強いスタンド使いとは誰を指すものなのかは世界中で談義される話題だ。
『スタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強い?』と二流作品の肉体派俳優に対して酒の肴として話すような低俗でくだらない話であり、大抵は自らの立ち位置で優劣を決める。最終的な結論は、武術で語られるようなシンプルなものとなる。
なるだけ単純で、汎用性に優れ、近接性能が高い。
「
義足のためだろう。ポルナレフの歩みは澱みはないが老人のコカキより遅い鈍重な足音がフロアに響く。餌に群がる『目薬』達は怯むことなく彼を囲むが、彼の操る銀色のスタンドによってあっという間に
「反応は、
年輪を感じさせる深い声だった。血と臓物があたり一面に散乱するなかで、ポルナレフはマッシモ達を向いた。薬物をキメている筈のアンジェリカとビットリオさえ、強制的に精神を落ち着かせるほどの重みがあった。
「近辺にあるスピードワゴン財団の支部を皆殺しにしたのは君達かね?」
「…違う」
「そうか…『矢』がこのホテルを向いていたからよもやと思ったが、奴はまだ耄碌してないようだな。『矢』はスタンド使いのように『引力』を持つ。このコロッセオに引かれる『力』は同種だと直感した。つまり、奴も『矢』を手に入れたか」
戦争中に対立国の行き先に国があったから道路にした。理由より先に手段が出来たためにでっち上げられた、無関心からの作業。マッシモが最も嫌悪する行為をポルナレフは行った。嫌らしいことに、挑発ついでの牽制として。
「ディアボロは、上の階だな」
コカキはこの局面で漸くディアボロが『麻薬チーム』を生贄に捧げたことに気付いた。パッショーネが結成される前から裏社会で活動していた大物マフィアである彼には『切り捨て』の匂いを理解している。溝川よりも臭い匂いは、コカキの脳髄の奥底から嗅覚を奪い取るような錯覚に陥った。
「動くんじゃねぇェ〜!サイボーグ野郎ッ!!」
素面のマッシモとコカキに反して、薬物で脳のシナプスが狂った二人は『敵』の対処を理解していた。コカキが積み重ねたある種の調教による信頼関係が作り出した成果だった。ビットリオは古剣の意匠をしたスタンドでポルナレフの全身を映しながらこれ見よがしに近場にあった画鋲で指を刺す。左手に軽い痛みを感じたポルナレフが歩みを止めたのを見て、ビットリオは瞳孔の不安定な両眼で一歩だけ踏み出した。
「オレのスタンドッ!『ドリー・ダガー』は刀に映した存在に負ったダメージをそのまま撥ね返すッ!!てめーの少ない血袋を少なくしてぇかァ!!」
ブラフである。ビットリオのスタンド能力にそれだけの万能性はない。実情は肉体が受けたダメージの七割を与える能力だ。強力には違いないが、相性が悪い。ビットリオは脚があり、ポルナレフには存在しない。
「…ハッ、ハッ、ハッ…」
アンジェリカもスタンド『ナイトバード・フライング』を展開したが、ビットリオの背後からスタンドを前に出すことを躊躇していた。彼女のスタンドは亜音速のスピードを誇る遠隔操作型であり、当然アンジェリカ自身もその速度に追従して反応することができる。その彼女の眼をもってしても、ポルナレフが振るう剣線を見ることは叶わなかった。
まるで、光さえも捉えられないとばかりに。
「確かに、今の私は歴戦の命のやり取りでズタズタのボロボロさ。ホリィさんに預けた義娘や近所のかわい子ちゃんには夜中に会うと泣かれちまう。だが、この傷は『勲章』だ。私の『想い』が正しく『光の道』を歩んだからこその、逃げなかった報酬だ。さて、小僧の傷は
ビットリオは、ポルナレフの問いに答えられなかった。自らの
「あぁあアアアァァアッ!!」
「
マッシモは瞬きを失敗したと思った。よく分からない光が世界を切り裂いたと考えた。ポルナレフの姿勢は変わらず、上半身だけしかない歪なスタンド像はその剣を
からん、とビットリオのドリー・ダガーが彼の左手首から先と合わせて落ちた。ビットリオの手首の断面が図解のように骨の髄までよく見えた。ビットリオは漸く思い返したように出血を始める手首とポルナレフを往復し、無傷のポルナレフに対して呆然と涎を垂らした。
「…?…。…はぁ…?!??」
「能力矛盾と呼ぶべき現象がこの世には存在する」
ポルナレフはドリー・ダガーを踏みつけて話を続けた。スタンドであるドリー・ダガーに物理は通用しない。短剣を義足の足で踏めば、ポルナレフの姿は映ることはない。動揺しきりのビットリオにスタンドが制御できるはずもなく、絶死のスタンドは簡単に無力化された。
「右と左を同時に見る。絶対防御のスタンドに即死のスタンドが攻撃する。人形に憑依する能力と操る能力が同時にかかる。有り得ない理不尽同士がその力を搗ち合わせた時、神は努力を比較する」
ポルナレフはくるくると『矢』を回した。止まる位置は真上のままだった。ディアボロはポルナレフを待っている。ポルナレフがそれを確信するには十分だった。
「
そんな馬鹿なと麻薬チームは思ったが、再現された事実に返答ができなかった。ビットリオは手首から吹き出してきた鮮やかな血液を見ることもなく、ぶつぶつと理解不能な言葉を発した。麻薬の禁断症状だった。
「さて─」
ポルナレフの話をビットリオは聞くことは無かった。責任転嫁を基盤に持つスタンド能力が無効化された責任は全てビットリオが
「ビィぃぃアアアアッ!!」
ビットリオは泣き喚いて拳銃を乱射した。片手で真正面だけへ狙えたのが奇跡と呼ぶべき撃ち方だった。迫り来る十二発の弾丸を前に、ポルナレフはスタンドの剣先でドリー・ダガーを空中にカチ上げ、それを十二等分に切断した。
「─ぁえ」
ドリー・ダガーの十二の刀身が全てビットリオを映し出し、
「─上へ!!」
コカキの声は絶叫だった。バタバタと走るマッシモ達の足音にポルナレフの重い音が追従する。三階建ての建物の階段が酷く長く感じた。マッシモ達はもつれるように部屋へ入り、その様変わりに驚愕した。
「待っていたぞ」
無人無音だったはずの三階には
「─ポルナレフの護送。ご苦労だったな、コカキ」
「…ディアボロ…ッ」
がしゃり、がしゃりと死神の音がやってくる。騎士か、悪魔か。マッシモ達が生き残るための選択肢がゆっくりと迫っていた。
【ドリー・ダガー】
破壊力-A スピード-A 射程距離-C 持続力-A 精密動作性-B 成長性-C
責任転嫁を形にしたスタンド。本体のビットリオが受けたダメージの約七割を刀身に映り込んだ対象に転移させる。自己責任を負った矛盾は、粉微塵となって本体を死に追いやった。