実のところ、一巡目をイタリアの支配者として君臨していたジョルノは『国』を内心で見下していた。
母親の虐待から救わず、スタンドを得てからは犯罪に認知すら出来ない、どうとでもなる野鼠の集団。ジョルノが数手手間をかければ意のままに操れる愚民の集団。ジョルノの実体験から結論した評価は誤ってはいない。
数の暴力。本当の生存競争をジョルノは知らなかった。
「救いを我らに」
言うなれば、ソレは灼熱だった。全身を炙る受け入れ難い強烈なエネルギーの奔流がジョルノ達の肌を沸き立たせる。エキストラの分体それぞれが発する叫び声が微細な振動となり熱エネルギーとして発散したのだ。晴天の日光に照らされる黒い泥の頭部達はホラー映画のモンスターが場違いに恋愛モノに出張るような違和感を生み出していた。
「救いを我らに」
ジョルノ達がエキストラと戦い始めて既に数時間は経過している。スタンド使いではないエキストラ達はジョルノ達のスタンドを見ることすら叶わない。それは彼らの攻撃を防げないのと同義だった。ジョルノ達が編み出した策と言えない程度の罠でエキストラは十万人近い犠牲者を作り上げ、
空条承太郎が死んだ今、ジョルノは最強のスタンド使いのひとりに位置している。しかし、その強さはあくまで個人単位の指標に過ぎない。殺傷能力を評価するならば、ゴールド・エクスペリエンスはレクイエムを考慮しても複数人を殺すのは不向きである。
治安機構が機能していない一巡目のイタリアと今のイタリアは立場から異なる生き方をする人間が大半である。死ぬ運命を生き延びた存在が子供を作り、一家共々早世してエキストラの一員となる。ディアボロの予知が無くては彼らに死因を知る余地など残らない。
生首だけのエキストラ達がジョルノへ飛び掛かる。迫真の表情に反して一メートルも満たない高さから繰り出された噛みつきは当然通用しない。レクイエムに弾かれたエキストラは泥を撒き散らして崩壊する。ジョルノの服はエキストラの残骸でドス黒く染まり上がっていた。
「…ッ…!」
ビルから飛び降りたエキストラの五千人がジョルノに叩き落とされる。弾け飛ぶ死体の破片は耳が鈍くなるほどの轟音だった。ジョルノの防御外に落ちて地面の染みとなったエキストラが集合して人型に変じて殴り掛かる。ジョルノに殺されなかったエキストラは救われていない。彼らが死ぬのは『清算』された場合だけだ。
数あるエキストラの断末魔と遠くから拡声器で呼びかけるトリッシュの声でエキストラの正体は判明している。恨みつらみの八つ当たりの集合体。ジョルノがマフィアとして踏みつけてきた『泥を拭わされる人』。
囚人がいた。ある者は泥を見た。誰かは星を見た。エキストラはそこにはいない。満喫した二人が出所した後、掃除を任された選ばれなかった者。幸運も不幸も存在しない、神に見捨てられし人々。
「MARRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYY!!」
溢れ出るエキストラの生首はビルに並び立つほど増殖していた。チョコラータが死の街として作り出した静寂がただひとりの存在により観光地の騒音を取り戻した。エキストラの発する声にジョルノの要望は存在しない。ジョルノはマフィアとして望まれたままに信用されなかった。
「ぐぉぉォォォォ!」
「ミスタッ!!」
避ける避けないの次元では無かった。エキストラが作り出した死体の山がジョルノの足首を完全に沈めるほど集合していた。飛沫を弾けても津波を切り分ける人間は存在しない。かろうじて身を固めたジョルノとは違い、ミスタはエキストラの集団に飲み込まれた。
「……!!」
亡霊は寄り集まって漸く現世の人間を害することが可能となる。エキストラの分体に殺傷能力は無かった。重さも無い空気だけのエキストラはミスタを殺し切れない。本体が来るまでただ邪魔をするだけの足枷だ。
バタバタと溺れた人間のように彷徨うミスタの手脚に、ジョルノは背筋が凍るのを感じた。ディアボロはジョルノ達の罪を清算すると語った。ミスタを救助したジョルノは冷や汗を止められなかった。
「エキストラには…勝てる。本体が多少強いだけだ…頭だけの雑兵に負けることが難しい。本体の動きさえ止めて仕舞えば終わりだ。…だが、彼らは無限だ…
非合法を商売種とする組織の長は場違いなほどに法律を遵守したがっていた。可能な限り合法的に、必要な罪は上に伺いを立てて。創り上げたコロッセオは『殺人カビの除菌をスタンド使いが完了するまで最大十年立ち入りが出来ない』。『儀式が終わるまでコロッセオに乱入者は入らない』。『入る悪人が存在しない』。
「『実績』…『経歴』…エキストラには何でも構わない…!『イタリアの人口を大量死させた大犯罪者』でも『病める世界を救った救世主』でも…ッ!!『理由』さえ有れば彼らは『救われる』…!!」
ジョルノはディアボロがエキストラに乗っ取られた理由を理解した。
計画か。予知か。偶然か。当然か。マフィアに軍略は不要だった。パッショーネには必要だった。ディアボロが拵えた筋書きをジョルノは読み取れなかった。
『完璧にヒトを使い切る計画』を察した瞬間にジョルノはスタンドパワーが落ちたことを自覚した。スタンドの制御が乱れ、ジョルノはエキストラの人波に飲み込まれた。『一矢報いる』ことを望んだエキストラ達はジョルノの肌に接触した時点で成仏する。肌を押すことすらままならない八万人のエキストラが断末魔をあげて消え去った。感情だけが、ジョルノの魂へ浸透した。
「 ギッ 」
魂が揺さぶられる咆哮をまともに喰らい、苦悶の声を上げたジョルノはその場で反吐を吐いた。霞む目の中に入ったのはディアボロが刺したナイフの柄だ。『
「ハッハーッ!!」
右ストレート。左フック。右のトゥーキック。致命的な連撃をまともに喰らったジョルノが即死しなかったのはエキストラの未熟な技量のためだった。吹き飛ぶジョルノをミスタが庇う形で受け止め、それでもなお抑え切れない衝撃がジョルノ達を数メートル上空へと導いた。
「─ゴールド…ッ、エクスペリエンスッ…!」
ナイフから生み出されたのは一メートルもないキアシセグロカモメだった。レクイエムと化したジョルノのスタンドは創り上げた生物に規格外のハイパワーを取り付ける。男性二人を抱えたカモメは甲高い鳴き声をあげてとある場所へ飛行した。
「…ぁあ?逃げんじゃあ!?」
奇妙な叫びをあげながらエキストラは地面を叩き割った。雪合戦のように雪玉ならぬアスファルト玉を腕力で強引に拵えたエキストラは魂の人格をとあるアメリカの上院議員に変更した。運動系の競技で鍛えた肉体とエキストラ達の中でも上澄みになる胆力から放たれた一球はジョルノの頭部へと向かっていた。
「セックス・ピストルズッ!!」
迫り来るアスファルトはミスタのスタンド能力でかろうじて逸らした。弾丸の軌道操作を可能とするミスタのスタンドも、銃弾の何百倍もの質量がある物体を自在に操作することはできない。シンプルにパワー不足なのだ。
間髪入れずに追加された砲弾は五発で、内三発が致命傷となるルートだった。ミスタはスタンドと拳銃にてジョルノに当たる二発を防いだが、一発を諦めざるを得なかった。ミスタの左腹部が大腸と混ざって背骨ごと吹き飛んだ。右脇腹の筋肉によりかろうじて繋がってはいるが、明らかな致命傷にエキストラは歓喜の笑みを浮かべ。
そして追撃する前にミスタが銃口をエキストラに向けていることに気がついた。
「いや、いやいやいや。分断したんだぞおい。失血のショックで数秒で終わりだろ…?いや、ばかなばかな。…はぁ!?」
「…No.4」
「嘘だろ…!?」
ミスタが放った漆黒の弾丸にエキストラは身も蓋もなく全力で回避した。エキストラはディアボロの肉体を借り受けている。肉体を維持する魂達により老化すら停止した肉体は顕現している分体より遥かにリソースを振り分けている。肉体の怪我を防ぐためにエキストラが回避を最優先するのは当然であり、見逃したジョルノ達が
「─チッ…!」
『いらっしゃいませ』
背中から落ちたジョルノ達は受け身も取れずに苦悶の声を上げた。ディアボロのナイフを媒介に創り上げたキアシセグロカモメが案内した最も彼の気配が多い場所。儀式場にある筈の役所へジョルノは入場した。ミスタの下半身を繋ぎながら、ジョルノは目の前の機械を見た。
『此方は 死者派遣組合『ヴァルハラ』 代価を糧に 死者を働かせる『マイナスの世界』』
世界から存在しない二次元に入り込むマイナスの空間は吹き抜けの天井が地上を映し出している。ギリギリと歯を剥くエキストラはジョルノ達を睨みつけるだけだ。彼らはこの場所を聖域だと確信している。だからこそ手を出せない。
「やはり…『役所』は…あった!ディアボロが死者を使わせるための生者用の
「ゲホッ…!よくあの黒塗れの地面から見つけたな、ジョルノ」
「半分は勘です。『役所』はディアボロがレクイエムを発動してから建てられた場所。一般人が立ち寄れる場所にディアボロが建てる余地はレクイエムを発動した場所しかありませんでした」
ディアボロは公平である。勝ち筋と併せて負けを用意し、敵の足掻きを無碍にしない。ディアボロが死者を
「…軍用の機密機械ですらない、本物の未来のデバイス。まさに摩訶不思議な機械だ」
『他者が入るまで 時間は無制限です ごゆっくり 法律書をお読みください 代価は手弁当でも 払えます ご安心』
「だがよぉ…ジョルノ。この連中はいったい何なんだ…!?」
しかし彼は決して『
『貴方は何を代償に死者に願いますか?』
立てかけてあるディスプレイの中でカートゥーン風の女性が悪辣に笑った。