葦名の白兎、ミレニアムに忍ぶ。   作:ラストおはぎ症候群

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今回も特殊タグを使用しています。元はムーンフォックス様が作成・公開されているテンプレをお借りして改変・作成させて頂きました。(詳細はこちら)
この場を借りて今一度お礼申し上げます。

また表記の見やすさのため、ダークモードでの閲覧を推奨します。よろしければ、是非どうぞ。





第三話:雪丸(そそぎまる)、『脱兎』、雷返し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相も変わらず反省部屋の中。もはや私にとって新たな自室と化している部屋の中で、床に腰を下ろした私は、一振りの刀を手に取った。

 

 私が葦名から持ち帰っていた物品はそれなりに数がある。ユウカ先輩は約束を守ってくれて、その全部を集めて保管してくれていた。

 正直な所、消耗品や使い切りのものは正確な数を覚えていなかったから、もしかしたら漏れがあるのかもしれない。ただ、少なくとも絶対に失くしたくないものは、きちんと揃ってくれていた。

 

「…………………」

 

 そのうちのひとつが────この刀。

 特徴的なのは、やはり持ち手──柄の部分だろうか。柄巻に用いられている糸は白く、その下に覗く鮫皮もまた綺麗に真白い。挙句には鞘も白められている。

 

「……手入れは……軽くで済みそうですね」

 

 軽く力を込めて、刀を鞘から少し抜く。部屋の明かりを受けていることを抜きにしても、その刀身はこれまた白みがかっている。

 もう何年も使い潰し、使い込まれた跡が残っているにも関わらず。白尽くめのこの刀は、まるで卸し立てのような美しさを保っている。それは、まるで。

 

「…………雪、みたいで。やっぱり、きれいだな」

 

 この白い刀を見ていると、どうしても思い出す。

 かつて主従の約定を結ぶ時、この刀を授けてくれた人。かつて、私とあの人が仕えていた────私よりもずっと幼い、小さい『主』のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

『────雪丸(そそぎまる)。今日から、其方の牙となる刀だ』

 

『銘は……勝手だが、私が付けさせてもらった』

 

『人を殺めるは忍びの定め。されど、例えどれだけ血に汚れたとしても。心失わぬ限り、それを清められることがあるだろう。…………そんな願いを、込めて』

 

『それに。聞けば其方の真名(まな)は、小雪(コユキ)と言うのであろう?それに因み、この名を付けた』

 

『白兎と名を変えたとて。其方の真の名は、故郷との縁は、消えることはない。……この刀は、その証だ』

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 ────不思議なことに、この刀は。

 どれだけ血や泥に汚れても、丁寧に手入れをしていけば、鞘も柄も刀身も、綺麗に元の純白を取り戻す。

 雪丸(そそぎまる)。さながら、その名が指し示す通りに。

 

「……雪。小雪。私はコユキ。黒崎コユキ」

 

 手に持つ刀、その銘から連鎖するように。自分の名前を小さく呟く。

 

「おかげで。ちゃんと、忘れなかったですよ」

 

 あの日、葦名に迷い込んで以来、そして修行の末に忍びになるまで。ずっと白兎と呼ばれ続けていた私が、ちゃんと自分の名前を忘れずにいられたのは。

 それはきっと、この刀のお陰なのだろう。

 

「よい、しょっと」

 

 今日もまた、鞘に収めた刀を鞄に差して行く。

 今はもう、その刃を晒す機会も無いけれど。

 それでも、私は刀を携えている。過去への未練と思い出を、一緒くたにして引きずって行くように────

 

 

 

 

 

 

 

 

「モ〜モ〜イ〜!!!!」

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 ────などと思っていたところへ、存外に転がって来たりするのだ。刀を抜く機会というやつは。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ゲーム開発部の噂は聞いている。『前の私』ほどじゃないにしろ……というかそれに次ぐくらいの位置に来そうな問題児たち。

 また例によってユウカ先輩を怒らせる様な事をしたらしく、件の四人は「収益が振り込まれるまでは捕まってたまるかー!」などと供述し(叫び)ながらミレニアムを走り回っており……

 

「あ、いた」

 

 そんな話を聞いた私は、一度反省部屋に戻り、いくつか道具を見繕ってから四人を探し回っていた。ゲーム開発部の部室を起点に監視カメラの映像に粗方目を通し、後はそれらしい走行音を忍びの耳が捉えてくれることに賭けて見回っていたのが功を奏したらしい。

 敷地の広いミレニアムではありふれた、100メートル近くはありそうな長廊下の奥の方、やたらと凄まじいスピードで走り去っていく四人組が見えた。エンジニア部の制作らしいローラースケートで爆走している姿は遠目で見ても何ともまあ危なっかしい。放っておいてもいずれ事故でも起こして止まりそうだとも思ったけれど、止めるにしろ止まるにしろ、やはり早い方がいいだろう。

 

「さて、と」

 

 言いながら、その場で軽く体を揺らす様に跳ねる。

 

 たんっ、たんっ、たんっ。

 

 脚の具合は悪くない。毎日の様に戦いに明け暮れた日々からは少し離れはしたものの、少なくとも脚は錆び付いてはいないらしい。それに少しだけ安堵して、飛び跳ねるのを止めてゆっくりと姿勢を低くする。

 

「よし、と……やりますか」

 

 私は、白兎(しらさぎ)。ミレニアムの問題児としてのコードネームだったものが、葦名では忍びとしての呼称に変じた私の(あざな)。その名が示すは私の戦型。

 

 

 

 忍びの体術、『脱兎』。

 

 

 

「────────ッ!!」

 

 

 音のない気合を一つ入れ、地を蹴って一気に駆け出した。

 

 ミレニアム特有の真新しい白い壁、摩天楼が見える窓ガラス、それらが凄まじい勢いで後ろへと流れていく。

 

 忍びの歩みに音は無い。しかし、こと疾走ともなると流石に衣擦れや地を踏み締める音が響くのは避けられない。まあ、今回はわざわざ隠密する意義は薄いのだけれど。

 

「そこの四人っ!!止まって下さい!!」

 

 走りながら大きく声を張り上げる。相対距離はおおよそ30メートル。もう数秒もあれば詰め切れる。

 

「え?……なになになになになに!?!?」

「なんか来てるなんか来てる!!」

「は、速っ……!?」

 

 当然と言うべきか、それで止まってくれる筈もなく。化け物でも見たような反応をしつつさらにスピードを上げて来た。

 ならば、とこちらも脚運びの回りを更に速め────ある一瞬、一際強く、一気に地を踏み締め、跳ぶ。

 

 『脱兎』。

 

 私の基本にして最大の武器。その脚を以て、縦横無尽に地と宙を跳ねる、私だけの戦い方。狼より早く駆け、蝶より自在に、梟より高く──跳ぶ。

 

 幾度も地を蹴り続ける脚が生む推進力は、私を重力の軛から解き放つ。

 飛び跳ねた勢いをそのままに、数瞬だけ宙に浮いた私は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はぇ?」

 

 ()()()()()()()、その速さを緩めるどころかなお速めていく。そのまま四人を追い抜きつつ、その進行方向の先の空間に左手を一振り。

 

 ────忍具、爆竹。

 

 元よりキヴォトスでは爆弾使いだったことも相まり、葦名でも散々に使い倒した、炸裂する火花の音と光で相手を怯ませる忍びの武器。

 撒き散らされた赤い爆薬の束は、瞬く間に炸裂する。

 

「ぎゃっ────あ゙わぁーーっ!?!?」

「うわっづぁっ!?」

「〜〜〜〜っっ!?!?」

「へぶっっっ!?」

 

 どのような敵であっても──それこそ、『類稀なる強者』であろうと怯まずにはいられないそれに、ただの女子高生が耐えられるわけもなく、四人はたまらず怯んだ。そして、わざわざエンジンまでつけたローラースケートなんてものを履いた状態で、走りながら姿勢を崩せばどうなるか。それは火を見るよりも明らかで。

 どんがらがっしゃん、などと可愛げのある音には程遠い、思わず首と肩を竦めそうになるような衝突音と破壊音と打撲音をあたりに響き渡らせながら、四人が廊下に転がって行った。特に、身の丈以上はある巨大で物々しい機械を背負った生徒──確かアリスという名前だったか──はその背負った箱に周りの三人もろとも押し潰されそうになっていた。危ない。

 

「盛大に事故らせておいてこう言うのも何ですけど、大丈夫です?」

「自覚があるなら何で言ったの……」

 

 壁走りを止め、脚を地面に擦らせるようにして勢いを殺す。危なげなく軽やかに着地した私は近寄りながら声をかける。

 いささかしたたかに身体を打ったのか実に痛そうに身体をさすりながら這い出て来た四人は、足につけた何やらパーツが取り付けられている靴を脱ぐ、というより取り外し始めた。

 

「なんなんですか?その靴」

「エンジニア部がデータ取りたいって言って私たちにくれた試作品……って、あー!」

 

 貰い物を割と雑に取り払ったと思ったら、私の顔を見るなり指を差しながら声を上げた。

 

「セミナーのコユキじゃん!行方不明になってたって噂の!」

「無事見つかったって聞いてたけどほんとだったんだ……良かった……」

「ユウカとか泣きながらチラシ配ってたもんね……」

「アリスが軽はずみで『流行りの異世界転移でしょうか?』って言っちゃって泣きながら本気で怒ってた時もあったね」

「あれは本当にユウカに申し訳なかったです……」

 

「……………………」

 

 ユウカ先輩たちが私を探していたことは知っている。本人は「ずっと探してた」と一言だけしか言わなかったけれど、ノア先輩や他のセミナーの子からもその時の様子がどんなものであったのかは伝え聞いていたから。

 涙を流しながら必死に私を探すユウカ先輩を想像しようとして……すぐにその思考を打ち切る。そんなものはどこまで行っても私の想像にしかならないし、どこまでいっても悲しいだけだ。

 

「…………まあ、私の話はいいです。そのユウカ先輩から出頭命令が出てるので、大人しくお縄についてください」

「お断りー!セミナーの横暴には屈しないぞ!」

 

 かぶりを振って意識を切り替える。一応武装はしているものの、戦わなくて済むならそちらの方が楽だ。そう思って説得を試みてはみるも、案の定聞く気はないらしい。

 

「っていうか黒崎コユキはセミナークビになってるって話じゃなかったっけ?債券無断発行しまくったとかいろいろしたせいで」

「もう実質ユウカに怒られ仲間じゃん!ユウカのお説教が嫌な気持ちわかるでしょ?見逃してよー!」

「怒られ仲間って何…?」

 

 よくわからないことを言いすぎて妹にまで突っ込まれてる、そんな才羽モモイにため息をひとつ。

 

「…………まあ。昔の私だったら、一も二もなく乗っかってたんでしょうけど」

 

 今の私は、とてもそんな気分になれない。いなくなっていた間ずっと心配をかけていた様だし、今だってユウカ先輩は私を気にかけて悩んでいる。少しでも心労を減らせたら、と思ってここに来たのもあるし。

 それと、もうひとつ。

 

 

 

『鼠狩りじゃあ!共をせよ、小雪!!』

 

『なんで私までぇぇぇー!?』

 

 

 

 ……どこかの天狗の鼠狩りに、散々付き合わされたせいか。

 鼠を──というより、こそこそと何やら悪いことをしているらしい人を見ると、ついつい斬りたく──もとい、捕まえたくなる。そんな心地になってしまうから。

 

「ふぅー…………」

 

 あの時、言われるがままお揃いで被っていた、天狗のお面は持って来てないけれど。心持ちだけを、『あの頃』の私に戻して。ゆっくりと、雪丸(そそぎまる)を鞘から抜いた。

 

「ひっ……!?」

「な、なに……?」

 

 変わった気配を感じ取ったのか、顔を引き攣らせる眼前の"敵"。

 

(……数は四。手練れの気配は感じず。敵の得物はおそらく全て銃。ただしうち1人は仔細が不明。あの巨大な箱が武器である可能性を鑑み要警戒……)

 

 如何に斬ろうか、如何に斬るべきか。

 

 それをゆるりと定めつつ、刀の柄を顔の右横へ、切先を前へ向け刀を構えた。

 

 

 

 

「葦名の忍び、名は白兎(しらさぎ)。────参ります」

 

 

 

 

*****

 

 

 

「な、なんかやる気だ……!?」

「それより見て下さい!刀です!リアルポントウです!アリス初めて見ました!」

「言ってる場合じゃないって!来るよ!」

 

 先んじてこちらに向けられたのは才羽ミドリが持つ銃。見たところ狙撃銃の類。一度に放たれる数はおそらく、一発。ならば────

 

「────フッ!」

 

 迫り来る弾丸を、刀にて斬り払うように弾く。

 

「はっ……?」

 

 火花を散らしながら、あらぬ方向へ吹き飛ぶ銃弾。甲高い衝突音の残響の中に、飛ばされた弾丸が廊下の壁を跳ねる音が微かに混ざった。

 

「……はあっ!?なにそれそんなんあり!?」

「ジェダイです!レトロなジェダイです!!」

「レトロかなこれ!?」

 

 今度は才羽モモイが銃を向けてくる。アサルトライフル。一度に何発まで撃ってくるかは不明瞭。一発、二発は貰う覚悟で構える。

 弾丸を目で追うことなどできない。けれど、「いつ撃つのか」は見極めることができる。火器を構える姿、引き金に指をかける動作、反動に身構えようと身体に力を入れる瞬間。攻めに移らんとするその全てを俯瞰し、見極めてこそ忍びの目。

 

 ────見るとは無しに、全てを見よ。

 

 骨の髄まで叩き込まれたその教えは、今も尚健在なり。

 

「せいっ、やぁっ!!」

 

 身体の前で縦に構えた刀を、素早く左右に、小刻みに振るう。撃たれた弾は三発。いずれもこの身に当たることなく、横へ後ろへと飛ばされていき、後には強く大きく高い音のみを残すのみ。金属同士が衝突し、打ち合い、弾かれるように離れる聲。

 

 いっそ心地よさすら覚えるほど澄んで聞こえるその音は、刀に触れたものを、刃が受けた攻撃そのものの真芯を的確に捉えて弾いていることの証左。この音を響かせられている限り、敵の攻め手がこちらの傷となることはない。

 

「……うん。調子は悪くなさそうですね」

 

 硬く受け止めるのではなく、流れる水の如く受け流す。葦名で培った刀による防御術、『弾き』だ。

 

「なんなのこいつー!?アリス!光の剣準備して!」

「了解です!『光の剣・スーパーノヴァ』、ロック解除、解凍開始!」

「これなら弾けないはず……えいっ!」

「おっと」

 

 天童アリスが大きな箱型の機械を作動し始める。投げ物でも放って牽制しつつ近付くべきかと考えた矢先、残った花岡ユズが銃口を向けているのが見えた。それがグレネードランチャーであることに気付き、弾きよりも回避を選択。やや大袈裟に距離を取ると、数秒前まで自分がいた場所にグレネードが着弾し爆炎が上がった。

 

「避けた……?」

「そうじゃんグレネードだったら弾いても爆発するじゃん!やっちゃえユズー!」

「う、うん!」

 

 正直言って仕舞えば、彼女らのそれは正しい気付きだ。爆発物それ自体を弾くことはできる。けれど、その爆炎までは刀一振りでは防ぎようがない。故に、避ける。

 

「…………へえ、これは中々」

 

 続いて二発目、三発目と続くグレネードの爆破範囲から逃れようとしたこちらに対し、残りの二人が偏差で銃撃を見舞って来た。

 

(意外にしっかりした連携ですね)

 

 グレネードを回避した先に射線を置くようにしっかりと息を合わせて撃って来る。爆発から逃れつつ銃弾を弾きながら考える。回避も防御も難なく行えているが、どうにも近付きづらい。

 

(銃を持って来なかったの、失敗だったかな)

 

 葦名には持って行けず、感覚的には数年来手元から離れていたかつての愛銃が頭をよぎる。もはや刀を用いた戦いの方が染みついてしまっていることも相まって、無意識のうちに持ってくることを忘れていたけれど、『脱兎』で飛び回りながら撃つだけでかなり変わるかもしれない。

 

(今度練習してみようかな……っ、ととっ)

 

 余計なことを考えていたせいで、一発弾きが甘くなった。気を取り直しつつ、眼前の四人を今一度見据える。やはり気掛かりなのは、天童アリスが展開しようとしているあの機械。あれが何かは知らないが、こちらにとって愉快なものではないだろう。とはいえ、このまま防ぐだけでは埒が明かない。となれば、反撃に転じる必要がある。

 

(だったら、"これ"が一番)

 

 左右にステップをすることで避けていたところを止め、その場で立ち止まる。

 当然、そこへ目掛けてまたグレネードは降って来る。止まったこちらを見て好機と捉えたのか、双子も銃口を集中させて撃って来る。

 

「…………ムジナさん、力を借ります」

 

 それを確認した私は。

 腰の裏に刺していた、()()()()()()()()()()を取り出し。一気に、開いた。

 

 

 ────忍具、朱雀の紅蓮傘。

 

 

 一拍の後、 廊下は何度目とも知れぬ爆発に包まれる。

 

「……やったか?」

「アリスちゃんそれ言っちゃダメな台詞だって前にも言ったよね!?」

「止まってたし、当たってるはずだけど……」

 

「────残念でしたね」

 

 ようやく被弾したことに喜色の籠った声が聞こえる。それを否定してやるように、私は扇の──否、その扇が真円状に開かれることで形を成した、私の体をすっぽりと覆ってもなお余裕を残すほど大きな()の下から顔を出して見せた。

 

「え、何ソレ?……傘?」

「ゆ、ユズ!もう一発!」

「う、うん!」

 

 またしても放たれる爆弾。

 先程の一連で着弾までの時間はおよそ把握している。傘の面に着弾し爆破する、まさにそのタイミングを見計らい───差している傘を一気に回した。

 

 爆発音に混じる、歯車を勢いよく回すような音。

 その下にいた私は、一切の傷も負っていない。それどころか、熱風すら微塵も感じない。

 

「はぁー!?ほんとなんなの!?耐熱仕様!?」

「めっちゃ陳腐な言い方になりましたけどまあ大体あってますね」

 

 ジャキン、と小気味良い音と共に傘を畳む。

 

 『朱雀の紅蓮傘』。

 

 『金城鉄壁』と呼ばれる鋼鉄の扇を改良して作られた、折り畳み式の鉄の傘。その形状と回転する力によって、大抵の攻撃を防ぎ、いなし、弾いてしまう忍具のひとつ。

 更に、赤と金で描かれた火の鳥の装飾には不思議な力が宿っていて、火炎を強く防いでくれる。

 

 そして、この忍具の力はそれだけにとどまらない。折り畳まれ鈍角の扇となった傘からは、白い煙が立ち上っている。

 これは、炎に焼けて生じた煙などではない。傘に『力』が溜まっていることを示す、狼煙だ。

 

「フッ────!」

 

 その傘を左手に、抜いたままだった刀を右手に持ち。身を翻しながら、交差させるような軌跡で一閃させた。

 

 ────派生攻撃、放ち斬り。

 

『うわぁっ……!?』

 

 鉄傘には銃弾や爆発などを防いだとき、その衝撃を力として蓄積する機構が備わっている。そして、それを斬撃として振るう時。溜まった力は、真空波として遠方を斬る。

 不可視の斬撃に襲われた三人は、たたらを踏んで体勢を崩した。

 

「今────!」

 

 一気に駆け出して距離を詰める。まずは一番前にいるモモイに対し、刃を────

 

「……………………えいっ」

「いだあっ!?!?」

 

 振り下ろさずに、刀を返し峰打ちに切り替えてからこめかみあたりに向けて一閃。

 もんどり打って倒れる姿を尻目に、隣にいる双子の妹にも峰打ちにて脳天を一撃。

 

「ん゙ゔっ!?」

 

 三人目、花岡ユズに対しては丸出しのおでこに一発。

 

「い゙っっっ!?」

 

 最後に、残った天童アリスを────

 

「お待たせしまし、たっ!」

 

 倒そうとした瞬間、目の前に『白』が迫ってきていた。

 あの謎の機械の起動を終えたらしいアリスが、それをこちらに丸ごと突き出して来たらしい。

 

「ちっ────」

 

 見た目からして重いなんてレベルではなさそうな機械──否、あれは砲台か。それを思い切り突き上げるように振り上げて見せた怪力に舌を巻きつつ、打突と呼ぶにはあまりにも大きすぎる、その大雑把な攻撃を────

 

「────ふぬぬぬぬっ……!」

 

 刀を地面に突き刺し、足裏を地面に擦らせながら受ける。

 人の身体など易々と吹き飛ばす圧倒的な衝撃を、大地へ流すことで受け切る技術。危なげなく成功したそれは、私への負担を残さず、しっかりと力をいなし切った。

 

「い、痛ぅ……あ、あれも防ぐの……!?」

「で、でも、流石にこれは防げないでしょ!やっちゃえアリス!」

「はい!魔力充填、100パーセント!行きます!」

 

 頭をさすりながら言うモモイに答えたアリスが、砲門をこちらに向けて────

 

 

 

 

 脳裏に、予感が走る。

 理屈でなく、直感で察する。危険だ、と。

 

 

 

「──────光よ!!!」

 

 

 ────目の前の景色が、白一色に爆発した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「やっ────」

「だからアリスちゃんそれ言っちゃダメだって!」

「で、でも光の剣の直撃なら流石に……」

 

 エンジニア部が膨大な予算を注ぎ込んで作り上げたレールガン・『光の剣・スーパーノヴァ』。その圧倒的な破壊力が放たれ、煙が立ち込める廊下。

 刀一本と謎の傘一つで銃弾も爆弾も防いでしまう、そんな訳のわからない少女に思い切り峰打ちで殴られた三人は頭をふらつかせながら口々に言い合う。

 

「これでまた見てから傘余裕でしたとか言われたらどうしよう……」

「でもあれエネルギー貫通するビーム付きの弾丸だよ?」

「それに傘を開く暇もなかったはず……」

 

 四人が固唾を飲んで見守る中、煙が徐々に晴れていき────

 

「……なる、ほど……なるほどね……」

 

 刀を地面に突き刺した姿勢のまま、片膝をついているコユキが現れた。

 どこも傷はついていないが、身体からはパリパリ、パチパチと小さく雷が走っている。

 

「ふ、防いでる!?」

「でも効いてる!効いてるよ!」

「チャンスタイムです!追撃します!」

 

 驚きつつもようやく有効打が入ったことを少し喜んで見せる四人。それに対して、コユキは小さく呟く。

 

「この痺れる感覚……ちょっと懐かしさすらありますね」

「え……?」

 

 地面に刺していた刀をゆるりと抜き、ゆるりと身体の前で構えて見せる。

 

「懐かしさのお礼も兼ねて。さっきの雷、()()()はたっぷりとしてあげましょう」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

(…………まさかこっちで雷に打たれることになるなんて、思いもしませんでしたね)

 

 予想だにしなかった。先ほど放たれたあの砲撃。アレはいわゆるレールガンというものだろう。それも喰らった感覚からして、単に電磁加速させるだけでなく、電力をビームのように付与して打ち出すような。

 

(つまり弾丸部分を防ぐことはできても、雷が身体を巡ってしまう、と……あー、いたた……)

 

 まだ痺れる感覚が残る身体に顔を顰めながら分析をする。

 

「よしアリス、とどめだー!」

「はい!今一度貫け!バランス崩壊!」

 

 再び、天童アリスが砲門をこちらに向けてくる。唸るような駆動音を上げながらエネルギーを貯め始める。それに対しこちらがとった行動は、ただ静かに、狙い澄ますように刀を構えながら待つことのみだった。

 

 先の一撃で攻撃から攻撃の瞬間は見切った。先ほども生じた、半ば無意識で察する危険攻撃の起こり。それを逃しさえしなければいい。

 

 何故なら。

 私には、この手の雷撃を伴う攻撃に抗する術があるから。

 

 

「────────光よ!!」

 

 

 天童アリスの叫びに合わせて、私は強く地面を蹴って飛び上がり──レールガンの一撃を、()()()()()()()()()()()

 

「────ぇっ?」

 

 誰かの唖然とした声を、耳を劈くような雷の弾ける音が掻き消す。

 雪丸の白い刀身に稲妻が流れ、その様はさながら、こちらの方こそが真の意味で『光の剣』となったよう。

 

 

「光の剣、お返しいたす────なんてね」

 

 

 小さく呟きながら、荒れ狂う雷に震える刀を抑えるように、握り直して振りかぶる。

 

 

 これもまた、葦名で培った技。

 

 

 刀身に受けた雷を、中空にて剣閃と共に放ち、返す。

 

 

 即ち────地に足つけぬ、『雷返し』なり。

 

 

「はあっ!」

 

 放った斬撃の軌跡に沿うように雷撃走り、横一列に並んだ四人を一息に薙いだ。

 

 
 

 

 

 

『あばばばばばばばばっ!?!?!?』

 

 

 文字通りの意味で雷を落とされた四人は、珍妙な叫び声を上げながら感電し。ぷすぷす、と身体から煙を上げながら、ばたり、と目を回して倒れていった。

 

「忍殺は……ま、しなくてもいいですね」

 

 くるり、と回すようにして、刃についた塵を斬り払い。刀を鞘に収めながら、私はなんとはなしに、愛刀に語りかけるみたいにして呟く。

 

 ────調子を確かめる為に半端に手を抜いたり、変に峰打ちしたりしたせいで、我ながらかなりぐだついたけど。

 

「あなただって……もう血で汚れなくて済むなら、それに越したことはないですよね」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

『もーほんとなんなのあの子!!銃弾は刀で全部弾いちゃうし変な傘で爆弾も弾くしなんかサンダーソードみたいなの使うし!!!』

 

 

 

「────って、モモイ達が言ってたんだけど……」

「まあ大体あってますね」

「まあ大体あってるんだ……」

 

 無事に鎮圧したゲーム開発部をユウカ先輩に引き渡した後。四人から軽い事情聴取のようなものを済ませたユウカ先輩は私に確認しに来た。

 なおその四人は現在ユウカ先輩に代わってノア先輩が説教中。私も昔は苦手だった人だし、私と似たり寄ったりなモモイあたりはそれはそれは慄くことだろう。合掌。

 

「爆炎を防ぐ傘も意味不明だけど……本当にどういうことなのよレールガンのエネルギー部分を刀に吸収して斬撃として返して自分はノーダメージって」

「あ、ノーダメージじゃなくてちょっとだけ自分も雷を喰らうんですよ?ただ『地面に足をつける前』なら電撃が身体から流れ出ないから感電しない、その間に上手く流しちゃえばオッケー、みたいな……」

「いやそこも意味わかんないけどなんで刀を振ったら電気が放たれていくのよ」

「………………………………さあ?」

「自分でも把握してないの!?」

 

 どうやら気になるのは私が使った『雷返し』の様子。まあ正直な話、使った私が言うのも変な話だけれど、気持ちはわからないでもなかった。というのも、アレは自分でもよくわからないまま使ってる技でもある。

 今回はレールガンのエネルギーを返したけれど、本来の使い手は『いつ降ってくるかもわからない空からの落雷を弓矢か刀か槍に集めて撃つ』とかいう本気で訳のわからないことをやっていた……というところまで説明するのは、流石のユウカ先輩もフリーズしそうなのでやめておいた。

 

「──────ふふっ」

 

 目の前でしきりに困惑している姿を見ていると、なんだかおかしくなって。思わず、小さく笑い声が漏れてしまう。

 

「…………………」

「……え、なんですその顔」

 

 すると今度は、ユウカ先輩が驚いたように目を丸くして私の顔を見ていた。首を傾げたこちらに対し、先輩はぽつりと呟くように言う。

 

「笑った顔。久しぶりに見た」

「……あー」

 

 言われて、気付く。確かに、最近私はあまり笑みを浮かべることはなかったような気がする。いや、「あまり」というより「全く」か。

 

「そんなに暗かったですかね、私」

 

 葦名から帰ってきてからのこと。ずっと向こうでの出来事を引きずっていた自覚はあったし、そのことで先輩たちには気を揉ませていたのは知っていた。でも、改めてこうやって思い知らされると、胸の内側を小さく刺されるような、そんな痛みに似た感覚に晒された。

 

「……まあ、そうね。あんまり明るい顔は、してくれてなかったわ」

 

 そんな私に、先輩は少し目を伏せながらそう言って。

 けど、と続ける。

 

「なんだか安心した。なんてことないことだけど、ちゃんと笑ってくれるんだってわかったから」

 

 小さく息を吐きながら、ユウカ先輩はゆっくりと手を伸ばして。ぽん、と私の頭に手を乗せた。

 

「訳わかんないことばっかりだけど……まあ、その顔が見れたから、棚からぼた餅の大収穫ね」

 

 ほっとしたような、優しい笑顔で。そんなことを言われて。私は。

 

「…………ユウカ先輩って」

「うん」

「お米とか太郎柿とかより甘いですよね」

「いやどんな表現よ。っていうか太郎柿って何?」

 

 誤魔化すように、そんなことを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑ってても、いいのかな。

 

 

 

 何も為せなかった、私が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

雪丸(そそぎまる)

 

主である竜胤の御子・九郎より授かった刀

葦名の庶家である、平田氏に伝わる刀のひと振り

 

対となる楔丸(くさびまる)とは兄妹刀にあたり、

黒々とした無骨な兄刀とは対照的な、白く儚げな穢れ知らずの美しい刀

 

雪丸(そそぎまる)の名には、願いが込められている

 

忍びは人を殺すが定めなれど

その澱みが心を染めぬように

 

雪の真名を持つあの忍び、心の豊かなあの少女

その未来に、どうか幸せがありますように

 

その願い、 いつか届く日があろうか

 

 

 

 

 

 

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