運命は絶対的で在るべきか   作:ややや

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皇帝vs復讐者 その②

 弱者を救う存在は、悪魔に他ならない。

 

 社会が産み出すリソースが有限な以上、富の有無は強者と弱者を作り出す。神に愛されし存在は勝者として思うがままに発展させ、蔑まれる弱者を救うのは強者のおこぼれに縋るしかない。有利な状態にある者が不利な状態にある者に利益を与える。完成した上下関係は人間を容易く悪魔に仕立て上げる。

 

 誰もが貧困に喘ぐマフィアの巣窟に現れたひとりの男は、『経世済民の学』を知る勝ち組にとって、まさに悪魔と呼ばれる()となった。

 

『スラムに現れたあのお方はなぁ。糞よりもクセェ当時の私に時計と荷車を持たせてなぁ。言ったのよ。()()()()()()()()()()()()()。当時は意味わからんかったが、箱詰めのキレーな水さぁ。いざとなればパチれば良いとダチ連中と運んだよ。もちろん、神様の指示さ、()()()()落雷で火事になった教会にたかーく売れたよ。最新式の消火システムも基盤がイカれちゃあどうしようもねぇ。学のねぇスラムのガキが誤って単位を間違えた水をありがたそうに購入してたさ。私は確信したよ、あの人こそが神様だと』

 

 不法侵入したリゾットにスラムから成り上がった成功者として有名な男は、悟った顔でワインを傾けた。金を稼ごうとする強欲な見た目とは裏腹に、神に献金する清貧な信奉者だった。

 

『あの人は悪魔(ディアボロ)を名乗っている。私は神様(デュー)だと思うけど、自称するのも分かる。未来予知。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 リゾットの従兄弟を轢き殺した男は医療用メスをMRIに投げつけた。今にも壊れそうな廃棄品の機械は偶々起動してもおかしくはない代物だ。精神科に通院している男は、ぎりぎりと歯軋りするリゾットを前に曖昧な顔で笑いかけた。

 

『君の噂を聞いて、神様(デュー)に最期を願った。君が何をしようとも、私の死は精神が病んだ男の自殺になる。君は選べる。望むがままに、決めなさい』

 

 ディアボロは完璧すぎた。『支配された地域』を()()()()()()()()()()()として認識していた。本来のディアボロが恐怖を前提に恭順させていた部下を、本心から慕う信奉者としての部下として構築した組織は、彼が思う以上に運命を狂わせていた。

 

「(理解しているだろう、ボス。()()()()()()()()()()())」

 

 無から有を産み出す力を抱えた男が必要とするのは金も学も備えた優仁ではなく、易々諾々と従う弱者だ。孤児、虐待児、貧乏人。ディアボロが救える敗者(マイナス)は山のように存在した。死すべき運命を覆された彼らはある意味でディアボロに殺された。団員の半分が孤児(マイナス)。政府が金を捧げて経営を維持する狂った犯罪グループ。経済的に破綻しているギャング組織『パッショーネ』はディアボロだけで成り立っている。

 

「(スタンドはてめーの精神性を現す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。わざわざ家庭を犠牲にしてまで滅私する()()が、あの神様の芯だ)」

 

 乱射する弾丸の雨霰を、ディアボロのスタンドが容易く跳ね返す。ディアボロの対処能力が上がったわけでは無く、リゾットの攻撃が単調となったからだ。如何に群体型のスタンドといえど、出せる上限はリゾットの体積までしか存在しない。思い付く奇襲全てが無駄になる能力に、彼のスタンドパワーが減少するのを自覚した。

 

 足元から撒き散らしたメタリカを回収したリゾットは諦めずに思考を回す。彼が秘密裏に抱えた家庭はこぢんまりとした中流家庭だった。パッショーネの庇護は存在せず、ディアボロは長期航海士として安月給の夫だった。擬態した彼の中に千里眼は存在しない。不自然なほどに。リゾットの脳がこそげ落ちる錯覚を覚えた。

 

 ─()()()()()()()()

 

「キング・クリムゾンッ!!」

 

 思考は一瞬だった。ディアボロがキング・クリムゾンに命じて足元に散らばった薬莢を細切れに砕き、切れ端を空中に投げつけた。その真意を理解したリゾットは身を捩るが、既に手遅れだった。()()()()()()()()()()()()()をキング・クリムゾンの剛腕が駆け抜いた。ディアボロの顔面の高さで振るわれた拳はリゾットの右太腿をあっさりとちぎり飛ばした。

 

「ぐぅぅぅ!!」

「磁力ではなく()()。血液の赤血球が、お前のスタンドだと理解すれば、お前の隠密性を理解出来た」

 

一メートル近い高さから墜落したリゾットは苦悶の顔で歯を食いしばった。うつ伏せから足を上げてひっくり返り、背中に岩を預けた状態で無理矢理立ち上がる。ディアボロはスタンドを一時的に消し、リゾットの血をスタンドから剥がした。

 

「赤血球に潜むスタンド…なかでも鉄分は酸素を運ぶ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、併せて磁力による浮遊と迷彩。見えず、聞こえず、そして急所は狙われない。…だが、終わりだ」

「メサイアコンプレックス、だ」

 

 ぴくり。一瞬だけディアボロの肩が跳ねた。リゾットは今まで我慢していた呼吸を盛大に行なった。太腿から溢れ出る血はリゾットの命を刻一刻と削り取る。震える手でリゾットはディアボロを不敵な笑みで指差した。

 

「個人が救済者になることを運命づけられている…信念を抱く、妄想。アンタのスタンドは、傲慢な責任感の表れだ。そして予知を踏まえればその能力は…分かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()がスタンド能力だ」

 

 AとBの未来がある。その内のどれかを時間に押されて人は選ぶ。ディアボロの能力はそれを強制する力だとリゾットは解析した。時を強制的に進め、彼が望む未来を選ばせるスタンド。運命を弄ぶために生まれたスタンドが、この王の本性だとリゾットは理解した。

 

 ディアボロの回答はスタンドによる腹への殴打だった。リゾットの背中から内臓と脊椎の破片が背後の岩ごと砕け散った。あまりの速度に体内の血が圧迫されてリゾットの喉を抜道として噴出させる。

 

「…ゲブッ…!」

「やはり、お前は優秀だ。だからこそ、手加減はしない」

 

 リゾットの身体からエネルギーが抜け落ちる。終わりだ、そう思ったディアボロを掴んだのは、死に瀕しているリゾットの指だった。この局面にあって尚、リゾットの殺意は勝機を棄てることはなかった。未来を選び取る無法者への唯一の対策を、リゾットは執念で掴み取っていた。

 

言った…はずだ…俺は、お前を殺すのがもくてきだと

 

 リゾットに未来は無い。仲間は既に亡く、リゾットひとりでは今までの仕事を熟せない。復讐に身を委ねたのはリーダーとしての責務だ。リゾットが決定し、他の皆がそれに殉じて滅んだならば。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 血に濡れたキング・クリムゾンの右腕には完全にリゾットのメタリカが侵食している。最早何秒時を飛ばそうとも関係ない。リゾットの意思は死んでも残留思念としてスタンドを暴走させ続ける。騙されたとはいえ、(ディアボロ)のために死に向かったカルネを知ったリゾットは、スタンドを死後にも使えることを十全に理解していた。

 

メタリカッ!!

 

 ディアボロの右腕がスタンドを経由してぐずぐずに朽ちていく。最早鉄分操作の領域を超えた殺戮願望はディアボロの墓碑銘(エピタフ)すら把握が困難なほどに『死』を溢れさせている。このまま放置すれば間違いなく死ぬ。それを理解してなお、影響しない時間を使って少しだけ、ディアボロはリゾットに黙祷した。

 

─キング・クリムゾン

 

 彼は運命を乗り越えた。ディアボロが視たナランチャ(ブチャラティの部下)のスタンド『エアロスミス』による死ではなく、誇りと怒りを以てディアボロと相打たんと死を選んだ。結果だけ見れば寿命を縮めただけだ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、ディアボロはリゾットを本心から褒め称えていた。

 

時を、()()()()()()

 

 憑依者であるディアボロにとって、()()()()()()()()()()()()()()。赤子と老人の一年の重みが異なるように、時間とは個人が抱える活動の指標だ。時間とは、個々人が持ち抱える財産である。貧富の差を抜きに誰も奪うことが出来ない、最高の資産だ。

 

 時を飛ばそうとも、()()()()()()()()()()()()()()

 

 傍目から見れば一瞬でディアボロの姿形が変わったように見えただろう。真皮まで見えた筈の右腕はワイシャツを着たまま傷一つなく、スタンドがリゾットを貫いた結果浴びせられた血はさっぱりと消え去っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。残ったのは無残なリゾットの遺体と、ボロボロのスーツの上着を手にぶら下げるディアボロだけだった。

 

 三十秒。ディアボロはリゾットの死体を見守った。完全に死んでなお牙を剥いた男の影に、ディアボロは心底警戒していた。予知の可能性が潰えたと確信した彼は、大量の汗と合わせて盛大に息を荒げた。ディアボロもまた、全力を出し切っていた。

 

「三十路を越えると、流石に記憶力が落ちる。リゾットがこれほど強者だとは、フゥー、思わなかった。だが、負けてもいいと思えた殺し合いは貴様だけだろう。見事だ。我が部下よ」

 

 解れ破れが目立つが着れないこともない。ディアボロは上着を羽織ろうと上着に付着した砂埃をばさばさと振ったが、上着がバラバラにちぎれたのを視て即座に顔を顰めた。砂埃に見えていたのは血の混じった砂鉄だった。ディアボロが簡易な盾として安全策を取った瞬間に発動する、見抜けなかった罠だった。ディアボロは紙一重で勝利した事実に、項垂れつつ明後日の方向へ飛んだ財布や携帯などの小物を拾いに腰を屈めた。

 

「…スーツの予備を準備するべきだったか。リゾットめ、私の予想を遥かに超えてくる。トリッシュに詰られるな、これは」

 

 リゾット…スタンド名『メタリカ』。運命を乗り越え、死亡。

 ディアボロ…スタンド名『キング・クリムゾン』。頂点は依然変わりなく。スーツを購入する未来が無いことに溜息をついた。




キング・クリムゾン
 予知した時を切り飛ばす。切り取った事象はディアボロの任意で消滅・置換を行える。置換に関しては時を切り飛ばす際に相手に接触する必要がある。切り取られた事象は世界には完全無関係となり、怪我を切り飛ばせば怪我自体が無かったことになる。運命に怒る男は、結果を嘲笑う能力を産み出した。
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