葦名の白兎、ミレニアムに忍ぶ。   作:ラストおはぎ症候群

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人生初の支援絵をいただきました!!(リンクはこちら)
『心中義父の霧がらすが避けられない』様、素敵なイラストを本当にありがとうございます!!




第四話:葉笛の色、握り飯の味

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葦名の国、その外れにある竹林のほとりに構えられた、葦名の庶家・平田家の屋敷。

 

 陽の光が正中から少し傾いて差し込む頃、林の中に二つの小さな人影がある。

 

「それじゃ、ちょっと吹いてみましょっか」

 

 ひとりは、奇妙なほど色鮮やかな桃色の髪と、これまた奇妙な円環を頭の上に浮かべ、白い刀を腰に提げた、淡い柿色の忍び装束の少女。少女は親し気に、もうひとつの人影に話しかけている。

 

「うむ。……すぅー……」

 

 もうひとりは、幼いながらも端正な顔を難しげに歪めている、寛衣を纏った少年。手には何やら、葦の葉を筒の形に巻いて少し潰したようなものを摘んでいる。

 手に持っていたのは、どうやら葉笛の類。少女に言われるがまま息を吸い込み、息を吹き込む少年。聞こえてきたのは、ひょろひょろと弱々しく揺れるような音だった。

 

「にはは!変な音ー!」

「むぅ」

 

 少女がおかしそうにからからと笑い、対して少年は不満気な顔。

 

「なかなか、狼や白兎のように上手く鳴らぬものだな」

「私も初めはあんまり鳴らなかったですよ。狼さんは謎に器用さを発揮してあっという間に覚えてましたけど」

 

 そんな取り留めのないことを話しながら、少年の習はしは続く。四度、五度と繰り返しても上手く鳴らないのを見て、少女は少年が咥えたままの葉笛を覗き込むように顔を寄せた。

 

「うーん……」

「……な、なんだっ?白兎よ」

「葉っぱがほどけちゃうかも、って思って息が弱いんだと思いますよ?こう、ひゅーっ!って感じで、思い切って吹き込んでみてください」

「う、うむ……すぅー……」

 

 どこか慌てたような様子の少年は、言われるがまま息を吸い。ぎゅっと目を瞑って、ひと思いに、といった様子で思い切り息を葉笛に吹き込む。

 今度は、ピィーッ、と。細く綺麗に澄んだ音が鳴り響いた。

 

「わー!」

「おぉ……」

「やりましたね九郎様ー!」

「し、白兎っ……ち、ちか……!」

 

 自分のことのようにはしゃぎながら、がばり、と抱きつく少女。嬉しそうに顔を綻ばせたところに飛びつかれ、ほんのりと顔を赤くし狼狽える少年。

 

 

「────こぉらぁ!!忍びの小娘ぇ!!」

 

 

 そんな和やかな空気を破り、林を震わさんとするかのような怒号が聞こえて来た。

 

「うげっ……」

「お主……また勝手に若様を連れ出したなあ!?」

 

 少女がわかりやすく顔を顰める。視線の先にいるのは、青い袖無し羽織に袴姿のやや年老いた侍だった。

 

「はあ……なんですか、()()さん」

玄斎(げんさい)じゃ!!野上玄斎!!小娘!!前々から思っておったが!!やはり儂を舐めておるな!?」

「まーまー、そんなに怒らないでくださいよ玄米さん。九郎様がびっくりしてるじゃないですか」

「いや、驚いているわけではないのだが……」

「あとそんなかりかりしてると禿げが進みますよ?」

(まげ)の髪は禿げておるわけではないわぁ!!!!」

 

 火山の大噴火の如く怒る侍。怒髪天を衝くとはまさにこのことか、叫び声で周りの木々が震えるようであった。しかし、気にした様子もなく聞き流す少女は柳に風と言わんばかり。

 

「……玄斎殿。此度は私が白兎に頼んだのじゃ。葉笛が吹けるようになりたいと。然るに、ここは大目に見てもらいたい」

「むっ……しかしですな、こうも皆に黙ってこそりと抜け出されては、心配も致しまする」

「えー?そんな堅苦しいこと言わないでくださいよー。九郎様だってふらーっと散歩に行ったりお出かけしたりするくらい良いじゃないですか」

 

 宥めるように言う少年に、怒りを収めつつも真面目な顔で小言をこぼす侍。それに対して唇を尖らせる少女。

 

「……忍びの娘。お主もお主じゃ。その奇怪な輪はもう受け入れたが。お主も真に若様の忠臣ならば、如何に主の命としても、時として主を諌めてこその……」

「あーはいはいわかりましたわかりました。じゃあ九郎様、帰るとしましょうか。もう少し練習したかったですけど」

 

 小言の矛先がこちらに向いたと見るや、けろりとした顔で投げやりに返事をしたと思えば、少女は────

 

「────えいっ!」

「えっ、わっ……!?ちょ、白兎っ!?」

 

 瞬きする間に、少年を一気に抱え上げ。

 

「お、おいお主!」

「にははー!脱兎のごとくー!」

 

 そのまま、猛烈な速さでその場から走り去って行った。

 

 どのような足運びをしているのか、木々にぶつかることなく、さりとてその速さを一切落ちることもなく、するすると流れるように林の中を駆け抜けていく。

 

「────到着っ、と!まったくもー、相変わらず口うるさいんですから」

 

 林の中から屋敷まで、それなりに以上にあったはずの距離を、あ、と言う間すらなく白兎は走り終えた。

 

「狼さんの口数の少なさとちょっとだけ交換したら良いのに。ねえ九郎様?」

「……や、やわらか……」

「九郎様?」

「し、白兎、降ろしてくれ……!」

「んー?」

 

 少年がなぜ慌てているのか、と首を捻った少女だが、言われるがまま少年の身体をそっと降ろす。

 

「────は、なっ、ぁっ……!?」

「んー、熱はなさそうですけど……?」

 

 かと思えば、不意に少年の顔を覗き込むように己の顔を寄せ、互いの額をこつんと合わせた。びくりと肩を震わせる少年を他所に、不思議そうに小首を傾げる少女。

 

「ししししらさぎっ!!なにをっ!?」

「いや、ほんのり顔が赤かったので」

「か、風邪をひいているわけではない!」

 

 「心の臓に悪い……!」と呻くように言いつつ胸元をぎゅっと握りながら、深く呼吸を繰り返して息を整えんとする少年。そんな様子にますます首を傾げる少女と、その後ろに人影がひとつ。

 

「…………………おい、白兎」

「あ、狼さん!ただいま戻りまし──たあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あああああぁぁぁーっ!?!?」

 

 声を掛けてきたのは、眉間に皺の寄った無愛想な忍びの男。朗らかに話しかけた少女を遮り、顔を前からむんずと鷲掴みにし、そのままぎりぎりと力を込め始めた。

 

「すまぬ、狼……なんと言うか、助かった」

「……いえ。御子様。白兎を借りまする」

「ああ。……その、なんだ。こう言うのもなんだが、ほどほどにしてやって欲しい」

「御意」

「せめて理由を言ってから鉄の爪してくださあ゙あああぁぁあぁーー!?!?誰か助けてえええーーー!!!」

 

 苦笑を溢す少年に頷く忍びの男、それに鷲掴まれてじたばたと暴れる少女。屋敷に響き渡る悲鳴に何事かと人が集まってくるが、騒いでいるのが鮮やかな桃色の少女と知ると、なんだいつものことか、と言うように先の少年と同じく苦笑いしながら戻って行く。

 

「なんでええええええーーーっ!?!?」

 

 平田屋敷の茶飯事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………はは」

 

 

 

「懐かしい、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械都市染みたミレニアムでも、それなりに自然豊かな場所はある。学園の中央棟からはそれなりに離れた位置にある河川敷もそのひとつ。

 

「………………すぅー……」

 

 川のほとりにある草むらに腰掛けた私は、軽く息を多めに吸い込んで、指の間に挟まれた、小さな管に吹き込んだ。河川敷に生えている、手頃な草から摘んだ葉を巻いて作った草笛。

 

 もうすっかり手慣れたそれは、高く綺麗な音になって、河原に響いた。

 

「ん…………」

 

 不意に、西陽がビルの合間から顔を出して視界に光を差し込んで来る。眩しさから逃れる様に目を閉じると、途切れた視覚を補う様に、周囲に音がより鮮明に聞こえ出す。

 都市部からやや距離のあるこの場所はひどく静かだ。遠くの方にある道路を車が走って行く音、川がゆるやかに流れる音、時折頭上を横切って行く鳥の鳴き声、そして私が気まぐれに吹く、草笛の音。聞こえるのは、それくらいなもの。

 そんな穏やかな音だけに耳を澄ませていると、少しささくれ立つようにざわついていた心が鎮まるような気がした。

 

「………………」

 

 日光から目を逸らす様に、傍らに置いた刀を見やる。手入れを欠かさない限り穢れ知らずの愛刀は、今日も変わらず真白いまま、夕陽を受けてほんのりと黄昏色に染まっている。

 

 こちらに帰ってきてからは使う機会なんてないと思っていたはずの刀。そんな思いに反して、何かと抜かれる機会が増え始めていた。ゲーム開発部を叩きのめしたことを皮切りに、ユウカ先輩から荒事を頼まれるようになったからだ。

 

 内容は大体がエンジニア部の暴走したマシンの停止、あとは生徒同士のいざこざや喧嘩の鎮圧、セミナーに武力行使をかけて来る切羽詰まった部活の制圧などなど。あと結構な頻度でやらかすゲーム開発部へのお仕置きもあるか。そのくらいの些細なものが多いけれど、少し規模が大きかったり重要度の高い案件も任されることだってある。

 

 些細な揉め事はともかく、重要な事柄は基本はメイド部──セミナーお抱えのエージェント集団、『C&C』に頼むのが常だった。けれど、なんでもC&Cの金食い虫振りに頭を悩ませていたそうで。請求書を見ながら、どこかの兄弟子くらい眉間に皺を寄せていたユウカ先輩を見かねて助け舟を出したのが始まりだった。

 

 物や建物の破壊は当たり前、武器弾薬も死ぬほど使い倒すせいで経費の額も頭が痛くなるくらいだというC&C。その点、剣術主体で周囲への被害も最小限な『今の私』の戦い方は大してお金はかからない。

 いい経費削減になるでしょう。そう言った私に、ユウカ先輩はかなり渋っていた。数をこなしつつ問題ないからと何度も説得した今でこそ、色々な依頼を任せてくれるようになったけれど。

 

 …………こちらに戻ってきてから初めにセミナーの仕事がしたいと言った時のこと。『何かしていたかったから、何もしていないよりマシだから』、なんて理由で希望したのが引っかかっているのかもしれない。

 

 何はともあれ、そんな風にほんの少しだけ、私のいつもの日常に変化が起こった。

 普段は適当に仕事をしつつ穏やかに過ごして、時折舞い込む依頼に思い出したように刀を振るう。また日常に戻って。ふとした時に刃を抜いて。そんな、繰り返し。

 

「………………っ、……………」

 

 だから、なのだろう。『(あるじ)』のことを、夢に見ることが多かったのは。

 

 特別な血を持つからと、小さな身体では背負いきれないであろう、大きすぎる運命を背負わされた少年。

 

 なのに泣き言一つこぼさずに、生まれついて宿された力に、迷いながらも真正面から向き合い続けた、あの子。

 

 私よりもずっと年下で。なのに、主と仰ぐことに何の抵抗もなかった。そんな、不思議な存在感と風格を纏った御子。

 

 私とあの人が仕えた、ただ一人の主。

 

 

 

「…………九郎、様」

 

 

 

 私が、守りたかった人。

 

 

 今の私の愛刀、雪丸(そそぎまる)を授かるのと共に、主従の約定を結んで以来。あの『兄弟子』と共に護衛の任を命じられ、その御身を守ることになった。

 ただ、ミレニアムでもそうだったように、当時暮らしていた平田のお屋敷でも、私はやっぱり問題児のそれで。戯れに屋敷から連れ出しては、一緒に遊んだりもした。

 

 やんごとなき身分であるが故に、色々な(しがらみ)に囲まれていて。それが窮屈そうに見えたから。

 そんなに縛られなくて良いんだよって、もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかって、自分のしたいようにしながら生きてみようって、そう伝えたくて。

 

 良かれと思ってしたことだけれど、もしかしたら迷惑だったのかもしれない。あの方がそう言ったわけではなかったけれど、己の置かれた立場に不満を言うこともない人でもあったから。あるいは、余計な真似だったのかも。

 そんなことを考えていると、やっぱり私は、従者としては、失格なんてものではなかったんじゃないかとすら思えてくる。

 

 

 だって、私は、結局、守れなくて。

 

 やっとの思いで取り戻したのも、何年も待たせた後で。

 

 望んで持って生まれたわけじゃない力なんて捨てて、自由に生きて欲しいって、そう思っても。

 

 最後には、私は、何もできなくて。その後どうなったのかもわからないまま、ここに戻されて、それで────

 

 

「んっ、くっ……」

 

 もう片方の手に待っていた、手のひらより小さな椀型の器に口を付けて、注がれていた中身を一気に呷った。腹の奥から込み上げかけた何かを抑え付けるように、器の中をひといきに飲み干す。

 

「ぷはっ……!」

 

 喉を通り過ぎた途端に湧き出す、胸の内からかぁーっと熱くなるような感覚。次いで、くらり、と頭が緩やかに揺れるような酩酊感。それらが、浮かびかけた鬱屈とした思考を掻き消してくれた。

 

「…………自分から言い出したことで、勝手に感傷に浸ってちゃ世話ないですよね」

 

 お屋敷で平和に暮らしていたあの頃に、今の生活は少しだけ似ている。ただそこに、仕える主も、隣にいる兄弟子もいないだけで。そのせいもあって、脳裏にちらついてしまったのだろう。そんな自分に自嘲気味に笑ってから、懐から手裏剣を取り出して。

 

「えいっ」

「────うわわっ!?」

 

 目線を動かさぬまま、斜め後方に向けて手を一振り。するりと放たれていった手裏剣の向かう先から、やや情けない声がひとつ。

 

「…………入院中にお見舞いに来てくれた時以来ですかね。隠れて覗き見ですか、『先生』?」

「うっ……ごめん、見かけたはいいけど邪魔しちゃいけないかなって……」

 

 ちらりと視線をやると、そこにいたのは黒い髪の中に、メッシュでも入れてるのか一房だけ白い髪が混じる、そんな髪色をした大人が一人、こちらに向かって歩いてきていた。

 『シャーレの先生』。このキヴォトスで最近有名人になっている、外の世界から来た大人の人。聞けば、失踪した私のことも必死になって探してくれたらしい。退院する前に見舞いに来た時、ひどく安堵したような顔を見せたのを覚えている。

 

「あんなにわかりやすい気配出しながらじゃ同じですよ。隠密が下手です」

「忍者かスパイみたいなこと言うね……隣、いい?」

「どうぞ」

 

 私を探しに来たのか、それとも偶然見かけたのかは知らないけれど、何やら視線が向けられているのにはすぐに気づいた。まあ、生まれつき、誰かから向けられる意識に何かと勘付きやすいたちだったし、今はそこに忍びの修練も加わったのもあるけれど。

 

「………………………」

 

 隣に座った先生は、何も言わずにこちらに視線を向けて来た。私の顔、そして地面に横たえてある私の刀を、穴が開きそうなくらいにじっと見つめている。

 

「…………やっぱり、気になりますか?」

 

 そんな様子に、小さく苦笑いしながら言う。先生の中の記憶にある『黒崎コユキ』は、きっとクルーズ船で散々好き放題暴れた問題児のままなのだろう。そして突然の失踪を経てからの変貌した性格、纏う雰囲気の変化、様変わりした振る舞い。どれをとっても違和感しかないのが今の私で。手がかりの一つも掴めない最中の前触れの無い帰還に、私が全身に負った傷、一体何があったのか、それを知りたがるのは当然だろう。私だって逆の立場ならそう思う。

 

「そうだね……気にならない、って言ったら、それは嘘になっちゃうかな」

 

 事実、先生の答えもそうだった。

 ただそれは、言外に、"今は聞くつもりはない"と言っているのと同じでもあった。

 

「…………聞かないんですね。先輩達もそうでしたけど」

 

 ノア先輩、あと最近は姿を見せていないリオ会長も、私に何も聞こうとはしない。ユウカ先輩だけは心配が振り切れすぎてしまったのか、退院明けに一度だけ、意を決してと言った様子で聞いてきたけれど。それも私が誤魔化すような答えを返してからは、なにも。みんな、私が何か隠していることは分かりきっているだろうに。

 

「うん。軽々しく聞いていいものでは、きっとなさそうだから。コユキ自身が話したくないと思っているものなら、尚更」

 

 でも、先生は穏やかな声でそう言うだけだった。

 

「…………………そう、ですね」

 

 正直なところ、先生の言った通りでは、ある。話したところで信じてもらえるようなものではないのもあるし、進んで話したくなるような過去でもないから。

 

「私にできるのは……いや、私がするべきことは、もしいつか聞いて欲しいとコユキが思った時に、しっかりと受け止めることだと思うんだ」

「先生……」

「あとは、そうだな……ちょっとした差し入れをすること、かな?」

 

 そう言って、先生は何やらカバンの中からごそごそと取り出して見せた。それは──

 

「────おにぎり?」

「うん、実家が農家で。キヴォトス(こっち)に来た後も、新米の仕送りをして貰っててね。せっかくだからみんなにもと思って」

「は、はあ……いただきます?」

 

 タッパーに入っているのは、ラップで包まれた小さなおにぎりだった。握ったままだった草笛を適当に放って、ついでに渡されたウェットティッシュで手を拭ってから、言われるがままに食べてみる。

 

「………………美味しい」

「ふふ、そうでしょ?」

 

 程よい歯応えと、噛むほどに感じる旨みと甘さ。具が入っていないシンプルな握り飯だったけれど、大き過ぎないサイズ感なのもあって、飽きずに食べられる。思わずぽつりと呟いた私に、先生が嬉しそうに言った。

 

「うちの家訓……みたいなものなんだけどさ、悩みごとや困りごとがある時は、お米が助けになるって言われてるんだ。誰かが困ってるなら、その人にもお米を分けてあげろ、ってね」

「なんですかその風習……」

「あははっ!でもね、これが案外馬鹿にできないんだよ」

 

 困惑する私に、先生はぴっ、と人差し指を立てて言った。

 

 

 

 

()()()()()、だからね」

 

 

 

 

────お米は大事と、存じます。

 

 

 

 

 それは。

 

 主の願いを叶えるため、葦名の国を旅していた最中。

 

 そこで出会った、あの子と同じ────

 

 

 

「────いや、まさかね」

 

 流石に、何から何までこじつけすぎだと自分を戒める。どうやら本格的に参ってしまっているのかもしれない。

 早くなんとかしないと、とも思うけれど、自分の気持ちを意思ひとつで思うままにできれば苦労はしない。

 

「んくっ……ぷはぁっ……!」

 

 ぐるぐると胸の中で巡る懊悩を無理やり飲み下すみたいに、また器の中を喉へと流す。熱くなった吐息をふうと吐き出しながら、またおにぎりを一口頬張る。意外に食い合わせが良かった。

 

「…………あのさ、コユキ」

「んぐ…?んっ、はい。なんでしょう?」

 

 上機嫌に語っていたのが、打って変わってなにやら静かになった先生が、私に話しかけて来る。そんな様子を不思議がりながら問い返すと、先生は私が持ってる器──お猪口を指差して言った。

 

「それさ。もしかしなくても、お酒だよね?」

「………………………………………………………」

 

 

 


 

 

 

『どぶろく』

 

葦名で作られた、白く濁ったどぶろくの徳利

 

酒とは、振る舞うものである

大真面目な顔でそう語る兄弟子から貰ったもの

 

なお、葦名では十五の歳から酒が飲めるが

キヴォトスでは、お酒は二十歳になってからである

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「…………ご馳走様でした。美味しかったです」

「うん、それは何よりだよ。あとそれやっぱりお酒だよね?」

 

 手を合わせてそう言ってから、どぶろくの徳利とお猪口を布で包んで鞄の中にしまい。刀を掴んで、徐に立ち上がり。

 

 

────忍びの体術、脱兎。

 

 

「────────ではさようならっ!!!」

 

 

「あ、ちょ、こらーーっ!!!」

 

 忍びとして鍛え上げた脚を以て、その場から、まさしく脱兎の如く全速力で逃げ出した。

 

「待ちなさーい!!黒崎コユキーー!!!」

 

 静かな河川敷に木霊する先生の声を思い切り置き去りにしながら、ミレニアムまで逃げ帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「ねえコユキ」

「はい」

「先生からあんたがお酒飲んでたって聞いたんだけど……」

 

 次の日。

 私は思いっきりユウカ先輩から詰められていた。

 

「見間違いか勘違いだと思います」

「いやでも」

「見間違いか勘違いだと思います」

「……ねえ、やっぱり飲んでたんじゃ」

「見間違いか勘違いだと思います」

「壊れたレコードか!ちょっとコユキ!?どういうことよ!!」

「今日のお勤め行ってきまーす」

「あ、ちょっ、コユキー!!」

 

 ……………お酒は隠れて飲もう。

 

 昨日に引き続き『脱兎』で逃げながら、内心でこっそりとそう思う私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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