「そうか…」
世界の真実をジョルノから知らされたポルナレフは残念そうに顔を暗くした。ジョルノが語るには、一巡目の『ポルナレフ』は承太郎が離婚した頃に眠る頻度が高くなったが『死んでは』いないらしい。ニュアンスに若干の違和感を覚えたがポルナレフ自体に記憶が無い事実には変わりない。ポルナレフは目を伏せて自身の手のひらを見た。
「私の頭では理解し切れないが…世界が同じ歴史を繰り返していて、既に死んでいた死人は別の魂が演じさせられていた。最近上映された『トゥルーマン・ショー』のようなものか。…承太郎達はあの時点で死ぬ運命だったと思えなかったのは事実だったか…」
その意味から考えると、ポルナレフ達はDIOに敗北していたと言えた。DIOは運命を乗り越えてポルナレフの仲間である花京院、イギー、アヴドゥル、ジョセフを殺した。ポルナレフすら死にかけた中、承太郎だけが運命を乗り越えた。
「死人だけの旅路だったのは幸いだった。…あの旅は俺達の旅路だと胸を張って自慢出来る。アイツらの友人になれて、俺は誇りに思う」
最終決戦の様相をポルナレフは知らない。上書きの合戦の末に吸血鬼の肉体を頼ったDIOが決死となった承太郎にスタンドを砕かれた、あのたった数分の激闘を知るものはこの世に存在しない。悪霊と化している二巡目の魂達が『最強』を知ってディアボロの案に協力した功績は闇へと消えていた。
「ディアボロの動向は私には分からない。だが、『幽霊』の存在は私も熟知している。パッショーネのように日本でも『悪霊』を使った超常現象を利用した組織が存在している。死者だけの組織は可能だろう。干渉さえできれば、だが」
「干渉?幽霊なら物体に憑依出来るでしょう?」
妙に実感が込められたトリッシュの発言にポルナレフは首を振った。
「死人が操作する物体の動きは非常に緩慢となる。過去に死者を使役するスタンド使いと対峙したこともあるが、奴の幽霊は一晩中寝ていても首元のナイフが突き刺さらないレベルの速度だった。
「今更ボスの目的は後でいいだろ!?今!必要なのは!ボスの能力とレクイエムに関してだ!まさか『殺し』は無しってぇワケじゃねえよなぁ!」
ミスタの指摘にポルナレフは一言謝ってからディアボロのスタンド能力を説明した。レクイエムで全てを出し切ったポルナレフに戦う力は残っていない。ポルナレフの人生は恨みを晴らすために大半を費やしてきた。その結果が友人を犠牲にした独りの戦闘狂だ。
ポルナレフの人生に彼が存在する限り諦めは決して存在しない。
ディアボロの能力が詳らかに明かされる。未来を予知する
「どうやって立ち向かうんだよそんな奴!!」
話したが。対案は出なかった。ミスタは盛大に頭を抱えて首を振った。トリッシュも父親の実力を理解して目を伏せる。苦笑するポルナレフにジョルノは冷徹な眼で質問した。
「感知は可能ですか?前回は血を使った時飛ばしのタイミングで反応出来ましたが」
「血…?アイツの『時飛ばし』は
他人を気に掛ける人格があればスタンド能力に無差別な力は付きようがない。DIOと承太郎の時を止める理屈が異なるように、同一の能力でもジョルノが知るキング・クリムゾンと仔細が違うのは当然だ。ざらついた違和感がジョルノの脳を掠めたが、ミスタの揺さぶりによってそれは中断された。
「ジョルノ!お前の頭脳なら対策のひとつやふたつ思いつかねーか!なんならその『矢』でレクイエムになってさっさと
「…ジョルノのレクイエムとはそこまで強力なのかね?予知を懸念して詳しくは聞かないが、こちらに
「無理ね…ジョルノも、父さんも、どっちも同じだから」
ここまで悠長に話してなお、ディアボロが現れる気配はない。ディアボロが『矢』を取り込んだ検証をしているのか、未だに寝入っているのか、あるいは死者を利用した企みか。不気味なほど静寂を維持されたコロッセオは張り詰めた空気が漂っていた。
「母さんに聞いたわ。父さんは『戦死』は許容してる。ジョルノに負けるのは仕方がないと考えてる。
「なんつー我儘な」
「自分勝手よ。当然じゃない。悪人に善行を求める必要がある?」
トリッシュの断言にミスタは口籠る。ミスタが主張した『運命』に従えというディアボロへの宣言はジョルノと立場を変えただけの内容だ。永遠の苦痛を味わいたくないからジョルノを潰す。地位を与え、金を与え、力すら与えたジョルノが止まらない以上、ディアボロは戦うことしか許されない。
運命は破綻している。ジョルノがディアボロを殺してボスに君臨しても前回のように簡単に支配下にはならないであろう。ディアボロは恐怖ではなく忠誠心から部下を信奉させた。信頼は時間だ。ジョルノの夢の到達は何十年もの先にあることは分かり切っていた。
だからといって信頼のためにジョルノ自身を生贄にされるのは真っ平ごめんだった。ジョルノは一巡目の記憶を思い出した。そして何故諦めたのかの理由を納得してしまった。
ディアボロとジョルノは相容れず、結果を奪い合う関係にある。その認識は両者共に一致していた。
警戒の最中にわざとらしい足音を立てて独りの男が駆け足気味にジョルノ達へ近寄る。黒髪のボブカットを頭頂部で編み込んだ男の姿は彼らの良く知るブチャラティだ。身体にジッパーを貼り付けて止血している彼はジョルノが『矢』を持っているのに気付いた後、安心したかのように手を振った。
「ジョルノ、ミスタ、トリッシュ。無事だったか!…スピードワゴン財団のポルナレフ…?ボスと『矢』を争奪していた片割れか…?とにかく『矢』を」
「近づかないでください、ブチャラティ」
ブチャラティは怪訝な顔をしたがジョルノの指示通り立ち止まる。手に抱えた『矢』はスタンドであるスティッキー・フィンガーズが握っている。ポルナレフがジョルノへ渡したのを合わせれば二本の『矢』がジョルノ達の手元にある。レクイエムは圧倒的な力の塊だ。未来予知者が勝ちを目指す際に放置することはあり得ない。
「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムッ!!」
「ッ!!」
ひび割れたスタンドを見たブチャラティはスティッキー・フィンガーズで咄嗟に距離を取った。無理な姿勢で移動した代償にブチャラティのジッパーから多少の血が地面に溢れ落ちる。それに触れたジョルノは感心したように肩をすくめた。
「生命エネルギーも完璧にブチャラティだ。それが貴方のレクイエムですか。貴方が今のブチャラティを知らなければ到底分かりようもなかった」
「何をするジョルノ!」
「それは周りを見ればわかることかと」
ブチャラティ─否、ディアボロは周りを見た。ミスタが油断ならない表情で武器を構え、ポルナレフは人質とならないよう瓦礫の裏から半身を晒して見据えている。トリッシュは困り顔でスタンドを待機させており、全員がディアボロの偽装を見破っていた。ブチャラティの表情のままディアボロは溜息を吐いた。
「…自信はあったのだが」
「君が知るブチャラティはその姿なのだろう。ディアボロ…君は他人の影響に関して些か察しが悪い。今のブチャラティは少しばかり窶れている。君の乱心が招いた結末だ」
ディアボロはバツの悪い表情で瞬く間に姿を元の肉体へ戻した。黒いスーツにピンクのオールバック。三対一の不利な状況下で繰り出されたスタンドはキング・クリムゾン。決着を付けるべくジョルノは前に突き進んだ。
「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム!」
殻を突き破って現れたレクイエムの拳は人智を逸していた。キング・クリムゾンのスピードを超えた速度で繰り出された拳撃に予知は追いつかない。さほどの時間もなく、スタンドの胸元へレクイエムの拳が与えられた。
「辿り着かせない『結果』はひとつじゃあない。
「……」
スタンドを喰らったディアボロはゆらゆらとジョルノへふらついた。歩み寄る動きにジョルノは反応しない。『無かったことになる』行為に危機感を抱く人はいない。トリッシュとミスタは安堵の息を吐いた。
「ジョルノ!警戒しろッ!一巡目の俺から聞いた話が正しいなら
終わりだと信じていなかったのは、何も知らないブチャラティだけだった。息を切らしてスタンドパワーの発揮された場所へ移動した彼はジョルノの背中を見て本能的に叫んだ。ポルナレフのレクイエムにより一巡目のブチャラティから伝えられた
「ボスはディアボロじゃあないッ!!」
キング・クリムゾンがジョルノのレクイエムに打ちのめされたのと同時にジョルノが本物のブチャラティを咄嗟に見た。その言葉の意味を理解する前にジョルノ自身に鈍色に光るナイフが深々と突き刺さった。
何も出来なくなる筈のディアボロが、無表情でそれを行なった。
「『秘密』は他人が無関心故に成立するものもある」
ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの拳を受けたディアボロのスタンドは悪辣な笑みを浮かべた。ディアボロにダメージフィードバックは発生しない。チンピラのように腹部へ突き刺したナイフで怯ませたジョルノから『矢』を奪い取り、その両手に二本の矢を突き立てた。
「『一巡目の娘が父親を直感する』。『死人は生まれ変わらない』。『一巡目の滅びはあの日に発生した世界の加速によるもの』。全てがお前の知る内容だ」
ジョルノが驚愕の表情で腰を落とした。肺に突き刺さる金属片だが、彼のスタンドには致命傷には程遠い。一巡目を生き抜いた魂だからこその『怠け』が彼の油断を作り上げていた。
「俺は俺らしく『秘密』をひけらかして生きてきた。死者を慈しめば推理は可能だった。
『ディアボロ』は死んではいない。死者の魂を置き去りにする一巡の出来事をやり過ごしたまま肉体を得た。
ドッピオの魂の代理人が、ディアボロの秘密だった。
キング・クリムゾンの額にある人面瘡が頭部を切り開いた。真っ白な頭部に暗褐色の刺青を光らせた小さなスタンドがディアボロへ舞い戻った。頭部の無いキング・クリムゾンがその胴体にある肉塊をレクイエムへ突き当てる。
喋らない、生きてもいない、死んですらいない。ただただ苦しみを味わっている成れの果てが拳に触れた。レクイエムの能力の餌食となった。
その肉体は『ディアボロ』といった。
「『キング・クリムゾン』改め、『レベル・シックス』。未発表の死人を掘り起こした
『ディアボロ』の肉塊が死滅する。なかったことになる能力がなかったことになる。本来あるべき有様に進んでいく。ジョルノが生きていたために世界が一巡しても生き長らえてしまった邪悪が滅んでいく。運命通りに、
「今から俺が『ディアボロ』だ。『帝王は依然変わりなく』。そしてレクイエムは乗り越えた。ならば後は突っ走るだけだ」
真っ黒の人型から黒がこそげ落ちる。レクイエムが死者の魂と合わさりディアボロへ憑依していく。スタンドと一体化したディアボロがジョルノの腹部を殴り飛ばす。手加減された一撃はジョルノを数百メートル先の建物へ吹っ飛ばした。慈悲であり、これからの末路を教えるためのディアボロによる最期の恩情だった。
「悪人らしく、お前を犠牲にしよう。ジョルノ・ジョバァーナ」
災厄が、ディアボロを依代として顕現した。