自分たち以上と持て囃されてるなんて、そりゃあ面白くないどころの話じゃない。実際、セミナーに押しかけてきたC&C……というかネル先輩は、そんなことを言っていた。
とは言え、こっちにだって言い分はある。元からC&Cへの依頼は「セミナーの手に負えない荒事を代わりに片付けてもらう」といったものであって、セミナーが自分で処理できる案件ならそもそもC&Cの出番はない、というのがひとつ。
それと……自分でも少し意地が悪いかもと思ったけれど、ちょっとした意趣返しの気持ちもあった。物を壊すな建物を壊すなと散々言って聞かせても、治さない上に開き直られてばかりで、いい加減我慢の限界だったのもあって。
「…………で、『コユキの方がスマートにできるし』とかなんとか言っちゃってこの通りと」
「うっ……」
相変わらず、コユキが歩く時は足音がしない。衣擦れの音すら立てずに私の方に近付いて、じと、とした目を向けて来た。
そう、売り言葉に買い言葉でそんなことを言ってしまったせいで、目に見えて青筋を浮かべたネル先輩にあのガキを呼んでこいと凄まれてしまい、拒みきれずに今に至るのだった。
「本当にごめんなさい……変に調子に乗っちゃったわ……自分のことでもないのに」
「まあ、過ぎた話なんで良いですよ。第一ネル先輩が面倒なのがいけないんですし」
「おい聞こえてんぞてめえ」
肩を窄めるしかない私と、そんな私を慰めるみたいにぽんぽんと背中を叩いてくれるコユキ……と、しれっとディスられて目尻をひくつかせたネル先輩。
そんな視線も軽く流したコユキは先輩に向き直って言った。
「それで?いきなり呼び出して何の用です?これでもちょっと忙しい身なので端的にお願いします」
「あたしと戦え」
「すいませんもうちょっと詳しくお願いします」
「端的っつったろ」
「端的にも程があるでしょ」
漫才みたいなやり取りだった。先輩の後ろにいるカリンとアカネがちょっと笑いそうになっていた。
「最近、あたしらがなんて言われてるか知ってっか?」
「………歩く火薬庫?」
「違ぇよ。そりゃアカネだけだ」
「待って下さい私陰でそんなこと言われてるんですか!?」
流れ弾が飛んだアカネが叫んでいるけど、二人ともさらっとスルーして話を続ける。……なんだか今日は、いろんな人が無視したりされたりしているような。
「さっきユウカのやつが言ってたようなことだよ」
「と言うと?」
「やれてめえの方が強そうだの、やれメイド部は白兎の下位互換だの、『時代はメイドより忍者』だの『クノイチ萌え』だの『あの傘の構造知りたい』だの『ちょっと物理学的に気になるから私に雷落として欲しい』だの『メイド部はもうエージェントやめてメイド喫茶専業でやって欲しい』だの……ちっ、どいつもこいつも好き勝手言いやがって」
「今明らかに変なの混じってませんでした?」
「最後のに関しては正直同感、あのメイド喫茶もう一回やって欲しいもの」
「…………ユウカ先輩、そういう趣味が?」
「ち、違うわよ!経済的な話!前にやって貰った時結構売り上げが良かったの!」
以前ミレニアムの電気街でお祭りがあった時、C&Cにメイド喫茶として参加して貰った時のことを思い出す。まあとても可愛かったからもう一度見たいのもあるけれど。「あれね!私もまたやりたい!」と笑っているアスナ先輩を見るにネル先輩の不在を狙って打診したらもしかしたら……?
「おいユウカ、てめえ今何考えてやがる」
「な、何も考えてないけど!?」
「ウソつけくだらねーこと考えてんの顔に出てんぞ」
なんてことをぼんやりと考えていると、見透かしたような言葉が飛んできて思わず肩が跳ねる。……戦う時は勘が冴え渡る人だけど、日常でも妙に鋭い時があるんだった。
思い切り目を逸らした私に鼻を鳴らしてから、脱線しかけた空気を引き締めるみたいに、パンパン、とネル先輩が手を打ち鳴らした。
「とにかく、だ。んなことを好き放題言われて黙ってるわけにはいかねえ。ここいらで示しを付ける必要があるわけだ」
「…………で、ユウカ先輩に言っても仕事を振ってくれなさそうだから、私を打ち負かして自分たちの方が上だとアピールしたいと?」
「私も言ったわよ横暴がすぎるって……」
「それ以前に発想が蛮族過ぎるでしょう」
嫌そうな顔で私の方を見るコユキだけど、気持ちとしては私だって同じようなもので。
「ま、あとは今のこいつのことがちっとばかし気になってな。相手を理解しようってな時は、これが一番手っ取り早いんだよ」
「前のセミナー襲撃事件の後もそう言ってアリスちゃんに喧嘩吹っかけたって話だし……はあ、まったくどうしていつもこう……」
「理解しようとする相手の意思が全く尊重されてませんよね」
こめかみを抑えてぼやく私と淡々と突っ込みを入れるコユキ、そんな私達に構わず好き放題勝手なことを言っているネル先輩だけれど、私だって真っ正直に従って戦わせるつもりでコユキを呼んだ訳じゃない。
ここ最近の仕事でコユキの強さはかなりのものだと知っているけれど、いくら強くなったにせよ、ネル先輩の相手をさせる気はさらさら無かった。心配なのもあるし、そもそも理由が理由だから、コユキに何のメリットもなければ応えなきゃいけない責任もない。
とりあえず本人の口からキッパリ断って貰って、そこから話し合いでどうにか着地させよう、というのが私の腹積りだった。
「ま、ドンパチやり合うのが1番あたし好みだが、別の勝負事でも良いぜ。とにかくあたしらにもメンツとプライドってもんが────」
「お断りします」
そう、こんな具合に拒否するだろうから、そこから……と思っていた私だったけれど。
最近の真面目なあの子を見ていたせいか、私はすっかり忘れていた。
黒崎コユキという生徒は、予測不能が服を着て歩いているような変数の塊なのだということを。
「大体、
ピシッ、と。
本当にそんな音がしたわけでもないのに、ガラスに亀裂でも入るような、そんな音が部屋中に響いた気がした。
私もノアも、ネル先輩も、C&Cの他の人も、フリーズを起こしたパソコンの画面よろしくぴたりと止まったまま動かない。
「無い面子は潰れたりしませんよ。先輩のそのちんちくりんな胸と同じように」
さらに追撃が入った。
私たちの様子も知ったこっちゃ無いと言わんばかりの言葉の刃だった。
「…………ちょっ、ちょっとぉっ!?コユキ、あなた何言って────!?」
「だって実際そうでしょう?ねえノア先輩」
「えっ、あっ、は、はい?」
ようやく再起動できた私が泡を食って止めようとするけど、そんなものはどこ吹く風なコユキは、くるりとノアの方へ振り向いた。
「物は壊さず建物も壊さず、そう言い含めた依頼の中で、ちゃんと壊さずに帰って来れたこと、今までで何回ありました?」
「え、ええと……私の覚えている限りでは……ゼロ回ですね」
「つまり間違いなく毎回派手にぶっ壊して帰ってくると」
いつもは余裕を崩さないノアだけど、今回は流石にまだ頭が再稼働し切っていないみたいだった。とはいえそこはセミナー自慢の記録係、答え自体はするりと出してくれる。
「で、ええとなんでしたっけ、任務自体は達成してるんだからいいだろ、とか言ってるって聞いてますよ。あと後始末はセミナーの仕事だとかなんとか」
それっておかしくないですか、と首を傾げて見せるコユキ。
「任務の条件として出された時点で、自分たちの仕事の範疇だって思う筈なんですがね、
はあ、と溜め息を吐いて、続けて言う。正直もうやめて欲しいけど、異常なくらい静かになったネル先輩が怖すぎて声が出ない。
「任務成功率脅威の100パーセントとの触れ込みのメイド部、というかあなたですけど……蓋を開けてみれば、半分くらい失敗してるのを屁理屈で成功ってことにして嵩増ししてるだけじゃないですか」
既にお終いになっていた部屋の空気がさらに死んだ。
「そうやって任務自体は達成してるんだーって言い逃れしてるの、はっきり言ってみっともないというか、プロ意識がないというか────」
「はっきり言って、めちゃくちゃダサいですよね」
部屋の空気が死体蹴りされた。
部屋の隅っこで目立たないようにいそいそと事務作業をしてくれていた役員の子達が、ひゅっと息を呑んでいた。
「その点私は違います。依頼の成功は当然のこと、依頼人の指定も十二分に守る」
言葉それ自体は自慢気なのに、話す内容は煽りそのものなのに、顔はニコリともしない無表情、声も至って平坦で冷静。いっそ『前のコユキ』みたいに思い切り笑って煽り散らかしてくれた方がまだマシだったかも知れない。こっちの方が数段煽り力と口撃力が凄い。
「依頼を半端にしかこなさない誰かさんと、頼んだ通り完璧にこなす私。どっちを使うかなんて、元服前の
今更だけど、最近のコユキはたまに古風な言い回しが混ざるなあ……なんて、恐ろしい現実から逃避するみたいにどうでもいい思考が頭を過った。
「そういう意識の差が評判の差に出た、ただそれだけの話。良かったじゃないですか、身の丈と身の程にあった言の葉を贈ってもらえて」
そして、はあ、とため息を吐いて言葉を切ってから、とどめに一言と言わんばかりに付け加える。
「というか
「じ、自分で言っちゃうんですねそれ……」
「事実でしょう?」
苦笑いしながらそう言ったアカネにコユキは肩をすくめて見せた。以前の自分に対してすら物言いが辛辣なのは、真面目になったと喜んでいいのか悪いのか。
「ほら、突っ立ってないでとっとと帰って下さい。雑な仕事しても押し通せるあなた達と違ってこっちは忙しいんですよ。ガラの悪いチンピラチビメイドに構ってる暇ないんで」
話は終わりとでも言うように、しっしっ、と虫でも追い払うみたいに手を振るコユキ。
「────ふぅぅぅーーっ……」
それに対して、うなじに手をやって首をこきっと鳴らしながら顔を上げたネル先輩は、とてもとてもにこやかな表情をしていた。
にこやかに笑いながら……こめかみにくっきりはっきりと青筋を浮かべていた。
「言いたいことはそれだけか?」
部屋の端っこにいた後輩達が逃げていくのが見えた。私も逃げたかった。切実に。
笑っていない笑顔のネル先輩、その両手には……愛用のマシンガン。
「ちょっ待っネル先ぱ────!」
泡を食って止めようとするけれど、間に合うわけもなく。コユキに向けて構えられた銃から、発砲音が────
聞こえなかった。
「────────え?」
さっきまで私のすぐ目の前にいたはずのコユキが、気付けばネル先輩の前にいて。
構えられたと思った銃が離れたところに転がっていて、一瞬前までそれを握っていたであろう先輩の手のそばには、何かを振り払ったようなコユキの手。
「………てめっ、このっ、はなせっ……!」
そしてそのコユキの逆の手は、ネル先輩の顔を、顎下から掴み上げていた。
恐らくだけど、一気に近づいたコユキがネル先輩の銃を払い除けて、そのまま先輩の顔を掴んだ……らしい。
けれど、その一連の動きが私には全く見えなかった。本当に、私の目がまばたきしている間に全部終わったみたいに、何も。
「………………ふうん?」
瞳の中を覗き込むみたいにして、ネル先輩の顔をじっと見つめること数秒。どこか、何かに納得したような声を漏らしつつ、コユキはぐいっと先輩の身体を離した。
「おわっ……!?」
「まあ、何を企んでるかは知りませんけど。今回は乗ってあげますよ」
「…………ああん?」
怪訝そうな顔をしたネル先輩に対して、無理に突っぱねても後が面倒そうですし、なんて呟くコユキ。
「三十分後に、七号館の性能試験場で。……いささか時代遅れですけど、その一騎打ち、受けてあげます」
発明と物作りの学園でもあるミレニアムには、作った成果物の性能を見る試験場がいくつもある。黒崎コユキが指定したのもそうした場所のひとつだった。
体育館としても使われるそれは、バスケットコート四つ分とそれなりの広さが確保されている。加えて床や壁は頑強に作られており、暴れ回ったり銃弾をばら撒いたり煙を撒き散らしたりしても外部に被害が及ぶことはない。
「っし、来やがったな。…………なんだその格好」
「お気になさらず。こちらの方が戦いやすいというだけです」
銃を持ったままストレッチで身体を解していた美甘ネルは、現れたコユキの姿に怪訝そうな顔をした。
ミレニアムの制服とジャケットではない。薄汚れている茶色、いや褪せたオレンジ色の……和服のようなもの。腕には手甲か何かが縄で巻きつけられているし、足に履いているのは普通の靴ではなく草履。腰に下げているのは白い刀。
時代劇か何かに出て来そうな出立ちだが、下手なコスプレのような不恰好さは感じなかった。むしろ奇妙なほど自然に着こなしている。
そして、何より気になったのが────
(……ありゃあ、血か?)
服の至る所についている黒い染み。機械油や泥とはまた違う色味からして、おそらく血糊が付いた跡。それだけなら怪我でもしたのだろうと思うが、妙なのはあれだけ着込んだ服の
つまりあれは、服の下から滲んだ自分の血などではなく。
全て、
「ねえコユキ、本当にやるの……?」
「やらないとうるさいですよあのチビメイド」
「さっきから人を煽らねえと話ができねえのかてめえはよ」
「人に喧嘩ふっかけておいてこの言い草ですし」
「あの、コユキ、もしかしなくても怒ってる……?」
癪に障る減らず口は変わってねえが、言い回しが頭良さげになった分余計に腹立つ……なんてことを考えながら、頭に掠めた違和感は一旦脇に置いて、ネルはコユキ達に向き直る。立会人としてセミナーからはユウカとノア、C&Cからはアスナ、アカネ、カリンが同席することになっている。
「それよりユウカ先輩、頼んだものできてますか?」
「一応急いで仕上げたけど……こんなことして大丈夫なの?」
「まあ、ダメならそれはそれで。……はい、注文通りですね。ほら、ネル先輩も」
「あん?なんだよこれ」
コユキがユウカから受け取ったタブレットをこちらに手渡してくる。画面に映っているのは何やら文書のようなもので、堅苦しい文字の羅列がびっしりと文字が並んでいる。
「誓約書みたいなものです。この果し合いのルールとか、やるからには後からごちゃごちゃ言いっこなしとか、後の処理とか、まあ
「ちっ、めんどくせぇな」
言われるがままに画面に手を置く。どうせ格式ばったことばかりが書いてあるのだろう。そう言った大真面目なあれやこれやを嫌うネルは、大して読みこまないまま認証した。
「あっ……」
「あん?なんだよ」
「や、えっと……誤字直したかどうか怪しくなっちゃって今心配になったというか……」
「ざっと見た限り大丈夫でしたよ。ほら、危ないから離れて離れて」
「う、うん」
認証して見せたこちらを見て妙な声を漏らしたユウカ。ネルが怪訝そうな目を向けるも、コユキにせっつかれて足早で離れて行った。
「さて、改めてルールのおさらいです。ちゃんと覚えていますか?」
「……相手の背中を10秒地面につけるか戦闘続行不可能にしたら勝ち。ただし試験場の破壊が一定値を超えたら強制敗北、だろ?」
気にはなったが、ひとまず傍に置いてコユキと話す。どの道
確認を済ませたコユキが腰の刀に手をかけるのを見て、こちらも装弾を済ませた愛銃を両手に構えつつ相手を見据える。相手との距離およそ15メートル、それが互いのスタート地点。
鞘から引き抜いた刀を掴んだまま、くるりくるりと調子を確かめるように手首を回すコユキ。目線どころか意識がこちらに向いてすらなく、側から見れば無防備にしか映らない。
(隙だらけに見える、が……)
だが、ネルが抱いたのは微かな警戒だった。
特異な才能こそあれど戦闘はからっきし、逃げ足だけは相当に速いが追いついて仕舞えば叩きのめすのも捕まえるのも簡単な、弱さの目立つ後輩。それが美甘ネルにとっての黒崎コユキだった。
そんな記憶の中の姿と、眼前にいる相手の姿が一致しない。見てくれや格好ではなく、細かな動きや纏う雰囲気が根本から違う。構えてすらいないのに、そこへ撃ち込むことを直感が避けろと告げている。
思い返すのは先程の一幕。少し脅かしてやろうと銃を構えようとした瞬間、即座に距離を詰められ掴み上げられていた。油断し切っていたとはいえ、こちらの反応が間に合わないほどのスピードで。
(てめえは、一体────)
「────あ、一応念を押しておきますけど」
たんっ、たんっ、たんっ、と。
準備運動か何かなのか、身体を軽く揺するように小さくジャンプを繰り返しながらコユキが口を開いた。
「さっきの誓約書にも書きましたけど、今回の勝負どっちが勝とうが負けようが修繕費と弾薬費は全部先輩持ちなのでそのつもりで」
「はあっ!?てめっ何言ってやが────」
聞いていない話を唐突に放り込まれ目を剥いた、その刹那。
「────────、は?」
目の前に、刀の切先が迫っていた。