第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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 いつも誤字報告、感想、ここすき、など。色々とありがとうございます。
 とても嬉しく読ませてもらっています。

※この二次小説は『カルデア全員生存イフ』として考えていました。
 ですが終局特異点を読み返していたところ、『レフの爆弾で200人死んでいたこと』をダ・ヴィンチちゃんがアナウンスしていまして……。
 この小説の第二話の『200に満たない最後の生存者』というセリフと矛盾することが判明しました。
 ———よって該当箇所を『200→300』に変更します。







第七話:いってらっしゃい

 

 

 

 

 

 周囲の景色が、茜空(あかねぞら)と共にゆっくりと後ろに流れていく。

 ふかふかと沈み込み、不安定で真っ白な足元を踏みしめて、藤丸立香はゆっくりと立ち上がった。

 

 ブリテンの風を一身(いっしん)に受けて、その心地よさを体感する。

 そうしていると、後方から声がかかった。

 

「———藤丸立香くん」

 

 声のした方、左後方を振り返ると、モフモフの地面の上に青年が立っていた。立香は彼を認めると、感謝の言葉を返したのだった。

 

「さっきはありがとうアーサー王。かなりピンチだったから、本当に助かった」

「礼には及ばないさ。僕は聖剣で牽制(けんせい)したに過ぎない。退路を構築して君たちを逃し切ったのはトネリコとウーサーの功績だからね」

 

 アーサーが隣に立つ一組の夫婦に目を向けて、そして藤丸に視線を戻した。

 

「それに、私は本来ビーストを狩る者。Dr.ロマンと面識がある事もあってカルデアに身を寄せる(はず)だったんだが……。君に会うように言われてね」

 

 そこまで言ったアーサー王は優雅に肩をすくめて、とある花の魔術師の声真似をする。

 

「『いくらハッピーエンドだとしても……だ。その過程がつまらない。アーサー、ちょっと行ってビーストに味方しておいで』と、言うわけだ」

「そう、レディ・アヴァロンが……」

「君にはビーストが付いているから最初は(なに)(ごと)かと思ったのだけれど、こちらに来て彼女の言いたかった意味がようやく分かった」

 

 アーサーが、ケルヌンノスの頭のてっぺんから周囲をぐるっと見渡した。

 

「色々あったけれど、この国は好きだよ」

「たくさんのモノを見てきた貴方(あなた)にそう言って貰えるとオレも嬉しい。でも……それはモルガンに言ってあげて」

「確かに、()の王妃陛下の無聊(ぶりょう)(むく)いるためにも、それはとても重要だ。

 ———救われてほしいと、僕も思う」

「それについても、感謝を。約束された勝利の剣(エクスカリバー)の十三拘束、『世界を守る戦い』を承認してくれた事を」

 

「それについては、本当に」と騎士王は爽やかな笑顔を向ける。「僕自身が、この世界には救われてほしいと思うんだ。たとえ———妖精國の滅びが確実なものであったとしてもね。それでも……」

 

 アーサーが後ろを振り返り、遠くを見た。藤丸は彼がキャメロット城を見ているのだとアタリをつけた。

 アーサーは言う。

 

「ここのモルガンは、6000年の孤独の末に絶望を与えられていい存在ではないと、強く思うよ。彼女の孤独は(いや)されるべきだ」

 

()()()までは、確かに見るに耐えない惨状(さんじょう)でした」とトネリコが話に入ってきた。

 彼女はトコトコと前に歩き、先頭で振り返り、藤丸とアーサーという2人の王に微笑みかけた。

 

「モルガンが知りたがったという理由もあるのだけど……、結果として藤丸さんの死が確定してしまって以来。ずっと塞ぎ込んでいた彼女は()()()までのものです。()()()からの彼女はむしろ、(すき)あらば惚気(のろけ)てくるのです。殴りたくなるような笑顔なんだけど……()()()()()()で、確かに彼女は救われたのです」

 

「ぁあ……ふふっ。あれは(すご)かった」とアーサーは笑う。「レディ・アヴァロンの単独顕現で異聞帯の過去に送られてから今まで、あれほどのモノは見た事がなかった」

 

 彼は懐かしむように、ゆっくりと(まばた)きをした。

 

「———“王の婚姻(こんいん)”、あるいは“チョコレートの奇跡”。

 妖精國を(のぞ)く全ての異聞帯の民が、文字通り総出(そうで)でチョコレートを作った事件」

 

 トネリコが話を(つな)ぐ。

 

「あの日、全ての異聞帯の民と藤丸さんが、共同で作ったチョコを送ったという事をもって、モルガンは正式に異聞帯全ての王妃になったのです。それ以来、7つの異聞帯では新郎が新婦にチョコを送ることをもって婚姻(こんいん)を成したとみなす。貴方(あなた)の行為は、確かな歴史となりました。

 ———そしてなにも救われたのは、モルガンだけではありません」

 

 トネリコは、自らが持つ杖をトンッとついてモフモフの地面に魔法陣を描き出す。

 

「———ほら、出てきなさい」

 

「ちょっとッ! さすがにそれは強引ではありません?」

 

 魔法陣の描かれた場所、モフモフの中から引きずり出された女性は声を(とが)らせながら抗議した。

 

「引っ張り出す女性に化粧の時間も与えないとか、救世主の名が(すた)りますわよッ」

貴女(あなた)がいつまで()っても出て来ないからでしょ。カルデアに対応の(すき)を与えないための速攻逆襲なんだから準備が不十分なのは当たり前。藤丸さんのファーストサーヴァントを名乗るなら、ここは出て来るべきなんじゃないの?」

 

 トネリコの反論に「ぐぅッ!」と、ちょっと前屈(まえかが)み気味にリアクションした女性には、3対のケモミミが付いていた。

 大胆に胸をはだけた白の和装。真っ赤な帯を巻き、その上からしめ縄のようにツイストされた真っ赤な(あかね)()めの(ひも)帯締(おびじめ)としている。

 藤丸の、声のトーンが少し上がった。

 

「闇のコヤンスカヤっ」

「ええ、お久しぶりでございますマスター。しばらく見ないうちに随分(ずいぶん)と元気になられて、(わたくし)は嬉しいですわ」

「あれから6000年は()ってるからね。

 コヤンスカヤは……ケルヌンノスの巫女になってたんだ」

「ええ。(わたくし)たちはかつて“タマモヴィッチ(タマモの息子)”を名乗ったモノ。であれば、“巫女狐”の二つ名とて(わたくし)がいただいても良いのでは? という判断でございます」

 

「……コヤンスカヤ、お礼」

 

 トネリコの声が横から刺さる。

 闇のコヤンスカヤはジトっとした目を彼女に向けた。声のトーンも若干(じゃっかん)落ちた。

 

「実に6000年ぶり。感動の再会だというのに、コレでは風情も台無しですわね……。———まあ、いいでしょう」

 

 コホンっと空咳(からせき)をうったコヤンスカヤは、その体を藤丸に向けた。

 

「“チョコレートの奇跡”、実に見事でございました。心の持ちようが危機的状況下でいかに勝利に役立つか、ということを見事に物語っておりましたわ。それによってモルガン陛下は士気を取り戻し、結果としてケルヌンノスに“殺戮(さつりく)獣団(じゅうだん)”のスキルを通すことができました。

 結末は———ご覧の通り。

 (わたくし)はケルヌンノスの巫女となり、対話によって(じゅ)(そう)解呪(かいじゅ)しようと取り掛かる事ができました」

 

 闇のコヤンスカヤはモフモフの足元に視線を向ける。それから見事なお辞儀を披露した。

 

「ケルヌンノスの巫女として、マスターには多大なる感謝を」

 

 そして大きく深呼吸して、目を細めて立香を見た。

 

「しかし……。本当にこれで良かったのですか? (わたくし)貴方(あなた)さまにコレを問う機会はもう訪れないと思いますので……最期(さいご)に。

 このままカルデアに攻撃して良いのですね?」

「お願い、コヤンスカヤ。これで勝てるかどうかはともかく、追い詰めるところまではいかないと」

「…………、(かしこ)まりました。ではご命令のままに、ドデカい(フネ)を焼き払うとしましょうかッ!」

 

 コヤンスカヤは振り向きざまに左手を一閃(いっせん)する。その挙動(きょどう)を合図に足元のケルヌンノスの魔力が上昇、コヤンスカヤが手を振りかぶるのと同時に口元に魔力が収束した。

 

()ずは初手のご挨拶です。小賢(こざか)しい迷彩ごと、その防護結界を貫きなさい!」

 

 ———そうして、彼女の手は振り下ろされた。

 ケルヌンノスの口から放たれる呪力のこもった魔力収束砲。それはイマジナリ・ボーダーの結界に突き刺さり、突き抜ける。

 

 破壊音や衝撃は、結界に遮られてコヤンスカヤたちの(ところ)までは届かなかったが、確実に攻撃は通ったらしい。迷彩を()がされた巨大戦艦は豪快に()れ、煙を立ち上らせていた。

 

 トネリコは、コヤンスカヤとケルヌンノスがビームを撃ちまくる様子を尻目(しりめ)に藤丸立香に声をかけた。事前に説明していたとは言え、最後にもう一度確認しておきたかったのだ。

 彼女は立香の隣まで来て、爆音に負けないように声を張り上げた。

 

「藤丸立香さん。事前に説明していた通り、“左手の令呪”の使用タイミングは完全に貴方(あなた)にお任せします」

 

 彼女の言葉に、立香は自分の左手の甲を見る。そこには水色に輝く3画の令呪があった。

 

「その令呪にはサーヴァントへの命令権はありません。サーヴァントの行動をブーストする効果もありません。

 その令呪でできるのは『私にタイミングを伝えること』だけ。それも、“水鏡(みずかがみ)”を使うタイミングを伝えることだけです」

 

 トネリコは過去を振り返る。自分がまだ妖精歴にいた頃の話。

 トネリコたちは計3回、未来から転送されて来た攻撃を(しの)いでいる。これはつまり、自分たちはカルデアとの戦闘中に3回まで、攻撃を過去へ飛ばせるという事だ。

 ……もちろん、やり直し前の世界でモルガンがやっていたように矛盾を承知(しょうち)で何もかもを妖精歴に飛ばす事もできなくはないが……。そうしてしまうと、意図しないところで過去の自分たちが現在(みらい)に矛盾を送り返してしまう可能性が生じてしまう。マシュを水晶の結界に保存して、2017年(みらい)に送り返したように。

 

 だから今回は、妖精歴に飛ばす攻撃を3回までと決めていた。そしてこういった『回数制限のある切り札をどのタイミングで切るのか』という判断において、彼の右に出る者はいないだろうと意見が一致した結果、トネリコにそのタイミングを知らせるために、藤丸立香の左手には特殊令呪が3画、刻まれていた。

 

「藤丸立香さん、『何を過去に飛ばすのか』という判断を我々は貴方(あなた)一任(いちにん)します。ですが仮に貴方(あなた)が判断を(あやま)ったとしても、決して自分を責めないように。

 私たちは自分の意思で、それを貴方(あなた)(たく)したのですから」

 

「ありがとう」と立香はトネリコの方を見て、それから前方の森に隠れていた巨大戦艦に視線を戻した。

 

「トネリコの方こそ気をつけて。君はモルガンとは違ってサーヴァントじゃない。キチンとこの異聞帯を生きている妖精なんだ。君が死んだら、元も子もないよ」

(わか)っています。お互い、一度きりの命。大切にしないといけませんね」

 

 そしてトネリコは走り出す。ぐんぐんとスピードを上げ、コヤンスカヤより前に出て、ケルヌンノスの頭から飛び降りる。杖を槍に持ち替えて、自らの夫に声をかけた。

 

「行きますよウーサー! 聖剣を持って私に続けーーっ!」

「僕がついて来てなかったらどうしてたんだい?」

 

 すぐ後ろから懐かしい声が返ってきた。この決戦に向けて2000年ほど眠りについていた自分の夫、ウーサー。限られた寿命をいつ使い切るのかという命題において2017年を選んでくれた、我が生涯の伴侶(はんりよ)

 彼のお(かげ)で、自分の精神は変わらなかった。(ゆえ)にトネリコは、2000年()ってもこの姿で生きている。

 

 イマジナリ・ボーダーの甲板(かんぱん)に設置されている魔力砲からの射撃を手に待つ槍で適当に弾きながら、トネリコはモルガンの想いに共感していた。

 自分の大切な人が自分の事を想ってくれている。ただそれだけがどれ程の力になるのかを、あの日の自分は垣間(かいま)見た。

 

 敵戦艦へ向けて飛び降りている最中(さいちゅう)に、トネリコは槍を(かま)える。甲板(かんぱん)から大車輪のようなチャクラムが炎を(まと)ってカッ飛んで来たからだ。聖槍に魔力を叩き込んで起動、黄金の輝きを奔流(ほんりゅう)に変え、チャクラムに叩き込んだ。

 

 右隣にも、同じく黄金の輝きが(とも)る。ウーサーはケルヌンノスビームの援護を受けながら、飛んで来た大量の剣の嵐に向かって聖剣のビームをぶっ放した。

 

 ———その瞬間、トネリコは魔力によって空中に足場を作り出し、跳躍。ウーサーの前に躍り出て、己が聖槍を起動させた。

 

眩き選定の槍(ロスト・ロンギヌス)ッ!」

 

 聖剣の一撃をすり抜けてきた剣の嵐に向かって聖槍を突き出す。黄金の奔流(ほんりゅう)は今度こそ、剣の全てを吹き飛ばした。

 

 トネリコの作った空中の足場にウーサーと2人で着地する。

 自分たちの眼下(がんか)、船の甲板(かんぱん)(そび)え立つキャメロットの城壁を見て、トネリコは敵の攻撃を看破(かんぱ)した。

 

「……なるほど。これがテスカトリポカの、因果律にすら干渉し()る権能ですか」

 

「———おいおい、オレの権能を披露(ひろう)したのはコレが初めてだろうが。即座(そくざ)に言い当てられちゃあ、たまったもんじゃねぇ」

 

 霊体化を解除して、テスカトリポカが姿を現す。まばらにいるサーヴァントたちの(なか)ほどに立っていた。ジーンズにVネックシャツ、(えり)の付いたレザージャケットを羽織(はお)っている。

 

「何と言うか、だ。オレは確かにお互いの攻撃の時間軸をズラして、それぞれを素通りさせたワケだが……。色んな神話体系、色んな宝具の可能性がある中一発で、ノータイムでオレ1(はしら)だと確定させる。

 ———お前たち、異常だぞ」

 

 ウーサーがトネリコより前に出る。

 

「何を言うかと思えば……、人理修復に(あたい)する偉業を成し()げたのが貴方(あなた)(がた)のマスターだけだとでも?」

「……何?」 

「我らの王は、人理修復の旅を(すで)に7度乗り越えている。カルデアス内で行われたシミュレーションとは言え、7度もだ。

 汎人類史の英霊に対する理解度は、君たちのマスターを(はる)かに凌駕(りょうが)するよ」

 

 ウーサーの呼吸の隙間(すきま)を狙って放たれたボウガンの一矢(いっし)を、トネリコは槍で打ち落とそうとして———藤丸からの令呪による合図を感知、即座(そくざ)に波紋を展開する。

 テスカトリポカは、そんなトネリコを見て舌打ちし、頭を()いて「そりゃ戦士だとは思っちゃいたが……」と狙撃銃をぶっ放す。

 当然のように明後日(あさって)の方向へ飛んでいく弾丸を無視して、跳躍(ちょうやく)。自分に当たる可能性のある矢だけを叩き落として、トネリコは甲板(かんぱん)に穴でも開けてやろうと聖槍に魔力を(そそ)いだところに———テスカトリポカの声が響いてきた。

 

「……まあ、ミクトランまで行ってたオレがここにいるって事は、だ。

 ———アッシーくんもいるってコトだぜ」

 

 瞬間、トネリコの頭上からドスの効いた女性の声が()ってきた。

 

「誰がアッシーくんだ、ボケが」

 

 紫電(しでん)(ともな)った水流が、槍撃(そうげき)(あわ)せて突き下される。

 助けに入ろうとしたウーサーにはエミヤの偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)とアルテミスの月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)が同時に放たれている。その対処で間に合わない。

 —————だが。

 

 カイニスが居た場所は(すで)に、ケルヌンノスのビームに撃ち抜かれていた。だが、カイニスの体を丸ごと(おお)ったビームの中から雷を(まと)った激流が噴き出し、振り下ろした斬撃によってビームを割った。

 カイニスを追撃するように地面から長く伸びて来た黒い腕が掴みかかって来たが、カイニスは肉体の一部を炎に変えて羽ばたき、(のが)れた。

 

(わたくし)たちのコト、忘れないで下さいます?」という言葉と共にケルヌンノスがビームをチャージした瞬間、「忘れてるワケねーだろッ!」という雄叫(おたけ)びと共に甲板(かんぱん)後方で魔力が跳ね上がるのをコヤンスカヤは発見した。

 

「—————我が矢の届かぬ獣はあらじ(オリオン・オルコス)ッ!!」

 

 グランドアーチャー:オリオンが放ったその宝具は、相手が魔性・魔獣の(たぐ)いである場合はあらゆる防御系統のスキル、宝具などを全て無効化する効果を持つ。さらにグランドの霊基で召喚されたオリオンが放つ一撃はあらゆる獣を、対象との距離を無視して射程(しゃてい)に収める。

 つまり、この瞬間。ケルヌンノスの呪層の防御全てを貫通してコヤンスカヤが撃ち抜かれる未来が確定した。

 

 藤丸がそこにいなければ。

 

「—————特殊令呪起動、水鏡(みずかがみ)

 この一撃をお願い、トネリコ」

 

 闇のコヤンスカヤの正面の空間が水色の光を放ちながら盾のように波打ち、オリオンの放った一矢(いっし)()み込んで、ゆっくりと波紋も消えていく。

「何だと!」というオリオンの声を聞いてコヤンスカヤはほくそ笑んだ。

 (まった)く、苦労した甲斐(かい)があるというものだ。だってコヤンスカヤは(すで)に、“我が矢の届かぬ獣はあらじ(オリオン・オルコス)”を防いだ過去があるのだから。

 ……厳密にいうと、防いだのはコヤンスカヤではなくケルヌンノスで、防いだのは妖精歴の時間軸なのだが。

 

 つまり、オリオンの宝具の『あらゆる防御系スキルや宝具を無効化する』効果に対して藤丸は、『水鏡(みずかがみ)を使って過去のコヤンスカヤにターゲットを差し替える』ことで対処した。そしてそのタイミングの闇のコヤンスカヤはケルヌンノスに“殺戮(さつりく)獣団(じゅうだん)”のスキルで(もぐ)り込んでおり、この時ケルヌンノスを弱体化させるのに役立ってくれた事を記憶している。

 

 思い出して、コヤンスカヤはちょっと笑った。

 

 一連の攻防を見届けて、コヤンスカヤは戦場を俯瞰(ふかん)する。グランドアーチャーのオリオンがいると知っていながら、彼女がわざわざケルヌンノスの頭の上に()()っていたのはこの(ため)だった。

 要するに、敵の(ねら)いを誘導するために、コヤンスカヤはここにいたのだ。

 

(わたくし)に、ケルヌンノスに———攻撃しましたわね?」

 

 ———そして、“呪層汚染”が発動する。

 ケルヌンノスに、そしてケルヌンノスが巫女と認めた存在“グレイマルキン”に攻撃した者に与えられる、神の呪い。ケルヌンノスが自分自身を呪っているこの呪いは、ケルヌンノスを攻撃することで感染し、攻撃者を殺しにかかる。

 オリオンとて英霊、それもグランドなので死ぬ事はないが、感染した呪層を気合いで(こら)えているだけなので、その分死に近づいている。

 さらにオリオンが感染源となって呪いをばら()くため、オリオンの近くにいるだけで呪われていく。

 

 コヤンスカヤは顔に出さずにため息をついた。……ほんと、(わたくし)がストーム・ボーダーに降りかかる呪いを肩代(かたが)わりして戦線離脱してから、藤丸立香(ひき)いるカルデアは一体(いったい)どうやって、この神を倒し切ったというのか。

 カルデアに召喚された後で当時の戦闘記録を観ても、何でアレで勝てるのかがさっぱり分からないままだった。

 

 スゥッ、と目を細めて敵の状況を観察する。

 (すで)に敵陣内部で感染爆発が起きている現状、若干(じゃっかん)パニックになっているようだ。オリオンは下がらせたらしく、()わりに別の宝具が対人・対軍宝具()わず4,5発飛んで来たものの、ケルヌンノスに巫女と認められている自分は元より、実は前々からケルヌンノスが推していたことが判明した藤丸は、共に“グレイマルキン”のスキルによって守られている。“無敵付与”というヤツだ。

 

 よって(せま)り来る宝具は届かず、呪層汚染は際限(さいげん)なく広がり続ける。体力の低いサーヴァントは、すでにほとんどが離脱していった。

 

()()()()()上手くハマっていますね……」と、コヤンスカヤは自分の(あご)に手を当てた。(もっと)も危険視されていたオリオンは、一番情報が少ない段階(だんかい)で呪層を通して感染爆発を起こさせ。ちゃっかりトネリコが聖槍の斬撃を空間転移させる方法で(たた)()けて離脱させた。

 こうなれば向こうとて理解した(はず)だ。少なくとも圧倒的な貫通性能を持つものでないと、こちらに攻撃は届かない事を。仮に攻撃が届いたとしても、その先に待つのは(さら)なる呪層感染でしかない事を。(ゆえ)に———

 

 コヤンスカヤはため息をついた。やはりこうなりましたか、と。

 できれば出て来て欲しくはなかった。けれど、この状況なら出てくるだろう存在。

 

 ———我らがマスターの天敵が。

 

 

 

 出て来たのは、4人だった。

 青年が1人、男が1人、少女が1人、そして女性が1人。彼らの存在を認めたマスターの声が、コヤンスカヤの後ろから聞こえてくる。

 

「キリシュタリア、レフ・ライノール、アルトリア・キャスター。…………ダ・ヴィンチちゃん」

 

 そして彼らは、元々甲板(かんぱん)にいたマシュ・キリエライトと合流した。

 

 ———一拍(いっぱく)二拍(にはく)

 その間に、暴れていたトネリコ、ウーサー、アーサーがケルヌンノスの頭まで戻って来た。

 

 ケルヌンノスの呪層汚染空間となった船の甲板(かんぱん)にアルトリア・キャスターの杖が突き立てられる。そして世界は、彼女の心象に()()えられた。

 

「———これはかつて()う導きの星。数多(あまた)の出会い、確かな繋がり。どれほど暗い嵐の夜も、(かす)かな光の足元に」

 

 アルトリア・キャスターが、宝具を高らかに(うた)い上げる。

 

きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)

 

 宝具の解放と共に爆発的に広がった心象風景は、元々あった世界を侵食(しんしょく)する。

 ———“妖精領域”。

 力ある妖精が持つとされる、自らの本質によって世界を作り変えてしまう特性。ケルヌンノスの呪層がどれほど蔓延(まんえん)していようとも、世界ごと作り変えられてしまったならば、彼らに効果は(およ)ぼせない。

 作り変えられ、一面の花畑となったボーダーの甲板(かんぱん)をキリシュタリアがサクサクと歩く。

 

「———やってくれたね」

 

 彼の声は、低く響いた。

 藤丸立香が、コヤンスカヤの右隣に並び立つ。

 

「オレは異聞帯全ての、存続(そんぞく)を願う者だからね」

「異聞帯とは、“本来なら切除(せつじょ)された(はず)の並行世界”だ。『汎人類史の立場をよこせ』というのは、ないんじゃないかい?」

「どうだろう。『生きたい』というのは、生き物の根源的な本能だと思う。せっかくチャンスが与えられたなら、それを最大限()かさないと」

「……なるほど」

 

 キリシュタリアの杖が光り、魔法陣が展開される。単発効果12、重複効果も合わせるとさらに8、防御系の魔術式が存在していた。それらが巨大戦艦を(おお)って発動。コヤンスカヤがざっと見ただけでもかなり念入りに呪術系への防御を固めていた。

 そうしてから、キリシュタリアはゆっくりと後方を振り返る。

 

「———鴉郎(あろう)さん、どうだった? 君の意見を聞かせてほしい」

 

「そうねぇ。その子、概念防御を持ってるわよ」

 

 コヤンスカヤは(あわ)てて声の発生源にピントを合わせる。いくらマスターの天敵に気を取られていたとはいえ、声を聞くまで存在に気づかなかったとは……。

 キリシュタリアの背後から甲板(かんぱん)の上を歩いて来た彼女、スカンジナビア・ペペロンチーノの姿を、目を細めて観察した。どうやらこちらの()(ふだ)を一つ、見抜かれてしまったようだった。

 

 ペペロンチーノはキリシュタリアの左手に立ち、こちらを見上げて口を開けた。

 

「彼の運命はこの妖精國と紐付(ひもづ)いているわ。直接的なものではないけれど、死の順番が繋がっている。

 このブリテンが滅びるまで、彼は死なないわね」

「それは……。どういう経緯(けいい)の繋がりなんだい? 彼自身の特性という事かな」

「いいえ、どちらかというと予言に近い代物(しろもの)ね」

「———ふむ、だが(ただ)の予言にそこまでの運命拘束力(こうそくりょく)はない。ならばその『妖精國が滅ぶまで死なない』という運命には何らかのデメリットがある(はず)だけど……」

「ああ、ごめんなさい、言い方が悪かったわ。厳密(げんみつ)には逆の運命なのよ。

『彼は妖精國が滅んだ後に必ず死ぬ』わ。その運命を丸ごと受け入れる事によって、逆説的に『妖精國が滅びるまでは死なない』という概念防御を獲得しているみたいなの」

「———なるほど、それは良い事を聞いた。これまでの戦闘では、常に君は狙われていたからね。こうしてゆっくり観察する時間が取れて良かったよ」

 

 キリシュタリアは凄惨(せいさん)な笑顔でケルヌンノスの頭の上を見上げたまま「ありがとう」と口にした。

 

「礼には(およ)ばないわ。モフモフの上の彼も黙って聞いてくれてるみたいだし、私がフリーになっていたと気づいた時に観念(かんねん)したのね」

 

「いつかはバレる事だと思っていたよ」と言ったマスターの言葉を、コヤンスカヤは受け()いだ。

 

「スカンジナビア・ペペロンチーノ様。

 貴女(あなた)は“他心通(たしんつう)”と“漏尽通(ろうじんつう)”を持っているそうですが———警戒は正しかったようですね。

 貴女(あなた)、“天眼通(てんげんつう)”も持っているのでは?」

 

 ペペロンチーノは目を糸にしてニッコリ笑う。

 

「———“漏尽通(ろうじんつう)”よ。

 自分の寿命(じゅみょう)、宿命を悟り。また“命の終わり”を悟る六神通(ろくしんつう)

 それが彼の終わりを告げているの。『この異聞帯が終わった後は無理』ってね」

 

 コヤンスカヤは、一歩右にズレてマスターの近くに行った。

 

「……であれば、やはり最後まで聞いて正解でしたね、マスター。この事実を敵が知っている事を知っている。それもまた一つの武器となりましょう」

 

 立香が返答しようと口を開きかけた時、眼下(がんか)(たたず)む一団の中から声が上がった。緑のシルクハットを(かぶ)った男だ。

 

「———そう上手く行くかな、()()()()()()()()()

 

 コヤンスカヤは、自分の隣のマスターが一瞬、硬直したのを感じた。

 

「どういう……意味?」

「そのままの意味だとも、藤丸立香。『異聞帯全ての存続を願う』だと? そんなものは達成不可能だと知った上での戯言(ざれごと)かな?」

「まさか、心の底から本気だよ」

 

 それを聞いたレフが笑う。最初は(こら)えようとしていたようだが、段々とそれもできなくなり、()えきれないと顔を(おお)い、最後には堂々と爆笑した。

 顔を(おお)う指の隙間(すきま)から四白眼(しはくがん)(のぞ)かせて、(はる)か下から藤丸立香を()めつけた。

 

「本気なら(なお)タチが悪いというものだ。その欲求は間違えている」

 

 レフは顔を(おお)う手を横に払う。

 

「人理焼却事件の裏側に貴様がいた事など……、最早(もはや)調べはついている。

 そもそも、貴様が異聞帯を望まなければ人王ゲーティアとて動かなかったろう。汎人類史の70億人は今も平穏な日々を過ごしていたのだ。彼らを一度殺し、その平穏を(うば)っておいて『異聞帯を救う』などと……その口でよくも言えたものだな。

 ———人を救うために人を殺しているという矛盾。

 これをどう説明するつもりかね」

 

 コヤンスカヤは素早く自分たちの陣営を見た。みんな(そろ)って、固唾(かたず)を飲んで見守っている。

 

「それは汎人類史でも日常的に起こっていた(はず)だ。自分たちの陣営を生かすために、より良い生活のために誰かを殺す」

「そうだな、それは確かだ。……だが汎人類史では必ず大義名分が必要になる。『自分たちは悪くない』『アイツらが悪い』『よってコレは正義のある戦争だ!』」

 

 レフがその両手を広げる。

 

「しかしどうだッ!? 貴様の戦いにそれがあるか? 

 異聞帯の連中(れんちゅう)が自分に敵対する時、貴様はそれを見送ったな。それが民衆の思いならば尊重(そんちょう)しよう、と。お(かげ)で異聞連合の情報は筒抜けだ! 

 ……()もありなん。

 大義を(かか)げることもない王に、ついて行く民衆などどこにもいまい。そんな半端(はんぱ)な覚悟で戦争を始められては、民衆もさぞ苦しかろう。

 ———我ら人理補正(じんりほせい)(しき)()ていた絶望の結末と、何が違う!」

 

 パチン! と、指を鳴らした音が鳴り響く。

 その瞬間、虚数空間を使って過去から送り届けられたレフ・ライノール自身の魔力が此処(ここ)に砲弾となって形成される。

 魔法陣を重ねた砲塔(ほうとう)、過去の魔力を(たば)ねた砲弾。それが12門、レフの後ろに顕現(けんげん)した。

 

「我らは、レフ・ライノール・フラウロス! カルデアの組織に味方するため、人王ゲーティアに反逆した魔神柱が()れの()てッ! 

 貴様を弑殺(しいさつ)し、“白紙化事件”を解決しよう」

 

 ———天の星々が(まわ)り、巨大な隕石が一つ現れる。 

 レフの思惑(おもわく)を読み取ったキリシュタリアが惑星轟を展開している。その星空は『かつて恐竜たちを滅ぼした巨大隕石がやって来た日』。その瞬間の星座位置を再現する事で彼は、白亜紀(はくあき)最後の大衝突を具現化させた。

 

 キリシュタリアの杖が輝き、(そら)が真っ赤に燃え上がる。

 キリシュタリアの声が、響き渡る。

 

「この異聞帯を囲む光りの壁は“世界の壁”にも等しい。よってこの衝撃は異聞帯の外には伝播(でんぱ)しない。———だが少なくとも、これで妖精國は滅びるだろう」

 

 そしてレフの右腕が上がった。

 

「死ね、藤丸立香。運命の加護を失ったお前は、最早(もはや)ただの人間だ。

 異聞帯の存続を願いながら汎人類史にも生きてほしいと望む。その矛盾さえ(いだ)かなければ、もう少し強敵ではあっただろう。まぁせめて、安心して()きたまえ———」

 

 ———マシュ・キリエライトはこれからも、カルデアで平穏に()ごすのだから。

 

 コヤンスカヤの優れた聴覚がレフ・ライノールの(つぶ)きを(とら)えた。彼の背後にある12の砲門(ほうもん)を見て、それからゆっくりと(そら)を見上げる。

 いくら自分たちが“グレイマルキン”のスキルで守られているとは言え、あんなものを叩き込まれてしまってはどうなるか分からない。仮に自分たちだけは無事だったとしても、島の基盤(きばん)を叩き割られてしまうと(もと)()もない。

 

 さらに。と、コヤンスカヤは眼下(がんか)を見下ろす。

 レフ・ライノールは未来視持ちの虚数属性。さらにこちらの事情も()()()()知っている存在。

 ———全く、ため息を()きたくなるとはこの事だ。

 追い込めば追い込むほどに新たな(ふだ)がどんどん出てくる。そのどれもが、こちらの命を一撃で()り取る事ができる性能を持っている。

 

 このままだと、我がマスターは死ぬだろう。かつてモルガンが知った彼の終わり、『妖精國より長く生き、その(ほか)の全ての異聞帯より先に死ぬ』という終焉(しゅうえん)は、なるほどこうして与えられるのかもしれない。

 

 やり直し前の世界で、自分がマスターに(ちか)った事。『マスターの心が折れぬ限り、自分はその助けとなる』と。

 ……異聞帯の王も空想樹も無事である以上、マスターが死んでも計画は続く。マスターの事を思うと、ここで死ぬのは比較的マシな終わり方ではないか、とも思った。

 

 コヤンスカヤは藤丸を見た。彼の表情如何(いかん)では、共に死のうと考えたからだ。———でも。

 

 彼女のマスターは、隕石を前に立っている。そしてその左手は、右手首を(つか)んでいた。

 

 一瞬の静寂(せいしゃく)。隕石の(せま)る『ゴォォォ』という(かす)かな音の他に、藤丸の息遣(いきづか)いだけが聞こえる世界。———藤丸の正面に、半透明のウィンドウが出現した。

 そのウィンドウの向こうから聞こえる、ダ・ヴィンチに似た女性の声。

 

「藤丸立香、ユガ・クシェートラからのメッセージです。

『コヤンスカヤは到着した。私は……いつでも出撃可能です』と」

 

 マスターの(ほほ)に笑みが戻る。

 右手の甲を正面に(かか)げ、左手で手首を(にぎ)ったまま高らかに、呼びかける。

 

「———令呪をもって、命ずる。

 アルジュナと共に来いッ! コヤンスカヤーーーッ!!」

 

 マスターの令呪が赤く輝く。冬木の大聖杯によって与えられた令呪は、その力を発揮する。

 頭上の空間が歪み、同時にコヤンスカヤの単独顕現によって、彼女と共にユガ・クシェートラの唯一神が降臨(こうりん)した。

 

「滅亡と創世はこれ表裏一体。なれどその隕石は———妖精國に不要なり」

 

 かくて、アルジュナの手は振り下ろされる。

 

「———帰滅を裁定せし廻剣(マハー・プララヤ)

 

 当然、ここはインドではないし、アルジュナの力が100%発揮できる状況でもない。しかし、モルガンから提供されたマスターの記憶の中でダウングレードさせて使っていたように、限定させた空間内で破壊を発生させるというやり方であれば、この異聞帯にもさほど影響は(およ)ばない。

 

「何より———この異聞帯にとっても異物であれば、我が廻剣(かいけん)の切れ味、(いささ)かも(おとろ)えず……。

 その存在を、輪廻(りんね)から切り飛ばしましよう」

 

 (ゆえ)にその隕石は、前回の輪廻(りんね)まで。()()()()にはその存在は跡形(あとかた)もなかった。

 

 真っ先に我に帰ったレフ・ライノールが指を鳴らす。……だが、何も起きない。

 動揺するレフに向かって、神たるアルジュナが言い放つ。

 

「そこの無駄な魔力も……この輪廻(りんね)に持ち越す必要はないでしょう」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ———風がたなびく。静寂(せいじゃく)がおちる。

 

 硬直した戦場で、レオナルド・ダ・ヴィンチは考えていた。自身の正面に(そび)え立つ白くてモフモフな神性の、頭の上にいる少年の事を。

 

 名を、藤丸立香。カルデアでは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎として記録しているけれど、彼が本当は48人目のマスター候補だったことまでは調べがついた。

 ……いや、そこまでしか調べられなかった、というべきか。

 

 当初(とうしょ)、我々カルデアのスタッフには誰一人として48番目のマスターを記憶している者はいなかった。

 彼と、コーンウォールの名なしの森で遭遇(そうぐう)して……それからだ。異聞帯の情報を手に入れてゆくうちに、名なしの森の彼が異聞帯の王と同一人物であることが分かって。異聞帯の住人の証言から名前も“藤丸立香”と判明した。

 そうして初めて、()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 削除されていた記録をなんとか復元して、『特異点Fにレイシフトする直前に1人の人間がカルデアに入館した』という情報をサルベージする事に成功した。

 

 ……だけど、それ以上のことは分からなかった。

 

『塩基配列:ヒトゲノム。

 霊器属性:善性・中立。

 魔術回路:3本。

 レイシフト適正:100%。

 そして間違いなく、汎人類史の霊長類の一員であること』

 

 それだけが、彼に付属(ふぞく)する情報(データ)の全てだった。

 

 3本という魔術回路の本数は、魔術師の家系ならまずあり()ない本数だ。よって十中八九(じゅっちゅうはっく)、彼は神秘とは関係ない人生を歩んで来た人間で、一般公募の(わく)でカルデアへやって来た。

 それから半日()らずで“レフの管制室爆破事件”が発生して……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ある種のデータ的透明人間(とうめいにんげん)

 そんな藤丸立香という人間の()(よう)を、ダ・ヴィンチは知りたかったのだ。

 

 ———いつだったか、マシュの情操(じょうそう)教育の一環(いっかん)で、カドックが彼女を連れてダ・ヴィンチ工房を(おとず)れたことがあった。その時に、色々と話をした。自分たちをどう思っているか、聖杯について、好きなこと———そして、嫌いなこと。

 確か『世界を焼却しようという(やから)のことは好きにはなれない。それはね』とか……なんとか。その時にマシュがひどく泣きそうな顔をしていた事は覚えている。

 

 目の前の少年が実はビーストと繋がりがあり、どうもそれら人類悪と思惑(おもわく)を一つにしているという事を突き止めてやっと、ダ・ヴィンチの中で、これらの事が()に落ちた。『マシュはこの藤丸立香という少年に、ひどく何かを感じていたのだ』という事に。

 

 ———そして今、やっと。

 レオナルド・ダ・ヴィンチはこれまでの推測の確信を()た。

 

 

 もう一度、少年を見上げる。

 少年は空中に展開したウィンドウを使って何か会話しているのだけれど、そのウィンドウの向こうにいる存在の事を、ダ・ヴィンチはずっと前から知っている。

 私が見紛(みまが)(はず)がない。だって、彼女を作ったのは自分自身なのだから。

 

 ダ・ヴィンチは、頭の中で質問する事を整理しながら、ゆっくりと歩きだす。今のうちに聞きたい事は全部聞いておかなければならない。自分たちはもうすぐ撤退(てったい)するし、これは戦争だ。ボーダーに居ながらここまで(けず)られた以上、手段は選んでいられなくなる。どんな手を使っても彼を殺さなくてはいけないし、向こうも、これからはさらにギアを上げてくるだろう。

 ———戦場に突如(とつじょ)出現した空白の瞬間。本来ならあり得ない、奇跡のようなこの瞬間に、せめて———

 

 考えを(まと)めると立ち止まり、声を張り上げようと口を(ひら)いて———マシュの声を、その耳が聞いた。

 

「……あのっ! お名前は藤丸立香さん……と、おっしゃるのですよね」

 

 振り返ると、マシュは盾を右手でぶら下げていた。そのまま左手を胸に当て、少年に声を張り上げる。

 

「あなたは何故(なぜ)、戦っているのでしょうかっ。

 あなたは———戦うことを選んだのですか?」

 

 少年は、少しだけ身を乗り出すようにして———。

 

「選んだよ。オレは確かに」

「それは、どのような感情なのでしょうか。わたしたちは、気がついたら世界が燃えていて、逃げてしまったら……。でもっ!」

「うん」

「死んでしまった人は生き返ってくれません。壊れたものは、もう元には戻らないのです」

「それでも、守りたいと思ったものがあったんだよね。助けたいと思った人がいて、死んでほしくないと盾を(かま)える理由になった」

「…………はいっ!」

「オレも同じだよ。死んでほしくないと思った人がいて、チャンスがあるならせめて守りたいと思った。

 ———どう取り(つくろ)っても、オレは汎人類史を裏切った人間だ。オレにはどうしても叶えたい願いがあって、異聞帯の人たちに生きてほしくて。その望みを聞き届けたゲーティアが、(さき)んじて人理を焼いた」

「その……、あなたは人王ゲーティアと面識があるのですか?」

「直接はないよ。だけどゲーティアが人理焼却をしなければ、オレの望みは始まらなかったから。そういう意味じゃあ、共犯かな」

「…………ではそのっ! 人理を焼却しないと始まらない望みというのは、何なのですか?」

「それは勿論(もちろん)、異聞帯を白紙化地球に植える事だ。地球のテクスチャを借りないと、現実の世界では生きられない歴史だから。

 その(ため)にオレは、70億人を皆殺しにしたんだ」

 

 (はる)か頭上の少年は、上体(じょうたい)を起こして直立した。

 

「……マシュ・キリエライト。貴女(あなた)は……7つの特異点を踏破(とうは)して、冠位時間神殿に辿(たど)り着き、人王ゲーティアを倒して人々の未来を取り戻した。その旅の中で色々なものを見て、聞いて、感じたと思う。

 ———聞かせてほしい。君にとって、取り戻した歴史とは何なのか。その旅の終わりに、君が何を得たのかを」

 

 マシュは、知らず知らずのうちに歩いていたのだろう。気がついた時にはダ・ヴィンチの右隣にいて、ただ少年を見上げていた。

 

「人王ゲーティアは言いました。『この歴史に意味はない。人類にそれだけの価値は無い』と。

 私は、それを否定しました。

 たとえ失われ、忘れられる命であっても、彼らが生きた(あかし)は確かに“今”に続いているのだと、私はあの旅で学びました。

 人間の価値は、その人が生きている(あいだ)見出(みいだ)せるものではなく。その歴史の意味は、全てが終わった後に付けられるもの。

 ———“たとえ命がもう(じき)終わるのだとしても今を生きようとする人々”の、彼らの懸命(けんめい)さを守れたのだと。私は、胸を張りたいと思うのです」

「それが、君の旅で見つけたもの……なんだね。分かった。ならオレも覚悟を決めるよ。

 たとえこの命が、(またた)きの(あと)に終わるとしても。オレにはまだ、できる事がある」

 

 頭上の少年は大きく息を吸い、声を張り上げる。

 

「カルデアの人たち! 貴方(あなた)(がた)が何かのために時間稼ぎをしている事は知っている! 

 その圧倒的な魔術の技量と、チームワーク、人類史を背負わされてなお(くじ)けない意志の強さと、何より———召喚陣も土地の力なく、人類史からすら隔絶(かくぜつ)された冠位時間神殿にッ! 英霊(みずか)らが自分の意思で駆けつけようと思うほど強く、(まばゆ)いばかりの(きずな)を結んだ。貴方(あなた)(がた)の心の()(かた)に敬意を表して、オレはカルデアを打ち倒す!」

 

 少年は自分の後ろで浮遊する白髪のアルジュナに目配(めくば)せし、(こぶし)をボーダーに突きつけた。

 

「汎人類史を守りたいなら、オレを殺さなくちゃいけない。どんな手を使っても、どんな策を講じても良い。オレを本当に打倒(だとう)できれば———貴方(あなた)たちの勝ちだ」

 

 少年の後ろに浮かんでいる神たるアルジュナが右手を(かか)げる。その手の先でどんな事象が進行しているのかを目の当たりにしたダ・ヴィンチは、よく()えるように3歩退()がる。そしてその左手で“星を表す杖”を、その先端(せんたん)の青い星型の立体結晶を、アルジュナに向けた。

 

 ———ダ・ヴィンチが何故(なぜ)、今まで何もしなかったのか。敵マスターの討伐(とうばつ)条件が判明した時も、何故(なぜ)加勢しなかったのか。———その答えが、これだ。レオナルド・ダ・ヴィンチは、迎撃要因として、この戦線を任されたサーヴァントだった。

 

 神たるアルジュナの手が()りる。その宝具が発動する。

 それと全くの同時に、ダ・ヴィンチの宝具も発動した。

 

「——————万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)

 

 やり直し前。

 藤丸立香がいた頃のカルデアでは、演算リソースも解析リソースも魔力リソースも全てカルデアの運営のために回していたから、藤丸立香も見た事がない、彼女の宝具の本当の姿(すがた)

 即座に相手の宝具の現実化プロセスを解明し、同じモノをコピーする事で相殺する事も、何なら攻撃を弾き返す事もできる反射系宝具。

 それが、“万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)”。

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチはもう、神たるアルジュナの“帰滅を裁定せし廻剣(マハー・プララヤ)”が現実に影響を(およ)ぼすプロセスを、余すところなく解析している。

 たとえ“帰滅を裁定せし廻剣(マハー・プララヤ)”を模倣(もほう)する事はできなくとも———その宝具がどういう理屈によって世界に影響を与え、どういう工程(こうてい)で現実を改変するのかというプロセスの部分が解析できたなら、宝具効果にちょっかいをかける事は可能である。

 

 ———そうして、アルジュナは気づかぬうちに感覚を狂わされ、宝具を不発させられていた。

 

「ッ———コヤンスカヤ!」

 

 少年が声をかける。モフモフの神性が動き出す。

 黒色のビームを発し———キャメロットの城壁が(はば)み。

 黒い長腕が押し寄せて———キリシュタリアの隕石群が粉砕し。

 アルジュナの“破壊神の手翳(パーシュパタ)”をダ・ヴィンチが弾き返し。

 ライダースーツを着た方のコヤンスカヤが時々差し込んでくる狙撃をレフが未来視で撃ち落とし。

 アーサー王の輝ける勝利の剣(エクスカリバー)はアルトリア・キャスターの心象風景が飲み込んだ。

 そして———イマジナリ・ボーダーの管制室から通信が入る。

 

「物理・神秘ともに保護結界、展開完了! 撤退準備できましたっ!」

 

 キリシュタリアが右手を(かか)げ、己が相棒に呼びかける。

 

「カイニス、令呪をもって命ずる。

 大海流でボーダーを———異聞帯の外まで押し流せ」

 

「……全く、おまえが()いていながら……。危なっかしいんだよ」

「私も焼きが回ったかな。少し引き(ぎわ)(あやま)ったようだ」

「———ハッ! まだまだ余裕かましてる男が言うセリフじゃねーよ」

 

 何処(どこ)からともなく聞こえていたカイニスの声が終わるやいなや、ボーダーの甲板(かんぱん)に立っているダ・ヴィンチは、自分の体が()れたのを感じた。———いや、違う。巨大戦艦(ボーダー)そのものが()れている。

 一際(ひときわ)大きな()れがボーダーを襲い———気がついたら、キリシュタリアの隣にカイニスがいた。

 

「—————海の神、荒れ狂う大海嘯(ポセイドン・メイルシュトローム)!」

 

 巨大戦艦(ボーダー)()れる。飛沫(しぶき)が上がり、波が甲板(かんぱん)に押し寄せる。———そこは、一面の大海原だった。

 荒れ狂う大波が自分たちの服をずぶ濡れにする。

 そして、戦艦(ふね)が浮いた。

 

「行くぜオラァーーーーッ!!」

 

 カイニスの()け声を聞いた時には、(すで)に森の外縁部にいた。

 甲板(かんぱん)(はし)に駆け寄る。手摺(てすり)につかまり下を見る。

 大量の海水、その下に森。海に沈んだ森の上を、イマジナリ・ボーダーが流されていく。振り返ったダ・ヴィンチの視界、その遥か遠くに、(てのひら)大のモフモフがいた。

 

 ザバァァァンと、もう一波。そしてカイニスの“海を渡る権能”によって、異聞帯の外に飛び出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 海の水が引いていく。(あた)一帯(いったい)は、やっと地面を取り戻した。

 立香の頭上に浮かぶアルジュナは、上げていた手をそっと下ろして口を開いた。

 

「異聞帯の王、藤丸立香。敵を取り逃してしまいました。ここに謝罪を」

「ううん。ケルヌンノスと闇のコヤンスカヤにお願いして、それでも行動不能まで持っていけなかったオレの責任」

「しかし……立香(りつか)王。ここで倒しきれなかった……と、いう事は……」

「うん、オレは死ぬ。きっと。

 ———でも、元々“汎人類史を潰してこの地球を乗っ取る案”には、オレもあんまり乗り気じゃなかったから。国民の反対も大きかったしね。

 だから予定通りだよ、アルジュナ。汎人類史はそのままにして、でも特異点として異聞帯を割り込ませる。そうすればこの妖精國のように、汎人類史への移住もできるようになる。いいこと()くめだ。

 後は、オレの死因が何なのかって事なんだけど……」

 

 立香は、ケルヌンノスの頭の上から妖精國を見渡した。この國は、後どれくらい生きるのだろうか。自分は、その後どのように死ぬのだろうか。

 ブリテン島の北部、空想樹のあるオークニーの方を見る。“今回のキャメロット城がある場所”だ。そこには今モルガンがいて、藤丸立香は———モルガン自身のレイシフトによって世界がこう変わるまで、あそこで眠り続けていた。

 

「ねぇコヤンスカヤ。コヤンスカヤは、この後オレがどうやって……」

 

 北を向く立香の右隣、闇のコヤンスカヤはため息をついた。

 

「これ、森の植生どうなるんでしょうねぇ。ことによっては塩害で大変ですよマスター」

「……えっと、そういう話じゃないんだけど……」

「いいえマスター。これはそういう話ですわよ」

 

 コヤンスカヤはジッと北を———真っ直ぐ前を見て、息を吸って、吐いて。そしてもう一度深呼吸していた。

 立香も(なら)って、もう一度北を向く。そして「なるほど」と(うなず)いた。

 

 ———岩や瓦礫(がれき)や、家々や木々や、その他あらゆるモノが上空へとゆっくり引き抜かれていく。地面が、大地が、巨大な欠片(かけら)となって舞い上がる。

 そしてその、遥か遠く。ブリテン島の北部に、黒く巨大な(かたまり)があった。まるで黒い無数の羽蟲(はむし)が、筒状の群れを()しているかのような……芋虫にも似た、巨大なナニカが。

 

 ———“奈落の虫”。

 

 ……何というか。懐かしくもあるそのフォルムを見ていた立香の耳に『ガチャ、チャリン』という、薬莢(やっきょう)の排出音が聞こえた。

 

 立香の左隣に並んだ光のコヤンスカヤは、落下する空薬莢(からやっきょう)を空中でキャッチして、単独顕現のスキルでツングースカに飛ばしながら口を(ひら)く。

 

「もしやアレが、ブリテンの滅びの原因だとでも思ってらっしゃる? 

 ———まさかマスター、そんな(わけ)はございませんわ。あの程度では滅びません。この國を滅ぼしたければあと3倍は用意して(いただ)きたく———」

 

 その時、立香たちの正面に半透明のウィンドウが出現、ムネーモシュネーから連絡が入った。

 

「藤丸立香、取り急ぎご報告いたします。ミクトランにて召喚されていた貴方(あなた)のサーヴァントが消滅しました。

 原因は———ORT(オルト)です」

「……そう来たか」

 

 立香は、一緒に戦っていたみんなを見渡した。

 トネリコ、ウーサー、アーサー王、アルジュナ。そして立香の両隣にいる、光と闇のコヤンスカヤ。

 

「みんな、ORT(オルト)とヴォーティガーンは、どちらも終末兵器みたいなものだ。ケルヌンノスだって似たようなことができるから、それに対抗するためには、このくらいを引っ張ってくる必要があったんだと思う。

 ケルヌンノスはビーストじゃないから、グランドサーヴァントは全力で戦えないからね」

 

 息を吸う。

 

「ミクトランでORT(オルト)が目覚めて、それにサーヴァントが倒されたなら……もう取り込まれてる。だったらせめて、オレ直接行ってくるよ。

 だからこっちは闇のコヤンスカヤとケルヌンノスを軸に———」

 

「いいえ、その必要はありません。

 ケルヌンノスはORT(オルト)に当てるのが良いでしょう」

 

 いつの間にか出現していた二つ目のウィンドウからモルガンの声が割り込んできた。

 

「モルガン! でも……」

「本当に必要ないのですよ、我が夫。だって———時間はたっぷりとあったのですから」

 

 画面の中のモルガンが立ち上がり、ゆっくりと、一定のリズムで歩いていく。立香の目に映るウィンドウの画面は、それでも(なお)モルガンの上半身を映し続けた。

 彼女の口の動きを、ウィンドウははっきりと映し出す。

 

「確か……トモエやジナコの使う言葉に『強くてニューゲーム』というものがありましたね。いえ、『あーるぅてぃーえー』……でしたか? 

 ……まぁ何であれ、今のでニュアンスは伝わったでしょう。

 であれば、私の言いたいことも(わか)るというもの」

 

 立香から見えるモルガンは……何というか。この最大の危機に(さい)して、少し嬉しそうにみえた。

 

「この私が、全ての因果とあらゆる結末を知った状態で、妖精國を一からやり直したのですよ。どうしてそれが、以前と同じだと思うのです。

 言ったではないですか。『現在の妖精國は対カルデア用のリーサルウェポンだ』と。

 その理由を———貴方(あなた)はやっと、知る時が来たのですから」

 

 どういうことだろう。と一瞬考えた。そのタイミングに合わせるように、空から懐かしい声が降ってきた。

 

「良いかお前らッ! 今こそっ! この(くに)の終わりを語る時だろ」

 

 その声は、立香がカルデアでずっと聞いていたものだった。

 その声は、前回の旅路(たびじ)では苦しみと後悔で終わった命だった。

 カルデアでは、せめて幸せな夢の中にいてほしいと、誰もが願った妖精だった。

 

「ここが私たちの歴史の終わり。6000年間待ち()びた、最後にして唯一(ゆいいつ)の、私たちの王さまに会える日だ」

 

 藤丸は空を(あお)ぐ。そこに、この国の王女がいた。赤と白のレースのドレス。同じく赤い、腰までの髪。

 モルガンの声が、バーヴァンシーを(あお)ぐ立香の耳にやってくる

 

「この私が、我が娘を取りこぼす(はず)がないでしょう。

 ———()わりに、少しお転婆に育ってしまったのですが」

 

 緩やかに落下してくるバーヴァンシーの頭上が(わず)かに波打ち、()らめいた。

 

「———水鏡、最大展開」

 

 彼女の頭上にあった(わず)かな波紋が、一気に伝播(でんぱ)、巨大化。そして——————

 

(きた)れ、亜鈴(あれい)百種(ひゃくしゅ)の末裔たちよ。

 今こそ、始まりの鐘を鳴らせ!」

 

 巨大化し、(そら)一面(いちめん)を覆う波紋の中から、数多(あまた)の妖精がその身を(あらわ)す。

 

 やってきた妖精たちの顔ぶれを見て、藤丸立香は思わず彼らの名を呼んだ。

 

「———バーゲスト、ムリアン。ウッドワス、ガレスちゃん。牙の氏族のみんなまで……」

「私も、ずっと失念していました。妖精國はどうあれ手遅れなのだと、私にできるのは、(ふた)をして先送りにすることだけなのだと……そう、思っていたのです。

 ですが違いました。妖精國は、はじめから完璧だったのです」

 

「心ゆくまで眺めていると良いでしょう。これが妖精國の、本当の姿なのですから」という言葉を最後に通信を切られ、立香の前のウィンドウが消える。

 そうやってフリーズした立香の周りに、上から何かが降ってきた。……光の粒だ。

 

 (あた)りを見渡すと、それはどうやら一人の妖精から降り注いでいるようだった。

 ブリテン島北部の上空。バーヴァンシーが展開した水鏡の波紋より、さらに上。蝶のような(はね)を持つ妖精が、ただ懸命(けんめい)に羽ばたいていた。鱗粉(りんぷん)のように舞い落ちる光の粒は妖精國全域に降り注ぎ、その場所に居たであろう妖精たちが一人二人と飛び出してくる。

 

「ホープ、という名の妖精ですわ」

 

 立香の左隣から、光のコヤンスカヤの声が聞こえる。

 

「妖精國の妖精は、汎人類史でも何らかの伝承を持つ存在の名を持って生まれてくることが多い。“バーゲスト”、“バーヴァンシー”、“ウッドワス”、“ムリアン”などです。ですが、そうではない名を持つ妖精も生まれることがありますわ。何故でしょうか。

 何故———あそこにいる彼女は“ホープ”という名を持って生まれてきたのでしょうね、マスター」

「それは……希望を与えるため?」

「誰に? 誰に希望を与えるために?」

「大切な誰かに……とか」

「ええ、そうです。ですから彼女は、前回の妖精國であらゆる妖精たちにこき使われた。そして最後に、ただ一人の剣の妖精に、(わず)かな希望を分け与える事ができたのです。

 ———ならば仮に、彼女が大切に育てられたら? 大切に育てられ、良き仲間に恵まれ、真の意味で大妖精へと成長したというならば———妖精國の妖精全てに希望の()(とも)すなど、造作(ぞうさ)もないとお思いませんか?」

 

「それに……」と、光のコヤンスカヤが人差し指で天を指す。立香は、指に()られて空を見上げた。

 

 ———いつの間にか夜になっていた、この妖精國の空。その満天の星の下に巨大なオーロラがかかっている事に気がついた。

 

「そういえば、()()()()“都合の悪い事を都合良く忘れる特性”があったでしょう。

 それは確かに、ムカつく程にムカつく特性ではありましたが……。ですがこの(くに)には、確かに必要な特性だったようですわ」

 

 見上げる先、ブリテン島を(おお)うほどに大きなオーロラは、刻々(こっこく)と色を変え、カタチを変え、ただ静かに(たたず)んでいた。

 

「……ねぇマスター。そもそもどうして、前の妖精國の妖精は楽園の妖精をあんなにも嫌っていたのでしょう。

 それはもちろん、楽園の妖精が『はじまりの六人の罪を(とが)める役割を()うていたから』ですわね。だからこそ、(ばつ)(おそ)れた“はじまりの六人の子孫たち”は刑の執行人(しっこうにん)を殺すことで(ばつ)から(のが)れようとした。

 それはつまり、妖精は罪悪感を強く(いだ)いていた事の証明でありますね。

 

 ———これは、汎人類史の人間にも起こる心理状態です。確かに、罪悪感とは『罪を(つぐな)うため』には必要なモノでございますが、(つぐな)った後は、キチンと捨てなくてはならないもの。刑期を終えた者は罪悪感を(いだ)くべきではないのです。だって、そんなものを()いたままでは、先へ進める(はず)などありませんから。

 ……(ゆえ)にこの世界に本来いた(はず)の、“罪を(つぐな)った妖精を(ゆる)妖精(もの)”は、生まれた瞬間にその使命が果たせないことが確定していました。前回の妖精國にいたオーロラは始まりから終わっていたのでございます」

 

 そんなオーロラの中心に浮かんでいる妖精を、立香は確かに見てとった。純白のドレスを(まと)った、虹のような透き通る(はね)の妖精を。

 

「そう此処(ここ)こそは———楽園の妖精に頼らずに、自分たちだけで巡礼を完了させた妖精たちの住む異聞帯。

 (ゆえ)にこの(くに)の夜空には必ずオーロラがかかり、希望の鱗粉(ひかり)が降り注ぐ。

 ———妖精たちは2000年前、やっと原罪から解放されて、自分の歴史を歩み始めた。

 心配などいらないのです。何故なら、本当の意味で巡礼を終えたはじまりの6人の末裔(まつえい)たちは自分たちの生まれた意味を、その使命を果たすために———危機に(さい)して、自ら聖剣を作り始めるのですから」

 

 両隣のコヤンスカヤが共に前に出て振り返り、立香を見つめてウィンクを1つ。頭のミミに手を()えて、耳をすませと合図をくれた。

 

 立香も(なら)って耳をすませば、『カンッ……カンッ……』と音がする。

 それだけじゃない。それと同時に、色々な方向から妖精たちの歌が(かす)かに、でも確かに聞こえてきたのだ。

 

『ならせ、ならせ、(いかり)のように。

 ならせ、ならせ、(なげき)のように。

 6つの(かね)をならして示せ。(まこと)の王の道を作れ!』

 

『ならせ、ならせ、(いかり)のように。

 ならせ、ならせ、(なげき)のように』

 

 

 ———亜鈴返り6()(むくろ)(かね)として、6つの剣を打ちつける。

 

 鏡の氏族は“未来を詠む力”を持っている。未来とはこれからの歴史であり、歴史とは熱量である。

 鏡の氏族は歴史という光を使って(かね)を熱する火を(とも)し。

 風の氏族が火の勢いを調節し。

 牙の氏族は己の牙を()に投げ入れて鍛接剤(たんせつざい)の役目をはたし。

 土の氏族は(つち)を持って(かね)を鳴らし。

 雨の氏族は、焼きを入れた剣を急速に冷やすための水を作る。

 そして、(つく)られた剣を、(はね)の氏族が運び出す。

 

 ———かくしてモルガンの下に、6つの剣が届けられる。

 

 ブリテン島北部、奈落の虫の目と鼻の先。モルガンが水鏡でやってきた。

 モルガンが天を指し示す。6()(はね)の氏族は、モルガンの指の先に向かって剣を投げる。

 

「……全く。2000年()っても全然です。

 なので、最後の一振りは任せましたよ、エクター!」

 

 空中に投げられた6つの剣に向かって、モルガンが青い火の玉を投げ入れる。その時、バーヴァンシーの開いた水鏡から、髭がもじゃもじゃの妖精が(つち)を振りかぶったまま落ちてきた。そして、何メートルもある巨大な(ヘッド)の部分で、6つの剣を、火の玉ごと叩き打つ。

 

 青黒い炎の柱が、モルガンの目の前、一直線に立ち昇る。モルガンはゆっくりとその中に右手を差し入れて、中から一振りの———輝く聖剣を抜き出した。

 

「2000年———随分(ずいぶん)と待たせましたね、トネリコ。星の聖剣を、楽園の妖精に返す時です。

 “今を生きる楽園の妖精”———さあ、貴女(あなた)がこれを振るうのです」

 

 いつの間にか、モルガンの隣で浮いているトネリコはその聖剣を受け取って、立香の方を振り返った。

 そして星の聖剣を(かか)げ、声を張り上げて宣言したのだ。

 

「藤丸立香さんっ! この(くに)の最後にして唯一の王さま! 

 妖精國(こちら)は心配いりません。ケルヌンノスがいなくとも———奈落の虫を、倒してご覧に入れましょう! 

 ———だからどうか、(おそ)れずに。

 私たちに、お任せを!」

 

 トネリコの言葉を、モルガンがそっと引き継いだ。

 

「少し……待っていてください。

 必ずこの虫を潰して、貴方(あなた)加勢(かせい)に向かいます。

 それまでの……ほんの少しのお別れですね」

 

 立香は、この(くに)の王妃に。素晴らしい奇跡を見せてくれた妖精國の全てのヒトに。手を振って別れを告げた。

 

「ありがとう! オレ、この(くに)が大好きだっ! 

 だから———行ってきます」

 

 返事はただ、一つの言葉で———

 

 

 

『——————いってらっしゃい———』

 

 

———ボクたちのくにの、だいすきな王さま———

 

 

 

 

 

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