ヒキニートが「監禁された!」と騒いでいる   作:薄皮パン君

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第7話 〇〇大学オカルト研究部②

「先輩。警察いますね」

「そうだな」

 

 千葉県〇〇市。駅からそれほど離れていない住宅地の一角。立派な和風建築の家を遠巻きにして、みつ子と谷川は眉間に皺を寄せている。

 

「やっぱり、昨日のアバクローのライブ配信が原因ですかね?」

「あぁ。地元の人なら簡単に特定出来ただろうからな。場所が特定、拡散されて野次馬が来たから近隣の人が警察を呼んだんだろ」

 

 谷川はしたり顔で説明する。

 

「ちょっと私、状況を聞いてきますね!」

「えぇ……。行動力ぅぅ……」

 

 みつ子は谷川の声を背に受けながら、小走りで行ってしまう。

 

 赤城家の前には赤色灯の消えたパトカーが一台止まっていて、中には二人の警官の姿がある。駆け寄って来るみつ子を認め、サイド・ウィンドウがゆっくりと開いた。

 

「あの~、何かあったんですか?」

 

 みつ子は白々しく尋ねる。助手席の若い警官は一瞥してから答えた。

 

「捜査に関することは答えられません」

「今朝の朝食のメニューは?」

「えっ?」

「これは捜査に関係ないですよね?」

 

 運転席に座る警官が笑い出す。

 

「お姉さん。おもしろいね。昨日のYouToberの配信を見て来たの?」

「まぁ、そんな感じです」

「悪いことは言わないから、ここはやめた方がいいよ」

 

 意外な忠告に、みつ子は車内を覗き込む。運転席の警官の目は笑っていない。

 

「何でですか?」

「行方不明者が多すぎるからだよ」

「まさか、昨日の?」

「あぁ。配信に関わっていた三人が行方不明になっている。これは噂話とかではなく、家族から通報のあった内容だ。本来これは教えちゃダメな情報なんだけどね……。なんか嫌な予感がするからお姉さんには伝えておくよ。ここは、やめた方がいい」

 

 あまりに真剣な声色に、みつ子は黙り込んでしまう。それを返事と受け取ったのか、パトカーのサイド・ウィンドウは静かに閉った。

 

 みつ子は警察の言葉を噛みしめながら、谷川の待つ角までひっそりと歩いた。まるで、何かに存在を悟られるのを恐れるように。

 

「どうだった?」

 

 深刻そうな表情をして戻ってきたみつ子に、谷川は声を掛ける。心配そうに。

 

「野次馬が集まって来るから、警官いるんじゃないそうです」

「えっ、そうなの?」

「はい。昨日の配信に関わっていた三人、行方不明になってるらしくて……。その捜査で来たそうです」

「……そうか……」

 

 谷川は眉と口を曲げて難しい顔をする。

 

「警官の一人が『ここはやめた方がいい』って」

「で、どうする? 警察がいる限り中には入れないと思うけど」

「……一度出直して、夜、少しだけ様子を見に来ません?」

「本当に少しだけだぞ? 俺は発表会用のネタが集まれば十分なんだから」

「わかってます」

 

 二人は近くのネットカファに籠り、日が暮れるのを待った。

 

 

#

 

 

 二十時を回った頃に訪れると、赤城宅の前からパトカーの姿は無くなっていた。特に立ち入り禁止のテープ等は貼られていない。もう現場検証は終わったということだろう。

 

「静かですね」

「あぁ」

 

 みつ子と谷川は赤城宅に視線を向けながら、呟く。

 

「少しだけだからな?」

「分かってます」

 

 二人はお互いの意思を確認すると、歩き始める。みつ子はきょろきょろと落ち着きがなく、谷川は逆に一点を見つめて視界が狭そうだ。

 

 歩いていると、すぐに赤城宅の数寄屋門が近付いてきた。谷川が引き戸に手を掛けると、すーっと音もなく開いた。二人を歓迎するように。

 

「開いちゃった」

「あぁ」

 

 みつ子がおどけてみせるも、谷川の顔は強張ったままだ。「これも発表会のため……」とぶつぶつ言っている。

 

 中に入ると、手入れの行き届いた日本庭園が広がる。ところどころにあるガーデンライトが白い玉砂利を優しく照らしていた。

 

 二人は玄関まで伸びる石畳を慎重な足取りで進む。

 

「鍵がかかっていたら、屋敷の周りをぐるっとして写真とって帰るからな」

「はい」

「怖くないのか?」

「怖いです……。でも、何が起きているのか、知りたい気持ちの方が強いです……」

「一応言っておくけど、住居侵入だからな?」

「分かってます。オカルト研究部でそれをいいますか?」

「まぁ、そうだな……」

 

 もう、玄関のドアは目の前だ。谷川が目で合図を送ると、みつ子は唾を呑み込んでから、頷く。

 

 谷川がドアノブを回すと、アバクローのライブ配信の時と同じように、鍵は掛かっていなかった。人感センサー式の照明が二人を迎える。

 

 三和土にはスニーカー、革靴、スリッパが一足ずつ並んでいた。二人は靴を脱いで上がると、リュックからLEDライトを取り出す。

 

「先輩。それは?」

 

 谷川のLEDライトには紐で布で覆われ、紐でグルグル巻きにされた長さ十センチほどの物体がぶら下がっていた。見るからに妖しい。

 

「タイの魔除け、クマントーンだ。オカルト研究部に代々伝わるアイテムで、本当にヤバイところに潜入するときは身に着けるようにしている」

「先輩……。一人だけズルくないですか?」

「みつ子も握っていいぞ」

「お邪魔します」

 

 谷川は右手にLEDライト、左手にクマントーンの端。みつ子は右手にクマントーンの端、左手にLEDライト。数珠つなぎのようになって、二人は進んでいく。

 

 すぐに二階への階段は見つかった。壁のスイッチを押すと、天井からぶら下がった照明が電球色の光を灯す。

 

「一番奥の部屋です」

「ふぅー」

 

 谷川は返事の代わりに息を吐き、階段を上り始めた。みつ子もそれに続く。踏み板が「ギィ」と鳴り、空間に響いた。何者かに合図を送るかのように。

 

 一番奥の部屋は、扉が閉まっていた。二人のLEDライトが入念に照らすが異変は見られない。

 

 呼吸を深くしながら、谷川は進む。クマントーンとLEDライトをみつ子に渡すと、谷川は息を止めた。そして、一気にドアノブを回して開け放つ。

 

 埃の混じった生暖かい空気が流れてきて、二人は噎せそうになる。なんとか耐えて入ってすぐの壁のスイッチに触れると、シーリングライトがぱっと部屋を照らした。

 

 壁にはアニメのポスターが何枚も張られ、棚にも床にも漫画本が溢れている。デスクにはPCモニターとテレビが八の字を描くように置かれ、歴代のゲームハードが袖机を占拠していた。

 

「しぃぃ……ふぅ……」

 

 鼻呼吸をやめた谷川が更に呼吸を荒くする。みつ子はハンカチで口元を押さえている。二人の視線は押し入れに向いている。端が五センチほど開いていて、誘っているように思えた。

 

 床に散らばっている漫画本を避けながら歩き、二人は押し入れの前に立つ。目配せをし、互いに頷き合う。谷川が黄ばんだ襖に手を伸ばし、グイとスライドさせた。

 

「わぁ……」

「おぉ……」

 

 みつ子は視線を逸らし、谷川は凝視する。エロ本、エロ漫画、エロDVD、アダルトグッズの山を前にして。

 

「これはちょっとライブ配信では映せないな。明らかに無修正の作品ばかりだし。かなり過激なやつもある。これとか、宙吊りだし」

「解説しなくていいです……」

「何か手掛かりがあるかもしれないぞ?」

「先輩が調べてください。私はあっち向いてますから……」

 

「仕方ないな~」と谷川は物色を始める。「おぉ、デカい」「出ちゃってるじゃん」「おっとこれは、グロマ〇」と独り言ちながら。

 

「先輩……」

「ちょっと待って。今、いいところだから」

「先輩……見られてます……」

「えっ、誰に?」

 

 振り返ると、正面の窓のカーテンの隙間から白い顔が二人を覗いていた。

 

「わぁ――」

 

 谷川が声を上げようとすると、部屋全体がメキメキ音を立てて揺れ始める。視界がブレるなか、白い顔だけが浮かび上がって存在感を増す。その瞳から、赤黒い液体が流れ始めた。

 

「みつ子! クマントーンを剥いて!」

「えっ? はいっ!」

 

 部屋の揺れはまだ収まらない。みつ子は紐をずらして布を捲り、クマントーンの本体を露出させた。小さな胎児のような見た目の像が現れる。みつ子はそれを床に落としてしまう。途端――。

 

 バチンッ! と空間が割れるような音がして、揺れが収まった。

 

「はぁはぁ……」

 

 ただ荒い息遣いだけが聞こえる。しばらく、二人は動けないでいた。

 

「女の顔だったよな」

「はい。女でした」

 

 二人は窓から覗いていた白い顔を脳裏に思い浮かべる。

 

「行こう。クマントーンが守ってくれているうちに」

「はい」

 

 谷川はクマントーンを拾うと、二人は足早に赤城宅から退散した。

 

 帰りの電車の中で二人は地震情報を調べたが、該当の時間帯、日本で震度1以上の揺れは観測されていなかった。

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