運命は絶対的で在るべきか   作:ややや

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薄っぺらな奴隷の報酬は

『トゥルルルトゥルルル。トゥルルルトゥルルル』

 

 実在を把握していても実際に体験すると異なる感想が出てしまうのは歳だからだろうか。

 

 うつらうつらと眠気に誘われていたディアボロは何処からか鳴っている携帯電話の音に目を開けた。寝ていたとは思わない。ディアボロは確かに目が覚めていた。自らを誤魔化すことをディアボロは嫌悪していた。

 

「…なんとまあ、ありきたりな…」

 

 あたりを見渡したディアボロはこの場所が何処なのかを知っていた。数十年前のサルディニア島に存在した老夫婦が経営していた寂れた喫茶店。いまいちパッとしない味を見事な海の風景で誤魔化していた、とうの昔に潰れた店だ。

 

「不味い店だったが、俺が何時間いても笑顔で長話してくれる店長だったな」

 

 若い頃の思い出として美化してもひどい体たらくが目立つ店だった。潰れたのが妥当だとわかっているディアボロは呆れたため息をついた。ディアボロは手慣れた手つきでテーブルに放置された伝票に紙を挟んで注文を記載する。この店の多々ある問題点のひとつとして、老夫婦がテーブルに座る客に気付くまで数十分をかける怠慢さがあった。いつしか常連客は伝票を自ら記載するようになり、気の長い自販機としてこの店を経営していた。

 

 しかし、今回ばかりは少々異なるようだった。ディアボロが注文をテーブルに置く前に、男が乱暴にそれを剥ぎ取ったからだ。電話の音をBGMに、ディアボロは何故その発信音が携帯だと断言したのか自分ながら不思議に思った。

 

「おや」

「…チッ」

 

 普段の服装にエプロンを強引に着た、はっきり言って不恰好な男が舌打ちしてディアボロを見た。ディアボロも知る男だった。リゾット・ネエロ。つい最近殺害した男が、不貞腐れた顔で伝票を記載していた。

 

「似合わんな」

「自覚はある」

 

 リゾットはマニュアルらしき本を片手にお茶の準備を始めた。店から持ち出したクッキーとトッピングのザクロをざっくばらんに皿に盛り付け、同様に店から拝借したポットの中へ直で茶葉を入れた。ディアボロの呻き声を他所にリゾットは染み出した液体をカップに注いだ。無駄に口当たりをよくするために高所から糸引くように入れる姿を見て、ディアボロは顰めっ面をした。

 

「もう少し丁寧に出来んのか」

「生憎インスタント位しか嗜んでなくてな。ま、成分と空気は入り切った。味は変わらないだろう」

「大分変わると思うが」

 

 程なくしてお茶の準備が整った。野外用のテーブルを間に挟み、ディアボロとリゾットは向き合う形で対峙した。皿に盛られたクッキーの脆く心地良い食感に舌鼓を打ち、シャーレに注がれたマリアージュで喉を潤した。味は語らないでおこう。夕焼けの光がカップを元にする影を薄く、長いものとしていた。

 

『トゥルルルトゥルルル。トゥルルルトゥルルル』

 

 人心地ついたところでリゾットが口を開いた。

 

「此処はゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの牢獄だ。あのスタンドが求める『永遠の未完』を実現する世界だ。世界にとっては一瞬の狭間に永遠の苦痛を齎す。アンタは世界に喧嘩を売った。()()()()()()()()()()()()()()。俺は第一の刺客って奴だ」

 

 やる気も無くつまらなさげな表情でリゾットは菓子を摘んだ。神が定めた因果応報は加害者が従う価値も無い。勝手に死ぬならともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。リゾットがいの一番に来たのは殺人などというどうでもいい仕事ではなかった。

 

「…なあ」

「何だ」

「…アンタは何のためにこんなことをしでかしたんだ?」

「娘のためだ。無関係な生まれのトリッシュがスタンドやら何やら命懸けの戦いを強いられたんだぞ?親殺しの罪まで背負わせる運命などいらんだろう」

 

 ディアボロの解答が月並みに聞こえたのだろう。リゾットは歯軋りを誤魔化すかのような勢いでクッキーを噛み砕いた。

 

「それは後付けだろう。アンタの理由だ。アンタ自身の利益の話だ」

「違う。俺は前世から(魂から)子を作れない身体だった。医者に謝られ、妻にも説明し、そしてトリッシュが産まれた。全力を尽くすには充分だった」

 

 ぽっかりと穴が空いた幸せの箱に本物のパッチワークが齎された。悪魔に魂を捧げても叶わなかった欲望が与えられた人間は、誰よりもずっと狂ってしまう。ディアボロにとって『実子』とは売買できない価値ある宝物だった。

 

「過程こそ俺は求めていた。死や敗北は結果に過ぎない。二巡目で一巡目に痕跡を残す。トリッシュを神父のやらかしの果てまで送り届ける。ソレが俺の勝利だった」

「未来の…いや、過去にプッチがやらかした世界の一巡か。()()()()()()()()()()()()()()()

「世界が一巡し、しかし『運命』によって失敗する。この世界が無かったことになり、新たな世界が作り出される。()()()()()()()()。運命の無い、不可思議で当然の世界へ。…だが、それは世界が終わるのと等しい」

 

 一巡目のディアボロなら問題なかった。何なら二巡目以降でも構わなかった。二巡目途中のディアボロだからこそ、運命に反逆した。ディアボロは妻を愛している。子を大切にしている。血の繋がりを希望と信じている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ポルナレフの義娘の名は『アイリン・ポルナレフ』。一巡目を抜け出した先の存在しないジョースター家の可能性を持った『希望』の存在。『天国のノート』を抱えてポルナレフに拾われた彼女だけが、『一巡目の運命』を持っていなかった。

 

 ジョースター家の運命が霧散するなら、ディアボロは一体どうなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。運命はディアボロに密接に関係している。『無かったこと』になるのは、ディアボロ自身が含まれていた。

 

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「ジョルノ・ジョバァーナに世界を戻させないこと。俺の一巡目の運命を乗り越えること。クソッタレの神父から与えられた鎖を捨て去ること。この三つが、俺の『幸福』に必要不可欠だった」

「ジョルノの野郎はその奴隷か。かつての栄光がそんなに眩かったのか」

子供(ガキ)を殺したくなかったんだろう」

「…!」

 

 リゾットが椅子を跳ね上げて立ち上がった。揺れたテーブルによりティーカップが横になって地面に叩きつけられた。裾にかかった紅茶を一瞥すらせず、リゾットは気炎を秘めた眼でディアボロを睨んだ。

 

 子殺し。彼の逆鱗を知っているディアボロは指先でテーブルを叩いた。時間ならばいくらでもある。言外に語られた所作にリゾットは舌打ちをして荒々しく椅子に腰をかけた。

 

「ジョースター家の一族は親類がスタンドを発症すれば感応してスタンドを身に付ける─『高熱と共に』」

 

 ジョースターの血を引くものがスタンドを自然発現するにはDIOの存在が不可欠だった。世界を一巡させた男であるプッチは自身の身体にDIOの肉体を宿らせた。ジョルノはジョースターの血を受け継いでいる。

 

 それはジョルノの子供も同様だった。

 

「ジョルノの子供は歳若く─おそらくは危篤寸前だった」

「…死を避けるためにレクイエムを、か」

 

 結果に辿り着かないとは翻せば不都合な事実を延期できるということ。死ななければスタンドを得る子供に対して延命を図るためにジョルノはレクイエムを発動した。レクイエムにレクイエムを重ねてかけることは出来ない。ジョルノが一巡目へ遡行することはかろうじて死んでいなかった我が子の延命装置を取り外すことに等しい。解決に向けて行動するには、レクイエムを解除しなければならないからだ。

 

 同じ道を辿れば同じ存在が生まれる。二巡目に生まれる子供の魂のためにディアボロを蹴落としたのがジョルノの選択だった。

 

 とはいえ、ディアボロが考えるにジョルノが恐怖するほど魂の結び付きは簡単に離れるものではない。そうでなければディアボロに娘など作れはしない。未来の記憶を捨てたジョルノはある種気楽に結婚し、一巡目の魂を引き継ぐ子供を作るだろう。その意味では、ディアボロはジョースター家からしっぺ返しを喰らったようなものだった。

 

『トゥルルルトゥルルル。トゥルルルトゥルルル』

 

 電話が鳴る。

 

 リゾットは胸元に入れてある安物の煙草を取り出した。リゾットが悪の道に走らせた子供が憧れていた、とあるコマーシャルに出ていた俳優がお気に入りの品種だった。ライターで火をつけ、不味い煙草を一息に吸い尽くす。火元が指先に届くほど近づいた後、リゾットは煙を味わうために上を向いた。

 

 肺の中にある空気を全て吐き出すようにリゾットは天へ煙草の煙を吹いた。漂う気体は魂のように天から消えるように薄れ忘れられていく。苦虫を噛み潰した顔をしたリゾットは一度だけ俯き、煙草の灰を皿に落とした。

 

「仕方ねぇな」

「腹立たしいが、そうなる」

 

 沈黙を味わうように二人は海に浮かぶ夕焼けの景色を見た。ディアボロの話が一段落したところで、リゾットは目を瞑って思索に耽る。皺を寄せた眉根を時折ピクピク動かしながら黙考した。

 

 リゾットには元から興味はないが、時間だけはある。世界は死にかけ、狂人を産み出さなくとも十年後には破壊される。ジョルノはレクイエムをディアボロに叩き込み、『永遠の死』を与えた。

 

 前に進むことを否定する力。永遠の終わり。無限。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脳内のシナプスが弾け飛ぶような、炭酸水を浴びせた刺激がリゾットの脳に響いた。悪意と善意がごた混ぜになる解決策。善人しか熟せず、しかし悪人にしか適性はない。

 

 それを話さない理由はリゾットには存在しない。まさに運命だ。神はどこまでも悪辣に人を導いていく。リゾットは暫く黙考し、やがて目を見開いて厳かな口調で告げた。

 

「─気に入らねぇ」

 

 リゾットは地面に唾を吐いてディアボロを睨んだ。

 

「運命と言う戯言に巻き込まれて終わるのは『負け犬』の所業だ。娘を救うんだろ?アンタが救世主を騙るなら殺すのは『運命』だ。『世界が一巡した』影響を受けるから二巡目(俺達)の世界がおかしくなるんだ。ならばどうするか。簡単だ。世界から二巡目のラベルを剥がせばいい

 

 運命が二巡目の世界を壊すのはプッチ神父が死ぬことでスタンド能力が崩壊するからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。プッチ神父を殺したエンポリオはスタンドの影響を受けることなく新たな世界へ移動した。無かったことになる条件はプッチ神父のスタンド能力を受けること。つまり。

 

「全世界から『一巡目の運命』を奪い尽くせ」

 

 鳴り続ける携帯の音が喧しく感じた。ディアボロが呆けた姿を見て、リゾットは悪辣に笑った。悪魔のように、悪人のように、悪戯好きな親友のように、嘲笑って携帯を指差した。

 

「救ってみせろよ、ディアボロ。『魂』は自由だ。無かったことには決してならない。()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()。犯罪結社のチンピラのように、ケチな財布を集め切ってみせろ」

 

 ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムは魂だけは戻せない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ディアボロのスタンド『レベル・シックス』は触れ合った物体が不要とするモノを受け取れる。回収出来る。出来てしまう。

 

 魂が要らない運命(モノ)を奪い尽くせとリゾットは嘲った。これから肉体に引っ付く一巡目の魂を。今すでに寄生している魂を。全てを奪い尽くせと悪魔に契約を持ちかけた。

 

「不可能だ。幾ら時間は無限とは言え、俺が持たない。十年間に人類が何人死んでいると思っている。永遠は俺に耐えることは出来ない」

「ズルをすりゃあ良い。俺達は法を守らない犯罪組織だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『トゥルルルトゥルルル。トゥルルルトゥルルル』

 

 携帯電話の音が鳴る。リゾットが一服している煙草の箱から鳴り響いている。ディアボロが手にした箱は不自然に重かった。傾けた箱から出た携帯電話は何処かで見たような形をしていた。

 

『―私だ』

 

 手にした電話が勝手に通話を開始した。何処かで聞いた懐かしい声だった。日常的に耳にしているはずの声だった。普段発するディアボロよりも数倍冷酷で深い声で、電話先の彼はゆっくりと語った。

 

『未来という目の前に…ポッカリ開いた『落とし穴』を見つけ。それに落ちる事がなければ、人生は決して『沈む』事がない。『絶頂』のままでいられる。俺は『穴を避ける』ことを選び、お前は『穴を塞ぐ』ことを選んだ』

「…」

()()()()()()()()。俺はお前を利用することで『運命』に勝利する』

 

 酷薄な、突き放す口調だった。自らの欲望を隠そうともしない邪悪な声が、誰かの口からこぼれ出た。携帯から軋みが発せられ、中からスタンドが現れた。ディアボロが返却したはずの、見知ったスタンドだった。

 

()()()()()()()()()()()

「……ああ、さよならだ。ボス」

 

 ディアボロにとって永劫不滅の時間も、他者が観測すれば一秒にも値しない。苦労を実感せず、しかし行動を行い、結果のみを都合良く手に入れる。ディアボロがなし得なかった本来のスタンド能力の真骨頂が、電話の先から行われた。

 

「キング・クリムゾン!!」

 

 紅いスタンドが世界を壊す。バラバラになった世界の中で二人の男が世界を見た。未来を変える男(ディアボロ)未来を支配する男(エンリコ・プッチ)。プッチは破壊した世界を認知せずに加速して未来へ進み、ディアボロはその場にとどまった。加速した世界を無視したことにより、プッチは唯一の勝機を失った。最早、ディアボロを止めるものは存在しなかった。

 

「『キング・クリムゾン』の能力の中ではこの世の時間は消し飛び……そして全ての人間はこの時間の中で動いた足跡を覚えていないッ!」

 

 飛ばされる時の中で、ディアボロの姿が無限に現れる。金持ちに、乞食に、老人に、未熟児に、悪人に、聖人に、区別なく全ての生者の魂へ。

 

「『空の雲はちぎれ飛んだことに気づかず!』………『消えた炎は消えた瞬間を炎自身さえ認識しない!』」

 

 ディアボロが未来から巻き戻る。レクイエムが巻き戻す一瞬はプッチが加速させた世界の中での一瞬だ。強化されたレクイエムはプッチの加速世界に順応できない。ディアボロが死ぬまでのタイムラグは十年を遥かに超えていた。

 

「『結果』だけだ!!この世には『結果』だけが残る!!時間が消し飛んだ世界では『動き』は全て無意味となるのだッ!」

 

 世界の全ての運命がキング・クリムゾンの右手にあった。ディアボロが何かをする前に、レベル・シックスとキング・クリムゾンが完全に同化する。電話の先にいる彼には、最早スタンドは無用の産物だった。報酬として渡されたキング・クリムゾンが完璧な姿勢で首を掻っ切るポーズを決めた。

 

「そしてわたしだけがこの『動き』に対応できる!!おまえがどう『動く』か全て見えるッ!これが『キング・クリムゾン』の能力だッ!」

 

 俺の勝ちだと電話の先の誰かが絶頂し、世界の運命は砕かれた。

 

「我以外の全ての時間は消し飛ぶッ─!!」

 

 橋桁に当たる背中の衝撃に目が覚める。

 

 時間が消し飛び、浮遊していたジョルノはディアボロの真正面に無防備に立っている。何をさせるまでもない。キング・クリムゾンの一撃はジョルノのレクイエムを打ち砕くのを未来にて確定させている。

 

 ディアボロは自らの手でジョルノの襟を掴み取り、レクイエムの顎にアッパーを喰らわせた。レクイエムはゴールド・エクスペリエンスへ退化し、ジョルノはそのまま倒れ伏した。

 

「『勝った』のは俺達だッ!!依然変わりなくッ!!」

 

 魂が消失し、軽くなった世界が漸くマトモさを取り戻す。加速した世界は本来の速度を取り戻し、哀れな他責思考の自己愛に包まれた神父だけが勘違いしたまま未来へ過ぎ去っていく。『死した故に何も出来ない運命』を背負っていたブチャラティは身の軽さに気付いてジョルノとディアボロを止血する。

 

 あっという間に人々が集まっていく。運命が抜けたならば災害地区に人材が集まらない理由も無く。ディアボロ達の闘いは呆気なく終了した。

 

 膝立ちで息を荒げたディアボロは此処でようやく意識を取り戻した。手に持っていたのは何の変哲もないただの家族写真。妻と娘の笑顔が映るソレを懐にしまい、ディアボロはジョルノへ宣言した。

 

「─決着だ。ジョルノ・ジョバァーナ」

 

 レクイエムは最早発動しない。ジョルノとディアボロは相打ちとなった。『矢』がバラバラになった場所でディアボロは倒れ伏すジョルノを蹴飛ばして仰向けにして、自らも背を地面につけて倒れた。

 

「先ずは資格勉強から始めるぞ」

 

 相変わらず先を見たがるディアボロに、ジョルノは呆れたように笑った。




簡単です!
①ディアボロが他人と接触
②魂からゴミを回収
③レクイエムにより①が取り消し
④①〜③をまとめてキンクリ
⑤真実に到達

ジョルノ・ジョバァーナ──再起可能。賭けに勝った男はギャングスターに代わる夢を手にいれた。
通話先の男──再起不能(リタイヤ)。勝利のために旅立った彼は、やはり結果を望む邪悪な帝王のままだった。
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