第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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第十四話:つまりこういう事だろう?

 

 

 

『カン、カン』と薄い鉄板(てっぱん)()む音がしている。

 

 ロマニ・アーキマンは今、ゆっくりと階段を登っていた。

 縞鋼板(しまこうはん)と呼ばれる凸凹のついた鉄板の階段で、彼は甲板(かんぱん)に向かって登っている。その先にある平坦(へいたん)な通路と、車のハンドルのような取手(とって)のついた(とびら)

 ロマニはハンドルを回してロックを外し、(とびら)を開けて外に出た。

 

 ———満天の星(惑星轟)の下。甲板(かんぱん)(つど)うマスターとサーヴァント。彼らの先頭にいるキリシュタリアと太公望。ゆっくりと歩いて、二人の右隣に並び立つ。

 

 ロマニが甲板(かんぱん)に出てきたことに、藤丸立香は気づいたのだろう。巨大なカーマの(てのひら)の上で、彼はこちらを振り向いた。

 

「ついに貴方(あなた)が来たんですね。ドクター」

 

 藤丸の声は、何百メートルも離れたここまでハッキリと聞こえてきた。きっとモルガンの魔術か何かで声を届けているのだろう。念話の(たぐ)いではなく、それは明らかに肉声だった。

 

 そして左側から、キリシュタリアの視線を感じる。彼は、(つぶや)くように声を発した。

 

「……まさか」

「そうだねキリシュタリア。発動した未知の宝具、その効果は依然(いぜん)として謎のままだ。サーヴァントの反応が多数出現したと思ったら消滅したし、ドラコーとキアラの霊基の欠損(けっそん)も修復されているらしいしね。……おそらく、彼自身を対象とする対人宝具。それもかなり特殊な立ち位置の宝具っぽいから、効果対象である彼以外には、なかなかその全貌(ぜんぼう)(つか)めないのも無理はないかな」

 

 そしてロマニは、キリシュタリアよりも前に出る。

 

()()()()()、ボクが来た」

 

 前を向く。巨大なカーマの(てのひら)の上を見る。

 モルガンと目が合った。

 

「———ここで出て来るか、ロマニ・アーキマン」

 

 ロマニは、ちょっと声を張り上げる。自分の感覚が正しければ、藤丸の声をここまで運んでいる魔術は、こちらの声もまた、向こうに届けるだろうからだ。

 

「カルデア式召喚術を(もち)いた彼らカルデアのマスターたちの真骨頂(しんこっちょう)は、複数の英霊たちの同時使役(しえき)にある。

 それぞれの特殊領域ごとに(ちから)発揮(はっき)できる英霊とそうでない英霊とがいる以上、(ちから)発揮(はっき)できる英霊たちのみを複数体送り込み、事態の収拾(しゅうしゅう)をはかる事。

 それがカルデア(ボクたち)のセオリーだ。

 ビースト(セブン)のネガスキルによって強みが()かせない状況は、改善されるべきだからね」

「と、いう事はやはり———ちゃんと効果を発揮(はっき)していたのだな。“⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎”という名の呪縛(じゅばく)は」

 

 モルガンの言いように、ロマニは数瞬、言いよどんだ。

 そんなロマニの顔を見たのか、モルガンの言葉はさらに続く。

 

「我々“異聞連合の対カルデア戦闘部隊”、その最大の天敵は貴様だった、ロマニ・アーキマン。……いや、『魔術王ソロモンが天敵だった』と言うべきだろう。

 ———ソロモン王の指輪。それは『十の指輪がすべて(そろ)っている場合、人類が行うあらゆる魔術を無効化し、また配下に(おさ)める』もの。貴様らカルデアの戦闘方法が“カルデア式召喚術”である以上、その指輪の効果を使われた場合“ネガマスター”のスキルは意味を成さなくなる可能性が高かった。

 (くわ)えて、貴様自身はソロモン王。『あらゆる召喚術の()にして“始まりのマスター”と呼ぶべきもの』だ。“史上最高のマスター”の称号(しょうごう)は、最初から貴様のもの」

 

 モルガンは一度(となり)の藤丸に視線をやって、もう一度ロマニに向き(なお)る。

 

「———(ゆえ)に、貴様だけは、戦場から遠ざける必要があった」

 

 人間の状態のロマニでも、ここまでの説明があれば理解ができた。『“⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎”の名の呪縛(じゅばく)』の全貌(ぜんぼう)と、どのように自分を遠ざけたのかが。

 

「……なるほど、藤丸立香少年か。

 やり直し前の彼とボクは、それなりの知り合いだった(わけ)だ。ボクの性格を、完全に読み切ったんだね」

「いいや、そうではない。このオペレーションは私の発案だ。

 貴様らカルデアが、我々異聞連合との戦いにおいてどういった戦略を用いるのかを知るためのバロメーター、それが『“⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎”という名そのものが持つ真の役割』だった。

 ———我が夫は“人たらし”でな、あの人の存在をよく知ろうとした者、あの人と深く(かか)わり続けた者は皆、あの人を肯定的(こうていてき)(とら)えざるを()なくなった」

 

 モルガンが、(かす)かに笑った。

 

「そして、貴様らカルデアとて例外ではないと確信していた私は、我が夫に(わざ)と名を()せさせ、カルデアに(ぞく)する者に(かり)の名を付けさせたのだ。

 貴様らがあの人を“⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎”と呼んでいる(あいだ)如何(いか)なる手段でも使って来る可能性があった。……だがあの人の足跡(そくせき)()い、過去を解き明かし、藤丸立香という存在の事をよく知った後の貴様らであるならば、———あの人の事を“⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎”ではなく“藤丸立香”と呼ぶようになった後の貴様らであれば、あの人の仕掛(しか)ける()け引きに対して真正面から打倒(だとう)する事に(こだわ)るだろう、と」

「なるほど、寝返った異聞帯の人々の中にスパイを(もぐ)り込ませるのはそう難しい事じゃない。———そうして、ボクたちが彼の事を何と呼んでいるのかという情報だけをリークさせる。

 カルデアのマスターたちが彼を“藤丸立香”と呼び、『彼を真正面から打倒(だとう)する』ことに(こだわ)った場合、チェス盤を台ごとひっくり返すようなボクの指輪の(ちから)を使うことを、ボク自身が躊躇(ためら)うだろう、と。そう読んだ(わけ)だね」

「実際に、そうなった」

 

 目を細めたモルガンが、ロマニの両方の手袋を指差(ゆびさ)した。

 

「終局特異点において人王ゲーティアが消えた後に残されたもの、九つ。ロマニ・アーキマンが持っていたもの、一つ。

 “十の指輪”、その全てが(そろ)っている貴様という存在は、我が夫にあって最大の弱点だったのだ。

 ……で、あれば。貴様が戦場に現れるだけで我が夫の敗北が決定するというのであれば、全力でこれを先延(さきの)ばしにするのが戦略というもの」

「———なら、その戦略もここまでだ。

 これからの戦場にはボクがいるからね」

 

 ロマニは一度(まぶた)を閉じて、それからゆっくり目を開ける。

 ずっと向こうのモルガンはその姿を見て目を細め、藤丸立香は目を閉じた。

 

 ———そう。イスラエルの王が、そこにいた。

 

 引き()る程もある長い白髪、金と銀の胸当てがついたローブ。褐色の肌に金色の瞳。そして、手袋を外した中から出てきた、十個の指輪が(はま)った十指(じゅっし)

 

 ソロモン王は声に出して、その指輪を起動する。

 

「イスラエルの王ソロモンが、神より(たまわ)りし指輪たちに命ずる。“カルデア式召喚”を———掌握(しょうあく)せよ」

 

 両手にある十の指輪が光を放ち、十本の光線が夜空に上がった。黄金の粒子が()(そそ)ぎ、キリシュタリアと太公望が()った結界の中を()らし出す。

 

 太公望が「おやっ」と(こぼ)し、腕を一振り、赤い方陣(ほうじん)を展開した。

 

「良いですねぇ〜、使用感が戻っていますよッ」

 

 赤い方陣から雑にビームを撃ち出し、モルガンたちを攻撃する。当然のようにモルガンはビームを(はじ)くが、太公望は気にしない。

 

「———本当に久しぶりに、コレは全力を出せそうですね!」

 

 太公望が霊基出力を()らしている(あいだ)に、ソロモンは左耳に装着したインカムによって、管制室からの報告を受け取っていた。

 

『敵宝具の発動によって藤丸立香の手に渡った謎の礼装、その効果解析が完了しました。

 木製の人形は、“人間そのものの素体(そたい)”です。人間としての(うつわ)を持つ存在であれば誰であれ、その肉体と置換(ちかん)可能なほどに高い精度を持っているようです。

 もう一つのガラス(だま)のようなものは、(すで)に魔術的効能を保持(ほじ)していません。———つまり現在、あの球はただのガラス(だま)に等しいと推測されます。

 さらに先程の、未知の宝具が発動してから存在していた時空間の(ゆが)みが正常に戻りつつある事も(かんが)みるに、宝具の効果は(すで)に完結したものと考えてよいものと思われます』

「なるほど、最大捕捉も自分自身であるタイプの宝具なんだね。彼のサーヴァント達が格付け勝負での負けを『あり()ない』と言い切った以上、あの宝具は彼の精神に作用するもの。彼の心を守るタイプの効果があるのだろうね」

 

 そう言ってソロモンは、そっと笑う。

 

「異聞王妃、モルガン。そして異聞帯の王、藤丸立香くん。君たちは7つの異聞帯を特異点として汎人類史に差し込んだ。

 それは最早(もはや)、7つの異世界となったようなもの。異聞帯は君たちの望み通り強固なモノになり、それは現実をも侵食し()るほどの(ちから)をもった。こうなればもう、異聞帯の外に出たものが消滅するような事もない。

 だからボクたちのやり方で、これら7つの異聞帯を“特異点”として修復しよう」

「……。今まさに貴様が口にしたように、アレらの異聞帯はとても強固に汎人類史と結びついた。(たと)えば(かり)に、異聞帯の存在が地球にまろび出た場合、それは“汎人類史の存在”として認識される(ほど)に。

 だからこそ、特異点なぞ好きに修復するが良い」

 

 ここぞとばかりに、モルガンは笑った。

 

「『特異点となった異聞帯が修復されるよりも前に、異聞帯から外に出た存在』は、一個の生命として———この世界を生きて行くのですから」

 

 その瞬間、空気が変わった。

 それは『場の雰囲気が変わった』とか、そんな程度の変化ではなく、世界そのものが書き換わるような、それ(ほど)の空気感の落差(らくさ)だった。

 ———世界が、押し流されていく。

 目に見えない何かがソロモンの後ろから押し寄せてきて、ソロモンの周囲を、また後ろに(さら)っていった。

 

 彼の左隣で、キリシュタリアと太公望が辛そうに(うめ)いたのを、ソロモンの耳が(とら)える。今の現象が何か、思い当たるものがあったソロモンは、「そうなるだろうな」と少し笑った。

 

 彼ら二人が()った“時空断層結界”とは、いうならばテクスチャの一部を切り離すようなものだ。結界の内部と外部とは、目で見たり地図で確認したりする(かぎ)りにおいては(となり)り合っているように見えるけれど、その(じつ)、空間的な(つな)がりは全くない。

 地図そのものを円形に切り取って、別の机に移動させたようなもの。だからこそ、その領域から外に出ることはできないようになっている。

 それが、今———全て強引に書き換えられた。

 

 キリシュタリアがグッとモルガンを(にら)みつける。

 

「テクスチャそのものを書き換える魔術(もの)ッ! 固有結界か? ……いや。そのような、テクスチャを()り潰すタイプの魔術であっても、“切り離されたテクスチャ”を元に(つな)ぎ直すような真似(まね)など出来ない。ならばこれは一体(いったい)、どういう原理で? 

 ……いや違う、そうじゃない。これは———」

 

「“置換魔術”だ。星見の魔術師」

 

 モルガンが言い放つ。

 

「“地球表面”というテクスチャそのものを、別のものと置換した。(ゆえ)に元々は地球表面であった“断層結界の内部”にすらも効果は(およ)ぶ。

 断層結界が破られたのではない。断層結界は、今も健在(けんざい)だ。(もっと)も———全く別の座標(カルデアスの中)で、だが」

「『カルデアス表面との座標の入れ替え』……か? ならばこれは———」

「『カルデアス表面と地球表面との(あいだ)での置換魔術』。(すなわ)ち、“地球白紙化現象”の原因となったカルデアスの大規模魔術が、もう一度発動したという事だ」

 

 モルガンはスルリと両手を広げ、自分たちの(まわ)りを指し示す。

 

「返してやろう、本来の、地球という名のテクスチャを。

 返してやろう、汎人類史を。

 ———私たちにはもう不要になった、この世界との決別の証を」

 

 ソロモンの近くにいる、カルデアのマスターたちやサーヴァントたちは呆気(あっけ)に取られて周囲を見回している。ソロモン自身も、それに(なら)った。

 

 

 ———2017年12月31日、午後4時30分。

 太陽は低く、空は茜色に染まっていた。

 

 甲板(かんぱん)に立つ自分たちの足元から()き上がる風が、それぞれの髪の毛をさらっている。同時に、波の音と()れる戦艦。それに(ともな)って上下に大きく動く視界。

 

 海の上に、みんないた。

 

「どうなってるの?」と、(あくた)ヒナコの第一声(だいいっせい)

 

「白紙化が解かれた? この土壇場(どたんば)で!?」

 

「———キリシュタリア」と、オフェリアが名を呼びながら、キリシュタリアの(そば)に来た。

 

「管制室にも確認を取りました。ここは間違いなく、白紙化前の地球の———地中海の真ん中です」

「そのようだね。正面にマルタ島、右手にはイタリア半島。正真(しょうしん)正銘(しょうめい)()(した)しんだ地球の景色だ」

 

 キリシュタリアはオフェリアと目を合わせて会話した後、もう一度(あた)りを見回して。そしてそのまま口を開いた。

 

「だからこそ今、一番に気にしなくてはいけない事は、『白紙化が解かれた(はず)なのに、まだ空想樹が存在している事実について』だね。

 ———藤丸立香がビーストになる時に、7つの異聞帯を『汎人類史の特異点』として()め込んだ。それが原因でこうなっているんだろう」

 

 それを聞いていたカドックが、前に出て声を出した。

 

「待ってくれキリシュタリア。

 見ろよ。ここから……何本も空想樹が見えるんだぞッ。

 何本もの空想樹が同じ領域にいるんだぞ! 

 ……こんなの、地球全土が特異点になったようなものじゃないか!」 

 

 そして、キリシュタリアの(となり)に並んだデイビットの肩を、(あくた)ヒナコがトントンと叩いた。

 

「……それで? “何でも知ってるデイビット”、アンタはどうするのよ」

「何でも知っている(わけ)じゃない。(げん)に、異聞連合の目的だって、たった今気づいたところだからだ」

「……ほら、やっぱり知ってるんじゃない。アイツらは汎人類史に空想樹を移して、一体(いったい)何がしたいっていうの?」

 

 デイビットは後ろの(あくた)ヒナコを振り返り、隣のキリシュタリアを見て、それからまた、(あくた)ヒナコに向き直った。

 

(あくた)、魔神柱は何故(なぜ)柱の姿だったのか、気にした事はあるか」

「無いわ」

「……だろうな。ドクターが、『ソロモン王の(したが)えた悪魔は決して、あんな醜悪(しゅうあく)なモノじゃなかった』と言った事があったが……、それはつまり、与えられた使命を破り“人理焼却式”になった時に初めて、その姿を手に入れたという事だ」

「まぁ、そうなるわね。

 そこから魔神柱の離反があって、結局私たちと戦ったのは人王ゲーティアだったけど……。確かに、“72(はしら)の魔神”が“魔神柱”になったタイミングは、多分そこよね」

「そうだ。(ゆえ)にここで、ロード・エルメロイ二世に(なら)おう。Whydunit(ホワイダニット)だ」

 

 ———何故、(はしら)の姿を取る必要があったのか———

 

「そりゃあ、アイツらの目的のためでしょう? 

 ———確か『最初は地球の始まりに飛びたかった』って言ってたんだっけ。そのために必要だったんじゃないの?」

「それはどういう原理の魔術理論だ?」

「知らないわよ、アンタじゃないんだし。……大方(おおかた)、ロケットにでもなりたかったんじゃないの?」

「……やはり腐っても精霊か。こういった時のお前の(かん)には素晴らしいものがある」

「何ソレ。喧嘩売ってんの?」

「まさか、単純に()めているんだ。7割方正解に近い。素晴らしい精度の直感だと」

 

 ヒナコと向き合うデイビット。彼らを少し後ろから見ていたソロモンは、ふと、そのずっと向こうに藤丸立香とモルガンを見た。彼らもまた、少しばかり話し込んでいる。

 ソロモンは笑った。結末がどうであれ、それはそれで良いだろうと思ったからだ。

「みんな頼んだよ」と声に出す。今まさに愛と希望の物語を歩んでいる、彼らを100%信用したのだ。

 

 キリシュタリアは藤丸立香を見据(みす)えている。

 デイビットは、よって来たAチームの面々に、敵の目的を説明していた。

 

「もう一つの疑問も(まと)めて考えるんだ、(あくた)。カドックも、オフェリアもな。

『何故、空想樹の形は魔神柱と似て、(はしら)のカタチをしているのか』そして『何故、空想樹の中には銀河があるのか』。

 さっきの(あくた)の直感と(あわ)せて、この形態に(ひそ)む意味を考える事だ」

「……ッ、だあああぁぁぁッ!! もう! 

 ちゃっちゃと答えを言いなさい! 道筋(みちすじ)を私たちに考えさせるのは後でいいから、アンタの答えを言いなさい。

 納得はいらないわ、信じてるもの」

「そう……か。分かった。

 まぁ、あくまでオレの推論だが———」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 巨大化したサンサーラ・カーマ。彼女は、カルデアから少しずつ距離をとっていっている。そんなカーマの(てのひら)の上で、立香はモルガンと向き合っていた。

 

「……どうやら、気づかれたっぽいね」

「関係ありません。我らの計画は、最早(もはや)彼らには止められませんから」

「『7つの異聞帯をみんな宇宙に打ち上げる計画』、その最終段階。

 ここまで強度が上がった特異点なら、異世界と言っても過言(かごん)じゃない」

 

『異聞帯の過去にレイシフトして、その歴史を書き換えることで特異点とする』。このプロセスを()んだかつての妖精國は、汎人類史に住人を移住させる事が可能なほどに強固な特異点となった。

 ———ならば、7つの異聞帯の全てを同じやり方で汎人類史の特異点とすれば、空想樹がなくなっても住人たちは消えずにすむ。

 

 ———移住先の地球人との不和? そんなもの、(そら)に飛び立ってしまえば良い。

 ツングースカ・サンクチュアリが飛び立つことに、当時、新所長やシオンたちは反対しなかった。つまり現実的な確率で、それは成功するって事だから。

 

「この計画の最初にして最大の難所は、異聞帯の人たちに住んでもらう土地と、それを打ち上げる発射台をどうやって用意するのか、だったね。

 結局、カルデアスと交渉する事を思いついたのは、君とコヤンスカヤだったっけ」

「私ほどの魔術師ともなれば、空想樹を一目見ただけでその設計思想を看破(かんぱ)する事など容易(たやす)い。

 ———アレらは、望遠鏡であり発射台、(べつ)の銀河を(うつ)し、そこへ向けて人理の終着点を発射するための射出装置。7つの空想樹のそれぞれが別々の銀河を写していたのは、飛び出したそれらが着地地点の銀河でバッティングしないようにする(ため)でしょう」

 

 

 ———そうだ。人類史の終着点は、二種類。

『自分たち、今を生きる霊長が(そら)へと飛び立ち、宇宙文明の始まりとする』か、『アーキタイプ、(すなわ)ち次なる霊長を(そら)へと打ち上げ、その誕生をもって人類史の引き継ぎとする』か。二つに一つだ。

 そして、そのどちらにおいても、必ず発射台が必要になる。

 

 逆に言えば、人理を打ち上げる為の発射台がある以上、その並行世界は本当の意味では終わらない。“人理を達成するための最後のピース”がある並行世界を、剪定(せんてい)できる(わけ)がないのだから。

 

 だからこそ、空想樹を伐採(ばっさい)された異聞帯は消滅する。それは、人理の失敗と同義であるがゆえに。

 

 藤丸立香はこの事を、モルガンたちから聞かされていた。そしてビーストになって、ムーンドバイでの出来事を思い出して確信に(いた)った。

 

 ———不可逆廃棄孔(はいきこう):イド。

 その中で立香の精神の中に()くったカリオストロ伯爵は、最後の最後にどのような姿になったのだったか。

 ———そうだ。アイツの姿は確かに、魔神柱とよく似ていた。

 

 そしてあの、魔神柱にも似た形態(けいたい)となったカリオストロ伯爵は、自分自身を何と名乗っていたか。藤丸立香は、今もまだ覚えている。

 

 ——————“星の海を渡る者”。

 

 そうだ、魔神柱のカタチ。あの柱の形状は、(そら)へと飛び立つためのカタチなのだ。

 

 

「……地球白紙化が解除された。モルガン、そろそろだね」

 

 モルガンを正面から見て、立香はその言葉を続ける。

 

「行ってあげて、妖精國のみんなの元へ。これから大航海が始まるんだ。リーダーは必要でしょ」

「我が夫、あなたは……」

「オレは、汎人類史のビーストだからね。このテクスチャから離れられない。でもモルガンは違う。モルガンは、汎人類史の上で起動した大聖杯によって異聞帯の中で召喚されたサーヴァント。汎人類史に依存するサーヴァントでも、異聞帯の土地に召喚されたサーヴァントでもない。

 大聖杯によって呼ばれたサーヴァントは、大聖杯がない場所でも———(そら)(のぼ)っても活動できるだろう。

 ———ここでお別れだ、モルガン」

 

『ピピッ』という電子音に似たコールと共に、ムネーモシュネーから通信が届いた。半透明のウィンドウが開いて、彼女の顔が映し出される。

 

『カルデアスの説得、(およ)び異聞帯に(ぞく)する全ての人員配置、完了しました。これより最終フェーズ:『人理完遂』、カルデアス発射シークエンスに移行します。

 マスター藤丸、これまでありがとうございました。王妃モルガン、参りましょう』

 

 ……モルガンは(こた)えない。

 黙りこみ、立香を見て、(うつむ)いた。

 

 立香は大きく笑って、モルガンに語りかけた。

 

「———あの日、6000年ぶりに目覚めた日。オレが一番欲しかった言葉を君がくれた。覚えてる? モルガン」

 

 顔を上げたモルガンの目を、真正面から見る。

 

「この“やり直し現象”で、オレは汎人類史の一員じゃなくなった。オレがいなくても世界は回るし。オレがいない方が、カルデアは良くなる。

 ———逃げ出したくなる足を支える訓練とか、心を透明にする練習とか。

 いつ異聞帯や特異点に突入することになってもいいように、万全のコンディションを維持しておく努力とか。いつでも動ける肉体を作っておく修行(しゅぎょう)とか。そういうものがぜんぶ、はじめから()らなかったことになったけど。

 それでも残るものはあったんだって事を、君が教えてくれたから」

 

 いつかの目覚めの日と逆に、今度は立香の方からモルガンの手を引いて、彼女をゆっくりと振り返らせる。

 

「地球の人類史に、オレの存在は必要ではなくなったけど……。

 今のモルガンの心の中に、オレが土台になっている部分が少しでもあるっていうのなら、それで()かったって思えたから。

 だから———ここでお別れだよ。モルガン」

「そんな……あなた、だってッ!」

 

 モルガンは、自分の手を引く藤丸の腕を(つか)み、おさえた。

 

「あなたの居ない世界に、あなたの居ない玉座(ぎょくざ)にッ! 

 あなたと歩めない(ソラ)の旅路に……何の意味があるのですかッ」

「『空想樹を育ててカルデアと敵対する役割』を与えられたから、オレはモルガンと結婚した。

 言い方を(つくろ)わなければ、オレたちの結婚は政略結婚そのものだったけど。

 ———それでもオレにとって、モルガンとの結婚生活は()()えのない時間だった。

 君との毎日は、とても楽しかった」

 

 立香は、そうやって(つか)むモルガンの指をゆっくりと()がしながら、ちょっとだけ笑う。

 

「まあ、いつもオレはおんぶに()っこで……王様として、何も出来なかったけど。

 最後くらいは、サーヴァントとしてくらいは、役割を果たさせてほしい。

『今を生きる人たちにバトンを渡す』という、役割を———」

「あなたさえ()ればッ! 地球なんて、妖精國なんて……滅びてしまっても良()()()のに———

 

「でも、今はそうじゃない。でしょ?」

 

「だって今は……民がいるから。

 …………でもッ! 

 ()()()()()()()()()()()、あなたと一緒の冬がいいのです。

 どれほど冷たい冬の吹雪(ふぶき)も、あなたと一緒にいるだけで、私はずっと———」

 

「大丈夫だよ、モルガン。

 今、君は自分から、『これからが春だ』と言ってくれたから。オレ一人があげられる熱には限度があるって、本当は気づいてるんだろ? オレ一人分じゃ、よくいってカイロくらいかもだ。

 ———本物の春の到来を、君の本能が予感してるんだろう? 

 救世主としてブリテンを、そこに住む妖精や人々を純粋に救いたいと思っていた君は……。

 とても長い冬の旅を()てやっと、春にたどり着いたんだろう? 

 だったら満喫しないと。

 これからが、———人生で一番楽しいんだから」

 

 目を見開(みひら)いて黙るモルガンの手を、立香は最後にギュッと握った。

 

「大丈夫だよ、モルガン。オレはみんなに助けられてここに()る。いろんな人たちに手伝って(もら)ったから、この結末を手繰(たぐ)()せる事ができた。

 ———人理を達成してはじめて、並行世界論はオレたちの歴史を『有意義なものだった』と認識する。編纂(へんさん)事象として記録される。

 やっとここまで来れたんだ。あと少し……あと少しで、あの人たちに“未来”と“意味”をあげられる。これからの航海が、どれほど危険に満ちたものであったとしても。それでも……、逃げるように飛び出したのではなく、祝福されながら旅立ったのだと振り返る事ができるように、送り出してあげられる」

 

 立香はキアラにバトンタッチする。それからカルデアをスゥッと見据(みす)えた。

 

「キアラ、後はお願いね。オレはここでやる事があるから」

「ええ。そう長くはない時間でしたが、幾分(いくぶん)か楽しめましたわ。(わたくし)は王妃様をお連れいたしましょう。

 存分(ぞんぶん)にケンカなさってくださいませね」

 

 立香の背後で『キーン』という、澄んだ金属を打ちつけたような音がした。

 単独顕現スキル発動時の効果音に背中を押されて、立香は思いっきりジャンプする。ぐんぐんと跳び上がり、その軌道(きどう)が地面と平行になったころ、正面から(あお)いビームが飛んできた。

 星の光をそのまま抽出したような、(あお)いビーム。キリシュタリアの放つ星光(せいこう)の魔力砲が2本・3本と、立香のジャンプ軌道に()り注ぐ。

 そのビームを立香は、呼び出した盾で防ぎながら突っ込んでいく。

 やがてビームが途切(とぎ)れた時、立香が盾を正面から外すと、その向こうからキリシュタリアが(こぶし)を握って飛んできていた。立香も盾を振りかぶり、その先端を叩きつける。

 

 ———盾と(こぶし)が、ぶつかった。

 

 お互いに弾かれ、空中の足場に着地する。キリシュタリアは魔力を固めて足場にし、立香は偏在(へんざい)するサンサーラ・カーマの炎の身体(からだ)を足場としている。

 

 キリシュタリアが真面目な顔で聴いてきた。

 

「藤丸立香、なぜ殴りかかって来たんだい? そのまま逃げ回っていたら君たちの勝ちだっただろうに」

「そんなの、貴方(あなた)だって分かっている(はず)だ」

 

 キリシュタリアは「むっ」と(うな)って、それから「おほん」と空咳(からせき)を打った。空中の足場に立ったまま、目元をキリッとさせて口を開いた。

 

「君は“様式美”という言葉を知らないのかい? こういう時は、お互いに分かっていてもキチンと理由を説明するものだよ」

「……はい?」

「———むっ。そうだな、どう説明すべきだろうか。えっと……“様式美”というのはだね———」

「いや、“様式美”は知ってます」

「そうなのかい? それは良かった。……でも妙だな、様式美を知っているのに、私の問いかけに理由を説明しないなんて。

 ———もしや、私の知らない特殊ルールがあるのでは?」

 

「えっ……と…………」

 

 立香は言葉に()まった。

 キリシュタリアってこんなに様式美にこだわる人だったのか? と、頭の中に疑問符が浮かぶ。

 ……いや、まぁ。こちらとしても、ここで殴りあっていられるなら計画の失敗も遠ざかるワケだし……。などと思いながら、とりあえずテンションだけ合わせて、彼のノリにチューニングした。

 

「オレがこうやって出て来たのは、貴方(あなた)との決着をつけるためだ。

 確かにこのまま、カルデアスの発射まで逃げおおせれば、異聞帯の存続は(かな)う。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 オレは異聞帯の王になって、その運営に(たずさ)わってはじめて、オレ自身が魔術協会の世界観を否定していた事に気付いたから」

 

 立香が話しだしたのを見て、キリシュタリアはちょっと嬉しそうな顔をした。

 

「そうだろうとも、藤丸立香。我らカルデアは、君の(つく)り上げた異聞帯を冒険してきた。当然、そこにはどうしても、(つく)り手の(おも)いが反映される部分が存在する。

 ———君の想い、君の願い。君の理想とする世界の金型を拝見(はいけん)して、私は、君とは相容(あいい)れない事を知った」

 

 キリシュタリアは、こちらを真っ直ぐに見つめていた。

 

「だから私は文字通り、ここまで飛び出して来たんだ。君は必ず、完璧な勝利に(こだわ)るだろうと。君自身が胸を張って、彼らを送り出すために。“人類愛”と戦うだろう、と」

 

 キリシュタリアは「違うかい?」と問いかけてくる。

 

「違わない」と言い返す。

「オレは……この世界のあり方に反発した。“弱肉強食”———競争によって世界は豊かになり、人類史は強くなるんだという……この世界のあり方に」

 

 ———“能力主義”、と言ってもいいかもしれない。『この世界に貢献(こうけん)して価値を示した者』にはより多くの(とみ)名声(めいせい)、そして地位が与えられる。逆に、『自らの価値を世界に示せなかった者』からは(とみ)も、周囲からの応援の声も、何も与えられない。

 

「この星の人理は、これを並行世界単位でやっている。強い人類史は生き残り、弱い人類史は淘汰(とうた)されるんだ、って。———確かに、人理という指標(しひょう)から見れば、異聞帯の歴史は負けたんだろう。でもだからといって、異聞帯の歴史が弱かったのかと言われれば……それは———」

 

 弱くない。弱いだなんてあり()ない。

 それは、7つの異聞帯全ての最後を見届けた、藤丸立香が断言できる数少ないものの一つだ。

 

「『競争するから人は強くなるんだ』っていう考え方は、正しいとオレも思う。でも最近、それは正しいだけなんじゃないかって思うようになった。正しいだけで……強くない。

 もし本当に“強い人類史”が生き残るなら……。正しくはなくても、強い人類史であれば生き残れる世界であるというのなら、オレはあの人たちに生きていて欲しいと強く願った。

 ———だからそれを証明する。

 汎人類史に()(こう)から喧嘩(けんか)をしかけて、人理の最終目的だけを(かす)め取って……、彼らをこの星から送り出し、新しい人理の(いしずえ)とする」

 

 立香は盾を(かま)えて、キリシュタリアに左の(こぶし)を突き出した。

 

「———“人類史の成果”は、異聞連合が(いただ)いた。人理の到達点は彼らのものになった。

 6000年間一度も戦争をしなかった異聞帯の代表として、競争の人類史の代表者たる、カルデアのマスターに勝利宣言をする。

『“強い人類史”とは、地獄のような競争に勝ち抜いてきた者たちの歴史ではなく、(みな)一丸(いちがん)となって助け合った者たちの歴史の事をいう』のだと、オレは今、確信したから」

 

 キリシュタリアは右手を(こぶし)の形にしたまま、左手に杖を呼び出した。ステッキほどの長さの杖の先端に星の光を収束(しゅうそく)させて、立香の戦意を受け止める。

 

「あらゆる地獄を()()えてきた汎人類史の代表として、君の言葉を受け取ろう。

 人は競争によって(もっと)も効率的に強くなる。もう先の無いこの星の人理を、残された時間の(うち)完遂(かんすい)するために必要なのは、徹底的(てっていてき)な生存競争なのだと———我々の歴史が証明している」

 

 キリシュタリアは右手の(こぶし)を、腰だめに(かま)えた。

 

「最後に勝つのは汎人類史だ。その思いだけは負けられない。

 それに、時計塔では護身術は必修科目なんだ。たとえビーストといえど、生前準拠(じゅんきょ)の肉体性能しか持たない君には、肉弾戦だって負けてあげられないよ」

 

 立香はキリシュタリアから意識を()らさないままに、他のマスターを確認した。……何人かいない。カルデアスを発射する空想樹を探しに行ったらしい。でも、この時のためにミクトランを空想樹だらけにした。だから足留(あしど)めは必要なかった。どうせ———もう間に合わないのだから。

 

 盾を(かま)える。大きな、十字のシルエットの盾を。

 キリシュタリアが眉をひそめた。

 

「それにしても、ビーストとなった君の宝具が“人理の盾”とは……。なるほど、“召喚器としての円卓”はカルデアのマスターだった者の象徴でもある(わけ)だ」

 

 キリシュタリアの言い方に、立香はどこか懐かしさを感じた。

 

「これはオレの持ち物であって、宝具じゃありません。真名解放ができませんから。

 それに中身は別物ですよ。これの素材は、妖精國にあった異聞連合の円卓です。だから汎人類史の英霊の召喚には使えません。

 外見がマシュの盾と同じなのは、あれを持って戦った事があったからでしょう」

 

 立香は自分の持つ盾を見た。この盾の外見だけが、自分がかつてカルデアのマスターだった事を示す唯一の証拠となってしまった。

 

「でも今のオレは、異聞帯のマスターだ。この意地(いじ)の張り合いで貴方(あなた)を倒す。そうすれば、少しは納得できると思うから」

 

 キリシュタリアの杖から星光のビームが放たれる。立香は盾で()らしながら前に出る。立香は盾をブーメラン状に回転させ、キリシュタリアに投げつけた。

 キリシュタリアが()び上がる。立香は、フリーになった右手で照準を合わせた。

 

 ———ガンド。

 4,5発を雑に撃ちこんで牽制(けんせい)しながら、ジャンプしてキリシュタリアの上を取って、盾を空中から呼び出しながら打ち付けた。

 

 殴り飛ばされて、甲板(かんぱん)に着地するキリシュタリア。カーマの(てのひら)に押し出されながら追撃する立香。

 立香が甲板(かんぱん)に着地した瞬間、その勢いのままに盾を投げる。ギュインと縦回転しながら、回転する盾の(ふち)甲板(かんぱん)を削りながら、“異聞の盾”はキリシュタリアに猛スピードで突っ込んでいく。

 

 キリシュタリアがステップを踏んだ。横に跳び、盾を(かわ)す。

 撃ち出した(あお)の光線は、走り始めた藤丸のすぐ後ろに着弾した。

 

 藤丸が走ってくる。

 二発目の光線を撃ち出すには距離が足りない。照準を付けずに乱射してもいいが、それだと彼を止められない。

 ———ならば(こぶし)で迎え撃つ。

 

 左足を大きく前に出し、右手を大きく振りかぶる。藤丸が近づいてくるのに合わせて(こぶし)を打ち出そうと———

 

「キリシュタリアッ!」

 

 カドックの声に我に返る。その瞬間、今まで気づかなかった音に気づいた。ガリガリという、甲板(かんぱん)の床を削る音。

 

「——————ッ!!」

 

 攻撃をキャンセルして横に跳びのく。前回りの要領で受け身を取ったキリシュタリアは、自分がさっきまでいた場所を回転した盾が()()()()()()()()()()()のを見た。

 

「……なるほど。投げた盾にバックスピンをかけることで、後ろから私を襲うように細工したのか」

 

 正面からやってきた盾をキャッチした藤丸が()れたように、少し微笑(ほほえ)んだ。

 

「カルデアスの発射台を探しに、機動力のあるペペロン伯爵と事象に干渉できるオフェリアさんが向かった。

 それに貴方(あなた)は一対一に応じてくれたから、やりようによっては一撃を入れられるかもと思ったけど……」

 

 

 ———その先を、立香は口にできなかった。

 

 今まで(しゃべ)っていた事を忘れて、ただ、立香は(そら)を見上げていた。

 

 ———地球白紙化が解けてから(しばら)くたった現在、空は暗く、夜の闇に(おお)われている。

 立香は、自分の正面に立つキリシュタリアの後ろの空に、強い光を認識していた。

 

 それはまるで、強く輝く大きな星から長い尻尾が伸びているような、巨大な彗星。……いや、『巨大』というのは立香から見て巨大という事だから、つまり、とても近くにある彗星ということだ。

 

 キリシュタリアの真後ろ、視界の真ん中に、まるで絵の主題であるかのように真っ白に輝く(ほうき)(ぼし)が、ゆっくりと……移動している。少しずつ(ひく)く、低く、低く。

 

「———捕食遊星、ヴェルバー……」

 

 無意識にキリシュタリアから距離を取り、甲板(かんぱん)の先端まで退がってからもう一度空を見る。

 ……やっぱり、(ほうき)(ぼし)はそこに存在していた。

 

「そんなッ、まだ新年にもなってないのに……。来るのが早すぎる」

 

 ピクッと、キリシュタリアの眉が上がった。そして彼は振り返る。

 

「なるほど。アレが、君が過去をやり直した本当の理由なんだね。

 ———“収穫の星・ハーヴェストスター”。“涙する目”のように見える、人類史の簒奪者(さんだつしゃ)

 

 キリシュタリアは背を向けたまま顔だけをこっちに向けて、フッとわらった。

 

「ようやく知れた気がするよ、君をね。

 確かに君の案は魔術協会の方針に反する。私を含めた協会出身の人間なら、君の立場では『異聞帯による競争』を選択するだろう。

 どこの異聞帯が(もっと)も早く空想樹を育てきれるのか。どこの異聞帯が(もっと)も強いのか。———そうやって勝ち残った“たった一つ”にのみ、人類史をかけて“滅び”に対処する権利が与えられる、と」

 

 彼は、近よる立香を見て「うん」と一つ(うなず)いた。

 

「君の策はここに()った、という事だね。この状況では、我々は協力して事にあたるほかない。

 地球を白紙化し、汎人類史と敵対し、我らカルデアと戦いながら、ヴェルバーに対しての一手を準備する。

 なるほど———未来視を持つサーヴァント達が、皆そろって口をつぐむ(わけ)だ」

 

 彼は正面———遊星に視線を戻しながら「(ゆえ)に、まずは敗北を認めよう」と口にした。

 

「我らカルデアはこれより、君たち異聞連合と一時的な休戦に入る。

『協力か競争か』という思想の戦いは———君の勝ちだ」

 

 そうしてキリシュタリアは、周囲に残っていたマスター・サーヴァントたちに通達した。異聞連合と休戦すること、その期間は地球へと降り注ぐ脅威を排除し切るまでである事。

 そして最後に———

 

「王、ソロモン。知っていましたね」と問いかけた。

 

 甲板(かんぱん)の入り口、ドアの付近に立っていたソロモンは「いやぁ〜」と笑った。

 

「そりゃ、ここまで来ると(わか)るかぁ。

 ボクが未来を()られるようになったのは、この姿になってからなんだけどね」

 

 そう言うとソロモンは、今までのふわっとした笑顔を消した。

 

「けど、まだだよ」

 

 

 ———瞬間、世界が震えた。『ドンッ!』という空気の爆発音を聞いて、立香とキリシュタリアは周囲を見渡した。

 キリシュタリアの真後ろ。甲板(かんぱん)の上で立ち()(あか)い魔力。それは、ただ一騎のサーヴァントから発せられていた。

 

「アルクェイド!?」というキリシュタリアの声を聞いて、立香も目を()らす。

 

 ———どういう事だ。

 ヴェルバーの彗星がやって来たのは、白紙化が解かれてから———つまり地球の時間が対外的に動き出してから、丸3日たった夜の事だ。ネモサンタたちの話では、朱い月によるアーキタイプ:アースの乗っ取りはさらにその後、ヴェルバーの先兵によって人類が疲弊(ひへい)した後の事らしかった。

 こんな……こんな。二つの災厄が同時に動き出すなんて……。

 

「違うッ、カルデアに推理されたんだ! 地球白紙化が解かれた後で、オレたちが(そら)へと飛び立つ準備をしていることがカルデアのみんなからアルクェイドさん経由(けいゆ)で伝わったのだとしたら……!」

 

 そうであれば、ヴェルバーよりも先に朱い月が介入してきた事の説明がつく。

 

「打ち上げさせないつもりか!? カルデアスを……」

 

 立香の左隣。キリシュタリアが眉間(みけん)にシワをつけて、一瞬だけ立香に視線をよこした。

 

「———そうか、“ヴェルバー”に“朱い月”。君が“やり直し”を行った(しん)の理由の———さらに先。それは『異聞帯を(そら)に発射させる事そのもの』だった(わけ)だ。アレらがこの星に来る前に異聞帯を(そら)に打ち上げることで、もって人理の答えとする……か」

 

 

 前を向く。

 

 ———そこには、長い金髪の女性が浮いていた。

 青いプリーツの白いドレス、朱い瞳。特徴はアーキタイプ:アースと全く同じ。だが、左目だけが痙攣(けいれん)し、左(ほほ)だけが引き()っている。

 

 立香は咄嗟(とっさ)に、彼女を呼んだ。

 

「——————ッ! マシュ!!」

 

 そして、走り出す。

 

 周囲に目線をはしらせると、カルデアのサーヴァントたちもそれぞれに動き出したのが見えた。

 視線を切って前を向き、走り、()んで、盾を(かま)える。

 

 そして世界は真っ白になった。

 

 

 

 

 ———立香が目を開けると、一面の夜空が見えた。

 

 どうやら、倒れていたらしい。

 手をついて立ち上がる……時に下を見ると、そこは全部海だった。

 ———海の上に、いた。

 

 周りを見る。

 さっきの攻撃の影響か、周囲一帯(いったい)が水蒸気に(おお)われていてよく見えない。……でも、上空だけはよく見えた。

 

 アーキタイプ:アース……の中に巣食(すく)う、何か。

 見つけた立香は身構えたが、ソレは動かないままだった。

 

 時間が止まったような錯覚の中でずっと動けないまま固まっていると、ついに、水蒸気が晴れていく。

 カルデアの戦艦は……ない。けれど、(ひら)けた視界に何人かが存在している。

 キリシュタリア、マシュ、アルトリア、太公望。立香の隣にはカーマとドラコー、そして、目の前に———

 

「全く———アクシデントには事欠(ことか)かないな、お前は」

 

 褐色(かっしょく)で、長い金髪の男がいた。

 

「ビーストがカルデアに倒されるという事は、つまりこういう事だろう? なぁ、終局の(なな)よ」

 

 立香は、彼に向かってゆっくりと歩く。海の上を、硬い床があるように確かな足取りで、ゆっくりと。

 正面の男を見る。

 褐色(かっしょく)の肌、硬そうで長い金髪。そして———

 

 立香がそこまで行くと、彼は振り返って立香と目を合わせた。

 その人が誰か、確信を持って立香は、その者の名を口に出す。

 

「—————人王、ゲーティア」

 

 

 

 

 

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