スタンドは精神の具現化である。思い込みが能力の足枷になるのはスタンド使い自身がそうすべきと自戒するからだ。逆に言えば、本能的な能力には歯止めはかからない。コカキが壊れ、残った『感覚を永続化させる』能力は近辺の付近にまだらな霧雨として散布された。スタンド像すら失った彼はあらぬ方向を見ながら殺意を込めて叫び続けていた。
「
「な、なんてパワーだ…!ディアボロめ、予知はコレもコントロール…」
ポルナレフはディアボロの表情を二度見した。杜王町で財団の一員になりすましてジョセフの忘れ形見を騙くらかした船乗りの顔が浮かんでいた。ディアボロが気を抜いた際に出す、ヘマをした表情だった。
「…なんだよその冷や汗は」
「俺は確かにポルナレフに対抗出来る未来を選んだ」
「おう」
「俺も対抗出来るとは言ってない」
「バッカじゃねえのオマエ!?」
「冗談だったんだが…」
ディアボロとしては挑発に乗ったコカキが自身を狙う形を擦りつけることを予定していたが、
「酸いも甘いも噛み分けたマフィアの生き残りだぞ?たかが小競り合いの軽口で何故壊れる。仮にもスタンド使いが。コカキを貶すべきだろそこは」
「お、お前!マジで言ってるなら部下に愚痴るなよ!?杜王町で変わり身になった奴は私にバレた途端に心中するスタンドを生み出したんだからな!?」
「嘘だろ…?」
固定された『日常会話』は映画の字幕に嘘を書き連ねるように歪でシュールな戦闘を生み出した。十秒間にポルナレフは三回の致命傷を受け、七回の重傷をディアボロは擦りつけた。常在戦場の両者だからこそ成り立つ攻防はコカキの殺意が茶々を入れることが不可能な状況だった。
ポルナレフのレクイエムは今までの機動力が嘘のように鈍重だった。全身を覆う漆黒の鎧がそれを肯定している。元々の
しかし、その重さに比例して防御力は卓越していた。ディアボロが振りかざす予知を含めた攻撃は全てが無効化され、一部は反射すらされる。ならばとディアボロは本体を殴ったが、ディアボロの頭部が粉々に弾け飛んだ殴ろうとして冷や汗を出すだけにとどまった。
千日手のやり取りが続く。ディアボロはポルナレフに傷を付けられず、ポルナレフはディアボロの予知を掻い潜れない。有利なのはポルナレフであるが、ただの勝利ではディアボロは救われない。ポルナレフはため息を吐いた。
「互いに秘密を解き明かそう、ディアボロ」
どっかりとポルナレフは地面に座った。片膝を立てて膝に手を置いた姿勢でディアボロを見据えた。戦意の無さにディアボロも手が止まる。ポルナレフは自身のレクイエムに背中を預けた。
「一問一答。戦いながらで構わない。実のところ、私はお前の目的すら知らないのだ。儀式としてコロッセオを戦地にしているが、それが未来のために必須なのかすら分からない。秘密主義を貫いても孤独なだけだぜ」
「…」
ディアボロは無言でポルナレフの目の前に座った。レクイエムに対策が無いための結論だった。ポルナレフは無言のままだ。ディアボロの『質問』を待っている。ディアボロは頭を掻いた。
「『お前の義娘は息災か?』」
「…ああ。『不自由無く』。重要なのか…?」
「アレが居なければ俺は諦めていた。お前達には迷惑なことだろうが、ジョースター家の因果に関わった以上は諦めるんだな」
初っ端から理解不能な問いにポルナレフのCPUが限界に近づく。脳内のジョセフが十字を切った。そもそも会ってすら無い子供に希望があるとはなんなのか。ポルナレフは頭を振って思考を切り替えた。
「『何故コロッセオで儀式殺人を始めた』」
「『そこで大量の死が生まれるから』。だから正確には『死ぬ連中を儀式に参加させた』が正しくなる。放置してジョルノ・ジョバァーナが立ち寄り、俺を悪として贄にする未来は選びたく無かった。トリッシュが死ぬ」
「…何が起きたかは聞かないが、ジョルノとやらは息子か何かか?」
「ならば納得したがな。『レクイエムの能力は?』」
やはりディアボロは儀式に関して否定的だ。ポルナレフは唇を舐めた。やけっぱちな行動と合わせて考えるならば、ディアボロはこの儀式で死が決まっている。その死が回避できないからこそ、彼は足掻いている。
「『災厄から身を守る力だ』。スタンドだろうが天変地異だろうが怪異だろうが凡ゆる害を受け止めて跳ね返す。友を守れなかった未熟者がようやっと創り上げた『鎧』さ」
「木乃伊を目指してるのかお前は」
「き、聞きたくねぇ…!いや、この際はっきり聞いてやる。『お前は何をしたい』!ディアボロ!『どの未来を選びたいんだ!?』」
「『運命を殺す』」
ディアボロは立ち上がり、あらぬ場所を睨んだ。それは空間であり、何一つ存在しない場所である。
「『ポルナレフとまともな戦闘をしない』。『ディアボロとポルナレフ以外に茶々は入らない』。『レクイエムの力を知る』。俺は未来など創り出せはしない。運命はいつも俺達に人生を強要する。
ディアボロはスタンドで全力で跳んだ。何の意味も無い行為により
当然のように襲ってきたセッコに対して、ディアボロは時を飛ばして『矢』をその過程に置いた。ディアボロは『矢』に選ばれない。スタンドで傷つけても死ぬ未来が予知されるだけだった。だが、運命が保証されたこの場所だけは例外になる。
「な…!?なにイイイイィーッ!!『矢』が二本!?こんな凶器が…がが!?ガガガが!!」
「
ディアボロはセッコの攻撃では死なない。
「世界に刻まれた『運命』が、この有様だ」
つまらないと憎々しげに、あるいは皮肉としてディアボロはポルナレフに独白した。ポルナレフはその口調が慰めだと分かった。急斜面を駆け降りて転んだ理由を説明する語り口だった。
「それが『矢』という『即死』の結果すら…『運命』は強制的に因果を作り出す」
ディアボロは永遠の生き地獄を味わう『運命』だからこそ、ディアボロに『即死』は訪れない。『矢』は生き残りに力を引き渡す。死に瀕した故に膨大なエネルギーに耐え切れないセッコがモノも言えずに崩壊する。光の中から這い出たのは黒い闇だった。
キング・クリムゾンの両腕が漆黒の手鎧に覆われた。顔に歌舞伎役者のような隈取をしたスタンドは怒り顔をより強調して魅せた。頭部にある人面瘡はポルナレフの顔を作り出し、彼のスタンド名を叫んで普段の形相に戻った。
ポルナレフは間合いに入ったディアボロに剣を振り翳した。レクイエムを全開にしてあらゆるダメージを弾き返す
「ば…か…な…ッ!!」
「どうだポルナレフッ!!」
大量の汗を流し、息を切らしたディアボロは誇らしげにポルナレフを煽った。ポルナレフのスタンドは消え失せ、下半身が力無く異音を鳴らして火花を散らす。ポルナレフが与えるはずのディアボロへの刃は消えていた。
「このディアボロの『レクイエム』の真髄はッ!!」
ディアボロの根幹は『憑依転生者』である。有り得ない魂を持ち、異形な生誕を果たし、異常な人生を歩んできた。その彼が発現させたレクイエムは単純かつ邪悪極まりない他力本願な能力となるのは当然だった。
即ち、
ポルナレフの肉体を一時的に乗っ取ったディアボロはポルナレフの下半身である義足を粉々に破壊した。ポルナレフの魂が戻った時には既に遅く、生命維持に関わる循環機能が強制的に切り替わった。
「…ッ!!ディアボロッ!!」
「
「
ポルナレフはディアボロが疲労から未来を予知していないことを察した。レクイエムのパワーは発揮すれば圧倒的な影響力を醸し出す。ジョルノ何某が予知通りにレクイエムへと到達したのであれば、ポルナレフは間違いなくそれを認識出来た。
ディアボロは運命を変えようとしている。そして、それは既に変わり切っているのだ。このコロッセオでディアボロだけが納得せずに暴走している。
ポルナレフはジョルノと呼ばれる存在を認知していない。だが、ディアボロが善性のまま悪逆を成しているのであれば、『乗っ取った』後に行う行為は容易に想像できる。
ポルナレフは友情と信念の男である。友の為に自らのスタンドを犠牲にすることなど迷う余地すらなかった。
「シルバーチャリオッツ・レクイエムッ!!」
スタンドが溶けて黒い人影を作り出す。意図して産み出した暴走形態はポルナレフが再起不能となる証明だった。
「
生まれ過ごして三十数年。原作を読んだのは当時の雑誌レベルであるディアボロだが、流石にポルナレフのレクイエムは脳内の片隅に存在した。
「そのスタンドは他人の影を創り出すスタンド!個々人に存在する『太陽』という本体を壊せば何一つ問題ない!二つの『矢』によるレクイエムで確実なる乗っ取─」
ディアボロはそこまで語って固まった。レクイエムにある筈の影が現れなかったからだ。正確には影自体は存在している。問題は、それがディアボロに手出し出来ない箇所にあることだった。
「
ディアボロの『影』には一片も太陽が無かった。二次元で太陽を認識出来ないのと同様に、特異な魂が反射させた影は肉体に囚われるディアボロには手出し出来ない領域にあった。
レクイエムが発動する。黒い太陽が天高く昇って光を放った。ディアボロに襲いかかったのは痛烈な眠気。至近距離で光を浴びたディアボロに擦りつける対象も無く、ディアボロの意識は闇へと送られた。
一眠りすれば完全回復する力。その範囲と強大さは正しく『
「『レクイエム』は孤独の力…『安らぎ』は未来に備えた過去を整理する手段…!
コロッセオ中の全生物が眠りに陥った。ポルナレフは眠ったディアボロを一瞥したが、今の彼では届きようも無い瓦礫の上で彼は佇んでいた。
「『希望』は…棄てない…」
片手にポルナレフは上半身を這ってもうひとつの『矢』の力へ向かう。崩れた瓦礫の破片に身体が汚れに塗れた。息を切らしたポルナレフが建物から這い出るまで一時間の時が過ぎ去った。レクイエムによる睡眠から起床するまでの時間は個々人によって異なる。
「皮肉なものだ…社会からつまはじきにされたがゆえにギャングになった『彼ら』が…彼が『邪悪』に向かうのを止めようとしている…そう信じるしかないとはな…」
十数キロも無い単調な道路を、ポルナレフはずるずると這いずり出した。