前回投稿後にたくさんの感想をいただきました。いつもありがとうございます。(満場一致のクソボス扱いで種鳴らし生える)
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あの後。
気まずい沈黙が流れた試験場を、「着替えて来ます」のひとことだけを言い捨てて出て行った。
何度洗おうとも取れないほど血の匂いが染みついた忍び装束を脱いで、いつもの制服に着替えてから。
「────────ふ、ぅ」
更衣室のロッカーに背中を預けて、ゆっくりと、息を吐く。
久しぶりに、
「…………ははっ。なんですか、それ」
脳裏に滲んだ思考に、乾いた笑いをひとつこぼす。まるで、さっきまでの自分が、『黒崎コユキじゃない』みたいな。
「…………いや。そういうことなのかも、しれないですね」
だって。
ユウカ先輩の声が聞こえなかったら。
今頃、私は────
「………………………」
私は、どうしていたんだろう。
あのまま、先輩を刺していたんだろうか。
別に我を失ったわけでもないし、勝利条件を忘れたわけでもない。でなきゃわざわざ踏み付けての忍殺なんて選ばない。
……いや。だったら適当に掴んで投げて、叩き伏せて終わりでよかった。そんな技も、私は覚えていた。刀を突き立てる必要はどこにもなかった。
どっちなんだろう。
殺す気だったのか。殺すつもりはなかったのか。
「はは」
「わかんないや」
更衣室を出た私を出迎えたのは、ユウカ先輩だった。
外で待っていてくれたらしい先輩は、私の顔を見て何か言いたそうにしていたけれど。ネル先輩は、と聞いた私を保健室に連れて行ってくれて。
「どうですか、怪我の具合は」
「なんともねえよ」
「…………本当に?」
「嘘でも強がりでもねえって。切り口があまりにも綺麗過ぎて、跡も残らず治るんだと」
そこにいたのは、両手に包帯を巻いたネル先輩。本人の言うとおり、施されている手当は最低限だった。曰く、ここでじっとしているのも血が止まるまでの念の為、というだけらしい。
救急箱を閉じながら、ほんの少し心配が混ざった眼差しをネル先輩に向けているアカネ先輩。残りの二人は、今はノア先輩と共に勝負の後始末をしていると言っていた。
「そうですか。良かったですね、私の技の切れが抜群で」
「盛大に掻っ捌いといてその言い草かよ……」
受け答えはいつも通り、竹を割ったように軽快かつ明瞭な、普段と同じ物言いだった。そこには、さっきまでの表情は見当たらない。いつも通りのネル先輩だった。
そう。
あんな、まるで、怯える子供みたいな────
「────なあ、コユキ」
「…………なんですか?」
思案に沈みかけた思考が引き戻される。目を向けると、先輩はガシガシと頭を掻きながら、少し気まずそうに口を開いた。
「……悪かった」
「……え……?」
何を言い出すかと思えば。先輩が言い出したのはそんなことで。
「セミナーの執務室でお前に手ぇ出そうとしたことと……あの刀と、傘のこと」
「…………っ」
その言葉に、ほんの少しだけ息が詰まる。思い返すのも嫌になるくらい、あまりにも浅はかな自分の行い。
あんなのはただの挑発だと、心のどこかでわかっていたのに。
頭の中が白く染まって、そのくせ思考だけは冷静に、相手を斬りに行っていた。
…………何も変わっちゃいない。
煽られるまま、乗せられたまま突っ込んでいって、結果
『────馬鹿め』
『守れて、おらぬぞ』
脳裏で蘇る
「ユウカから聞いた。肌身離さず持ってるってな。お前にとっちゃ大事なものなんだろ。さっき、あんだけブチギレるくらいには」
追憶に引き摺り込まれそうになっている間にも、先輩の詫びが続く。なんとか意識を引き戻して、応える。
「………………別に。ブチギレてなんかいませんけど」
「いや流石にそれは無理があんだろ」
はあ、とため息を吐いてから、先輩は続ける。
「自分の得物壊してやるなんて言われたら、良い気分になるわけねえ。あたしも前に銃をタバスコ銃にすり替えられた時は頭に来たもんだ」
「なんですかそのトンチキ事件簿」
「エンジニア部がちょっとね……」
「ああ……」
思い出して頭が痛くなったのか、ユウカ先輩はこめかみを抑えていた。
エンジニア部。ミレニアムの中でも腕利きの機械工の集まりであり、同時にゲーム開発部並の問題児集団。私がエージェントの真似事をしている間に起こった騒動の起点はもっぱらエンジニア部だった。主犯格三人に至っては何回か峰打ちや鞘打ちで直接しばき倒してはユウカ先輩に差し出したくらいに。どうもネル先輩に相手にも何かしたらしい。
「まあそれがわかってたからこその挑発のつもりだったが……知らねえ内に越えちゃならない一線って奴を踏み越えちまったのはあたしの落ち度だ。それを、詫びさせてくれ」
こう言ってはなんだけど、気味が悪いくらいに殊勝に、真剣に謝ってくる姿を見るのは据わりが悪かった。
ただ、がさつで粗暴だけど義理堅い人なのも、なんとなく知ってはいたから。
「…………私が勝手に大事にしてて、私が勝手に不機嫌になっただけ。そんなの、貴方からしたら関係のないことでしょう。謝られるようなことじゃ、ない」
溜め息を吐きつつそんな言葉を返す。でも、ネル先輩は譲らなかった。
「誰かからしたらどうかなんて関係ねえ。そいつにとって大事かどうかだろ」
そこで言葉を切って。続ける。
「今のお前は、それがわかってるんじゃねえのか」
…………それは。
『前の私』が、最後まで思い至らなくて。
世界を越えて、全部失って、〈
「────大事に思ってたって、それだけじゃ意味なんかないんですよ」
『守れて、おらぬぞ』
……そう。守れていないなら、同じことなのだから。
「…………なあ。お前に、一体、何が────」
「まあ、とりあえずその件は水に流しますよ。今後は損害も弾薬費も全部自費で依頼も受けてくれますし」
「…………あん?」
何かを言いかけたのを遮りつつ、ユウカ先輩が抱えていたタブレットをするりと拝借。
怪訝そうな顔をしたネル先輩に、私は画面を見せつけた。
第17条(損害負担及び補償義務)
1 C&Cは、セミナーから受諾した依頼の遂行に伴い生じた物的損害又は人的損害及び諸経費について、その全額又はセミナーが指定する割合を自己負担するものとする。
2 C&Cが前項に基づく補償を行わず、又はセミナーが立て替えた金額の支払いを遅滞した場合、セミナーは、C&Cに対して有する成功報酬その他の債権から当該金額を天引きし、又はC&Cの予算から差し押さえを行うことができる。
「────────は?」
内容は読んで解る通り、勝負の前にネル先輩にも認証させた契約書。
その中にしれっと紛れ込ませておいたトラップ、もとい粗野でがさつな大規模破壊メイド軍団への戒めである。
「まあ読まないだろうなとは思いましたが、これも立派な契約なので」
見るからにネットでよくある利用規約とかをろくに読まずに『同意する』を押してそうな人だから、堅苦しい文章を長々と書けば大して読み込まずに認証するだろうと踏んでいたけれど。正直、ここまで綺麗に嵌るとは思わなかった。
嵌めた私が言うのもなんだけれど、こんなので大丈夫なんだろうか、エージェントとして。
「しっかり認証してくれましたからね。今更取り消しはできないのであしからず」
ぽかんと口を開けて唖然としているネル先輩と絶句しているアカネ先輩の頭をポン、ポンと叩いてから、最後にユウカ先輩の肩に軽く手を置く。
「では、あとはお願いしますね」
「えっ。ちょっ、コユキっ、待っ……!?」
見舞い、もとい様子見は済んだ。もう話すことはないと言わんばかりにユウカ先輩に丸投げして素早く保健室を出て行った。
元を正せばユウカ先輩が押し切られたからあんな勝負をすることになったわけで。せめてこれくらいは引き受けて貰う。
「────〜〜〜〜ざっけんなクソウサギィ!待ちやがれこのっ」
「り、リーダー、一応まだ安静にしていないと……」
「これが安静にしてられるかぁ!どんな教育受けてやがんだ、アイツはぁ────!!」
慌てた様子のユウカ先輩とアカネ先輩の声と、この距離でも耳を劈いてきそうなネル先輩の声。
「……保健室ではお静かに」
扉を突き破って廊下まで響く怒声は綺麗に無視して、『脱兎』の如く逃げ帰っていく。
…………それにしても。どんな教育受けてんだ、ときたか。
『良いか白兎。嘘と
『これぞ計略────
…………まあ、なんというか。
盛大に反抗期をかました後でも、役に立つものは役に立つらしい。
「おかえりなさい、コユキちゃん」
「…………ただいまです」
行く当てがなくなった私がセミナーの執務室に戻ると、ちょうど廊下にいたノア先輩と鉢合わせた。C&Cの姿と気配はない。事後処理とやらはあらかた片付けた後なのだろう。
「…………………」
「コユキちゃん?」
いつものように微笑みながら出迎えてくれたノア先輩をじっと見つめる。小首を傾げて見せる先輩の表情は普段と何ら変わらない。……
思い返す。私がこの人に、この人達に見せたもの。ただ戦い方が異質という、そんな細かな話ではなく。あの一瞬、決着が付いた時に晒してしまったのは。それこそ、ユウカ先輩が少しばかり表情に出していたように、何事もなかったかのように流せるものではない筈で────
「────聞かないんですか。何も」
いつだったか、シャーレの先生にもした質問。それと同じ言葉を口から溢してから、はっとなって思わず奥歯を噛み締めた。
何を言ってるのだろう。
常日頃から「踏み込むな」と態度で示して、時には言葉で暗に伝えていながら。何を、勝手なことを。
「……いえ。何でもありません。忘れてください」
先輩は、わざといつも通りを保ってくれていたのに。話す気もない癖に、詳らかにする勇気もない癖に。そう自分に悪態をつきながら、踵を返そうとした。
「────コユキちゃん」
そっと、肩に触れる温度。
優しく引き留めてくるその手を振り払えなくて、振り返った私に、ノア先輩は困ったように笑っていた。
「少し意地悪さんですね。私に向かって、忘れてくださいなんて」
「うっ……」
いわゆる完全記憶能力なのか、起こった物事だけでなく時間も細かな秒数まで把握して覚え続けるのが生塩ノアという人の特筆事項。確かに、そんな人に『忘れろ』とはおかしな話かもしれない。
「いや、でもそれは、言葉の綾というか、そもそも言葉通りの意味じゃ」
「ふふ、わかってます」
くすくすと笑いながら、そっと頭を撫でてくる。……もう遠い記憶だけれど、『前の私』には、あまりこういうことはなかったように思う。
「コユキちゃん。私は、『話しにくいこと』を聞くことはあります。お説教の時とか。お説教の時とか。それと、お説教の時に」
「……お説教の時しかないじゃないですか」
「ふふっ、はい。……でも。『どうしても言いたくないこと』があるのなら、聞きません。聞こうとは、しないんです」
「…………何が違うんですか?」
ぴっと指を立てながら、先輩はそんな言葉遊びのようなことを言った。趣味で詩を書くこともある先輩は、時折こういうところがある。
「叱られたくない、くらいの隠し事なら。ちょっとの意地悪をしてでも、私は根掘り葉掘り聞き出します」
でも、と。ノア先輩は続ける。
「それを聞くことで、その人を深く傷付けてしまうのなら……私は、聞きません」
「それは……」
違う、とは言い切れなかった。それだけが理由ではないけれど。それでも、違うと首を横には振れなかった。
言葉に詰まった私に、ノア先輩は穏やかなまま語り聞かせてくる。
「もし、いつか話しても良いとコユキちゃんが思えたなら、その時は私に教えて下さい。もちろん、一生秘密でも構いません」
「はは……致れり尽くせりですね」
要は、全部こちらに任せてくれるということで。
本当は不安と疑念が心の内で渦巻いているだろうに。
「でも、ユウカちゃんは優しくて心配性ですから……もしも我慢できなくて聞こうとしても、怒らないであげて下さいね」
「…………怒るに怒れませんよ」
「ごめんなさい」と「ありがとう」も言えないまま、曖昧に笑うしかない私に、ノア先輩は冗談めかして言った。
「……まあでも、気になることがないわけじゃないんですよね。前にユウカちゃんが話してた電撃を返す技とか、今日使ってたあの……衝撃波?みたいなのとか」
「ああ、竜閃ですか」
私が使っている様々な技……私はひとまとめにして『流派技』と読んでいたそれは、文字通り色々な流派の技を使っている。
軽やかな身体運びの剣術を織り交ぜた、忍者の戦い方である搦手に長けた『忍び技』。
刀での打ち合いの心構えと、敵を斬ることを突き詰めた強力無比な技によって成る『葦名流』。
徒手空拳を極めると共に、煩悩を打ち払い悟りへと至るという、ある寺院が興した流派『仙峯寺拳法』。
今日使った技、例えば仕込み傘を扇子のように振るって斬撃を放つ『放ち斬り』もこうした流派技のひとつだし、『仙峯脚』は名の通り仙峯寺拳法の象徴的な技、『葦名十文字』は葦名流を極めた先にある技────奥義にあたる。
ただそんな中でも、ノア先輩が言ったあれは少し特殊な部類の技だった。
「あの技は、ある人から習ったんです。……正確には、戯れに見本を示してくれたのを、練習して我流に落として覚えたんですが」
区分けをするなら葦名流の技の一つであるが、突き詰めるうちにある意味では流派から外れた、奥義を超えた『秘伝』の技。
それ故に伝授、というか口伝された時もそれはそれは大雑把なものだった。
「この技を編み出した人は、『気付いたら
「なんて?????」
「気付いたら刃が飛んでいた、です」
秘伝・竜閃
納刀の構えから、高速の斬り下ろしと共に 真空波を繰り出す流派技
力を溜めると、斬り下ろした後、衝撃波が飛ぶ
若き剣鬼一心は、死闘の日々を重ね ただ、ひたすらに斬った 如何に斬ろうか、如何に斬るべきか…… そう突き詰めるうち、気付けば刃は飛んでいた
ノア先輩が宇宙空間を背景に固まる猫の画像みたいな顔をした。この人でも唖然とすることはあるんだな、と思うのと同時、脳裏に浮かぶ記憶がひとつ。
『よいか、
『貴方は何を言ってるんですか?』
……まあ、私も酒の肴に笑いながらそう聞かされた時はなんなんですかこの酔っ払いとうとう耄碌しましたかとか思ったけれど……戯れに見せてくれた時も本当に真空波だけで遠く離れた紫衣装の忍びを撃ち落としたのを見て、冗談じゃなかったと思い知ったし……なんなら今では、私もこの頭のおかしい技の使い手の一人になってしまったけれど。『練習してたらなんかできました』とその人に披露したら素面の癖に途中で咽せるくらい大爆笑されたけれど。
そんなことを思い返しつつノア先輩の意識を引き戻す。……私は単発ですが本来の使い手は鞘走りなしで片手で二連射してきますよ、と言うのはやめておいた。本当にあの方はおかしいと今でも思う、色々と。『練習したらできそう』とうっすら思っている私ももしかしたら大概なのかもしれないけど。
「そんなこんなで、そのとんでもない方が纏めた剣術やら、見稽古から盗んだ技やらが、今日使ったものです。他にも、色々あります、が────」
────後ろ。
何かの気配。人ではない。
振り返る。何もいない。
振り返ってもいるはずの場所には何もない。
……何もいない、
隠れている。なら何のために?
「…………………っ!」
「コユキちゃんっ!?」
端的な思考が散発的に脳裏で瞬いた後、私は即座に刀を抜き放った。今は手裏剣よりもこちらが速い。
────秘伝・竜閃。
先ほどまで話していた通りの、飛ぶ斬撃が虚空を駆け──何かに当たり、火花を散らした。
「えっ……?あれは……」
いきなり刀を抜いた私に面食らったノア先輩もすぐに状況がわかったのか、火花の元に向かう私についてきた。
竜閃の真空波で綺麗に両断され煙と火花を散らす、光学迷彩の類が施されていたらしいそれは、白を基調とした円盤に似たドローンだった。
「セミナーが配備した警備ドローンではないですね。誰かの私物でしょうか……」
「…………」
考え込みながら呟くノア先輩の隣で、少しだけため息をつく。
迂闊だった。
人や獣、あとはロボット兵士といった意識ある者なら、こちらに意識を向けていれば近場の敵兵から遠くのビルの狙撃手まで察知できる。けれど、この手の遠隔操作される無人機や自動兵器への感知がどうしても遅れがち、あるいは気取れる範囲が狭くなってしまうのだった。
こちらに向けられる意識、もっと言えば戦意や敵意、害意や悪意……そういった『殺気』のようなものが感じ取りにくく、自前の勘頼りになってしまう。
任務中は気を張っている分、そんな無人機の意識外の攻撃や待ち伏せにもある程度は感付くのだが。
「……はぁ。……さて、何なんですかね、と」
戦国の世ほど気を張らなくて良い証左と考えればそれで良い、あるいは寧ろその方が良いのかもしれない。でも、鈍っている、あるいは弱くなっているように感じてしまうのに、どこか忸怩たる思いがするのも事実で。
そんな自分にもう一度ため息を吐きつつ、残骸を拾い上げる。以前ブラックマーケットでカイザーの兵器『ゴリアテ』にしたように、干渉してみれば何かしらわかるだろう。
まだ火花が散っている断面に構わず手で触れて、頭に思い浮かんだ文字列を入れる。
00111010 01000001 01001101 01000001
01010011
「…………これは」
頭に浮かんだ名前らしきそれには、聞き覚えと見覚えがあった。そして読み取れた情報に、私は少しだけ眉根を寄せて。
その隣で、何かに気付いたらしいノア先輩が、小さく驚いたように呟いた。
「あれ。これって確か、
「────クッソ、あいつほんとにふざけやがって……!ユウカの奴もしれっと乗っかってんじゃねえよ……あたしらの後処理すんのはそっちの仕事だろっての……!」
美甘ネルは、心底苛ついているのを隠そうともせず歩いていた。
あの後、そそくさと居なくなったコユキの代わりにユウカに矛先を向けたは良いものの、気を取り直した途端に「契約は契約だし……」だの「それに何回言っても壊し癖が治らないのだし良い薬だと思って」だのとまともに取り合う気はない様子で、挙句には「一回した約束を反故にしたらそれこそ面子にかかわりますよね?」と腹立つ笑顔で言い捨てて逃げていった。普段は実直真面目な癖に、たまにああいうところがあるのが腹立つ。
「まあ、とにかくこの件は後日みんなで話し合いましょうか……」と苦笑いしていたアカネだったが、どこか「何迂闊に契約しちゃってるんですか」とでも言いたげな視線が混ざっていたのもネルの苛立ちを加速させている。主に嵌めた主犯のウサギと、あとまんまと罠にかかったネル自身に。
そんなネルが肩を怒らせながら歩いているのは、人気のない、あるいは人目を避けるように作られた地下通路。
迷路のように複雑、というよりは面倒で煩雑な道を指定された通りに歩き、ある地点で止まる。
見た目には何の変哲もない壁だが、ネルが無造作に手を押し当てると、隠し扉となって開く。
「おい、来たぞ。……ったく、ドタキャンで集合場所変えやがって」
呆れたように声をかけながら部屋に入る。そこにあったのは、無数のモニターに照らし出された薄暗い部屋。そのモニター群の前にひとつ、人影が佇んでいる。
「────悪かったわ。少し、念を入れて秘匿処理する必要が出てきたものだから」
そう言って振り返ったのは、『黒』が目立つ女性────否、少女だった。
「へいへい、お決まりの秘密主義だろ。もう慣れたっての」
背丈は高く、凛とした佇まいに理知的な相貌、そしてミレニアム生が好んで着るコートを羽織らずビジネススーツ染みた黒い制服だけを着込んでいることもあって、一瞬高校生には見えないほど大人びた風貌をしているその人物に、ネルは気怠そうにしながら軽い調子で声をかけた。
「んで?お前の知りたいことは知れたのか?」
「──────