第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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実は、第六話が先にできたのです。
この話を書いてる途中にムネーモシュネーをどの時系列に出すのか決まって、「ヤベぇ、先に掲示板を投稿しなきゃ」ってなって、第五話に取り掛かりました。
なので連続投稿です。

第五話は掲示板回なので、こっちから先に読んでも大丈夫です。




第六話:いつの日か全てが終わって、そしてみんなが笑ってる。

 

 

 

 

 その時藤丸立香は、石造りの螺旋階段を(くだ)っている最中だった。

 この螺旋階段は中心に柱がないタイプの螺旋階段で、筒状の石壁の内側に張り付くかたちで存在している。螺旋階段の中央は吹き抜けになっていて、真向かいまで、ここから20mくらいの距離があった。

 

「——————快楽天・胎蔵曼荼羅(アミダアミデュラ・ヘブンズホール)

 

 そしてその、吹き抜けを(はさ)んだちょうど真向かいから、女性の腕を(かたど)った真っ白な魔力が何本も伸びてくる。

 そして(またた)()に、立香の目の前に6体存在していた左手の形の青暗(あおぐら)い炎を、みんな(まと)めて連れ去ってしまっていた。

 

「あらあら、そんなにも情熱的に求められてしまったら———立てなくなってしまいそう」

 

 などという言葉と共に聞こえてくる『コツッコツッ』という、ピンヒールが石段を踏みしめる音。

 体の線がはっきりと出る黒いドレスの上から白い尼頭巾(あまずきん)(かぶ)った妙齢の女性が、ゆっくりと螺旋階段を登ってきていた。

 立香はその人物に目をとめて、そしてようやっと息を吐いた。

 

「ありがとう。キアラ」

「どういたしまして。(わたくし)胎内(なか)貴方(あなた)さまの恩讐(おんしゅう)(くす)っているというのも、また一興でございますから」

 

 キアラは、「趣味(しゅみ)実益(じつえき)()ねたアルバイトのようなものですから」と、口に手をあてて上品に笑った。

 

「それよりも、マスター。ここにいらっしゃるという事は、やはり気づいておられるのですね。

 ———廃棄孔(ここ)に捨てられたマスターの恩讐(かんじょう)が……もう、取り返しのつかないところまで来ていることに」

 

 キアラは立香と向かい合った状態から、真後ろに現れた恩讐(おんしゅう)残火(ざんか)———左手の形をした青暗(あおぐら)い炎の塊を、振り向きざまに吹き飛ばす。

 おそらく、なんらかの体術を使ったのだろうが……(あま)りにも(よど)みなく、(あま)りにも自然な所作(しょさ)だったから———立香は、恩讐の残火が()()きてはじめて、キアラが攻撃した事を知った。

 

 一段、二段。キアラが(くだ)って、そこから立香を見上げて言った。

 

「さぁ、マスター。

 もっと奥に、もっと下に(まい)りましょう? 一先(ひとま)ずは……、マスターさまがご自身で心の底を(さら)わない事には、折り合いなど付けよう(はず)もありませんから」

 

 立香は、キアラを追って階段を(くだ)る。

 螺旋階段は暗く、手摺(てすり)にはところどころ青暗い炎が(とも)っている。

 

 キアラの声が、耳に届いた。

 

説使現行(せっしけんこう)無量重罪(ぶりょうちょうさい)

 必能超越(ひつのうちょうえつ)一切悪趣(いっせいあくしゅ)

 

 立香が右隣にいるキアラを見る。

 気づいたキアラが視線を寄越(よこ)す。

 ———そうして、キアラは話し始めた。

 

「ここは貴方(あなた)さまの心の奥底(おくそこ)、悪性を()てる廃棄孔(はいきこう)

 かつてはアヴェンジャーのサーヴァントたちが総出(そうで)でもって、貴方(あなた)さまから切り離そうとした心の残骸(ざんがい)

 

 キアラは指を少しだけ動かし、2人の前面に巨大な魔力腕を出現させる。

 その白魚(しらうお)のような、実際真っ白な魔力の腕は、正面に出現した青暗(あおぐら)い炎の左手を3つ(まと)めて(にぎ)(つぶ)した。

 

「……いつの(ころ)からか、マスターの前に現れなくなったアヴェンジャーの皆さん。貴方(あなた)さまの心の(よど)みを引き剥がし、持って行ってしまわれた方々。

 そうしなければ、(すで)貴方(あなた)は立つ事もできず、人理もまた———“大罪人(たいざいにん)”である貴方(あなた)を受け入れない事に気づいてしまいました(ゆえ)

 

 自分の頬に右手を当てたキアラは、「あぁっツ! なんて甘美(かんび)なお(ひと)なのでしょう!」とツヤツヤしていた。

 

貴方(あなた)はただ生きているだけで、“無力”と“罪悪”の感情に(さいな)まれるのでしょう? 

 

『自分は本来、カルデアのマスターになるべき人材ではなかった』

『適任者さえ現れたならすぐに取って代わられるだけの、能力の(もっと)(おと)った一般マスター』

『自分より優秀な人間など計り知れない(ほど)にいて、そういう人たちと交代できたなら、これからの犠牲は(はる)かに減少するだろう』

 

 ……これらは推測ですらありませんね。(おおむ)ね事実でございます」

 

 2人が今()りている螺旋階段は、時計回りに(くだ)っている。つまり、左を歩く立香が外側、右を歩くキアラが内側。

 さらに内側、手摺(てす)りの所々(ところどころ)には青白い炎が(とも)っていて、こっちを向くキアラを、その後ろから照らしている。

 

何故(なぜ)ならば、カルデアに集った(ほか)のマスター候補の、その全てよりも劣等(れっとう)だったと……他ならぬ貴方(あなた)自身(じしん)が認めてますもの。

 貴方(あなた)さまは……順番としては、他のマスター候補の全てがダメになった時に初めてマスターという役割が回ってくる。という立ち位置でしたのに———。

 なのに、自分よりも優れたマスターがカルデアに現れ、自分がお(やく)御免(ごめん)となってしまったら———

 そこから先を、どうやって生きれば()いのか(わか)らない。

 ———これは貴方(あなた)さまの心の問題。他人がどう思うかなどは関係なく、貴方(あなた)ご自身が、現状を見て何を感じているのかという問題です」

 

 キアラは笑う。恍惚(こうこつ)に、そしてとても美しく。

 

「ですから———えぇ、ですから。マスターはただ生きているだけで、心に(よど)みを()()むお(ひと)。アヴェンジャーの皆さまが消えた後も……今も、ずっと。

 本来であれば『(あふ)れる前に終着に辿(たど)り着く』との巌窟王さんの推測の通りとなる予定でしたが……。ああっ!」

 

『コツッコツッ』と(かかと)音立(おとた)て、キアラは一定のリズムで(くだ)っていく。キアラの方が内回りだからか、立香よりもやや先行して(くだ)る中で、彼女がこちらを流し見た。

 

「……ねぇマスター。マスターの体感時間で、あれから何年が過ぎたのですか?」

「…………何年になるだろう。

 気がついたら過去に居て、そこから7度の人理修復をやり()げて……。それから異聞帯を6つ駆け抜けて、トネリコを召喚した。

 それから、多分(たぶん)そのあと異聞帯で———」

 

 立香は、自分の経験を全て語った。

 道中に出てくる恩讐(おんしゅう)残火(ざんか)は、現れるなりキアラに瞬殺されていた。

 

 しばらく語り、しばらく(くだ)

 静かに最後まで聴き終えたキアラが、「そう……、色々なことがあったのですね」……と、そっと息を吐き出した。

 そして、ふと質問をした。

 

「———ねぇ、マスター。貴方(あなた)……自分の人生をどう思っていますの? 

 カルデア行きを決めたのは『(あま)りに熱心に誘われたから』なのでしょう? ……理由(りゆう)などあって無いようなもの。

 ある日突然、(わけ)も分からず変な施設に連れて来られたと思ったら、目の前で何十人もの人が死に……。死んだ街に転移させられてからは、なし崩し的に世界を救わざるを得なくなってしまわれた。

『世界を救えば元の平穏な生活に戻れる』などと貴方(あなた)さまはおっしゃるけれど、そのようなモノは夢のまた夢。

 貴方(あなた)は9度も世界を救って、その全ての結末に———裏切られたのでございますわ」

 

 人理修復で1度、地球白紙化で1度。

 そしてやり直しの世界での、7度の人理修復シミュレーション。

 ———合計、9度。

 藤丸立香は世界を救い、そして(いま)だに、平穏になど程遠い。

 

「そんな(ざま)で、マスターはまだ駆け抜けようとしておられますけど……。

 マスター。貴方(あなた)さまの目に映るこの地獄のような人生———お(つら)くは、ないのですか?」

「…………『(つら)い』か『(つら)くないか』で言えば、どう考えても(つら)いと思う」

 

 藤丸立香は、右手の感触を確かめるように2度、握り込む。

 

「何度も心が折れそうになって、その(たび)に何かでぐるぐる巻きにして歩いてきた。“逃げ出したくなる足を支える方法”とか“心を透明にする方法”とか。そういうのを見つけられなかったら、オレはどこかで死んでたと思う」

 

 立香は、ゆっくりと顔を上げた。

 キアラは立ち止まって、真正面で、真剣に話しを聞いていた。

 

「……本当は、元の生活に戻れないことも分かってる。だって、戦わなくて良くなった世界で、何をしたら良いのか(らか)らないから。

 生き方を……忘れてしまったから」

 

 キアラが(まばた)きをする。その動きが、立香にはとてもゆっくりに見えた。

 そして、そっと(こぼ)()るように、自然と言葉が続いていた。

 

「だからオレは夢見てるんだ。いつの日か全てが終わって、そしてみんなが笑ってる。そんな景色を夢見てる」

 

 ———たとえ、自分の心がどうしようもなく……壊れているのだとしても———

 

「そんな景色を、生きて見ることができたなら……。

 きっと、幸福だと思える気がする」

 

「そうですか……夢を」と、キアラが(こぼ)した。

 そしてふと、本当に思わずといった風に、立香の顔に手を伸ばした。

 

「———なるほど、そういう事ですか」

「ん? どういう事?」

「あぁ、いえ。こちらの話です。随分(ずいぶん)と昔に聞いた言葉がフラッシュバックしましたの。それだけですわ」

「どんな言葉か、聞いても良い?」

「…………。『恋は夢見る心』だ、そうですわよ。

 なんでも『恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は、恋の前では無力になる』のだとか」

 

 キアラは、立香の(ほほ)から手を離して、「とても古い、書物の中の言葉ですけど」と口にした。

 そして、「それでは()きましょうか」と、再度反転して足を踏み出す。スピードを上げた彼女に追いつくために、藤丸立香も駆け出した。

 

「本当にギリギリで間に合ったのでございますね。ならやはり……ジャンケンなどで順番を決めるべきでなかったという事ね」

 

 というキアラの(つぶや)きに首を(かし)げて。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ———2016年。人理焼却期間中。

 ここは、今年の終わりに“終局特異点”と名付けられる場所。最新の王の固有結界。

 つまりは、人王ゲーティアの住処(すみか)だった。

 

 冠位時間神殿の玉座に、人王ゲーティアが座っている。

 そしてその場に集っているのは、単独顕現を持っている者ばかりだった。

 

 かつてビーストⅡだった、ラーヴァ/ティアマト。

 かつてビーストⅢ(R)だった、殺生院キアラ。

 かつてビーストⅢ(L)だった、カーマ。

 かつてビーストⅣ(L)だった、光のコヤンスカヤ。

 現在ビーストⅥ(S)である、ソドムズビースト/ドラコー。

 そして、———「両儀式」。

 

 玉座の人王が、周囲に立つ者たちに語りかけた。

 

「本来ならば、寛永(かんえい)16年の下総国(しもうさのくに)はリンボが発端(ほったん)だった。リンボが趣味のために引っかき回した結果、亜種並行世界と化した事件だ。

 だが、此度(こたび)の世界でビースト(セブン)に名乗りを上げるのは、U-オルガマリーでは()()ない。(ゆえ)に異星の神の使徒は存在せず、このやり直しにおいて屍山血河舞台(しざんけつがぶたい)もまた発生しない。

 ———しかし、藤丸立香としては困るだろう。屍山(しざん)(けつ)()舞台(ぶたい)が無ければ、新しいカルデアは村正との縁を作れないからだ」

 

 人王の正面に立つ小さなカーマが、眉根(まゆね)()せて食ってかかった。

 

「そんなのはどうでも良いんですッ! 今問題なのは、このままだとマスターさんが消失しちゃうってことでしょう! 

 どーするんですか!」

「———何も」

「ちょッ! 『何も』って、このままだとマスターさんが———」

「何もせずとも、それについては解決される。比較の獣も、良く駆け回っている。何もせずともマシュは生き、藤丸立香は()る。

 単独顕現持ちを集めたのは、その後の事を任せる(ため)だ。人理焼却が———」

「勝手に話を進めないでください! こっちは貴方(あなた)と違って千里眼なんて持ってないんですから。

 ———。特務機関カルデアは、カルデアスに封印処置を(ほどこ)しました。

 カルデアスの意思を凍結して、超高性能な地球模型として使用しているんです。このままでは……空想樹の植樹なんてできません。

 マスターさんは『カルデアと戦う役割』を押し付けられたのに……。その役割自体が無くなってしまったら、あの人の存在は矛盾を抱えきれなくなって()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 カーマは長く息を吐き、心を落ち着けた。そして真っ直ぐゲーティアを見る。

 

「……それで? こんな状態でどう大丈夫だって言うんです?」

「大丈夫だとも。何故なら、あの男が藤丸立香だからだ」

「答えになってないんですけど……」

「答えているとも。キチンと、答えたとも。

 ———私はかつて、己の(ゆず)れないものの為に、あの男に(こぶし)を振り上げた。あの男もまた、生きる為に私を止めた。

 (わず)かな、お前たちが(やつ)と過ごした時間からすれば刹那(せつな)にも満たない語らいではあったが……。それでも、気づくものはある」

 

 ゲーティアが、カーマと共に並ぶ者たちを見た。

 

「———7騎だ。単独顕現を持つサーヴァントが、私の呼びかけに7騎も応じたのだ。比較の獣は塔に引き()もる未来にあるが……。

 カーマ、何を案ずることがある。

 まさか……あの男の危機に立ち上がる存在が、我ら8騎だけだと思っていたのか?」

 

 カーマは(くちびる)をキツく結ぶ。

 ゲーティアは、ゆるく微笑んだ。

 

「言った(はず)だ『あの男が藤丸立香だからだ』と。

 記憶を(ゆう)して“やり直し”を乗り越える事ができるのは、この地球上では単独顕現持ちだけだが、———たとえ記憶を持ち越せずとも、アレの為に動くモノはある」

「へえー。……誰なんですか?」

「それは『あらゆる並行世界を観測する性質』を持つ。レオナルド・ダ・ヴィンチが製造した存在証明用人工知能:ムネーモシュネーだ」

「ムネーモシュネーというと、———ああ。私の愛の巣がそこのアレに台無しにされた後にマスターさんを閉じ込めた……」

「記憶の女神は(すで)に動いた。協力者を()てカルデアに働きかけたこともある。心配など必要ない。

 どうあれ、彼女は藤丸立香を、必ず未来へ送り出すのだから」

 

 いつの間にか止めていた息を鼻から吐き出したカーマは、大きく息を吸い込んで、さらに大きなため息を吐く。そして両手を上げて、降参の意を表明した。

 

「分かりました、分かりました。“過去と未来を見通す眼”を持つ貴方(あなた)がそこまで言うのですから、大人しく引き下がりますよーー。

 ———でももし、本当にマズい事態になった時は、なり()(かま)わず先に世界を焼き尽くしますから」

「構わない。

 元より我らは等しく(ケモノ)。理性よりも———感情で動くものの集まりだろう」

 

 人王は己が玉座に座り直し、7騎のサーヴァントの全てを、視界に収めた。

 

「……難儀な男だ。(やつ)は異聞帯全ての王でありながら、汎人類史をも気にかけている。汎人類史を攻撃しながら、それを破壊する事は望んでいない。

 いくつか打っておきたい手はあるが、私は生憎(あいにく)手が離せない。

 誰か1人で()い———藤丸立香の元に、向かってほしい」

 

 

 

 

 

 その人選を、ジャンケンで決めることになった。

 

 自分は人理焼却を契機(けいき)に正式にビーストⅠとして名乗りを挙げたため、藤丸立香の元へは向かえない。

 よって審判を申し出たゲーティアによって、勝負開始が宣言される。

 

「……なるほど、『最初はグーの方式』で行くのだな。良いだろう。

 では、始める。

 ——————最初はグー、———」

 

 全員がグーを出すのを確認したキアラは、己が能力を全開にした。

 “ロゴスイーター”。かつて自身が(もち)いた外法、“(ばん)(しょく)悠滞(ゆうたい)”の名残り。

 それが何であれ、知性を有するものであれば(のが)れる事のできない技。快楽を与え、その感応(かんのう)により相手の精神を丸裸にし、肉体から魂を引きずり出し、愛欲によって溶かし、崩し、語らい、取り込む。究極の魅了スキル。

 一切の自重(じちょう)なく全開で放たれたそのスキルは、『魔力ランクがA以下の存在では抵抗しようと考えることすらできない』と(うた)われるスペックの通りに、ビーストたちの単独顕現による抵抗を(とろか)しにかかる。

 

 その、(あま)りにもあんまりなキアラの態度に、即座(そくざ)にカーマがブチ切れる。

 

「———は?」

 

 瞬く間に大人モードに変身。シヴァの炎に焼かれた肉体という性質を“身体無き者(アナンガ)”のスキルによって周囲の空間にまで拡張、『宇宙を焼くシヴァの炎で焼かれたのだから、カーマの肉体は逆説的に宇宙である』という主張を冠位時間神殿そのものに押し付ける。

 

恋もて焦がすは愛ゆえなり(サンサーラ・カーマ)!!」

 

 カーマの“惑わす者”としての性質が、カーマ自身の肉体そのものを愛の矢に書き換える。———よって、神殿の空間そのものであるカーマの肉体に触れている存在全てに、強制的に、恋慕(れんぼ)(じょう)を引き起こさせる。

 

 ()(わる)くなったことを悟ったキアラは、呼応するように宝具を発動。

 

快楽天・胎蔵曼荼羅(アミダアミデュラ・ヘブンズホール)

 

 ビーストⅢ:キアラとは本来、現実にできた(あな)そのもの。キアラの胎内(はら)()いた(あな)の中に周囲の全てが取り込まれて行く。それは、カーマの肉体も例外ではない。

 

 こうして、愛欲と恋慕(れんぼ)の宝具は拮抗した。

 大気が揺れる音。愛欲と恋慕(れんぼ)、それに(ともな)う快楽に埋め尽くされた空間の中で全員がグーを出したままなのを見て、「両儀式」は左手を(かま)える。

 右手をジャンケン用に突き出したままにして、左手を手刀にし、魔眼を発動。直死の魔眼によって2体のビーストの宝具効果そのものに死の概念を付与、“眼に見えるようになった宝具効果の死の線”に対して左手の手刀を走らせることで、愛欲と恋慕(れんぼ)(じょう)を殺しにかかる。

 

 ドラコーは激突する2つの宝具の影響を受けて、このままだとマズいことを(さと)った。

 自分には精神異常系の攻撃に対する耐性を持つ“単独顕現”のスキルの他に、“獣の権能”というスキルも持っている。

『それがなんであれ、人間と(まじ)わりのある存在からの攻撃耐性』

 当然、キアラもカーマも“人間との交流がある存在”なので、その全ての攻撃が効きづらくなってはいる。———とは言え、ドラコー自身が人間と関わるようになったことでスキルランクが低下している今、元ビースト2体の宝具の効果をジャンケンの片手間(かたてま)で防ぎきれるとも思えなかった。

 なので気合いを入れてナイスバディに変身。

 愛によって覚醒し“落陽を超えた姿”となった。

 

 ———そしてティアマトは感動していた。

 だって、子供たちがこんなにも頑張っている! 

 テンションがガン上げになったティアマトは、上がりに上がったテンションのままに、ビースト2体の宝具効果を、さらに上からねじ伏せる。しかし同時に、「みんなの母として、これは見守るべき案件なのでは!?」と気づき、ジャンケンからスルリと離脱した。

 

 

 結果、ティアマトによって強引に宝具が潰されて一瞬硬直したキアラとカーマ。

 左手一本では全ての死の線に対応できず、意識を持っていかれかけた「両儀式」。

 愛によって覚醒した姿を自称してしまったが(ゆえ)に愛の宝具が特攻としてブッ刺さり、倒れたドラコー。

 そしてジャンケンから抜けたティアマトと、惨憺(さんたん)たる状態であった。

 

「——————勝負あり」

 

 事態を見極めて、人王ゲーティアが審判(しんぱん)(くだ)した。

 (てのひら)を上に向け、そっとその先に勝者を示す。

 

(ほか)(もの)(みな)グーの中、ただ1騎のみパーであった。よってコヤンスカヤの———勝利だ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ジャンケンとかしてたんだ……」というのが、藤丸立香の正直な感想だった。

 

「ええ、それはもう……。とてもとても(ひど)有様(ありさま)でした」と、キアラは自分の所感(しょかん)()べる。

 

 話を一通り聞き終えた立香は、ふと疑問に思ったことをキアラに聴いた。

 

「聴きたい事があるんだけど。……コヤンスカヤはどうやって勝ったの?」

「ああ、その事ですか。

 (わたくし)たちの宝具効果、愛欲や恋慕(れんぼ)が効かなかった原因は闇のコヤンスカヤさんの存在ですわ。

 ———“殺戮(さつりく)獣団(じゅうだん)”。体毛と尾を持つ獣であれば、魔獣、幻獣、神獣のランクを問わず絶対の支配下に置く能力。さらに彼女は“ネガ・セルフ”によって、支配下に置いた獣から自我や自己を取り上げることすら可能とします。

 これらの能力を使って、闇のコヤンスカヤさんは光のコヤンスカヤさんを支配していましたの」

 

 相変わらず螺旋階段を(くだ)る片手間で恩讐の残火を消し飛ばし、胎内(なか)に取り込み、一つ残らず対処している。

 キアラは右手を手摺(てすり)にスゥーっと滑らせて、そのまま、手摺(てすり)に直接と灯っている青白い(ともしび)に手を(くぐ)らせた。

 

(わたくし)の万色悠滞も、カーマさんの能力も、どちらも対象に知性がある事が前提なのです。

 自我も自己もない存在には、愛も恋も無意味ですもの」

 

 キアラが立ち止まり、藤丸立香を振り返る。

 

「さあ、マスター。無駄(むだ)(ばなし)はここでお仕舞(しま)い。

 ここから先は最深部です。今はカーマさんが恩讐(おんしゅう)(ほのお)恋慕(れんぼ)(じょう)()いていますけれど、根本的な解決にはなりません。

 ———だって感情の大元は貴方(あなた)だから。

 最近になって廃棄孔(はいきこう)を埋め尽くしている感情(もの)の正体は、貴方(あなた)からカルデアの人たちへの、行き場のない———(こじ)れに(こじ)れた想いの数々。

 貴方(あなた)が想いに(ふた)をして、(あな)に捨てたものが恩讐となって貴方(あなた)自身を焼いているのでございます」

 

 気がついたら平坦な地面に立っていて、階段など、周囲のどこにも見当たらなかった。

 

「カルデアと戦うことを決めたのは貴方(あなた)。今実際に戦っているのも貴方(あなた)です。

 戦争が本格化して異聞帯からも離反者が続出し劣勢に立たされている以上———どこに行っても、貴方(あなた)さまはカルデアと対峙(たいじ)しなければなりませんから。

 (こく)な事とは(ぞん)じますけど、最下層の炎の全てを貴方(あなた)自身で()らった上で、折り合いをつけてくださいませね」

 

 藤丸立香は周囲を見渡す。

 最早(もはや)どんなカタチを持っているのか分からない程に、恩讐の炎は巨大で無数で、枝分かれしている。

 そんな炎の、全てを自分の手足に収めて、巨大なカーマは今も炎を焼いている。

 

 立香が、最下層に()りて来たことに気づいたのだろう。カーマが立香を振り返り、遅かったですねと悪態(あくたい)をついた、

 

「別に、こんなのいくらでも焼けるんですけど……。マスターさんがやらないことには結局何も変わらないですから。

 ……大丈夫ですよね?」

「うん、———大丈夫。前に進むあり方を好きだと言ってくれた人がいたからね。

 今度こそ、オレの力でやり切るよ」

 

 藤丸立香は、自分自身の恩讐に向かった。恩讐の目の前まで来て———数秒。カーマは“身体無き者(アナンガ)”のスキルを解除、恩讐への干渉を取りやめる。

 アイコンタクトでそのタイミングを教えてもらっていた立香は、カーマのスキル解除と全くの同時に距離を詰めて、両腕を炎に差し込んだ。

 そしてかき分けるようにして、自分の体を潜り込ませる。

 

「彼女たちに(むく)いる(ため)にも———カッコいい(ところ)を、見せられるようにならないと」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 目が覚めた時。立香は自分が、どこにいるのか分からなかった。

 

「———本当に良かった」というモルガンの声。

 慌てて周りを見渡すと———目の前で、藤丸立香を()(かば)い、戦うモルガンの姿を(とら)えた。

 

「我が夫、貴方(あなた)の意識が戻らなければ、私は敗北している(ところ)でした」

 

 見るとモルガンは自分の左腕を相手に向かって投げ捨てて、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で爆弾にしていた。

 (あわ)てた立香が「モルガンっ!」と叫びながら駆け寄ると、チラリと立香を横目で見た後、そっと、彼の右隣に位置取った。

 

「問題ありません。……と、言うより———これでもまだマシな方なのです。どちらか一本の腕を盾にする必要が生じたから、左腕を犠牲にしたまでのこと。

 ここは私の咄嗟(とっさ)の判断を、()めるべき場面なのでは?」

 

 それはどういう意味かと前を見て、そして()わんとする(ところ)を知った。

 

 ———(そら)は暗く、星々が(きら)めいている。

 ただそれだけだと思っていた。今は夜であるのだと。

 

 …………でも、星の光を見て気づいた。

 現実の汎人類史や(ほか)の異聞帯ならいざ知らず、この妖精國において、星々の位置はいつも同じだ。

 藤丸立香が一体(いったい)何度、この(くに)で夜を過ごしたと思っている。一体(いったい)どれだけ、この変わらぬ星々を眺めたと思っている。

 ———()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だったらこれは……惑星轟(わくせいごう)ッ!」

「意識を取り戻してから私の魔術系統を弾き出すまで、こうも短時間でやってのけるとは……。流石(さすが)は“()()()()()()()()”といった(ところ)かな」

 

 夜空から目を引き()がし、(あわ)てて術者を視界に収める。

 ……そうだった。妖精國で惑星轟が展開されているということは、彼がいるという事だ。

 

 藤丸立香と真正面から対峙(たいじ)している、数多(あまた)の英霊。その中に混ざっている7人のマスター。

 その7人の中にあって唯一浮遊している男。キリシュタリア・ヴォーダイムが口を(ひら)いた。

 

「“()()()()()()()()”。カルデアスの封印を解き、汎人類史に(あだ)なす者。君がその名の通り異聞帯全てのマスターであるのなら、サーヴァントを何騎潰した(ところ)で勝敗が決まる事はない。

 マスターという存在が無事であれば、異聞連合が再起してくる可能性もある。

 ———で、あるからこそ。ここで確実に君を倒す。

 君を要石(かなめいし)として異聞連合があるのなら、肝心(かんじん)(かなめ)のマスターさえ消してしまえば———瓦解(がかい)するだろう」

 

 星々が(まわ)り、天の配列が変化する。

 

 阿吽(あうん)の呼吸で、カルデアのサーヴァントたちが陣形を()す。マシュとベリルが前に出て、ぺぺさんがその補助に入る。

 アルトリアと村正がその(わき)を固めて、武蔵ちゃんは皆の中心で二刀を(かま)えた。

 (じん)の後ろではアルトリア・キャスターが詠唱を始め、トリスタンが糸を張り巡らせる。

 キリシュタリアの足元にいるオフェリアとアナスタシアが、共に魔眼で牽制(けんせい)していた。

 

 …………そんなカルデアの()(さま)に藤丸立香は一歩退()がって———顔を上げて踏み(とど)まった。

 モルガンの横顔が、見えたからだ。

 

「良く———踏み(とど)まりました、マスター。

 カルデアの面々と(じか)対峙(たいじ)した瞬間に意識を飛ばした時はどうなるかとも思いましたが……。それすらも、恩讐(おんしゅう)と共に復帰した。ならば言うことはありません。

 貴方(あなた)は、史上最高のマスターです」

 

 モルガンの(げき)に感謝を返して、立香は心の内側に意識を向けた。

 …………感じない。キアラとカーマは、もう離脱したようだった。

 ビーストたちから聞かされたゲーティアの考えを実行に移すには、相手が無警戒である必要があるらしい。だからここで彼女たちが出てきて、気付かれてしまっては意味がない、とのことだった。

 

 立香は(こぶし)を強く握る。強く呼吸し、前を向く。

 

「……さて。このピンチをどう打開(だかい)す————」

「おいおい。この状況でまだ『勝てるかも』とか考えてるのかよ。マジでやばいな、おまえ」

 

 ……ベリル・ガット。黒い色のカルデア制服を身に纏い、マシュの盾の後ろに立ったその男は、立香の(つぶや)きに割り込んできた。

 その瞬間、カルデアのサーヴァントたちの雰囲気が変わった。

 立香は、その雰囲気に見覚えがあった。積極的に攻めるのではなく、敵の攻撃をより警戒している雰囲気。この戦況を、より長く続けようとする意思。

 つまりこれは『ベリル・ガットにこの場を託した』という事だろう。

 ベリルが何かを(たく)された。それが何なのかは分からないけど、マズいことだけは変わりなかった。

 

「おまえさぁ、まだやる気だろ? 最後の最後まで戦うって気概(きがい)は好きだぜ」

 

 ベリルの口が回る。

 その姿がやり直し前の記憶と重なり、思わず言い返しそうになった口を押さえた。

 

(あきら)めたくないよなぁ。

 せっかくここまで頑張ってきて、汎人類史をぶっ壊す寸前まで来たんだ。おまえはすげ〜よ。

 ……オレも時々思うんだ。汎人類史なんて壊れちまえば良いのにってな。オレもおまえの同類なワケ。だから本当に良く分かるんだぜ。———おまえ、死んでるだろ」

 

 ベリルが盾からちょっと乗り出す。それにマシュが反応して、ベリルを守れるように立ち位置を変えた。

 立香は笑う、できるだけ楽しそうに。マシュを自分の意思から外して、ベリルを見て言い返した。

 

「そんな事はない、ベリル・ガット。オレは生きてる」

「あん? 気づいてないのか? それはダメだろ、色々とさ。……それとも気づいてて見ないフリをしてるのか? だったら可哀想(かわいそう)に。

 ———オレ、そういうの得意なんだよ」

 

 何故ベリルが任されたのか、気づいた立香は無意識に「くそッ」と吐き捨てた。

 

 藤丸立香は今の今まで、自分自身の心に燃える恩讐と戦っていたのだ。

 カルデアのみんなとの接触の(たび)にストレスを廃棄孔(はいきこう)に捨てていたが……今回、デイビット以外の全員と、そして敵対するたくさんのサーヴァントたちと戦わなくちゃいけなくなった立香の心を、キアラとカーマが支えてくれた。

 2人の助力があって何とか持ち直した立香だったけれど……それだけだった。

 ———今、立香の心は自分でも分かるくらいにボロボロだ。ここでベリルに心の傷を(えぐ)られでもしたらどうなるかなんて……自分でも、想像がつかなかった。

 

 モルガンがスッと、立香の前に立つ。

 

「マスターの心は、我ら異聞連合の最重要課題でもあります。我々が何もしていないとでも?」

「できてねーじゃねぇの、実際。

 ここに来て致命的な弱点が露呈(ろてい)しちまったってんじゃ、誤魔化(ごまか)したくなるのも分かるけどよ。ダメだろ、それは。

 ———戦況はオレたちカルデアが優勢———ってか、もうチェックの段階まで来てる。後はおまえさん(がた)の手の内を(あば)いて、逃げられないようにしてチェックメイト。それで終わりだろ」

 

 モルガンが黙る。彼女の(あせ)りを感じた立香は、どう逃げるかを考え———

 矢が一本飛んでくる。

 モルガンが咄嗟(とっさ)に槍を振り、その斬撃を転送して相殺する事で防御した。

 そしてモルガンは、吐き捨てるように(つぶや)いた。

 

「逃走に対して牽制(けんせい)が飛んでくる。ここで確実に殺すということか……。

 ———マスター。もう少しだけ()える事はできますか?」

「やれるだけやってみるよ。最後まで諦めない事は……得意だからね」

 

 諦めないと口にしてもモルガンは安心した様子がない。彼女を見た立香が、力なく笑う。

 それほどに、カルデアの戦力が強大だった。その中でも飛び抜けて苦戦したサーヴァントたちのうちの6騎が、今も立香の目の前にいるからだ。

 

 グランドセイバー:アルトリア・ペンドラゴン

 グランドランサー:ロムルス=クィリヌス

 グランドアーチャー:オリオン

 グランドキャスター:太公望

 グランドライダー:ノア

 そして、グランドバーサーカー:アルクェイド・ブリュンスタッド

 

 ベリルが立香の目を射抜(いぬ)く。

 

「———それで? ここからどうやって逆転するんだよ、兄弟」

「それは———」

「おまえのストレス値くらい、カルデア(こっち)でだって計測してる。戦闘時間の経過とともにストレス値がガンガン上がってんのだって知ってる。取り(つくろ)わなくていいぜ。

 戦えないんだろ? 

 格上との戦いにビビってんのか、それとも戦いそのものが恐怖なのか。どっちにしろそろそろ限界だろ?」

 

「限界などと、貴様にマスターの何が———」

「分かるさ。……人読(ひとよ)みは得意なんだ。

 おまえさん達の戦い方からは()()に余裕ってもんがなくなってきてる。———そうだろう、親友。アンタはもう戦える精神状態じゃない」

 

 呼吸を整える立香の耳に、ベリルの声が染み込んできた。

 

「———ほうら、(すき)だらけだ」

 

 気づいた時には遅かった。剣尖(けんせん)(ひらめ)き、金属音が鳴り響く。

 ()退(しさ)った武蔵ちゃんは二刀を(かま)えて「おーっ」と感嘆していた。

 

流石(さすが)は竜、噂に(たが)わぬ(うろこ)の硬さね」

 

 宮本武蔵の斬撃を防いだ竜種に向かって、ベリルは軽い調子で文句を言った。

 

「おいおい……。ダメだろそりゃ、ソイツは“悪い王さま”なんだぜ。正義の騎士としちゃあ、カルデアに付いてくれないと」

 

「……何を言うかと思えば。

 ベリル・ガット、私たち竜種は全てを見てから(つがい)を決める。結末を見た後で、その相手と付き合い始めるの。

 そういう離間工作(りかんこうさく)は、まるで意味をなさないわ」

 

 そして今しがた、宮本武蔵を退(しり)けた竜は、立香とモルガンとに加勢した。彼女は、小柄な少女の肉体から竜の(うろこ)を尖らせて、まるで戦闘機のような体で芸術的な垂直着陸を成し遂げた。

 

「マスター、避難誘導は間に合わせたわ。

 ———もう、加勢しても()いのよね?」

 

「もちろん!」と(うなず)いた立香の反応で作戦とやらのあたりを付けたキリシュタリアは、すぐさま隕石を呼び寄せた。

「総員ッ、全力戦闘!」という彼の声を契機(けいき)に、サーヴァントたちが飛び出してくる。

 それら全てを睥睨(へいげい)して、アルビオンはブレスを吐いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 浮いているキリシュタリアの足元にいるカドックは、後ろに下がってきたベリルとキリシュタリアの会話を聞いていた。

 

「悪い、しくじった」と、視線を前に固定したままベリルが言う。

「気にしてないさ」とキリシュタリアが返答する。

 

「元より、異聞帯陣営の持つ逆転の策の手掛(てが)かりがほしいと、君に頼んだのはこの私だ。謝るというなら私の方だよ」

「それを言うなら……いや、やっぱ無しだ。それで? 気づいた事はあるか、キリシュタリア。

 オレは『逆転の策なんて無い』って方に()けるけどな」

 

 カドックの左手、地面から2m程のところに浮遊しているキリシュタリアがハッと笑った。———瞬間、降り注ぐ隕石の全てが迎撃されて爆発。その衝撃で発生した爆風が、キリシュタリアのマントを()らした。

 

「まさか、思ってもいない事を口にするものではないよ、ベリル。何に気づいたのか、教えてくれるかい」

「つってもまあ、大したものは無いぜ。ただアイツらに“逆転の一手”ってヤツがあるなら、それはこの局面を切り抜けた先の話だってことくらいさ。使える戦力はまだあるだろうに出し()しみしてる。

 まぁ逆に言えば、ここで殺せば次はない。戦力は分散してるうちに叩くのがセオリーってな」

「であれば、ココが正念場だね」

 

 キリシュタリアはまたしても隕石の流星群を撃ち込んだ。同時にオリオンは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を狙い撃ち、アルトリアはエクスカリバーを振りかぶる。

 ロムルス=クィリヌスはかつての属国たるブリテンの存在を(まと)めてローマ認定し、特効宝具を空中に展開。ノアと太公望は来るであろうカウンターを先んじて潰し、アルクェイドは空想具現化で敵の足元を溶岩の海に変えていた。

 

 カドックはさらに後ろに下がってアナスタシアの隣に移動、全体を俯瞰(ふかん)できる位置にいた相棒に状況を聞いた。

 

貴方(あなた)(わたくし)のマスターなのだから、もっと堂々としていなさい」というのが、相方からの返答だった。

 

「心配のしすぎよ、カドック。相手は計画のためにこの場に戦力を集中できないし、他の異聞帯からの援軍も()ぐには不可能だと判明しているわ。

 何より、異聞帯の住民が次々と寝返ってきている現状では、時間をかけるほどこっちが有利よ」

「それは分かってるさ。計画とやらにかける(やつ)らの情熱を見ると、それが発動した時の事なんて考えたくもない。

 だからここで倒す。それは分かる。

 ……でも、どうしても不安なんだよ」

 

「———そう」とアナスタシアは言葉を発する。それから、隣に確認を取った。「いいかしら?」と。

 

「ええ、もちろん」

 

 カドックの左にいるアナスタシアのさらに左から、オフェリアの声がやってきた。

 

「私はキリシュタリアから、そのために用立(ようだ)てられた人員よ」

「……。どういう事だよ」

「そのままよ。『カドックの慎重さは時に、我々の見落としを補ってくれる』と。

 どこへなりと連れて行きなさい。必ず生きて帰してあげるわ」

 

 カドックが気になった場所はなんて事ない、戦場から(もっと)も近い集落だった。

 だがカドックの懸念(けねん)は、たどり着く前に現実化する。

 

「何でッ! …………何でお前がここにいる!?」

 

 カドックは彼女を見て、思わず驚愕(きょうがく)を言葉にしていた。

 

「あり得ないだろ。僕たちは、全ての異聞帯の歴史を(さら)ったんだぞッ! 妖精國の歴史だって、『モルガンが過去にレイシフトする事で発生した2週目の歴史』だって事まで突き止めたんだぞ!」

 

 彼女は、「あははは……」と誤魔化(ごまか)すように笑い、隣の男に助けを求めた。

 

「えっと、コレ……どうするべきかな?」

「戦うべきじゃないかな。我らが王が戦っている事は伝え聞いているし、先程(さきほど)から前方でかなり強力な魔力衝突が起きているし、何より彼らはカルデアのマスターだろう」

「そうだね、それじゃあ始めましょうか。

 外の世界、正しく繁栄した歴史からお越しくださった皆様———どうかブリテンでの日々が、楽しいものとして心に残りますように」

 

 などとやっている男女2人組を目の当たりにしたカドックは、自分たちがとても大きな認識の齟齬(そご)を起こしていた事に気づいた。

 ……どこが間違っていたのか。いや、どこから間違って認識していたのか。

 思わずオフェリアを振り返り、彼女もまた驚愕(きょうがく)の中にいることを知って、即座(そくざ)に声を張り上げた。

 

「2人とも逃げるぞ!」

 

 我に帰ったオフェリアが魔眼を起動。くるりと反転して、3人は逃げ出した。

 

「妖精暦の英雄、救世主トネリコは……女王暦のモルガンと同一人物だろう!?」

 

 走りながら、カドックは確認する。

 

「モルガンが沢山(たくさん)いるっていうなら、分かる。現代の冠位人形師だって同じことができると聞いたことがあるくらいだ。モルガンもできると聞いても驚かないさ。だけど、アイツは違う……。

 何で救世主トネリコが……この時代に生きてるんだ!?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 戦場を上から観察して、キリシュタリアは納得した。

 

「ふむ、やはり咄嗟(とっさ)の機転がきく。それに判断も早い」

 

 サーヴァントたちの一点集中攻撃はモルガンの時空跳躍術式によって回避された。

 だが(すで)に、時空跳躍に対するカウンター術式は太公望が構築済みだ。一歩踏み込んだアルトリアのエクスカリバーが横薙(よこな)ぎに放たれようとしている今、同じ手はもう通用しない。

 

「ロムルス=クィリヌス、宝具の準備を」

 

 (うなず)いたロムルスがキリシュタリアの目の前で両手をYの字に広げ、“我らの腕は全てを拓き、宙へ(ペル・アスペラ・アド・アストラ)”を発動させた。

 

「白兵戦での足止め+太公望による時空跳躍の妨害+近接距離からの範囲エクスカリバー+迎撃か回避の後に放たれるローマ特攻攻撃。

 君の持ち(ふだ)が今ので最後なら、これで確実に殺せる(はず)だが……」

 

「キリシュタリアッ!」

 

 カドックが呼ぶ声がする。

 振り返った視線の先に、駆け寄ってくる2人と1騎の姿があった。

 

「キリシュタリアッ、ダメだ! 僕たちの認識は間違っていた。一度立て直せッ! 何かがおかしい……。

 根本的に何かがおかしい!」

「それはどうい———」

 

『ドンッ』という音と共に、爆風がここまで飛んできた。

 モルガンと境界の竜、それと⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎がいる場所に視線を走らせると、聖剣でガードしたアルトリアと共に、何騎かのサーヴァントが黄金の光の柱から吹き飛ばされているところだった。吹き飛ばした方の少女は、そのまま槍に魔力を注ぎ込み、その黄金の魔力波動でオリオンの一射の軌道を()らした。

 それだけではない。滑空するアルビオンの背に着地した少女の真下、地面の上にも、魔力を(ともな)う輝きがあった。

 その輝きの(みなもと)、一本の剣を腰ダメに(かま)えた青年は「———()は世界を守る戦いである」と口にした。

 

 魔力が膨れ上がり、黄金の輝きで満たされる。

 

「——————約束された(エクス)ッ———」

「ロムルスッ!」

 

 指示を受けるまでもなく、ロムルス=クィリヌスは己が宝具を守りとして展開していた。

 

我らの腕は全てを拓き、(ペル・アスペラ・アド・)———!」

「———勝利の剣(カリバー)ーーーッ!!」

 

 ———そうしてまた、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎には逃げられた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ご苦労だったね」と(ねぎら)うダ・ヴィンチと、そそくさと紅茶を()れに出て行ったマシュ。

 

 彼らを尻目(しりめ)にベリルがドカッと椅子に座った。

 

「マジかよアイツら、あの状況から逃げ切るのかよ。笑っちまうな!」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ」

 

 (あくた)ヒナコが、控室(ひかえしつ)に入ってくるなりツッコミを入れた。

 

「あの後、トネリコとウーサーの助力を得て⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は離脱。私たちの調べた妖精國史は、根本から間違っていたことが明かされた。

 ———あのクソッタレのマスターの事だもの、この事実にどんな罠が張ってあっても不思議じゃないわ」

 

 その言葉にダ・ヴィンチが乗っかる。マシュが差し出したカップを受け取り、適当な椅子に座りながら口を挟んだ。

 

「確かにねぇ。天才としたことが考えもしなかったよ。まさか、特異点以外にレイシフトして霊基が霧散しない方法を見つけているだなんてね」

 

 最後にキリシュタリアが入室して、長方形のミーティングテーブルの上座に座った。

 

「まずは謝らせてほしい、私の不手際(ふてぎわ)で⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を———」

 

 言い切らないうちに、キリシュタリアは後頭部を叩かれて机に頭を打ちつけた。叩いた本人(あくた)ヒナコは、周囲の環境から肉体を再構成しながら、もう一度自分の席に戻っていった。

 

「魔力暴走による肉体の崩壊と再構成を、私の後ろを取るためだけに使うだなんて……」

「仕方ないでしょ、あんたの抱え込み(ぐせ)が再発したんだもの。面白がって指摘しない奴らばかり、だから私がぶん殴ってやらないとね」

 

 優雅な所作で自分の椅子に腰掛けて、ゆっくりと紅茶に口をつけた。

 

「だいたい、コレは何かがおかしいと誰も気づかなかった事が問題なの。ここからは問題の洗い出しと考察をするべきであって、責め合いをしたいのでも謝罪合戦がやりたいのでもないわ」

 

「だから———」と周囲を見渡した。

 

「何でもいいわよ、気づいた事を教えてちょうだい」

「…………。それじゃあ、僕から」

 

 一瞬の沈黙の後、カドックが口火(くちび)を切った。

 まずは彼が、自分たちの認識をすり合わせる。

 

 ブリテン島の異聞帯は元々歴史なんて持てないくらい崩壊していた。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に召喚されたモルガンが妖精歴4000年にレイシフトして、異聞帯の歴史を守った。けど、特異点ではない場所へのレイシフトでは、サーヴァントとは言え霊基は即座(そくざ)に霧散する。だからモルガンは、妖精歴4000年にいる過去の自分自身に記憶や情報を渡す事で、擬似的な時間(じかん)遡行(そこう)を成功させた。

 ———だから⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が召喚したモルガンは(すで)に消滅していて、妖精歴の救世主トネリコがサーヴァントのフリをしているだけだ———というのが、カルデア推測だった。

 

「……でも違った。モルガンもトネリコも、両方とも存在していた。僕たちの推測は、何かが致命的に間違っていたんだ」

 

 カドックの問題提起の後、オフェリアがスッと手を()げて発言した。

 

「モルガンとトネリコが2017年に共に存在しているのなら、考えられる事態は一つでしょう。つまり、『召喚された方のモルガンは、霊基を(とど)めたまま妖精歴にレイシフトした』。

 妖精國には、“今を生きるトネリコ”と、“サーヴァントとなったモルガン”の両方がいる事になるわ」

 

「でも、それだけなら大した事ではないわよね」とペペロンチーノが感想をもらした。

「彼らを殺し切れる可能性は低くはなかったわ。にも(かかわ)らずカドックは撤退を進言したのだから、何か引っかかっている事があるのよね?」

 

「まあ、ペペロンチーノの言う通りだよ。この2つの事象の違いは、ハッキリ言って大した違いじゃない。敵の戦力がいくらか隠れていたってだけだ。

 ……でも僕には、それを今まで隠していた理由が分からない。あんな土壇場(どたんば)になるまで隠すような戦力だったか? 異聞連合が劣勢だからカルデアに付いたって人間も少なくないんだ。

 正直(しょうじき)僕には、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎がトネリコを隠していた理由に思い至らない。だから———きっと何かある」

 

「ただの雑感じゃないの」と(あくた)ヒナコが反応した。

「まあでも、分からなくはないわね。

 あの始皇帝が、その戦略の(あなめ)()えることを良しとしているってだけで、警戒するに余りある情報よ」

 

 皆の発言を黙って聞いていたキリシュタリアが、そのままダ・ヴィンチの方を向いた。

 

「これらの意見を聞いて、レオナルドはなにかあるだろうか」

「そうだねぇ。モルガンが過去にレイシフトしても霧散しない方法がない(わけ)じゃない。

 先に、特異点となり得るモノを送り込んでおく事だ。そうして妖精歴4000年が特異点となった後で、モルガン自身がレイシフトすれば良い」

 

「ただ問題なのは、特異点じゃない場所に何を送り込んでもすぐさま消滅してしまうってコトさ」と彼女は続ける。

 

「それを送り込むだけで歴史を大きく歪めるもの。かつ、事象の矛盾に(さら)されても自己を保っていられるほどの存在強度も必要だ。

 ———真っ先に思いつくのは聖杯かな。現地の人間か妖精に聖杯を渡して歴史を歪めてもらった後で、自分もその時代にレイシフトして再度歴史に干渉する。それ以外の存在であれば大抵消滅の…………ああ」

 

 ダ・ヴィンチは人差し指を一歩立てて顔の前に持ってきた。

 

「そういえばもう一つあったね、ビーストだ。

 ビーストであれば“単独顕現”を保有している。消滅する心配はないし、歴史を歪めて余りある人類悪だ。

 コヤンスカヤと名乗っている彼女がビーストの候補であろう事はほぼ確定しているから、先に彼女を妖精歴4000年に送り込んでからモルガンも追いかけるようにレイシフトすれば、今の状況と辻褄(つじつま)()う」

 

 ダ・ヴィンチは少し笑って、「それでも、カドックの疑問には答えられそうにない」と返答した。

 

「大切なピースが、まだ隠されてる気が———」

 

『ドンッ!』という轟音と共に、イマジナリ・ボーダーが激しく揺れる。

 ぺぺが立ち上がり女性陣を抱き止めて支え、ベリルは「何だよッ」と状況の確認に飛び出そうとした瞬間———。

 

 赤いランプが点灯し、アラートが鳴り響く。

 

『総員、(ただ)ちに戦闘配置に移行! 総員、(ただ)ちに戦闘配置に移行!』

 

 揺れる船内を走り、全てを投げ出して管制室に入室するAチームとダ・ヴィンチ。

 ダ・ヴィンチの「ロマニっ!」という声に応えて、Dr.ロマンが状況を簡潔(かんけつ)に説明する。

 

「これはマズいよ! デッカいモフモフがビームを出しながら攻めてきた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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