「これは『試練』だ」
ナッツバーを口にしながら、ディアボロはマッシモ達を見た。喪服を着た男の視線は暗く、冷たい。学の無い児童が万引きしたのを諭すような、恥を教える叱責の声だとコカキは理解できた。
「『過去』に打ち克つ『試練』に、お前達は参加した。過去は変わらない。後悔は先に無い。だが、
ペットボトルからゴキュゴキュと水を飲むディアボロにパッショーネのボスとしての威厳は無い。ディアボロは常に自分を曝け出している。パッショーネのボスがディアボロなのではなく、ディアボロがパッショーネを扱っている。支配とは、身分経歴で物語るものでは無いと、マッシモ達は理解していた。
コカキは儀式の内容を見誤ったことを知った。パッショーネ構成員の大多数が勘違いしている内容ゆえに気付く余地はなかった。ディアボロは蕩けるように甘く、他人を救う救世主だった。その彼が詠う儀式は、誰しもが『後継者争いを
「それは『予知』ですかな?」
「『過去』だ。
ディアボロとコカキの間柄は彼が組織を立ち上げたその時からの腐れ縁だ。急成長した自称犯罪組織に蝕まれて消滅したマフィアの盛衰を看取ったと言い換えてもいい。初めは笑い話だった彼の戯言を、地位の高いものほど手のひらを返して歓待した。大企業・警察・政府高官の全てが彼の支配を受け入れた。
『悪意』で構成された筈の組織の成長は『善意』によって齎された。未来を知るための
まるで、必要だとも言わんばかりに。
「ビ、ビットリオが言ってた、た」
全力で階段を駆け上がったためか、あるいはポルナレフの圧力に押されたためか、麻薬が切れかかったアンジェリカは持病による全身の痛みに耐えながら震えた声で呟いた。
「世の中は『生命力』が低いって。現在の人類は生きてる実感が不足しているから、簡単に『悪』へ転ぶって。ボ、ボスがビットリオを選んだなら、
アンジェリカは事実上マッシモの付き人だ。マッシモがスタンドによって産み出される麻薬に浸らなければ日常生活もままならない末期患者だ。利用できるかもわからない感想を述べるだけの、場違いな存在だ。
狂人の戯言にコカキは内心で舌打ちをした。持病を抱えた程度で悲嘆に暮れる馬鹿女にコカキ達の野望など理解できるはずもない。ディアボロが彼女の言葉を否定しなかったことを彼らは気付かなかった。
コカキもマッシモも、場違いな存在には変わりなかった。ディアボロは彼らを見てはいない。此処にいる彼らは、ディアボロが拵えた瓦礫と同じだ。ポルナレフひとりを対策するための、障害物に他ならない。
死神が、階段を登りきった。駆動音が落ち着き、奇妙な静けさが部屋中を支配した。水を飲みきったディアボロは、空となったペットボトルをポルナレフへ投げ渡した。ポルナレフはスタンドで軽く横へ逸らし、ゴミ箱の中へ誘導した。彼ら二人は、ゆっくりと息をついた。
「久しぶりだな、ディアボロ」
「杜王町では世話になったな、ポルナレフ」
約二十メートルの距離が、彼らが敵対せずに話せる至近距離だった。
「『透明な赤子』はホリィさんに預けた。アイツも妹が出来たと喜んでいた。アンジェロを倒し、お前がいなくなって、あの町の行方不明者は激減した。『吉良吉影』はお前が?」
「ああ。『殺人鬼』を自慢していたようだが、所詮は衝動を制御出来ない怠け者。価値あるものが使ってこその『矢』だ」
「それで幾人が犠牲になってもか」
「
空間に音がやってきた。ギリギリと金属を擦り合わせる音が響くようだった。スタンドパワーが辺り一面に広がり尽くし、瓦礫の一部がその余波で砕け落ちた。
「止まらないか」
「貴様の友情と同じさ」
「そうか─なら、仕方ないなァ!」
ポルナレフが叫んだ声が届くより先に剣先がディアボロの喉元へ突き刺さった。人体の限界値を超えたドーピングが可能なマッシモの眼にはそうとしか映らなかった。実際は違う。ディアボロは身体を傾ける形で
ディアボロが突き出す最短最速の直突きは袈裟斬りに振った
「感覚は『あった』。再生か、契約か、或いは無効…」
口ずさんで、ポルナレフは直感に従うことを決めた。腕を失った時も、脚を捨てた時も、窮地を救ったのはいつだって友の言葉だった。
『馬鹿なら馬鹿らしく
DIOに腹部を貫かれて死んだ花京院が笑う。ポルナレフは悪態も出来ないほどには年を取った。爆発的な急成長はとうに消え失せ、スタンド像も両脚を失った。
「時間か」
積み重ねた経験値が、ポルナレフを最強最悪の敵として作り上げていた。
「キング・クリムゾンッ!!」
ポルナレフの半径十メートルに岩の破片が散弾銃の如くに浴びせられた。冷静に逸らしディアボロへ歩み寄るポルナレフを他所に、コカキとアンジェリカは流れ弾に少なくないダメージを受けた。かろうじてマッシモだけは対処したが、彼のスタンドは手のひら大の小さなサイズであり、逸らした両手は血塗れとなった。
「眼前五センチ前だぞ…そこは喰らっとけよ人として…」
「私のイケメンフェイスをこれ以上強面にするのは困るからな。時間の停止…に似た未来予知。時を超える能力。私の推理は正しいかな?」
「解答は肉体で受け取るがいいッ!」
突如としてポルナレフの視界からディアボロが消えた。ディアボロの時の切り飛ばしによる移動過程の省略だった。十秒先の位置へ十秒の過程を消し飛ばす。事実上の空間移動は完全なる迷彩としてポルナレフの歩みを止めた。
「ひぃぅあいいい!!」
二人の対峙に、圧倒的なスタンドパワーに耐え切れなくなったアンジェリカのスタンドが暴走した。小鳥の姿をしたスタンド像の両眼から大量の蚯蚓が噴出した。雨霰のように無機質に降り注ぐ雨をマッシモとコカキは避け切ることは出来ない。あっという間に二人は彼女のスタンドにより
アンジェリカのスタンド『ナイトバード・フライング』は触れたもの全てに麻薬中毒と幻覚を引き起こす。死への忌避からマッシモはマニック・デプレッションを自身に過剰投入することで不死身の肉体へと書き換えた。被害の少なかったコカキもスタンドを利用する余裕は無い。
しかし、コカキは見た。瞳孔の安定しない眼でディアボロがポルナレフとアンジェリカの両者による攻撃を喰らうのを、確かに見た。
「キング・クリムゾン・
世界がモノクロと化した。ディアボロは己の頭蓋と左手に付着するダメージ描写をポルナレフへ貼りつけた。絵はポルナレフの左手に付着したが、頭部の描写は簡単に剥がれ落ちる。ポルナレフが自傷することはない事実に、ディアボロは吐き気がしながら返ってくる描写をマッシモへ貼り付けた。
「時を、擦りつけた」
「ッガ…!?」
「トドメだッ!喰らえッポルナレフッ!!」
初めて、ポルナレフが苦悶の声を上げた。思い出すのは最悪の記憶。自身が力及ばず親友に想いを託して気絶した、無能を自覚したあの日。気を取り戻してから混ざり合いかけたDIOの肉体と友の遺骸をバラバラにする最悪の感触。無理を通した結果に片脚を切ったことなどどうでも良かった。遺骨すら渡せない自らの惨めさに狂いたいほど絶望した。
「
それ故に、ポルナレフは命を懸けて彼らの誇りを護ると誓ったのだ。
ディアボロが放った拳が
「それが『矢』の力か」
ディアボロとポルナレフは互いに起きた生命の危機に荒い息を吐いた。ディアボロはマッシモの肉体が再生を始めたのを見て、手に持ったアイスピックで露出した脳髄を刺した。ブヨブヨの頭部を手にしたマッシモは手脚を痙攣させるだけの肉塊と化した。
「
「こんな『
「
ディアボロはコカキの近くに着地し、当然のように彼の両脚を踏み潰した。痛みに叫ぶコカキは、彼が何故自分達を好き勝手にさせたのかを理解した。元から麻薬チームは『防具』だったのだ。ディアボロのゴミ以下を見る冷たい目線が、その答えだった。
「さて、コカキ。─スタンドを暴走させろ」
「た、たひゅ・けあつては、いただうけませんのか?」
「俺にも好き嫌いはあるのでな」
コカキはスタンドを暴走させた。やけっぱちだが、それしかないと泣きながら喚き散らした。
キング・クリムゾンの擦り付けの条件
・可能性として存在すること
・過去に素手で対象に触ること