葦名の白兎、ミレニアムに忍ぶ。   作:ラストおはぎ症候群

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第七話:C&C、美甘ネル〈弍〉

 

 

 

 

 

「──────っ!!」

 

 刀の先端が突き刺さる一瞬前、美甘ネルは本能と脊髄反射だけで咄嗟の防御を行った。愛銃を迫る刀に叩きつける形で、辛くも軌道を逸らす。

 

「こ、んのぉっ……!」

 

 完全に、顔を狙いにきていた。

 

 口をついて出た悪態も、避けられたと思考が追いついた後に出たものだ。胸の奥、心臓や肺が冷たく縮み上がるような錯覚。

 ミレニアムにおいて"強さの最大値"とすら言えるネルにとっては久しく感じていなかったそれを、黒崎コユキは容易く呼び起こした。

 

「────、────」

「ぐっ、ぅっ…………!」

 

 それで終わる筈も無く、逸らされた刀がそのまま振るわれる。銃を盾がわりにすることで受ける。

 受ける、が────瞬きした後には、既に逆側から斬撃が振るわれている。

 

「い゙っ、づっ……!?」

 

 辛くも防ぐ。追撃が既に右にいる。

 右を防いだかと思えば左。

 左を止めたかと思えば右。

 ならば次は左かと構えれば続けて右、右。

 そのまま立て続けに、三から四、五、六、七撃────

 

「────、おっ、らァッ!」

 

 半ば山勘に身を任せ、右手を思い切り強く振り払った。

 銃身と刀が弾けるのと同時、左手で引き金を弾き絞る。とにかくこいつを引き剥がさないとまずい、と思考が追いつく前に身体が動いていた。

 

 

「弾き後、左の銃撃」

 

 

 放たれた銃弾は、しかしコユキに届いてはいない。引き戻した刀で甲高い金属音を響かせながら難なく弾き散らし、軽やかな足取りで止まってみせる。……反撃は、無い。

 

「───────ふ、ぅ」

 

 戦況は一旦のニュートラル。コユキが仕掛けては来ないこと、仕掛ける素振りをまだ見せていないことを確かめながら、ネルは反撃ではなく息を吐くことを選択した。不意打ちで少しばかり乱された呼吸と鼓動を、短く細い吐息ひとつで瞬く間に鎮める。

 

「汚ねえ真似しやがって……不意打ちならやれるとでも思ったか?」

「………………」

「チッ、無視かよ」

 

 煽るような言葉にもコユキは何も返さない。仕掛けて来る気配もない。ただ目線だけが、静かにこちらに向けられている。その瞳からは、何を考えているのか全く読めない。

 

(……なんなんだ、コイツは)

 

 そう。何も、だ。

 戦いであれば誰しもがその目に宿すであろう戦意や敵意といったものを、コユキからはまるで感じられない。まるでよくできたマネキンがこちらを見ているような、薄気味悪さがあった。

 

 始まる前と同じく、特に構えるでもないただ刀を持っているだけの立ち姿。しかし、少しでも意識を逸らせばさっきのように異常なスピードでの速攻が飛んで来るだろう。そう確信できたからこそ、ネルは緊張と警戒の意識を切らさない。

 

「……………あのコユキに、か」

 

 思わず、そんな言葉を一人ごちる。

 強いと聞いてはいた。戦っている映像も見た。だがこうして直に相対することで実感できた。

 

 

 これは最早、顔が同じなだけの、全く別の人間だ。

 

 

 最後にコユキと戦った──と言うより追い回したと言った方が正確だが──あのクルーズ船の時とは根本から違う。武器や戦い方の違いなんてわかりやすい差異ではなく、もっと本質的な部分から変わっている。

 今の一瞬の攻防でも見えた技巧。一切無駄のない身体運び。一瞬を見極める判断力。そして何より、速さにおいても自負と自信を持つネルをして、気を抜けば反応が遅れる程のスピード。

 捕まえるのが面倒なだけの、か弱い問題児はもうどこにもいない。それを改めて強く認識すると共に、頭の中に浮かんでくるのは、もう何度目になるかわからなくなるほど抱いた疑問。

 

(てめえに、何があった?)

 

 突然の失踪、一切つかめない手がかり、そして前触れのない帰還。コユキが変わったきっかけは、どう考えてもそれ以外に無い。

 変わり果てた精神面を慮って、ユウカやノアは無理に聞き出すことを避けている。その判断は間違っていないと思う。反面、それでは何もわからないままだろう、とも。

 細かな事情まではわからなくても、今のコユキの在り様を理解することは絶対に必要だろう。

 "()()()()"()()()()()からだけではなく、ネル自身もまた、それを知りたいと思った。

 

「ちょいと面食らったが、こっからはそうは行かねえ」

 

 そのために────ネルは静かに、己の脳内の戦闘思考を速め、深めていく。

 残弾を把握。ダメージを確認。……戦闘続行、可能。コンマ以下の思考時間で、現状確認と次の方針を組み立てる。

 相手に仕掛けられてしまえば、途端に向こうがイニシアチブを握って来る。後手に回るのは不利。とくれば────

 

「今度は、こっちの番だァ!」

 

 もとより様子見やカウンター狙いなど性に合わない。戦術的かつ戦略的に、その上でガン攻めと押せ押せの一点突破がネルのスタイルだ。

 床を強く踏み締め駆け出したネルに対し、コユキはゆらりと刀を構えた。

 

「……初撃は()

 

 振り抜いた()()により放たれる、銃を鈍器がわりにした殴打。銃撃だけではなく近接打撃も多用する、ネルが得意とするクロスレンジでの十八番の攻め手。

 そんなネルの攻撃をコユキは難なく弾き、更には斬り返して来る──その前に、ネルは追撃に入る。

 

「っ、と」

 

 斬りかかろうとしたであろう刀に、左での追撃が弾かれ去なされる。攻めに入ってくる隙を突いたつもりだったが、守りへの切り替えがあまりにも速い。

 

(後の先狙うにしろもっと大きな隙を狙うっきゃねえ、か)

 

 勇んで突撃してはいても思考は冷静。頭の片隅で手応えを確かめながらも、攻め手は一切緩めない。

 左右の銃を振りかぶり、畳み掛けるように殴りかかる。殴打の勢いを乗せて身体を捻り、回し蹴りを叩き込む。

 その全てを刀で受けられてもなお、より苛烈に。加速し────

 

「右左で四回、次に右」

 

 刀と銃の衝突音が五度響いた瞬間、ネルは殴打ではなく銃口を向け、トリガーを引き絞った。

 

「────────はっ」

 

 結果は、無駄弾。

 マズルフラッシュが弾けるまさにその瞬間に刀で斬り払われ、あらぬ方向を向いた銃口から銃弾が虚空に飛んでいった。

 

「……ちっ」

 

 白兵戦はネルもまた得意とするところだが、ここで得物の違いがネックになる。銃はあくまで飛び道具、それを使って殴ることは基本的には想定されていない。しかしあちらは近接武器である刀、この間合いこそが想定された射程距離(レンジ)

 弾を撃つにしても、たとえどれだけ突き詰めようとも「銃口を向けて」「引き金を引く」という二段階を要するこちらに対して、あちらはただ「振るう」だけで攻防が成立する。

 

(ゼロ距離じゃ、流石に一歩不利か)

 

 その程度何の問題もない、と普段のネルなら豪語するだろう。事実、ネルの強さはそれで覆せる程ヤワなものではない。またこれまで戦った敵の中に、武器の適正の差を()()()()()()ような手合いは存在しなかった。

 

 だがコユキ相手には、その一歩が無視できない。

 

「だった、ら────!」

「っ、と」

 

 攻防の最中、ネルは愛銃のマガジンスロットの付け根を刀へ押し付ける。時代劇に出てくる十手のように絡め取るまではいかないが、弾き散らせなかったコユキは、ネルの狙い通りに後方へと押し出された。

 

「三度弾かれの後、押し出し」

 

 それで崩れる訳でもなく、返す刀が振るわれる。しかし────刀の切先が、空を斬る。

 

「………………!」

 

 己の身体と紙一重で空振った刃を見て、ネルは笑みを滲ませた。何もゼロ距離だけがネルの間合いではない。こちらの得意を押し付けさせて貰う。

 先程の打ち合いだけで、既にネルはコユキの刀の長さと間合いを肌感覚で掴んでいる。鍔迫り合いから二歩と半歩を引いた場所。こちらの弾は即座に届き、しかしあちらの刃は届かない距離。ネルにとって一番得意な間合いの範囲内であり、かつコユキの攻撃を躱せる位置に陣取った。

 

「おらおらおらぁぁっ!!!」

 

 チャンス。そう判断したネルのアクションは最速だった。左右の銃口を共にコユキへ向け、一気に引き金を引き絞る。

 手数重視のマシンガンとは思えない火力が一発一発に込められている。ネルもコユキも知り得ない事柄であるが────世界の仕組みを知る者たちからは『神秘』と呼ばれる超常が起こす現象。

 

「……………っ」

「ハッ!やっぱ弾き切れねえよなあ!?」

 

 今までのように、数発程度を纏まって撃ち出すだけなら弾かれて終わっただろう。しかし今度は、銃弾が帯のように連なって見えさえする程の連射。それを前にしたコユキは────弾きではなく、回避を選んだ。音もなく地面を蹴って、ネルを中心に時計回りに駆け出す。

 

「逃がさねえ、よっ!」

 

 疾走に応じて銃を向ける。後を追うのではなく、先へ置くための偏差撃ち。対するコユキがスピードを速め、あるいは緩め、あるいは止まり、あるいは逆向きに走り出す、そんな緩急にも即座に合わせて、逃れることを許さない。

 

「──12発──12発──22発」

 

 『ノってきた』ネルのギアがさらに1段上がる。軽やかで、かつ鋭いステップと共に放たれる銃弾。今度はこちらが一方的に攻める展開。コユキは的を絞らせないことで自分に当たる弾丸の数を減らし、その上で()()()()()弾くことで対処しているが────手数が、あまりに違う。

 

「────っ、くっ……」

 

 コユキの肩や脚を銃弾が掠め、無表情だった顔が僅かに顰められる。一発、二発とまばらだったそれが、四、五、六発と増えていく。

 

 …………たった、数発。

 毎分850発、秒間にして約14発のマシンガンを撃ち続けて、なお。使い手は素人ではなく、ミレニアム最強のエージェントであるにもかかわらず、それでもなお。

 コユキに当てられているのは、それだけ。

 

 そんな異常な事実を残しながらも────ネルは確かに、コユキの鉄壁を僅かに崩すに至る。

 

「…………っ、と」

 

 走りながらでは捌き切れなくなった銃弾の雨に、コユキは足を止めて防御に専心した。

 

(もらった────!!)

 

 鋭いステップで間合いを詰め、同時にトリガーを引き絞る。先ほど見切った刀の間合いには入らず、それでいてあまりにも近いが故に弾きも回避も間に合わない距離。そして、散らさずに一点に集中させたことで、確実に刀では弾ききれない量、その連射。

 赤熱した銃弾の帯が、コユキめがけて真っ直ぐに吸い込まれ────

 

 

「────────ムジナさん」

 

 

 ギャリリリッ!!

 

 誰かの名前を呼ぶような声の後。高く小気味の良い、金属同士が弾ける音が数十回、まとめて重なって鳴り響き、体育館に反響した。

 

「…………出しやがったな?」

 

 ネルの目線の先にあったのは、『傘』だった。

 事前情報として聞いていた、コユキが扱う道具の一つ。芸術品のような絵が描かれた、赤と金のド派手な金属の傘。銃弾はおろか爆発も爆風も通さず、回転によって全てを受け流すという、理解不能な耐久性能を持つ防具。事実、展開と同時に回された傘に、ネルが放った銃弾は尽くが弾かれている。

 …………どこかの誰かは、アレを解明不能物体(オーパーツ)の一つと捉えていたが。

 

「ふっ……!」

 

 頭の片隅でそんなことを思いながらも、ネルは残りの銃弾を撃ち続ける。地面を蹴り、素早く左右にステップを踏み回り込みを狙ってみるものの、傘で視界が遮られているにもかかわらず、的確に向きを合わせてくる。おまけに、傘が純粋に広く大きいのもあって、前後左右のどこにも狙える隙間がない。

 そうして数秒続いた弾丸の豪雨が、不意に途切れる。

 

 弾切れだ。

 

「クソッ……!」

 

 素人であろうと達人であろうと等しく抱える銃火器の弱点。両手が塞がる二丁拳銃であってもリロードを一切損なわない、それほど熟達したネルであろうと、一瞬の隙を許してしまう時間。────それを逃すほど、今のコユキは甘くないらしい。

 

 白い煙が立ち上る傘が、扇の形に畳まれる。

 軽やかに身を翻しながら、鉄扇と化したそれが刀と共に振るわれ────

 

 

 ────派生攻撃、放ち斬り。

 

 

 今のネルは知る由もないが……その技は、そんな名前をしていた。

 

「い゙っ────!」

 

 光の屈折のせいか鮮明に目で見える、白いX字型の衝撃波。ネルが装弾を始めた後から動いたにもかかわらず、「それ」が放たれたのは弾を込め終わるのとほぼ同時だった。

 咄嗟に盾がわりに銃を構えるが、そんな雑な防御で受け切れるものではなかった。風切り音を立てながら向かってきたそれが銃身と衝突した瞬間、思い切り腕が弾かれる。

 

 衝撃に思わず目を瞬かせる。

 

 瞼を開けた瞬間、コユキが目の前にいた。

 

「なっ……!?」

 

 再三目の当たりにしたコユキのステップ。だが、やはり速い。

 おまけに瞬きのタイミングと重なったせいで、まるで瞬間移動でもしたような────

 

「────ぐっ、ゔっ、このっ……!」

 

 完全に無防備となったネルの身体に、コユキの刀が振るわれる。しかも一切の躊躇なく、脇下から首を狙いに来ている。

 キヴォトスの住人の身体は頑強だ。銃で撃たれたところで、身体を貫くどころか皮膚すら破れないことの方が殆どであり。刃物で切り裂こうとしても引っ掻き傷程度にしかならない。

 刀の扱いに()()()慣れたコユキの斬撃であっても肌に赤い線が引かれる程度なのは変わらないが────普通のそれよりも数段、鋭い。

 

「クソッ……!」

 

 服が裂ける音と一緒に走る久しく感じていなかった切り傷の痛みに顔を顰めながら、重心を後ろへ退げる。

 

「────引き撃ち」

 

 後ろに跳び退きながらの()()()()。先ほどよりも一回り大きく距離を取る。攻めるためではない、守りの一手。牽制程度の射撃では有効打にはならず、難なく躱され、弾かれ────もう一度、距離を詰めてくる。

 

「仕方、ねえか……!」

 

 斬撃から逃れるために走り出す。速さにかけてはネルにも自負がある。それこそ、こちらがウサギになったように、軽やかに駆け、あるいは跳びながら、絶えず銃弾を浴びせ続ける。

 けれど、動きながらの射撃は、その分精度がやや落ちる。先ほどまでコユキを攻めていられたのも、ステップを織り交ぜながらも撃つ時には足を止めていたからこそだ。

 今度はコユキが止まらない。姿勢を低めて掻い潜る、或いは左右に振るステップ、あるいは刀で斬り払う。その走りながらの弾きと回避だけで、充分に間に合ってしまうから。銃弾を迎撃しながらも、一切スピードを緩めずに追い縋ってくる。それに応じて、こちらも速度を上げざるを得ない。

 

 ────こちらが、逃げている。

 その事実にネルは、少しだけ歯噛みした。どんな相手であれ攻め続けるだけで勝てるなどと、そんな上手くいくほど戦いが甘くないことなど知っている。時として攻めさせる、あるいは退くことが肝要になることもわかっている。

 だがそれは、あくまで戦略的に手立てや目処が立っている時の話で。ひとまずの立て直しを図るためのそれを行うことなど、いつぶりだっただろうか。

 それが、ネルにとっては少しばかり屈辱だった。それに、あのコユキに、という思いもあった。例えどれだけ強くなっていても、ネルにとってはあの頃の、ムカつく問題児の後輩だ。

 

「────てめぇに負けてたまるかよ」

 

 美甘ネルは普段から怒りを爆発させるタイプであり、ヒートアップしては怒鳴り散らすことが日常茶飯事だが────こと戦闘中では、怒るごとに、より冷静になっていく。

 心のどこかで抱いていた油断と侮りは捨てつつも、プライドからくる怒りを燃料に。ネルのギアが更に一段上がる。研ぎ澄まされる。

 

 相手の動きに目を凝らす。

 狙うのは、銃弾を斬り払った瞬間。コユキなら即座に次の動作に入っているが、それでも他の拍子に仕掛けるよりは──ほんの些細な差であったとしても──ネルにとっては狙う価値のある一瞬。戦闘とは、そんな些細な有利すら掻き集めると心得ている。

 

(ここっ……!)

 

 前への慣性を反作用にして、振り向いて一気に踏み切る。逃げの一手から攻撃への急転換。特に慌てた様子もなく刀を構えたコユキに、銃で鍔迫り合うように飛び付いた。

 

「初撃は、()

 

 ()()の銃とコユキの刀、両者の得物がギリリと軋む音を立てて、銃身と刀身が交差する。

 

「おっ、らあっ!!」

「…………『流水』」

 

 そのまま強引に押し込むネルに対して、コユキは逆らわず逆に引いた。しゃりぃぃん、と金属同士が擦れる澄んだ音が伸びるのと一緒に、しなやかに後ろへと流される。弾くでも躱すでも受けるでもない、新しい防御。予想外ではあったが、想定外というほどでもない。身体の体勢は崩していない。

 

 後ろへ流されるまま銃を構え、撃つ。一拍を置いて二度、三度。

 弾かれる前提の牽制が案の定聞こえてくる鉄が弾ける音にも構わず────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──────?」

 

 どう見ても弾など撃てない持ち方に、コユキの無表情に微かな疑念が混ざる。ほんの一瞬のその些細な変化を見逃さなかったネルは、次に放つ一手への自信を強めた。

 

 ジャラララララ、と音を立てるのは、ネルの二丁の銃を繋ぐメタルチェーン。何もコレは、格好付けやファッションだけで付けているのではない。

 

「食らいやがれっ!!」

 

 気合いをひとつ入れ、ネルは左手を振り上げ────

 

 

 ()()()()()()()

 

 

「────、────は?」

 

 コユキがそんな声を漏らしたのは、半ば反射的に弾いてからだった。自分が今し方弾いた攻撃に理解が後から追いついたらしい。

 得物の本体を投げ捨てるなど、それこそ投げやりにでもならない限りはやらないだろう。そんなことはこっちだって百も承知で、そして至って真面目だ。

 

「ふっ……!」

 

 金属同士が擦れる音を波立たせる連なった鉄の輪。右手に残る銃から伸びるそれが張り詰める直前、その半ばあたりを強く掴み、思い切り引く。

 ジャラララララッ!と騒々しい音が一段上がりながら、あらぬ方へ弾かれた銃が引き戻され。

 

「────はあっ!」

 

 チェーンアレイよろしく鎖を振るうネルの意思に従うように、銃身がコユキに叩きつけられる。

 以前C&Cの後輩たちには見せたことがあった戦い方。その時は銃の扱いが雑すぎると、それこそ今目の前で弾いているコユキよりも数段引き気味な目で見られたものだが────ネルの愛銃は、この程度でガタが来るほど軟弱ではない。 

 

 引き戻して銃を掴み直し、即座に銃撃。いつも通りの変わらぬリコイルからして、銃の調子は万全だ。

 右手の銃のグリップを握り直す。制御が少し雑にはなるがこれなら銃撃を混ぜられる。その右手から牽制射撃を見舞いながら、またも左手の銃を投げつける。

 

「よっ、と」

 

 そして、今度は鎖をやや浅い位置で握り直してレンジを変える。山勘での長さの調整。完全な目分量だが、こういう時の匙加減を外さないのもまた、ネルの強さのひとつだ。

 再び弾かれた銃を鎖ごと振るう。大きな扇形を描くように振るわれた銃が、コユキの右手側から迫る。

 殴打と弾丸を捌きながら近付いてくるコユキに対して、ネルはリーチを伸ばしている。彼我の距離よりも長い鎖で横から薙いでしまっては、ジャストミートからは外れてしまう────ということは、ない。

 

「………………っ!」

 

 横から叩きつけられた鎖は、慣性に従って弧を描く。コユキの身体を軸に、ぐるりとぐろを巻く竜のように鎖が巻きつき────先端の銃が、振るった手とは反対の側から襲い来る。

 拘束とフェイントを兼ねた回り込む一撃。下手に退いても弾き損なっても鎖に巻かれる一手。それでもやはり、的確に弾かれる。

 しかしそれは、明確に、一瞬だけ遅れた防御だった。

 

「ここっ────!!」

 

 右手に残していた銃を一気に撃ち放つ。刀を返して再び弾きに移ることも、傘を開くこともできず、かつステップでの回避も間に合わない瞬間。

 コユキの身体に、銃弾が余さず吸い込まれた。

 

「ぐっ、ぅ……!」

 

 ようやくのクリーンヒット。目に見えて顔が歪んだのを見て、ネルは確かな手応えを得た。それに浸る間もなく、そのまま流れるように身体を捻り鎖を唸らせ、もう一度殴打を見舞う。

 そのまま立て続けに、銃身での叩きつけと銃撃を織り交ぜて畳み掛ける。

 

「……………っ!」

 

 堪らず、といった様子で、再び傘が開かれる。こちらの攻撃を何度もいなした刀以上に堅牢な防御だが、ネルはそれを見て笑みを滲ませた。

 

「読めてるぜ、その傘は────」

 

 白兵戦の中で刀の間合いを見切ったように、ネルはこの鉄の傘の弱点を掴んでいる。それは────

 

 

()()()()は防げない、だろ!!」

 

 

 単純明快、傘は『上から降るものを遮る道具』だ。水溜まりから跳ねた飛沫で身体が濡れてしまうように、下から来るものは防げない。

 鎖を引き戻し二丁の銃を握り直して、腕を交差させて構える。そしてそのまま、X字を描くように銃を撃ち抜く寸前、()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 

 下段攻撃。

 

 ネルの戦闘センスが導き出した、コユキの傘への解答だった。

 

 

 

 

「────ええ。正解です」

 

 

 

 

 ────仙峯寺拳法、仙峯脚。

 

 その技の名前を、ネルは知らない。

 

 わかったのは、自分が罠に嵌められたという事実だけだった。

 

「────ぐはぁっ!?」

 

 傘の下にいたはずのコユキが、一瞬の内に頭上にいて。そのまま、回し蹴りが落とされた。

 位置エネルギーと円運動を重ねた蹴りは、ただでさえ姿勢を低めていたネルを、そのまま地面に強く叩き伏せた。

 ルール上は()()()地面につけることが敗北条件。まだ勝負は終わっていない。────コユキの攻撃もまた、同様に。

 

「がっっ!?」

 

 着地の勢いをそのまま回転の力に変えての、二段目の回し蹴り。顔を蹴り上げられたネルがそのまま叩き起こされ。

 

「ぐぶっ……!?」

 

 そして軸足を入れ替えてのトドメの裏回し蹴り。鼻血か口の中を切ったのか、血の雫を少し床に散らしながら、ネルは堪らず蹈鞴を踏んだ。

 軽い斬撃よりも余程強烈な蹴り。痛みと衝撃に視界がチカチカと明滅して、吹き飛んだ思考回路が動きを止める。

 

「くっ、そっ……!」

 

 一瞬ホワイトアウトした意識を奥歯を噛み締めて繋ぎ直す。背中から倒れそうになるのをからくも片足をつけることで堪えつつ、その姿勢のまま無理やり撃つ。

 弾かれる。先程まで押されていたように見えたのはなんだったのかと言いたくなるほど的確に。白兵戦の間合いに持ち込まれ、ならばこちらもと意識を近接に切り替える。

 先ほどのように斬り合い殴り合いの中で、また隙を突い、て────

 

 

「────右、左右に四度、また右」

 

 

「…………は?」

 

 弾かれる。それだけなら、さっきまでとは変わらない。

 違うのは、その的確さ。振るわれた後の攻撃が弾かれるのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()────まるで、繰り出す前から何をしてくるかわかり切っているとでも言うように。

 

「な、にぃっ……!?」

 

 徹底して出鼻を挫かれる。

 当然、普通に弾かれるよりも晒す隙は増大する。

 必然、それは反撃をするには絶好の好機となる。

 そして、ネルを襲う異変はそれだけでなく。

 

(んだ、これ……身体に、力が……!?)

 

 がくり、と力が抜けそうになる。気を抜けば今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうな、身体の芯に力が入らなくなるような感覚。

 弾かれる度に、斬られる度に、身体の中の何かが削り取られていくような。

 

「──────ぐっ、ゔっ、っっ!!」

 

 身体を襲う脱力に気を取られた隙に、足刀蹴りが捩じ込まれる。咄嗟に、蹴りに踏ん張らずに後ろに飛ぶことでダメージを和らげつつ、背中から付かないように足を擦らせて着地する。

 

「…………しぶとい」

「チッ、余裕こきやがって……!」

 

 今の一撃で終わらせるつもりだったのか、ゆるりと脚を下ろすコユキに舌打ちを溢す。またも睨み合う状態となり、試験場が静まり返る中、ネルは静かに思考を回す。

 

(……もう見切ったってのか。こっちの動きを)

 

 はっきり言って信じ難いが、そう見るしかなかった。ネルが僅かな打ち合いから間合いを見切ったように、こちらの攻撃パターンを把握された…らしい。

 

「ふぅーー……」

 

 そうなれば、ただでさえ得物の不利がある殴り合いは不可。やるにしても手癖を抑えてパターンを変える必要がある。

 ただし、有効打が無いわけでもない。鎖による振り回しと銃撃を織り交ぜた攻撃はまだ対応しきってはいないだろう。突ける隙は、ある。

 問題はあの傘だが……上から蹴り伏せられるのだけには注意しつつ、近付いて力付くで引き剥がす。刀の間合いに入ることになるがそこは臨機応変に対応するしかないだろう。

 

 いずれにせよ、手間取ればそれだけこちらの動きを読まれるようになる。その前に、短期決戦で畳み掛ける。

 努めて冷静に、美甘ネルはそう結論を導き出した。

 

「────上等だ。その余裕そうなツラ、いつもの泣き顔に変えてやらぁ」

 

 ただ。美甘ネルという人間は、言動がやや粗暴な問題児でもある。

 

 だから、言ってしまうのだ。余計なひと言を。

 

「勝つのはあたしだ。()()()()()()()()()()()──────」

 

 

 

 瞬間。

 

 

 

 空気が、変わった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「それにしても凄いな……リーダーとあそこまで戦えるなんて」

 

「こっちだってびっくりしてるわよ……強くなったのは知ってたけどここまでなんて。ひょっとしたら、このまま勝っちゃったりして────」

 

「────待って」

 

「アスナ先輩?」

 

「…………止めた方が、いいかも」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 腰から外した鞘に刀を納め。

 

 そして抜き放ち、振るう。

 

 起こしたことを文字にするなら、ただそれだけのこと。

 しかし、引き起こされた事象は、それだけの動作から発されたとは到底信じられないものだった。

 

 

 ────()()()()()()

 

 

「────────は?」

 

 唐突に刀を仕舞った相手に呆気に取られた美甘ネルの声は、試験場全体の大気を震わせる大きな振動にかき消され。

 こと速さと反射神経において右に出るものはそういない筈のネルをして、全く反応できないまま────不可視の刀に、斬られた。

 

「がっ、あ゙────!?」

 

 虚を突かれたとは言え、認識すら追いつかない速度のそれは、先の紅蓮傘が放った衝撃波とは比較にならない真空波。

 

 

 名を────秘伝・竜閃。

 

 

「なにっ、がっ……!?」

 

 その威力は尖鋭にして絶大。二丁の銃をつなぐ鋼鉄の鎖はおろか、並の攻撃では血すら流さない筈のヘイローの加護すら突き破り────美甘ネルの胸から腹にかけて、一直線に血が吹き出した。

 

 ()()()、左手に握ったままの鞘に、再び刀を納めた。

 立ち合い人として観戦していたセミナーとC&Cが俄かに騒ぎ始めるのにも構わず。鯉口と(はばき)が擦れ、澄んだ音が響き渡る。

 

「──────ッ!!」

 

 今し方自分を切り裂いた『なにか』と同じ予備動作に、息を呑んだネルは身構え、微かに足に力を込めていた。どうやら、避けるつもりらしい。

 その判断は正しくはある。遠距離攻撃である以上、その射線から逃れることさえ出来れば、当たることはない。

 

 

 同じように、飛ぶ斬撃を繰り出すのであればの話だが。

 

 

 踏み切る。

 

 刀を腰溜めに構え直しながらの、縮地。

 

 鍛えに鍛えた忍びの脚を以て、瞬きの合間に距離を詰め。

 

 刀を、抜いた。

 

 

 ────葦名流奥義・葦名十文字。

 

 

「ぐっ、ゔっ、ぅぅぅ……!」

 

 限りなく水平に近い左斬り上げの居合から、限りなく垂直に近い袈裟斬りに繋げる、神速の二連撃。

 流石と言うべきか、咄嗟の反応、あるいは本能でかろうじて防御を間に合わせていたらしい。割り込んでいたネルの腕から血が吹き出していた。

 

「────────ふっ」

 

 振り切った時の勢いに乗り即座に身体を捻り、蹴り飛ばす。

 それでも。呻き声を噛み殺すような声を上げながらも、ネルはまだ倒れない。

 

 

 それならば、と。

 

 三度、白兎は納刀をする。

 

 

「…………っ!」

 

 美甘ネルの顔がわかりやすく焦燥に歪む。飛ぶ斬撃か、二連撃か。読めない二択に惑い、()()()()()のがありありと伝わる表情。

 

 

『────よいか、小雪(コユキ)よ』

 

 

 それは、彼の国で剣聖と呼ばれた男が見出した戦いの真理。

 

 

『迷えば、敗れるぞ』

 

 

 迷いは隙を生み、隙は致命となる。故にこそ、迷ってはならぬと、あの剣聖は言った。

 それなら、と。その教えを聞いた白兎はふと思い至った。

 

 

 迷えば敗れると言うならば。

 ()()()()()()()()のではないかと。

 

 

 迷わせ、惑わせ、そして生じた隙を斬る。

 白兎が人を殺すためだけに生み出した技法。その術中に、美甘ネルはまんまと嵌まった。

 

 構えてはいるが迷いが現れ、こちらからしてみれば隙だらけも同然のそれに、白兎は一気に距離を詰める。しかし、繰り出すのは十文字ではない。

 

 竜閃。神速の居合によって斬撃を飛ばすこの絶技には、もう一つの型がある。

 

「────────!!」

 

 絶速を以て振るわれる刀、その直撃による第一撃。

 

 不可視の真空刃となって遠方を襲う、不可視の第二撃。

 

 そして、()()()()()()()()放たれるそれは、さらなる刃を作り出す。

 

 より力の込められた真空波により弾かれた大気が、元へ戻らんと収斂することで生じる、地と空を揺るがす第三撃。

 

 一振りにして三段構えの斬撃が、ネルの身体に叩き付けられた。

 

「…………あ゙、ぁ……!」

 

 遂に、ネルの身体が崩れた。立ち上がる力すら入らないのか、膝から頽れる姿を見た瞬間、半ば自動的に動いていた。

 

「ぐはぁっ……!」

 

 崩れた身体を上から踏みつけ。刀を逆手に返し、上段で構え。敵を(にが)さず、機を(のが)さず、刺し貫く。

 

 踏み付け忍殺。

 

 あの日。忍びの掟を二人で破った時に。

 あの人が、あの人にしたように。

 

 刀を、突き刺

 

 

 

 

 

 

「────待って!!コユキッ!!」

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 声のした方を見る。

 肩で息をしているユウカ先輩と、遅れて走って来ているノア先輩、そして銃に手をかけているC&Cが立っていた。

 

「…………………」

 

 自分の足元を見る。

 刀が垂直に突き立っている。

 刺さっているのは────試験場の、硬い床。

 

「はっ、はっ、はあっ……はっ……!!」

 

 ……ネル先輩の、目と鼻の先、その数ミリ横で。

 先輩の背中は、床につけられている。

 

 

 勝負は、()の勝ちだった。

 

 

「は────何やってんですか」

 

 

 その焦ったような、必死そうな。……もっと言えば、怖がっているような。そんな顔を数秒眺めてから、徐に刀を引き抜いた。

 

 

「殺し合いじゃ、あるまいし」

 

 

 それは、誰に対して言っていたのか。

 

 

 私自身にも、解らなかった。

 

 

 

 

 






武器がその人にとってどうかなんて、側から見たらわからないもので。

なお白兎の攻撃についてSEKIROプレイ済みの方にわかりやすくお伝えすると
どこぞの柔剣の十文字に「予備動作が殆ど同一な竜閃とステップ溜め竜閃に派生するパターン」が追加されている、みたいな感じです。


SEKIRO未プレイの方にもわかりやすくお伝えすると
ほぼ同じモーションから対処法がまるっきり違う攻撃を3種類繰り出してくるボスキャラです。
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