ポルナレフのレクイエムの過剰出力形態。黒い太陽の光を浴びた存在の精神を死者の魂を利用して癒す。その性質上、光を浴びた人間は『精神を癒す為』に抱えている疑問を解消される。たとえそれがどれほどの難関でも。
イタリア料理の歴史を辿ると料理は二通りに別れる。貴族の『
珍味や高級食材、希少部位をふんだんに使った料理と旬の食材と近場の農作物から拵えた料理。『おふくろの味』はジョルノの人生に朧げしか存在しなかったが、湧き出る芳醇な香りは料理人の確かな技術を雄弁に伝えていた。
文字通り山のようにある手料理の背後で、脂肪に溢れた巨漢の男、ポルポはにっこりと笑いながらジョルノへ膝と胸元にナプキンを着けた。
「さあ、どうぞ。ジョルノ・ジョバァーナ君」
「此処は何処ですか」
「夢の中さ。レクイエムによる強制睡眠が生み出した脳内の思考整理を行う泡沫の記憶。安らぎの間だ。別に黄泉竈食ひの類じゃあ無い。ま、食べないなら私が頂くがね」
ポルポがナイフを肉に当てれば軽い弾力と共に容易く分断された。ミディアムレアに輝く肉汁に包まれる肉片を喰らいながらポルポは億劫に口を開けた。朝焼けに光ったテーブルはパラソルに遮られていても心地良い光を浴びせる。鼻で嗅ぐ空気はジョルノの故郷の匂いが漂っていた。
「君がチョコラータ一行と戦っている間にボスは『矢』を賭けてレクイエムの到達者と戦った。その所有者が最後っ屁に行ったのがこの夢だ。無条件、広範囲、精神の全回復。具体的には死者を呼び寄せての悩みの解決…つまり語り口に必要なのは『説得力』であり、私の必要性は『無い』」
これっぽっちもとポルポは付け合わせのグリーンピースをフォークに挟んだ。嫌見たらしい言い草にジョルノのこめかみがヒクヒクと動いた。
「寂しい人生だね、君は。それとも幸福に包まれてつまづきが無かったタイプかい?『安らぎ』で数十年前の殺した上司を呼び出すのは…ちょっと引くよ」
「数日前でしょう。事実を捏造しないでください」
「
ジョルノの指摘にポルポは即座に否定した。
「『LESSON1』。『死人の戯言は真実だと思え』。私の話を否定するのは何故だ?スタンドも人外も超常現象も存在する世界で魂の挙動を把握しているのかね?
ジョルノは無言でポルポに向き合った。胡乱げに見据えるジョルノの眼差しにポルポは不敵に笑った。
「私は『ディアボロ』に詳しくは無い。だが…ジョルノ、君より遥かに彼を理解している。これは能力の有無じゃあない。知るか知らないか、ニュートンが林檎の落下を観測したか否かの差だ。
「僕が何かすればそれで終わりとでも?」
「よく分かっているじゃあないか」
コレが世界だとフォークに刺さった肉汁が滴る肉をポルポは持ち上げた。
「唾のついた汚ったらしい異物でブッ刺されて雑菌が繁殖している。おまけに雑菌は無理矢理働かされた奴隷の扱いだ。『LESSON2』。『魂に束縛はない』。はっきり言って、君がちょいとやる気を出せばパッショーネの全ては無意味となる」
「端的に言え」
「若い…というより肉体に引っ張られているのか…如何にも気が強い。ああ、はいはい分かりました『シンプル』に答えよう」
「世界は一度滅んだ。今の世界は一巡後の世界に到達している」
ジョルノの脳髄がずきりと痛んだ。偏頭痛のような痛みは記憶に無いはずの違和感を遍在化させる。
「ふむ。思い出せないか。或いは忘れたいのか。だが事実は変わらない。たったひとりの腐ったゴミカスな愚か者の凶行で世界は滅び、一巡した。観終わったビデオテープを見直すように世界は同じことを繰り返している」
ディアボロを討ち倒し、パッショーネのボスに君臨して数十年。幾度もあった危機を乗り越え、その先に合衆国で本能的に危機を察知した。してなお、ジョルノは動かなかった。
「理由は違えどポルナレフはディアボロを止める為にレクイエムを暴走させ、『矢』を君へ渡そうと足掻いている。ボスには奥方が説得要請として呼ばれたらしいが、寡男らしい勘違いだ。奥方は高潔で気が強い。今頃『アタシを病死させてまで決めたんでしょ!!今すぐに起きて世界救っていけやこのスカタンボンクラ詐欺亭主がァアッ!!』と叱られていると『ポルポ』は言っていた」
ポルポはバナナを房から千切って皮を捲った。八方向に広がった皮のひとつを丸めた彼は戯けたように手を握りしめて拳銃自殺のパフォーマンスをした。握りしめた握力に負けたバナナがポルポの喉へ飛び出し、ポルポは満足げに頷いた。
「やっぱりバナナは美味い。『真に偉大な人間になるためには、人々の上に立つのではなく、彼らと共に立たなければならない』。モンテスキューの言葉だ。私が呼び出される人生に寄り添いの精神はあるのかね?」
「ずけずけとモノを言う…」
「死んでるからね。君がポルポをそう認識しているだけさ。随分と皮肉屋のようだが」
ついさっき魂を呼び寄せると言ったばかりだろうが。
ジョルノはこめかみに血管が浮き出るのを感じた。ウマが合わないとはこのことを指すのだろう。ジョルノの反骨精神にポルポの小馬鹿にした話し方は性に合わない。自覚して煽るのが重ねて鼻につく。安らぎとは何なのかを懇々と詰めたいとジョルノは苛立った。
「腹が立つかね、ジョルノ・ジョバァーナ」
怒り出さなかったのは、ポルポが血の涙を流していたからだ。ポルポの巨体の中から蠕動するように手脚と顔が飛び出しては戻り行く。全ての顔が憤怒に染まり、憎しみで造られていた。魂のフラストレーションが、今にもジョルノを襲いかねない感情だけがかろうじて与えられていた。
「何もかもが知った風な口調で話された不快さ。負け組に溢れていた世界は勝ち組の存在で狂い始めた。…一巡した世界で最も最も最も…残酷なこと。『LESSON3』。『死は一度きり』。二度目の人間は同じ股から産まれた別人にしかなれない。
人生の全てを天動説に費やした学者は死ぬまで天動説を研究させられる。一か八かの勝負に勝ち負けが付いている。奇跡は必ず発生し、不幸は必ず到達し、人生は茶番と化した。
「マルティンは言った。『経験を積んだ人は、物事がこうであるということを知っているが、なぜそうであるかということを知らない』。経験、つまりは体感した…決まり切った義務に魂のエネルギーは使われない。埋もれた魂は発散されずにあの世に残り続けている」
二巡目で産まれた彼らは祝福されない。祝福を受けたのは一巡目の魂だけで彼らには何の意味も無い。無意味に犠牲となった『魂』は石油のように堆積して破綻の時を待っていた。
「これからも何十億もの理不尽に生まれ、流されて、死んだ『魂』の集合体は成仏することなく漂い続ける。弔われていないからだ。祝福されず廃棄された魂のエネルギーは『怒り』を溜め込んでいる。生者の魂により活性化したあの世はこの世を破壊せんとひとつの道を作り上げた」
「…
ジョルノの呟きにポルポは大仰に頷いた。
「ディアボロはこの世とあの世の狭間から産まれた魂だ。魂の扱いに関して彼より優れた存在はいない。彼が
「僕はレクイエムでかつてのディアボロを『永遠に』殺した。その魂の代理となる存在が特別なのは…そうなんだろうな」
ポルポは鼻で笑ってジョルノに唾を吐き捨てた。苛立ちと憎しみを二巡目の魂達と同様に顔に出したポルポの形相は神話の悪魔に見えた。ポルポの肉体から漆黒の闇が針鼠の体を作り上げた。明らかに死んでいる状態のポルポだが、機械的に答える口は収まらなかった。
「貴様のレクイエムの能力を私は知らない。だが、『永遠は存在しない』。お前が人間である限り。必ず到達点は存在する。これは『LESSON4』だ。思い上がり、神の力を持って、自由気ままに支配した人間が怠惰で敵を見逃した。
ポルポは…否、二巡目の魂達は血の涙を流した。ディアボロの接触により得たジョルノのレクイエムを知れば知るほどそれは強くなる。ジョルノのレクイエム『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』の能力は『存在の遡及』。死者達はDIOが犯した世界の上書きを知っている。たかだか数十の魂で現実改変を行える世界に対して巻き戻す為に必要な燃料は膨大だった。
ジョルノが一巡の存在である時点で、彼らの存在は塵芥に等しい扱いと化していた。
「エーリヒ曰く、『たくさん持っている人が豊かなのではなく、たくさん与える人が豊かなのだ』。ディアボロは誠意と慈悲により死者を慰撫した。死人が貴様に求めるのはただ一つ。
命令と見せた懇願。ジョルノの認識ひとつで終わる彼らに価値など存在しない。ポルナレフのレクイエムに支配された彼らの口は恣意的な発言を許さない。これまでの運命通り、ハンカチは常に一巡前に決定している。
「一巡前を知る貴様がレクイエムを発動すればこの世界自体が消え去る。何も無かったことになる。私達は初めから敗者が確定した生贄だからだ」
ポルポの姿は既に原型をとどめていない。醜悪な肉塊が血を吐いて蠢いていた。舌を噛みちぎり、口同士が互いに喰いあって潰し合う。説明は終わらない。ポルナレフは死者ではない。死人の気持ちは向こう側へ訪問するまで理解することはない。全身を噛み傷だらけにした死体は、あるはずがない口を開いて秘密を口にした。
「ディアボロの
死体が絶叫する。秘密を守れなかった自責の念による悔恨だった。死体は存在しない頭を抱えて丸まり、圧縮されて吹き出した血が手付かずの料理を彩った。数分の静寂の後、肉塊から這い出るようにポルポの上半身が現出した。
「やれやれ。ディアボロがあの世のルールを周知して以降跳ねっ返りが多くて困る。死んだ後も指導に苦労するとは思わなかった」
「…僕を止めようとはしないんだな」
「別に?運命通りならディアボロの命日は一日も無い。君がやるかやらないか。二巡目を活かしたいなら私は役所勤めだ。実のところ
この料理と同じだとポルポは笑った。作られた料理は誰かをもてなすには充分に存在し、
「『石工達曰く、小さな石なくして大きな石だけで石垣は建てられない』。プラトンの言葉だ。社会や組織では個人の役割や貢献が全体の成果につながることを示す。世界を私事で消し飛ばせる存在にディアボロは媚を売った。儀式の理由などその程度の理由だ」
ポルポは右手を天高く上げて指を鳴らした。夢の世界が一瞬だけ暗転し、安っぽい事務所に大量の書籍が積み上げられた部屋にジョルノ達は居た。ホワイトボードに書かれたのはジョルノが良く知らないディアボロの経歴。人生全てを書き連ねた書類群はディアボロの人生の激烈さを物語っていた。
「『LESSON5』。『ディアボロは人間である』」
ジョルノの記憶に未来の記憶が浮かぶ。あの日、ジョルノは『2012年3月21日』より前にDIOの血が騒いだのを理解していた。あの邪悪の化身が騒ぐ何かは世界を壊すのを知っていた。
「ボスは何故遥か未来の出来事を予知することが出来る?」
ディアボロの真相が露呈され、ジョルノの敗北は消えていく。一巡前の記憶を思い出した時点でジョルノに敗北は存在しない。如何に死地を乗り越えたディアボロも奇跡を引き起こせる超人相手には何もかもが不足している。
「スタンド使いは人間だ。何処まで行っても猿もどきのヒューマンだ。まぁ人間も人外めいた力が眠るのは否定しない。事実、君の父親は吸血鬼として『真実の上書き』という神の如き力を持っていた。ボスが語る内容を信じるならば、だがね。そんな化け物すら能力の範囲は単体に過ぎない。人並みに老けているボスがそれ以上のスタンドパワーを有していると思うかね?」
ジョルノは必ずディアボロに勝利する。ディアボロはそれをよく理解している。ディアボロの計画は綱渡りで途切れていない。彼は運命を憎んでいるが、反面それを信じている。ディアボロの『報酬』は勝ち負けに存在しない。
「金一封を渡せば裸踊りを嬉々として行う人々が山のようにいる世界で『バブル崩壊』の日時を予言するボスが
ディアボロがジョルノに敵うのは世界に対する知識だけだ。異なる魂から見る視点の違いによる解釈の幅広さ。ディアボロは帝王では無い。
「私はお前がボスに君臨する光景なんかを見たくない。今もなお本気を出さない貴様の魂にうんざりしている。『信頼』を裏切るクソカスの我儘小僧に媚を売らなきゃならないボスに涙が浮かぶ。何故ボスが『矢』を二本所有したいか分かるか?
ディアボロは矮小である。卑屈である。悪に染まり切れない小市民である。
ディアボロの勝率は依然五%から変動しなかった。
「私達が知る『動機』も『目的』も全てを露わにした。『資料』も此処にある。殺して『
ポルポは消えた。資料だけが存在する場所でジョルノはディアボロの経歴を読み耽った。ジョルノが一巡目で死んだブチャラティの墓参りに行った際に彼の古馴染みから聞いた海の男が似合う人格がそこにはあった。数時間の熟読の後、ジョルノは本を投げ捨てて立ち上がり、暗黒が広がる道なき道を歩み始めた。
「
ブツリと脳の配線が切れた。ジョルノは目を開け、夜が明けた太陽の光に目を細めた。彼に膝枕をしていたトリッシュがミスタを呼びかけ、ミスタは警戒を解いて肩に担いだそれを降ろした。上半身しかないその男は手に持つ『矢』を見せながら意志の強い眼でジョルノを見つめた。
「目覚めたか、ジョルノ・ジョバァーナ。私の名はジャン・ピエール・ポルナレフ。ディアボロの腐れ縁の友人だ。他の皆は起きている。気分はどうかね?」
「…最低の気分だ」
朝焼けの日差しに浮かぶゴールド・エクスペリエンスの顔にヒビが一筋入った。
トリッシュ「母さんが二人いる…しかもガチ目の喧嘩をしてる…どうすれば良いのかしら、これ」