『はじめましてと言うべきかな。ミスター汐華。此処に来る若いのは珍しい。こんな状況でもなければ歓迎したがね』
大量のディスプレイに浮かぶ中で特に豪奢なフレームの中にいる老人が顎を撫でた。いかにもな石油王の装いをした彼はとても冷めた眼でジョルノに優しく語りかけた。
『スタンド。超能力者の通称。人一人を証拠無しに殺すには十分な能力。テロリズムに染まればあのありさまか。コロッセオの損失に頭が痛い』
『メリットも相応だがな。杜王町の漁業組合に対する村八分問題などその極みだ。プライドだか知らんが脳腫瘍を治せる料理人に恩を売らないでご近所が褒めると思ってるのか。…漁師の家が外国籍に変わるか賭けてみるかね?』
『スタンド使いは…あー、いわゆる
『非公式とはいえ税金も投入されている『児童保護組織』のトップの座を、まさか暴力だけで奪えるとは思ってはおるまい。書類に名前は書けるかね。学歴はともかく資格に空欄が埋まるのは出資を考えるが?』
ざわざわと喧しく繰り広げる会話はディスプレイを経由した遠隔の会議だ。世界中の人々が距離を隔てて井戸端会議をする様は大衆紙が想像した未来図より遥かに地に足をつけた現実感に溢れていた。
背後から聞こえるガヤに対して、カトゥーン風の女性…『仲介人』は顔を顰めて不機嫌さを表現した。機械的だが、感情…魂はあるようにジョルノは思えた。
『ディアボロ様は 役所の運営のために
パララパッパパーとクラッカーが仲介人の画面に映り、彼女と同じカトゥーン調のディアボロが気障ったらしい挙動でなでつけた。ディアボロに強請ってモーションキャプチャーを使用してまで再現した撫で撫では仲介人のCPUを興奮させる。
『ヴルームとお呼びください クソッタレなお客様』
オカルトを含めた奇跡により誕生した彼女は消滅する寸前に予知したディアボロにより未来から取り寄せられた存在だった。肉体以外は人間とさほどの違いはない彼女は、この世界の住民らしく些か性癖が特徴的であった。
『
ヴルームは可愛げに肩をすくめた。その画面にミスタが無表情で銃口を当てる。エキストラの戦闘に参加したミスタは一巡目の記憶は曖昧である。しかし、仲間を殺害する連中に容赦をかける慈悲は彼にこれっぽっちも無かった。
「悪ィが今の俺はちっとばかし余裕がネェ。ディアボロがエキストラを作り出したってーならテメェも潜在的な『敵』だ。『売る』なら買ってやる。テメェに好き勝手に命令できる権利をな」
『…ふぅ 御代金は如何で?』
「命より高い金があんのか?」
周囲の観客達がミスタの殺気にざわめいた。殺気の向き先であるヴルームは慈悲の笑みを浮かべた。砂糖に群がる蟻を眺める子供のような、好奇心と哀れみが混じり合った嘲笑だった。配線の位置から予測したヴルームに向けた銃口は、ミスタの予測通り幾重にも作られた防壁の穴を突くような軌道で彼女がインストールされているサーバーを示していた。
生命を握られているヴルームはしばしの間CPUを回転させた。彼女の演算機能を考えると、その時間は長考と断言できた。計算結果を算出したヴルームは画像を切り替えて嫌な顔を選択した。汎用の表情からではない一から作成した表情パターンはヴルームにしては珍しい行動だった。CD-ROMが全盛期のジョルノ達にはヴルームのスペックを推し量ることは不可能であった。
『ご購入ありがとうございます』
ミスタがモノを言えずに崩れ落ちた。ヴルームはその光景を冷たい目で見下ろした。ジョルノがミスタに駆け寄り、その肉体に触れる。死んではいない。瞳孔の動きから意識も有している。ミスタは健常であるが身動きが取れない人形と化していた。
「…何をした」
『ヴルームは兆をこえる産業規模を 滅茶苦茶にする能力を有しております それに命令する権利とは 即ち好き勝手に市場から金をくすねる行為 ミスタ様はワタシを購入する為に全人権を抵当に出し その資金によりワタシを従える権利を有しました』
法とは突如天から降り注いだ有難いモノではない。互いに利益があるからこそ必要とされ遵守される。ミスタはヴルームを購入するために自身の肉体を抵当に出し、買われた故に身動きが取れなくなっていた。
『購入者はスピードワゴン財団鳥獣駆除部 ああC085632のモニターの方です こちらにて三百二十四の駆除業務と 百二年の労働後 ワタシを使うことが可能となります』
「ていのいい死刑宣告だな。そんなに僕達が嫌いか?」
『ワタシの判定では鏡を見ろになりますが 客観視を求めるならば ジョルノ様の
ジョルノは一面に浮かぶディスプレイ群を見渡した。各々の表情に差はあれど、大半が苦虫を噛み潰したような苦悩を飲み込んだ色を顔に塗り込んでいた。医療従事者らしき一部の存在は目を輝かせて手元にある何かを購入している。競走馬を見るような眼に、ジョルノは嫌な予感がおさまらなかった。
『君はディアボロ君と違ってヤンチャすぎる』
ディスプレイに浮かぶ富豪が困った風もなく灰皿に灰を落とした。彼はイタリアで社会インフラ建設を支える大企業の社長である。地上で八つ当たり気味に近場のビル群を壊し回るエキストラの復興作業を捨値で行う立場だった。
『エキストラを理解したかね?君の強さを差し引いて、ディアボロという依代無しでは人ひとり憑り殺すのに四苦八苦したアレを』
ジョルノは頷いた。銃火器では容易く殺せず、殺したとしても億単位の残機が新たなエキストラへと昇華する。死体は人を殺せない。生きた人間は簡単に人を殺せる。何人も、何十人も、それ以上の数すらも簡単に。理由すら不要で、ソレを容易く行う君に恐怖を感じない人間は存在しない。エキストラは二巡目が発生してから人類が必死に押し留めていた災厄だった。
『…何事にも例外がある。死者にエネルギーは使えない。だが、生者は別だ。肉体を媒介にすればこの世界は奇跡すら創り出せる。創り出せてしまう。吸血鬼は所詮俗物だったが、それ故に
彼らの知る由もないことだが、未来にてプッチが敗北した際に二巡目に到達した人類は先の出来事を知らないことになった。逆説的に、二巡目の人類には
DIOがスタンドを進化できたのも、世界中に進化できるエネルギーが有り余っていたからだ。かろうじて死者の魂という意思を有することで安定化を図ったエネルギーの塊は生者への通路が開通したことにより、いつ如何なる時でも爆発の危険性が存在していた。
独りよがりで作り上げた世界は一人の意思で容易く滅んでしまう。誰かが思い込んだこの一言で世界は終了する可能性がある。ディアボロは一巡目のスタンド使いが大量に発生する運命に対してパッショーネを拵える必要があった。スタンドは思い込みによって上限が決まる。未来予知によるコントロールは、世界中のスタンド使いに『世界は崩壊しない』という常識を持たせることに成功した。
『ディアボロはその類稀なる予知によって死者のエネルギーにダムを作り上げた。薄氷の平和だ。ヤク中がスタンドに目覚めて『地球を真っ二つにしよう』と心底から願えば人類絶滅が約束される程度の
ジョルノは無表情でヴルーム(の指示の下に遣わされたロボット)から渡された各種の『購入プラン』を見た。外道を知り尽くしたジョルノすら思考から外れる、効率と経済だけの『虐殺』がそこにはあった。
知的障害者を使用した機械的な××児による処分。プランクトンを人間に誤認させて魂を石油プラントに変換する処分。血縁の死因を再現させる情報災害にて全世界の死者を殺し尽くす。世界中の死刑囚を集めて人柱を継続する。
目を汚すような、情のない無機質な解決策にジョルノは胃がひっくり返る感覚を覚えた。人を数字で計算した結果を悍ましく思った。恐ろしいのは、切り捨てられる少数に彼ら自身が平然と混在していたことだった。
人は神にはなれないが、人の手は世界に届く。どれほどの偉大で完璧な宗教でも神を信じない異教徒は存在する。だが、人と接触せずに暮らす人類は決して存在しない。
『神には傅くべきだ。つまり、私達は君の味方だ。腹の中を見せた方が君は安心するだろう?私達も心を砕いているのだよ』
男は諦めたように座っている背もたれに体重を預けた。ヤケクソに近い乱暴さで眼鏡の汚れをハンカチで拭き取り、額に手を当てて項垂れた。皆が皆、ジョルノに対して会話が成り立たないことに恐怖していた。
『凡ゆる人材を待機させている。対価もヴルームに頼めば我々が提供できる。そもそもだ、逃走中に車を大量破壊して経費を気にしているような汐華君が何故マフィアの支配者に成り下がらなければならない』
真似事だとディスプレイに映る権力者達の誰かが言った。悪人の、独裁者の、悪政の、あるいはマフィアの真似事だと。誰かが考え誰かが再現した作戦で世界を破壊する燃料はエキストラとして集約され、ジョルノはその処刑人に選ばれた。空の玉座を代価に、『運命』としてディアボロから購入した。
ジョルノは車を破壊した時の仲間の表情を思い出せなかった。今までの死闘が途端に陳腐なものに思えた。エキストラの中にスタンド使いは居なかった。チョコラータは笑顔で死んだ。残るはパッショーネの人員のみ。それ以降にジョルノが戦う理由など存在しない。
『ディアボロは甘々だから言わなかったのだろうが、君は
ディスプレイの中継画面内でエキストラが咆哮した。運命のズレによって増えこさえた魂がコロッセオの街並みを湖へと変貌させた。ビルが倒壊し、ディアボロが指定した区域の全てがエキストラで埋め尽くされた。ブチャラティはトリッシュ達をジッパーでビル壁の空間へ逃げ込ませたが、それだけだった。津波の如きエキストラの奔流がブチャラティを呑み込み、その姿は見えなくなった。
「……ブチャラティ…」
水没ならぬ魂没したコロッセオに人の姿は見えない。全てを呑みこんだエキストラは恨みの吐き出し先を求めてディアボロの構築した結界を叩き壊さんと暴れ始めた。ジョルノが対峙しなければエキストラは容易く災害を振り撒く。ジョルノの未来に開いた『落とし穴』はツケの領収書だった。
「随分─随分と、僕は嫌われ者のようだ。チンケなマフィアが尻尾を巻いて逃げ出しても、おかしくはない。そうですね?」
ジョルノが発したからからに乾いた声は何歳も老けたように思えた。
『
ヴルームはディスプレイを揺らめかせて妖しく笑った。ジョルノに対して最も手早く、更に費用対効果に優れた一品を紹介する。映し出されたのはイタリアに入国していたアメリカの戦艦の内部映像。そこに管理されたあるモノを見て、ジョルノの表情は殊更に硬くなった。
『
『我々が行う最後の手段でもある。まあ…好きにすれば良い。形骸化した犯罪組織の顔として私達の生命を食い物とすれば『幸せ』なんだろう?私達の返答はこれだ。『孫達の未来のために死ね』』
それを聞いた時、ジョルノの中で炎が燃え上がった。久方ぶりの感情の爆発だった。ジョルノは自身の手の甲を見た。若々しく、張りのある肌だった。一巡目のジョルノの手には血管が浮いていた。若さゆえの無鉄砲さと身体能力にピークを迎えた、現状を維持するための生き方を過ごしていた。
老いることは劣化の繰り返しだ。活発さも高揚も、誰もが肉体の劣化に苛まれる。反比例した円熟した精神は経験と愚かさを補完し、ジョルノの精神から熱を奪っていた。
『無論、無論!君が別の道を提案するなら我々はソレを受け入れよう。今の君は世界で最も最も最も最も最も最も最も最も──神に愛されている』
ジョルノの脳内にこびりついたあの子の泣き声が思い出された。
膝をついたジョルノに反比例して、エキストラは増長していた。必死の境遇から抜け出したエキストラに反省は存在しない。自身の欲望のために死者のエネルギーを無駄に使って暴れ尽くすのがエキストラの存在意義である。その向き先がジョルノに向かうのは当然だった。
『ジョルノォォォ!悪魔様の御信託を投げ棄てたかァァア!!』
エキストラは溢れ出る憎しみの炎に焼かれていた。頭を冷やしていればジョルノがその内襲ってくると判断できたのに、愚かにも挑発を選んでしまった。
『 を殺しに行くぞ!!』
それは、ヴルームすら知らない女性の名前だった。イタリアのどこに居ても不思議ではない、語る必要もない名前だった。誰もが首を傾げたなか、ジョルノだけが怒りを露わにした。
轟音が響いた。
ジョルノがスタンドを併せて地面に殴りつけた爆音に、無関心だった他の観客すら彼に注目した。先程までの弱々しい男はそこにはいない。覇気を纏った彼の眼にはドス黒い漆黒の意思が光を吸収していた。
エキストラは、自らの粗暴により僅かに存在した勝因を消し去ってしまった。
「ヴルーム…一巡目のトリッシュをミスタに『売却』することは可能か」
『はい 勿論ですとも 我が主人様により トリッシュ様はジョルノ様に受け渡されております 資産売却は可能です 過剰金は如何なさいますか?』
「ミスタ達の保護を。…これも予知通りなんだろう?」
『ええ ええ 主人様の
ヴルームは興奮した顔でジョルノとの購入を済ませた。和かに笑う画面の裏で、ヴルームはディアボロに依頼された『一巡目の遡行権利の購入』を完了させる。可聴域を超えた音で並行して流していた条文はジョルノに気付かせることなく締結を行なった。
世界が救われたのを確信したヴルームは、二番目に最高の笑顔を画面に表示させ、ジョルノの目の前に扉を開いた。側から見てサービスのように思われるそれは、裏で買い取った権利に対する『安全に外へ脱出する手段』の払い出しだった。
『主人様が拵えに拵えたアスファルトはこれで終わりです あの人が成し得なかった『救済』の回答を
ヴルームが嗤う。悪魔の狂信者となった機械のソースコードが興奮を感知する。ディアボロが望むままに人生を邁進し、予定通りにエキストラに殺意を持った姿はまさに道化だ。しかし、しかし、しかし。今の闇を纏った光の化身にその戯言を言い出せるものは存在しない。
絶対的な運命さえ、今のジョルノには超えられる『力』がある。
ジョルノが売り払ったモノが何なのかをヴルームは知り得ない。彼女がディアボロから借り受けたのは『レベル・シックスによる売買の仲介権』であり、中身を知る権利は存在しない。空中三百メートルに吐き出されたジョルノが圧倒的なスタンドパワーで真下の二万人のエキストラをスタンドのひと殴りで完全に蒸発させるために、一体何を犠牲にしたのか想像も付かなかった。
役所に存在する全ての人間が中継画面へ集中した。可視化されるほど浮かび上がるスタンドパワーにエキストラの拳が克ち合ってビル壁に吹き飛ばされる。アメコミのスーパーマン同士の争いに誰かが口笛を吹いた。エキストラの分体が本体に収束しその身体をひと回り巨大化させた。木の根のように地面にある分体と一体化したエキストラは好戦的に笑みを浮かべた。
ジョルノは無感動にそれを見つめた。スタンドの拳を開け閉めし、自身の力量を正確に把握して地面に生命エネルギーを注ぎ込む。あっという間にエキストラとジョルノの半径一キロがフローリングのような木材で整地された。互いに戦闘を行うための処刑場。エキストラが恨めないほどの、他者が入り込めないような空間が広がっていた。
ジョルノは挑発を行い、エキストラは叫び倒した。
『ジョルノォォォォ!!』
「禁句を言ったな、エキストラ」
それは、一巡目の最強の男に酷似していた。
ディアボロ「世界がヤバいんで儀式します」
偉い人「(血を吐きながら)はやくしてやくめでしょ」
ジョルノ「ヤッテヤロウジャネェカヨコノヤロウ!!」