葦名の白兎、ミレニアムに忍ぶ。   作:ラストおはぎ症候群

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記憶の欠片:荒れ寺、葦名城 城下

 

 

 

 

 

 

「確か、私と別れた後、すすき野原で葦名弦一郎と戦った……んでしたっけ」

「ああ」

 

 ひとしきり騒いで落ち着いたらしい白兎を連れ、荒れ寺の前に鎮座している、鬼の形相をした仏像──鬼仏の前に腰掛ける。

 人魂のような青白い光を灯す鬼仏を前に並んで座りながら、狼と白兎はここに至るまでの状況と記憶の擦り合わせを行っていた。

 

 

 

 

 

 白兎に語りながら思い返す。

 3年前、育ての義父と主を失った────より正確に言えば、義父を亡くし、主や妹弟子と引き離されたあの日から、幾月も経ち。

 

『────やぁーっと見つけましたよ狼さん!!!』

 

 牢のような井戸底で失意に沈んでいた狼の元に、主が生きていると示す(ふみ)を携えた、ずっと主や狼を探していたという白兎が現れ。

 

『なーにこんなとこでうじうじしてるんですか!!助けに行きますよ、私たちのご主人様!!』

 

 それを辿り、囚われとなっていた主──九郎と再会を果たし、共に葦名を脱さんとした夜のこと。

 

『私が敵を引きつけます。その間に九郎様を』

 

 逃げ足が誰よりも速く、陽動に長けている白兎が周りの兵の目を集め、その間に狼が九郎を逃がす。そういう手筈だった。

 

『邪魔立てするか、御子の忍びよ』

 

 しかし、逃げ場を求め進んだ先のすすき野原で、待ち構える者がいた。葦名の国の現当主、葦名弦一郎。

 

『────忍びよ。卑怯とは言うまいな』

 

 九郎の身を狙う弦一郎との戦い、辛くもこれを下したその刹那。伏兵として隠れ潜んでいた敵の忍びの横槍を受け、その隙を突かれた狼は弦一郎に左手を断ち斬られ、主を連れ去られてしまった────

 

 

 

 

 

 

「────なんですかそれー!なーにが卑怯とは言うまいなですか!!卑怯ですよ卑怯!!」

 

 ひとしきり説明を聞き終えた白兎は怒り心頭といった具合に叫んだ。相も変わらず、喜怒哀楽の激しい少女である。

 

「…………忍びが言えた話でもないと思うが」

「真面目か!!あーもうあの初恋拗らせてそうな弓矢しか取り柄のないあほんだら絶対許さないですぅー!!!」

「………………」

 

 妙に詳しく、そして具体的な酷い言いようであった。

 

 そんな怒りの収まらぬ様子の妹弟子をなんとか宥め、今度はそちらが話す番だと促してやる。

 

「…………九郎様が葦名弦一郎に攫われた後のことです。頃合いを見計らって陽動を抜けた私は、すすき野原で倒れてる狼さんを見つけました」

 

 白兎は、やや強めに息を吐き直してから話し始めた。先ほどまでとは打って変わり真剣な面持ち。妹弟子の機嫌や態度や雰囲気が、斯様にして急激に切り替わるのにも、もうすっかり慣れている狼だった。

 

「……それから、仏師さんに拾われて。葦名城の城下にあるこの荒れ寺に身を寄せて、今に至ります」

 

 あの時は生きた心地がしなかった、と。小さな声で、白兎は言った。

 

「………………」

 

 ふと思う。腕を斬られ倒れ伏す兄弟子を見て、この小さな妹弟子は何を思ったのか。

 荒れ寺の中で、死んでいるのか生きているのかも分からないまま目を開かぬ狼を見て、どんな心持ちだったのか。

 問いただすことなど出来る筈もないそれを言葉にせぬまま呑み下し、白兎の語りに耳を傾ける。

 

「すぐにでも九郎様を助けにいきたかったんですけど……九郎様の身が敵の手中にある以上、不用意に手が出せなくて。狼さんのことも放っておけませんでしたし」

 

 淡々と語る白兎だが、その声音はやや暗い。いの一番に主を助けに迎えないことに、歯痒さや後ろめたさがあったのだろうと狼は思う。

 昔から、そうだった。あまり真面目とは言い難い性格。我儘で気まぐれで自由で奔放。されど、情に厚い面もあり。特に心許した相手や大切だと思った者は、とりわけ心を砕くところがあった。

 

「それと、内府方の動向が気掛かりで」

「内府の?」

「はい。前々から葦名を狙って来ているみたいで……内府の侵攻に乗じる手も考えましたが、結局葦名が落とされてしまえば、九郎様の身が危ないです」

 

 内府。この日ノ本の中央で(まつりごと)を握り、これを治める者たち。それを警戒したのだと白兎は言う。

 

「だから……狼さんが目覚めるのを待ちつつ、内府方の動向を調べに葦名から出たりしながら、城下周辺の偵察に留めていたんです。下手に葦名の戦力を削ぎ過ぎないように」

 

 でも、それももう終わりです、と白兎は続ける。

 

「今なら、御子様を助けに向かえるのか」

「はい。内府の出方も大体は掴めてるし、密偵や斥候はある程度()()()()ます」

「………………」

「今なら、ここから九郎様の元へ行くまでの間に、攻め込まれることは無いはずです。道中で相当数の葦名の兵を削いだとしても、すぐに葦名が落ちることもないでしょう」

「そう、か」

 

 そこで、白兎は言葉を切った。狼もまた、明かされたことを頭の中で咀嚼するように黙り込む。

 仔細はわかった。狼が無様にも敗北し眠り続けている間、この妹弟子は不甲斐ない兄弟子の代わりに随分と駆けずり回ってくれたらしい。

 悔恨、己への嫌悪と叱咤、そして白兎への罪悪感と感謝。それ以外にも複雑な思いを渦巻かせながら、彼女の横顔を眺めていた狼は、ふと口を開く。

 

「…………それだけ、か?」

「え?」

「お主の、その顔。そこまでの理由があるのなら、いくら主のことを案じていたとしても。助けに行けぬことも、幾分か割り切れているはずだ」

「……………………」

 

 狼が気になったのは、それだった。白兎が現状に留めていたことには納得できる訳があった。聞いていた狼ですらそう感じたのだから、他ならぬ当人もそれを分かっている筈。

 だというのに、白兎の顔が晴れないということは。

 

「何か、あるのだな」

「……なんで、わかっちゃうのかな」

 

 そう言って。白兎は、抱えた膝に顔を埋めるようにしながら、小さな声で、吐き出すように話し始めた。

 

「本当に、情けない話なんですが……葦名城へ続く大手門に向かう為の橋が、今は落とされていて……谷を越えないといけないんです」

「谷を?」

「はい。…………ぬしの白蛇の、棲家です」

「…………そうか」

 

 ぬしの白蛇。それは、白兎がこの葦名に来た時に最初に目にしたと言う、あまりにも巨大な白い蛇のことだ。

 ぬしとは、土地神。そのあまりに大きな体躯の全容は知れない。しかし、平たくとぐろを巻けば小さな村や町ひとつ程度ならばその身で埋め尽くし、螺旋に高くその身を巻けば城をゆうに超えてしまえるほどだろうと言われている。

 それに襲われ、危うく生きたまま喰われそうになった白兎は必死に逃げ惑い──川に落ち、流された先で狼と出会った。

 

 あれから数年。今も尚、骨の髄まで刻まれたその記憶に、脚が竦んでしまうのだと白兎は言う。

 

「…………嗤って下さい。あれこれ理由をつけている割に、結局は我が身可愛さに主の元へ馳せ参じることもできないというだけ。……忍び、失格です」

 

 白兎は、吐き捨てる様にそう言った。

 

「………………」

 

 この少女は。ずっと、その慚愧を抱えたまま、走り続けていたのだろう。遠く離れた主を案じ、それでも二の足を踏む己を呪っていたのだろう。おそらくは、目を覚まさぬ狼の元で。それでも出来得る何かを探し、我武者羅に動いていた。その結果が、先に述べていた情報なのだろう。

 仏師は、狼を拾ってから随分と経つと言っていた。幾程の月日が経ったのかは定かではない。だが決して短いひと時などではなかっただろう。或いは、常しえにすら感じるほどだったのかも知れない。

 

 

(────つまり、俺は)

 

 

 その間、ずっと、独りにしていたのだ。

 

 

 この少女を。

 

 

 義妹(いもうと)の、ことを。

 

 

 

「………………っ」

 

 そう思った瞬間、狼は、思わず。

 

「ぁ──────」

 

 そっと。義妹の肩に、右手を乗せていた。

 蚊の鳴くような微かな声を漏らしながら、白兎は伏せていた顔を上向かせこちらを見上げた。

 

「…………には、は」

 

 弱々しく、躊躇いがちに。指先が緩くかかるだけの、ほんの些細な力しか込められてない手が、肩に置かれた狼の手に触れた。

 そこにある体温を確かめる様に。少しの間、白兎の手は触れたままだった。

 

「………………ほんとに、もう」

 

 微かに笑う様な声。されど、それは心なしか震えて聞こえた。狼から目を逸らして再び顔が伏せられるその一瞬、瞳が潤んでもいた。それら全てを、狼は指摘することなく、ただ義妹のそばに寄り添い続けた。

 

 どれくらい、そうしていたのか。ふと白兎が、口を開く。

 

「……おおかみ、さん」

「なんだ」

「…………前々から思ってましたけど。狼さんって、人を慰めるのものすごーくど下手くそですよね」

「…………………」

「…………………」

 

 がしっ、と。

 義手の左手で、白兎の顔を前から掴んだ。

 

「ぎにゃああぁあああぁぁーー!!なんでえええええーー!!」

 

 じたばたじたばたと忙しなく暴れる白兎。先の言葉、恐らくは照れ隠しなのだろう…などと考えつつ、そのままぎりぎりと力を込めながら妹弟子に語りかける。

 

「…………お主が気に病む必要は、ない。全てはあの日、主を奪われた、俺の責だ」

「せめて()()()から()()()くださあ゙あああぁぁあぁーー!!??」

 

 くだらぬ駄洒落などを仕込むあたり余裕なのだな、と思いつつさらに指の力を強める狼。荒れ寺に木霊する白兎の悲鳴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ寺から出立した狼と白兎は、白兎の情報と案内を頼りにしつつ、主がいるという葦名城を目指していた。今居るのは、その城下の外郭にあたる崖沿いだ。

 俄かに数を増しだしている葦名の兵、その幾人かと戦い、そして今は身を潜めている。

 

「どうですか、仏師のおじさんがくれた忍び義手」

「…………ひとまず、腕に障りはない。動かすのにも差し支えないのは、先のことと今の戦いでわかった」

「私へのお仕置きの加減で義手の調子確かめるのやめてくれません?」

 

 左腕を軽く動かして見せる。

 仏師から授けられた絡繰仕掛けの腕、『忍び義手』。葦名弦一郎に斬られ失われた狼の左の腕を補っているそれ、その動きは申し分なく、驚くほど馴染んでいた。既に自分の生腕となんら変わりなく動かすことができている。

 加えて、聞けばこれには、忍びの武器──忍具を仕込むこともできると言う。使い熟せば、或いは隻腕となる前よりも強くなるやも知れぬ。そんな予感めいたものを狼は感じていた。

 

「……気掛かりがあるとすれば、こちらの腕の鈍りの方だろう」

「……長いこと、寝てましたからね」

 

 反して、目下の最たる問題はそこだった。幾度か戦って、この身の衰えが肌でわかった。長く眠りについたままであった故に、身体力は大幅に減り、忍びの戦いにおいては命綱に等しい『弾き』も、甘くぎこちないものになっている。

 

「勘を取り戻しながら進みましょう。私も援護しますから」

「…………すまぬ」

「違いますよ、狼さん」

「…………何?」

 

 己の不甲斐なさが偲びなく、こちらを気遣う妹弟子に思わず詫びる言葉が漏れた。そんな狼に対し、白兎は人差し指を立てて見せる。

 

「聞きたい言葉は、そっちじゃないです」

 

 それがなんであるかは、人の心の機微に疎く察しの悪い狼でも思い当たることができた。

 

「………………ありがとう」

「はい!」

 

 躊躇いがちにそういった狼に。荒れ寺で見せた暗い顔とは打って変わり。快活とした笑顔で、白兎は頷いたのだった。

 

 

 

 

 先の言葉通り、白兎は狼を助けてくれた。

 

「────数は四、何人釣りましょう?」

「二人、頼む」

「了解です。あそこの火縄銃持ちもついでにやっちゃいますね」

 

 例えば敵に見つかっておらぬならば、先行して敵の数や配置を調べ上げる。昔から、逃げ足に長けた白兎にとって、斥候や諜報、索敵は得意とするところだ。

 

「どうも。見回りに精が出ますね?」

「────っ!敵襲、敵襲ーっ!」

 

 そして、敵と斬り結ぶとなれば、敵を引きつけ、狼が相手にしなければならない兵の数を減らしてくれる。

 

「このっ、ちょこまかと……!」

「にはは、そんなんじゃ捕まりませんよ?」

 

 よく通る声で気を引きつつ、軽やかに石垣やぐら、岩山を飛び回る白兎。さりとて逃げに徹する訳でもなく、隙をついては瞬く間に距離を詰め、その勢いを乗せて斬りかかる。

 

「────はあっ!」

「ぐ、ぅっ……」

 

 まるで戯れるかのように飛び跳ねている最中、不意に襲ってくる剣閃を敵の兵は防ぎ損ねる。よしんば防ぐことが叶ったとしても、跳躍と共に拍子をずらしつつ仕掛けられる連撃と乱撃には為す術もなく。遂には体勢を崩し、狩られることとなる。

 

「────御免なさい」

 

 微かな呟きと共に、白い刀が敵の喉元へと突き入れられる。息の根を止めるに足る最低限の動きで、()()()()()()()()()()()()

 

「……………………」

 

 狼の得物とは対照的な白い刀──雪丸(そそぎまる)を、死体から抜くや否や軽く斬り払い血糊を落とす。白兎がやや多目に敵を寄せてくれたおかげで、一足先に敵を始末していた狼は、その乱れのない様を眺めていた。

 

 元より、やや幼さを残す女子(おなご)でありながら、身体力や膂力や脚力においては狼や義父など超えている白兎だ。そして今や、初めて会った頃とは見違えるほどに、人を殺す術を熟達した。鈍った狼など比べるべくもない程に。或いは、勘を取り戻したとて、兄弟子などとっくに超えているのかも知れない。

 

 強くなった。本当に、強くなったのだ。

 

 

 

 

『────むり、です』

 

『それだけは、わたし…………!』

 

 

 

 

 けれど。

 

 本当に、それで良かったのか。

 

 

 

 

「────みさん。狼さんってば」

「………………む」

「む、じゃなくて。なにぼーっとしてるんですか。大丈夫なんです?」

「………………ああ」

「……うーん?」

 

 気付けば物思いに沈んでいた狼の意識を、呼びかけてくる声が引き戻す。

 怪訝そうな顔をする白兎を誤魔化す様に、先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 






白兎の動きをSEKIRO経験者の方々にわかりやすく例えると

『落ち谷の二刀流白猿と仙峯寺のゲルググと内府の紫忍者のモーションを全部混ぜたようなのがお蝶殿みたいなスピードで飛び回りながら好き放題ディレイを挟みつつ斬りかかってくる』みたいな感じです


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