レオーネ・アバッキオはギャング組織『パッショーネ』に潜入している警官である。
元々正義感が強いのに加え、心の底から人々を守りたいから警官となった。
パッショーネは異端の組織である。パッショーネが牛耳るのは社会が負の側面として経費をかける側面だった。転売、席取り、ゴミ処理事業などの諍いの仲介。大規模な行方不明者や逃亡犯への調査協力。アバッキオ達の警察が人員的に見きれない争いの種の緩和。保険業、護衛業として表に出ることも可能な組織が闇にいるのは、トップの存在が理由だった。
ドッピオ・ウナ。パッショーネという宗教組織が崇める、ただひとりの予知能力者。トリッシュの前では平凡な父は、ディアボロの名を冠してイタリアの悪の頂点に君臨していた。
根本が善人の生まれなのだ。宗教の象徴にはなれても、悪の枢軸になることは本来ならあり得ない。
『アバッキオ。君は強い。君が思うよりも何倍も、『意思』を貫いていける。だから、わたしを…重荷と思わ…ない、で欲しい。君は─』
「貴方にとって、俺はどんな人だったんだろうな」
世界にはスタンド以外にも摩訶不思議な現象が存在する。怪異と呼ばれるそれらは時折愚かな犯罪者がリスクを知らずに振り回す。同僚とアバッキオはその一つにたまたま巡り合った。当時のアバッキオにはスタンドは無く、同僚は運が無かった。パッショーネに入団してから、その怪異が人に寄生するドッペルゲンガーに近い存在であると知った。最初から、同僚の命運は尽きていたのだ。
「ムーディ・ブルース」
アバッキオの背後から紫色一色のスタンドが浮かび上がった。口や鼻の無い平たい顔面の額にはデジタル目盛が存在し、眼球は穴だらけの伽藍堂だった。
「二十年前の火災の日。その時のボスを
アバッキオがスタンドに指示を出した。その火災はアバッキオが独自に掴んだディアボロの義理の父が亡くなった火災だった。完璧なアリバイを作り出せるボスに過去の調書は無意味だ。知り得るのは、アバッキオの能力だけだった。
「俺は、警官だ。犯罪者には手を差し伸べる必要がある」
ムーディ・ブルースの目盛が二十年前の日付を映し出す。バキバキと形容し難い音と合わせてスタンドがひとりの人物へと成り代わる。その姿は若い頃のディアボロだった。ムーディ・ブルースの能力は過去の再現。その日の動きをトレースしたスタンドはスケッチブックを抱えて歩き始めた。
『今日のボス。初めての
「…」
薄々察してはいたが、トリッシュの生まれ育ちを見る限り、ディアボロは余り頭がよろしくないのではとアバッキオは思った。呑気に歩く過去のボスはナランチャとどっこいの朴訥さだ。
『アルド・モーロ誘拐事件。ボローニャ駅爆破テロ事件。タンジェントポリ。未来が見えても世に悪事は尽きることなし。生まれ故郷と神父様の景気のために多少は治安に貢献するけども、世界平和には程遠いよなぁ』
「サラッと大事件を予知するのは怖ぇな…」
スタンド使いとなるには個人の才能とそれを形作る『力』が必要となる。アバッキオはパッショーネが秘匿している『スタンドを覚醒させる矢』に選ばれてスタンドを目覚めさせたが、ボスは生まれつき能力が備わっていたことにより発現したタイプのようだった。過去の再現は本体だけのためスタンド像は見えないが、ドッピオから溢れるスタンドパワーはムーディ・ブルースのスペックを一段階上げるほどのエネルギーが存在した。
『君的には『ミラノのイタリア軍駐屯地での手製爆弾爆発事件』の方が興味深いかい?アバッキオ君』
アバッキオの呼吸が一瞬だけ止まった。
「なっ…ッ!あ、アンタ、!み、見えて…!?」
『いやいや。
開いた口が閉じられない。アバッキオの動揺がおさまったのは数分は深呼吸した後だった。
『君達みたいな急造スタンドユーザーはスタンドを杓子定規に扱いすぎだね。スタンドは自分自身だ。能力だけ、パラメータの振り分けも訓練すれば調整できる。アバッキオ君なら過去視だけを意識して発現すればこんな手間をかける必要はなくなるね』
「…以前に
『いや、単純に細かいことを覚えていられないだけ』
覚えてるじゃねぇかとアバッキオは青筋をたてた。
『さて』
今はコンクリート製となった道路に沈み込みながらドッピオはアバッキオに目線を送った。着いてこいと言外に物語っていた。いい加減腹を括ったアバッキオはその横に付き従う。晴れやかな空にドッピオは態とらしく手を額に当てた。
『アバッキオ君。君が『光の道』を歩んでいることは眼を見れば分かった。そして俺が俺らしく『プラス』を創っていることも。俺は
「俺が知ってるのはイタリアを支配したアンタの世界だ。増減なんか、分かるわけがねぇ」
『ははは。そりゃあそうだ』
「だが。俺は警官だ。たとえアンタが過去の存在であっても、更生するなら手を差し伸べよう」
パラドックスなど知ったことかと豪気に笑ったアバッキオの手をドッピオは掴まなかった。代わりに、ドッピオは苦笑いしながらリュックを背負った。ぎっしりと詰まったそれを抱えて向かう先はゴロップ峡谷。紀元前八世紀頃に古代ギリシャの詩人ホメロスが記録したサルディニア島の儀式殺人の根源を解決するための旅路だった。
運命はディアボロを『悪』へと運ぶ。サルディニア島の人を救う為には彼の養父を含めた家族の命が引き換えだった。どれほどの万能性を有していても、ディアボロはひとりであり、切り捨ては必然だった。
「警察は犯罪を阻止することこそが意義だ!断じて、悪を捕まえることが仕事じゃない!
アバッキオは彼が過去の存在なのも忘れて懇願した。背を向けて歩き去る彼の背中は酷く華奢に見えた。未来が分かるディアボロは最善を選ぶことは出来ない。最善とは、誰もが失敗しない結果だからだ。棄てた何かを後悔して、未来の為に働く姿は、まさに奴隷そのものではないか。
「ドッピオ・ウナ!あんたはまだ
黒が、アバッキオの脳内へ染み渡った。手を差し伸べてたアバッキオの体勢が崩れた。膝を付いた彼の前には自身のスタンドが
「あまり人の黒歴史を覗かないでくれ。これでもなかなか恥ずかしいんだ」
上着が無い黒いスーツを着た男の顔に、アバッキオは見覚えがあった。先程までの軽い精神性はどこにも無い、重厚な鎧と化したスゴ味をその眼で生み出していた。ディアボロはアバッキオの腹部に軽く蹴りを入れた。
「うげっ」
「貴様の運命は俺が握っている。
アバッキオにはディアボロの発言を理解し切ることは出来なかった。それでも、彼が何かを期待しているのは理解できた。
「貴様は落第だ。ナランチャとフーゴと合わせてこの島の『呪い』を解け。運命も、不幸も、力不足も、何もかもを糧として世界に中指を立てろ。そうすれば、破滅の一巡へ傷を与えることが出来るはずだ。クソッタレのジョルノ・ジョバーナのように」
「…ブチャラティが、アンタを心配していたぜ、ボス」
咳き込みながらのアバッキオの言葉に、ディアボロは嘆息した。忠実で優秀な部下がギリギリで試練を超えていく体たらくの要因を知ったからだった。
「トリッシュも、パッショーネも俺が育て上げた宝物だ。だからこそ、
ディアボロのスタンドは未だ衰えを知らない。欲深い彼は部下を切り捨てることなど、心底から嫌悪している。便所のネズミが吐き捨てた反吐の後始末のためにくだらない蠱毒を突き進む
「人を超える者に成らねば、俺達は世界への生贄となるのだから」
1989年1月17日。DIOと空条承太郎が相打ちとなる。『天国のノート』は何処かへ紛失。その所在は未だ判明していない。
数年前のボス「壊れろと思いはしたが壊れ方があるだろうが!!!(四部を駆け抜けながら)」