今回も特殊タグを使用しています。元はムーンフォックス様が作成・公開されているテンプレをお借りして改変・作成させて頂きました。(詳細はこちら)
この場を借りて今一度お礼申し上げます。
お気に入り登録、感想、評価付与、誤字報告、本当にありがとうございます!
その後も、白兎の手を借りながら進んで行く。その間にも、何人もの葦名の兵と戦った。
「ぐっ……!」
幾分か勘を取り戻しつつあったが、井戸底の牢で塞ぎ込んでいた時間と、荒れ寺で眠り続けた時間が齎す衰えは大きく。敵の攻撃を弾き損ね、狼は体勢を崩してしまう。
「は、賊めが!死ねぃ────」
「────させませんよっっ!!」
「なっ…もう一人…!?」
それを見逃す敵ではなく、危うく斬られかけた狼。それを、妹弟子の真白い刀が庇う。
狼か敵と斬り合う際には、先の様に横槍が入らぬ様に引きつけるだけでなく。危うくなれば、こうして割って入るように守ってくる。
「ぬ、ぐぅ……!」
「今です!」
「…………っ!」
鍔迫り合いに持ち込むと同時、強烈な踏み込みと共に刀ごと相手を押し返した白兎は、叫びながら横へとはける。
体勢を整えて終えていた狼は、その合図と共に身体を捻り、刀を水平に薙ぎ払った。
────忍び技、旋風斬り。
回転の勢いを乗せた二度の斬撃が、たたらを踏んだ敵兵を立て続けに斬りつける。両の足で身体を支えられなくなった敵の体勢が、大きく崩された。
瞬間。
狼は、敵の身体の中心に赤黒い丸を幻視した。
「ふっ…………!」
その隙を逃さず、敵の喉元に刀を一息に突き刺し。身体の内側を斬りつけるようにしながら、一気に引き抜く。勢いよく鮮血を撒き散らしながら、敵の身体──否、骸が力無くくずおれていく。
『忍殺』
体勢を崩した相手に致死の一撃を入れる、忍びの戦いの根底とも言える技。狼のそれによって命を絶たれ倒れ伏す男を前に、静かに息をついた。
「……助かった」
「はい、どういたしまーして、っと……この先です」
不甲斐ない姿を晒したにも関わらず、白兎は気にした素振りも見せず、それよりも気にすべきことが別にある、と言いたげに視線を遠方へ向けた。
階段の先。本城へ近づくためには避けて通ることのできぬ門、その門へと至る階段の先に。
「────!!───、────!!」
怪物が、いた。
「…………あれは、なんだ」
大掛かりな木の枷で厳重に固められ、その縛を解かんと踠きながら、遠吠えの様な唸り声を上げ続けている。遠目でもわかるその巨体は、恐らく狼の背丈の倍近い。
「赤鬼、です」
「赤鬼?」
もはや人の体躯ではない程の大男。白兎はそれを『赤鬼』と呼んだ。
目を凝らして見やってみれば、その名の通りに体表は陽光に灼かれたように赤みがかっており、そして何より────目が、妖しげな赤い光を放っている。
「詳しいことはあんまりわかってません。見てくれ通りの化け物ですが、元は普通の人間なんだとか。……ただ、葦名弦一郎は、あれを内府方との戦に備えた秘策として用いるつもりらしいです」
「あれを、か」
「はい。つまり──戦況を変えるための一手になるだけのもの、ということ。正直、相手にしたくはないです」
「そうか……」
「あと単純に見た目からしてすごく怖いから近寄りたくないです」
「…………………」
少しばかり気の抜ける一言が付け足されていたが、白兎が声音を硬くする程のものであることは、この距離でも感じる異様な存在感からも窺える。
「…………柵と枷で封じられている今ならば、素通りできるか」
「周りには三人ほど敵兵がいますけど……ここは突っ切った方が良さそうですね」
目に見えた危険に飛び込むは
「…………駆け抜けます。準備はいいですね」
「ああ」
指針が定まったとあれば後は早い。赤鬼が待ち受ける階段へ向かうように立ち、覚悟を決める。
「では────行きます!」
白兎の合図と共に、一気に駆け出す。
「敵襲、敵襲ーっ!」
「出合え出合えっ!!」
赤鬼の見張りと思しき葦名の兵には目もくれず。狼たちを視認し、一気に動きを激しくさせ枷を破らんとする赤鬼すら、半ば意識せぬようにしながら、門へと。
「────っ!駄目です、この扉開きません!」
階段はおよそ百段。忍びの足で飛ばし飛ばしに駆け上がれば、辿り着くのに十秒もかからない。しかし狼と白兎は、そこで足を止めざるを得なかった。頑強に閉じられた門は、二人がかりでも到底開くようなものではなかった。
焦るな、と己と白兎に言い聞かせながら、されど急ぎ、周囲を探る。大扉の上に、人ひとりがなんとか入り込めそうな穴が空いていたのを見つけた。
「上の抜け穴を使う、お主から先に────」
行け、と続きを言うことは叶わなかった。
「────────────ッッ!!!」
身体を芯から振るわさんとするような雄叫びをあげ、赤鬼が枷を一息に破壊してしまった。
「枷をしてた意味まるで無いじゃないですかぁ!!」
悪態を吐きながら飛び退いた白兎に心の中で同意しながら、振り下ろされる大男の拳を強く地を蹴って辛くも避ける。石畳で出来ているはずの階段が、派手な音を立てて数段砕け散った。
「奥の二人を先に!」
「ああ……!」
どこからどう見ても生半には殺せぬ怪物に加え、階段の下からは葦名の兵が上がって来ている。囲まれることだけは避けねばならぬ。
赤鬼の動きは決して鈍くはないが、ひとつひとつが大振りかつ大雑把。隙は大きく、離れるだけの暇はある。それを見抜いた白兎の案にのり、階段を駆け上がってきていた兵士へと一気に近づき、一刻も早く殺さんと斬りかかった。
「ふっ………!」
「ぐ、は……」
一度、二度、三度。立て続けに相手を斬りつける。狼が相対した敵は、葦名の足軽兵。強さは然程でもなければ弾きも甘く、五度目の斬撃で限界を迎え、敢えなく狼の忍殺の餌食となった。
左隣で戦う白兎の相手はそれなりに手練であったらしい。だが、それでも白兎の剣には為す術もなく。狼が手出しをする前に、首に刀を突き入れられることとなった。
「これで、後は……」
「────白兎っっ!!」
白兎が振り向こうとした刹那。狼は、これまで出したことのない程の大きさで声を張り上げた。
数秒早く敵を殺し、白兎が刀を敵に突き刺したのを横目に、背後へと振り向いていた狼には、瀬戸際で見えていた。
石階段に大きな亀裂を蜘蛛の巣の型に生じさせるながら、凄まじい力で地を蹴った赤鬼が。揃えた両足をこちらに向け、飛び蹴りとして放って来た姿が。
「あ────」
狼を慮ってか、より強い兵を引き受けたことで、倒すのが僅かに遅れたこと。狼が声をかけてしまったこと。咄嗟のことで反応が遅れたこと。
常であれば、白兎にとっては何の障りにすらならぬような、些細な隙。しかしそれが、この時だけは致命的な隙となった。
不意に。世界が、
「────────」
それは、瞬きする間にも満たぬだろう刹那。されど、狼にははっきりと知覚できた。
迫ってくる赤鬼の両の足が。
回避か、防御か、どちらかは定かではないが、ともかく動こうとしている白兎が。
そして、心の中のみが空転するように速く周り、それ以外の全てが遅く感じている、己の状態が。
それが、戦いの最中に稀に現れる、極まった集中がもたらす思考の加速であること。
狼だけであれば、避けることも防ぐことも叶ったこと。
ただしそれをしたところで、妹弟子はあの一撃を喰らってしまうだろうこと。
それらを頭の片隅で思いながら、狼は。
「……………え?」
思いきり、白兎の身体を突き飛ばし。
次の瞬間、途方もなく大きな衝撃が狼を襲った。
「──────────!!」
「がっ、あ゙っ…………!!!」
童に蹴られた小石のように、狼の身体は吹き飛ばされる。
声は出なかった。かすかにこぼれた音は、吐血が喉に絡み、腹から押し出された空気で弾けて漏れた音に過ぎない。
身体を投げ出すように飛び蹴りを見舞った赤鬼は、足裏に狼の身を捉えたまま地面に落ちる。
身体中の骨が軋み、折れ、そして砕け散った音。巨大な足が身体にめり込み、臓物を破り、潰され、弾けさせる感触。
「────────おおかみさんっ!!!」
そして、劈くような高く
それらを、どこか遠いことのようにそれを感じながら。
狼の意識は、闇へと沈んで行って────
『────狼よ』
『我が血と共に、生きてくれ……!』
声が、聞こえた。
主の、声が。
沈んだ意識が、浮かび上がる。
「────────ぃゃだ、いやだよ、おおかみさんっ……!!」
目を開けてなど居ないはずなのに、周囲の様子が仔細に解る。兄弟子の死に泣き喚きながら惑う白兎。それに襲い掛からんと雄叫びを上げながら迫る赤鬼。
このままでは、殺されてしまう。常ならいざ知らず、今の白兎では戦えない。かろうじて戦えたとしても、あの物の怪を斃すことは至難だろう。
────死なせてなるものか。
その想いが心に灯った刹那、桜吹雪のような淡い桃色の光が舞い。その中で、今まさに死した筈の狼が立ち上がった。
「あっ────」
目に涙を溜め、呆然と声を漏らす白兎。その手を掴んで思い切り引き、強引に抱え上げて走り出す。
「退くぞ……!」
己の身に、一体何が起こったのか。そんな疑問は些事として後に回す。殺した筈の者が生きていることに気付き、再び雄叫びを上げる赤鬼も置き去りにして、その場から全速を以て逃げ去る。
階段を駆け下り、階段下にあった廃屋で視線を切り、草陰に身を潜めながら……赤鬼がこちらを見失うまで、幾重にも逃げの手を重ねながら、ただただ直走る。
妹弟子を抱く両の腕に、絶対に離すまいと力を込め続けながら。
敵の気配がしなくなるまで、一体どれほど走ったのか。岩陰に身を潜めた狼は、徐に白兎の身体を下ろした。
「……………………おおかみ、さん」
どこか呆然としたようにへたり込んだ白兎が、震える声で名を呼んでくる。
「生きて、ますよね」
「……ああ。確と、生きている」
狼の声もまた、常よりも硬く。されど、力強く言い切ってみせた。それは己に言い聞かせるようでもあったが、その言葉を耳にした白兎は、かくりと顔を伏せ──
「────は、ぁ…………」
心の奥底より安堵したように、深く息を吐いた。
「狼、さん────」
連ねるように、また名を呼ばれる。確かめるように、伸ばされた手が顔に添えられた。躊躇いがちに触れてくるその手を、狼は為されるがまま受け入れた。
幾度も、幾度も、微かに撫でるように触れてくるその手に、暫し狼は身を委ね。
「────え、ほんとに生きてますよね?仇討ちの霊とかじゃないですよね?化けて出たわけじゃないですよね?怨霊の類じゃないですよね??神ふぶき使ったら特攻入ったりしませんよね??ねえ狼さあぁあ゙ぁあ゙あーーーーっ!?」
人の顔をべたべたと触るどころかべちべちと叩きながら尚も確かめようとする白兎の顔面を鷲掴みながら引き剥がした。
「お主という奴は…………」
このような場の空気というのか、或いは雰囲気のようなものを、がらりと変えてしまうのが白兎の常であった。
「うう、痛いですぅ……」
「……………………」
…………ただ。そんな白兎を見ている内に。今し方起きた異様な事態に呑まれかけていた己が、いつの間にか平静を取り戻しているのを自覚した。
こうしたところでも、己はこの妹弟子に────
そこまで考えて、今それはさて置くべきだと頭を振った。
立ち上がり、己の身体の具合を見る。手を繰り返し握り、あるいは胸に触れ。先程起こったもの、その正体が己が身にあるのではないかと思い動かしていく。
そんな狼に、白兎はこう声をかけて来た。
「一旦、荒れ寺に戻りましょう。今なら多分、詳しい人が来ていると思うので」
仏渡り。
各所に点在する仏像・鬼仏が持つ不可思議な力。一度対座した鬼仏であれば、目を瞑り手を合わせるだけで、瞬く間に移動することができる。距離や時間を完全に無視し虚空から現れるようなそれを、白兎は『転移』と言い表していた。葦名には古くから、このような神仏に端を発する異能があるという。
「────真に、息を吹き返したのですね」
仏の御業により荒れ寺に戻った狼と白兎を出迎えたのは、一人の妙齢の女であった。
紫色の着物と赤い袴、その上から黒い羽織を纏い、やや茶色のかかった髪を頭頂で結えたその出立からは気品と几帳面さが見える。そして、かすかに漂っている薬の香りが修行の末鍛え上げられた鼻を掠めた。
「
「エマさん……」
「久しいですね、白兎殿。そして……お初にお目にかかります、狼殿」
エマと呼ばれたその女は、白兎の既知であるらしい。白兎に微かに笑いかけながら言葉を交わしたあと、狼に向き直って来る。
「私の名はエマ。さる御方に仕える
「さる御方、とは」
「済みませぬが……主の命にて、明かせません。ただ、お二人を助けよと。そう、仰せつかっております」
「狼さんと九郎様を探し回ってた時に、情報を渡してくれたのもエマさんなんです。それから、これを作ったのも」
これ、と言って白兎が見せたのは、狼も揃いのものを持っている、傷薬の薬水が入った瓢箪だった。自ずと薬水が湧き出すなどという奇妙な性質を持つこの『傷薬瓢箪』は、あの夜、御子から刀と共に授かったものだ。
そちらも気にはなるものの、今はそれよりも明らかにしなくてはならないことがある。
「俺の身に起きたこと。お主ならば解ると、白兎は言っていた」
「……何が起こったのか、聞かせて頂けますか?」
ただならぬ気配を悟ったのか、或いは初めから予期していたのか。神妙な表情で、エマは続きを促した。
「…………俺は、一度死んだ」
「…………」
「いや……葦名弦一郎に敗れたあの夜……あの時も、俺は死んだ筈だった」
言いながら、思い返す。先の赤鬼に踏み潰された瞬間。己の命が、身体中の血とともに流れ出ていくような喪失感と、肌ではなく魂で感じるような冷たさ。そして、底のない奈落へどこまでも落ちていくような、己の存在が消えていこうとする感覚。
忘れようとも忘れることの出来ぬそれが、明瞭な『死』の感覚なのだとすれば。同じものを感じたあの夜──葦名弦一郎に左腕を斬られ、倒れ伏したあの時も、狼は一度死んでいる。
だが、と。狼は続けた。
「御子様の声が聞こえ……気付けば、再び生きていた」
黒く暗く染まった意識に響いた声。あれは紛れもなく、主たる御子の声だった。
「…………一度死に。いま、再び生きている。ならば、それは『回生』でしょう」
「回生?」
「九郎様の……竜胤の御子の力と、言われています」
竜胤。先ほども、エマが口にしていた言葉。
「竜胤とは、この葦名で稀に持って生まれる者が現れる、特別な血」
「……九郎様に流れる、血」
「はい。それを以て契りを結ばれたものは、回生の力を与えられ────死してなお、甦る。幾度でも」
「……馬鹿な」
それは、まさに甦ってみせた狼とて、容易には信じられぬことであった。死という絶対的な終わりを、万物が迎える普遍の摂理を覆してしまう力。それが主から与えられ、今は狼にも宿っているなどと。
「はい。おかしなことです。しかし……現に、起きている」
「それが……九郎様の、力。付け狙われる、理由……」
主に、何か特別なものがあることは承知していた。しかし、従者としてあまり詮索すべきではないと、深く踏み込むことはなかったのだ。……そんなことはお構いなしに距離を近付けては主を狼狽えさせる妹弟子もいたが、それでも深い事情を詳らかにするほどではない。
故に。狼も、白兎も、ここに来て初めて知ることになったのだ。己が主が抱える宿命を。
「…………ひとまずは、私が知っているのはここまで」
思わず言葉を失い黙り込んでしまった狼と白兎に、エマはそう言って話を締めた。
「また変わったことがあれば、知らせてください」
ただ、と。微かに険しい顔のまま、付け加える。
「回生の力が、何も見返りを求めぬとは、思えぬのです」
さながら、不吉な予言のように。薬師の言葉が、荒れ寺を囲う木々のさざめきに溶けた。
エマとの話を終え、荒れ寺を後にした狼は────
いくらか勘を取り戻したとはいえ、未だ衰えを残す狼の腕では、容易く殺されてしまう。しかし、狼は半ば敢えて繰り返す。死に、甦り、また挑む。
それは、回生の力の仔細を確かめる為。そうして幾度か死と回生を行い、わかったことがある。
一つ、『回生の力』のようなものがあり、これが狼の内に溜まっている時、その場で蘇ることができる。
一つ、狼の身体の傷は半分ほど癒えた状態で甦る。
一つ、回生は間を置かずに使うことはできない。敵を殺すなどして一呼吸おけば再度回生を使えるが、上限は二度まで。
一つ、回生の力が尽きている時、その場で甦ることはできず、しばらく間を置いて鬼仏の元で甦る。
そして、これは回生そのものの力ではないが────敵に一度殺されることで、確実に、相手の不意をつくことができた。当然だ。完全に殺したと思った相手がよもや起き上がるとは思うまい。
死という絶対的な終わりを乗り越えるあまりにも大きな優位。その力の程を、狼は強く実感した。
「………これならば」
尚も確かめんと、甦ったばかりの身体で鬼仏から離れようとした狼の手が、強い力で掴まれた。
「白兎?」
「…………やめませんか」
どこか、悲しそうな声。白兎は俯いたまま、ただ狼の腕を強く握って離さない。
「…………何をだ」
「こんな風に、自分から死ぬような……いや、本当に自分から、死にに行くなんてこと」
「……気付いて、いたのか」
「わかりますよ、それくらい……!」
狼は形勢が危うい時、或いは己が瀕死となっていると悟った時、
つまりは、甦るからと自ら命を捨て去る。それが、どれほど悍ましい行いであるか。狼とて少なからず自覚しているつもりではあるが、それでも止めるつもりはなかった。
「……この力は、有用だ。己の死すら、"次"への糧にできる。それを活かさぬ手はない」
「っ、ふざけないでくださいっ!」
耳を裂くような大声をあげ、伏せられた顔がこちらを向く。きっ、と強い眼差しで睨みつけながら、白兎は叫ぶ。
「こんな風に、自分の命をごみ同然に扱って!軽々しく捨てさせる為に、九郎様だって力を与えたわけじゃないでしょう!?」
「……………………」
「むしろ、生きてて欲しかったから!死んで欲しくなかったから!死なない力を与えたんです!わざと死んでもいいようにするためなんかじゃ、絶対ないっ!!そんなこともっ、わからないんですかっ!?」
いつの間にか、涙すら浮かべながら、白兎は必死になって訴えかけて来る。その言葉の意味、そして主の意図を、狼とて汲み取れないわけではない。
「………………御子様の御意に沿うものでは、ないのだろうな」
「……っ!わかってるなら、なんで────!」
「────俺は、弱い」
「え……?」
被せるように狼の口から発せられた言葉に、白兎の言葉が止まる。
「井戸底で腐っていた時間。死に瀕し、眠っていた時間。その間に、あまりに弱くなりすぎた。足手纏いになる程に」
「そんなこと……!」
「でなければ、お主が庇い続けなければならぬようには、なってはおらぬ」
幾度、妹弟子に助けられたか。何度、義妹に守られたか。先の赤鬼の時にしても、白兎は狼の為により手強い方を引き受けてしまった。
だが、その必要も最早なくなったと言えるだろう。なぜならば、死したとて、生き返るのだから。
「御子様を救うために。俺はこの力を、使い熟さねばならぬ」
「狼さん……」
「お主も、俺のことはもう守らなくて良い。むしろ、囮にでも、盾にでも使うのが良いだろう」
「──っ、そんなのっ!」
そんな姿思い浮かべたくもない。そう言うかのように白兎は
「そんなの、私、嫌です……!狼さんは嫌じゃ、ないんですか。死ぬのが、辛くもないし苦しくもないし、嫌じゃないって、そう言うんですか……?」
その問に狼は、否とは言わなかった。
言うまでもないことだが。死とは、途方もない苦痛を伴う。単純な身体の痛みだけではなく、己の命が失われる、その事実に対する生きとしいけるものが持つ本能的な恐れ、あるいは根源的な嫌悪。死線に相対するため、修練の果てにその恐れを極限まで抑え、備える心構えを修めた忍びであったとしても、何ひとつとして感じぬなどとは言えるはずもなかった。
だが、それが何だというのか。それで主を救えるのならば、望むところ。
「我らには、掟がある。義父より課せられし、鉄の掟が」
「……掟の、二つ目。……主は、絶対」
「そうだ。御子様を救い、守る為ならば。俺は幾度でも、死に向かう」
そう決意を表してから、掴まれたままだった白兎の手を徐に解く。再び俯いた白兎は、納得しているわけではなく、されど言葉を返すこともなく。
「…………解れとは、言わぬ。だがこの先も進まなければならぬ以上、受け入れてくれ」
「………わかり、ました」
白兎とて、薄々思っているのだろう。この先、回生の力を活かさずに進むことなどできはしないと。一端の忍びであるが故に、その冷徹な合理とも言える思考を、白兎もまた身につけているのだから。
「行くぞ」
一つ声をかけてから踵を返し、鬼仏に背を向け、狼は先へと向かい始めた。
この時。
狼は、あまりにも浅はかだった。
「────────けほっ」
微かに聞こえた咳の音が、兆しであった事など知らずに。