第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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第十二話:——————宝具、開帳。

 

 

 

 

 オフェリア・ファムルソローネは、また魔眼を発動した。

 

 藤丸立香が“何か”を行おうとした。だからオフェリアは遷延(せんえん)の魔眼を起動して、彼の意識に干渉(かんしょう)。『行動に移そうとする意識』をピンで()め、彼の行動の起点そのものを(つぶ)したのだ。

 それにより一瞬、藤丸立香が動きを止める。

 その一瞬を狙い撃ったシグルドが、自らの宝具、魔剣破滅の黎明(グラム)を殴り、藤丸立香に打ち込む。

 ……だが、射線に割り込む者があった。

 金髪をなびかせて(あか)く燃える大剣を振るう、一対の(つの)を持つ男装の麗人。

 

「うむっ。我らの(かなめ)を良く理解している。だがッ! 人類最後のマスターの元で戦い抜いた経験を持つ我らビーストを前に、真っ先にマスターを取れるワケがなかろうぞ!」

 

 ビースト(シックス):ドラコーは、破滅の黎明(グラム)適当(てきとう)な方向に弾き飛ばした。

 

「そして! 無闇な追撃は(すき)となると知れッ」

 

 ドラコーの足元から出現した()色の竜の(あぎと)が2つ、文字通り地面から首を伸ばしてサーヴァントたちに噛みつき、口中(こうちゅう)からの爆風が吹き荒れる。オフェリアの召喚に応じてくれたサーヴァント。ジークフリートとメイヴ、マリー、ファントムが吹き飛ばされていた。

 

「——————ッツ!」

 

 そして、オフェリアが気づいた時。(すで)にもう一本の(あぎと)が自分に噛み付こうとしていて———シグルドが横合いから殴り飛ばした。

 ———瞬間、その口中(こうちゅう)から飛び出してきたドラコーが、オフェリアを見て笑いかけてきた。

 

()の行く手は阻めぬぞ!」

 

 (あか)い大剣が振りかぶられる。そう認識した時にはもう、刃はオフェリアの———

 

「———ビースト、僕たちを忘れちゃいないかい?」

 

 金属の打ち合う音がして、衝撃波がオフェリアを後ろに(さら)っていく。だが、両足が地面から浮いて身を縮こまられた時には、抱き止められていた。

 ドラコーの大剣を弾き、オフェリアと共に距離を取ったサーヴァントが、彼女の前に立ち上がる。

 

 白金色の長髪、白い衣装、朱色の直剣。首元にはゾハールの石のネックレス。

 

「ふむ」とドラコー。「我が騎手より聞いてはいたが……やはり貴様か」

 

「そうだね。僕たちはビーストを打ち滅ぼすために顕現したサーヴァントだ。“バビロンの大淫婦”。その特性はなりを(ひそ)めているようだけど———君がいるのなら、僕もまたカウンターとしてここに()る」

「……(たわ)け。『()のために前々から出張(でば)っていた』と言われて悪い気はせぬがな、嘘をつけ。それであれば、七騎のグランドサーヴァントがずっとカルデアと行動を共にする理由には弱すぎるわ。

 大方(おおかた)、我らが騎手と戦うためにこそカルデアとの(きずな)(はぐく)んでおったのだろう? 

 我らが騎手、ビースト(セブン)は最優のマスター(ゆえ)な。生半可(なまはんか)(きずな)連携(れんけい)では太刀打ちできぬのは自明(じめい)()

 グランドですらないサーヴァントでは、そも土俵にすら上がれまい」

 

 やっと立ち上がったオフェリアの目の前で、ノアは「ふふっ」と口角(こうかく)を上げた。

 

「だから僕たちがここにいる。

 カルデアの人たちと共に歩んで分かった事がいくつもある。彼らとサーヴァントたちとの(きずな)はとても素晴らしいものだ。世界の命運(めいうん)(たく)すにたるマスターたちだと、僕は思う。

 グランドでないからと油断していると、易々(やすやす)と足を(すく)ってくれるよ」

「そうか。———だが、少々騎手から目を離しすぎだな。油断したか? カルデアのマスターよ」

 

『マズい!』と気づいたオフェリアが戦線の向こう、藤丸立香がいた(ところ)を見ると。彼はその右手の甲を高々と(かか)げているところだった。

 

「———令呪をもって、命ずる。

 カルデアに所属する全てのサーヴァントよ、退去せよ」

 

 彼の令呪から発せられた赤い光が、一瞬で四方に広がっていく。

 急いで周りを見渡したオフェリアの目に飛び込んできたのは、金色の光の粒子を散りばめながら消滅していくサーヴァントたちの姿だった。

 オフェリアの視線が正面を向く。彼女のファーストサーヴァント、シグルドが見える。彼もまた、その霊基を崩壊させていた。

 

「シグル———」

「マスター、当方は必ずもど

 

 

 

『ドンッ!』という衝撃音を聞いて、放心していたオフェリアがドラコーの方を見ると、彼女は大きく跳び上がり藤丸立香の元に舞い戻っていた。

 同じく集結したカーマ、キアラ。そしてどこからともなく現れていたモルガン。

 

 白紙化地球の白い大地に立つ5体の存在は、イマジナリ・ボーダーの前に陣取(じんど)るオフェリアたちカルデアのマスターを、睥睨(へいげい)していた。

 それらと相対(あいたい)するように、退去を逃れた7騎のグランドサーヴァントたちが立ち塞がっている。

 

 いつの間にかオフェリアの右手にいた、キリシュタリアの息遣(いきづか)いが聞こえる。意識的に深呼吸したのか、ゆっくり息を吐き出してから、彼は藤丸に問いかけた。

 

「……まさか、これ程の力を持っているとはね」

 

 聞かれた藤丸は一瞬キョトンと目を丸くした後、「ああっ」と表情を明るくした。

 

「そうか。貴方(あなた)たちが戦ったのは“人理焼却式ゲーティア”じゃなくて、“人王ゲーティア”だったから、この手のネガスキルは初めてだったのか」

 

 そうして一つ(うなず)いて、少し声を張り上げる。

 

「———“ネガマスター”。

 オレはかつて人類最後のマスターとして、人類史のあらゆる英霊と(きずな)(はぐく)んだ。そういう意味では、オレは最高峰のマスターだと思う。

 だからかな? ビーストになったオレは“あらゆる英霊のマスター”としての立ち位置を得たんだ。『あらゆるサーヴァントのマスター権を持っている』と言ってもいいかもしれない。

 ———それが何であれ、サーヴァントとして召喚されているというのなら、それがオレを傷つけることはできないよ」

 

 

 シンと、静まり返る戦場。

 ややあって、アルトリア・ペンドラゴンが一歩前に出た。

 

「……だが。その“マスター権”とやらは、我々グランドサーヴァントに影響を及ぼすものではないようだ」

「そうだね。グランドサーヴァントとは本来、マスターや召喚陣を必要とせずに顕現するサーヴァント。

 “マスターを必要としない存在”に対して、オレにできる事は何もないかな」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 イマジナリ・ボーダーの管制室では、急ピッチでの弱点解析が行われていた。

 

「ビーストが4体、(プラス)同程度の魔力規模を持つモルガン。計5体!」

 

「ビースト(セブン)の令呪による強制退去命令、効果解析出ました! 

 戦場にいるサーヴァントたちに加えて、イマジナリ・ボーダー内にマイルームを保有している全てのサーヴァントの皆さんの霊基、一切確認できません。

 文字通り、完全に退去させられている模様(もよう)です!」

 

「弱点、およびネガスキルの突破口、依然(いぜん)不明です!」

 

 

 ロマニ・アーキマンは、右隣の席に目をやった。

 半分だけ引かれたデスクチェアと、付けっ放しのモニター。パネル式キーボードの隣には飲みかけのコーヒーが置かれたままになっている。

 ついさっき、ほんの一瞬前までレオナルド・ダ・ヴィンチが座っていたその席からは、もはや何の気配も感じられなくなっていた。

 

 ロマニは両手でバシッと(ほほ)を叩いて気合いを入れると、強く声を張り上げた。

 

「いいかい、落ち着いて再召喚を試みるんだ。

 解析班はそのまま弱点を探って! 並行して召喚陣を起動。

 こちらにはまだ霊基グラフがある! ビースト(セブン)の令呪が一画消費されている以上、(あと)二画で無効化できる(はず)だ!」

 

 モニターに表示されている各班の進行状況を確認しながら待っていると、召喚班からの結果が送信されてきた。同時に、音声でも伝達される。

 

「ダメです! 再召喚できません! 

 どうやらアレは見かけ(じょう)令呪のカタチをしているだけで、その本質はネガスキルそのもののようです。

『退去せよ』という命令は未だ継続中と見られます」

 

「トリスメギストスによる勝利条件の演算結果出ました! 

 ()の一、目の前にいる全てのビーストの撃破。

 ()の二、紀元前4000年のブリテンにレイシフトして、やって来るモルガンとビースト(セブン)幼体を撃破。

 ()の三、紀元前4000年時点における7つの異聞特異点、その空想樹全ての伐採。

 ———以上の3工程を踏むことにより、勝利を手にできるそうです」

 

 ロマニは両手の指を(から)めて口元を隠した状態で、なるほどと(うなず)いた。

 

 今回の大災害、その厄介なところは“6000年も続いた特異点”が同時に7つも誕生してしまったところだ。これを解消するには、その起点となった時間軸にレイシフトして聖杯を回収するしかない。

 だが同時に、今カルデアが敵対している存在がビーストである、という事もまた、障壁として立ち塞がっている。

 

 ビーストは“単独顕現”というスキルをデフォルトで所持している。このスキルの厄介(やっかい)なところは、『過去改変による影響を一切受けなくなる』というところだ。

 たとえ今、紀元前4000年のブリテンにレイシフトして、“1周目の過去からやって来る藤丸立香”を殺害したとしても、目の前にいる藤丸立香には一切の影響がない。『(すで)に成体として存在しているビーストは、その起点となる特異点や幼体としてのソレを排除しても、この時空に在り続ける』。

 ———だからこそ、ここでビースト4体を倒し切らなければ、汎人類史に未来はない。

 

 ロマニは、管制室中央にある巨大なモニターに視線を飛ばした。

 

 グランドサーヴァントたちが頑張ってくれているが、押されている。

 ……無理もない。ビースト(セブン)の“ネガマスター”から逃れるために、カルデアのマスターたちと主従契約を結ばずに戦闘しているのだ。

 仮にパスを繋いで、カルデアのマスター経由で魔力の譲渡(じょうと)が行われた場合、おそらく確実に“ネガマスター”に(から)め取られる。

『自害せよ』あるいは『この時空間から永久に退去せよ』などと命じられてしまったならば、その時点でカルデアは詰みだ。

 

 現在、戦場ではマスターたちが機転を利かせて、戦線から一時離脱したグランドサーヴァントに聖晶石を渡すことで魔力枯渇の問題を先送りにしているが、コレもそう長く()つものではない。

 

 よってこの瞬間、ロマニ・アーキマンに()せられた命題は『ビースト(セブン)の持つ“ネガマスター”の突破口を、一瞬でも早く見つけ出す』というものだった。

 

 ———深く息を吸い、思考の海に()かっていく。

 

 ……疑問なのは、『何故(なぜ)加勢に来たビーストが3体だけなのか』というところだ。カルデアが観測、あるいは職員が接触したと報告されているビーストは、決して目の前の3体だけじゃない。

 ビーストⅠ:人王ゲーティア

 ビーストⅡ:ティアマト

 ビーストⅣ:キャスパリーグ

 ビースト▗▜:エレシュキガル

 ———これらのビーストは、戦闘開始から幾許(いくばく)()った現在においても駆けつけて来る予兆はなかった。

 

「現在駆けつけているビーストとの違い、という点で真っ先に思いつくのは……やはり、『カルデアに敗れているかどうか』だろうね」

 

 ビーストⅠとⅡは言わずもがなだが……フォウ、つまりキャスパリーグの討伐はマシュだけが記憶していた(フォウにそう言われたらしい)し、エレシュキガルの討伐はカドックだけが記憶していた。

 そして現在敵対しているビーストⅢのLとR、そしてビーストⅥ。カーマとキアラとドラコーは、討伐できずに逃げられている。当時は『成体になってもいないビーストがどうやって?』と思ったものだが、今なら(わか)る。

 彼女たちは一度、ビーストとして藤丸立香に(やぶ)れていたのだ。そうして手に入れた“単独顕現”のスキルを使って、現カルデアからは敗北せずに逃走した。

 

「つまり———ここで目の前のビーストを討伐する事ができたなら、その(あと)におけるビーストの脅威を排除できるってコトなんだろうけど……」

 

 ロマニは独り、(つぶや)いた。

 

「ただ問題は、そのビーストを倒せない事だ」

 

 もう一度、管制室中央のモニターを見る。

 

 スペックだけで(はか)るならば、ビースト(セブン)は最弱のビーストだろう。目立った武器も攻撃手段もなく、魔力規模こそ強大ではあるものの、それとて他のビーストやモルガンへの魔力譲渡(じょうと)にしか使用していない。

 

 Aチームのみんなは頑張ってくれている。グランドサーヴァントたちも、その性能を存分に発揮してくれている。……だけど、足りない。

 

 グランドサーヴァント7騎とマシュに、カルデアのマスターが7人。この計15人が、5体の敵に押されている。

 理由など、(わか)り切っていた。

 

『マスターの有無』

 

 敵3体のビーストと1騎のサーヴァントにはマスターがいて、こちらのグランドサーヴァントにはマスターがいない。ロマニの目から見ても、ただそれだけの違いで数の利を(くつがえ)されている。

 

 モニターの向こう、戦場を見る。

 

 何か……何かある(はず)なんだ。

 確かに、人理焼却事件とは違って藤丸立香という犯人は始めから、カルデアという組織を計画に組み込んでいた。だからこそ、カルデアという組織は今回、イレギュラーとして働かない。

『どれだけ絶望的であろうともカルデアであるというだけでイレギュラーであり、(ゆえ)に逆転の可能性が0(ゼロ)ではなかった』という、かつての特異点攻略とは(わけ)が違う。それは(わか)っている。

 ……でも。

 でも、今回の犯人である藤丸立香は、カルデアという組織をかなりの濃度でリスペクトしてくれている。ロマニもそれは、ひしひしと感じている。

 

 ———尊敬、あるいは尊重している相手からは影響を受けるもの。

 

 それは意識的な働きではなく、本能や無意識の働きだ。ならばカルデアの、藤丸立香が(うやま)っているAチームの彼らであれば……、何か突破口となるヒントを、きっかけを、こじ開けてくれるかもしれないと、ロマニは願った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 キリシュタリア・ヴォーダイムは、何もできないことに歯噛(はが)みしていた。

 

 実際さっきも、アルクェイドが両腕を噛みちぎられながら吹き飛ばされてきた。

 妙漣寺(みょうれんじ)鴉郎(あろう)———ペペロンチーノが神足通(ツイスト・オブ・ラブ)によって抱き止め、キリシュタリアの後ろまで退避。聖晶石の魔力によって再生を終えたところだった。

 回復を終えたアルクェイドと、鴉郎(あろう)さんが隣に並んだ。

 

「ヴォーダイム、何か見つけたかしら」

「いや。こちらとしても手詰まりだよ、鴉郎(あろう)さん。

 ビーストたちに打ち勝つためには、()ずもって私たちがマスターとならなければいけない。“ボーダーからの魔力供給の(ため)の中継地点という役割”だけの話じゃない。我々“今を生きる人類”がアンカーとなる事によってはじめて、サーヴァントという存在は『この世界の今ここ』に立脚(りっきゃく)する事ができる。

 ……だがそうしてしまうと、“ネガマスター”に太刀打ちできない」

「そうね。今戦ってくれているグランドサーヴァントたちは、言うなれば現実から浮遊しているようなものだもの。

 フワリフワリと浮いたまま、ズレた世界で戦っている。

 それで『勝て』とは(こく)な話ね」

 

 ペペロンチーノは口元に指を当てて、大きくため息をついた。だがキリシュタリアが目の(はし)で確認すると、案の定。その目は静かに戦場を見据(みす)えていた。

 キリシュタリアの一瞬の視線に気づいたのだろう。彼女は「あら、コレでも本当に切羽(せっぱ)()まっているのよ。私も」と笑い、先程からキリシュタリアがずっと守っている、後ろの彼女を流し見た。

 

 ここ最近は髪を(ほど)くことが多くなってきた、彼女。

 2200年の時の果てで、最愛の男と再会した女。

 精霊種であるが(ゆえ)に、我ら人間とは全く違う感覚を(たずさ)えているにも(かかわ)らず、何度も何度も、人間と歩調を合わせようとしてくれたお人好し。

 地面を殴りつけながら、血涙を流しながらビーストⅦ(藤丸立香)(にら)みつけている、虞美人だ。

 

巫山戯(ふざけ)るな…………。巫山戯(ふざけ)るな、フザケるなふざけるなッ!!」

 

 魔力の暴走によって彼女の肩が弾け、胸が裂け、腰が潰れる。そして(またた)()に再生する。さっきからこの繰り返しだ。

 

 ペペロンチーノは戦場から目を離さないまま、他心通(ホログラムローズ)を使ってタイミングを完璧に(はか)り、聖晶石を投げ、戦闘中のアルトリアとノアの手元に完璧に通してみせた。

 

「彼女、どうにかならないかしら。流石(さすが)にもう見ていられないわ」

 

 キリシュタリアは考える。方法がない(わけ)ではない……と思うからだ。自分の見立てでは、決して通せない無理ではないとは思っている。

 ———そういう、キリシュタリア自身の心の機微(きび)を読み取られたのだろう。ペペロンチーノが「あるんじゃないの」と口にした。

 

「いや、しかしリスクにたい———」

「ヴォーダイム。キリシュタリア・ヴォーダイム。

 私たちは(けっ)して同じ人間ではないわ。貴方(あなた)の感じる重圧や責任感を私は感じ取れないし……、貴方(あなた)の持つ不安を、一緒には(かか)えてあげられない。別人である以上、貴方(あなた)の決断は貴方(あなた)1人で背負うしかないわ。

 ———でもね、結末を共にすることだけはできるのよ。

 失敗したら手伝ってあげる。取り返しがつかないなら、一緒に地獄を歩いてあげる。死ぬしかないなら、手を(つな)いで一緒に死にましょ。

 絶対に勝てない問題に立ち向かう時、一緒に死んでくれる人がいるというのは———案外(あんがい)勇気に(つな)がるものよ」

 

 黙って、黙って。

 それからキリシュタリアは、一度鋭く息を吐き切り、少しだけ声を(ひそ)めた。

 

鴉郎(あろう)さん。先程、取り乱した(あくた)を回収した時の事を覚えているかい?」

「さっきの今だもの、流石(さすが)に忘れないわ」

 

 左隣から聞こえてきた返答に、(うなず)く。

 

「その時の、(あくた)と藤丸立香との問題は?」

「そうねぇ、確か……『お前(ごと)きがッ、項羽様を否定するな!』

『でもコレが、ビーストに与えられたスキルなんです』だったかしら」

 

 ———そう、(あくた)が「“ネガマスター”だと? 巫山戯(ふざけ)るなッ! 項羽様は貴様が使役していいお(ひと)ではない。私の夫だ!!」と殴りかかっていた時の事だ。

 藤丸立香は、ビーストたちにその攻撃を(さば)かせながら、(あくた)啖呵(たんか)に対して(つぶや)いていた。

 

「確かにね」

 

 ———と。

 

 キリシュタリアは静かに、藤丸立香に気づかれないように、回路を回し始めた。

 

鴉郎(あろう)さん。サーヴァントのスキルが、自己認識や自己申告によっていくらでも変動する事には気づいているね」

「もちろん。水着霊基なんかは分かりやすい例よね。

 ———スカサハは水着霊基になった時にアサシンの霊基を獲得していたけれど……彼女、隠れる気がまるで無いんだもの。“ビーチクライシス”なんてスキルが()えてきたと思ったら、“気配遮断”のランクがEにまで、大幅(おおはば)にランクダウンしていたわね」

「そう、つまりそれは霊基を持つ以上———ビーストと言えども同じであると見るべきだろう?」

 

 ……一瞬、()があった。

 

「それは……つまりどういう事かしら」

 

 ペペロンチーノの返しが本当に分かってなさそうだったので、キリシュタリアは笑ってしまった。

 

「あぁいや、すまない。つまり、こういう事だ」

 

 一歩、二歩と前に出る。

 背後の(あくた)に呼びかける。

 

 自分の声色があまりにもリラックスして聞こえたからか、(あくた)がやっと顔を上げた。そんな彼女の手をとって引っ張る。彼女がフッと立ち上がる。

 そして、声を張り上げた。

 

「———藤丸立香ッ!!」

 

 戦場に声が(ひび)く。だが誰も反応しない。

 それでいい。これだけ声を張り上げて誰も見向きもしないという事は、意識して無視しているという事だ。つまり、キリシュタリア・ヴォーダイムという1人の人間を、戦場という場所から浮き上がらせる事には成功している。

 

「確かに君は、優秀なマスターではあったのだろう。様々なサーヴァントと平等に(きずな)(はぐく)んできたのだろう。

 だが裏を返せば、それは特別な1人のサーヴァントを選び()ないという事でもある」

 

 “ネガマスター”。なるほどそれは、あらゆるサーヴァントからの効果を無効化する絶対の盾であり、全てのサーヴァントを(したが)える問答無用の矛でもある。

 だから……別にいい。

 

「———(ほか)の権利は、くれてやる。

 だが、彼についてだけは別だ。

 彼と(もっと)も行動を共にし、彼と(もっと)(きずな)(はぐく)み、彼と(もっと)も心を通わせたのは、私だ。———君じゃない」

 

 失敗すれば終わりだ。おそらくその瞬間に、この戦いにおける敗北が()するだろう。

 可能性は(けっ)して高くない、自分でも馬鹿みたいな賭けに出たものだと、キリシュタリアは思っていた。

 

 だからこそ、右手をグッと握りこむ。そして突き出す。

 

「——————()げる———」

 

 (あくた)がハッと、こちらを見る。

 見返すことなく、一つ(うなず)く。

 続いて発した詠唱は、彼女とのハモりになっていた。

 

「「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 星を(しるべ)に、この意、この(ことわり)に従うならば応えよ! 

 我は常世全ての善となる者。我は常世全ての悪を()く者。

 汝、星見の言霊を(まと)う七天。

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ——————!!」」

 

 

 光がさざめく、魔力がささやく。

 白い大地が光を弾き、魔力を(まと)って渦を巻く。

 

 霊基に魔力が充填(じゅうてん)されて、2つの影が姿を現す。

 白と黒の2人の髪が風を受けて舞い踊る。

 魔力の奔流(ほんりゅう)が去った(あと)、褐色の女性が肩ごしに、キリシュタリアに声を飛ばした。

 

「———よう。随分(ずいぶん)と呼ぶの遅かったじゃねぇか、マスター」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ベリル・ガットは、藤丸立香の背後をとって爪を振り抜こうとして、危機を感じて()退(しさ)る。

 

 魔力で(かたど)られた槍が空中の()らぎから2つ3つと射出され、ベリルを藤丸立香から遠ざけていった。

 退()がって、退()がる。

 どれだけ退()がっても射出される魔力の槍を、マシュの盾が割り込んで弾き返した。

 

 ひと息ついてふと後ろを見るとキリシュタリアがいる。(あた)りを見渡すと、Aチームの面々だけでなくグランドサーヴァントの7騎も、近くに集まっている事に気づいた。

 そして、2騎のサーヴァント。

 

「おっと……」

 

 流石(さすが)はキリシュタリアだ、とは口にしない。キリシュタリアの(やつ)が何かやってくれるとは思っていたが、そこはそれ。快楽殺人鬼としては、こういう善性のヤツを野放しに()めるのは、ちょっとこう……(しゃく)(さわ)るのだ。

 

 でも流石(さすが)だと、心の中では称賛(しょうさん)する。

 

『あらゆるサーヴァントに対して命令でき、攻撃が効かない』とか言う、マスターからしたら理不尽の塊みたいな能力を持つ敵の目の前で、退去させられた(はず)のサーヴァントの召喚をやってのけるとは……。

 だがこれで藤丸立香は最高峰のマスターではないと証明されたワケだ。少なくとも、カイニスと項羽に関しては。

 

 カルデア陣営が無意識にキリシュタリアを中心にまとまったせいで出来た戦場の空白に、ベリルはビーストたちの顔色を観察する。

 カーマ、キアラ、ドラコーとモルガンは涼しい顔をしているが、対照的に藤丸立香の顔色には(かげ)りがみえる。

 

 ———ならばここは一つ。言葉で()さぶってみるか、と考えた。

 

 カルデアの連中はどいつもこいつも善性のヤツらばかり。悪ぶっているペペロンチーノにしても、その根底には優しさと思いやりがある。だから純粋に悪であるのは何だかんだベリルだけ。肩身(かたみ)(せま)いったらない。

 そう言う(わけ)だからベリルは、こういう役割には率先(そっせん)して手を()げてきた。

 

 ……まぁ、殺人鬼を殺人鬼のまま(そば)に置き続けるような、奇特(きとく)なヤツらよりはマシだろうから。

 

「よう先輩。これは後輩からの素朴(そぼく)な疑問ってヤツ何だが……。お前さん、ぶっちゃけ最弱なんだろ? そう隠さなくても誰も笑いやしないって」

 

 手をパタパタさせながら笑いかける。

 ……反応はなし。しかし(わず)かに緊張した。

 

「“ネガマスター”だなんて大層な名前を貰っちゃいるが、結局のところコレは『お前さんがマスターの中で最も優秀である』って前提(ぜんてい)の上で成り立ってるかなりあやふやなモンだ。

 ……もしもこの世界のどこかにお前さんよりも優秀なマスターがいるってなりゃ、それだけで無意味になるんだろう?」

 

 藤丸立香の顔から余裕が消える。その(わず)かな表情の変化を、何とかベリルは見逃さなかった。

 なら、この仮説はだいたい当たり。つまり———

 

「つまりコレは『格付け』なワケだ。

 オレたちカルデアのマスターと、先輩と『どっちが優秀なマスターでしょう』ってな! 

 オレたちが勝ちゃあ、お前は終わりだろ」

 

「———ない」

 

 凛とした、モルガンの声だった。

 

「そこな(はし)の魔女の(すえ)、ない。

 最終決戦の『格付け』において、我らの敗北は最早(もはや)あり得ぬものである」

「そんなワケあるかよ。実際、カイニスと項羽は取り返してる。その分そっちのスキルは(ほころ)んでる(わけ)だから———ほら。

 もう召喚できてるだろ」

 

 ベリルの後ろで、4つの魔力が奔流(ほんりゅう)となっている。

 それぞれ誰が召喚されたなんて、ベリルには考えるまでもない。

 

「そらもう一つ、(ほころ)んだ」

 

 アシュヴァッターマンが飛び出して、巨大なチャクラムをぶん投げる。カーマがヴァジュラで迎撃した瞬間にペペロンチーノが、神足通(ツイスト・オブ・ラブ)で藤丸立香の(ふところ)に飛んだ。

 真っ白な魔力腕が掌底(しょうてい)を叩き込みに来たところをもう一度、神足通(ツイスト・オブ・ラブ)で飛んでかわした。

 

 そうやって一瞬、カーマとキアラの意識を()らした(すき)にノアとアルトリア、援護にアナスタシアを()いた組み合わせでドラコーを叩きにかかっている。

 

 カルデア陣営を(ねら)うモルガンの攻撃をマシュが盾で防ぎ、キアラとカーマにはそれぞれ別の理由で魅了耐性をもつオリオン、山の翁、ロムルス=クィリヌスが当たっていた。

 

「本当に、たった一手で戦況を一変させやがった。コレだからアイツは———」

 

 ベリルはマシュと共に、カルデア陣営の守りのためにAチームの元に退()がった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 藤丸立香は、必死の対応に追われていた。

 

 ……マズい、決して突かれてはいけない(すき)を突かれた。

 

 サーヴァントのスキルとは、自己申告ですらそのカタチが変動するもの。

 知っていた(はず)だった。

 理由不明のまま何故か(ことごと)く水系のスキルが生えてくる水着霊基の女性陣や、クリスマスには『聖夜の〇〇』とか『クリスマス〇〇』なるスキルを繰り出す(自称)サンタサーヴァント。『メイドとは自分の意思によってのみ奉仕(ほうし)するべし』という信念によって、どういう(わけ)かライダーなのに“単独行動”のスキルを獲得したメイドオルタ。

 

 他にも()げればキリがないが、ともかく立香は『サーヴァントの思いこみによってスキルが変化(出現)する』という事象を嫌というほど見てきたのだ。

 

 ビーストとなった自分のネガスキル、“ネガマスター”は『藤丸立香は史上(もっと)も多くのサーヴァントと(きずな)を結んだマスターだ』という事実に(もと)づいている。だからこそ藤丸立香は史上最高峰のマスターであり、それ(ゆえ)にあらゆるマスターの頂点に立つ存在だ。という概念を押し付けるスキルであった。

 この中で『藤丸立香が史上(もっと)も多くのサーヴァントと(きずな)を結んだ』という部分は()るがないだろう。しかし、『藤丸立香は史上最高峰のマスターである』という部分については、立香自身、(しん)に納得できている(わけ)ではなかった。

 

 そして今、立香はだんだんと『藤丸立香はあらゆるマスターの頂点に立つ存在だ』と、自分に言い聞かせる事ができなくなりつつあったのだった。

 

 

『ドンッ』と、立香の右前方で爆発があった。ドラコーのいた(あた)りだ。

 彼女が()退(しさ)る。着地点から龍の首が7本飛び出し、ビームを吐きながら牽制(けんせい)する。ビームが7本、敵サーヴァントたちがいる場所に着弾する———寸前、アルトリアの聖剣に光の奔流(ほんりゅう)が束ねられた。アルトリアの剣閃に合わせて発せられた奔流(ほんりゅう)は7本のビームを()み込み、突き抜ける。

 

「ドラコーーー!!」

 

 右(てのひら)をドラコーに向けて、自身の魔力を譲渡(じょうと)する。

 奔流(ほんりゅう)の中から炎のような魔力が吐き出して、肌を焦がしたドラコーが大剣を張り上げ、バックジャンプで飛び出してきた。彼女が着地するやいなや、距離を()めていたノアと切り結ぶ。そこにアルトリアも参戦してくる。

 

 立香は、自身の前方で戦っているキアラとカーマに視線を向ける。

 

 キアラは掌底(しょうてい)でオリオンの(こぶし)を止めた。オリオンのさらに背後から飛んでくる赤いビームには魔力腕を5,6本ぶつけて相殺(そうさい)———した瞬間には後ろから山の翁が彼女の(くび)に剣を(はし)らせていた。対してキアラは、魔神柱で(から)のように自身の体を(おお)うことで攻撃対象を“名もなき魔神柱”に移し、もって“即死”を回避した。

 ……だが、そんなものはオリオンによって割り砕かれる。

 

 ———みんな劣勢だ、と立香は(うな)る。

「マズい、近いうちに誰かがやられる」と声に出す。

 

 こうなった原因など分かりきっている。立香のネガスキルの出力低下によるものだ。

 その弱体化の影響は何も、Aチームによるファーストサーヴァントのマスター権の奪回(だっかい)だけにとどまっていない。

 何故なら“ネガマスター”というスキルは、あらゆるサーヴァントに対して『藤丸立香が己のマスターであるという状態』を強制するため、立香と敵対しようという意志を持つだけでそのサーヴァントにはデバフが入る。『藤丸立香が己のマスターであるという状態』に(あらが)いながら戦う必要に()られるからだ。

 

 そのデバフが、今は、ほとんど効果を発揮していない。

 

 彼らのファーストサーヴァント達だけでなく、グランドサーヴァント達でさえもまともに弱体化が入っている気が、しない。

 敵もそれに気がついているのだろう。グランドサーヴァント達が次々と、カルデアのマスターと主従契約を結び、パスを繋ぎはじめている。ドラコーとキアラが押されているのも、グランドサーヴァント達が契約して強くなったからだし……、キアラとカーマが魅了系のスキルを(ひか)えるようになったのも、グランドサーヴァント達の耐性で弾かれるようになってきたからだろう。

 

 キアラ、カーマ、ドラコーはそれぞれ、このやり直し後の世界においてビーストの霊基を(しん)に獲得する前にカルデアに敗れて敗走している。つまり、3人ともが強大なサーヴァントとは言え、成体としての霊基を持っていないのだ。

 かつて立香がカルデアにいた頃、ビースト成体として対峙(たいじ)したティアマト・ゲーティア・U-オルガマリーのような強大な霊基ではない不完全な状態で、3人はここに来て戦ってくれている。

 

 モルガンは、これからの事を考えるとあまり無理はさせられない。

 となると、此処(ここ)(もっと)も無茶をきかせられるのは自分である(はず)だった。

 ……だが現実は、藤丸立香が足手(あしで)(まと)いになっている。

 

 

 前方からアシュヴァッターマンのチャクラムが(せま)る。立香の正面に陣取(じんど)った魔王のカーマが、巨大なヴァジュラで弾き返す。カーマは空中に浮いたまま透き通る青い炎の両脚をとろけさせ、周囲と同化させていく。

 その瞬間、アシュヴァッターマンの後ろにいた、ペペロンチーノがタタラを踏んだ。

 

 ———神足通で移動しようとしたところを、カーマは“身体無き者(アナンガ)”のスキルで移動先を()めることで妨害したのだ、と気づいた時にはペペロンチーノが立香の目の前にいた。

 咄嗟(とっさ)に身をひねり、左腕を盾にして。後ろに大きく跳ぶことでペペロンチーノの()()()きを急所から(はず)した。

 

 右わき腹の肉が弾け飛ぶ。

 次の瞬間にはカーマが操るシヴァの炎が周囲を覆い、立香の足元から発射されるモルガンの魔力砲が飽和した。

 だが魔力砲が突き抜けた後、ペペロンチーノは意外と近くにいたままだった。

 

 ペペロンチーノが立っているのは、立香の前方20mといったところ。

 彼女は2人の(あいだ)に割り込んだカーマと、さっきまで戦っていた項羽と虞美人、アルクェイドを引き連れて後退してきたモルガンとを見て、少しだけ息を()いた。

 

「こんな言い方は良くないのでしょうけど……、正直貴方(あなた)が異聞連合のマスターで良かったわ。

 ()()た偉業は(すさ)まじいけれど、貴方(あなた)自身のスペックはむしろ低い。ビーストになった事で()たネガスキルのギミックを正面からキリシュタリアが打ち破った事で———貴方(あなた)は人間のマスター以下の存在となった。“今を生きる人類”ではなくなり、霊基を(つな)()めるアンカーとしての役割を果たせなくなった貴方(あなた)は、マスターとしては力不足ね」

 

 ———人間だった時の方が脅威だったわよ、アナタ。とペペロンチーノは付け足した。

 

 そこに、モルガンが退()がったことで前に出てきた虞美人がペペロンチーノと肩を並べた。

 

「『格付け』の結果はもう出たわね、モルガン。アンタの旦那は人間だった時よりも格下のマスターになった。それをキリシュタリアが打ち破って、今じゃあ私たちもその(くさび)から解き放たれた」

 

 虞美人が目を細めるのと同時、周囲が(またた)く間に薄暗くなる。

 立香が(そら)を見上げると、輝くような満天の星。夜がない(はず)の白紙化地球上でこうなるということは———

 

 虞美人の声がシンと(しず)まった戦場で、立香の耳にハッキリと届いた。

 

「キリシュタリアの理想魔術、“惑星轟”。それと太公望の“思想(しそう)鍵紋(けんもん)”とを組み合わせて張った、時空断層結界よ。レイシフトをインターセプトするコレは単独顕現による離脱すら許さない、時空の牢獄。

 お前たちビーストをここで排除して、レイシフトで異聞の起点を修復して。カルデアは人類史を取り戻す。

 ———これで終わりよ。藤丸立香」

 

『ドンッ』という衝撃波とともに飛ばされてくるキアラが、立香の背後に着弾して砂煙が舞う。振り返ると……キアラの両腕はねじ曲がり、内出血で青黒く変色し、それでも()()らず粉砕骨折部分から血が垂れ流されていた。

 (あえ)ぐように呼吸し、(わず)かに肩と太腿(ふともも)を動かす。立ち上がろうとしているらしいが、少しのけ反る動きを繰り返すだけ。

 

 

 思考が飛んだ立香の耳に、空気が爆発する音が聞こえた。

 何も考えずに戦場の右翼を見ると、ドラコーが空を舞っていた。立香の右側に墜落(ついらく)する。左脚を太腿(ふともも)の部分で焼き切られていて、()めきながらそこを押さえていた。

 ……脚をおさえる両腕は焼け、脇腹は切り裂かれている。痛みに歯を食いしばりながら、立ち上がろうとするドラコー。

 

 今度こそ動こうとして———立香は無理矢理にでもその動きを固めてとめた。

 

 —————前を見る。

 ペペロンチーノがこちらを見ている。

 

 神足通は、簡単にイメージするなら『どこにでも現れる能力』だ。塀や壁に囲われた場所、そこが密室であろうとも、(ほとけ)とはそこに現れるもの。

 

 この瞬間に立香が攻撃されていないのは、(ひとえ)に動かなかったからでしかない。実際は動けなかったのだが……それが(こう)(そう)して、カーマとモルガンの防御・迎撃が間に合う範囲に居続(いつづ)けられた。

 

 もしも今、立香がキアラとドラコーの元に向かえば、それが確実な(すき)になる。その瞬間にすり潰される。

 

 (ひざ)を曲げて少しかがむ。

 ペペロンチーノも(わず)かに(かが)み、遠くからオリオンとロムルス=クィリヌスが狙っているのが見える。

 

 右手の令呪に魔力を()わせる。

 カルデア本陣、戦艦の甲板にいる太公望が反応した。空中に方陣(ほうじん)が赤く輝く。隣に立つキリシュタリアが杖を(かか)げ、天の星々が(わず)かに(まわ)る。

 

 ———息が浅い。呼吸が激しい。

 

 このままだと誰か死ぬ。……誰かが死ぬなら———

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「———ねぇ、ロマニ。“天才”とはどういう人をいうと思う?」

「いきなり難しい質問だね。そうだなぁ……。

 ありきたりで良ければだけど『自分自身の使い方を知っている人』じゃないかな。

 天才と呼ばれる人は才能を発揮できる場所にいるから天才なんだと思うんだ。“世界一の絵の才能を持つ者”に戦場で剣を握らせたところで、その才能が発揮される事はないからね」

 

「あぁ———。ロマニらしい()い答えだとも」

「レオナルドは、どう思っているんだい?」

「私かい? 私は万能の天才だからね、あらゆる物事(ものごと)に才能があったとも。何をやっても上手く出来た。……でも、だからこそ目に()まるモノがあったんだ。『だからこそ見つける事ができた』と言い換えてもいいかもしれないね」

 

 レオナルドはその日、壁にもたれ掛かりながらコーヒーを飲んでいた。

 

「人は誰かを“天才”と呼ぶ時、そこに自分には無い才能を見る。人間、自分が当たり前にできる事を“才能”とは呼べないようにできているからねぇ。

『自分には欠けているモノを持つ誰か』を見た時にこそ、人は強烈に(あこが)れるものなんだよ、ロマニ」

「レオナルドはそうやって、(あこが)れられてきたんだね」

「そうとも。あらゆる物事(ものごと)において私は、(あこが)れられる(がわ)だったんだ。分かるかい? 

 人は能力の優劣を、数値の概念で考えたがる。現代風に言うならば、偏差値みたいな考え方をする人が多いってコトさ。『能力値は高ければ高い方が良く、その極地を天才と呼ぶ』んだと人々は信じて疑わないけれど……。これは本当にそうなのかな?」

「それはつまり……『才能が無い事に意味はあるのか』という命題だね」

「うん。———昔、私がまだ若かった頃の事だけど。どんな事でも『レオナルドはすごい』と言って私を尊敬してくれていた人がいた。もう顔も名前も思い出せないんだけど……確かに、そういう人がその時いたんだ。

 その当時は『こんな当たり前にできる事で何を(おお)()()な』って(あき)れたものだったけれど———晩年になってやっと、気づいた事があったんだよ」

 

 少しだけ首を(かし)げた彼女は、目を細めて(まぶ)しそうにロマニを見ていた。

 

 ———私はね、ロマニ。その人がいたから天才に()れたんだ。

 

「私にとっては当たり前にできる事が『誰にでも当たり前にできる事でない』という事を教えてくれたのは(まぎ)れもなくその人で。

 そうやって(あごが)れてくれた人がいたから、私はその分野において天才なんだと自覚できた。自信を持って歩き出せた。

 だから思うんだよ、ロマニ。

 何の才能もなく、それ(ゆえ)に誰かの才能を素直(すなお)に「すごい」と(あこが)れる事ができる者こそが、『天才を作り出す』んじゃないかってね」

 

 白い紙コップと、それを(つつ)む黒い紙コップホルダー。

 白黒の2色をロマニの方に突き出して、レオナルドは言葉を()える。

 

「『才能が無いが(ゆえ)にサーヴァントの天才性に気づき、(あこが)れる事ができる者』

 ———“マスター”って、きっとそういう者のことを()うんだ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「——————マスター」

 

 キアラの声がそっと、藤丸立香の後ろから聞こえた。

 倒れたままのキアラが、己がマスターに語りかける。

 

「マスター、そう……固くならずとも……。

 誰が何と言おう———と……、貴方(あなた)は最高のマスターですもの。

 証明する手立(てだ)てもある…………ほどに……、当たり前で———ござい……ますわ」

 

無駄(むだ)よ」

 

 虞美人が、少し硬い表情で反論する。

 

「“ネガマスター”を取り戻したいのかも知れないけど、無駄(むだ)よ。

 これはマスター同士の、無意識の格付け勝負なの。

 たとえどれだけ言葉で(はげ)まそうとも、ソイツの潜在意識が自分を『格下のマスターだ』と認識してしまっている以上、この判定は(くつがえ)らない」

 

 ———少しの沈黙。

 でも、それはキアラが声を殺して笑っているからだと、立香は気づいた。

 

「なんッ……ふふっ———何を根拠(こんきょ)に断言……なさるのかと思えば…………、そんなこと。

 でしたら———ええ。この『格付け』は、……マスターのかち」

 

 カーマとモルガンがさらに退()がって、立香の目の前に陣取(じんど)った。

 それに対抗するために、ペペロンチーノが虞美人と項羽の後ろに回りながら、こちらに声をかけてきた。

 

「『この状況を逆転できる一手がある』と言いたいのね。何か、奥の手のようなものが……、宝具かしら」

 

 聞かれても、立香には全く分からなかった。

 この状況を打開できるようなもの。スキルも宝具も、立香には心当たりがない。

 

 何もできないでいると———『ザリッ』と、地面を少し(こす)りながら踏みしめる音。

 立香の右隣、ドラコーが———無い左脚を投げ出しながらに、右脚で立ち上がろうとしていた。

 

無論(むろん)、我らが騎手の宝具だともッ」

 

()ッッ!」と歯を食いしばりながら———それでも、凄惨な笑みを浮かべている。

 

「人類最後のマスターに相応(ふさわ)しい宝具。

 そして、最高のマスターでなければ意味のない宝具だ」

「…………でも、結局オレは……、ビーストになっても宝具なんて———」

 

 立香が言い終わるより前に、目の前のモルガンが(みぎ)(てのひら)に炎を浮かべた。その炎は青白く燃え上がり、(おさま)った時には、彼女の(てのひら)には水晶のような結晶体が浮いていた。

 

「見覚えがない、なんて言わせませんよ。我が夫」

「えっ? ……でもモルガン、そんな———」

 

 言いかけて、立香はその水晶の中を見た。

 それは小さな、(てのひら)に収まるほどの———

 

「————嗚呼(ああ)。確かに思い出したよ、モルガン」

 

「ちょっと、()()()()()が宝具だと言いたいワケ? そんなのただの———」

 

 虞美人は、言いかけて口を閉じた。

 モルガンがあまりにも優しく、水晶体の中身を眺めていたから。

 

「私は、一時(いっとき)たりとて忘れたことなど無かった。少し(たる)んでいるのではないですか?」

「そうかもしれない。2000年も前の事とはいえ、モルガンにチョコレートを贈った方法を忘れるなんて」

 

 モルガンが、(みぎ)(てのひら)をゆっくりと(かか)げる。

 ペペロンチーノが反射的に神足通に入ろうとして———魔王カーマが巨大化していた。

 

「——————恋もて焦がすは愛ゆえなり(サンサーラ・カーマ)

 

 カーマはその肉体の中に味方の4人全員を取り込み、自身をもって盾とする。大きな身体で小さくしゃがみ、両手で胸をかき(いだ)く。その(てのひら)に皆を乗せ、高所からカルデア陣営を眺めみる。

 

 情報はもう共有されているのだろう。……でも、誰も動かない。

 当然だ、とカーマは笑う。

 あんなものを見せられて、これが宝具だと言われても混乱するだけだろうから。現代人なら尚更(なおさら)だ。

 ———だってそれは、ただのカードなのだから。

 

 大きなカーマの(てのひら)の上で、モルガンは水晶体を(かか)げながら、この事実を証明する。

 

「———これは、我が夫が生涯にわたって持ち続けたもの。

『生涯にわたって持つことが許された唯一のもの』と言い換えることもできるだろう」

 

 彼は過去に巻き戻され、世界は一度やり(なお)された。その時にあらゆるモノは彼の手を離れた中、たった一つだけ、もう一度手元に戻ってきたもの。

 それは時間保存(タイムロック)に守られた『使うまでは決して失われない性質』を持つ。

 

(ゆえ)に我が夫の逆行後、(しばら)くしてこのカードは彼の手元に舞い戻り———それ以降、藤丸立香はこのカードを生涯にわたって持ち続けた」

 

 モルガンが(かか)げる右手の上で、水晶体が(つゆ)と消える。

 その中にあったものは、水色と群青の硬質カードだった。

 

「————————宝具、開帳」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「これは……ギフトカード?」

 

 バレンタインデー、夜。

 チョコとお返しが()()った日の終わり。

 お風呂あがりにマイルームのベッドに腰掛(こしか)けて(くつろ)いでいた時、ネモサンタはやってきた。

 

 渡された(あわ)い青色の紙箱を開けると、『TRITON PACK』と書かれた水色と群青の硬質カードが入っていた。

 ネモ船長が、『TRITON(トリトン)』の文字を指差しながら解説する。

 

「そう。トリトンサービスのギフトカード。

 もちろんただのカードじゃない。

 それは今回のクリスマスの工程で()た、ちょっと特別なものでね。

 時間保存(タイムロック)に守られた、『使うまでは決して失われない』性質を持つ」

 

 ネモサンタは「ようするにスペシャルなカードってコト」と笑って言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この先、必要なものが出来た時、そのカードに場所と品物(しなもの)を書いて。

 ネモサンタは安心・安全な輸送に関しては最優のサンタだ。トラックに入るものなら必ず届けに行くよ。

 ———()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 軽く、あまりにも軽く。ネモは『必ず』と口にした。

 その軽さに、どれだけの思いと覚悟を込めているのか。その一端(いったん)に気づけたのは、普段からネモと会話して、その性格を知っていたからだろう。

 だから立香も、(つと)めて軽く返事した。

 

「そっか。———ありがとう、サンタさん」

 

「こちらこそ、マスター。

 今年のバレンタインは僕たちにとっても宝物だ。

 こうして一緒にコーヒーを飲めたのも。

 ———ふふ。キャプテンだけの役得だね」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 モルガンが水晶体の封印を()いた瞬間、トリトンギフトカードは(ひと)りでに、立香の元に舞い戻った。

 

 自分の手元に急に現れたカードを見て、立香は少し笑ってしまった。何故なら、そのカードにはもう『場所と品物(しなもの)』が書かれていたからだ。

 筆跡を見れば誰が書いたのかくらいは分かる。モルガンだ。

 

 なるほど、異聞王妃はここまで見越(みこ)していたのか。立香は笑い、それから一本だけ線を加えて、そのカードに魔力を込める。

 

 ———宝具が、起動した。

 

 

 

 

 

 

 その声を最初に聞いたのは、一体誰だっただろう。

 子供の、笑い声が聞こえていた。

 

「いぇい、いぇい!」だとか「ごーごー!!」だとか。

 ともかく何かみんなで楽しそうに“ごっこ遊び”をしているような、そんな声が聞こえている。

 

 曖昧(あいまい)だった(はず)の声は———ある瞬間から突然、明瞭(めいりょう)に聞こえるようになる。

 

「「「じんぐるべーる、じんぐるべーる、ネモサンタッ! やー!!」」」

 

 聞こえたのは、立香の後ろ。

 振り返って、それを眺める。

 

 高床の装甲トラック。運転席の上部にはハッチが付いていて、そこから1人が顔を出していた。

 

「メリークリスマス、マスター。

 —————プレゼントを届けにきたよ」

 

 

 

 

 

 

 






【トリトンギフトカード】

ネモサンタからのお返し。

ネモサンタが使っているバーコードリーダーと、
個人配達業者トリトンサービスのプラチナギフトカード。
使用期間:無制限、限度金額:常識の範囲で。
一見するとただのギフトカードだが、
「一回きりだけど、どんな時でも、どこにいても、きっと贈り物を届けに行くよ」というネモサンタの意志が込められている。



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