ブチャラティとセッコが落下したのはパラティーノの丘を下った場所だった。両者の距離は額を突き合わせるほど近い。高さ十数メートルはある落下の間に繰り広げられたのは互いの拳の応酬であり、全てを凌ぎ切っているからこその距離が離されない攻防だった。
「アリアリアリアリアリアリ!!」
「オアアアァアアアシスーッ!!」
拳の接触を避けた腕の振り回しはラリアットのように二の腕に軽い痛みを齎す。初めて地面に触れたのはセッコだった。スタンド能力により地面を泥にした彼はブチャラティのマウントポジションから逃れてその上半身を沈める。ブチャラティの振り下ろした拳は液状化した地面には通らない。不気味に撓んだ地面のエネルギーを利用してセッコは低空ドロップキックをブチャラティへお見舞いしたが、電灯にジッパーを付けたブチャラティが宙へ舞うことで死に体となった。
「チッ」
悪態と共に地面に沈んだセッコにブチャラティは距離を取ってあたり一面にジッパーを取り付けた。大量のジッパーは粗製乱造されたエレメントがぼろぼろな代物だった。ブチャラティの自身のキャパシティを超えたジッパーの同時発現は地中に隠れ潜むセッコを発見するための探査機だった。
ジッパーの一部が崩壊して人の魚影を映し出す。浮き上がった影に対してブチャラティはジッパーを拡げて中にいるセッコの姿を引き摺り出す。セッコはハムスターのように口いっぱいに何かを頬張っていた。スレンダーな身体が逆三角形に見えるほど肺に空気を大きく吸っていた。
口から吐き出されたのは『石』だった。土の塊をオアシスの力で泥にして作り上げた即席の散弾銃は硬度を維持したまま液体の薄さでブチャラティを切り裂く。切断まで行かなかったのはブチャラティが肉体に顕現させたジッパーが弾いたからだ。水音を上げて着地したセッコは唾を吐き捨てながらブチャラティを睨んだ。
「つ、強えな、ブチャラティ」
吃音が酷い訛った声だった。スタンド使いなら誰もが利用できる高速会話にノイズが走る、脳の処理能力が不足した話しかけだった。涎を垂らして四つ脚で構えるセッコは、宛ら肉食獣の覇気を流していた。
「オレは生まれつき足りてなかった。生命力や、運の良さや、頭の良さや、し、社会性?なんかも。『文明』がオレには扱えなかった」
セッコの周りから地面が液状化していく。崩落した穴に水が入り込むように建物や電灯が内側へ傾いていった。足元が揺らいだブチャラティは勢いよくスタンドで踏みつけ、地面を幅数十センチの巨大なジッパーに変貌させた。あたり一面が沈みゆく中、二人だけが頭を下げずに睨み合いを続けていた。
「チョコラータ曰く、オレみたいな奴は『狩り』で昔は働けたらしい。命を賭けて明日を見ない賭博師。『命』を『粗末』に扱うのが異常だと、オレは蔑まれて生きてきた」
セッコの人生は『薄い』。学ぶことが困難な身体は経験を水のように垂れ流す。破綻した人生に短い将来。セッコは獣にはなれない。
「頭の良い奴はみんな『迷惑』を振り撒く。ディアボロも、かつての吸血鬼も、財団の金持ちも、偉い奴らは『命』を大切にする癖に『世界』を粗末に扱う。懸命に生きるのに『知能』を強くするのは無駄だ、害悪だ。アメリカで世界が滅びるなら、
狂った主張。不可解な論理。セッコの脳内で正しい道理が欲と独善によりおかしな結論を導き出す。ブチャラティはセッコの発言が時間稼ぎだと結論付けた。
「『ダチョウ』は子供や群れすら理解できねー『バカ』だ。だがァ!生存競争であいつらは生き残った。『生命力』が桁外れに優れていたからだ。オレは『ダチョウ』の『王国』を創る。賢い奴が馬鹿げた結論を主張しても、死なないなら取り返せる。誰もが『生存』する世界にヒトは危機感を抱けない」
ブチャラティの乱打にセッコは平静を崩さない。ロープ際に追い詰められたボクサーのように地面と建物を利用したバウンドにより急所を定まらせない。頭突きでブチャラティと少しばかりの距離を離したセッコは
「チョコラータから受け継いだ『鬼』の力を持って!!『ダチョウ王国』をッ!!」
背後にある建物をセッコは叩いた。接触した拳から波紋が溢れて建物が撓んだ。ゼリーを叩いた振動が天井にある貯水槽を砕いて雨としてブチャラティへ向かった。その水は日光に当たって七色に反射していた。水分に混じったガラスと併せた凶器はブチャラティを含めた範囲数十メートルに槍として降り注いだ。
「うおぉお!!」
簡易的なウォーターカッターにブチャラティは空中でジッパーを作り上げた。半透明なソレは鉄すらも切り裂けるセッコの槍に対して完璧な守りを見せた。
「ウバァシャアア!!」
身を屈めたブチャラティに対して薙ぐように振るわれた手刀はブチャラティの右足首を
「ッ!?」
面食らったのはセッコの方だった。体幹を崩すことを目的とした横薙ぎはブチャラティの体重を弾くための力が込められていたが、水を叩いたことで大袈裟に体が揺らいだのはセッコだ。ブチャラティの反撃の拳を辛うじて避けられたのは運が良かったに過ぎない。掠った肩の出血をスタンドにより強引に止血したセッコは、魂の考えるがままに『あるもの』を口にして突貫した。
片手をついたブチャラティはセッコの攻撃を防げないと直感した。ジッパーによる接合も間に合う筈もない。ブチャラティが選んだのは倒立による空中への退避だった。頭を逆さまにした彼はセッコの一撃を自由な両腕で防いだ。
「空中じゃあ避けらんねぇよおなァアァア!」
セッコは水泳選手さながらの飛び込み姿勢でブチャラティに飛びかかった。その手は歪に骨ばんでおり、指先を埋め込むだけで臓物を暴き出せるのが容易に想像できた。ブチャラティが振るった横蹴りを首を傾けて避けたセッコは彼の胸元へ第一関節を差し込み、
「スティッキィ・フィンガーズで別れた足を
「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!」
死に体となったセッコの上半身を中心にブチャラティの拳が叩き込まれる。予め防具として仕込んであったであろう
セッコは赤子のように体をばたつかせた。重篤な日射病に陥った患者が最期に見せる肉体の動きのようだった。むくりと起き上がったセッコの顔は別人の形相だった。
「『概念』」
その額には、ポルポの『矢』が埋め込まれていた。
「…なッ!その『矢』はッ…!!」
「スタンドの能力は本人の『認知』で決まる。ブチャラティ。オマエのジッパーは
セッコは『矢』による進化を信奉していない。『矢』という
チョコラータの改造によりセッコが得た力の中で最も特異な点は『エネルギーの貯蔵』だった。
「…なるほど」
肉食獣を超えた『肉体』。明瞭快活となった『頭脳』。溢れ出る『スタンドパワー』。全てがセッコに劣るブチャラティは、全てを理解してなお不敵な笑みを浮かべた。
「お前を倒せば、ボスを止める力を得ることになるのか」
「…本当に、ウザったい野郎だ」
下唇まで伸びた犬歯を剥き出しにしてセッコは睨みつけた。
「依怙贔屓された魂が偉そうに語りやがる。負けた側のクセに本物を引き継ぎやがった。ディアボロもオマエを代理だと考えているだろうが、オレには解る。
頭についたジッパーを無理矢理引き剥がしてセッコは宣言した。新種の人類として、王様らしく、怒りを合わせて、獣のように呟いた。
「だから殺す。絶対に殺す。オマエは、オレの
セッコ「人類が滅びるならもっと強い人類になれば良い。世界が滅んでも生き残るくらいな」