第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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 たとえ……滅ぼされるべき歴史であったのだとしても。
 ———最後の最後まで、生きていて欲しいと願ったひと。


第二話:最後の最後まで、生きていて欲しいと願ったひとへ

 

 

 

「汝、剪定(せんてい)の言霊を纏う七天。

 敗れ、認め、(はん)じたまえ。この異聞の護り手よ———!」

 

 藤丸立香の詠唱と共に、石板から光が溢れ出す。

 渦巻く魔力が飽和して、嵐のように舞い踊る。

 

 ……やがて、藤丸立香の背中からコヤンスカヤの手のひらが退くと、()いだ魔力の中心に、少女が一人立っていた。

 魔力が落ち着く。少女の(まと)うリボンとマントが、ゆっくりゆっくり静まっていく。

 

 金髪の少女は手に持つ杖をトンッとついて、自らを()かし名乗りを上げた。

 

「はじめまして。

 私はキャスター、トネリコです。

 

 ——————召喚に応じ、参上しました」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ブリテン島が夜になった。

 降り注ぐような星空の下、焚き火が一つ。

 

 藤丸立香は召喚で疲れたのか、寝袋の中で丸まっている。

 そんな藤丸を横目に、コヤンスカヤとトネリコがそれぞれに、切り株に腰掛けていた。

 トネリコは、目の前で焚き火の世話をするコヤンスカヤを見る。ベージュのコートを来てウエストのところをベルトで絞って、(すそ)を手でおさえながら火に薪をくべていた。

 

 そうやってコヤンスカヤを観察していると———彼女の声が、静寂を切って飛び込んできた。

 

「マスターを信用できないとおっしゃるのなら———どうぞ、彼の記憶をお覗きなさいな?」

「…………なにを、言うのですか」

「信用は大事ですわよ。特にこれから、何かを()そうというのなら」

 

 肩に担ぐように立てかけた杖を握る手に、力がこもる。

 

「そこまで(わか)っているのなら、どうして私を放置しているのですか?」

「これは異なことを。貴女(あなた)はマスターのサーヴァント、(わたくし)も彼のサーヴァント。

 同胞に手をかける理由があって?」

「“同胞”……と呼ぶのですか。あなたのマスターを殺そうとしている者に対して」

「…………まどろっこしい、ですわね。

 考えていることを、そのまま口になさっては如何(いかが)?」

 

 コヤンスカヤの()がトネリコを射抜く。

 

 トネリコとしては、特に躊躇(ちゅうちょ)している訳ではなかった。最初に考えていたのは、マスターの記憶を覗いて状況を把握しよう、というくらいのものだった。

 

 サーヴァントとして召喚されてみれば、ブリテン島は滅んでいたのだ。生命反応はまだ幾許(いくばく)か有る。とはいえ、もはやこの島は歴史を持てるほどのものではなくなっていた。

 かつて“救世主”と呼ばれた存在としては『滅びたブリテンでなぜ自分を召喚したのか』というのは知っておきたいところだった。

 だからトネリコはマスターである彼の記憶を覗きたかったし、上手くいけば、何がしかの手掛かりは見つかるのでは、とも思っていた。

 

 ———だが、彼の側にはコヤンスカヤがいる。

 

 “記憶を覗く”という行為は、術者(トネリコ)の方にもかなり大きな(すき)ができる。そのような大きな(すき)を、みすみす逃すなんて事は期待できない。

 なのでしばらくは様子見に徹して……と、考えていたのだが。

 

 そのコヤンスカヤといえば、現在も薪を片手に火の様子を眺めているのだ。

 

「何故、貴女(あなた)は彼に味方するのですか」

 

 気がつくと、そのような事を口走っていた。

 

「『何故』とは?」

貴女(あなた)はビーストでしょう? それくらいは(わか)ります」

「ええ。ですが(わたくし)は、ビーストではありません」

「それも(わか)ります。ビーストの器でありながら、そうはならなかった人類悪。

 ———ビーストの座を捨てるほどの価値が、その男にあるのですか」

 

 ……ふと、気づいた。

 コヤンスカヤは(わら)っていた。両頬を吊り上げ、眼球を真っ黒く染めて。瞳孔は、金色に輝いている。

 

「地の底に落ちていく敗者の鳴き声は、これ以上ないスパイスでしょう?」

 

 彼女は口に手をやって瞬きを一つ、邪悪な笑みをその内に隠して、真っ直ぐにトネリコと向き合った。

 

「……失礼。つい笑みが()れてしまいましたわ」  

 

 オホンと、わざとらしい咳払い。

 コヤンスカヤの演技から目を背けて、トネリコは今日、マスターとなった少年を見た。

 

 ———別に、殺してしまってもよかったのだ。

 ヒトの記憶は肉体に宿る。もっと言うと、脳が記録している。……当たり前といえば当たり前だが。

 だから記憶を覗くには、彼の脳さえあればいい。

 (くび)を切り落とし、頭を抱えて即座に離脱。コヤンスカヤから離れたところでゆっくりと記憶を覗く、という手段もあった。

 ……けれど、今。そうできないでいる。何故か? 

 

 トネリコは、コヤンスカヤを見返した。

 

「理解しました。()()()()()()()()()()()()()貴女(あなた)の趣味ということですね」

 

 それはマスターとなった少年が、ボロボロの状態であるからだ。

 トネリコの視線を追って、コヤンスカヤも彼を見る。その表情は、トネリコが思っていたよりも穏やかだった。

 

「まさかまさか。確かに(わたくし)、人間を(いじ)めるのが趣味と公言して(はばか)らないウサギではありますが……そこはそれ。彼に関しては別ですわ」

 

 コヤンスカヤが居住いを正した。

 

(わたくし)が彼と共にいる理由はケモノのプライド。『受けた恩は恩で返す』という野生の掟。

 (わたくし)に端を発する傷は、彼の体には一つたりとも———ええ、一つたりともございませんわ」

 

 意味が、わからなかった。

 

「狙って付けたのでないのなら、どうやってそれ程の傷を……いえ。

 ———()()()()()()、何故生きているのですか」

 

 彼の肉体は『傷がないところはない』くらいにボロボロだった。

 例えるならば、“惨殺された死体”。召喚されてから半日が経過した今になっても、気を抜くと“寝袋に押し込められた死体”だと()(まが)うことがある程に。

 

 ……ゾンビではない、幽霊でもない。明らかに生身の人間が致命傷を受けてなお動いている様は、言いようのない恐怖をトネリコに与える程のものだったのだ。

 

「そうでしょうとも」とコヤンスカヤが相槌を打つ。「ですが———」と、ドヤ顔で微笑んだ。

 

「彼は九度(くど)、世界を救った大英雄。この世界の異聞帯を六つ踏破した風雲(ふううん)()

 ———これくらいの傷で死ぬほど、(ヤワ)な男ではございませんわ」

 

 トネリコは眉をひそめる。

『九度世界を救った』……なるほど。それであれば、この少年の傷の多さも納得というもの。

 だが、そうであるならば。

 

「そうで有るならば、なぜ彼は()()()()()()()のですか。

 一呼吸ごとに肺胞(はいほう)が壊死と再生を繰り返し、全身の皮膚が常に激痛を訴えているのでしょう? 

 貴女(あなた)の中に、彼に対する情が少しでもあると言うのなら、殺してあげるべきなのでは?」

「見解の相違ですわね。彼が恩人だからこそ、です」

 

 コヤンスカヤは「()類婚姻譚(るいこんいんたん)などご存じ?」と聞いてきた。

 トネリコとしては勿論、知っている。冬木の大聖杯を使って召喚されたのだ。現代の知識はそこから得ている。

 

「知っています。セルキーやメリュジーヌのような伝説でしょう?」

 

「ええ、ならば———」と、コヤンスカヤは手を伸ばして藤丸の頭に触れる。髪の毛の上から手をおいて、その感触を楽しむように目を閉じた。

 

「ならばお分かりでしょう? 数多(あまた)のケモノが『人間の作った婚姻というシステムを利用してまで』人間のそばに居続けようとするのと同じコト。

 (わたくし)は『人間の作った医療という技術を悪用してまで』彼を生かし続けるのです」

 

 彼女はわすがに指を曲げて、藤丸の髪をすくようにサラリサラリと動かした。

 

(わたくし)はケモノのプライドにかけてマスターの最期を見届けますわ。けれどそれは今ではない。

 マスターの心が折れぬ限り、立ち上がる事をやめない限り。(わたくし)はそれに応えましょう。

『受けた恩は必ず返す』

 ———返しきるまで、死んでもらう(わけ)にはまいりませんもの」

 

 彼女がトネリコのことを流し見る。

 トネリコはやっと、彼女の立ち位置が分かった気がした。

 

貴女(あなた)の言う“恩”を返し終えるのは、どれくらい先のことなのですか?」

「さて……いつになりますやら。こう見えて借りの多い身ですから」

 

 藤丸の頭から手を離したコヤンスカヤは立ち上がり、トネリコに背を向けた。

 

「では、(わたくし)は向こうで毛繕(けづくろ)いでもしてきましょうか。興味がお有りなら、マスターの記憶をお覗きなさいな」

 

 コヤンスカヤの、第一声と同じ言葉。

 けれどあの時とは、意味が違って聞こえる言葉。

 

「ええ。そうさせてもらいます」

 

 トネリコも立ち上がった。焚き火の反対側で寝ているマスターの枕元まで行くためだ。

 コヤンスカヤが去るのを見ながら焚き火を迂回していると———彼女が止まった。顔だけを少し振り返る形でこちらに視線を飛ばした彼女は、口を開いた。

 

「———ああそれと。お気を付けあそばせ。

 彼の記憶を見たが最後、貴女(あなた)はもう戻れなくなりますわよ。

 幸い、時間はまだまだありますので。ゆーっくりとお考えの上でご決断下さいませ。

 

 ———記憶を覗き、我々に協力することしか出来なくなるか。覗くのをやめ、今日と同じ明日を享受(きょうじゅ)するか。

 

 (わたくし)が提案する“究極の二択”。マスターへのご報告もまだですので、後は貴女(あなた)の胸三寸。

 ———悔いのない選択を、期待しておりますわ」

 

 

 

 焚き火の向こう、藤丸立香の枕元。

 時々顔をしかめながらも、静かに眠る少年を見下ろす。

 

 彼の置かれた状況については、トネリコの中でもいくつかの仮説が立っている。彼の記憶を覗いても呪われることはないだろう、とも。

 むしろ呪いであるならば、いくらでも対処できる自信があった。

 

 だからきっとそうではない、とトネリコは思う。

 ———きっと、彼の中に眠る記憶は、トネリコにとっても大切なモノになるはずだ。きっとそこにある記憶(しんじつ)は、自分ではない自分の物語なのだろう。

 

 トネリコはしゃがみ、意を決して頭に触れる。

 そして一思いに、その記憶を覗き見た。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 コヤンスカヤが“毛繕い(さんぽ)”から戻った時には、彼女の目的は既に達成された後だった。

 

 トネリコは地面に正座して、マスターを膝枕しているのだ。彼女がどちらを選択したのかなど、火を見るよりも明らかだった。

 コヤンスカヤが近づいて来るのに気づいたらしいトネリコが、恨みがましく目を細めた。

 

「ずいぶんと面倒な呪いを、仕込んだものですね」

 

 つい、笑ってしまうコヤンスカヤだった。

 

「“最強の呪い”とは、呪われた者がそれに気づいてなお『呪われていたい』と願うもの———

 (わたくし)の自論でございます♡」

 

 ———倒錯的でクセになるでしょう? 

 

 コヤンスカヤが言葉を()えると、トネリコはますます嫌そうな顔をした。

 それから藤丸を覗き込み、(うつむ)いたままコヤンスカヤに話しかけた。

 

貴女(あなた)が何故こんな面倒な手順を踏んだのかは理解しました。私の存在そのものを“切り札”にするため、ですね」

「ええ。話が早くて助かりますわ。

 この()に及んでマスターは本気でカルデアとの決戦をお望みですので。NFFサービスの経営理念にかけて実現可能な手段をご提供するのが(わたくし)の役目。

 貴女(あなた)にはそのための“駒”になってもらいましょう」

 

 さっきまで座っていた切り株にもう一度腰掛けたコヤンスカヤは、正面の焚き火の加減を調節するフリをしながら、自身の左側で膝枕するトネリコの様子を観察していた。

 ……やけに距離が近いと思ったら、マスターを回復させているらしい。

 

 コヤンスカヤは足を組み、やや前のめりになりながら質問する。

 (あお)るために彼女は、整った顔にニヤケた笑みを浮かべて言った。

 

「トネリコ様♡ 消滅した過去のやらかしとその顛末を見せつけられた感想などお聞かせいただければ。

 事業に対するお客様からのフィードバックは(わたくし)のしゅみ———もとい、次の営業に役立ちますので」

 

 トネリコはこちらをチラリと見た後、すぐに藤丸に視線を戻した。

 

「最悪でした。……ええ、本当に。

 ありもしない未来の鏡を……見せつけられたようなもの。確かに()ったと知った瞬間に『二度と同じにはなり得ない』ことを知るのです。

 ———妖精國ではまるで足りない。

 あれほどの悲劇を内包しながら、妖精國の戦力では、カルデアに太刀打ちできないですから」

「……やはりそこは、同じ結論に至りますのね」

「彼の記憶は参照しました。

 マスターはこの世界でも既に六つの異聞帯を踏破したこと。六つの異聞帯の王、その全てと条約を結んでいること。有事に際してはインドとミクトラン除く四つからの協力を取り付けていること。

 ……それでも、キリシュタリアとデイビットの二人を同時に相手取るにはまるで足りない」

 

 コヤンスカヤは少し身を引いた。足を組んだまま腕も組み、なんとなく藤丸を見る。

 

 ———もう無くなった世界。コヤンスカヤと藤丸立香の記憶の中の世界でのこと。

 カドックは空想樹襲来より前の段階で、イヴァン雷帝を眠らせて、オプリチニキを編成してカルデアに送り込んだ。———『空想樹襲来までにそれをやれるだけの時間があった』ということだったから、藤丸立香はその猶予期間を使って異聞帯を踏破する道を選んだ。

 

 王を殺す必要はない。空想樹を伐採する必要もない。

 けれど時間制限があまりにも厳しく、その代償はマスターの肉体にも刻まれている。

 元々、シミュレーションで七度の人理修復を成し遂げる際に刻まれた損傷にプラスしての異聞帯踏破時の負傷だ。トネリコが“動く死体”とたとえるのも納得の仕上がりだった。

 

「コヤンスカヤ、(わか)っているのでしょう? 解っているから、貴女(あなた)はマスターに内緒で私に声をかけたのでしょう? 

 私はこれからレイシフトで過去に戻りますが、彼の知る妖精國をなぞる訳にはいかなくなった。マスターの勝利を願うならば、この国を対カルデア用のリーサルウェポンに作り替える必要があるからです。

 ———そしてマスターが、それを決して望まないことも」

 

 そうだ、と(うなず)くことで返事する。

 トネリコがレイシフトの要領で過去に精神を飛ばすなら、それはおそらく前回と同じく、妖精歴4000年ごろ。そこから現在である2017年まで、約6000年間にわたって計画を遂行し続ける、などという事を命令できる人間ではなかった。

 (ゆえ)に、コヤンスカヤは決めたのだ。

 

 トネリコと視線がカチ合う。

 やはり、同じ結論に達したらしい彼女を見て、コヤンスカヤは確認した。

 

「行動するのであれば、どうかマスターには内密に。彼は自分のために他人が傷つく事に耐えられない人。しかし決して、誰かの決意を否定したりはしない人。

 貴女(あなた)が自発的にマスターの記憶を読んで、自発的にレイシフトを敢行(かんこう)するなら、それを()めるお方ではございませんわ」

 

 トネリコは(うなず)くことで返答した。

 彼女は太腿を藤丸の頭の下から引き抜いて、立ち上がり、コヤンスカヤの前まで歩いて来た。

 

「もし、私と貴女(あなた)が会話しないままに記憶を覗いていたのなら、私は次の瞬間にでも過去にレイシフトしていたでしょう。ベリル・ガットの時と同じように。

 しかし先程、貴女(あなた)と話したことで『もう一度、貴女(あなた)と会話する必要がある』と感じたのです。……恐らくそれこそが、貴女(あなた)の狙い。

 “この状況”を確保するためにこそ貴女(あなた)は、今日までの一連の段取りを立てた。———違いますか?」

 

 コヤンスカヤも立ち上がる。

 

「素晴らしいご推察、感服いたしましたわ。

 その通りでございます。(わたくし)はこのタイミングで貴女(あなた)と会話するためにこそ、今までの段取りを組んだのです。

 ———(わたくし)自身を、貴女(あなた)に託すために」

 

 コヤンスカヤはコートのポケットに手を入れて、中から赤い結石を取り出した。

 ルビーのような、しかし半透明の真紅の宝石。

 

「名を、“殺生石(せっしょうせき)”。

 ———もう一人の(わたくし)の核となるもの」

 

 トネリコが手渡された殺生石から顔を上げ、目を見開いてこちらを見てきた。

 コヤンスカヤはフフッと笑う。それからゆっくりと、トネリコの手の中にある殺生石を指差した。

 

 ———前回のモルガンは、過去にレイシフトした瞬間に霊基が霧散した。その一瞬のタイミングで過去の自分に記憶を渡すことで、擬似的な時間遡行を成功させた。

 そう、特異点でない空間へのレイシフトでは、霊基は即座に霧散する。だが、単独顕現を獲得したビーストの半身であれば、そのリスクは無視できる。

 闇のコヤンスカヤの体の一部、殺生石は、レイシフトでは霧散しない。

 

「闇の方の(わたくし)は、ビーストだった(ころ)の権能『自らの起源となる(ちゅう)(いき)と空間を繋げる権能』の()(ごり)、単独顕現の一側面としての“領域外の生命”スキルを持っておりますので、たった一度きりではございますが、ツングースカからの逆召喚(アンサモン)を可能とします。

 特に今回の場合、対象となる空間には殺生石がある。

 ならばそれが6000年前の妖精國であろうとも、闇の(わたくし)が接続できない道理などございません。

 貴女(あなた)の旅のお供として、ぜひご利用くださいませ」

 

 コヤンスカヤはそっと、トネリコにそれを握らせた。

 

「必ずや、お役に立てる(はず)ですわ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 藤丸立香が目を覚ましたとき、最初に感じたのは違和感だった。

 

 昨日はかなり無茶な召喚をした反動ですごく疲れていたから、日が沈む前に寝袋に入った覚えがある。

 と、いうことは。起きた時は寝袋の中であるはずなのに———

 

 ここは、ベッドの上だった。

 

 毛布(もうふ)をはがす。体を起こす。

 ベッドのフチに腰掛けて、今いる部屋を見渡した。

 

 小屋のようだった。丸太で作られた天井、壁。木の板の床。今の今まで寝ていたベッドにも敷布団(しきぶとん)などひいておらず。ベッドの床板(ゆかいた)は木の板が貼り付けられた、硬いフローリング状でむき出しだった。

 

 彼が存在するこの部屋には、調度品も家具もない。

 ただ木の天井と床、壁。それからベッドがあるだけだった。

 

 どうもスッキリとした目覚めではなく、うとうとと微睡んでいると……唐突に。

 異聞帯の記憶が蘇ってきた。

 

 ロシア。北欧。中国。インド。オリュンポス。そしてミクトラン。

 

 一瞬で、しかし走馬灯のように脳内で再生された思い出を前に、立香は数瞬、呆然とした。

 まるで、何度も読んだ古い書物を、もう一度読み返したような感じだったからだ。

 

 そうやってしばらく、立香が記憶にひたっていると……カパッと、壁の一部が向こう側に引っこ抜かれた。鍋の蓋を取るように、(とびら)の形に四角くカパッと。

 

 ———そして。

 そして、その枠の向こうからやって来た人物を見て、藤丸立香は理解した。

 部屋に入って来たのは銀髪の麗人。ポニーテールにしたそれを黒いリボンで()めている。

 彼女はスタスタと立香の前まで歩いてくると、「ようこそ、私の妖精國へ」と口にした。

 

「ああ」と、納得の声をもらしてから、立香も彼女に挨拶をした。

 

「はじめまして……で、いいなのかな。話したいことはたくさんあるけど———ともかく。

 これからよろしく、モルガン」

 

 一つ(うなず)いたモルガンは、少し笑ったように見えた。

 

「異聞帯の王として、こちらもあなたを歓迎しましょう、マスター……。いえ、“我が夫”と呼んだ方が良いのでしょうか。私の立場は、あなたの配偶者なのですから」

 

 

 ———それからモルガンに連れられて、藤丸立香は小屋を出た。

 

 小屋を出た立香が真っ先に驚いたのは、その外がキャメロット城だったからだ。

 

 小屋の外にキャメロット城があったのではない。()()()()()()()()()()()()だった。

 むしろ、『キャメロット城の中に小屋が埋め込まれていた』と表現した方が適切ですらあっただろう。

 

 小屋の壁に四角く空いた穴。先ほどカパッと切り取られた、即席の(とびら)のようなもの。そんな穴をくぐって小屋から足を踏み出す時に、モルガンから注意を受けたのだった。

「枠の外に数センチほど隙間(すきま)があります。足を引っ掛けないように」と。

 

 どういうことかと思いながら穴の外を覗いてみると……なるほど確かに、隙間のようなものがあった。

 小屋の壁は丸太なので、それを切り取ってできた穴の断面は円がたくさん並ぶ感じのデコボコになっているのだが、その向こうには大理石の壁があった。

 まるで小屋のまわりを囲うように大理石の壁で覆われ、大理石と丸太との(あいだ)の隙間が何センチか存在していた。

 

 先に外に出ていたモルガンが、振り返って立香に言った。

 

「あなたの寝ていた場所を囲うカタチで、キャメロットを建城しました。あなたの寝ていた小屋とベッドは、あなたが寝た後で(つく)ったものです」

 

 

 キャメロット城を散索した。今のうちに地理を把握しておくように、というモルガンからの指示だった。

 

 キャメロットの奥地にあった“配偶者の部屋”から出発し、正面(とびら)、庭、二階、三階、そして四階の玉座。そこには———

 

「あら、随分と遅いお目覚めじゃありませんか、マスター? ようこそおいで下さいました。黄昏(たそがれ)と夜の国、その玉座へ」

「———コヤンスカヤ」

「は〜いっ♡ 貴方(あなた)の頼れる美人秘書、コヤンスカヤでございます☆ マスターにおかれましては、どうも調子がよろしいようで」

「マスター礼装のお(かげ)だと思う。ありがとう、コヤンスカヤ」

 

 会話しながら、立香たちは玉座に向かう。

 モルガンがそこに座ると、コヤンスカヤは玉座の横に(はべ)った。モルガンはコヤンスカヤを一瞬見てから、スマした顔で立香に語った。

 

「我が参謀の深謀遠慮は素晴らしい。あなたもよく相談するように」

 

 コヤンスカヤに視線を移すと、「就任いたしましたわ」と微笑んでいた。

 

「さて」とモルガンが仕切り直す。

 

「作戦会議と、いきましょう」

 

 

 ———妖精國、玉座の間。

 一夜にして様変わりしたブリテンにおいて、マスターとサーヴァントが、こうして(そろ)った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「まずは、現状を確認しましょう」と、モルガンが口火を切った。

此方(こちら)彼方(あちら)との戦力差を再認識することは、作戦立案には欠かせない作業ですから」と。

 

 モルガンは、ゆっくりと脚を組み替える。

 

「我が夫。貴方(あなた)も知っての通り、ビーストは“単独顕現”というスキルを持ちます。この特性により、彼らは事象改変を受けません。

 つまり、ビーストはあなたに倒された記録を持ち、それ故にこれからの戦いにおいては鬼札(おにふだ)として機能するでしょう。

 ……ですが我が参謀によれば、魔神柱のうち一柱がカルデアと共に行動している事が確認されているとのこと。(したが)って、あなたの情報が現カルデアに漏れていると言わざるを得ないのです」

 

 モルガンの左手に(はべ)るコヤンスカヤが一歩出て、彼女の言葉を引き継いだ。

 

「とは言え、あのレフ・ライノールも全てを話している訳ではないでしょう。

 ———マリスビリーの事、カルデアスの事、マスターのこと。現在の状況とビーストの立ち位置。

 その他諸々(もろもろ)を踏まえた上で、現カルデアには助言程度にとどめているだろうことは推測できます。

 ……(わたくし)も、同じ立場ですので」

 

 コヤンスカヤが最後に付け加えた言葉、それによって立香は過去を想起した。

 ———特異点Fのクー・フーリンと騎士王。第六特異点にいたオジマンディアスと獅子王。そして第七特異点、ウルクの王ギルガメッシュ。

 それ以外にも、『全部を話す事はできない』と言う言葉を、立香は何度も何度も聞いてきた。

 とあるケモミミの守銭奴(いわ)く、口にすると因果が収束してしまうから、だとか。

 

「『知っている者ほど話せない』『未来視のジレンマ』。シオンから聞いたことはあったけど、こう言う意味だったのか……」

「ですが……それでも(なお)、理想からは程遠いのです」

 

 立香の相槌(あいづち)を受けて、モルガンが話を先に進めた。

 

「本来ならば、鬼札(おにふだ)であるビーストはすべて此方(こちら)で確保したいところでした。それが必要条件(ひつようじょうけん)なのです。

 マスターがたった一人だけだったあなたのカルデアでさえ、『次に会った時にはさらに強くなっている』という、非常に厄介な性質を持っていました。

 これから私たちが対峙(たいじ)するのは、キリシュタリア・ウォーダイムとデイビット・ゼム・ヴォイドがいるカルデアです。

 ですから『次に会った時には……』などと悠長に構えることはできません。『初めて相対(あいたい)した時から(すで)に、途轍(とてつ)もなく強いカルデア』。

 他の条件で全て有利をとってはじめて勝負の土台に上がれる。それ程までに強敵なのだと……認識せざるを()ません」

 

 モルガンの言葉を聞いて、立香は少し考えた。自分たちが戦わなければならない“カルデアという組織”に対するモルガンの認識は、ほとんど立香のものと変わらないように見えたからだ。

 

 この玉座にたどり着くまでの間に立香は、モルガンから『召喚されたトネリコが立香の記憶を読んで、レイシフトの術式を解析してそれを実行した』ことは聞かされていた。

 つまり、モルガンのいだくカルデアという組織に対する認識は、立香の記憶とコヤンスカヤからの伝聞に寄るところが大きいだろうから、それが同じようなものになる事に異論はなかった。

 ———だからこそ、立香にはどうしても一つだけ、聴いておかなければならない事があったのだ。

 

 目の前の二人に悟られないよう少しだけ、力を入れて拳を(にぎ)った。

 

「……モルガンは、オレの記憶を、全部知ってるってことでいい?」

「肯定します。あなたの記憶を、余す所なく把握しています」

「だったら、オレがブリテンに対してやろうとしていた仕打ちも知ってるだろうから言うけど……。カルデア側に着きたいなら、今しか無いと思う。

 オレはあれだけの事をするつもりだった。モルガンがそれを許せないと思うなら、言って欲しい。出来る限りのことは叶えたいし……今、カルデア側に付けば少なくとも、妖精國の住人たちは汎人類史に移住させてあげられるかもしれない。

 その後の事は……汎人類史側のグレートブリテン島との関係があるから何とも言えないところだけど、オ———」

「そのような事を、勿体(もったい)付けて話したのですか」

 

 モルガンが、大げさにため息をつく。そして(わず)かに、微笑んだ。

 

「そのような事、気にするだけ無駄というもの。

 私達は既に、他の異聞帯との外交を開始しています。この意味が分かりますね。

 ———あなたの考案した作戦は、もう既に、決行段階に突入しているという事です」

 

 立香は一瞬、息が詰まった。

 

「でもモルガン! それじゃあこの島が消滅するかも、妖精國のみんなだってどうなるか———」

「それもまた、心配することではありません。現在のブリテンは、あなたの知る妖精國とはまるで別物。対カルデア用リーサル・ウェポンとして構築され、決戦場と()るべく組み上げられた、バトルフィールドなのですから」

 

 モルガンの足元が輝いた。

 一瞬、魔法陣のようなものを見た———と思った瞬間。

 

 藤丸立香の脳内に、上空から(とら)えた妖精國の全景が飛び込んできた。

 

「コレは、視覚を共有する魔術」

 

 モルガンの声だけが、立香の耳に飛び込んでくる。彼の視界はもうすでに、ブリテンの上空に移動していた。

 

「あなたの視界を、上空にいる私と接続しました」

 

 モルガンの分身だ、と立香はすぐに思い(いた)った。かつて、“たくさんのモルガン達”が立香たちの連合軍を一瞬で壊滅させたのは、彼の記憶にも新しかった。

 

 でも……、立香を驚かせたのはもっと別の事だったのだ。

 

 (はる)か上空から映る妖精國。その情景をよく見るまでもなく、立香は気づいた。

 

「“大穴”が…………ない?」

 

『ケルヌンノスの呪いの大穴』、『巡礼のゴミ捨て場』。

 かつての妖精國では何をしても塞がらなかった“大穴”は、影も形も見えなかった。

 

 モルガンの、声が聞こえる。

 

「言ったでしょう? 『対カルデア用のリーサルウェポンだ』と。

 外側に向いた呪いならいざ知らず、自責の類い、“自分自身に向けた呪い”など、使い道がありませんから」

「それは……どうやって? ケルヌンノスはヴォーティガーンを()()めるためにずっとあそこに———」

「“大穴”が塞がってなお、あのクソムシが()いずっていない。

 その意味を履き違えるあなたではない(はず)です」

 

 立香は絶句した。

 立香の視界を元に戻したモルガンは少し誇らしげに、そして(わず)か高らかに———己がマスターに告げたのだった。

 

「ヴォーティガーンは排除しました。

 正確に言えば、封印して身動きが取れないように(はか)らっています。“ハメ殺し”というヤツです。

 ———あなたの記憶を得たこのモルガンが、仕損じる(はず)がないでしょう?」

 

 モルガンの淡い瞳に囚われた立香に畳みかけるように、彼女はさらに補足する。

 

「アレを完全に消滅させる(わけ)にはいきません。それは私たちのブリテンの消滅を意味するが(ゆえ)に。

 だからこその“ハメ殺し”。

 ケルヌンノスの代わりに我ら“同盟”が大穴を塞ぎ、それでもなお漏れる呪いの方向を調節し———その全てを、カルデアと戦うための武器にしました」

 

 ここまでの話を聞いて、立香はやっと理解した。この状況と、立香の中に眠る異聞帯での記録の意味を。

 モルガンは、立香と同じところまで堕ちてきてくれたのだ、と。

 

「もう———気づいたのではないですか? 

 あなたの発案した作戦は(すで)に、あなただけのものではなくなっているのです。私とあなた、そして異聞連合の、皆が均等に背負うモノ。

 我々の全てが———共犯なのです」

 

 モルガンが、玉座からおりる。

 そして、藤丸立香の目の前に立つ。

 右の(てのひら)を上に向けて、そっと彼に差し出した。

 

「とても———()い顔になりましたね。それでこそ我が夫。

 エスコートとは本来なら夫の役割ですが……今回だけは特別です」

 

 立香の手をとったモルガンが、ゆっくりと玉座の裏に歩き出す。

 

 

「我らは平等に罪を犯し、歴史の存続を願う者。

 その結末がどうなろうとも……あなただけが背負う事など、我ら七人が許さない」

 

 玉座の後ろ、立香には壁に見えていたものに、モルガンがそっと触る。

 すると、壁がスッと消えてしまった。

 

「私と、私の許可を得た者が触れた時のみ、“玉座の後ろ”は本当の姿を(あら)わすのです」

 

 そこにあったのは、ただ“質素な円卓”だった。

 弱々しい脚の付いた、木製の薄い円形テーブル。その周りに均等に配置された背もたれのない丸椅子。

 その丸椅子のなかにあって、唯一背もたれの付いている椅子に立香を座らせたモルガンは、立香の左隣の丸椅子に座る。

 

 立香はその瞬間———全ての丸椅子に、誰かが座っているのに気づいた。

 

 

 

 

 ———雷帝の声がした。

「我らは、“異聞連合”」

 

 ———北欧の女神の声がした。

「共に罪を犯し、己が歴史を(つむ)ぐもの」

 

 ———中華の皇帝の声がした。

「互いをただ“同志”と認め、汎人類史に反逆するもの」

 

 ———複合神の声がした。

「そして異聞帯を踏破した、ただひとりの元に(つど)う者たち」

 

 ———主神の声が立香に届く。

「皆一様に休戦し、団結することを可決した」

 

 モルガンが皆を見渡して、藤丸立香にその顔を向ける。

 

「それもこれも———あなたの今までの行いが、私たちをここへ導いたのです」

 

 ———そして。

 とある彗星のアーキタイプが、その言の葉を締めくくる。

 

「たとえ私達が、滅ぼされるべき歴史であったのだとしても。

 最後の最後まで、生きていて欲しいと願ったひとへ」

 

 

 

「「「「「「「———。ありがとう」」」」」」」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ———2018年3月1日。

 

 崩れゆく、フィニス・カルデアからの脱出に成功した七人のマスターとカルデアの職員たちは、その日、3か月にわたる虚数の海の航海を乗り越え、異聞帯のブリテンに上陸した。

 

 12月31日にフィニス・カルデアを襲ったのは全て、コヤンスカヤが逆行前の異聞帯で収集したケモノ達。

 つまり、虚数の海においてアンカーとなる“(えにし)”はコヤンスカヤのいる妖精國にしか繋がっていなかった。

 

 よって彼らカルデアが上陸することができる異聞帯は、その一つだけだった。

 

 

 2017年からの脅威について何も知らなかった者。

 知っているが(ゆえ)に、カルデアの力を削ぐためにサーヴァントの退去に積極的だった者。

 

 ブリテン島、妖精國に浮上した時。

 彼らは皆、同じように。

 ———敵の全貌を知ることになる。

 

 

 

「余は、異聞雷帝。

 ———異聞雷帝:イヴァンである」

 

 威厳ある、大男の声が反響する。

 

「汝ら汎人類史に告ぐ。我らの領土、異聞帯に足を踏み入れるべからず。

 禁を破りし者は即刻(そっこく)、首を落とす」

 

 

「私は、異聞女王。

 ———異聞女王:スカサハ=スカディ」

 

 涼やかな女性の声が、潜水艦の中まで届く。

 

「汝ら汎人類史に告ぐ。

 嵐の壁・光の壁を越えてくれるな。殺さなくてはならないからな」

 

 

「これなるは、異聞皇帝。

 ———即ち朕である」

 

 朗々と、宣言する。

 

「汝ら汎人類史に告ぐ。

 朕に(ゆだ)ねよ。さすれば人理すらをも踏破した、万年帝国をソラに築きし所存である」

 

 

「私は、異聞唯神。

 ———異聞唯神……アルジュナ」

 

 ゆっくりとした、男性の声。

 

「我ら異聞は先に行く。

 停滞せよ。不出来なモノども」

 

 

「我は、異聞大神。

 ———異聞大神:ゼウス」

 

 (しわが)れた声が神性を(ともな)って、カルデアの者たちに重圧を与える。

 

「汎人類史、考える(あし)達よ。(しば)し眠れ。

 さすれば、全てが終わるのだから」

 

 

「私は、異聞王妃。

 ———異聞王妃:モルガン」

 

 落ち着いた、女性の声。

 

「次はありません。

 我らが領土に侵攻するというのなら、それが最期と知りなさい」

 

 

「私はククルカン。

 ———異聞臨神:ククルカン」

 

 お(しと)やかな女性の声。

 

「汎人類史の人たち。貴方(あなた)たちにどうしても、伝えたい事があるのです」

 

 

「「「「「「「———我ら異聞連合。汝ら汎人類史の、300に満たない最後の生存者達に告ぐ。

 即刻、この地上、この歴史を明け渡したまえ。

 

 これは、地球というリソースの奪い合い。これは最後通告である。

 即ち、宣戦布告と知れ!!」」」」」」」

 

 

 

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