「あたしが知る父さんは…とても平凡な人だった」
サルディニア島に向かう船の中、波飛沫をぼんやりと見ながらディアボロの娘、トリッシュ・ウナがそばにいるブチャラティに話しかけた。とても母親の最期を看取れなかった子供とは感じ得ない。
芯の強い女性であるとブチャラティは思った。これまでの道中に関してのスタンド使い達からの鉄火場は生易しいやり取りではなかった。殺意に満ちた空間を過ごしてなお、彼女の意思は揺らぐことはない。
「船乗りだからって数ヶ月家にいないこともザラにあったし、あたしの誕生日をすっぽかして少ない小遣いをやりくりして国際電話越しに謝ってきたこともあった。化粧品にかまけて勉強を怠けた時には叱って、長期休暇の際は毎日近所の散策に誘うような、馬鹿な父。ギャングのギの字もない、そんな人だった」
そうだろうなとブチャラティは頷いた。莫大な資金を運用しているディアボロだが、その資金を自らに還元することはほとんどない。完全なる趣味の産物はスーツ会社を買収した話が過去に存在した程度だ。ブチャラティも清貧な性格ではあるが、ボスの嗜好は些か度を逸していると考えていた。
「あたしはどうしても知りたい!父さんが自分を何から守っていたかをッ!」
「答えないなら?」
「おバカな小娘らしく、
「ソレは怖いな。分かった、俺が知る限りの現状を話そう」
ブチャラティのお手上げ発言に、トリッシュは甘えた微笑みを見せて携帯を取り出した。今まで未返信だった父のメールに送るのは『一時間考えさせて』。数分後にきた返信は『分かった。幾らでも待とう。』。ブチャラティはチーム全員を集めた。改めて現状を把握するのも悪くないと考えたからだ。
「パッショーネは主流派、反対派、継承派の三つに分裂している。が、
船の中の個室で六人がすし詰めとなってブチャラティへ目を向けている。ミスタ、アバッキオ、フーゴの三人は古参なのもあってトリッシュの護衛を優先しているが、新入り側のナランチャとジョルノはトリッシュと横並びになってその講義を拝聴していた。
「パッショーネの構成員は約一万人。元々は義侠団として立ち上がった組織の関係上、半数は子供だ。ボスを筆頭に参謀、ボス親衛隊、複数の幹部とチームで構成されている。ボスの正体は幹部や親衛隊なら最低一度は拝見出来るが、それ以降は貢献次第となる。少なくとも
「オレはその孤児院からの『しゅっせ』だけどよォ。敵対なんかわからなかったぜ。カシラがひとりなら問題ないんじゃあネェの?」
「数年前なら、その通りだった。ある日、ボスは脈絡無く予知回数を減らした」
ナランチャの質問にブチャラティは重く答えた。事情を理解できるフーゴは護衛に徹するためにブチャラティから背中を向けた。母が倒れたのもその時期だったとトリッシュは思い出した。
「学も身分もない俺達が高額報酬を受け取れていたのは、ボスという予知能力者の保証があればこそだった。粗野な無骨者に割り振れる仕事など目に見えている。パッショーネが組織を維持するために必要な金策手段。それが、俺達が内部抗争を犯している理由になる」
「輸送チームは、反抗派でしたか」
「その通りだ。
ギャング・スターに成り上がる。
ジョルノ・ジョバーナが一番欲しているものは『希望』である。希望さえあればどんな所にでもたどりつけると決心している。ジョルノは幼少の頃、母親の愛をほとんど受けることなく、むしろ義父から虐待されていた。くじけそうになっていた一歩手前で出会った見知らぬギャングの『仁』の姿がジョルノにとって『正義』であり、『希望』となった。ディアボロを真似した彼はその生涯を『正義』で貫いた。力無き正義は短く儚い。
『なるほど。キミがあの方の…ふふ。いいでしょう。
ならば、力ある正義ならば『希望』は『理想』足り得るか。ボスに忠誠心の無いジョルノは自殺させたポルポの言葉に未だに囚われている。他人を救う数を減らすことは、果たして
「主流派は、ある意味
「分類としては
「勉強して金稼げるならそっちの方が正しいしなぁ。オレもフーゴのおかげで因数分解出来たし、来年から学校に行くよ。でもなんであれ分解するんだ?自然のままじゃダメなのか?」
「…あとで復習しようか、ナランチャ」
「げ」
地雷を踏んだかとナランチャは渋顔になったが、フーゴの機嫌はむしろ良い。
「ブチャラティ。君がトリッシュを…ボスの娘を護衛する任務に就いた以上、ボスは継承派を対抗派閥として認めたことに等しい。改めて聞こうか。反対派の改革案を否定して掲げる資金調達案は何だ?」
「…俺は常々考えていた。強大なボスも家族を隠し持つような人間。いつか死に、安寧が崩れ去る日が来ると。俺の親父が犯罪に巻き込まれて死んだように」
過去を話したブチャラティにフーゴは無言で先を進めた。彼の本心を語ろうと口を開いている姿を見て納得したからだ。ただひとり、巻き込まれと聞いてアバッキオだけが意志を込めて拳を握りしめた。
「予知というどれほど優れた頭脳の持ち主でも確定出来ない情報。売れるほど自在に扱える存在はボス以外には現れないだろう。そう考えていた先に、ひとりのスタンド使いが指南を伺いにきた。彼女のスタンドは、
「「……はぁ!?」」
能力の価値を理解出来たアバッキオとフーゴが異口同音に叫んだ。そのスタンドの射程距離は不明だが、その力を有効活用すればタダ同然の冶金産業を熟せる事に等しい。イギリスの鉄鋼業は一兆を超える。その産業に噛ませられるのであれば、麻薬如きを鼻で笑える利益は容易に想像出来た。
「スタンド使いは唯一無二の能力者が多いし、秘密主義者が大半だ。だが…パッショーネにあるスタンド覚醒の矢、そして俺達が組織立てて保護を行えば
ブチャラティは一息ついた後に目を瞑った。魂が離れかけそうな睡魔に抗う為の気休めだった。仲間達の感嘆の反応が心地良い。自らが間違っていないことを肯定されるのはとても気分が良かった。
だからこそ、ブチャラティは直近の戦闘時に、あの時に敵を尊重するべきだったと後悔していた。麻薬を嫌うのはブチャラティの性分だ。だが、それにより救われるものが存在することを否定するべきではなかった。
『下衆野郎にィ…『堕ちる』…?ああ、無論、堕ちるとも。兄貴達の無念を晴らすためなら、オレを慕う
ブチャラティも、反対派も、どちらも金を求めた同じ穴の狢だと自覚するべきだった。敵にも背景があり、熱意があり、芯を貫いて、牙を剥く。救われてばかりのブチャラティは、救われない存在が持つ『漆黒の意思』を図りきれなかった。
『
ブチャラティは目を開けて周りを見た。皆が継承派の資金源に対して納得する内容だったことは顔付きで分かった。ただひとり、ジョルノだけが何かを察して暗い顔をしていたが、ブチャラティは敢えて勘違いした口調で誤魔化しを口にした。
「まあ、ジョルノが察しているように、有能な能力はガンガン働く形になる。俺達のチームなら、ジョルノ・アバッキオ・トリッシュが稼ぎ柱となるな」
「今更警察業をするのかよ…」
「…内臓よりはカブトムシを売りたいですけどね」
「ジョルノは兎も角、私が?『スパイス・ガール』は柔らかくするだけよ?ナランチャ達と余り変わらなくないかしら」
「世の中には壊したくない一点物が大量にある。君が助手席に座るだけで億単位の品物の輸送が安心安全となる。幸運の女神様ってやつさ」
ブチャラティの口調に、ジョルノの内臓が重く、暗くなるのを感じた。ギャングのボスという『悪』の親玉は、ジョルノが考えるよりも遥かに『邪悪』だった。人を支配するには恐怖や拘束など必要ではない。甘い言葉と煽てられる立場こそが一番だと言外に語られた気がした。
ジョルノのスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』は物体に生命を与えるスタンドである。ディアボロに匹敵する神に近い能力を有したスタンドだが、それでも不可能は存在する。ジョルノはブチャラティと同じく軽く目を瞑り、彼の心臓を再生した際の敵の断末魔を思い出していた。
『
理屈は分からないが、ボスはジョルノを敵視していることに彼は薄々気づいている。それと同時に、トリッシュを引き渡すほどの信頼もしていると。ジョルノはディアボロが憎む『
予知は何処まで操れるのかとジョルノは思案した。今までに敵対したギャングは全てパッショーネであり、つまりはボスの部下だ。命じれば不可能とは思えないが、彼らは心底納得して此方に牙を剥いた。死を受け入れた幹部、単なる金儲け目的のチンピラ、そして生きるために殺意を向けた輸送チーム。
ゲームの敵キャラのように徐々に強いキャラクターが現れる現実は、ジョルノに酷い違和感を感じさせた。例えそれが
トリッシュとの語らいを終えたブチャラティは、時計を見て全員に呼びかけた。トリッシュを受け渡す前のおよそ三十分。それを完全な自由時間とすると彼は語った。
全員がそれに納得して解散する。今までの緊張感は無かった。皆が本能で、ここには敵が存在しないことを理解していた。ディアボロが数日かけて創り上げたパッショーネの楽園地帯を、肌で感じ取った結果だった。
「…」
「ブチャラティ…」
ふらりとよろけたブチャラティをジョルノが支えた。その肉体はゾッとするほど冷たく、土塊が骨を形作った結果のように思えた。その身体に熱が籠るよう、ジョルノはスタンドで生命エネルギーを与え続けたが、不思議と温まることはなかった。
「ボスは…何を考えているのだろうな、ジョルノ」
「…」
「『欲』でパッショーネを…壊しているのは分かる。ボスは『不必要』な物は『転用』する人だった。だが、随所にあるのは『慈悲』だった。護衛チームと輸送チームのどちらにも勝ち目があるようにセッティングされた、公正な勝負だった。ボスは、
「わかりません。分かりませんが」
誰もが抗えない。どんな人物も皆等しく先を知らないのと同様に、強い信念も、強靭な肉体も、優れた予測能力も、不意に現れる『事』にあっさりと崩される。自覚しようがしまいが、人生は誰かの欲で狂うのだ。
「邪悪と化したならば。止めるのが部下としての忠誠心だと、僕は思います」
ジョルノ・ジョバーナは運命などで納得しない心の持ち主である。だからこそ、ディアボロは運命を憎んでいると、彼は知る由もなかった。
【ゴールド・エクスペリエンス】
破壊力-C スピード-A 射程距離 E→C 持続力-D 精密動作性-C 成長性-A
触れた物体に生命力を注ぎ込み、そこから動物や植物といった生物を生み出す能力。そこに人倫が交わる余地はない。望まれた生物は望まれたように動き、その意思は無視される。