第2部ラスボス『逆行した藤丸立香』   作:プレイヤー名:⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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たくさんの感想、誤字報告、ここすき、評価してくださった方々も、本当にありがとうございます。
感想、いつも楽しみながら読んでいます。




第九話:ロード・エルメロイ二世の推理

 

 

 

「ならば、やはりWhydunit(ホワイダニット)は解消される。藤丸立香が何故トネリコを隠していたのか。これで間違いないだろう。

 ———謎は、これで解けた」

 

 ロード・エルメロイ二世が葉巻を大きく吸い込んでから発した言葉に、カドックは息をのんだ。

 自分の正面にいるアナスタシアなんかは優雅にカップを(かたむ)けたあと、「推理を聞けるのね」なんて微笑んでいる。

 

「それでは探偵さん、真実を教えてくれないかしら。

 私、カドックが色々悩み出してからずっとだから、こう見えてかなり待ちくたびれたの」

 

 二世は、燃えてだいぶ短くなった葉巻の灰を携帯灰皿に落としながら、横目でアナスタシアを見た。

 

「レディ、私たちが触れられるのは多種多様な事実であって、たったひとつの真実じゃない。それだけは覚えておいてほしい。

 (あば)かれた事実からどのような真実を見出すのかは———レディ、それこそ君とマスターにかかっているのだから」

 

 そうして今度こそ、二世は葉巻を携帯灰皿に押し込んで消火した。少し分厚くなった携帯灰皿を(ふところ)のポケットに(おさ)めて、「オホン」と一つ空咳(からせき)をうった。

 

「では、この事件の最初からいこうか」と、語り始める。二世はカドックに問いかけた。

 

「そもそも、藤丸立香とは何者だ?」

「何って、異聞帯のマスターだろう。キリシュタリアが⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と名付けた男。2015年、特異点Fにレイシフトする日にカルデアにやって来て、そのまま消息不明になった」

「その男の資質は?」

「塩基配列:ヒトゲノム。

 霊器属性:善性・中立。

 魔術回路:3本。

 レイシフト適正:100%。…………それがどうしたんだ?」

「付け加えるなら、魔術とは全く縁がなかったただの一般人というところだが……。カドック、君は自分がただの一般人だとして、そしてある日突然異聞帯に放り出されたとして———果たしてその全てを踏破した上で、“7つの異聞帯全ての王”などという地位を手に入れているイメージはできるか?」

「そんなの———」

 

 カドックは即答する。少し体が前傾(ぜんけい)して、語気が荒くなっていた。

 

「そんなの、できる(わけ)ないだろ。一般人とか、そんなのは関係ない。魔術師としてどれ程の才能があったとしても、そんなイメージは欠片(かけら)()かない」

 

 二世は、その返答に乾いた笑みをこぼしていた。

 

「ああ、そうだ。才能云々(うんぬん)の問題じゃない。

 神秘の度合いも文化も風習も、全く違う7つの文化圏。その中でも一二(いちに)を争う程にクセの強い(やつ)らを前にして、その全員から尊敬され(うやま)われるなど、普通ならあり()ない」

 

 二世は、祈荒(きあら)が全員に配るティーカップの最初の一つを受け取り、礼を言いながら「魔術に関わる者が『普通なら』などと口にするのもどうかと思うが……」と前置きした。

 

「だがその通りだ。君たちAチームの面々ですら、それぞれに相性の良いサーヴァントとの絆を深める事で、マスターとサーヴァントとの(あいだ)不和(ふわ)を予防している。

 どんな人間でも相性の良い悪いはあるものだ。全てのサーヴァントとの円滑(えんかつ)なコミュニケーションなど夢のまた夢。優秀なマスターでも、ただ一騎のサーヴァントと絆を育むので精一杯なんだ。

 ———複数のサーヴァントと仲良くやれている君たちAチームは、まさに奇跡のようなマスターチームなんだ。それが『全てのサーヴァント相手に』となると……そんな(モノ)、古今東西で1人か2人いればいい方だろう」

 

 二世のゆったりとした語りを聞きながら、カドックは息が浅くなっているのを感じていた。

 そうだ、よく考えれば異常なのだ。『7つの異聞帯の全てで王の地位を獲得した』という情報そのものの持つ異常さに、指摘されるまで気づかなかった。

 

「なら、魔術回路が3本しかないただの一般人に、それができると思うか?」

「でも、実際できているだろ。……どうやったかは、分からないけど」

「そうじゃない、カドック。

 我々が神秘に(たずさ)わる存在である以上、そこでどんな超常現象が起きたのか限定できない。(ゆえ)Howdunit(ハウダニット)、『どのようにそれを成し遂げたのか』を考えることに意味はない。

 この場合も同じだ。Whydunit(ホワイダニット)、つまり『なぜ彼はそれを成し遂げなければならなかったのか』を考えるんだ」

 

 

 ———彼は何故、あらゆる文化圏のあらゆる存在と、円滑(えんかつ)にコミュニケーションを取らなければならなかったのか。

 

 何故“異聞帯全ての王”にならなければならなかったのか、という疑問もあるが、この場合はどちらでもいい。

 何故ならどちらの答えも同じく、『全く何も考えつかない』となるからだ。

 

「『全く何も考えつかない』というのなら、それは『その謎を解くために必要な情報が足りていない』という意味だ。情報が足りていないなら、別の情報を追加する必要がある。

 たとえば———『彼は何故、トネリコを隠し続けていたのか』というものだ」

 

 藤丸立香がトネリコをカルデア陣営から隠していたのは、妖精國の歴史を誤認させたかったからだろう。モルガンが霊基を維持したまま過去にレイシフトしたことが知られるとマズいと考えたからだ。

 

 では、何がマズいというのだろうか。

 

 真っ先に考えつくのは、『モルガン以外にも過去の妖精國にレイシフトした存在がいた事を隠したいから』といった(あた)りだろうか。

 ならばその“誰か”は、カルデア陣営の知らない存在か? いいや、それはない。カルデア陣営の知らない誰かが過去にレイシフトしていたとしても、それを()き止めることは不可能だからだ。(ゆえ)に、モルガンのレイシフトを隠す意味がなくなってしまう。

 ———で、あるならば。

 カルデアの知っている“誰か”が過去にレイシフトしているのだろう。だが、それは誰か———

 

 カドックは、二世の語りに口を(はさ)んだ。

 右肘(みぎひじ)をテーブルに乗せ、右手の指を自分の顳顬(こめかみ)に当てている二世に、カドックは言った。

 

「それはコヤンスカヤなんじゃないのか」

「確かに、コヤンスカヤだというのであればHowdunit(ハウダニット)は解消できる。だがWhydunit(ホワイダニット)は不明なままだ。

 何故ならば、コヤンスカヤが単独顕現のスキルを持っているだろう事は(すで)に推測されていて、単独顕現とは『自分一人でどの時代にも(あらわ)れる事ができるスキル』なのだから、妖精歴4000年にいても不思議じゃない。

 ———つまり『コヤンスカヤの過去への顕現を隠すこと』が理由だった場合、トネリコを隠しても意味がない」

 

 ———だから違う。とロード・エルメロイ二世は言い切った。

 

Whydunit(ホワイダニット)を考える、という思考を徹底(てってい)する』という意味を、カドックは初めて知った気がした。

 

 ロード・エルメロイ二世は指で顳顬(こめかみ)を支えた姿勢のまま、推理を展開していった。

 

「誰であるか分からないなら、過去へとレイシフトした“誰か”の足跡(そくせき)を追うべきだ。隠すほどの存在なら、確実に、歴史に足跡(あしあと)が残っているだろうからな。

 そして見つけたんだ。過去に戻った存在を。

 —————藤丸立香本人だよ」

「そんな馬鹿なッ。

 だって、仮にソイツが過去レイシフトしたとして、その後どうするんだ。現在まで生きられずに、過去で死ぬことになる」

「そうだな、私もそう思っていた。だが方法はあったんだ。仮に妖精歴4000年にレイシフトしたとしても、現在まで生きている方法が」

「それは? 秦の始皇帝のように肉体を捨てたとでも言うのか」

「いや、ただ眠っていただけだろう。それこそ冷凍保存のような形で6000年間を寝て()ごしたというのなら、寿命の謎にも説明がつく」

「それなら……、それならレイシフトしていないのと同じじゃないか。6000年間傷の治療をしていたなんて言うならまだしも。そうでないなら、そのレイシフトはそもそも意味がない」

「———いや、意味ならあるんだ。

 本当にただの一般人ならば無意味だっただろうが、彼は異聞帯を踏破(とうは)することができる程の者だ。……だったらそこに意味が生まれてしまうんだ」

 

 息継(いきつ)ぎをして、ティーカップを(かたむ)ける。

 カドックと二世は、同時に同じ動きをしていた。

 

「思い出してほしい、カドック・ゼムルプス。

 英霊の座には時間の概念がないんだ。過去に死んだ英霊も未来で死ぬ英霊も等しく(あつか)われる。つまり、『未来で偉業を()す何者かを過去で召喚することもできる』という事だ」

 

 汎人類史の人間が自分たちの異聞帯を踏破(とうは)したというのなら、それは異聞帯の歴史に刻まれるべき偉業だろう。ならばその彼は英霊の座に登録されている(はず)で、それはつまり、サーヴァントとして召喚可能という(わけ)だ。

 

 カドックは、少し考えてから質問した。

 

「証拠があるのか? ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が、過去で召喚されていたという証拠が」

「そうだな。では仮に、『妖精國よりも長く生き、その()の全ての異聞帯よりも先に死ぬ人間がいる』とする。それぞれの異聞帯でその人間の英霊をサーヴァントとして召喚したら、どうなる?」

「それは———」

「『他の異聞帯では召喚できるのに妖精國では召喚できない』という結果になる(はず)だろう。ならばこの運命を丸ごと受け入れることで、逆説的に『それまでは死なない』という結果を作り出せる。

 ———これが、彼の持つ概念防御の正体だ」

 

 

 ———もう一つ。『藤丸立香という存在は、妖精國ではサーヴァントとして召喚できない』と考えるなら、“チョコレートの奇跡”のWhydunit(ホワイダニット)も分析できる。

 藤丸立香を連れて過去にレイシフトしたモルガンは、彼を召喚しようとしてできなかった。召喚式の方ではなく、召喚される藤丸立香の方に問題があったのなら、何度トライしても失敗するだろう。

 そんな彼女を(はげ)ますために(ほか)の異聞帯に召喚されていた藤丸立香が、それぞれの異聞帯の民たちと共に作ったチョコレートを送ったというのが“王の婚姻(こんいん)”や“チョコレートの奇跡”と呼ばれるものの正体であるならば、これもまた、藤丸立香が過去にレイシフトしていたことの足跡(そくせき)の一つに数えることができるだろう。

 

 二世の左隣(ひだりどなり)祈荒(きあら)が、そろりと手を挙げた。

 

「……ですが、赤い外套(がいとう)のアーチャーを例に出すまでもなく、一度でも座に登録されたサーヴァントはたとえ過去の自分を殺しても消滅しません。つまり、仮に妖精國よりも⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(かれ)が長生きするのだとしても、異聞帯を踏破(とうは)したという業績によって座に登録されている彼が召喚できない理由にはならないのでは?」

「妖精國の座には、どうやっても登録されることはない。何故なら妖精國は最初、歴史を持てなくなる程に滅び果てていた(はず)だ」

 

「あらっ」と声をあげて、祈荒(きあら)が手を引っ込める。

 カドックも納得していた。

 

 ……そうだ。(ほか)の異聞帯とは違い、歴史のなくなったブリテン異聞帯では座に登録されることもなく。彼がもしも、“改変後の妖精國”が滅ぶよりも長生きするというのなら、それは、召喚できなくても不思議はない。

 

 祈荒(きあら)の反応を見て(うなず)いた二世は、そのまま、このテーブルの全員を見渡した。

 

「アルトリア・キャスターの『“異聞帯の王”とは全ての異聞帯でただ一人の人間を指す言葉』だという証言もある。

 よって彼、『藤丸立香という少年が、7つの異聞帯では(はる)かな過去から今に(いた)るまで召喚され続けていた』という状況は、()してあり得ない話じゃない」

 

 カドックの左隣で「なるほどね」と声がした。

 メルトリリスが、目を細めて少し(うな)った。

 

「そうね、確かにこれはWhydunit(ホワイダニット)だわ。

 過去から現在まで彼が絶え間なく、消滅する(たび)に召喚され直していたのなら、そこには触媒(しょくばい)が必要になる。

 モルガンたちは触媒(しょくばい)として“本人”を使用したのね」

「そうだとも、レディ。『モルガンは召喚の触媒(しょくばい)とするために、彼自身を過去にレイシフトさせた。そしてそれを隠すために、カルデアには本当の歴史を隠した』。それが私の考える、トネリコ隠しのWhydunit(ホワイダニット)だ」

 

「あれ?」と、パッションリップは首をひねった。

 

「でも、それって犯罪なのかな。わたしたち戦ってるんだし、隠すのは当たり前なんじゃ?」

「いい疑問だ。そして私も、そこで一度引っかかった。だからもう一段()める必要があるんだ」

 

 ———何故、異聞帯の(やつ)らは藤丸立香が過去にレイシフトして、サーヴァントとして召喚されていた事を隠す必要があったのか。

 そして、ジェームズ・モリアーティは何故、カドックに『これが犯罪である』と伝える必要があったのか———

 

「それは?」と、誰かの言葉が()れた。

 でもそれが誰の言葉だったのか、カドックには分からなかった。

 ロード・エルメロイ二世が、2本目の葉巻を取り出した。

 

「過去からのやり直し、それが何故、異聞帯の中だけで発生していたと思い込んでいたのだろうか。

 ……そうではない。そうではなかったんだ。

 “叙述(じょじゅつ)トリック”、(すなわ)ち思い込みを利用した間接的誤認トリックだ。

 我々は『ビーストとムネーモシュネーが(やつ)の味方になっている』と聞いた時に、その可能性に思い当たるべきだったんだ。

 ———カドック、異聞帯に属する存在以外で、藤丸立香に(くみ)した者をあげてみてくれ」

「そうだな。……ゲーティア、コヤンスカヤ、ムネーモシュネー。

 マーリンは中立を貫いていて、カーマとキアラは不明」

「それらは全員、記憶消去に対する耐性がある連中ばかりだろう」

 

 二世は言う。

「つまり、単独顕現のスキルによる過去改変への耐性によって、彼らだけが“改変前の記録”を有している可能性だ」と。

 

「ムネーモシュネーも記憶消去に対する耐性を持つ存在であるし、何より彼女は、あらゆる並行世界を観測する性質を持つ。

 この世界が仮にやり直ししていたとして、彼女だけはそれ以前の“やり直しが起きなかった並行世界”の情報を入手できる存在だ」

 

「待て」と、カドックは手を出して二世を制止(せいし)した。

 

「僕たちのいる“この並行世界”が、汎人類史である事は確認し続けているんだぞ。過去改変によって歴史が変わっているのだとしたら特異点まっしぐらじゃないか。

 それを、シバもトリスメギストスも感知できない(はず)がない」

「だからカドック、考えるべきはWhydunit(ホワイダニット)なんだ。Howdunit(ハウダニット)を考える事に意味はない。

 否定材料を探すなら、『それを(おこな)う理由がない』と反論するべきなんだ。

 ———そしてこの“世界のやり直し仮説”には、行うべき理由がある」

 

「想像してみてほしい」と、ロード・エルメロイ二世は煙を吐いた。

 

 

 ———もしも、過去の記録を持っている者が何騎かいて、彼らが(みな)藤丸立香という少年の味方をしているというのなら、やり直し前の世界で、彼はいったい何をしたと予想できるだろうか。

 そう、きっと(きずな)(はぐく)んだのだ。それは君たち“カルデアのAチーム”と同じようにな。

 

 彼に関する情報はそれだけじゃない。

 彼は何故か、あらゆる文化圏のあらゆる存在と、円滑(えんかつ)にコミュニケーションを取らなければならない存在だった。君たちAチームでさえ、相性の良し悪しで分担しているそれを、たった一人で行わなければならない立場だったようだ。

 

 そうなればもう、藤丸立香という少年の出自(しゅつじ)など、たった一つしか考えられない。

 

 ———彼は、カルデア唯一のマスターだったんだよ。過去改変前の世界ではね。

 

 

 (のど)()まって、息ができていなかったことに気づいた。

 カドックは意識して深呼吸して、息を吐いて力を抜いた。

 

「……ロード・エルメロイ二世。それが正しかったとして、アイツはやり遂げられなかったのか?」

「もしも彼が失敗していたのなら、人理焼却によって何もかもなくなっている(はず)だ。ならば逆説的に、彼は人理を守り切ったと見るべきだ」

「守り切ったなら……それこそッ、やり直すことに意味なんてない(はず)だ」

「本当にそう思うか? カドック、“人理修復を成し遂げた一般人”を前にして魔術協会が何もしないと、本当に思うのか?」

 

 カドックはおし黙った。『絶対にない』とは言い切れないくらいには、魔術協会の事を知っていたからだ。

 二世は、そんなカドックを見て少し笑った。

 

「いいかね。レイシフト先で君たちが死ねば、それは汎人類史でも死んだ事になる。つまりレイシフトした者は、レイシフト先の影響をモロに受けるという事を()まえて、君たちは紀元前4600年のバビロニアにレイシフトしているんだぞ。

 君たちは、真エーテルの影響を確実に受けている存在なんだ。

 ———君たちの肉体を調べれば、真エーテルの証明に()()けられるかもしれないだろう」

 

 

 

 ———魔術師たちの総本山の一つ、魔術協会が設立されたのは紀元元年。

 その理念は『神秘を未来に残し続けること』。

 

 古い書物によると、どうやら当初の理念は『神秘はいずれ消え失せるが、過去を知る学問として残していこう』というものだったらしいのだが、今では『そのためには実践可能な状態で神秘を保存するべきだ』という考えだと解釈されている。

 

 西暦20年ごろに第五架空要素(エーテル)が証明された事によって、以降の魔術世界ではこの第五架空要素(エーテル)を使った魔術が主流だ。

 ……と、いうか。現代の魔術師は第五架空要素(エーテル)を使った魔術しか使えない。

 神代(しんだい)にあったとされる第五真説要素(真エーテル)は、もはやお伽話(とぎばなし)の存在となった。

 

 ———それを、西暦の世で再現できる可能性。

 

 確かにそうなれば、魔術師たちはこぞってその肉体を切り分けにかかるだろう。なんたって大切に使わなければならないのだ。肉の一片(いっぺん)とて無駄にはできない。

 魔術師ならばこういう時、その“素材”をどういう風に保存するのかなんて、カドックは知りすぎるほどに知っている。

 

 気がついたら、反論していた。

 

「でも、そうなったらサーヴァントたちが黙ってないだろ。いくら天下の魔術協会とはいえ、複数のサーヴァント相手じゃ太刀打(たちう)ちできない。だから人理を修復したマスターは、安全の(はず)だ」

「———では、君たちが人理修復を成し遂げた後、カルデアにはどういう命令が(くだ)ったのかを思い出してみるといい」

 

 

 ———サーヴァントたちの、強制退去命令。

 

 組織運営の観点からみると、“個人のために戦うサーヴァント”は信用できない。人理のためではなく、マスターのために力を()るうサーヴァントは、マスターが人理の敵になった(あかつき)には人理にすら牙を()く。

 だからこそ、『人理修復がなされたなら(すみ)やかに全てのサーヴァントを退去させるべし』という命令が(くだ)った。

 

 自分たちが今いる“このカルデア”は、キリシュタリアやオルガマリーの尽力(じんりょく)もあってサーヴァントたちをいくらか隠し通す事に成功したが———

 

 

 ……ため息をついた。

 

「だから“犯罪”なのか? 汎人類史に敵対して(ほろ)ぼす(ため)にやり直した? 

 だがそれなら、レフの爆破事件の時に全員殺すだけで終わった(はず)だ。なのに態々(わざわざ)、こんな大掛(おおが)かりなことをする。その理由が分からない」

 

 二世は少し(うつむ)いた。

 

「それならば、確実にやり直しを覚えているだろう者の言動に注意してみると良い。———たとえば、レフ・ライノール。彼はかつてゲーティアの一部だった。つまり単独顕現による記憶保護は効いている(はず)だ。

 彼が(もっと)も気にかけていた人物は……マシュ・キリエライトだったな」

 

 カドックは思い出した。昨日の戦闘、ケルヌンノスやトネリコと戦ったあの戦闘において、レフ・ライノールが藤丸立香になんと言っていたのかを。

 

 あの時、レフは藤丸立香に対して『貴様を弑殺(しいさつ)する』と言った。“弑殺(しいさつ)”という言葉は『自らの尊敬する者を殺す』という意味を持つ。

 つまり、レフ・ライノールは藤丸立香をある(しゅ)尊敬していた、という事だろう。

 

 ———他には、『我ら人理補正(じんりほせい)(しき)()ていた絶望の結末と、何が違う!』

 人理補正(じんりほせい)(しき)は、何か絶望の未来を()たらしい。それはゲーティアの言っていた『人間の終わりには苦しみしかない』という意味かと思っていたけれど……。

 

 

『まぁせめて、安心して()きたまえ———マシュ・キリエライトはこれからも、カルデアで平穏に()ごすのだから』

 

 そうだ、レフ・ライノールは藤丸立香に、『マシュは平穏に生きていけるから安心して死んでも良い』と口にしていた。それはつまり、藤丸立香の望みが『マシュ・キリエライトの平穏だ』と言っているようなもので、先ほどからのロード・エルメロイ二世の推理と合わせて考えると、藤丸立香の犯行動機は復讐ではなく———

 

「そう、彼女の保護だ。

 恐らく、やり直し前の世界ではマシュが悲劇にあったのだろう。彼女は“唯一のデミサーヴァントの成功例”だ。彼女を再現できるようになれば、魔術師たちは“死徒化”よりも効率的な延命手段を手に入れる事になるからな。

 ———なんて言っても“自らの肉体を霊基に昇華(しょうか)させる技術”だ。根源を目指す魔術師なら、(のど)から手が出るほどほしいモノだろう」

 

 カドックは、葉巻を吸う二世から目を()らして、空中を見た。

 

 ここまで説明されて初めて、最初に二世が何故『“敵”や“味方”といった概念が崩壊する』と言ったのか、何故『ジェームズ・モリアーティがスパイだったとしても関係ない』と言ったのか。その理由(わけ)に思い当たった。

 

「そうか……アイツは僕たちの先輩で、僕たちにマシュの平穏を(たく)したのか。

 キリシュタリアが後ろにいる現状なら、協会に属する魔術師ではマシュに手を出せなくなる。ぺぺとベリルがいるのなら、暗殺その他にも対応できる。———マシュを守るには、まさに理想の布陣(ふじん)だな」

 

 ロード・エルメロイ二世が朝食のお(ぼん)を持って、煙と共に立ち上がった。

 カドックがその背中を見ると、二世は立ち止まった。

 

「昨日、君にモリアーティ教授が語ったように、こう言った事情は(のぞ)き込んだ者の主観がかなり大きく作用するものだ。

 君が『主観の入らぬ事実を見つけ、それをもとに『自分は何をするべきか』を(さだ)めたい』というのなら、これから良く考える事だ。

 君がどのように決断しようとも、私はそれを尊重(そんちょう)しよう」

 

 彼は、テーブルにいるみんなを確認して、少しだけ声を(ひそ)める。

 

「ここまで推理して、確信を持ったことが一つだけある。『事件はまだ始まっていない』

 ———気をつけておきたまえ」

 

 そうして、ロード・エルメロイ二世は歩き出した。

 その背中にアナスタシアが「ロード・エルメロイ二世の推理、とても素晴らしかったわ」とだけ投げかけ、二世は一瞬だけこちらを見ると、やはりまた歩き出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 彼が去った後、食堂のテーブル。

 

 カドックの左正面に座っているアルトリア・キャスターが、ボソッと言った。

 

「私、異聞帯から来たみんながどうしてあんな事を言ってたのか、やっと分かった気がします。

『王さま相手に正々堂々と戦うなんてダメだ』『どんな手段を使っても良い、確実に彼を殺すべきだ』。

 みんなはカルデアに、王さまを殺して欲しかったんですね。その苦しみから解き放つために」

 

 アルトリアの隣、祈荒(きあら)もまた、口を開いた。

 

「そうですわね、どれだけの苦しみがあったのか……。マシュさんの安全が彼の望みで、それがやっと達成されたのなら、もう……楽になりたいでしょうから。

 ———今になってやっと、魔神バアルの言っていた意味を理解することができました」

 

 そう言えば、とカドックは思い出す。魔神バアルは新宿の特異点でカルデアの仲間になった存在で、藤丸立香殺害の過激派だった。

 自分自身が、ORT(オルト)の心臓になる事を(いと)わないほどに。

 

 実際にその作戦は実行され、昨日の夜。バアル、デイビット、カイニス、テスカトリポカ、山の翁のパーティでミクトランを踏破(とうは)

 聖杯を抱え込んだバアルが“穴”に飛び込んで、ORT(オルト)は復活する運びとなった。

 その帰りにヴォーティガーンの封印を山の翁が()()りにしてこれを殺し、2体の災厄の同時顕現(けんげん)相成(あいな)った。

 

 異聞帯の有識者の見解では、これでも足りない可能性があるとのこと。2つの災厄を突破した藤丸立香にどう対処するのか、日夜(にちや)会議が開かれている。

 

 

 そういった諸々(もろもろ)()まえて、祈荒(きあら)は自分の(ほほ)に手をあてた。

 

貴方(あなた)がたAチームのマスターたちが、7人(そろ)って成し遂げた事を、あの少年はたった一人でやってのけた。(にわか)には信じがたいですが、時にはそういう奇跡も起こるのでしょうね」

「そうだな」

 

 と、カドックは目を閉じて返答した。

 

「これから、デイビットに会ってくる。予定通りならそろそろアイツ、またミクトランに出発する(はず)だ。

 その前に、話しておきたい事ができた」

「そうですね。デイビットさんとキリシュタリアさんは、もしかしたらこの事を知っていたのではないか、と思わせる何かを持っています。

 これからの事を決めるなら話し合いは必要かと」

 

「行ってらっしゃい」とメルトリリス。

「わたし、応援してますね」とパッションリップ。

 

 彼女たちの声に背中を押されて、カドック・ゼムルプスは立ち上がる。

 そして、デイビットを探して廊下に出た。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 カドックの予想通り、デイビットは出発する直前だった。

 

 イマジナリ・ボーダーの、甲板(かんぱん)へと続く通路で、デイビットを捕まえることに成功した。

 振り返ったデイビットは、カドックの表情を見た。そして少し、笑った気がした。

 

「———追い求めていた謎に、答えを得たのか」

「モリアーティにヒントをもらって、ロード・エルメロイ二世に解いてもらったんだ。僕が気づいた(わけ)じゃない」

「いや、それも力だ。サーヴァントを頼る、それは誰しもができる事じゃない」

 

 カドックは息を吸って、デイビットと正面から向き合った。

 

「お前は……知ってたのか?」

「いや、知らない。経験と(かん)とで何パターンかの当たりをつけてはいるが……」

 

 そう言ったデイビットの(ひとみ)から、カドックは確かな確信を見て取った。二世とは違う道筋で、同じような結論に達したのだろうか。

 

「藤丸立香を、殺すのか?」

「そうだ。ヤツは恐らくORT(オルト)すら突破するだろう。アレでは足りない、というバアルの意見には、オレも賛成している」

「どうして、殺すんだ?」

「きっと、その方がいいだろうから。つまりはただの———(かん)だ」

 

 デイビットは、一瞬、考えていたかと思うと———「欲張らなければ、もう少し時間はあるな」と(つぶや)いた。

 そして、カドックのことを()()ぐに見る。

 

「オレたちはきっと、アイツの夢の中を生きているんだ。

 昨日、キリシュタリアも言っていた。『(かな)う事なら、彼と一緒に世界を救いたかったね』とな。

 だからこそ敬意を持って、あらゆる手を尽くしてアイツを殺す。でないと安心してマシュを任せて(もら)えないだろう。

 先輩に、オレたちも強いんだってところを見せないとな」

 

 その言葉が、とても優しい(ひび)きだったから、カドックは何故か笑ってしまった。

 

「そうか、———随分(ずいぶん)と優しいな、お前は」

「まさか。オレは卑劣(ひれつ)なだけだ。それに予感が正しければ、この先には何かがあるぞ。

 藤丸立香は明らかに、『殺してみせろ』と言ってきている。だから、本当の戦いはこれからだ。覚悟しておけ、カドック。きっと、今までとは(かく)の違う何かが始まる」

 

 デイビットはカドックの表情をもう一度見て、一つ(うなず)いて。それから振り返って歩き出す。

 その後ろ姿にカドックは、つい声を()らしてしまった。

 

 

「それを知りながら相手の土俵(どひょう)に飛び込むなんて———。

 お前らしいよ、全く」

 

 そう言い切ってから、カドックは気づいた。事実を知っても、やる事は何も変わっていないという事に。

 何も知らなかった頃の自分も、事実を知った後の自分も、何かを予感しているデイビットでさえも。

 

 ……なるほど。モリアーティ教授が『完全犯罪に近い』という(わけ)だ。

 きっと自分たちは、まだ藤丸立香の(てのひら)の上にいる。

 

 

 ———そんな、予感がした。

 

 

 

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