第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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※詠唱文のルビはフィーリングです


第一話:空想樹の()るべから、人理の(わだち)より外れし者へ

 

 

 

 ———それは全身の骨がすり切れるような、深い深い目覚めだった。

 

 自分の体が、重くてダルい。

 今、自分は右肩を下にして寝ている……ような気がした。

 左手をついて上体を起こそうとして、思いのほか、腕に力が入らなかった。

 手のひらが滑る、体が落ちる。

 頭を地面に打ちつけて、骨がかすれる音がした。

 放り出された左手を、頭に当てて状態をみる。太くて短い髪ごしに、一応無事な頭があった。

 起きることを諦めた立香は、寝そべったまま眉に力をこめて思いっきり(まぶた)を引き剥がす。

 

 ———目が、開いた。

 

 ボヤけていた視界がまとまってくると、前方に立つ人影が分かるようになってきた。

 

 その人影は少女だった。

 自分の居場所から遠く、70メートルほど先。大きな窓のそばに居て、誰かと会話しているようだ。

 

「マ——————」

 

 マシュ、と声に出そうとして……藤丸立香は、この状況を不可解に感じた。

 立香のいる場所からマシュのいるところまで、弧を描いて廊下が走っている…………ことがおかしい。

 

 ノウム・カルデアにもストーム・ボーダーにも、このようなチューブ状の弧を描く廊下は存在していない。

 ———と、なるとここはフィニス・カルデアの施設である、ということになるのだが……それならば、あるはずのものが無い。

 

 廊下の傷だ。

 

 フィニス・カルデアの廊下には大小様々、無数の傷があるはずだ。

 オプリチニキとコヤンスカヤとラスプーチン、それからアナスタシアに襲撃された時に、それはもう『傷がない所は無い』と言わんばかりに破壊された。

 しかし、見渡す限りここの廊下は、輝かんばかりの様相(ようそう)だった。

 

 ———少女と、目が合った。

 小走りでこちらに駆けてきた少女は目の前で立ち止まり、「あの……」と小さく声を出した。

 

「あの、質問よろしいでしょうか、先輩」

「ああ……。うん」

 

 立香は今度こそ手をついて体を起こし、三角座りのような、脚を投げ出した姿勢をとった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……。

 …………」

 

 それは()しくも、藤丸立香とマシュ・キリエライトが初対面の時、彼女から投げかけられた質問だった。

 ……藤丸立香はマシュを見やる。

 そして、言葉を選んで口を(ひら)いた。

 

「あー、どうだろう。変に柔らかいベッドで寝ると体の芯が固くなるから、硬い床の方がまだ次の日は動きやすいかも」

「なるほど。常に動ける体を維持する秘訣、という訳ですね。

 “常在戦場”というものとお見受けしました」

 

 さすがです、と小さく感動する少女を見つめた藤丸立香は、諦めたように目を閉じた。

 

「———うん。ありがとう」

 

 キョトン、とする気配がする。

 目を開けて少女を見ると。目をぱちぱちさせて、彼女が聴いた。

 

「どういう理由で感謝しているのでしょう。

 原因が見当たりません。私以外の誰かに対する感謝の言葉だと思うのですが、周囲には誰もいません。……不思議です」

「ううん、気にしないで。

 それよりさ———オレの名前は藤丸立香。よろしく」

 

 立ち上がって、右手を差し出す。

 少女も右手を少し上げ、「えっと……」と一瞬言い淀んでから、立香の前に手を出した。

 

「私の名前は———」

 

「マシュ、そろそろブリーフィングが始まる。

 今日の所長は機嫌が悪い。早くした方が良いだろうね」

 

 低くて、穏やかな声だった。

 

 緑色のインバネスコートを着て緑色のシルクハットを被った糸目の男は、少女から立香へと視線を移して、腕を組んだ。

 

「新入りだね、君も行きなさい。

 ———()()()()()()()()()()。もう、しない方がいいだろうさ」

 

 

 …………。

『あの行動』を心に決めたのが何時(いつ)だったのかと聴かれると、きっとオレは———この瞬間だと答えるはずだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 管制室で火災が発生した時、藤丸立香は真っ先に駆けつけた。

 入り口から10歩ほど中に入って、部屋の全体を見渡した。

 

 特徴的な緑色(レフ・ライノール)は見当たらない、次。

 管制官の中には重症の人も、死にそうな人もいる。分かっていたことだけど、自分では助けられそうになかった。

 そして次に、崩れ落ちた柱の下にマシュを見つけた。しかし拳を全力で握り込み、彼は少女から視線を切った。

 

 ———最後に彼は、いくばくかの損傷を負った、七つのコフィンを視界におさめた。

 

 コフィンは一人につき一つ、専用のものが与えられている。

 なので、外部からも識別可能なようにコフィン上部にナンバープレートがある。

 

 一列に並んで立つ七つのコフィンの上部を見る。そこにあるのは、No.0001〜No.0007のプレート。

 その内の一つに目星をつけて、正面に立ち、右の拳を後ろに引いた。

 右腕に力を溜めて、魔術回路の一本を、強引に起爆する。

 

 ———瞬間強化。

 

 立香の魔術回路を一本ショートさせながら、礼装の機能が発動した。本来なら(わず)かにしか得られない効果(それ)を、魔術回路と引き換えにして(なか)ば強引にブーストする。

 自分自身にかけられた強化魔術の後押しを受けて、立香は全力で、その拳を打ちつけた。

 

 強化ガラスの割れる音。それから、立香の拳の骨折れる音。

 

 強化ガラスのひびが全体に波及して、一気にパシャンと粉々になった。瞬間的に二度、殴りつけた立香の拳はどこかの骨が折れたのだろう。

 

 即座(そくざ)に、無事な左手をコフィンに突っ込み体を一つ抱えて跳び退く。

 出てきたのは、狙い通りの少女だった。

 

 呆然としている少女を横たえ、立香は「先輩!」と呼びかけた。

 何度かそう呼んでいると「先輩……? 私が?」と返ってきたので、ひとまず意識はあるようだった。

 

「先輩、聞きたいことがあります」

「———何?」

「コフィンの中で、何かありませんでしたか?」

「『何か』って?」

「何でもいいんです。さっきコフィンに入ってから、いつもと違うことが何かありませんでしたか?」

「特に、何も———」

「ありがとうございます! 先輩!!」

 

 立ち上がってコフィンに走る。その間に、二本目の魔術回路も起爆した。

 

 ———応急手当。

 

 同様にして魔術回路を代償とし、ブースト、壊れた右腕を回復する。これで計2本、しばらくは麻痺したように使い物にならなくなるだろう。

 とりあえず見られるまでに回復した右の拳を、真ん中のコフィン、『No.0001』と書かれたコフィンの強化ガラスに打ちつけた。

 

 強化ガラスが微小振動して、粉々に粉砕される。

 ———ほぼ同時の二連打撃。武術系のサーヴァントに習った重心移動技術を使って、拳のインパクトの()()瞬間に“拳を使った体当たり”を加えることで強化ガラスを共振させる特殊技法。

 サーヴァントたちの中で、一時期“お遊び”として流行したもの。神秘を溶かし込んだ強化ガラスの固有振動数を頭脳系サーヴァントが解析して、武術系サーヴァントがそれを技術に落とし込んだ。

 先の尖ったもので強化ガラスを割っても面白くないからと言う理由で編み出されたどうしようもない無駄技術を、大真面目に使った打撃だ。

 

 左手を、中に突っ込む———直前、立香の左手が受け止められた。

 そして、コフィンの中から声が聞こえた。

 

「少し騒がしいようだね。どうかしたのかい」

 

 ———この瞬間、藤丸立香は賭けに勝ったことを知った。

 

「すまない。退いて貰えるだろうか」

 

 立香の体を軽く押し除けるようにして、精悍(せいかん)な顔立ちの青年がコフィンから姿を現した。

 周囲の炎にあおられて、長い金髪が(あか)く輝く。

 

「———なるほど。どうやら緊急事態のようだね」

 

 

 勝った、と思った。

 だからだろう……ほんの一瞬気が抜けて、力が入らずふらついた。コフィンに手をついて支える為に動かそうとした右腕は———もう、使い物にならなかった。

 

「——————あっ」とだけ、声がもれる。体を支えるものはなく、立香は、コフィンの中に落ちていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 藤丸立香という人間は、世界の()(よう)を割と知っている人間だと思う。レイシフトを何度も経験して、人理修復にも立ちあった。

 それに何より、キャスターのサーヴァントたちに魔術の概要を教えてもらったこともある。

 

 キャスターのギルガメッシュも、確かウルクで言っていたように。世界はきっと———帳尻を合わせるようにできている。

 

 

 

 

「ブァーーーーカじゃございません?」

 

 藤丸立香がここに来るまでの経緯を話したところ、彼女は唇を尖らせてそんな風に返答した。

 

 ———薄暗い、丸太の壁の部屋。天井から裸電球を吊るして、ひとまずの明かりとしている。

 部屋の中央に四角い机がある。その奥の椅子に、浅く腰掛ける女性がいた。桃色の髪を引っ詰めにして背中にながして、ライフル弾を()めつ(すが)めつ検品しながら、藤丸立香を流し見た。

 

「一体全体、どういう風の吹き回しでしたの? 

 (わたくし)にはとんと理解がおよびませんわ」

 

 壁際で作業していた藤丸は、弾込めしたライフル弾を乗せたトレーを持ってコヤンスカヤの対面に座った。

 

「つい体が動いちゃって」

「『つい』ではございません。

 ……だいたいアレ、コフィンに使用されている強化ガラスに何が溶かし込まれているのか、貴方(あなた)もご存知でしょうに」

 

 よくもまあ、拳を打ちつける気になりましたわね。とコヤンスカヤ。

 

(いち)(ばち)かだよ。オレもできると確信してたワケじゃなかった。

 ただ、よく考えたら———虞美人先輩は爆弾なんかでは死なないだろうって、思ったんだ」

 

 励振火薬を装填した実包(じっぽう)を彼女の前に立てて並べながら、藤丸立香は記憶を探った。

 

「フィニス・カルデアの施設で目が覚めた時は、何が何だか分からなかった。

 最初は特異点に迷い込んだのかと思って、でも……待っていてもカルデアからの通信はなかった」

「『だからコフィンを破壊した』ですか?」

「うん、Aチームの七人はみんな優秀なマスターだから。オレ一人じゃ分からないことでも、みんなとなら何か出来るかも……って」

 

 ふと、立香が顔を上げると、コヤンスカヤと目が合った。

 

「……特異点以外の可能性は考えなかったので? 

 確か、“ロゴスリアクト・ジェネリック”でしたわよね。いくつかの条件を入力することで限定的な観測空間を生成して、仮想演算を行う装置だとか。

 例えばの話ですけれど……マスターは、ここがシミュレーションの世界であるとは思われなかったのですか?」

「そうかもしれない、と思ったことは……正直あるよ。

 だけど、たとえシミュレーションでも、Aチームの彼らが彼らであることに変わりはないんじゃないかと思ったんだ」

 

 立香がコヤンスカヤを見返すと、彼女は目を伏せた。

 

「……なるほど。

 貴方(あなた)は彼らを救おうとしたのではなく、ただAチームに手伝って欲しかっただけなのですね」

 

 ふと立ち上がったコヤンスカヤはそのまま机を迂回して、立香の前で膝をついた。

 

「いいでしょう。(すで)に九度、世界を救った我がマスター。このコヤンスカヤ、此度の事件でも貴方(あなた)様の力となりましょう」

 

 一息おいて状況を理解した藤丸立香は、ゆっくりと微笑んだ。

 

「こちらこそ。よろしく、コヤンスカヤ」

 

「…………ところで」

 コヤンスカヤは上目遣いに藤丸を見る。それは半眼で、ジト目だった。

 

「コフィンをぶっ壊したにもかかわらず、どうして中の二人が生きていたのです? 

 コフィンとは『中のものを霊子(りょうし)化する箱』。その状態で爆破されたのですのよ? 

 どう見たって、中の人間が生きているのか死んでいるのか、コフィンを開けるまで分からないではありませんか」

「それは……大きかったころのダ・ヴィンチちゃんが教えてくれたんだけど———」

 

 

 ———ダ・ヴィンチちゃん曰く、『霊子(りょうし)化するには、中のものを因果的に密閉する必要がある』らしい。

 

 “開けるまで生死が確定しない箱”を外から爆破した時、その爆風なり爆炎なりが中にまで到達する為には箱を破壊しなければならないから———それは箱を開けたのと同じことなんだよ、と。

 

「だから、安心していいとも」と彼女は言ったのだ。

「君とマシュを除く46人のマスターの生死が『まだ確定していない』ことは検証済みだ。分かるかい? つまり、レフ・ライノールの爆弾でこじ開けられたコフィンは、ただの一つもなかったってコトさ。

 彼ら彼女らのコフィンを冷凍保存しているのは、単に時間が取れないことと、彼らを餓死から守るため、だからね。冷凍することでその可能性を消した今———彼らの安全はこのダ・ヴィンチちゃんに、ぜーんぶ任せてくれたまえ。

 誰ひとり取り(こぼ)すことなく、生きたままの再会をキミに誓おう」

 

 ———もしも、クリプターの七人が爆弾で死んだなら。そのコフィンの中身は外気に触れているはずだ。つまり箱は開いていて、彼らの生死は確定していたはずだった。

 でも、人理修復までの一年間。それから亜種特異点を巡っている間も。Bチーム以降のマスターたちが回復して故郷に帰っていった時も、そんな話は聞かなかった。

 

 

 ———だから。

 

「だから真っ先に、虞美人先輩のコフィンをこじ開けたんだ。

 あの爆発はレイシフト開始よりも前だったから、意味消失の危険はなかった。もしも爆風でコフィンがこじ開けられていても———先輩は、爆弾なんかじゃ絶対に死なないって知っていたから」

 

 シュレーディンガーの猫だって、中に毒ガスが仕込んであるから生死が不明の状態になる。

 その毒ガスを取り除いたら、『絶対に生きている猫』でしかないのだから。

 

 藤丸立香は、対面に座るコヤンスカヤを見た。彼女は話が長くなりそうですから、と勝手にコーヒーを淹れて飲んでいた。

 彼女は、口の中でコーヒーを転がしながら頭の中を整理して、飲みかけのカップを置いた。

 

「おおよそ、理解いたしましたわ。

 虞美人様に確認を取ることで、『爆弾の影響がコフィンの内部には及んでいない事』と『異星の神による交渉がまだ発生していない事』とを確認。

 ……と同時に、その二つの事象をこの並行世界において確定させた。

 そして即座(そくざ)にキリシュタリア様のコフィンをこじ開けた、ということでございますか……」

「うん。カドックの証言からシオンがタイミングを計算してくれたんだけど……あの日、時間的に。キリシュタリアが『他のクリプターも生かすように』って言った後、()()()他のクリプター達にも交渉を持ちかけたらしいから。

 つまり、先輩にまだ交渉が来ていないなら、キリシュタリアにもまだなんじゃないか……って思った。

 まだ交渉が始まっていない事に、賭けたんだ」

 

 コヤンスカヤの耳がピコンと立った。

 

「『(いち)(ばち)か』とは、そういう……」

 

 彼女はコーヒーカップを両手で持って一口啜る。それから、背中越しに窓を見た。

 ———吹雪にくすむ、窓の外まで。

 

「……しかし、残念でしたわね。

 コレは世界のやり直し、“再演”ではなく“特異点”でもない。言うなれば『世界というセーブデータが吹っ飛んだのでバックアップからリロードした』ようなモノ。ある意味、人理修復にも等しい規模の世界の書き換え。

 この世界は今が一周目の世界なのですから」

 

 ———ここは、とある異聞帯。

 

 まだ地球白紙化が発生しておらず、空想樹が現実を浸食していない状態だが、確かに存在しているツァーリのいる異聞帯。

 

 藤丸立香はクリプター達の代わりに7度の人理修復シミュレーションを完遂して、ここに来ていた。

 時間軸としては、ラスプーチン達がカルデアに襲撃した2017年の12月31日よりも、少し前。

 カドックと召喚されたアナスタシアがツァーリを説得し眠りにつかせ、オプリチニキ達を編成していたタイミング。

 

 

 ———覚悟は出来ておりますか、マスター? 

 クリプターを救ったことで空いた席には、誰かが必ず座らなければならないのです。今回の場合、空いた席とは『空想樹を育てカルデアと敵対する役割』のこと。

 その席に誰が座るのかは…………もう、ご存知ですわね?———

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そして———2017年12月31日、午後10時00分。

 

 エディンバラの国際空港を経由して、オークニーにあるカークウォール空港に到着した藤丸立香は、満天(まんてん)(ほし)の下、押し固められた土の道を歩いている。周囲に人工的な(あかり)が皆無の道をキャリーケースを引きながら、自らの後を歩く桃色の髪の美女を振り返った。

 

「コヤンスカヤ、よかったの? こっちに来て」

 

 (くだん)の美女。ベージュの、大きな折り返し(えり)つきのコートを着たコヤンスカヤは藤丸の隣に並びながら、「あら?」と頬に手をあてる。

 

「マスターは私に南極に行けと。それは酷ではございませんこと? 

 せーっかく、こんなにも尽くしているというのに」

 

 ヨヨヨ……と、涙も流さず泣きまねをした。

 

「まあ、マスターの心意気は存じております。ですから(わたくし)、こんなにもご奉仕したではありませんか」

「それに関しては助かってるよ。

 オレひとりではカルデアに勝てないから。あの時は、異聞帯のみんなに(ちから)を貸してもらえないかと交渉するつもりだったんだけど。

 ……まさか、コヤンスカヤが協力してくれるとは思ってなくて」

 

 それに、覚えてくれているとも思ってなかった。と藤丸立香はつぶやいた。

 その様子を横目で見てから、彼女は手元のバインダーに目を落とす。

 

(わたくし)たちビーストだった者には、“単独(たんどく)顕現(けんげん)”と呼ばれるスキルが付加されるのです。

 単体で現世に(あらわ)れるスキル。効果は“過去改変による攻撃”の無効化。プラス、その副産物としての即死耐性。

 ———たとえば過去の(わたくし)を殺したとしても、“この(わたくし)”を殺す事はできません。

 ……ああ、それと。

 ビーストとは単体で完結するモノ。(ゆえ)に外部からの影響を強制する精神異常系の攻撃も効きませんので」

 

 いいですかマスター、とコヤンスカヤは隣を見やる。

 今まで、なぁなぁで済ませてきた部分を説明するのだ。気合いも入ろうというものである。

 

 特に今回の場合、隣のマスターには完全に理解して貰わなければならない。

 自分が何故、藤丸立香との記録を待っているのか。

 何故、貴方(あなた)のサーヴァントとして契約したのか。

 

 これからの戦いは、マスターにとってより熾烈(しれつ)なものになるだろう。

『過去に戻った藤丸立香はクリプターの七人を助けた』というのが、一連の出来事を総括した結論になるだろう。

 その埋め合わせとして、藤丸立香はクリプターの立場を継承する羽目(はめ)になったのだ。

 

 ———過去からやり直したが故に、彼を覚えている者はいない。

 この世界において“世界を救ったマスター”とはクリプターたち七人のことであり、人理修復を成し遂げたカルデアの職員たちにとって藤丸立香とは『全く面識のない赤の他人』だ。

 “冬木へのレイシフトの直前に一度だけ会議に参加した人間”程度の認識では、向こうからしたら、赤の他人も同然だ。

 

 ———つまり今のマスターには、協力してくれる汎人類史の人間など一人もいない。

 

「……それは、あまりにも酷かと思ったのでございます」

 

 と、コヤンスカヤは締めくくる。

 今のマスターが如何(いか)に同情に値するかを滔々(とうとう)と語っていると、彼は困ったような笑顔を浮かべた。

 

「オレはそこが分からないんだ。

 そもそも何で、コヤンスカヤはオレの事を覚えてるんだ?」

「……(わたくし)、同じ説明を何度も何度も……というのは嫌いなんでございますけど。

 まあ、今回だけはトクベツ料金。ぼったくり無しでご説明しましょうか」

 

「いつもはぼったくってる自覚あったんだ……」という隣の声は無視しつつ、コヤンスカヤはマスターに寄りそった。

 

「単独顕現スキルは過去改変による自身への影響を無効化します。よって、“貴方(あなた)に説得された(わたくし)”は、たとえ過去がどのように書き変わろうとも消滅いたしません。『たとえ過去へと逆行した貴方(あなた)がどのような行動を取ろうとも(わたくし)(わたくし)のままだ』ということ。

 ———(わたくし)貴方(あなた)を忘れる事は、決してないのです」

 

 ——————そして。

 

「ツングースカ・サンクチュアリもまた(しか)り。あの領域は(わたくし)心象風景(こころ)そのものですから。過去改変から護られている特殊領域となりますね。

 ですから今も、発射の瞬間を待っているのです。

 空想樹が全て伐採され、その枝が完全に払われたとき ———(そら)(ひら)く瞬間を、今もずっと」

 

 藤丸立香は眉を寄せた。

 

「それなら尚更(なおさら)、カルデアにつくべきじゃないの? 

 オレは、空想樹を育てる側だよ」

今更(いまさら)、あのクリプター共を信頼しろと? 

 何も知らない状態でツングースカを見て、それでも対話を選んでくれる可能性に賭けろとおっしゃる?」

 

「うっ……」と言葉に詰まる少年を見て、コヤンスカヤは微笑んだ。

 

「リスクマネジメント、というヤツでございますわ。

 クリプターを信頼するリスクと、貴方(あなた)様の“立場”とぶつかるリスク。この二つを天秤にかけた結果として、(わたくし)貴方(あなた)様を選んだだけのこと。

 真っ先に貴方(あなた)様に会いに行ったのも貴方(あなた)様のファーストサーヴァントの座に収まったのも、全てマルっと『そういうこと』……ですので♡」

 

 わざとらしくアルカイックスマイルをキメて、コヤンスカヤは立ち止まる。

 

 場所はイギリス、最果てのオークニー。

 カークウォール空港から北に歩くこと1時間半、時刻にして23時30分といったところ。

 

 ひび割れたコンクリートの上に立ち、コヤンスカヤは夜空を見上げて星の位置を確認した。

 

「北緯59.01421度、西経2.92936度。目的地誤差、許容範囲内。

 時間もピッタリでございますわ、マスター」

 

 二人の眼前には海が広がっていて、その向こうに小島が見える。

 ———その、向こうに見える小島の上空を、コヤンスカヤは指差した。

 

「……ほらあそこ。(すで)に若干、空間に乱れがございますね。空想樹の飛来までもう少し、といった所でしょうか」

 

 猶予はあと30分足らず。

 やることは解っていますねと、己のマスターに問いかけた。

 

「もちろん。その為に、コヤンスカヤに手伝って貰ったから」

 

 キャリーケースを地面に倒してジッパーを開ける藤丸から一歩離れて、コヤンスカヤはバインダーの紙を一枚めくった。

 

 藤丸立香が立ち上がる。

 この日のためにNFFが用意したマスター礼装、肩や肘などにサポーターが配置された紺色の極地適応型バトルスーツを(まと)って。

 

 コヤンスカヤがもう一枚、紙をめくる。

 

「マスターにはこれより、異聞帯に飲み込まれていただきます。———飲み込ませる、という言い方をした方が適切かもしれませんね。

 その(あいだ)に、“地球白紙化”と“空想樹によるテクスチャの書き換え”の二つの事象改変が発生します。

 マスターの纏うそのスーツは、この事象改変への耐性を付加するものとなっております。

 (わたくし)の単独顕現スキルとの親和性を最大限にする事で、事象改変の波をサーフィンのように乗りこなそう、というコンセプトによるもの。

 (わたくし)と主従契約を結んでいる場合に限り、単独顕現に無条件で便乗することを可能にするマスター礼装です。

 ———大事に、お使いくださいね」

 

 マスターが(うなず)く。肘のサポーターの調節を終えた。

 これで、礼装に関しては文句のない状態をキープできる。

 

 コヤンスカヤは周囲を観察する。

 

 ———(ひと)()はない。

 

 周囲は暗く、星明かりを除いて輝くモノもなく。聞こえてくるのは、風と海のさざめく音だけ。

 人払いの結界は、きちんと効果を発揮したらしい。

 

「では次です。儀式場をセッティングいたしましょう」

 

 コヤンスカヤの()骶骨(ていこつ)から尻尾が一本出現し、膨張する。大きく膨らんだそれをマスターの前に回り込ませて横たえて———引っこ抜くと、石板が一つ鎮座していた。

 マスターの前に横たわっている石板。その石板の中心には、赤い血管のような紋様がヒトのカタチに発光している。

 

 マスターも、少し驚いているようだった。

 

「……これが———」

「ええ。コレが、冬木の大空洞に焼き付けられていたモノ、です。

 結局誰も回収することをしなかった、カルデアの英霊召喚システムの元になったもの。ノウム・カルデアの資料とアイリスフィール様の証言データとを掛け合わせて導き出した最適解。

 ———“大聖杯”ですわ」

 

 マスターが、振り返った。

 

「これが魔術基盤になるもの、なんだね」

「厳密には、『極小領域下でのみ魔術基盤として成立する魔術回路』といったところでしょうか」

「2004年の冬木の聖杯戦争は、これを使って行われたんだね」

「はい。正しくこれが使用されたのです」

「アイリさんの時の聖杯戦争は、別の並行世界のものじゃなかった?」

「ええ。ですが問題ございません。

 カルデアのデータベースから個人的に抜き取っておいた情報を参照しましたところ、世界線誤差は0.002以下。魔術回路に書き加えられた術式誤差はさらに下がって0.0003以下。

 アイリスフィール様の時の詠唱を流用しても、十分に動作いたしますので」

 

 コヤンスカヤは、バインダーの紙をさらにめくった。

 

「詠唱は、ただ口にするだけでは成功いたしません。意味を理解した上で魔力を練り上げる必要がございます」

 

 目の前にいるマスターが唾を飲み込む。

 

「詠唱する呪文は暗記しました? その意味を余すところ無く理解しました? 

 貴方(あなた)様が(わたくし)の単独顕現に同乗(どうじょう)して汎人類史のイギリスにやって来たのは、この瞬間の為でございましょう? 

 ———準備は、万全ですか?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 藤丸立香は、唾を飲み込んだ。

 

 そして、乾いた笑い声をもらした。

「もう一度……確認させてもらえないかな」

 

 ハハハ、と笑う藤丸の反応に、コヤンスカヤの口から声がもれた。そして唇を尖らせた。

 

「まーったく、ウチのマスターときたら。コレで本当に大丈夫なんでございますかね?」

「いやー、ゴメン」

 

 彼女はため息をついて、バインダーを地面に置いた。

 

「まあ、状況の確認は滞りなく終わりましたし……後は(とき)を待つだけですから。

 ———いいでしょう。最終確認と参りましょうか」

 

 コヤンスカヤはコツコツと、ヒールの音を響かせながら藤丸立香の右に立つ。立香が石板に視線を向けると、彼女はその真ん中にあるヒト型の紋様を指差した。

 

「マスターにはアレが何にお見えになります?」

「ヒト型の……紋様だけど」

()()()何であるとお思いですか?」

「…………やっぱり、ヒトなんだね」

「正解です。ですが、もう少し範囲を絞れますわね?」

「さっきコヤンスカヤが『魔術回路』って言ったからね。()()()()魔術師である所までは、何となく分かるよ」

 

 するとコヤンスカヤが固まった。

 一瞬の(のち)に再起動をはたし、滞りなく言葉が飛び出す。

 

「ええその通り。冬木の大聖杯とは、一人のホムンクルスを魔術礼装ごと焼き付けたモノ、でございます。

 正確に材料を数えあげると“二人”となりますわね」

 

 声を聞きながら、頷く。

 頭の中にイメージを作っていく。

 

「しかし、それだけではありませんわ。

 ホムンクルスの魔術回路を焼き付けはしても、それだけでは完全に作用させるには足りません。

 魔術回路はあくまで回路。いくら優秀な回路があろうとも、それだけで形になるのは精々(せいぜい)が原始的なもの。

 ———よってそこに術式(プログラム)を書き加えた何者かの存在が浮き彫りになるわけですが、覚えていらっしゃいますか?」

「うん、覚えてるよ。アイリさんによると『アインツベルンの一族に協力した魔術師が二人いた』らしいから、その二人」

「データによりますと、名を“遠坂”と“ゾォルケン”。

 マスターがロンドンの特異点で出会ったマキリ・ゾォルケンとは、並行世界の同一人物でしょう」

 

 ———イメージする。

 アイリさんとよく似た人が、この石板の上に横たわっている姿を。

 その横に立つ、二人の魔術師を。

 

 立香のイメージを補強するように、コヤンスカヤの声がするりと耳に入ってくる。

 

「書き加えられた術式は、遠坂の持つ“地脈操作・竜脈からの魔力収集・貯蔵技術”と、ゾォルケンの専門だった“ゴーストライナー・降霊使役術”でしょう。

 これによって大聖杯は、“地脈から魔力を組み上げる機能”と“願望機の性能を使って英霊を召喚する機能”とを手に入れたのです」

 

 目を閉じる。

 イメージの中でアイリさんが発光して小さくなって、立香がよく知る聖杯になった。

 彼女がさっきまで居たところには、血のような色の紋様がヒト型になっていた。

 

「多少、事実とズレたイメージでも構いませんわ。

 必要なのは貴方(あなた)様と大聖杯とを接続すること。事象改変の荒波の中できちんと術式(プログラム)を作用させるために、貴方(あなた)が大聖杯を見失わないようにすること、ですので」

「分かった」

「英霊が召喚される瞬間は、とてもよくご存知ですわね。

 ———どのように彼らが構築されていったのかを、思い出してくださいな」

 

 ———思い出す。

 マシュの盾を媒介(ばいかい)して、召喚が成功した時の情景を。

 

 まず、カタチの無い魔力が溢れ出す。そして、それがクラス霊基の中に注ぎ込まれる———

 

 ふと、コヤンスカヤの息遣いが、一度大きく聞き取れた。

 

「———時間、ですわね」

 

 立香は目を開けて、目の前の石板を視界に収める。

 ヒールの音が遠ざかる。コヤンスカヤは立香の後方に位置取った。

 

「ではマスター、事前準備はこれでおしまいといたしましょう。

 ———貴方(あなた)様の大一番、乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負。(わたくし)にぜひ、()せてくださいませ♡」

 

 顔を上げる。

 すると、世界が少し揺らいでいる———ように見えた。

 

「今です」の声に押されるように、藤丸立香は右手を突き出す。

 

 

(魔術基盤)(ユスティーツァ)(天の衣)(術式)(遠坂)契約の大公(ゾォルケン)

 ———(しるべ)には我が反英雄コヤンスカヤ」

 

 意味を理解した上で詠唱する、というのは、なんだかんだで初めてだった。

 マスター礼装の機能としての支援用の魔術を使うことも、英霊召喚用の文言を唱えることもあったけど……それらは全部、礼装に魔力を通すだけで発動するもの。

 立香としては魔力の中継地点というか、触媒のような感覚だった。

 

降り立つ風(ゴーストライナー)には(霊基)を。

 四方の門は閉じ(器を形成し)王冠()より出で、王国(現世)に至る三叉路(神秘の流れ)循環せよ(霊基の内へ)

 

 世界が、押し流されていく。

 目に見えない何かが後方から押し寄せて、立香の周囲を、また後方に(さら)っていく。

 ———地球が、漂白された。

 

 一息、入れる。

 第一段階はクリアした。地球白紙化が行われた後も、藤丸立香はここにいる。目の前には、石板がある。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 ———繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 続いて、前方にある島の上空から、巨大で青白い光が垂直に落下してくる。

 それはみるみるうちに地面に到達し、光が弾けた。

 

 感じないはずの衝撃が、後方に駆け抜ける———瞬間、コヤンスカヤの手が立香の背中に()えられていた。

 

「——————接続同調(コネクト・トゥ)

 

 コヤンスカヤに教えられた、魔術を起動するための自己暗示。

 自分の肉体を、魔術を行使するための部品として扱うためのもの。魔術師が持つ定型文言。

 

 コヤンスカヤに「言葉を選べ」と言われた時に真っ先に思いついたのがサーヴァントと繋がっている感覚だったので。彼女にそう言ったところ一発でOKをもらった言葉。

 

 この瞬間、藤丸立香の肉体が切り替わり———感覚が、消し飛んだ。

 

 何も感じない。

 目が見えなければ音も聞こえない。

 コヤンスカヤが言うには『異聞帯への書き換えは一瞬』らしいから、本当ならもうブリテン異聞帯に塗り替えられているはずなのに、それを全く感じない。

 

 だからといって、ここでやめる訳にはいかない。

 

 汎人類史の上で大聖杯を起動することで、異聞帯に依存しない霊基とすること。

 足りない魔力だけを、空想樹から引っ張り込むこと。

 この二つを同時にクリアするためにはどうしても、この瞬間に詠唱する必要があった。

 

 指先から順番に感覚がなくなっていく。

 視覚と聴覚と触覚だけでなく、肉体が在るという感覚すらも消えていく———と、思った瞬間。

 ふと、全ての感覚が元に戻った。

 

 一瞬、呆然とする。

 ブリテンの風を一身に浴びて。視界が、黄昏の曇り空を映し出した。

 

 

「——————告げる!」

 

 

 ———それは、とても懐かしい空だった。

 

 アルトリアに出逢い、名なしの森で落とした名前を取り戻し、一緒にコーンウォールの妖精集落から脱出したあの時と、何も変わらない空だった。

 

 

「———告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 空想樹の()るべから、人理の(わだち)より外れし者へ。

 誓いを此処に。

 我は常世総ての“悪”と成る者。

 我は、常世総ての“善”を敷く者。

 汝、剪定(せんてい)の言霊を纏う七天。

 敗れ、認め、(はん)じたまえ。この異聞の護り手よ———!」

 

 

 

 

 光がさざめく、魔力がささやく。

 世界がほつれ、また閉じて。カタチを成したその場所に、少女が一人立っていた。

 

 霊基に魔力が充填(じゅうてん)されて、金色の髪が風にたゆたう。

 黒いリボンが魔力を受けて、ふわりふわりと舞い踊る。

 少女は杖をトンッとついて、自らを()かし名乗りをあげた。

 

 

「はじめまして。

 私はキャスター、トネリコです。

 

 ——————召喚に応じ、参上しました」

 

 

 

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